豊橋在住のいとこ(と言っても年齢はダブルスコアに近いが)が、任天堂DSを買っていた。買っていたソフトはもちろん「脳トレ」。
自分としては、この「脳トレ」のブームに対して複雑な気持ちにならざるをえない理由が二つほどある。まずその一つが、「単純な行動を繰り返すことによって脳内がデフラグされ、脳の動きが活性化される」という、脳トレの効能。この効能は理論的に間違っていないと思うし、反論する気はまったくない。むしろゲームの正の部分に光を当ててくれたわけで、賞賛してもいいと思う。
が、一時代前に
某トンデモ理論に乗せられて、その効能を害であるとして批判していたのは、今「脳トレ」を賛美しているマスコミや世間ではなかったか。おかしいことに、某トンデモ理論も「単純な行動を繰り返すことによって脳内がデフラグされ、」までは、脳トレの理論とまったく同じなのである。もっともその後に某理論のほうは「よって脳が単純な活動しかできなくなり、非活性化する」と続くのだが。ゲーム脳が一番時流に乗り、批判されていた時期にゲームをやりこんでいた時代の人間としては、この世間の手のひっくり返し方は納得のいかないものがある。
もう一つは、脳トレの脳年齢の測り方について。やったことある人はわかると思うが、あのゲームは
脳の瞬発力しか計測していない。まず突っ込みたいのは、運動神経の悪さまで脳年齢にされてしまうということである。そりゃ俺がやったらひどい記録が出るに決まっている(ちなみに32歳だった)。わかってても手が動かない人がいることくらい、考えてほしい。
それに、脳年齢は瞬発力だけで測っていいものではないと思う。記憶の持続力や複雑な問題に対する論理的思考能力、雑学的知識の量も十分評価対象になるべきだ。が、まあこれに関しては脳トレに譲歩してもいいと思わないこともない。なぜならそういった能力は、ゲームで測るのは難しいし、実際そんなものをゲームにしても愉しくないからだ。せいぜい、クイズ大会になってしまう。
もうおわかりだと思うが、同じ理由でサルヂエだの脳内サプリだのがはやっている世間の風潮も嫌いである。まあ所詮ああいったのがはやる原因は学歴社会に対するルサンチマンなので、自分があまり気にしてもしょうがないのかもしれない。