2026年07月31日
2026年07月09日
ニコ動・YouTubeの動画紹介 2026.5月下旬〜2026.6月上旬
ビスマルクは甲高い声という記録が残っているが,これを聞く限りそうでもないと2012年に発見された当時皆思ったらしい。(中公新書の『ビスマルク』のあとがきより)
突然ゲーム実況・VTuber界隈で流行したゲーム。途方に暮れる序盤からさくさく片付くようになる終盤への切り替わりや,書籍のタイトルがなかなか面白かった。
サブノーティカ2のアーリーアクセス版が公開されていた。1よりもプレーヤーの攻撃力が下がっていて,敵性生物からは本当に避けるしかなくなっているのがプレーヤー的にはフラストレーションになってそう。
何やらDQ8のすり抜けバグのようなものが見つかってしまい,今後が大変不安になった。
ステップさんはよく批判の声をあげたと思う。こんなまとに解けない入試を,それも公立高校の入試で許してはいけない。大学入試はまだ透明化されている方だよな,とこういうのを見ると思う。
やたらと豪華メンバーなカバー。朝ノ瑠璃もいればAZKiもいて今井麻美もいる。
これは良い企画だった。美術史の入口,美術作品の紹介としてかなり適したゲームになっている。らでんちゃんは本当にこういう企画をやりたいのだろう。
儒烏風亭らでんの新衣装お披露目ライブからの切り抜き。『瑠璃の宝石』のオープニング曲で,この曲のカバーはかなり珍しい。
学術系VTuberたちによる伊豆ジオパーク旅行。流石に惑星科学者の星見まどかさんが詳しい。『ゆるキャン△』の聖地巡礼にもなっていて,許可を取って『ゆるキャン△』の漫画のコマを使っていた。こういうのは流石大手事務所だなと思う。
このブログでもたまに紹介していた通り,北白川かかぽさんの動画はたまに見ていたので休止は寂しい。カラオケ回の最後で互いの手紙朗読があって,こっちも涙腺が緩んでしまった。
Posted by dg_law at
12:00
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2026年07月04日
セプティミウス・セウェルス期が最大領土となると面白い
・山川世界史用語集〜用語一覧(ヨタキュウ)
→ 私もこれを作る気力や意欲はわかない,というべき超大作。「ここがイチオシ!」に書いてあるように,これでステルス用語が全部わかるのは革命的である。高校世界史・受験世界史関係者は必ずダウンロードすべき。
→ ただ,Googleドライブ上に置きっぱなしなので,悪意ある読者による改竄や破壊は心配(もちろんヨタキュウさんのローカルにも保存されているとは思うが)。実際にはてブで謎の著作権絡みの因縁をつけられていたし。はてな村民,本当に著作権はもうちょっと勉強した方がいいと思う。
Itiner-e
→ 古代ローマの街道地図。アッピア街道を辿ってみたり,ライン川・ドナウ川・リメス沿いを辿ってウィーンやアウクスブルクを探してみたりしていると時間が溶けていく。ダキアの街道網が意外と緻密で,入植地としての期待度の高さがうかがえる。
→ なお,けっこう辺境まで街道を作ったんだなと思ってクリックしてみると「Hypothetical」と書いてあったりするので,鵜呑みにしてはいけない。一応,セプティミウス・セウェルスの時期にメソポタミアの再征服を行い,加えてリビアの内陸部を征服しているから,ローマ帝国の最大領土はトラヤヌスではなくセプティミウス・セウェルスの時代とする説もあったはずである。リビアで伸びている仮説の街道はこのセプティミウス・セウェルスによる征服を反映したものだろう。
・徳川慶喜の玄孫が「家系の断絶」を決意した理由とは…120年以上続く名家の「家じまい」事情(文春オンライン)
→ 慶喜家の最後の当主である山岸美喜さんへのインタビュー記事で,面白かった。明治期に徳川宗家とは別に公爵家が立てられてそれが現在まで存続していたが,この方で閉じることにしたという。宗家とは異なり財団化できるほどの規模は無かったのだろう。とすると普通のご家庭では資料や墓所の管理は困難で,公的機関に委ねるしかない。資料整理への情熱がすばらしく,「現在私が向き合っている慶喜家の家じまいの一連の作業を「家の歴史を日本の歴史にする作業」と呼んでいます。」とは良いことを言う。まさにそれが歴史を作った一族の末裔のなすべき仕事なのだろう。
・【2025年最新版】関西トップ私大・関関同立「ダブル合格者」はどこを選んだのか?(リセマム)
→ 偏差値上の関関同立の序列は長らく同志社>関学>立命館>関西の並びであったところ,近年急激に関学が地位を落として同志社>立命館>関学・関西の並びになった。2025年の結果を見ると,2026年の関学は完全な最下位になっていてもおかしくない。記事中で指摘されている通り,関学は立地が悪いのが難点で,他の大学が都心に回帰している中で人気が下がってきたというのは理由の一つだろう。それがコロナ禍で高いリスクと思われるようになってしまったというのもそうだと思う。それにしてもここ4年くらいの落ち方が急激で,立地以外にも理由がありそうなものだがぱっとは思いつかない。
→ ちなみに,関学の世界史はここ数年でかなり易しくなっているが,偏差値が下がっていることと因果関係があるかはわからない。もちろん世界史だけで語れるものではないし。
→ なお,リセマム内の別ページにまとめがあるが,MARCHの序列は明治>青学・立教>中央>法政で動きがほとんどない(中央は法学部のみ明治を抜いて首位)。
→ 私もこれを作る気力や意欲はわかない,というべき超大作。「ここがイチオシ!」に書いてあるように,これでステルス用語が全部わかるのは革命的である。高校世界史・受験世界史関係者は必ずダウンロードすべき。
→ ただ,Googleドライブ上に置きっぱなしなので,悪意ある読者による改竄や破壊は心配(もちろんヨタキュウさんのローカルにも保存されているとは思うが)。実際にはてブで謎の著作権絡みの因縁をつけられていたし。はてな村民,本当に著作権はもうちょっと勉強した方がいいと思う。
Itiner-e
→ 古代ローマの街道地図。アッピア街道を辿ってみたり,ライン川・ドナウ川・リメス沿いを辿ってウィーンやアウクスブルクを探してみたりしていると時間が溶けていく。ダキアの街道網が意外と緻密で,入植地としての期待度の高さがうかがえる。
→ なお,けっこう辺境まで街道を作ったんだなと思ってクリックしてみると「Hypothetical」と書いてあったりするので,鵜呑みにしてはいけない。一応,セプティミウス・セウェルスの時期にメソポタミアの再征服を行い,加えてリビアの内陸部を征服しているから,ローマ帝国の最大領土はトラヤヌスではなくセプティミウス・セウェルスの時代とする説もあったはずである。リビアで伸びている仮説の街道はこのセプティミウス・セウェルスによる征服を反映したものだろう。
・徳川慶喜の玄孫が「家系の断絶」を決意した理由とは…120年以上続く名家の「家じまい」事情(文春オンライン)
→ 慶喜家の最後の当主である山岸美喜さんへのインタビュー記事で,面白かった。明治期に徳川宗家とは別に公爵家が立てられてそれが現在まで存続していたが,この方で閉じることにしたという。宗家とは異なり財団化できるほどの規模は無かったのだろう。とすると普通のご家庭では資料や墓所の管理は困難で,公的機関に委ねるしかない。資料整理への情熱がすばらしく,「現在私が向き合っている慶喜家の家じまいの一連の作業を「家の歴史を日本の歴史にする作業」と呼んでいます。」とは良いことを言う。まさにそれが歴史を作った一族の末裔のなすべき仕事なのだろう。
・【2025年最新版】関西トップ私大・関関同立「ダブル合格者」はどこを選んだのか?(リセマム)
→ 偏差値上の関関同立の序列は長らく同志社>関学>立命館>関西の並びであったところ,近年急激に関学が地位を落として同志社>立命館>関学・関西の並びになった。2025年の結果を見ると,2026年の関学は完全な最下位になっていてもおかしくない。記事中で指摘されている通り,関学は立地が悪いのが難点で,他の大学が都心に回帰している中で人気が下がってきたというのは理由の一つだろう。それがコロナ禍で高いリスクと思われるようになってしまったというのもそうだと思う。それにしてもここ4年くらいの落ち方が急激で,立地以外にも理由がありそうなものだがぱっとは思いつかない。
→ ちなみに,関学の世界史はここ数年でかなり易しくなっているが,偏差値が下がっていることと因果関係があるかはわからない。もちろん世界史だけで語れるものではないし。
→ なお,リセマム内の別ページにまとめがあるが,MARCHの序列は明治>青学・立教>中央>法政で動きがほとんどない(中央は法学部のみ明治を抜いて首位)。
2026年06月29日
ドラゴンクエスト7Reimaginedレビュー
総評はリメイクの傑作である。下記の通り,細かな不満はあるが,大筋ではほぼ満点で非常に面白かった。原作の『ドラクエ7』はPS1の末期に発売されたためにそれでできることを全部詰め込んだ結果,ストーリーはとんでもなく長いし,移民の町だったりコンテストだったりモンスターパークだったりと寄り道も多く,職業もモンスター職があったため膨大で,とにかく時間がかかるゲームだった。普通にクリアするだけで50時間はかかり,ある程度コンプリートしようとすると80〜100時間と言われていた。今作は令和のゲームらしいシステムの親切設計に加えてストーリーの部分カット,寄り道の大幅カットにより,クリアだけなら35〜40時間,ほぼコンプリートを目指しても60時間くらいに収まるようになっている。かく言う私もラッキーパネル関係以外のトロフィーは全部埋めたが55時間くらいで終わった。割とだらだらと町探索をしていたと思うし,ゲーム画面つけっぱなしで風呂に入ったりしていたので,実時間は50時間くらいではないか。
そのストーリー改変はクレージュ・プロビナ・リートルードが島ごとカットされていたのでそちらが話題になりがちだが,むしろ他の島でも細々とストーリーが改変されて面倒な移動等が省略されており,そちらの方がプレイ時間の短縮に貢献していたように思われる。たとえばハーメリアの海底都市が原作の1/10くらいの長さになっていたのが良改変であった。ダーマ神殿で転職できるようになってからさほど時間が経過していないのに,いきなり長期間現代に戻れなくなるのはあまりにもテンポが悪かった(リイマジンドはそもそもいつでも転職できるシステムではあるが)。しかし,このような細かい改変で十分プレイ時間が短くなっていたからこそ,上記3つは島ごとカットする必要があったのかが疑問で,少し削りすぎたのではないか。結果的にではあれ,冗長すぎるという批判への過剰反応になってしまった。クレージュは世界樹の葉も雫も大量に拾えるようになった今作では邪魔な存在だとしても,リートルードとプロビナはあっても良かった。どちらも灰色の石版でサブストーリー扱いで良いだろう。リートルードはリイマジンドでもタイムマスターがボスとして存在したわけであるし,ストーリーがいかにもな過去への介入であるのでドラクエ7らしさがあった。プロビナはレブレサックとつながりがあり,サブストーリー同士のつながりが生まれる。もったいない削減をしたように思う。メインストーリーについては,しいて言えばのレベルで,(ネタバレ注意)大人キーファを連れて行ってラスボスを倒したなら最後の石版のメッセージが不自然になるので,そこは完全に別エンディングを作ってほしかったなと思ったくらい。この点はさらに言えば,ドラクエ7はグノーシス主義が隠れたテーマで,原作のキャッチコピーは「人は誰かになれる」であったし,だから特定の勇者がおらず誰でも勇者になれる職業システムが採用されているわけだが,ストーリー上の結末としては(ネタバレ注意)主人公が父親の跡を継いで漁師になることで固定というのは寂しい。別の道を選べる分岐があっても良かったのにとは原作当時から思っていた。
ストーリー面よりもラディカルに改変されたのが戦闘システムである。まさか伝統のドラクエ職業システムがFF5のジョブシステムっぽく改変されるとは思わなかった。元来の職業システムが優れているとはあまり思えなかったから,ばっさり変えたのは英断だろう。それにしても有効な職業(呪文・特技・ステータス・バースト)の組み合わせを考えて攻略するのは,原作プレーヤーにとっても新鮮で素直に楽しかった。ただ,味があまりにもFF5なんだよな……
それに関連して,呪文・特技の大胆な整理整頓も英断と言える。賢者がベホマラーとマジックバリアとバイキルトを覚えないことに象徴される絶妙な「かゆいところに手が届かない」ところが,実に妙味を生んだ。これで誰もこれらを使えないと面倒なのだが,ちょうど必要な頃にスーパースターと魔法戦士でそれらを代用できることにも気づくので,苦痛にはならない。見事である。同時に不要な職業や呪文・特技がほとんど無いのもすばらしい。吟遊詩人や船乗りはバーストが非常に強かったり,全職業で最も「力」が伸びるのは武闘家だったり,魔力覚醒を覚えるのは魔法使いだけだったり(同様に僧侶のお祓いや羊飼いのリホイミ),下級職にも最後まで何かしらの見せ場がある。勇者は流石に欠点無く強いが,ゴッドハンドも天地雷鳴士もわずかな欠点があって,マスター職が強すぎない。さらに細かいことを言えばメドローアもジゴスパークもビッグバンも一癖ある特技になっていて,使い所を考えるのが楽しかった。原作のジゴスパークやビッグバンではギガスラッシュと役割が重なっていたので無意味な特技になっていたから,大出世である。しいて言うと戦士が弱くて埋もれがちなのと,海賊は全体攻撃特技が多すぎてもう少し整理できたのではないかと思うのが細かな欠点に挙げられるくらいである。あとは職業についての批判ではないが,「器用さ」がどうにも死にステータスだったのはもったいない。いくつかの特技の攻撃力に影響するとかでもあればよかったのだが,まあこれも細かすぎる批判だろう。
最後にグラフィック,ドールルックは非常に良かった。できれば天空シリーズもHD-2Dではなくドールルックでリメイクしてほしい。HD-2Dも2Dグラフィックの一つの解だと思うので悪くないのだが,ドールルックがあまりにも良い。キャラが多いドラクエ4なんかは映えるのでは。
以下は批評とは無関係のキャラの育成方針などの記録。 続きを読む
そのストーリー改変はクレージュ・プロビナ・リートルードが島ごとカットされていたのでそちらが話題になりがちだが,むしろ他の島でも細々とストーリーが改変されて面倒な移動等が省略されており,そちらの方がプレイ時間の短縮に貢献していたように思われる。たとえばハーメリアの海底都市が原作の1/10くらいの長さになっていたのが良改変であった。ダーマ神殿で転職できるようになってからさほど時間が経過していないのに,いきなり長期間現代に戻れなくなるのはあまりにもテンポが悪かった(リイマジンドはそもそもいつでも転職できるシステムではあるが)。しかし,このような細かい改変で十分プレイ時間が短くなっていたからこそ,上記3つは島ごとカットする必要があったのかが疑問で,少し削りすぎたのではないか。結果的にではあれ,冗長すぎるという批判への過剰反応になってしまった。クレージュは世界樹の葉も雫も大量に拾えるようになった今作では邪魔な存在だとしても,リートルードとプロビナはあっても良かった。どちらも灰色の石版でサブストーリー扱いで良いだろう。リートルードはリイマジンドでもタイムマスターがボスとして存在したわけであるし,ストーリーがいかにもな過去への介入であるのでドラクエ7らしさがあった。プロビナはレブレサックとつながりがあり,サブストーリー同士のつながりが生まれる。もったいない削減をしたように思う。メインストーリーについては,しいて言えばのレベルで,(ネタバレ注意)大人キーファを連れて行ってラスボスを倒したなら最後の石版のメッセージが不自然になるので,そこは完全に別エンディングを作ってほしかったなと思ったくらい。この点はさらに言えば,ドラクエ7はグノーシス主義が隠れたテーマで,原作のキャッチコピーは「人は誰かになれる」であったし,だから特定の勇者がおらず誰でも勇者になれる職業システムが採用されているわけだが,ストーリー上の結末としては(ネタバレ注意)主人公が父親の跡を継いで漁師になることで固定というのは寂しい。別の道を選べる分岐があっても良かったのにとは原作当時から思っていた。
ストーリー面よりもラディカルに改変されたのが戦闘システムである。まさか伝統のドラクエ職業システムがFF5のジョブシステムっぽく改変されるとは思わなかった。元来の職業システムが優れているとはあまり思えなかったから,ばっさり変えたのは英断だろう。それにしても有効な職業(呪文・特技・ステータス・バースト)の組み合わせを考えて攻略するのは,原作プレーヤーにとっても新鮮で素直に楽しかった。
それに関連して,呪文・特技の大胆な整理整頓も英断と言える。賢者がベホマラーとマジックバリアとバイキルトを覚えないことに象徴される絶妙な「かゆいところに手が届かない」ところが,実に妙味を生んだ。これで誰もこれらを使えないと面倒なのだが,ちょうど必要な頃にスーパースターと魔法戦士でそれらを代用できることにも気づくので,苦痛にはならない。見事である。同時に不要な職業や呪文・特技がほとんど無いのもすばらしい。吟遊詩人や船乗りはバーストが非常に強かったり,全職業で最も「力」が伸びるのは武闘家だったり,魔力覚醒を覚えるのは魔法使いだけだったり(同様に僧侶のお祓いや羊飼いのリホイミ),下級職にも最後まで何かしらの見せ場がある。勇者は流石に欠点無く強いが,ゴッドハンドも天地雷鳴士もわずかな欠点があって,マスター職が強すぎない。さらに細かいことを言えばメドローアもジゴスパークもビッグバンも一癖ある特技になっていて,使い所を考えるのが楽しかった。原作のジゴスパークやビッグバンではギガスラッシュと役割が重なっていたので無意味な特技になっていたから,大出世である。しいて言うと戦士が弱くて埋もれがちなのと,海賊は全体攻撃特技が多すぎてもう少し整理できたのではないかと思うのが細かな欠点に挙げられるくらいである。あとは職業についての批判ではないが,「器用さ」がどうにも死にステータスだったのはもったいない。いくつかの特技の攻撃力に影響するとかでもあればよかったのだが,まあこれも細かすぎる批判だろう。
最後にグラフィック,ドールルックは非常に良かった。できれば天空シリーズもHD-2Dではなくドールルックでリメイクしてほしい。HD-2Dも2Dグラフィックの一つの解だと思うので悪くないのだが,ドールルックがあまりにも良い。キャラが多いドラクエ4なんかは映えるのでは。
以下は批評とは無関係のキャラの育成方針などの記録。 続きを読む
2026年06月25日
街の裸婦像のことと村山元首相のこととか
・街の裸婦像は時代にそぐわない? 撤去の動き、各地で…小学生「見ていて恥ずかしくなる」(読売新聞)
→ 本記事を読んで思い出したのが以下の記事。
・彫刻を見よ──公共空間の女性裸体像をめぐって(artscape)
→ この記事は自分が長崎に旅行して平和記念公園を訪れた際にも思い出していて,有用な記事であると思う。また,はてブでもう一記事,宮下規久朗氏の説明が良かったのでこちらもリンクを作っておく。
・屋外にヌード彫刻があふれるのはなぜなのか…日本だけの特殊事情で、ついに撤去の動きも(Smart FLASH)
→ もちろん表現の自由があり,猥雑な表現というわけでもないので公共空間に女性の裸体像があってもよい。しかし,芸術性が高いわけではなく政治的メッセージ性も薄れ,気恥ずかしいだけという人が多いなら,民主的な判断として撤去し美術館に収蔵という処理でもよいのではないか。私自身も,気恥ずかしいとまでは言わなくても,単純にそぐわずに浮いている印象があるし,平和の象徴を裸体の女性で示す時代でもなく(作品名が無ければ平和を想起できる人はごく僅かだろう),歴史的役割を終えているので,撤去するなら賛成する。二つの上掲記事にあるような経緯の説明込みで過去にはこういう裸体像が市街地に飾られていたことを示す展示にすれば,日本の公共空間の歴史を説明する意義を持つ。
→ なお,長崎の平和記念公園は旧東側諸国からもらった彫像で埋まっているのでさらに問題がある。これはどこかでちゃんと記事を書きたいなと思って書けなかったので,ここに書いておく。これはアメリカが落とした原爆に対する非難の形になるから(歴史的つながりが強いオランダ以外の)西側諸国からは彫像をもらえなかったという事情があるらしい。とはいえ,ソ連やチェコスロヴァキアや東ドイツのような現存しない国だらけになっていて単純に意味をなしていないということに加え,まだ冷戦が続いているような歴史観を鑑賞者に与えるので非常に良くない。冷戦が終わっているのに西側諸国の彫像が不在であることがかえって場の政治性を強めている。あれらこそ撤去して「そういう歴史もあったんだよ」博物館を建ててそちらで展示した方が良い。また,artscapeの記事冒頭の長崎のガイドさんの発言に反して,「母子」の彫像がある公園の方が静謐で政治色が薄く,平和への祈りの空間として適していると私は思う。現地のガイドさんにそういう扱いをされているのはややショックである。
・村山富市元総理が死去、101歳(TBS)
→ 2025年10月17日のニュース。同年代の人には同意してもらえると思うのだが,自分が幼少時に初めて認識した日本の首相はこの人だったと思う。桃鉄の選挙イベントで「まゆげえ」が出てきて,それが当時の村山首相をモチーフにしたものであると親に教えてもらったのを覚えている。
→ 私にとってはそういう時代の首相なので同時代人とは言えず,阪神淡路大震災や地下鉄サリン事件はともかく,村山談話辺りは半ば歴史的な出来事として後から習ったものである。その辺の歴史的評価は横においておくとして,自社さ連立の誕生が社会党(社民党)の失墜の起点になったことを思うと,無理に政権をとったことが良かったのかどうか。社会党自身にとってあまりにも代償が大きかったが,それは自業自得としても,社会党が変に解体したことが民主党政権ができるまでの約15年間の一強他弱の政治的風土を生んでしまい,ひいては民主党政権の3年半を除くと現在までそれが続いている。当時の社会党にそこまでの未来を予測しろとは無理筋なので口が裂けても言えないが,責任の所在とは別問題として問われるべきだろう。
→ 本記事を読んで思い出したのが以下の記事。
・彫刻を見よ──公共空間の女性裸体像をめぐって(artscape)
→ この記事は自分が長崎に旅行して平和記念公園を訪れた際にも思い出していて,有用な記事であると思う。また,はてブでもう一記事,宮下規久朗氏の説明が良かったのでこちらもリンクを作っておく。
・屋外にヌード彫刻があふれるのはなぜなのか…日本だけの特殊事情で、ついに撤去の動きも(Smart FLASH)
→ もちろん表現の自由があり,猥雑な表現というわけでもないので公共空間に女性の裸体像があってもよい。しかし,芸術性が高いわけではなく政治的メッセージ性も薄れ,気恥ずかしいだけという人が多いなら,民主的な判断として撤去し美術館に収蔵という処理でもよいのではないか。私自身も,気恥ずかしいとまでは言わなくても,単純にそぐわずに浮いている印象があるし,平和の象徴を裸体の女性で示す時代でもなく(作品名が無ければ平和を想起できる人はごく僅かだろう),歴史的役割を終えているので,撤去するなら賛成する。二つの上掲記事にあるような経緯の説明込みで過去にはこういう裸体像が市街地に飾られていたことを示す展示にすれば,日本の公共空間の歴史を説明する意義を持つ。
→ なお,長崎の平和記念公園は旧東側諸国からもらった彫像で埋まっているのでさらに問題がある。これはどこかでちゃんと記事を書きたいなと思って書けなかったので,ここに書いておく。これはアメリカが落とした原爆に対する非難の形になるから(歴史的つながりが強いオランダ以外の)西側諸国からは彫像をもらえなかったという事情があるらしい。とはいえ,ソ連やチェコスロヴァキアや東ドイツのような現存しない国だらけになっていて単純に意味をなしていないということに加え,まだ冷戦が続いているような歴史観を鑑賞者に与えるので非常に良くない。冷戦が終わっているのに西側諸国の彫像が不在であることがかえって場の政治性を強めている。あれらこそ撤去して「そういう歴史もあったんだよ」博物館を建ててそちらで展示した方が良い。また,artscapeの記事冒頭の長崎のガイドさんの発言に反して,「母子」の彫像がある公園の方が静謐で政治色が薄く,平和への祈りの空間として適していると私は思う。現地のガイドさんにそういう扱いをされているのはややショックである。
午後は長崎歴史文化博物館と平和記念公園。博物館は長崎貿易の歴史が上手くまとまっていて面白かった。平和記念公園は例の像はともかく、目立つところにある他の彫像がソ連・チェコスロヴァキア・東ドイツと存在してない東側諸国からの寄贈品だらけなのはちょっと……政治性がね…… pic.twitter.com/I6nF4Txljb
— DG-Law/稲田義智 (@nix_in_desertis) November 25, 2023
・村山富市元総理が死去、101歳(TBS)
→ 2025年10月17日のニュース。同年代の人には同意してもらえると思うのだが,自分が幼少時に初めて認識した日本の首相はこの人だったと思う。桃鉄の選挙イベントで「まゆげえ」が出てきて,それが当時の村山首相をモチーフにしたものであると親に教えてもらったのを覚えている。
→ 私にとってはそういう時代の首相なので同時代人とは言えず,阪神淡路大震災や地下鉄サリン事件はともかく,村山談話辺りは半ば歴史的な出来事として後から習ったものである。その辺の歴史的評価は横においておくとして,自社さ連立の誕生が社会党(社民党)の失墜の起点になったことを思うと,無理に政権をとったことが良かったのかどうか。社会党自身にとってあまりにも代償が大きかったが,それは自業自得としても,社会党が変に解体したことが民主党政権ができるまでの約15年間の一強他弱の政治的風土を生んでしまい,ひいては民主党政権の3年半を除くと現在までそれが続いている。当時の社会党にそこまでの未来を予測しろとは無理筋なので口が裂けても言えないが,責任の所在とは別問題として問われるべきだろう。
2026年06月23日
くりこま高原駅は「高原」ですらない
・秘境駅「上毛高原」はなぜ40年経っても駅名を変えないのか? 地元住民1.7万人超が署名した請願と、「実在しない地名」の経済的価値(Merkmal)
→ 上毛高原駅という名前は,加賀温泉駅や伊豆高原駅に比してもとってつけた感が強い。上毛高原駅は登山のための移動で何度か訪れているが,実際にかなり寂れている。駅自体はともかく駅前はとても新幹線が止まる駅とは思えない……と書いて,くりこま高原駅よりはマシだったことを思い出した。くりこま高原駅の周囲は寂れているとかいう問題ではなくて一面農地である。なお,くりこま高原駅も実際の栗駒山から非常に遠い場所なのにこの名前がついていて,上毛高原並の無理やり感があったから,全くの同種と言えるかもしれない。
→ 記事中にもある通り上毛高原駅の周辺の広い地域名は水上(みなかみ)だが,目の前の地名は月夜野である。あまりにもきれいな名前だったので気になって前に調べたことがあり,由来が(少なくとも伝承では)源順だそうで,実に風流である。それだけの由来があるならそれで十分ではないか。
→ 水上は流石にちょっと遠く,これだけ離れていると新幹線の駅の名前につけたところで経済効果は薄そう。そもそも記事中にある通り,水上温泉が寂れてしまったのは新幹線の駅名に採用されなかったのが主な理由ではない。新幹線の路線から外れてしまった時点で半ば運命が決まってしまった。別案として,上毛高原駅の位置は水上よりは沼田の方がまだしも近いが,沼田は明確な中心市街のある都市なので,上毛高原駅の場所で「沼田駅」を名乗るのはかなり度胸がいる。現実的に東京から沼田に行くなら高崎から上越線に乗り換えるので,上毛高原駅から行く人はあまりいないのではないか。というように候補を消すと,やはり月夜野駅を推したい。地名をくっつけるのなら「みなかみ月夜野」もありだろう。
・なぜ「谷川岳が世界一死者数が多い山としてギネス認定されている」というガセネタが拡散されるに至ったのか?(カミツキワニ)
→ 非常に面白かった記事。なるほど,確かに日本語版Wikipedia及びその出典となったと思しき書籍が出どころと見て間違いなさそう。
→ この種のガセネタが広まる背景は記事中の指摘の通り,「「谷川岳は世界一死者数の多い山」という情報自体がその前から世間に受容されていた」「ギネス認定されているか否かは、容易に裏取りができる事実であるため、まさかこんな情報が間違って流布しているはずはない、という無意識の思い込み」が大きなウェイトを占めていると思われる。付け加えるなら,谷川岳はロープウェーを使うルートだとほとんど危なくないので「これで死者が多いの? 本当?」となる一般登山者目線でのギャップ,それに加えて土合駅からロープウェーの駅に向かって歩いていく途中にある巨大な慰霊碑のインパクトの大きさもあっただろう。あの慰霊碑を見てからロープウェーを使って登ったら,確かにトリビア的な小ネタとして死者数に言及したくなる気持ちはわかる。なお,死者数の多さについては深田久弥からして『日本百名山』で言及しているくらいである。もっとも,『日本百名山』が書かれた昭和30年代ではまだ二百数十人だったようだ。
→ 「おわりに」に書かれていることもごもっともで,自分も見かけたらそれはガセですと指摘するようにしたい。
・飲食店で客のスマホを使って注文させるのをやめてほしい話「店側でWi-Fiや充電環境、タブレット端末くらいは用意して」「LINE強制してくるのはもっとやめてほしい」(Togetter)
→ Togetter内もはてブも皆LINE登録には怒っていて,これだけ全員の意見が一致する話題も珍しい。飲食店勤務者からの反論すらない。かく言う私もこれは本当にそう思う。スマホ注文させるならWi-Fiくらい完備しておけ。そこで客の通信料にただ乗りするんじゃない。LINE注文の店はよほどのお気に入りでなければ二度と行かない。友達登録させてついでに宣伝しようという魂胆がおこがましい。
→ 上毛高原駅という名前は,加賀温泉駅や伊豆高原駅に比してもとってつけた感が強い。上毛高原駅は登山のための移動で何度か訪れているが,実際にかなり寂れている。駅自体はともかく駅前はとても新幹線が止まる駅とは思えない……と書いて,くりこま高原駅よりはマシだったことを思い出した。くりこま高原駅の周囲は寂れているとかいう問題ではなくて一面農地である。なお,くりこま高原駅も実際の栗駒山から非常に遠い場所なのにこの名前がついていて,上毛高原並の無理やり感があったから,全くの同種と言えるかもしれない。
→ 記事中にもある通り上毛高原駅の周辺の広い地域名は水上(みなかみ)だが,目の前の地名は月夜野である。あまりにもきれいな名前だったので気になって前に調べたことがあり,由来が(少なくとも伝承では)源順だそうで,実に風流である。それだけの由来があるならそれで十分ではないか。
→ 水上は流石にちょっと遠く,これだけ離れていると新幹線の駅の名前につけたところで経済効果は薄そう。そもそも記事中にある通り,水上温泉が寂れてしまったのは新幹線の駅名に採用されなかったのが主な理由ではない。新幹線の路線から外れてしまった時点で半ば運命が決まってしまった。別案として,上毛高原駅の位置は水上よりは沼田の方がまだしも近いが,沼田は明確な中心市街のある都市なので,上毛高原駅の場所で「沼田駅」を名乗るのはかなり度胸がいる。現実的に東京から沼田に行くなら高崎から上越線に乗り換えるので,上毛高原駅から行く人はあまりいないのではないか。というように候補を消すと,やはり月夜野駅を推したい。地名をくっつけるのなら「みなかみ月夜野」もありだろう。
・なぜ「谷川岳が世界一死者数が多い山としてギネス認定されている」というガセネタが拡散されるに至ったのか?(カミツキワニ)
→ 非常に面白かった記事。なるほど,確かに日本語版Wikipedia及びその出典となったと思しき書籍が出どころと見て間違いなさそう。
→ この種のガセネタが広まる背景は記事中の指摘の通り,「「谷川岳は世界一死者数の多い山」という情報自体がその前から世間に受容されていた」「ギネス認定されているか否かは、容易に裏取りができる事実であるため、まさかこんな情報が間違って流布しているはずはない、という無意識の思い込み」が大きなウェイトを占めていると思われる。付け加えるなら,谷川岳はロープウェーを使うルートだとほとんど危なくないので「これで死者が多いの? 本当?」となる一般登山者目線でのギャップ,それに加えて土合駅からロープウェーの駅に向かって歩いていく途中にある巨大な慰霊碑のインパクトの大きさもあっただろう。あの慰霊碑を見てからロープウェーを使って登ったら,確かにトリビア的な小ネタとして死者数に言及したくなる気持ちはわかる。なお,死者数の多さについては深田久弥からして『日本百名山』で言及しているくらいである。もっとも,『日本百名山』が書かれた昭和30年代ではまだ二百数十人だったようだ。
→ 「おわりに」に書かれていることもごもっともで,自分も見かけたらそれはガセですと指摘するようにしたい。
・飲食店で客のスマホを使って注文させるのをやめてほしい話「店側でWi-Fiや充電環境、タブレット端末くらいは用意して」「LINE強制してくるのはもっとやめてほしい」(Togetter)
→ Togetter内もはてブも皆LINE登録には怒っていて,これだけ全員の意見が一致する話題も珍しい。飲食店勤務者からの反論すらない。かく言う私もこれは本当にそう思う。スマホ注文させるならWi-Fiくらい完備しておけ。そこで客の通信料にただ乗りするんじゃない。LINE注文の店はよほどのお気に入りでなければ二度と行かない。友達登録させてついでに宣伝しようという魂胆がおこがましい。
2026年06月21日
時を超えたつながりはやはり感動する
・インドネシアで進む権力集中と民主主義の後退。平和的に選挙と政権交代が行われているようだが…(東洋経済オンライン)
→ 最新情報を全然追えていない話題だったので勉強になった。インドネシアはユドヨノ政権以降に民主化が定着していっていると思っていたので,割とショックである。とりわけジョコウィ政権の末期から腐敗が始まっていたのは意外で,彼にはそういう印象は無かった。ただ,記事中の民主主義指数のグラフを見るとジョコ1期の時期から緩やかに低下していっているので,結局ユドヨノ政権が奇跡だっただけなのかもしれない。そしてプラボウォ大統領は就任前から独裁志向ではないかと心配されていたから,危惧された通りの展開ではある。
・中国で人型ロボットのスポーツ大会 今後の課題も(NHK)
→ 去年の8月の大会。他の競技はともかく,思っていたよりも自然にキックボクシングしていて驚いた。バランス感覚や二足歩行はかなり人間に近いところまで来ていそう。一方で技術的な課題が見えたものは割と視覚と動作の連動性が重要になっているものだろうか。
→ 私もそこそこ古くからインターネットをやっているので,中国のロボット技術というと先行者のイメージが強かった(はてブでは同じ発想の人が多数)。そこから25年以上,文字通りの隔世の感である。
・261年ぶり 大阪に“朝鮮通信使船”がやってきた(NHK)
→ 大阪万博での出来事。ディーゼルエンジンを積んでる通信使船がシュールで絵面が面白い。真面目にやっているイベントなのに,観光地の遊覧船やテーマパークのアトラクションのようなものになっているからだろう。それはそれとして良いイベントで,よくやってくれたと思う。朝鮮通信使を先祖に持つ人が韓国側の参加者にいて,その先祖が命名した鞆の浦の楼閣「対潮楼」を訪れてハングルで書を残す。こういう歴史の振り返りを大事にしていきたい。「“過去の精神” “現在の技術” “未来の協力”を盛り込んだ船です。」とは至言ではないか。
・「中学生最後の原爆教育、生徒全員冷笑しかしてなくてもう二度としたくない」→今の若者に旧来の平和学習は現実離れしていて響かないのでは?(Togetter)
→ 冷笑してしまうのは中二病の症状で非常に良くない態度であるのは論を俟たないが,それはそれとして,Togetterの後段で指摘されているようなことはやはりあるだろう。自分自身,戦争が悲惨だという話は小学校の中学年くらいから聞かされ続け,中学の頃にはもう飽きていて流石に勘弁してほしいと思っていたところはある。銃後の苦しみに偏っているので尚更話のパターンが固定されがちなのも飽きが来る理由だろう。まあ,変に戦場の悲惨さの話をしてもそれこそ中学生だと茶化すやつが出てきかねないが……
→ 悲惨さが伝わってないということではなく,中学生くらいまで来ると,悲惨の向こうの話を聞きたい,すべきではないのかという自我が流石に芽生えてくる。歴史に関心がある生徒なら日本が加害者の戦争なのに,授業外では被害者としての戦争しか学習させてもらえんなくらいのことは考える(少なくとも私はそうだった)。当人が中二病とかで片付けられない戦争教育の反省点はあると思う。それを見過ごして冷笑・中二病を批判する態度の方がメタ的な冷笑が生じてはいないか。戦争の悲惨さを伝えることに異論はないからこそ,工夫を施してほしい。
→ ……というTogetterが昨年の8月頃にまとめられていたわけだが,その7ヶ月後に沖縄の「平和学習」であのような悲劇が起きるとは。辺野古の綺麗な海で高校生を釣って無理に米軍基地建設現場を見せるのも,また平和学習の歪みだろう。
→ 最新情報を全然追えていない話題だったので勉強になった。インドネシアはユドヨノ政権以降に民主化が定着していっていると思っていたので,割とショックである。とりわけジョコウィ政権の末期から腐敗が始まっていたのは意外で,彼にはそういう印象は無かった。ただ,記事中の民主主義指数のグラフを見るとジョコ1期の時期から緩やかに低下していっているので,結局ユドヨノ政権が奇跡だっただけなのかもしれない。そしてプラボウォ大統領は就任前から独裁志向ではないかと心配されていたから,危惧された通りの展開ではある。
・中国で人型ロボットのスポーツ大会 今後の課題も(NHK)
→ 去年の8月の大会。他の競技はともかく,思っていたよりも自然にキックボクシングしていて驚いた。バランス感覚や二足歩行はかなり人間に近いところまで来ていそう。一方で技術的な課題が見えたものは割と視覚と動作の連動性が重要になっているものだろうか。
→ 私もそこそこ古くからインターネットをやっているので,中国のロボット技術というと先行者のイメージが強かった(はてブでは同じ発想の人が多数)。そこから25年以上,文字通りの隔世の感である。
・261年ぶり 大阪に“朝鮮通信使船”がやってきた(NHK)
→ 大阪万博での出来事。ディーゼルエンジンを積んでる通信使船がシュールで絵面が面白い。真面目にやっているイベントなのに,観光地の遊覧船やテーマパークのアトラクションのようなものになっているからだろう。それはそれとして良いイベントで,よくやってくれたと思う。朝鮮通信使を先祖に持つ人が韓国側の参加者にいて,その先祖が命名した鞆の浦の楼閣「対潮楼」を訪れてハングルで書を残す。こういう歴史の振り返りを大事にしていきたい。「“過去の精神” “現在の技術” “未来の協力”を盛り込んだ船です。」とは至言ではないか。
・「中学生最後の原爆教育、生徒全員冷笑しかしてなくてもう二度としたくない」→今の若者に旧来の平和学習は現実離れしていて響かないのでは?(Togetter)
→ 冷笑してしまうのは中二病の症状で非常に良くない態度であるのは論を俟たないが,それはそれとして,Togetterの後段で指摘されているようなことはやはりあるだろう。自分自身,戦争が悲惨だという話は小学校の中学年くらいから聞かされ続け,中学の頃にはもう飽きていて流石に勘弁してほしいと思っていたところはある。銃後の苦しみに偏っているので尚更話のパターンが固定されがちなのも飽きが来る理由だろう。まあ,変に戦場の悲惨さの話をしてもそれこそ中学生だと茶化すやつが出てきかねないが……
→ 悲惨さが伝わってないということではなく,中学生くらいまで来ると,悲惨の向こうの話を聞きたい,すべきではないのかという自我が流石に芽生えてくる。歴史に関心がある生徒なら日本が加害者の戦争なのに,授業外では被害者としての戦争しか学習させてもらえんなくらいのことは考える(少なくとも私はそうだった)。当人が中二病とかで片付けられない戦争教育の反省点はあると思う。それを見過ごして冷笑・中二病を批判する態度の方がメタ的な冷笑が生じてはいないか。戦争の悲惨さを伝えることに異論はないからこそ,工夫を施してほしい。
→ ……というTogetterが昨年の8月頃にまとめられていたわけだが,その7ヶ月後に沖縄の「平和学習」であのような悲劇が起きるとは。辺野古の綺麗な海で高校生を釣って無理に米軍基地建設現場を見せるのも,また平和学習の歪みだろう。
2026年06月19日
ニコ動・YouTubeの動画紹介 2026.5月中旬〜2026.5月下旬
ファフナー曲の裏話がたくさん。angelaの二人のテンションが高くて楽しい。
妃那子さん本当に歌が上手い。
言うだけのことはある大雪庇だった。言われてみると雪庇と非対称稜線の形成過程は同じか。
例の4五歩の解説は23分くらいから。歴史に残る毒まんじゅうにふさわしい歴史に残る名解説。
最新定跡を最新のAIが殴り倒していく動画。さすがに定跡よりもアルゴリズムなんだなぁ。
意外な二人の対談。朝青龍の日本で行きたい観光地が京都というのが理由込で面白かった。あと白鵬の話が完全に大相撲マニアで出てくる知識がすごい。
なぜか野草の毒を摂取する人たちその1。ツツジでも量を集めて煮詰めると,ちゃんと効くもんだなぁ。
なぜか野草の毒を摂取する人たちその2。紫陽花は非常にまずい上に毒も強くて最悪ということがわかる。
佐藤惇さんの思想がこれだけ明確に語られている動画は初めてでは。彼はちゃんとパルクールの哲学を体現している。
『ヴィンランド・サガ』の作者と北欧史の専門家二人の対談。日本の『エッダ』研究史が面白かった。サガは語り継がれて,人々の想像で作られてきたものだから,『ヴィンランド・サガ』もまた21世紀のサガという対談のまとめ方が美しい。
霜月はるかに歌っていただいている。趣味のオーケストラ冥利に尽きるだろう。
いつの間にか今井麻美がVTuberの身体を手に入れていた。こちらの身体では基本的にかわいく歌おうとしているのかなと思っていたら,最後の『小さきもの』で突然如月千早が降臨した。ギャップがすごい。
Posted by dg_law at
12:00
│Comments(2)
2026年06月17日
偶然にも部活とアナログゲームの話が続いた
・リアル「咲」の世界 牌に青春かける600人、初の高校麻雀大会開催(朝日新聞)
→ 高校麻雀大会自体は成立していても不思議ではないが,現在の高校生が『咲』を知っている方に驚いた。記事を読むとまだまだ若者に人気なようで,どこから知るのだろうか。東方はファン層がかなり下の年齢層まで広がっていることはけっこう話題に上るが,ひょっとして『咲』も意外と知られているのか。
→ なお,第1回が好評だったためか第2回も開催される。今回も主催は朝日新聞でルールはMリーグ準拠で変更無し。朝日新聞はMリーグの主要スポンサーなので,このまま麻雀の高校生からプロへのルートを作りたいという野望があるのかもしれない。
・イチ将棋ファンが、「藤井七冠が羽生前会長の面前で「女流棋士新制度」に苦言」の記事のブコメにコメントしていくよ(増田)
・将棋(そして囲碁の)女性棋士について語るための前提知識(増田)
→ 両方とも良い記事。新制度への賛否はともかく,将棋好きからは異論の出ない理解・見解では。興行なのだから資本主義的要請に従うのは仕方がないという意見には一理ある。加えて今回のことは大スポンサーであるヒューリックの要望というのは透けて見えているから,尚更それには逆らえまい。
→ そもそも女流棋士という制度自体が興行として成り立っているからこそ存続しているのであって(したがって女流棋士を棋士の二部リーグと捉える理解はあまり正しくない),これがアファーマティブ・アクション”も”兼ねられていて効率よく機能していたと言った方が正しいのだろう。しかし,アファーマティブ・アクションとしての本旨を考えると,棋士を目指すより女流棋士のトップになった方が実入りがかなり良いという状況は良くなく,制度疲労が出てきているとは思う。要するに二つの制度の趣旨が矛盾をきたすようになっていて,興行や普及要員の育成に徹するのか,女性棋士を生むための育成制度という趣旨に徹するのか岐路に立っているのではないか。また,待遇面に比べれば些事であるが,女流棋士からのプロ編入試験受験者は棋譜が多くて研究されやすい点や,女流棋士同士での対局に相振り飛車が多いので特殊な方向に進化してしまい,居飛車党の多い棋士との対戦では対抗形になっ太刀打ちできない点等も,現行の女流棋士制度の弊害になっているというのは割と指摘されている。
→ 話を本題に戻すと,個人的には三段リーグ経験か編入試験挑戦資格獲得を追加要件にすべきだったと思う。 白玲5期の問題点は棋士や奨励会三段との勝負無しに棋士になれてしまうことであるから,それがあれば将棋ファンの納得度はかなり違ったと思われる。
→ 根本的には両記事で触れられている通り,奨励会三段のレベルが高くなりすぎていて,プロの下位層よりもかなり強いのにプロになれない点が問題なのであろう。とはいえプロ入りの条件を緩和してプロの数を増やすのは財政破綻への道につながることを,お隣の囲碁が示してしまった。やはりフリークラスへの陥落要件を広げて引退棋士を増やす方向にどこかで舵を切ることになると思うが,棋士に身内を切る改革は実施できるだろうか。
・生徒も先生も「やりすぎ」と思っている…日本から「ブラック部活」がなくならない原因を早大教授が考えた(プレジデントオンライン)
→ 注目すべきは4ページ目,「つぎに実践が与えた影響とは、1980年代の校内暴力の時代が関係している。」から始まる文章だ。公立中学校の部活動の強制は不良のパワー発散,校内への囲い込みという目的もあったという話は,多分自分が中学校の時に見聞きしたことがあって,以来半信半疑であった。それから何十年も経過して,やっと専門家がはっきりと著述しているのを見ることが出来,この情報にちゃんと裏付けがとれたので少し感動した。
→ 当時の私が通っていた中学校ももちろん部活強制で,しぶしぶ選択したものだったが,それで体力はついたし,部活が無かったらゲームしかしていなかっただろうことを考えると,それで悪くはなかったのかもしれない。
→ 高校麻雀大会自体は成立していても不思議ではないが,現在の高校生が『咲』を知っている方に驚いた。記事を読むとまだまだ若者に人気なようで,どこから知るのだろうか。東方はファン層がかなり下の年齢層まで広がっていることはけっこう話題に上るが,ひょっとして『咲』も意外と知られているのか。
→ なお,第1回が好評だったためか第2回も開催される。今回も主催は朝日新聞でルールはMリーグ準拠で変更無し。朝日新聞はMリーグの主要スポンサーなので,このまま麻雀の高校生からプロへのルートを作りたいという野望があるのかもしれない。
・イチ将棋ファンが、「藤井七冠が羽生前会長の面前で「女流棋士新制度」に苦言」の記事のブコメにコメントしていくよ(増田)
・将棋(そして囲碁の)女性棋士について語るための前提知識(増田)
→ 両方とも良い記事。新制度への賛否はともかく,将棋好きからは異論の出ない理解・見解では。興行なのだから資本主義的要請に従うのは仕方がないという意見には一理ある。加えて今回のことは大スポンサーであるヒューリックの要望というのは透けて見えているから,尚更それには逆らえまい。
→ そもそも女流棋士という制度自体が興行として成り立っているからこそ存続しているのであって(したがって女流棋士を棋士の二部リーグと捉える理解はあまり正しくない),これがアファーマティブ・アクション”も”兼ねられていて効率よく機能していたと言った方が正しいのだろう。しかし,アファーマティブ・アクションとしての本旨を考えると,棋士を目指すより女流棋士のトップになった方が実入りがかなり良いという状況は良くなく,制度疲労が出てきているとは思う。要するに二つの制度の趣旨が矛盾をきたすようになっていて,興行や普及要員の育成に徹するのか,女性棋士を生むための育成制度という趣旨に徹するのか岐路に立っているのではないか。また,待遇面に比べれば些事であるが,女流棋士からのプロ編入試験受験者は棋譜が多くて研究されやすい点や,女流棋士同士での対局に相振り飛車が多いので特殊な方向に進化してしまい,居飛車党の多い棋士との対戦では対抗形になっ太刀打ちできない点等も,現行の女流棋士制度の弊害になっているというのは割と指摘されている。
→ 話を本題に戻すと,個人的には三段リーグ経験か編入試験挑戦資格獲得を追加要件にすべきだったと思う。 白玲5期の問題点は棋士や奨励会三段との勝負無しに棋士になれてしまうことであるから,それがあれば将棋ファンの納得度はかなり違ったと思われる。
→ 根本的には両記事で触れられている通り,奨励会三段のレベルが高くなりすぎていて,プロの下位層よりもかなり強いのにプロになれない点が問題なのであろう。とはいえプロ入りの条件を緩和してプロの数を増やすのは財政破綻への道につながることを,お隣の囲碁が示してしまった。やはりフリークラスへの陥落要件を広げて引退棋士を増やす方向にどこかで舵を切ることになると思うが,棋士に身内を切る改革は実施できるだろうか。
・生徒も先生も「やりすぎ」と思っている…日本から「ブラック部活」がなくならない原因を早大教授が考えた(プレジデントオンライン)
→ 注目すべきは4ページ目,「つぎに実践が与えた影響とは、1980年代の校内暴力の時代が関係している。」から始まる文章だ。公立中学校の部活動の強制は不良のパワー発散,校内への囲い込みという目的もあったという話は,多分自分が中学校の時に見聞きしたことがあって,以来半信半疑であった。それから何十年も経過して,やっと専門家がはっきりと著述しているのを見ることが出来,この情報にちゃんと裏付けがとれたので少し感動した。
→ 当時の私が通っていた中学校ももちろん部活強制で,しぶしぶ選択したものだったが,それで体力はついたし,部活が無かったらゲームしかしていなかっただろうことを考えると,それで悪くはなかったのかもしれない。
2026年06月15日
「日本遺産」は改名してもっと活用されてほしい
・参政党、さや氏―異色の履歴・不遇の遍歴(古谷経衡)(エキスパート - Yahoo!ニュース)
→ 参政党の分析自体は他の評論家に一日の長があると思われるが,この記事は古谷経衡氏にしか書けない。「愛国保守界隈」からの離脱者にしか書けない記事を書かせると切れ味がある。 論客と見なされない愛国保守界隈であったがゆえに見切りをつけ,参政党という新興政党に移ったという筆者の推測が正しいのであれば,そこが愛国保守界隈の限界ということになるだろうか。よくそう分析されているように,参政党は単なる右翼政党とは全然違い,排外主義を中核にしつつも様々な胡乱な思想(代表的なところで非科学的なオーガニック信仰や反ワクチン)がくっついている政党である。どの胡乱な思想からでもある程度参入者が見込めるという受け皿としての広さがあり,愛国保守界隈からなら転身しやすかった側面はあろうし,その受け皿の広さがまさに愛国保守界隈の限界とは異なる点かもしれない。
→ 文章中にしれっとあった「2021年に衆議院選挙が行われる段になると、さや氏は国民民主党から立候補の誘いを受けて応諾の姿勢を見せた」という記述はちょっとショックだった。いや,ショックだったというと語弊があるかもしれない。そういう浮ついたところがあり,よくわからない方向にウイングを伸ばそうとする下心があるのはわかってはいたが,よりによってチャンネル桜関係者はないだろう。
・石破首相個人の「逆張りオルタナ学者好き」の危うさ(✨わん🐶にゃん😺癒し動画✨ )
→ 胡乱な思想と言えば,石破首相の在任期間の末期にこんな記事が上がっていた。石破さんはこれらを良くも悪くも逆張りのために使っているだけという感じもするのだが,こうしてまとめて見ると,それにしたってそこに行くことは無いでしょという方向性と領域まで入っている。首相に就任して逆張りの必要がなくなってからも読んでいるのは親和性があるからなのだろう。一方で,これらの書籍を読んでいる割には,記事中にある通り「表向きの政策上はオルタナ的危うさは表れていない」のであり,また「その点で自民党の組織としての修正力、力学は感じられる」のであった。政権が終わった今だから言うと,とりわけ石破政権時代にロシア寄りの外交にならなかったことは本当に良かったことで,自民党に残る良心を感じる結果にはなった。
・「日本遺産」初取り消しの九州「西の都」 観光ダメージなく、落胆の声も再申請には温度差(産経新聞)
→ 日本遺産については過去にブログで取り上げたことがあったような気がしていたが,ブログ内検索をかけても見つからないので実は初めてかもしれない。Twitterではよく言及しているので,それで生じた勘違いだろう。閑話休題,日本遺産は文化庁が運用している制度で,文化財の保存よりも観光活用に重点を置いているのと,「ストーリー」で一括りにしており,また登録数が100前後という制限があって,定期的に”入れ替え戦”が生じるというのが特徴である。遺産の選定はかなりセンスが良く,世界遺産や重要文化財・重伝建に指定されていないけど面白みがある建築物や,文化財に指定されてはいても単品では目立っていないものをよく拾っている。反面,「ストーリー」がけっこう胡乱で,一番ひどいとよく話題にされる”レイライン”を見ればわかる通り,こういう仮にも文化庁がこれを言うのかというのが紛れ込んでいる点が欠点である。個人的には旅行先の観光案内でたまに参照している。上述のレイラインにしても上田市の文化財紹介としては良いチョイスである。
→ それで,産経新聞の記事にもある通り,入れ替え戦の存在も文化財の制度には全くそぐわない。太宰府天満宮くらいの有名観光地になると日本遺産になっていてもプラスにならず,逆に文化庁側が頭を下げて入っていてもらわないと日本遺産の格が下がるくらいの存在だろう。思うに「日本遺産」という名前も良くない。制度の趣旨が全く違うのに,どうして世界遺産に対抗するかのような名前になってしまったのか。文化財の観光活用という目的,そのために目立っていない文化財を一括りにして紹介する方法自体は悪くないので,太宰府天満宮級の知名度の観光地が入っていなくても不自然ではない制度名に変えて再出発してほしい。
・歯科医院は「斜陽産業」なのか? 倒産・休廃業が過去最多ペースの背景にある“本当の理由”(東洋経済オンライン)
→ 歯科医院は数が多いよなと思っていたら,記事中で全国でコンビニの店舗数よりも歯科医院の方が多いと指摘されていて,実数でもそうなのかと。経営者の高齢化も,実は通っていた歯医者が最近それで閉院してしまったので妙な実感があった。
→ 参政党の分析自体は他の評論家に一日の長があると思われるが,この記事は古谷経衡氏にしか書けない。「愛国保守界隈」からの離脱者にしか書けない記事を書かせると切れ味がある。 論客と見なされない愛国保守界隈であったがゆえに見切りをつけ,参政党という新興政党に移ったという筆者の推測が正しいのであれば,そこが愛国保守界隈の限界ということになるだろうか。よくそう分析されているように,参政党は単なる右翼政党とは全然違い,排外主義を中核にしつつも様々な胡乱な思想(代表的なところで非科学的なオーガニック信仰や反ワクチン)がくっついている政党である。どの胡乱な思想からでもある程度参入者が見込めるという受け皿としての広さがあり,愛国保守界隈からなら転身しやすかった側面はあろうし,その受け皿の広さがまさに愛国保守界隈の限界とは異なる点かもしれない。
→ 文章中にしれっとあった「2021年に衆議院選挙が行われる段になると、さや氏は国民民主党から立候補の誘いを受けて応諾の姿勢を見せた」という記述はちょっとショックだった。いや,ショックだったというと語弊があるかもしれない。そういう浮ついたところがあり,よくわからない方向にウイングを伸ばそうとする下心があるのはわかってはいたが,よりによってチャンネル桜関係者はないだろう。
・石破首相個人の「逆張りオルタナ学者好き」の危うさ(✨わん🐶にゃん😺癒し動画✨ )
→ 胡乱な思想と言えば,石破首相の在任期間の末期にこんな記事が上がっていた。石破さんはこれらを良くも悪くも逆張りのために使っているだけという感じもするのだが,こうしてまとめて見ると,それにしたってそこに行くことは無いでしょという方向性と領域まで入っている。首相に就任して逆張りの必要がなくなってからも読んでいるのは親和性があるからなのだろう。一方で,これらの書籍を読んでいる割には,記事中にある通り「表向きの政策上はオルタナ的危うさは表れていない」のであり,また「その点で自民党の組織としての修正力、力学は感じられる」のであった。政権が終わった今だから言うと,とりわけ石破政権時代にロシア寄りの外交にならなかったことは本当に良かったことで,自民党に残る良心を感じる結果にはなった。
・「日本遺産」初取り消しの九州「西の都」 観光ダメージなく、落胆の声も再申請には温度差(産経新聞)
→ 日本遺産については過去にブログで取り上げたことがあったような気がしていたが,ブログ内検索をかけても見つからないので実は初めてかもしれない。Twitterではよく言及しているので,それで生じた勘違いだろう。閑話休題,日本遺産は文化庁が運用している制度で,文化財の保存よりも観光活用に重点を置いているのと,「ストーリー」で一括りにしており,また登録数が100前後という制限があって,定期的に”入れ替え戦”が生じるというのが特徴である。遺産の選定はかなりセンスが良く,世界遺産や重要文化財・重伝建に指定されていないけど面白みがある建築物や,文化財に指定されてはいても単品では目立っていないものをよく拾っている。反面,「ストーリー」がけっこう胡乱で,一番ひどいとよく話題にされる”レイライン”を見ればわかる通り,こういう仮にも文化庁がこれを言うのかというのが紛れ込んでいる点が欠点である。個人的には旅行先の観光案内でたまに参照している。上述のレイラインにしても上田市の文化財紹介としては良いチョイスである。
→ それで,産経新聞の記事にもある通り,入れ替え戦の存在も文化財の制度には全くそぐわない。太宰府天満宮くらいの有名観光地になると日本遺産になっていてもプラスにならず,逆に文化庁側が頭を下げて入っていてもらわないと日本遺産の格が下がるくらいの存在だろう。思うに「日本遺産」という名前も良くない。制度の趣旨が全く違うのに,どうして世界遺産に対抗するかのような名前になってしまったのか。文化財の観光活用という目的,そのために目立っていない文化財を一括りにして紹介する方法自体は悪くないので,太宰府天満宮級の知名度の観光地が入っていなくても不自然ではない制度名に変えて再出発してほしい。
・歯科医院は「斜陽産業」なのか? 倒産・休廃業が過去最多ペースの背景にある“本当の理由”(東洋経済オンライン)
→ 歯科医院は数が多いよなと思っていたら,記事中で全国でコンビニの店舗数よりも歯科医院の方が多いと指摘されていて,実数でもそうなのかと。経営者の高齢化も,実は通っていた歯医者が最近それで閉院してしまったので妙な実感があった。