2024年07月31日

2024年06月25日

登山記録20(横手山,破風岳,毛無山)

No.50 横手山
〔標高〕2307m
〔標高差〕約0m(リフト山頂駅から)
〔百名山認定〕三百名山
〔ヤマノススメ〕ー
〔県のグレーディング〕ー
〔私的な難易度と感想〕ー(あえて言えば0A)
 国道最高地点で有名な渋峠のある志賀高原の主峰。スキーの名所なだけあってリフトが通っており,リフトが頂上に直通している。私もリフトで登頂したが,実は渋峠からまともに登ってもわずか35分のコースタイムである。尚更リフトでよいだろう。私は志賀高原に人生で三回訪れている。最初が2015年の夏。二回目が2018年のGWで,下記の破風岳に登った時。三度目はつい先日,すなわち2024年の6月で,下記の毛無山に登った時である。このうち横手山に登頂したのは二度目の時で,GWはまだ雪が残っていた。このシーズン最後のスキーを楽しんでいた人が多く,山頂には博麗霊夢の痛スノボが刺さっていたことで印象に残っている。この時のツイートをしたような気がしていたが,twilogを検索しても出てこなかったので記憶違いのようだ。寂しいのでその時の写真でもここに貼っておこう。

PIC00056Cブログ用PIC00056Dブログ用


横手山山頂からの眺望が美しいが,正直渋峠からの眺望とそこまで差はないように思われた。ついでにこの時,同行者がドローンを持ち込んでいて,立入禁止により登頂できなかった草津白根山の山頂と湯釜をドローン撮影していた。私自身,twilogで見つけるまでそのことをすっかり忘れていたので,備忘録のためここにも貼っておく。いつかはちゃんと登りたい。志賀高原はこの他に二百名山の岩菅山と三百名山の笠ヶ岳があり,まだまだ攻略しきれていない。ちょうど三度目の志賀高原であった先日の旅行中に,笠ヶ岳は山田温泉に泊まって登ろうという話をしていた。




No.51 破風岳(毛無峠)
〔標高〕1999m
〔標高差〕約170m(毛無峠から)
〔百名山認定〕ー
〔ヤマノススメ〕ー
〔県のグレーディング〕ー
〔私的な難易度と感想〕1A+
 「群馬県 立入禁止」のネットミームで有名な地,毛無峠は看板の通り群馬県と長野県の県境に位置し,立入禁止となった理由は群馬県側にある硫黄鉱山だった小串鉱山が1937年の大規模な土砂崩れにより崩壊したためである。峠というだけあって破風岳(土鍋山)と毛無山(御飯岳)という二座に挟まれていて,東に破風岳,西に毛無山,南側に小串鉱山跡,北側が現在唯一自動車道がつながっているという配置になっている。
 私は横手山で述べた通り毛無峠には二度訪れていて,最初に訪れた2018年の4月末に登ったのがこちらの破風岳であった。毛無山は見るからにきつそうで,私はまだ登山歴が浅かったから避けてもらった。結果的には正解で,破風岳はそれほど辛くなかったが,それでも当時はけっこう苦労しながら登った覚えがある。まだ体力が全然ついていなかった。これも前述の通り,GWの志賀高原はまだ雪渓が残っていたので破風岳登山にも難儀した。ともあれ苦労したかいはあって眺望はすばらしく,眼下の毛無峠は硫黄鉱山だっただけあって荒涼とした風景で,周囲の緑と対比的である。単なるインターネットミームの聖地ではない,歴として景勝地であった。体力的に問題なければ破風岳か毛無山のいずれかには登ることを勧めたい。装備が整っていないなら破風岳の方が良いだろう。





No.52 毛無山(毛無峠)
〔標高〕1935m
〔標高差〕約110m(毛無峠から)
〔百名山認定〕ー
〔ヤマノススメ〕ー
〔県のグレーディング〕ー
〔私的な難易度と感想〕1B-
 こちらはより小串鉱山跡に近い山。それゆえに地盤は硫黄鉱山なのだろう,火山性かと思うようなゴツゴツとした山肌で,破風岳に比べると歩きにくい。おまけに小串鉱山跡の索道跡が残っているため,雰囲気はポストアポカリプスである。ついでに言うと私が登った時にはラジコンを飛ばそうとしているお爺さんたちがいたり,着ぐるみコスプレの写真を撮っている一団がいたりしたので,より世界滅亡感が強まった。眺望は私が登った際にはガスっていてあまり見えなかったが,晴天時でも破風岳には劣るようである。とはいえ,索道跡の脇を通って山頂を目指している時の,この世の果てに向かって歩いている感覚はなかなかに得難いので一度は登ってみることをお勧めする。ただし,前述の通り破風岳と違って道が多少ザレているので,登山靴等の装備はちゃんとしていった方がよい。

  
Posted by dg_law at 07:00Comments(0)trekking_archives

2024年06月24日

登山記録19(岩木山,八甲田山,八幡平)

ここまでの登山記録では『ヤマノススメ』登場済の山を優先して記録してきたが,聖地巡礼済の山が尽きたのでここからは未登場の山が中心になる。ある程度地域ごとに固めて紹介したい。今回は北東北の百名山を三座。

No.47 岩木山
〔標高〕1625m
〔標高差〕約150m(リフト山頂駅から),約1450m(岩木山神社から)
〔百名山認定〕百名山
〔ヤマノススメ〕ー
〔県のグレーディング〕ー
〔私的な難易度と感想〕1B+(2B+)
 この登山行は,旅行計画中はリフト山頂駅と山頂を往復する予定であった。しかし,弘前市や青森市のレンタカーが完売状態で借りられなかったこと,また宿も嶽温泉で取れず,宿泊難民になりかけた挙げ句,出発直前になって岩木山神社付近のホテルに素泊まりの予約がとれたという状況であった。ゆえに弘前駅からリフト山麓駅まではタクシーに乗り,下山は岩木山神社に向かって下山するというルートをとることになった。結果論ではあるが,岩木山神社ルート(百沢登山道)の様子が知れたのは良かった。
 岩木山の面白いところは,リフト山頂駅から山頂までの道のりがけっこう険しい岩場だったことである。ロープウェーやリフトがあるような百名山・二百名山は,万人に開かれることが期待されているため,リフト山頂駅からピークまでは緩い道であることが多い。しかし,岩木山は火山らしい火山で,リフト山麓駅までは樹木の生い茂る普通の山であるのに,リフトの途上で次第に姿を変えていき,山頂駅ではすっかり緑が消え失せてゴツゴツの見た目になる(ロープウェーではなくリフトなので真下が見え,如実に変わっていくのが観察できる)。難易度はB+かC-というところで,初心者を連れていくのは完全に怖い。激しい強風と霧で山頂がホワイトアウトしていたのも少し怖かった。下山は前述の通り岩木山神社に向かって下ったが,大きめの石が転がる沢筋で,斜度の割には疲れる道であった。
 眺望は単独峰らしくさすがに抜群で,西には日本海,南には白神山地,東には弘前市が見える。東側以外の眺望はリフト山麓駅からでも十分見えるので,そこまでドライブするだけでも十分楽しいだろう。山頂は前述の通りホワイトアウトしていたので何も見えなかったが,『日本百名山』を読むと深田も同じ目に遭っており,またYAMAPの活動日記を見ると同じ目に遭っている登山者が多かったので,岩木山の山頂は基本的にガスっていて何も見えないことの方が多いと思っておいた方が良さそうである。
 また,深田も岩木山神社の方向に下っているが,ほとんど弱音を書かない深田にしては珍しく「ガクンガクン膝こぶしの痛くなるような下りが続いて」と書いている。岩木山神社への下山路はほぼ100年間そのままらしい。山頂でも下山路でもほぼ同じ体験と感想で,読んでいて笑ってしまった。最後に深田は下山の最後の方を「スキーで飛ばしたらさぞいいだろうと思いながら」下りていったそうだが,さすがに先見の明がある。こうなると,私は旅行計画を立てるのがぎりぎりだったために嶽温泉に入りそびれたのだが,入って深田の追体験をしておくべきだったと後悔している。



岩木山 / 稲田義智さんの活動データ | YAMAP / ヤマップ



No.48 八甲田山
〔標高〕1585m
〔標高差〕約280m(ロープウェー山頂駅から),約690m(酸ヶ湯から)
〔百名山認定〕百名山
〔ヤマノススメ〕ー
〔県のグレーディング〕ー
〔私的な難易度と感想〕2A(2B-)
 あの恐ろしい事件の印象が強いが,冬に行かなければ普通の山である。登山に詳しくない人だと年がら年中恐ろしい山という印象があるようで,行ったというと大体驚かれる。岩木山に登った翌々日,八甲田ホテルからシャトルバスで出発してロープウェー山麓駅,ロープウェーに乗って山頂駅へ。例によってロープウェーに乗っている最中からもう青森湾が見え,良い眺望であった。
 ロープウェーを降りてまずは赤倉岳に向かう。スタートして早々に美しい湿地帯が続き,赤倉岳の登りは樹林帯,赤倉岳の山頂からは火山らしい風景と疎林となり,風景が目まぐるしく変わって全く飽きない。主峰の大岳を下ると再び樹林帯,そして湿地帯へ。下山路は酸ヶ湯方面に下りたが,非常に強い硫黄の臭いと真っ黄色な岩肌,「火山ガス注意」の看板といかにも酸ヶ湯が近い風景で面白かった。万人に勧められる名山である。友人が「百名山の上位ランカー,十名山まで絞られても多分残る」と言っていたが,完全に同意である。
 難易度は全体として高くなく,非常に登りやすい。高尾山を6号路で登れるなら十分にロープウェー山頂駅と大岳を往復できるだろう。ただし,大岳から酸ヶ湯方面に下るとやや険しくなるので注意が必要。水量豊富の湿地帯を歩くので,木道が腐った泥を歩く羽目になることがあり,ゲイター(スパッツ)が必要かもしれない。それでもA+かB-というところだが。
 以下『日本百名山』から。山の名前の由来は,八つの峰と多くの湿地(田)を有することからとのこと。続いて八甲田雪中行軍遭難事件について言及しているが,これは短く終わった。深田が訪れた当時はまだ十和田八幡平国立公園に指定される前(つまり1936年より前)で,閑散としていたらしい。眺望や湿原の素晴らしさについては同意しかない。深田は登山中に偶然,八甲田の主と呼ぶべき登山者に遭遇していて,「この名物男は,いつも軍装をして……右肩にラッパ……頂上では陸軍のラッパ曲を吹く」とあるから,相当な面白じいさんだったらしい。1930年頃で八十歳とのことだから,1850年頃の生まれか。実は私も八甲田山に登った際,何百回と八甲田山に登っているという地元の方に話しかけられて,山頂で少し話を聞いた。八甲田山にはそういう名物男が存在する伝統でもあるのだろうか。
 深田は「大岳に登ったら,帰りはぜひ反対側の井戸岳を経て毛無岱に下ることをお勧めしたい。これほど美しい高原は滅多にない」と書いている。私はむしろ井戸岳を経て大岳に登り,その後は酸ヶ湯に下りたので毛無岱は経由しなかった。深田の時代は酸ヶ湯から登っていくから井戸岳や毛無岱はむしろ下山で寄る場所であったのだろうが,現代ではロープウェー山頂駅から井戸岳を経て大岳に向かうのが一般的であるから,向きが逆になっている影響はありそうだ。なお,深田はここでも「スキー場としての八甲田山は今後栄える一途であろう」と書いているが,スキー場のためにロープウェーができ,ロープウェーのために登山路が逆向きになることまでは想像がつかなかったか。



赤倉岳・井戸岳・八甲田山(大岳) / 稲田義智さんの活動データ | YAMAP / ヤマップ



No.49 八幡平
〔標高〕1613m
〔標高差〕約80m
〔百名山認定〕百名山
〔ヤマノススメ〕ー
〔県のグレーディング〕ー
〔私的な難易度と感想〕1A-
 藤七温泉のついでに登山。名前の通り真っ平らであり,難所は全く無い。霧ヶ峰と並ぶ百名山で最も易しい山ではないだろうか。標高差を測ってみたら80mもあって驚いた。山頂の展望台からは,確かに頂上付近がほとんど平らになっていて,森林限界も超えていないことから比較的高めの森林がかなり遠方まで続いているのが見えて絶景であった。霧ヶ峰や美ヶ原との違いはこの樹林帯の存在であろう。同行した友人が撮影したドローンの映像があるので,そちらもご覧いただきたい。
 以下は『日本百名山』から。冒頭で「十和田湖へ行く人数に比べて,八幡平はずっと少ない」と書かれている。八幡平については先行する紀行文が少ない,とも。そこから八幡平は随分とメジャーな観光地になった。というよりも深田久弥レベルの人がその印象だったのに,八甲田山や十和田湖とくくられて突然1936年に国立公園になったのだから,そちらの方が不思議である。名称の伝承については,八幡太郎義家が由来であることに触れつつ「もちろん信ずるに足りない」とばっさりである(もちろん坂上田村麻呂説も否定している)。深田は割りとドライで,伝承を調べるのが好きな一方,割りと正直にばっさり行く傾向が強い。八幡平が開かれた理由として温泉が挙げられており,地図中には藤七温泉も記載されていた。前述の通り私も泊まっているが,あの温泉は昭和の初期からあったのか……調べてみると開業が昭和5年とのことで,深田が八幡平を訪れた当時は開業してすぐのことだったのだろう。もっとも深田自身は蒸ノ湯と後生掛に入っていったようだ。なお,当然ドラゴンアイについての言及はない。ドラゴンアイは10年ほど前に私が行った時にもまだ話題になっていなかったので,本当に極最近観光名所に変わったのではないか。

  
Posted by dg_law at 07:00Comments(0)trekking_archives

2024年06月23日

登山記録18(赤城山,榛名山)

No.44 長七郎山(赤城山)
〔標高〕1579m
〔標高差〕約110m(小沼から)
〔百名山認定〕ー(赤城山としては百名山)
〔ヤマノススメ〕アニメNS(4期)
〔県のグレーディング〕ー
〔私的な難易度と感想〕1A+
 『ヤマノススメ』でもスノーシューハイクでの登山だった山。私は小沼の真ん中を突っ切ってから赤城の氷瀑を見に行き,その後に長七郎山に登った。氷結する小沼はスノーシューハイクの名所であり,よく晴れていて人出が多く,『鬼滅の刃』の竈門炭治郎や『葬送のフリーレン』のフリーレンといったコスプレの撮影を見かけた。確かに冬の景色を撮るには絶好のスポットである。また,大型犬の散歩も複数見かけた。テンションが極限まで高まった大型犬たちがここぞとばかりにはしゃぎ倒し,飼い主を引きずり回す様子は実にかわいい。
 赤城の氷瀑はGoogleマップに観光名所として登録されていなかったので,帰宅後に登録しておいた。こちらもスノーシューハイクを楽しむ人が多く,頻繁にすれ違った。小沼から歩いて1時間弱、滑落するような箇所もなく気軽に行けるため、多数の観光客がいる隠れた名所だった。氷爆の規模はまずまず。日射量が多く急速に溶けていたが,見応えは十分であった。その後は長七郎山へ。ふかふかの雪原で歩きやすく,こちらも手軽な雪山登山で,他の赤城山やがよく見えるビュースポットだった。夏山登山だったとしても1A+というくらいの難易度で,赤城山の中でも最も登りやすいと思われる。
 下山後は名物ワカサギのフライとおっ切り込みうどんを食べた。大沼は小沼と違い完全には氷結しておらず,盛況な雪遊びに比してワカサギ釣りは廉価な機材貸出価格でも低調な様子だった。赤城神社に参拝して撤収。『ヤマノススメ』では,原作では地蔵岳に登っていたところ,アニメでは小沼と長七郎山に変わっていた。映えの問題だろうか。あるいは地蔵岳はアニメ3期で登っているから,アニメで同じ山を二度というのは避けたか。



小沼・赤城の氷瀑・長七郎山 / 稲田義智さんの活動データ | YAMAP / ヤマップ



No.45 黒檜山(赤城山)
〔標高〕1827m
〔標高差〕約480m(赤城神社から)
〔百名山認定〕百名山
〔ヤマノススメ〕ー
〔県のグレーディング〕2B
〔私的な難易度と感想〕2B-(A+)
 地蔵岳・長七郎山と登っていながら,登りそびれていた黒檜山へ。赤城神社から出発して直登,黒檜山のピークに登頂した後は見晴らしの良い場所に出て休憩。その後,折り返して駒ヶ岳に向かい,駒ケ岳から下山。難易度は黒檜山への直登ルートのみそれなりに険しい岩場があってB-。それ以外はA+。部分的には階段が多く,よく整備されている。黒檜山への直登ルートを避ければ初心者を連れていっても問題ないだろう。もっとも,直登ルートを避けると歩行時間がかなり伸びるのだが。
 登り道も稜線上も樹木が多いものの伐採箇所も多く,終始眺望が良い。黒檜山山頂は眺望が全く無いが,山頂に案内が出ており,少し北に進むと展望所がある。道中の展望所では秩父山塊と富士山が見えた。富士山はかなり遠いが,黒檜山の位置ならまだ見えるらしい。黒檜山山頂北の展望所からは谷川岳や白砂山と沼田市街の河岸段丘が見えた。河岸段丘はわかりやすく,地理の知識があると楽しい眺望だろう。駒ヶ岳からは前橋市街がよく見えたが,意外なことに,その奥は霞んでしまっていて榛名山が見えなかった。行ったのが春であったから多少霞んでいたかもしれない。秋冬なら榛名山まで見えるだろうか。また,駒ケ岳からの下山道では小沼が非常に綺麗に見えた。大沼よりも標高が高く,水量は少ないが威厳をもって大沼を見下ろしていた。
 赤城山は黒檜山単体ではともかく,山域が非常に広く,駒ヶ岳・地蔵岳・大沼・長七郎山・小沼と合わせての魅力が十分に高く,百名山らしい百名山と言っていい。『ヤマノススメ』では不思議と登場していない。赤城山が三度目の登場でもよいだろう。そのうち登ってほしいところ。



黒檜山・駒ヶ岳(赤城山) / 稲田義智さんの活動データ | YAMAP / ヤマップ



No.46 榛名山(榛名富士)
〔標高〕1390m
〔標高差〕約30m(ロープウェー山頂駅から)
〔百名山認定〕二百名山
〔ヤマノススメ〕ー
〔県のグレーディング〕2A
〔私的な難易度と感想〕ー
 ロープウェーのあるところはロープウェーを使っていいと思っている,と『ヤマノススメ」のしろ先生が言っていた。私も同感であるが,榛名山はロープウェーを使うと標高差30mまで縮んでしまうため,実質的に登山ではなくなってしまう。私の場合は行った日も悪く,山頂はガスっていて何も見えなかった。山頂の場所が曖昧で,山頂の標識すら無い体たらくであるから,そもそも榛名山側もピークハントの達成感を感じさせようとしていないと思われる。県のグレーディングも2Aなので,いずれにせよ難しい山ではない。あくまで伊香保温泉に付随する,また『頭文字D』の聖地としての観光地ということなのだろう。眺望を楽しめなかったのは少し残念なので,外輪山に挑戦する際にでも再度行ってみたい。
 『ヤマノススメ』でも榛名外輪山は登場しているが,榛名富士自体は登場していない。しろ先生ならロープウェーであおいたちを登らせそうなものなので意外である。

  
Posted by dg_law at 01:10Comments(0)trekking_archives

2024年06月20日

登山記録17(日光白根山,丸山)

No.42 日光白根山
〔標高〕2578m
〔標高差〕約590m(ロープウェー山頂駅から)
〔百名山認定〕百名山
〔ヤマノススメ〕18巻
〔県のグレーディング〕3B
〔私的な難易度と感想〕3B-
 群馬県と栃木県の県境にあり,両県の最高峰である。また,あまり強調されないが北関東以北の最高峰でもある。名前からすると栃木県の山のようなイメージになるが,実はロープウェーが引かれている群馬県側(丸沼高原)からの登山の方がメジャーで,あとは金精峠から登るか,日光湯元から登るかである。私はロープウェー利用で登った。難易度については,自治体の評価は3Bだが,丸沼高原から登るとそこまで難度が高くない。一応,日光湯元側の道はもう少し岩場が多いらしい。私が登ったのは11月初旬ですでに積雪があり,お守りで持っていったチェーンスパイクが大いに役に立つ状況であったが,それでもあまり苦も無く登頂できた。一方,カルデラのために山域が広く,眺望の良い場所をちゃんと回ろうとすると,ロープウェーを使っていてもかなり時間がかかる。最終便には注意してほしい。
 山容は火山であるが山肌は緑が多く,巨大なカルデラと五色沼の存在で火山と気づく。眺望は抜群,北関東以北の最高峰は伊達ではなく,山頂からは360度で日本百名山が20座くらい目に入る。しかし,もっとも目を引かれるのはお隣の百名山,男体山だろう。男体山と中禅寺湖の組み合わせがあまりにも美しい。
 これだけの名山であるのに,『ヤマノススメ』では非常に目立たない登場の仕方をしているので,未登場だと思っている読者も多かろう。18巻に登場し,あおいが父と二人で行って,山頂駅の足湯にだけ浸かって帰ったという回だった。再登場を願う。





日光白根山 / 稲田義智さんの日光白根山の活動データ | YAMAP / ヤマップ




No.43 小丸山
〔標高〕1601m
〔標高差〕約250m(霧降高原から)
〔百名山認定〕ー
〔ヤマノススメ〕ー
〔県のグレーディング〕ー
〔私的な難易度と感想〕1A-
 2016年の日光旅行時に登った。霧降高原から階段だけで登れる山。階段数は1,445段。登った先にあるキーワードを覚えて霧降高原レストハウスに戻ると記念品がもらえる。今ならそれほど苦労しないかもしれないが,当時は登山を本格的に始める前だったので息も絶え絶えになりながら登った記憶がある。YAMAPのコースタイムは40分となっているが,当時は1時間以上かかったような。山頂の眺望はまずまずよく,雲海が綺麗だったが,霧降高原レストハウスからの眺望とさして変わらない気もする。なお,小丸山からは二百名山の女峰山への登山道が続いていて,登頂を目指す人にとっては「ここからが本当の地獄」とのこと。  
Posted by dg_law at 12:00Comments(0)trekking_archives

2024年06月19日

登山記録16(日和田山・ユガテ,金時山)

No.39-40 ユガテ・日和田山・物見山・高指山
〔標高〕305m
〔標高差〕約200m(高麗駅から),約170m(東吾野駅から)
〔百名山認定〕ー
〔ヤマノススメ〕9巻
〔県のグレーディング〕ー
〔私的な難易度と感想〕1B+(1A+)
 東吾野駅からユガテを通って物見山,高指山と縦走し,最後に日和田山に登って下山というルートをとった。ユガテは桃源郷が語源とされる。こんなマイナー観光地に行くのは気の狂ったヤマノススメオタクだけだろうと思っていたら,東吾野駅から1時間というアクセス性の良さに加え,桜を中心に花々が咲き乱れる良スポットで,地元住民は鍋を持ち込んで朝から酒盛りをしていた。物見山は名前に反してあまり眺望が良くなかったが,広場になっていて休憩していた登山者が多かった。一方,高指山は山頂に建物が建っており,その脇の休憩スポットからは富士山がよく見えた。最後に日和田山へ。ここも人が多くて賑わっていた。眺望は良く,日高市から川越市,さいたま市までよく見通せた。
 日和田山は『ヤマノススメ』ではあおいたちが正月に初日の出を見に来ていた山であり,山頂への道は男坂と女坂に分かれている。あおいたちが男坂を登っていたので私も男坂から下ったが,意外と厳しい岩場であった。あおいたちは正月からよく登ったな。難易度は,高麗駅と日和田山をピストンするとして,男坂を通るなら1B+,女坂を通るなら1A+というところ。





ユガテから物見山・高指山・日和田山 / 稲田義智さんの愛宕山(埼玉県入間郡毛呂山町)東ムカイ山高指山(埼玉県)の活動データ | YAMAP / ヤマップ




No.41 金時山
〔標高〕1212m
〔標高差〕約510m(公時神社から),約400m(乙女峠から)
〔百名山認定〕三百名山
〔ヤマノススメ〕9巻
〔県のグレーディング〕ー
〔私的な難易度と感想〕1A+
 坂田金時の由来がある山。公時神社からほぼまっすぐ登っていくルートと,乙女峠から稜線を歩いていくルートがある。両方から登ったことがあるが,どちらから行っても難易度に差はさほどないが,稜線歩きになる分,乙女峠から行った方が楽しい。山頂から見える富士山の勇姿は数ある富士山がよく見える山の中でも屈指で,かなり巨大に見える。これに勝てる山は三つ峠など,そう多くはないだろう。箱根駒ヶ岳と芦ノ湖もよく見え,晴れてさえいれば眺望で非常に楽しめる。三百名山は妥当,または二百名山でもよい名山である。初心者が高尾山,筑波山の次に行くべきはここ。山頂の山小屋ではきのこの味噌汁が名物で,同建物では登った回数が多い人の顕彰がされている。5000回も登っている人もいるようだ。また,登山趣味と言えば今上天皇陛下であるが,ここでは上皇陛下ご来訪の写真が飾られている。
 『ヤマノススメ』では13巻,あおいたちは金時山だけは物足りず,箱根湯本駅まで縦走していた。コースタイム約9時間半の長丁場であり,あおいとひなたもヘロヘロになっていた。作者はどうしてこのルートを歩かせたのか。作者がTwitterで「ちなみにヤマノススメで日帰りで今まで一番キツいのは多分金時山〜箱根湯本駅の箱根外輪山縦走な気がします」とも書いていた。





金時山 / 稲田義智さんの金時山長尾山(神奈川県)の活動データ | YAMAP / ヤマップ
  
Posted by dg_law at 12:00Comments(0)trekking_archives

2024年06月18日

活動期間が長い人という印象も>ベルルスコーニ

・イタリア ベルルスコーニ元首相が死去 86歳 地元メディア(NHK)
→ 2023年6月12日のこと。こういう他国の名物首脳が亡くなると冷戦や20世紀末が一つずつ終わっていくなという感慨を抱くことが多かったが,ベルルスコーニの場合は政治活動が長く比較的最近まで続いていたことから,そういう感慨は薄かった。ではどう評価すればよいか。ポスト冷戦期のG7の首脳の中では間違いなく目立った部類で同時代人の記憶には残るが,何かをなしたわけではないので高校世界史の教科書には載らないという,なんとも言えない後世への名の残し方である。やはりトランプの先駆者という評価は存外しっくり来るか。


・【防衛大現役教授が実名告発】自殺未遂、脱走、不審火、新入生をカモにした賭博事件…改革急務の危機に瀕する防衛大学校の歪んだ教育(集英社オンライン)
→ 防衛大に怪しい商業右翼が入り込んでいるという話は以前から報道等があったが,とうとう内部告発が飛び出てきた。根本的な原因は防衛大の教官が自衛官の出世コースと見なされておらず,むしろ左遷先と考えられていることのようだ。ただ,そこまで組織内での教育が軽視される理由がちょっとわからなかった。有事の際に前線に出るような部署にいてこそという思想が自衛隊の中にあるのだろうか。言うまでもなくアレな思想の蔓延は旧軍と同じ轍を踏むことになりかねないので,告発もされたことだし改善してほしい。


・幕下10枚目格と15枚目格の付け出し廃止を発表 スピード出世の最速記録更新は事実上不可能に(日刊スポーツ)
→ 大相撲としてはかなり大きなニュースながら,あまり報道されていない印象。記事の題名にある通りスピード出世記録はこれで当分の間更新されないことになる。おそらく,大卒エリートが幕下15枚目格付出からすぐに十両や幕内に上がるものの,幕内上位で定着した者が少なく,身体が完成していないうちに出世してケガをすることが多かったり,下積みなく出世しすぎることが問題視されて,このような改革になったのだろう。私的には納得するので反対はしない。また,優勝ではなく8強で良くなったこと(これまで8強は三段目最下位格付出だった),代わって高校生の大会の4強が三段目最下位格付出になったことは,アマチュアの平均レベルが上がっていることからして良い判断であると言える。アマチュアの強豪に優越的な地位を与えてスカウトするのは,これから広がっていくのではないか。  
Posted by dg_law at 12:00Comments(0)diary

2024年06月17日

ニコ動のコメント付がYouTubeでも需要がある,ということ自体が面白い

・なぜボーカロイドの歌声を調整することを「調教」と言っていたのか?(Togetter)
→ 昔はナチュラルに調教って言ってたよね。このブログを検索しても普通に出てくる。(仮)時代からニコニコ動画を見ていた人間の一人として言えば,露悪趣味説,大した意味は無い説,両方ありそうではある。初期のボカロにエロゲーマーの影が無いかというとそういうことはなく,露悪的に使われていたのが定着してしまった側面もあるだろうし,発掘されているように当時すでに避けた方がいいのではという主張もあった。一方で,ボーカロイドにどの程度キャラを見出すかどうかは当時『ユリイカ』に取り上げられる程度には大きな議題だった。また,当時の調整はかなり大変な作業で,初音ミクを買ったはいいが全く上手くいかないからこれは調教のようなものだという話題があったのも記憶がある。このように競馬よろしく調教と呼んでいたという文脈もあっただろう。まあ,露悪趣味説を否定できない以上,出自のあやしい用語がメジャー化に従って置き換わっていくのは自然なことで,悪いことではない。


・ニコニコに投稿した動画が自動的にYouTubeに転載されて困っている→こんな方法ならチャンネルを潰せるのでは?(Togetter)
→ 両方に投稿するのが一番手間がかからないのかなと思うし,実際両方に投稿している人が多い印象。しかし,あくどいやつはコメント付の動画も転載するという。これが原因でゲーム実況のおやつさんはコメント付の動画も自主的にYouTubeの方に転載するようになった。
→ この転載はニコニコ動画にとっては大きな問題ではあり,結果として投稿者のファンがニコニコ動画とYouTubeに分散することになるし,ひいては投稿者が活動の軸足をYouTubeの方に移していく呼び水になってしまうので良いことがない。逆にYouTubeの運営からするとメリットしかないので抜本的な対策をとる意欲がない。YouTubeはこういうところが本当にevilで好きになれない。


・温泉宿の宿泊レビュー考 クレームやネガティブな口コミ評価を宿選びに活用する方法をまとめた(温泉ブログ 山と温泉のきろく)
→ よくわかる記事。ホテルの口コミは評価ポイントが多岐にわたるのと,個人の体験の差が非常に大きいので,当てにならないものが多い。このためビジネスホテルならまだしも,こだわって泊まりに行く温泉宿となると,信頼できるレビュアーの評価を読むのが最も失敗しない方法になる。この月山ももさんの「山と温泉のきろく」も,私はほとんど一人旅をしないので評価基準に異なるところがあるものの,信頼しているレビューブログの一つである。
→ ここで列挙されてる項目だと,私が気になるのはWi-fiが無い(弱い)・部屋が暑い・部屋の煙草臭・温泉の塩素臭・シャワーが弱いor無い・料理のお品書きが無い……というところ。Wi-fiについて,日中は登山か観光をしているので,その日のTwitterはホテルでやることになるから,Wi-fiが無いと不便を強いられる。無いところは大体電波自体も弱いということもある。半ば山小屋のようなところならあきらめもつくが……あとは「「客室内でWi-Fiが使えるのに、Wi-Fiパスワードがどこにあるのかわかりにくい」宿がけっこう多い」のは本当にそうで,探すのが割と手間である。わかりやすい場所に書いている温泉宿は高く評価したい。
→ その他。掃除はももさんと同様でほとんど気にしたことがないが,前客のゴミが残ってたらさすがに神経を疑うと思う(今まで出くわしたことはない)。騒音もさして気にしないが,隣室のいびきが聞こえたら流石に評価を下げる(温泉宿ではないがビジホでは遭遇したことがある)。アメニティは歯ブラシとシャンプー以外は気にしたことがなく,かつ事前に告知してくれていれば文句を言う筋合いが無いと思っている。過去に一度だけ予告なくどちらもなくて残念だったことがあった(もっとも半ばバンガロー状態の宿だったので仕方がないが)。  
Posted by dg_law at 12:00Comments(0)diary

2024年06月15日

韓国の修能について少し調べたこと

・大学入試から「超難問」排除へ 私教育依存、脱却図る―韓国(時事通信)
 韓国の入試制度を全然知らなかったのだが,簡単に調べてみると,そもそも日本でいう一般入試にあたるものは(実技が求められる大学以外)存在せず,1996年に廃止になっている。そして推薦入試や総合選抜にあたる制度「随時」での入学が約80%,共テ利用にあたる「定時」が約20%で,向こうでいう共テは「大学修学能力試験」通称「修能」と呼ばれる。修能は共テと同じで全問マークシートである。ただし,随時でも修能の受験は必須で一定の基準を超えないと門前払いを食らうようなので,結局修能対策は必要になる。ソウル大学校だと上位1%で切られるという情報も見たので,それは死活問題だろう。制度別の入学者割合が意外であったが,日本も一般入試が全廃されて推薦入試・総合選抜型・共テ利用の三択になったらこういう割合になりそうではある。共テだけで合否が決まるのは味気なさ過ぎる。
 その修能で異常な難問が出るので,政府が是正を指示したというのが上記のニュースのようだ。簡単に調べたところで言えば,全受験生対象の入試一発で高偏差値帯の受験生を選抜することに無理がある。だから日本は国公立大のほとんどは二次試験を置いているわけで,じっくりした論述問題も課せるし,二段階で選抜するメリットは大きい。韓国が一般入試を廃止したのはなぜなのだろうか。そして全受験生対象の入試一発で高偏差値帯の受験生を選抜するなら,しかも採点の都合上論述を出題できないのなら,知識的な超難問を出題せざるを得ないのは日本の私大の一般入試と全く同じ構図である……私大の一般入試か修能かの違いはあれど日韓で全く同じ過ちを犯している。何やってるんですかね。
 しかも「随時」で必要な内申点稼ぎや大学別に課される自己推薦書や面接には高校だけで対応しきれず猛烈な塾通いの温床になり,格差社会の要因になっているため,「定時」への揺り戻しも進んでいるらしい。日本が推薦入試・総合型選抜に舵を切ったのとは対照的で,日本の数十年先を言っているのかもしれない。
・「キラー問題排除」でも「火修能」、満点者1人(東亜日報)
 改革の結果はこの通りで,範囲外の超難問は消滅したが,代わって凝った出題が増えて体感的難易度は差が無かったと。範囲外の一橋大の世界史と,範囲内だけで構成されているはずの東大の世界史,99%の受験生にはどっちも解けないのと同じである。やはり修能一発で入試を終わらせようという構造的な問題を解決しないことには根本的な解決にならないと思われる。
 ついでに今年の修能の問題を見つけたので,翻訳しながら世界史だけ全問解いたが,すごく日本の私大っぽい正誤判定である。韓国の世界史の教科書を読んだことがないが,日本のセンター・共テの水準から言えば,キラー問題と言えそうなものは見当たらなかった。一例だけ挙げておくと,「ローマ帝国を二分して息子に継承させ,結果的にローマを永久に東西に分裂させた皇帝の事績はどれか?」で選択肢が
.▲ティウムの海戦で勝利した。
▲リスト教を国教とした。
ホルテンシウス法を制定した。
ぅ灰鵐好織鵐船離櫂螢垢冒都した。
ツ觜颪4分割統治を始めた。
という感じ。△伐鯏するのは日本の受験生でも全く難しくない。同時代の別地域で起きていた事象を問う問題や,がっつり初見史料を読んで考察させる問題がない分,これならセンター試験や共テの方がよほど凝っている。  
Posted by dg_law at 22:00Comments(2)diary(2)

2024年06月14日

2024年5-6月に行った美術館・博物館(法然展,利休・織部・遠州展,キリコ展)

東博の法然展。浄土宗としては全開でご開帳している。秋に京博に巡回予定のようなので,むしろそっちが本番か。割と真っ金金な仏像や仏具が多く,金が残りやすい材質ということもあってか,保存状態よくいろいろ残している。この系譜に増上寺の「五百羅漢図」があると思うと納得する。東博での企画展ゆえに「五百羅漢図」も増上寺から借りてきて多数展示されていた。他だと浄土宗というわけではない當麻寺が曼荼羅を多数出展していて謎に気合が入っていた。當麻寺の曼荼羅の流布に浄土宗がかかわっていたとのこと。
 仏像以外だと『往生要集』・『日本往生極楽記』(と慶滋保胤書状)・『選択本願念仏集』・高麗版大蔵経(増上寺所蔵)と,高校日本史や倫理の教科書で著者と作品名だけ載っていて機械的に覚える書籍類の実物があり,個人的にはこっちの方が楽しめた。逆に言えば文字だけの史料や墨跡が多いので,有名な絵や仏像をメインで見たい人はやや肩透かしかもしれない。特に「五百羅漢図」は増上寺で見ているという人だと目玉作品を欠くかもしれない。


三井記念美術館の利休・織部・遠州展。利休が完成させたわび・さびの美を基盤としつつ,破格の面白さを取り入れた織部,理知的で綺麗な方向性を追求した遠州という3人の美意識の違いが読み取れる良い展覧会だった。先日サントリー美術館でやっていた有楽斎展の展示品も重ねると,意外と有楽斎は利休に一番近いと思われてなお面白い。三井記念美術館内には如庵の再現茶室があって有楽斎にかかわる展示もあったので,実質的に4人分の茶人の展示であった。実は去年に犬山市に行く用事があり,そこで如庵の実物を見てきたので,私的には尚更理解が深まる展示であった。利休の展示品には炉の縁というレアなものもあった。利休のレベルになると炉の縁さえ文化財になるというのは笑ってしまった。織部所持品では備前肩衝(名前の通り備前焼の肩衝の茶入),遠州の所持品では古手屋高麗が面白かった。備前肩衝は名前の通りだが,備前焼の肩衝は非常に珍しい。
 余談1。織部の展示品の中に大井戸茶碗の銘十文字があり,そこのキャプションに「漫画『へうげもの』でおなじみの」とあったのを見つけて嬉しくなった。完全に客層(の年齢層)がわかっている。ここに来るような人たちは当然皆読んでいたでしょと。余談2。今回は利休の展示室の一部だけ写真撮影OKであった。不思議といえば不思議で,他の展示品との違いがわからなかったが,貸出者の許可が出たものを一室に集めたということだろうか。




都美のキリコ展。シュルレアリスムの巨人にして,20世紀前半に登場するイタリア人である。イタリア美術は綺羅星のごとく有名人がいるロココまでと異なり,新古典主義以降は途端に登場する芸術家が減ってしまい,私もぱっと思いつくのはロマン主義のフランチェスコ・アイエツとジョルジュ・デ・キリコくらいである(モディリアーニはエコール・ド・パリなので例外,未来派は集団としては知っているが個人名を想起できない)。
 キリコはギリシアで生まれてアテネで修行し,父の死とともにイタリアに帰ったが,すぐにミュンヘンに留学している。ミュンヘン時代に概ね我々の知る画風が形成され,卒業後はイタリアに戻ったが,1915年からは第一次世界大戦に従軍した。大戦終結後はパリやニューヨークを含めて居住地をかなり点々としており,晩年になってローマに定住した。画風はもろにシュルレアリスムであるが,セザンヌらしいポリフォーカスを用いつつ,無人の都市(またはマネキンしかいない都市)を描くことで不安を表現するシュルレアリスムは無二の存在である。都市の景観も幻想的というよりも現実的で,それが余計に不安感を煽る。雰囲気としてはベックリーンの《死の島》あたりに近いが,それもそのはず,ミュンヘンの修行時代に私淑したのがベックリーンであった。キリコはニーチェやショーペンハウアーも好んでいたというから,気質が北方寄りである。美術史上,ドイツ人がイタリアに留学して陽光に触れて画風が変わるというパターンはよく見るが,逆は珍しい。キリコがこの逆パターンに当てはまっていることを知らなかったので,非常に勉強になった。
 近代化により表情を奪われた人間としてマネキン(フランス語ではマヌカン)を用いるのは,やはり後世に強い影響を及ぼした発明と言える。感情を奪われたというよりは表情を奪われたというべきで,感情が読めない人型の存在だからこそ鑑賞者の不安を煽る。世代的に私はFF8のアルティミシア最終形態を想起したが,同じ発想の人はいるだろう……と思ったが検索してみたら全然いなかった。まあ直接的な関係は無さそうではある。同様に多用される三角定規もデジタルの無機質さの象徴として機能していた。今日になって突然に人が姿を消したかのような無人の都市に,マネキンと三角定規だけが闊歩している様子は,日本語の俗語表現でいうところの「シュールさ」があり,語源と俗語が合流した不思議な納得感がある。


  
Posted by dg_law at 22:24Comments(2)Museum