そこそこヒットしたエロゲにはヴィジュアルファンブックが出版されるのが常であるが、これを買うか否かというのは割と葛藤するところである。そもそもゲーム自体に7-9000円という大金を払っているところに、追加で2-3000円払うわけだから、かなりその作品に入れ込んでないとできないことだ。ある意味信仰心の表れである。
今のところ持っているファンブックはというと、『とらハ1・2』『とらハ3』『君望』『kanon』『AIR』『CLANNAD』『明け瑠璃』『カノギ』『かにしの』『アカイイト』とそんなもんだが、こうして見るとあんまり法則性は無い。名作ってことには変わりないんだが、だったら他の名作はなんで買ってないんだって話もある。「ヴィジュアル」ファンブックなんだから、絵の綺麗なのに寄ってるかというとそうでもない。
一つは、他人の家で見ると満足してしまうというのはある。『みずいろ』と『水月』はそうだった。『水月』は相当迷ったが、某人の家に行くたびに読んでたらどうでもよくなってしまった。『みずいろ』、というかねこねこソフトのファンブックは某信者が全部持ってるので、そいつの家に行けばどうせ読めるよね、という安心感があって一冊も買ってない。
実は挙げた中には、入手経路の問題で大して金がかかってないのも多い。『とらハ』の2冊は、渋谷のまんだらけでなぜか投売りされていたので、二冊まとめて千円程度で買った。『Kanon』と『AIR』は、別の某友人から「鍵は俺のトラウマだぜ」と言っていたので、その他もろもろの鍵グッズまとめて千円で買い取った(そのまま虎に流さないという条件付で、無論忠実に守っていまだ我が下宿に鎮座している)。ということは、正規に買ったものは案外と少ない。
『かにしの』は、カバー裏のサブキャラ立ち絵の話を聞いて即買いに走った。プレイしたのがゲーム発売したかなり後だったから、ファンブックを探すにも一苦労だったが買ったかいのある物だったと思う。『カノギ』は中に書いてある制作者インタビューが気になったのも確かだが、名作をありがとうのほうが大きい。みやま零書下ろしに釣られたとも言う。『明け瑠璃』も同様、べっかんこうどうもありがとう。『君望』は確か初めて買ったファンブックだが、なんで買ったのかもはや覚えていない。当時はageだったらなんでも良かったんだろう。あの頃の俺は若かった。
こうして思い返してみても、やはり法則性は無い。何かしら自分の中に買うか買わないかの基準らしきものはあるのだが、うまく言語化することができない。漠然と言えば、名作判定かどうかとは別の、愛着があるかどうかが基準になっているような気はする。しかしそれ以上に、偶然と衝動の問題で買っているような気がしないでもない。