2006年01月31日

東急本店に用事は無いけれど

文化村のポーラ美術館展に行ってきた。なんでわざわざ国内間で移動するかなあと思わないでもなかったが、実際ポーラ美術館というと箱根なわけで、気軽に行けるものでもないことは確かだ。それにしてもやはり国内ではインパクトが薄いのか、日本人が偏愛する印象派展だったにもかかわらず中はガラガラに空いていた。平日夕方という時間帯の問題もあったのだろうが。

自分自身、印象派にはだいぶ食傷気味ではあったものの、それでもやはりおもしろかった。これだけ豪華な印象派展はオルセー以来な気がする。文化村で嬉しいのは、学芸員が絵画一枚一枚につけるコメントがうまいということだ。上手なコメントは、絵画のよさを引き立てる。

今回の展覧会は、印象派の時系列的な発展をテーマにかかげたらしい。まず目に入るのはコローやクールベといった写実主義の絵画たち。加えてマネの最初期の絵が見れる。こんなに写実的な絵が描けたなんて、とショックを受けた。ピカソの若い頃の絵を見たような衝撃である。ドガもあったが、相変わらずバレエの絵しか描いてない。もうどうにでもしてください。ルノワールの絵が大量に飾ってあった。小林康夫大先生は「ルノワールは新しい技法で古い様式を描いたからダメだ」とけなしていたが、自分はそれも大事なことだと思う。新しい技法なら新しい題材しか描いてはいけないのなら、それは創造性の破壊だ。

次に出てきたのがモネ。彼の作品も多かった。中でも目を引いたのは二枚の睡蓮。やはり睡蓮はすばらしい。どうしたらあの水面のゆらめきが描けるのだろう。それに、モネといえば汽車の絵だ。汽車の絵というのは煙が出るために空気にゆらめきが出るため、印象派としては格好の題材となる。ターナーがロマン派から印象派の先駆けになっていくのも、汽車の絵がきっかけだった。そして出てくるのが点描。点描もおもしろくて好きだ。ピサロ、スーラ、シニャックといったまあいつもの人たちの絵が飾ってあった。こうしてみると、やはりシニャックの色使いは独特だと思う。なぜ彼の描く樹はピンクで空は黄色なんだろう?

その次はセザンヌ。セザンヌは個人的にあまり好きな画家ではないが、彼の偉大なところは描く題材によって描き方を大きく変えているというところだろう。彼の風景画と静物画、人物画を見比べると、とても一人の人間が描いているとは思えない。どことなく共通点はあるのだが。その隣がゴーギャン。私的には印象派の中で一番どうでもいいのだが、今回彼に関して一つ発見したのはタヒチ前後で全く画風が違うということ。題材もロリコンじゃない。こうなると気になるのは、タヒチ直前の彼に何があったのだろうということだ。

最後はボナールが占めて終了。ここからフォヴィズムになりますよ、という雰囲気を残した終わらせ方がいい。作品数が100に達していないとは思えない密度だった。Tシャツが売っていた。絵が睡蓮だったので非常に悩んだが、3000円という値段に負けて買わなかった。2500円なら買っていたかもしれない。印象派に癒されたい人は、ぜひ行くと良いと思う。

文化村に徒歩で行けるのも今回が最後か、と思うと少々感慨深い。よく通わさせてもらった。どうせまた来るだろうけど、今度は電車だ。まあそしたら上野が徒歩になるんだけど。次の文化村展示は「スイスの風景画」だった。行くかどうかは、ちょっと迷っている。  

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2006年01月30日

Lost in translation

ソフィア・コッポラ監督の、大橋教官が「私を激怒させた作品」と言っていた映画。一方でツタヤには大量においてある上常にDVDの半分は借りられている状態ということを考えると非常に人気なのだろう。このギャップは何だろうと思って観賞。

結果は……大橋教官ほど酷評はできないが、彼の言いたいことはわかる気がする。テーマがさっぱり伝わってこない。ダンディなおっさんと若奥様が刹那的な不倫をするだけの話で、別に美しい恋愛の話というわけではない。もしこれがタイトル通り「翻訳不可能性」という難解なテーマを掲げたつもりなのだとしたら、そりゃもう"I raged against it!"と言われても仕方が無いだろう。

舞台が東京であるにもかかわらず、外国人から見た東京の光景であるがゆえになぜか旅情を感じさせられてしまうところが、この映画が一般受けしている理由なのではないだろうか。脚本でアカデミー賞もらっているだけあって、物語の流れ自体はうまいと思うし、物語に伴って流れる東京の風景もよくもこれだけ美しく撮ったなあという感じがした。むしろ、風景を楽しませるために中身は無いが流れはわかりやすい恋愛映画にしたんじゃなかろうかと思わないでもない。

具体的にどこが出てきたかというと、渋谷が中心だった。Q-Frontから道玄坂やセンター街にかけての街並は何度も出てくる。図らずもマツキヨのどやかましいお兄さんはハリウッドデビューしてしまったことになる。ものすごく恥さらしな気がするが。映画の撮影がどうも選挙中だったらしく、選挙カーが道を走っていた。世界に名が売れるなんて、あの政治家も幸運だ。もっとも彼が当選したかどうかは、知る由も無いが。

地下鉄にも乗っていたが黄色の路線図なので、おそらく銀座線だろう。あとはゲームセンターのシーンがあったが、そのとき思いっきり映っていたのがギターフリークスと太鼓の達人。海外のゲームセンターに、ああいったものはあるのだろうか?それとも「日本人は奇特だ。本物でやればいいのに」とか思ったのだろうか。新幹線に乗って京都へ。新幹線は700系だった。京都では朱塗りの建物を見学していたが、あれは多分八坂神社だろう。

何より日本の恥さらしてるなあと思ったのが、主人公が日本のトーク番組に出演するしたその番組がマシューTVだったということ。冷静に見ると、藤井隆が痛すぎて見てらんない。あれがハリウッドに流れたのだと思うと、同じ日本人として泣けてくるんだが……

そしてラストシーンは首都高。これはかっこいい演出だった。けして悪い映画ではない。「異郷としての東京」を観てみたいなら、むしろお勧めするが、ストーリーとかテーマとか求める人は、回避すべきだろう。  
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2006年01月26日

テスト戦線

今日はいよいよネタが無いのでテスト報告でもしてみる。学内の方でないとイマイチつまらないかもしれないが、勘弁してほしい。

英1は思ったよりも簡単だった。けして自分の勉強量がすごかったわけではなく、簡単だった。さらに正確な言葉を使うなら、Expandingの文章はUniverseの三割増しで難しかったのだが、設問が1年の英1のテスト問題に比べて難易度三割減だったから、簡単に思えたのだと思う。

ドイツ語も前評判通り、大して苦労は無かった。独文和訳が6割を占め、さらに2割が教科書問題をそのまま抜粋。残りの2割こそ実力問題だったが、仮にその実力問題を全部落としていたところで良はとれているだろう。

そして今日の史学である。マリ湖があまりにいつも美術史を省きやがるので、課題の「自分で問いを立て、自分で解答を作れ」では「美術史学的アプローチと一般的な史学のアプローチの間にはどのような共通点及び相違点があるか、具体例を挙げつつ説明しなさい」という問いを立ててみた。自分としてはけっこうケンカを売ったつもりなのだがどうだろうか。もっとも語句はまずまず説明できたし、何より冬休みの課題図書の感想文はしっかり書けたので、よほど不可になることは無いと思うが。駒場返しは嫌だ。(※)

本日のもう一つ、教育学。問題は予想がついただけあって、既にほとんど解答が頭の中に作ってあってそれを実際に文字に起こしただけだった。ちなみに問題は三択で1と2を選んだ。悪いが3番の社会学的な教育学へのアプローチを説明する問題は選ばなかった。フーコー、ルーマンは説明できる気がしたが、ハーバーマスが説明できる気がしなかった。あと、歴史肌の自分としては1の戦後教育学の流れの説明は楽勝だったし、2のイリイチとアリエスについての説明もそういった絡みでしやすかった。この単位がくれば学芸員に一歩近付くので、ぜひ可以上が来ていてほしいところだ。噂によると、採点厳しいらしいが……


そしてテストとしてはラストバトルが明日の英語学である。毎度逃亡しかかりながら何とか出しているレポートは、今回は既に完成しつつあるが(それでもまだ出来てない)、テスト勉強はさっぱりだ。困ったものである。というよりもテストの逃避としてレポートを書いている気がする。英語の論文4つ、ページにして100枚近いテスト範囲なんて、広すぎてとても読む気がしない。過去三回レポートをしっかり出しているのでテストぼろぼろでも可は来るだろうという謎の確信が余計にそうさせているのかもしれない。ぶっちゃけて進学とはほとんど関係の無い単位なので落としても大して痛くないのだが、ここまでがんばって不可だと何か悔しいので、出来る限りのことはしようと思う。

それでは学内の人も学外の人も、留年しそうな人もそうでない人も、皆様がんばりましょう。あと受験生もがんばってください。

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2006年01月25日

珍しく比較言語学

英語1もとうとう終わってしまった。なぜだかあんまり寂しくないが、「英1だから」という判断停止的な理由で済ませてしまおうか。これで留年することは無いだろうと思うと、かなりさっぱりした気分になる。明日は史学概論だ。できれば駒場返しは避けたいので、がんばろうか。

さて、史学も教育学も迫っているがそんなことをブログのネタにしても自分ではあまり面白く書けそうにないので、英語学のレポートでもネタにしようと思う。マークトゥエイン(『トム・ソーヤの冒険』の著者)の書いた"The awful German Language"(『むかつくドイツ語』)を読んで感想を書けばいいのだが、タイトルから御想像のつく通り、マークトゥエインがドイツ語に対して延々と愚痴をたれるという展開である。つまりこの文章、ドイツ語選択者には身をもった体験が多すぎる。

特に複合語についての文句。なんでドイツ人は generalstaatsverordnetenversammlungenなんてことを好んでやりたがるんだろうか(今10人に9人は読み飛ばしたはず)。日本語には同じ傾向があるとはいえ、漢字仮名混じり文でこれをやるのと、アルファベットでこれをやるのでは読みやすさが違いすぎる。

挿入句についても全くの同感。ドイツ語の文章挿入句多すぎ。やたらとハイフンやらダッシュやらでつなぎすぎ。ちなみにドイツ語でGedankenstrichというが、直訳すると「思考線」である。納得してしまうようなそうでないような…確かにあの空白は、思考期間という気がしないでもないが。だったらピリオドかコンマで一回切れよ、と。

それでなくとも、関係代名詞でつなぎすぎである。特にder。君はもう見飽きた。そうそう、マークトゥエインはなんで名詞に性別があるんだ、とも文句を言っていた。自分はその点に関しては風流だから性別くらいあってもいいんじゃないかとは思う。詩とか表現が豊かになるしね。しかし、実際問題使いにくいのは確かだ。一つ一つの名詞の性別が何だったかなんて覚えてない。また彼は性別とイメージが一致しないことにも文句を言っていたが、これは同感。Madchen(少女、実際にはaにウムラウト)が中性名詞なのは違和感がある。この辺の違和感はドイツ人はもっていないのか是非聞いてみたい。

やや話は逸れるが、性別についてはこんな話もある。フランス語等のラテン系の言語だとライン川は女性名詞だけど、ドイツ語だと男性名詞でder Rheinになる。母なる川か父なる川か。まさに国民単位でイメージに相違があるということになる。


あと、マークトゥエインは活用の多さを嘆いていたが、これは反対。活用があることで実際楽な一面もあると思うんだよね。変に三単現のときだけsをつけなくてはならない、英語のほうがよほど奇妙だと思うんだけど、いかがでしょう?  
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最後の英1

いや、留年しければの話だけど。いつも通り過去問落としてきた。今から解こうと思う。まったくこの教科には2年間散々苦しめられた。それでいて英語力向上の役に立ったかと言われると微妙なところなのは否めないのが悲しいところだ。確実にあがって入るんだけど、まずそれがUniverseのお陰なのかと言われるとわからないし、加えて上がっていたにしてもかけた労力との比率を考えると割に合わない。何か半年前のブログを読んだら、各セッションごとに感想なんか述べていたようなので、今回もそうしてみよう。

英1なんて関係ない人には「こんなトピックやったんだ」ということで。


Session12 イマームとインド人
文章は簡単だけど長い。テストには出ない悪寒。まあまあおもしろかったし興味深かった。

Session13 サラエヴォ、サバイバルガイド
皮肉が利いてておもしろい。皮肉を超えてアメリカンなブラックジョークの領域に入ってた気はするけど。

Session14 フラクタル図像学の誕生
理解はできるけど納得はできない、という感じ。電波。でも数少ない理系内容なのでテストには出る確率高い。

Session15 不況経済の復活
やってることは高校の政経なんだけど、英語で書かれるとやたら難しく感じる。専門用語多すぎ。これがテストに出てかつ文整除ならあきらめるしかない。

Session16 中世ヨーロッパの時間
テーマはおもしろいけどやや読みづらい。

Session17 生活の瞬間を捉える
写真の話。話が時系列なのかそうでないのか不明瞭だったり専門用語ばかりだったりではた迷惑な文章。個人的には半分専門なので読みやすかったけど、客観的には今回最難関でないかと。

Extra Session スタインバークの機知
これも専門な上に短いので読みやすかった。おもしろかったし。ただSession12以上にテストには出ない気がする。Extra Sessionだしね。

Session18 多様な衣装のシェイクスピア
河合祥一郎大先生が書いたせいか、超簡単。一年のUniverseか入試問題並。これがテストに出るならありがたいけど出ない気はする。内容もおもしろかった。

Session19 恐竜の記録ハリウッドへ
科学に関する誤解についての話。まあよくある話。こういう科哲的な文章は文理関係無いので、テストには出しやすそうな気がする。

Session20 人類の新しい時代
老化したまま寿命が延びても意味無いよ、という話。まったくもってその通り。短い文章で話がぽんぽん飛ぶのでわかりづらいけど、理解できればおもしろいと思う。で、テストには出そう。(※)

Session21 恐怖のスリル
死は恐怖であると同時に魅惑的なものである、という文章。死の概念が変わったのは近代化するにつれて人々の近辺から死を連想させるものが消えたからだ、とも。割と同感なんだけど、著者は多分バタイユ好きだね、これ。
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2006年01月23日

東大生は馬鹿になったか(二日目)

さて、とうとう二日目も解き終わったので結果を公表していきたい。二日目は理系科目ばかりで戦々恐々である。


生物 73点
予想通りの点数。遺伝で稼げた分他で落とした。遺伝は楽だ。

数学IA  89点
相変わらずIAは簡単。計算が楽すぎる。ただし、ありとあらゆる分野において公式が抜けていて戸惑った。もちろん確率は全部数えた。間違えたのは全部三角関数の図形。計算ミスではなく、公式忘れというのが時間の流れを感じさせる。加法定理を覚えていただけよしとしたい。

数学B 81点
ありえないくらい良い。だって管理人はここ一年間全く数学を勉強していないのに、この点数である。60点くらいだと思っていた。別に自慢でもなんでもなくて、単に問題が恐ろしく簡単になっていただけである。微積、対数関数は満点。三角関数は計算ミスで5失点。ここまで40分しかかからなかったのと、選択問題全部解ける可能性があったので選択の余地が大きかったのが大きい。その後コンピュータを解こうとして大問5をやるが、これが意外と難しくて2分で予定変更。それでも統計を大学の授業でやっている人にとっては逆に2分で終わるんじゃないか?大問6のコンピュータは簡単だった。やり方思い出しながら10分で終わる。15/20。複素数にとりかかるもやり方を完全に忘却。3分で挫折。確率分布は見た瞬間に計算のめんどさに負けてパス。この時点で残り10分だったので結局ベクトルに。5分くらいで行き詰まり、5分余ってたけど終了。いい加減に解いた割には11点もとれていた。前半に配点が偏りすぎだと思う。ベクトルはこれでは難しい問題解いた人が報われない。


リスニング 50/50
これは受験生をなめてる。まあ初年度ということでわざと簡単にしたんだろうけど。東大生or東大受験生なら45点は必須。というか、40点取れなかったら足切りで良いと思う。まあ東大は今年に限り、リスニングの点数を使用しないらしいけど、それも当然かな。差が付かない。

ついでにドイツ語 161点
やたらと発音の配点が高くて(27点)びびる。英語でいう大問3の難易度が高かったけど、長文は割と簡単。Prismenのほうが難しいくらい。ぐっさんあたりなら満点取れるんじゃないかと思う。


最終結果
525/600(東大後期型)
688/800
768/900

まだ東大に出願しても怒られなさそうな点数でほっとした。全体的に8割超えることが目標だったが、良い意味での誤算はやはり数学か。とれすぎた。考えてみると我々が東大のセンターが800点満点だった最後の世代なわけで、800点表示も段々廃れていくのかなと思うと少し寂しい。

いろいろ話題になった今年のセンターだが、話題になるだけのことはあったと思う。異常に簡単なリスニングとか数学とか。理科も1Bなくなったしね。現社には電車男出るし。小説は何かおかしいし。時流に乗ったのかな、と思う。解いてて楽しかった。

とりあえず某T花先生には「まだバカにはなっていない」という結論を提示しておきたい。なお調子に乗って二次試験もやるつもりではあるが、二次はセンターに比べて採点基準が明確ではないのであまり期待しないでほしい。最後に。来年は絶対やらない。  
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2006年01月22日

東大生はバカになったか(一日目)

センター試験なんて、もう忘却の彼方という人も多いだろう。すっかり雪が風物詩になってしまったこの試験ではあるが、思えば降り始めたのは我らの年からである。さてタイトルから想像できる通り、初日の試験を大体解いてみた。といってもそんなに気合が入っているものでもなく、こたつに入ってみかん食べながら、パソでメッセしながらである。やる気が微塵も感じられない。「そんなことしてる暇があったらレポートやれよ」という某人のツッコミが聞こえてきそうだが、せっかく解いたので結果を公表しようと思う。

公民 80点
例年なら現社を解くのだが、今年は某人が受験で倫理を使うのであわせて倫理を解いた。やたら難しいなと思ったら、なにやら公民自体が難化したらしい。これが新課程ってやつか。ロールズやらセンやらの思想なんて知らん。どうでもいいが、現社に「電車男」が出現した。

世界史 97点
20分で終わった。選択肢以外の文章をほとんど読んでいない。楽勝モードだったが、マヤ文明についての設問でひっかかった。

英語 187点
文法で3ミス(×2点)、グラフで1ミス(7点)。グラフでミスるとかありえない。会話は相変わらずファンキーだった。「僕の車は白くてタイヤ4つなのさ!」いや、タイヤ4つなのは当たり前だろ。最後の物語はいつもどおり感動風なのだが、展開がぶっちゃけありえない。もっと自然な話にはできんものか。

国語 161点
今年から1・2と1の区別が廃止。それに伴って易化が予測されたが、案の定簡単になった。にもかかわらずこの点数なのは、古文のせいだ。まあ現役のときと、あんま変わらんけどね。評論は満点。楽勝。演劇論だった。去年の国語1・2が映画論で1が絵画論、一昨年の国語1・2が音楽論だった。芸術論に偏りすぎでは。

楽しかったのは小説。34点しか取れなかったが、むしろ問題なのは中身だろう。主人公が女子高生で僕っ子。愛読書がキルケゴールや谷川俊太郎で、自虐的な性格。展開は百合チック。これなんてエロゲ?と、本気で思った。不覚にもちょっと萌えた。古文は35点だが、間違えたのは全部文法と単語。現役のときなら全部答えられたはずだ。漢文は42点。ケアレスミス。


とまあこんな感じ。疲れたのでリスニングは明日に回そうと思う。できれば、ドイツ語も解きたいかな。どうせ明日は理系科目で、ほとんど解けないと思うから。  
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2006年01月21日

第44回「哲学の現代を読む1 バタイユ 魅惑する思想」酒井健著 白水社

バタイユの思想解説書中級編。入門編では飽き足らないけれど、まだ原著には抵抗があったので読んだ。中級編というだけあって、重要な部分だけをさらっと解説している。またバタイユの人生が思想に与えた影響やバタイユの影響を受けた人々も紹介されている。驚いたのは岡本太郎。大阪万博のときに太陽の塔を作った人だが、バタイユの創設した研究会に所属していたそうだ。他にも日本人では三島由紀夫がいたが、こちらは理解できるような気がする。

ところで、バタイユ自体の知名度が異様に低い気はする。バタイユの思想は独特で、当時フランスを席巻していた実存主義というわけでもなく、構造主義の先駆けというわけでもない(ただし、フーコーはバタイユの影響が強い)。はっきり言って独立勢力で、そんなにその勢力も大きくなかったので哲学史にも載りにくく、どうしても概説書でバタイユに割かれる比率が下がる事が大きな原因だと思う。基本構造は単純な二項対立で非常にわかりやすいものの、ニーチェの反省を受けてか実存主義への反発か、細部に行くにつれ専門用語のオンパレードになっていくという点も、理解されがたい原因か。

しかし、バタイユの主著たる「エロティシズム」はタイトルだけ有名で、駒場でも異様に売れている。奇抜だからだろうが、買って読んだ人は理解できているのだろうか。確かにバタイユの文章は他の哲学者(フーコーとかサルトルとかデリダとか)に比べたら相当わかりやすいが、いきなり主著から入るのは無謀だと思う。だが、この「奇抜だから売れる」こそある意味でバタイユの思想の証明であって、この本を買った人の中には理解せずとも証明には加担している人がいるという逆説を考えると笑いを我慢できない。

なお、この本自体は至って普通。そこそこわかりやすくバタイユの思想が説明してあってタメにはなった。サブタイトルの「魅惑する思想」という通り、バタイユの思想や文章自体がかなりおもしろいので、長い文章も苦痛にはならなかった。中級編、ということだけに注意すれば良書であろう。


バタイユ―魅惑する思想
  
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2006年01月18日

恒河沙130号レビュー

とりあえずドイツ語は無事終わった。良はとれそうだ。

そんなわけで今回もやってきました恒河沙レビュー。特集は「渋谷」である。何を似合わないことを、と思ってはいけない。彼らなりのミシュランが組まれている。レストランやカラオケはもちろん、雀荘やラブホのミシュランが作られていたのは、さすがのクオリティだと思う。でも、あんまり面白くはなかったかな。インパクトが薄い。

そんな中異彩を放っていたのはプロテクトアームズか。こんな店あるんだね、初めて知ったよ。しかも渋谷に。御徒町辺りにありそうな店なのにね。渋谷場外馬券売場も載っていた。えらい。ライターが「家族全員の誕生日馬券」を作っていた。楽しそうなので今度自分もやってみようと思ったが、考えてみると一人誕生日が26日の人がいるので無理だ。残念。やっても絶対当たらないけどね。

いつもの小ネタ。渋谷でミニ四駆バトルってほんとにやったのか?いろんな意味で危険だったと思うのだが……「フィクションです」とは書いてあるけど、写真を見るにどう見ても開催してしまったらしい(しかも開催日時が駒祭最終日の夜)。文章はストーリー仕立てになっていて、「レ○ツ&ゴー」を彷彿とさせる。次に東大生にニートが多いことを褒め称える文章。またくだらない文章書いてるなあと苦笑しながら読んでいたが意外とまともだった。『サルヂエ』で高得点取れても頭のいい証拠にはならないとか、高等遊民は文化向上に役立っているとか。まあ結論はいつもどおりぶっとんでいたので、なぜか安心した。

駒場野宿計画もやっていた。4日間、学生会館で過ごしたそうな。しかも食糧は4日で100円。せめて1000円にしとけばよかったのに…基本戦略はパンの耳。駒場に角屋があってよかった……本当に良かった。(※)
本気で凍死する危険性があるので、真似はお勧めしません。というか、やるなら夏にしとけ。

まあそんなこんなで、今回はやや普通かな。でもまあテストの息抜きにはなるので、読んでやってください。  続きを読む
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2006年01月16日

第43回「カラー版 西洋美術史」高階秀爾著 美術出版社

美術史をまとめるために買った本。考えてみると美術史系の本で、教科書を除けば初めて買った本である。全面カラーで非常にみやすい。また、彫刻や建築まで幅広く扱っている。時代もアルタミラやラスコーから始まっている。

まさしく美術史といった感じで、流れを中心に書いている。しかし幅広すぎたのか図版を多くしすぎたのか、文章量が少ない。芸術家個人個人の話は相当端折られていて、少々物足りない感はあったがしかたあるまい。むしろ有名な絵画であっても載っていない場合があって、カラー版にしては徹底されていないという部分を糾弾すべきかもしれない。

最低限抑えるべきところはきちんと抑えてあるし、文章そのものは美術史の流れを軽く知っていればかなり読みやすいレベルで、良書と言えるだろう。何より、全面カラーで250ページ、しかもこの大きさの本で2000円を割っている、というのがすばらしすぎる。


カラー版 西洋美術史
  
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2006年01月15日

大学創立物語(私立編)

今日は私立。私立は国立よりも、変化に富んでないかもしれない。古い大学の大体が、明治期の偉い人が使命感に駆られて創設するのがほとんどだ。

まずは慶応。言うまでもなく一万円札の人創設である。1858年藩の蘭学塾として始まり、私塾になったのはその10年後である。早稲田は大隈重信。こちらは少々遅く1882年、東京専門学校の名前でスタートした。大隈の政治活動が長引いたのが、設立遅延の原因である。なぜ国立じゃないのか疑問な学習院。設立は1847年で元は京都にあり、名前も「華族学校」だった。遷都ともに移転。

びっくりなのは上智。大学の沿革年表のトップを飾るのはなんと1549年。ただし、これは設立年ではなく「設立請願年」である。フランシスコ=ザビエルがイエズス会を通してローマ教皇に「日本に大学を創設する許可を欲しい」と手紙を送ったのがこの年だそうだ。ところがその後、鎖国のゴダゴダもあってこの手紙はバチカンの書庫深くに眠ったまま350年間放置され、結局上智ができたのは1911年である。

やや話を脱線させて、その上智の姉妹校である愛知の名門南山大学は1932年。名古屋大学よりも古い。なお、もう一つの愛知の名門私立愛知大学は、驚くなかれ、設立場所はなんと上海、しかも1901年である。さすがは極左。愛知県に移転したのは1946年で、どっちにしろやっぱり名古屋大学よりも早い。同じ国立で比べても、名古屋工業大学は1905年である。それでも名大は負けている。やっぱりあれは帝大じゃない。


話を戻す。ここから先は正直おもしろくない。本当に似たような経緯ばかりだからだ。まず明治大学、1881年東京(明治)法律学校として開設。青山はいろんな学校が合体してできた学校だが、その中で一番古いのは女子小学校の1874年である。立教も1874年。現在の池袋になったのは82年なので、こっちを採用すべきかもしれない。中央は1885年、英吉利法律学校としてスタート。法政も似たような感じ。1880年に東京法学社としてスタートし、ボアソナード招聘して本格的なスタートは1883年だった模様。(※)

関西編。やはり単調である。同志社は新島襄が設立、1875年。それはいいとして、あれは立地条件良すぎだろう。早いもの勝ち、ということか。加えて我が大学と並んで、校舎に重文の多い大学だ。関西大学は関西法律学校として1886年から始まる。関西学院大学は1889年。それよりも「かんせい」と読むことをどのくらいの人が知っているのか気になる。都民は知らない気がする。キリスト教系であるってことも。立命館は1869年と、意外に早い。創立者は西園寺公望。1900年一度「京都法政学校」になったが、西園寺の許可で立命館に戻った。


いかがだっただろうか。なお、読みづらいと思うので、以下にデータを整理しておいた。気になったら参考にして欲しい。あと、いかに古い大学といえど、所詮は日本。オックスフォード大学の12世紀とか、欧州勢を出されると勝てないのは少々悲しいか。  続きを読む
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2006年01月14日

大学創立物語(国立編)

友人との会話から、ちょっと気になって有名大学の成立年を調べてしまった。けっこう意外な結果が出た。どこの大学も基本的には1880年代後半の大学創立ブームまでしかさかのぼれないのだが、その前身が無いわけではないところもある。

まず我らが東京大学。これは日本史やった人ならわかる通り、超古い。一番さかのぼると、1684年、天文方設置。天文方とは言いつつ、当時の天文は総合学問だったから、大学の前身と言ってもいいだろう。これが不満なら、1797年、昌平坂学問所設置。これなら文句あるまい。

次に京大だが、これは案外と新しい。前身は1869年創設の「舎密局」(せいみきょく)と公式には発表しているが舎密局の所在地は大阪だ。俺はこれを前身とは認めたくない。これが京都に移転したのは第三高等中学設立時、1889年だ。

そしてとてつもなく古いのは阪大。懐徳堂という私塾を町人たちが金を出し合って創設したのが始まりだが、これがなんと1724年。昌平坂学問所基準なら、東大よりも古い。あなどるべからず、大阪の商人。

北大は有名なクラーク校長ですな。1876年札幌農学校設立。東北大は新しい。前身が何も無いからだ。第二高等中学設立を基準にするなら、一応1889年。九州大学はなんともいえない。他の大学と違って、医学部だけ早々に1871年に作られたが、他の学部はなんと1911年だ。

そんな旧帝大の中、ずば抜けて新しいのが名大。こちらも医学部だけは古くて1874年。ところが他の学部の前身となる機構がばらばらに出現し出したのでさえ1920年代、そしてそれらが統合されて帝大になったのは戦後、1949年のことである。新しすぎてこんなの帝大じゃない。

他の国立大もけっこう前身がある。まずは一橋。これも有名な話で「東京商業学校」が前身だ。1875年創立。東工大も「東京職工学校」が元。1881年。医科歯科は新しく、1928年である。

外語大は意外なことに、東大の前身開成学校からの分離でできた。この分離が1873年なのだが、外語大のHPには堂々と「元は1684年の天文方」と書いてあった。いや……確かに元は東大と同じだから、そう言えないことも無いけどさ…そこまで見栄張らなくてもいいじゃん。

似たような経緯を持っているのが農工大。1877年設立の内務省直営、駒場農学校がそもそもの始まり。これが一度東大農学部に吸収された。1935年、駒場に旧制一高が移転することになった折、農場の一部を弥生に、残りを府中に移転させ、この府中に移転した側が「東京農林学校」として分離。後、農工大になる。前にhenriが冗談で「駒場に農学部を持ってきて、代わりに教養学部を弥生キャンパスにもって来るべきだ」なんて言ってたが(俺もそれが良いと思う)、昔はほんとにそうだったのね。

特殊なのが筑波。元は東京教育大学だったのは有名だが、これが大元とするなら1949年創立だ。筑波に移転したのは1978年。一応、東京教育大学の前身である東京師範学校までさかのぼると、1872年となり、かなり古い。しかし、東京教育大学と現在の筑波大学は全く別物であるため、筑波大学創立は1978年、とするのが一番良いかもしれない。


……長いので明日へ続く。  
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2006年01月12日

痛みを覚えて前へ進め

結局昨日はあの後、気づくとこたつで落ちていた。最後に記憶があったのは、午前5時だ。その次は午前9時。こたつで寝たせいもあり、力を使い果たしたこともあり、しっかり風邪をひいていた。38度という数字をかなり久々に見た。軽く飯と薬を飲んだら、そこからは休養と不貞寝を兼ねて、ベッドで寝た。

今は熱は下がったが、体はややだるい。まあ明日には治るだろうから、史学概論には出ると思う。レポ落としたので単位が絶望的になった日本史にはもう出ないが。

今回の教訓は、二つ。一つは、長期休暇と言っても新学期始まる直前に下宿に戻ってきてはダメ、ということだ。レポートのやり損ねや体調を考えると、三日はほしい。でないと目も当てられない事態が起こる。もっとも、今回に限れば成人式があったのでしょうがなかったのだが。

もう一つは、文学部の出すレポートは教養前期に比べて、出せるか出せないかの差が激しいということだ。興味のある分野ならさくさく書けるが、そうでない分野に関しては全く筆がのらない。この傾向は教養前期でもあるにはあったが、大鬼教官のものも含め、今までレポートで単位を落としたことはなかった。そのときも何とか書けたものであったが、今回はどうにも無理だった。今回だけでなく、英語学のレポもかなり無理しながら書いてるしね。

改めて思ったが、教養学部は教育熱心だ。単純に学生を教育する熱意なら、文学部もあまり差は無いと思う。が、文学部の先生は、沼野さん他自分の好きな教官も含めて、ともかく自分の好きなことを聞いてもらいたい一心のように見える。ついてくるかどうかは、学生次第。少人数だから成功しているところはあると思う。それに対して教養学部の先生は、技術の差こそあれど、きちんと理解してもらいたいという気概が大きい気がする。マスプロが多いので、逆にカバーしようとしている成果かもしれない。

それに伴ってか、今まではテストが多かったし、丁寧なシラバスはあったし、逆評定もあった。が、文学部にそんな丁寧さは無い。皮肉にも「学生を丁寧に管理すべき」と主張したのは、文学部の上野千鶴子教官だったが。また、レポートは落としたときのショックがテストよりも大きい。テストなら純粋に力で負けたから、すがすがしい敗北感があるが、レポの未提出は時間があったはずだっただけに、どんなに理由がついたところでどろどろとした感情が残る。

来年以降は、もっと慎重に履修を考えたほうが良さそうだ。  
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2006年01月10日

第42回「生成文法がわかる本」(ノーム=チョムスキー)町田健著 研究社

チョムスキーの思想が気になったから手を出した本。それ以上でもそれ以下でもない。そしてわかったことは、生成文法はいかに簡単な言葉で説明されても結局理解しがたい、ということである。

生成文法の基本的な枠組みや目指しているところはよくわかったが、具体的な説明となると専門用語があまりにも多すぎて意味不明だ。そもそも生成文法自体、短い期間にころころ言ってることが変わりすぎで、結局現在使われているのかどうかすらよくわからないものまであるので、にっちもさっちもいかない。

ややブックレビューからそれるが、生成文法は全言語に共通する法則を発見するためのものらしいが、どうもインド=ヨーロッパ語族にしか通用しない気がする。少なくとも、自分がこの本を読んだ分には日本語が説明できてない。本自体も、難しいことをできるだけ簡単に書こうとがんばったらむしろ回りくどくなって読みづらいといった感じだが、ある種仕方が無いか。こういった概説書の宿命かもしれない。

まあ一ついえることは、必要にでも迫られない限りもう二度とチョムスキー関連の本なんて読まないだろう。


生成文法がわかる本
  
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2006年01月08日

I'veバトン

ネタが無いので、I'veバトンでも拾ってみようと思う。わかる人だけどうぞ。  続きを読む
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2006年01月05日

第41回「じゃじゃ馬ならし・空騒ぎ」シェイクスピア著 福田 恒存訳 新潮文庫

(旧題 じゃじゃ馬ならし/空騒ぎ)

さて、シェイクスピア作品をアダプテーションせよ、という課題のために『じゃじゃ馬馴らし』を読んだのいいが、どうも『空騒ぎ』でやることになりそうな気がする。だって、じゃじゃ馬馴らしの主人公ペトルーキオーのやってることがあまりにも非人道的なんだもの。飯は食わせないし睡眠もとらせない。それでいてほめ殺しというギャップ作戦。これを現代の学園ものに変えるのは意外と骨が折れそうだ。

ヒロインのカタリーナ(通称ケイト)は、ややツンデレとは言いがたい。確かに、前半の暴れっぷりといい、後半の従順ぶりといい、その名に恥じぬ。ただツンデレが最初つんつんしてるのは、主人公に対して恋心を抱きつつも、なんらかの事情で逆の態度をとってしまうからであって、本当に嫌っているというケースは少ない。ところがこのケイトは、最初は本当にペトルーキオーが嫌いで、芝居だから許されるような暴言を吐きまくる。はっきり言って前半のケイトは単なる嫌なやつである。

デレ部分は問題ないんだけどねぇ……ペトルーキオーがあまりに「漢」なので、本当にほれてしまうという心情描写が優れていて、おもしろかった。ただ、その男気の見せ方はやや非人道的だったけど。


一方『空騒ぎ』は、案外とアダプテーションするのは楽そうだ。話の筋は明快で、こちらのヒロインもツンデレ。というか、こっちのヒロインのほうが正しいツンデレ。本当は主人公にほれているのに「どうせ口の汚い私になんて、あの人は振り向いてくれない」と思っているあたり、憎らしい。主人公のほうも、ラノベの主人公のような鈍感さで、なんと言うか、本当に400年以上前のイギリスの文章なのか、という読みやすさだった。

というわけで、空騒ぎを現代学園ものに変えてみようと思う。無事提出できた暁には、評判がよければここに載せる、かもしれない。

じゃじゃ馬ならし・空騒ぎ
  
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2006年01月03日

初夢よりもうれしい

まずは落ち着いて、下の写真を見てくれ。  続きを読む
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久々に天気良好

そもそも酉の市というのは、一年の無事を感謝し来年の幸福を願うためにさまざまな飾り物を交換するために開かれる市のことである。その起源は意外と新しく、江戸時代になってからだ。それでなくともこの期間というのは、キリスト教世界においてはMerry Christmas and happy new year!であって、一週間ずっとお祭り騒ぎをするものである。

やはり人間、一年に二回くらいは盛大にお祭りをしたくなるものらしい。


……以下、興味のある人だけどうぞ。もう僕疲れたよパトラッシュ。  続きを読む
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2006年01月02日

k-1 Dynamite! 2005

正直しょぼかった。ともかく放映してない試合多すぎ。思わず途中でPRIDE見ちゃったしね。清原とか矢沢永吉とかいらないから。それでも一応、それなりに振り返ってみる。

第一試合、アーツ対大山峻護。未放送。いや、アーツに総合ルールでやらしちゃだめでしょ。
第二試合、バンナ対アラン・カラエフ。未放送。見たかったよ。バンナが勝ったのは順当なところじゃないか?というか、この二人なら総合じゃなくてK-1ルールでやればよかったのに。

第三試合、中尾対ヒーリング。未放送。ごめん、両方知らない。しかもそんなしょぼい展開だったのね……
第四試合、永田対レミギウス。デビュー戦でレミギウスは少々荷が重いかと思ったけど、がんばったね。
第五試合、レミー対ザ・プレデター。未放送。これも見たかった。レミーはケガしてたらしいね。そりゃ苦戦もするさ。

第六試合、武蔵対サップ。サップ、大晦日にあれはいかんだろ。正直冷めた。
第七試合、魔裟斗対大東。正直どうでもよかった。
第八試合、シュルト対ホースト。未放送。ありえない。これを放映しないとか、何を考えてるのか理解不能。シュルトが勝ったのは順当だと思う。ただ、判定かなとは思っていたので意外。実際、出血しなけりゃそうなってたとは思うけど。

第九試合、ボビー対曙。周囲は「さすがに曙勝つだろう」と予想されていたらしいが、からくり時代から見てる自分としてはボビーを応援していた。それ以前に、倒れてくれないと一年が終わらない。残念ながら判定だったけど。試合終了後のボビーの「重いというより臭かった」というコメントが、すべてを物語っている気がしないでもない。

第十試合、ホイス対所。これがほんとのバトルニート。超局地ネタでごめんなさい。いや、でもほんと所強かったよ。なんか動きがコミカルで笑えたけど。
第十一試合、須藤元気対山本KID。なんであそこで試合が終わったのか理解できない。まだ須藤動けたじゃん。あのままKIDがトドメさせるとも思えないし。

というわけで、なんか不満だらけのK-1だった。谷山プロデューサーには猛省をうながしたい。あと、K-1は立ち技限定にすべきだと思うね。変に総合ルールでやらないほうがいい。PRIDEと住み分けがうまくいっていた時代に戻してほしいと思っているのは、自分だけではあるまい。

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Posted by dg_law at 01:34Comments(0)TrackBack(0)