2009年11月30日

客席も土俵も元気が無い

今場所は全体として、正直あまり褒められる出来ではなかった。星の取り合いとしては見所が前頭中盤の力士の二桁取りが多かった点と白鵬の全勝優勝くらいにしか無く、朝青龍は仕方ないにしても大関陣が総崩れに三役が壊滅。優勝争いとしても中日を待たずに三人に絞られ、12日目で琴欧洲と朝青龍が崩れると白鵬が独走した。相撲内容としても機敏な動きを見せたのは白鵬と栃ノ心、豊ノ島、雅山くらいなもので、残りは引いたりはたいたり、張り差しや変化で何とか白星を拾いあうという散々な状況であった。個人的な恨み節を述べるならば仕事で疲れて帰ってきて卒論の作業の合間の二時間がこれでは気合も入らない。

特にはたきこみの多さは先場所からの続きで、何よりはたかれる奴も悪いという意識を強く持ってもらいたい。盛期の千代大海や雅山のような、突いてから芸術的なタイミングではたく、というのであれば別に文句は言わない。だが、残念なことに大概の場合は下手なはたきに腰が据わってないがゆえに食らってしまい惨めに土俵に這い蹲るというパターンが多く、とても見てられない。ようやく張り差しの流行が息を潜めつつあると思ったらこれである。


そういうわけでさっさと個別評価に映ることにする。まず全勝優勝の白鵬だが、前半はそこまで調子が良いというわけではなさそうに見えた。しかし、朝青龍のお株を奪うかのような尻上がりで調子を上げていった。後からぶつかる上位陣はたまったもんじゃなかっただろう。今が彼の全盛期だろうが、朝青龍の全盛期ほどの圧倒的存在感が無いのはやはり相撲の取り口のせいだろうか。落ち着きすぎているくせに、隙が無いわけじゃないという中途半端さはいかんともしがたい。相変わらず伝家の宝刀は左の上手であり、これが最強の武器にも(とれなかった場合の)弱点にもなりつつある。あと、褌が緩いのをどうにかしてほしい。

なお、これで白鵬の横綱昇進後の戦績は225戦201勝24敗で勝率.893、86−4という今年の本場所に限れば.956という極めて圧倒的な成績である。もちろん、両方とも(年6場所制の)大相撲の歴史における最高勝率である。加えて、当時史上最速ペースと言われた朝青龍の12回目の優勝は平成17年5月場所で、彼が約24歳8ヶ月の頃だが、今回の白鵬も24歳8ヶ月での優勝12回目だったりする。朝青龍はそこからわずか10場所中8場所優勝し26歳4ヶ月での20回に乗せた。白鵬の場合、あの頃の朝青龍よりは周囲に難敵が多いが、これからどれだけ優勝できるのか注目である。

その朝青龍であるが、前半こそその荒々しさや危なっかしさも含めてらしい相撲が多かったものの、九日目の把瑠都戦がキーポイントであった。珍しく白鵬が把瑠都相手に苦戦しなかったと思ったら、今場所は朝青龍が捕まった。翌日の弱った千代大海と翌々日の魁皇までは難なくこなしたが、その次の日馬富士までは体力が残っていなかった。それでも横綱としての成績は維持したと言っていいだろう。なお、年間では72−18で綺麗に勝率8割だったりする。


書くのも億劫な大関陣だが、琴欧洲は終盤失速したものの崩れたのは朝青龍と同タイミングと考えると彼の責任は軽いし、平幕で負けた安美錦(6−10)と豊ノ島(5−6)の二人はそもそも大の苦手で、それ以外の3敗は大関以上の相手だから及第点としても問題あるまい。今年1年としてみても61−29で.678、全て9−6以上という安定感は両横綱に次ぐと言ってもいいだろう。

日馬富士は膝が悪すぎたという点では同情できるが、それにしてもぱっとしない成績であった。前に出る相撲ならとれるが一度でも圧力に屈して引くともう下がりどまれない。朝青龍に勝ったのは褒められるが白鵬に負けたのはややいただけない。また、鶴竜戦で見せたダメだしを、我々は忘れてはならない。年間では59−31。当初から横綱にはならず名大関になっていくのではないかと言われて始まった今年であったが、1回優勝したものの序盤に早々に崩れるあたりむしろどんどん第二の魁皇、琴光喜化しつつある。来年は真価が問われることになりそうだ。

琴光喜は千秋楽で7−7の魁皇に勝ってくれたら評価を見直そうかと思っていたがそんなことはなかった。魁皇は年間8−7グランドスラムという偉業(笑)を達成した。ちなみに、関脇時代の琴光喜がH17.11からH18.9まで6場所連続8−7を達成しているが、年間としては魁皇が初である。もうやだこの連中。ついでに書くと琴光喜は年間で47−40−3休。魁皇は書くまでもないが48−42である。ちょっと互助会については別記事で改めて書こうかと思う。

お疲れ様千代大海関。正直関脇千代大海なんて見たくもないし、6敗の時点で引退とか日程荒らしとしか思えない。


関脇に移り、把瑠都は9−6で収まったのが不思議なくらい相撲の型が崩れていた。それでも9勝するのは地力がついた証拠とポジティブにとらえたい。逆に言えば、関脇で9勝していながら全く活躍のイメージが無いというのは、それだけ不調が目立ったということでもある。より悪いのが鶴竜で、終盤は変化を多用し千秋楽では大相撲には珍しいブーイングまで食らっていた。こちらも、それでも7−8にまとめたのは地力の証明か。千代大海を含めた大関横綱戦は魁皇以外に勝てず1−6に終わったが、下位に対しては6−1で同格の把瑠都に負けたのが負け越し点となった形になる。それだけに、千代大海戦で負けているのが惜しすぎる。

小結、稀勢の里は悪すぎて書くことがない。どうやら詰めが甘いという弱点が修正されることは無いらしい。それに比べると結果7−8でも相撲内容に見るべきところがあった豪栄道は救いがある。運があれば勝ち越していただろう。前頭上位陣は本当に見るも無残で、琴奨菊は二桁だがこれは別に特別なことではない。琴奨菊の場合、何場所か連続して勝ち越せないことに問題がある。本当にダメダメだったのが栃煌山で、戦績も5−10なら内容も酷かった。前まわしを取って押していくという型がほとんど見られなかった。北勝力もなぜ勝ち越せたのかがわからない。周囲が不調すぎた。岩木山にいたっては2−13。その中では武州山が6−9だが、がんばりは見せていたように思う。彼の地力がまだ幕内上位ではないということだ。

前頭中盤に移る。豊ノ島は11−4だが前頭5では彼の地力からすると当然であろう。彼もエレベーター化しているのが本当の問題である。前頭6の旭天鵬もこの番付にしては8−7は物足りない。豊真将は前頭7だったのに6−9はもうどうしちゃったの。今場所は腰に粘りがなかった。そんなのは豊真将ではない。この中で光っていたのはやはり12−3の栃ノ心と雅山で、特に栃ノ心は小柄な把瑠都と言うべきか、とんでもない膂力の持ち主で組みさえすれば前頭中盤の連中では寄せ付けない強さをつけたというのを見せ付けてくれた。先場所は初の上位陣挑戦で大崩れして、来場所は二度目の挑戦ということになるが、期待をかけても良さそうだ。


今年1年、殊勲賞が一度も出なかった。殊勲賞の場合、優勝争いに何かしらの影響を与えた勝ち星を残し、かつ本人は優勝争いに絡まなくていいから(=8−7でも良いから)勝ち越せば与えられる賞である。しかし、たとえば白鵬に土をつけた翔天狼は1−14で終わり、白鵬はこれ以外の金星を一個も配給していないし、それ以外の優勝・同点力士も日馬富士含めて互いにしか負けていないため、このような結果となった。両横綱+日馬富士、琴欧洲の4人と、それ以外の関取の力量差が、縮まるどころか広がったと思わせるような一年間であった。今年一年で地力が伸びたとはっきり言えるのは、把瑠都、鶴竜、栃ノ心くらいなものであろう。しかし、これでようやく千代大海は消えそうだ。来年こそは、魁皇と琴光喜を引退に追い込めるような、幕内上位陣に流動性が増すような、若手の三役定着を期待したい。

  続きを読む

Posted by dg_law at 12:00Comments(2)TrackBack(0)

2009年11月28日

最近買ったもの読んだもの。

・『ゼロの使い魔』17巻
→ アンリエッタを指してロイヤルビッチと名づけた人間は天才。
→ タバサスキーの私めとしては、この展開はけっこう辛い。ようやく、ようやく彼女が幸せをつかんだというのに。
→ 展開としては完全にマンネリだよなぁ。巻数一桁の頃のおもしろさはもう無いかも。
→ いや、だからこそタイガー戦車が出てきたのか?てこ入れ的な意味で。物語的にはルイズもサイトも虚無の担い手として覚醒してしまった感もあるが、「地球なめんなファンタジー」路線はこれからも貫いていってほしいところである。


・つぼみvol.4
→ 鳴子ハナハルの表紙に勝てなかった。
→ 玄鉄絢は特殊な百合を描かせたら天才的である。小学校教諭と小学生というのは全く見ないカップリングでおもしろかった。
→ 関谷あさみはやはり良いものを描くと思う。『YOUR DOG』と同じ寂寥感を覚えた。
→ 秋☆枝せんせーが儚月抄のときよりもだいぶ生き生きしてたのは気のせいではあるまい。
→ 他だと、絵が好きという点では小川ひだり、コダマナオコは評価する。
→ いや、百合で絵は重要な要素ですよ。どうしても形態とか関係性とかストーリーとかで語られがちですが。ヘテロカプでは出せないものを出せるかどうか、は絵の比重も大きい。
→ うめてんてーは漫画もお願いします。


・『続・殺戮のジャンゴ ビジュアルブック』
→ やっと出た、というような。もう出ないかと思ってた。
→ 王道つっぱしるストーリーだなぁとは当時から思ってたけど、こんなにわかりやすいパロディだらけだったんね、というのが一番驚いた。すげぇ、ある意味ほとんどオリジナルの部分が無い。
→ イライザ=卑怯者、ノーバディー=善玉、リリィ=悪玉、という配置。ブロンディ好きの自分だが、彼女は社会の最底辺のあれくれでありながらも高貴さを失わなかったからこそ魅力的に見えたのではないかと思う。彼女はアバズレで虐殺者ではあるけど、イライザやリリィのような信義にもとる行為はほとんどしてない、というのは非常に特徴的である。
→ 対してリリィは見事な悪玉だった。悪役というよりは悪玉なんだろう。憎めない悪い奴でもかっこいい悪い奴でもない。だからこそ彼女はキャラが立ってた。ジャンゴには必要なキャラ。
→ そうしてみると、イライザの卑怯者というのはやや影が薄いかも。彼女の場合『黒のフランコ』を偽っていたのが最大の卑怯ということになるわけだが、それはストーリー上やむをえない事情があったわけでして、仕方ないのではある。
→ もう一つ驚いたのが、当時ジョイが「過去最低の予約の伸び」と嘆いていたのにもかかわらず、結果的に黒字が出ていたそうで。なんだかんだ言って売れてたのかなぁ。中古で買った僕が言える台詞じゃないですが。
→ ビジュアル面では、やはりブロンディ露出狂。そしてあらためて、リリィとアルフィーの絡みのHシーンがなかったのが悔やまれるところである。アルフィーかわいいよアルフィー。

  
Posted by dg_law at 19:52Comments(2)TrackBack(0)

2009年11月18日

非ニコマス定期消化 2009.7月中旬〜8月分

定期化するならタイトル固定したほうがいいと思った。




曲はピッチを上げたら鶴屋さんに聞こえたというバージョン。ギャグで始まり、途中から涙腺決壊。




非常に珍しいいたストTAS。しかも2は出目がスタートと同時に決まっているのでTASでいじれず、非常にTAS向きではないと同時に、ある意味最もTASの生かされるゲームでもある。このTASの作者は破産有、無を両方作成しているので、いたスト好きは見ると良い。しかし、今見るとこのみかわいい。




再現度の高さに泣いた。歌、演奏、動画編集、その全てが完璧である。ニコニコ動画の歴史に残すべき動画。




腹筋崩壊しつつも本当にわかる、というよりも並の動画より詳しいからすごい。テンポとネタを挟むタイミングが特に秀逸。制作者がソラユニPと聞いて妙に納得した。




歌シェリルことMay'nが歌った結婚行進曲。曲自体はメンデルスゾーン作曲で歌詞は無いが、ゼクシィのアレンジと歌詞が入っている。ゼクシィの非売品CDより。歌自体はテレビのCMでよく流れていたので有名かも。しかしゼクシィはなぜMay'nに目をつけたのか、そこが気になる。それにしてもうまい。




載せたような気がしてたけど過去を見たら載ってなかったので、一応掲載。milktubさすがです。ほんと、この曲聞くたびにエロゲーマーやってて良かったって思う。




この動画を見る前提として、迷作98甲子園を知っていること。納得の失業タグに全力で同意した。「30分泥棒」は本当なので、危険を感じたら2回表まで見て消すこと。




全員容赦なくかわいいからすごい。一時停止に常にカーソルを合わせながら見る動画。




レミリアが絡むカップリング好きには何のご褒美だよというような技。キャラの身長が違うので、それぞれ吸われている場所が違うのがおもしろい。



それではまた三週間後くらい。  
Posted by dg_law at 12:00Comments(0)TrackBack(0)

2009年11月13日

四国旅行記 三日目 高知〜宇和島〜岡山〜東京

この日も7時頃に起床し、ホテルの朝飯を食べてから高知駅へ。昨晩を思い出して思わず鰹を買いそうになったが、一人暮らしで誰が調理するんだよということで思いとどまった。高知駅から土予線で宇和島へ。ずっと変わり映えのしない風景で、昨晩ホテルが暑すぎてやや寝苦しかったこともあり爆睡。ちなみに、ここの部分だけ鈍行であった。特急が通ってなかったんだから仕方が無い。

11時頃に宇和島着。ここの名物は鯛飯だというのでダッシュで食べに行った。

鯛飯@宇和島










といた卵と醤油に鯛の刺身をぶっこんでよくあわせ、その状態のものを白米にかけて食べる……というのが正式な食べ方だったようだが、あまりにも時間がなかったためご飯と刺身を醤油の中にぶっこんで食べるという暴挙に出てしまった。それでも十分にうまかった。しかし、やはり醤油の味が強くなりすぎてしまった。やはり、正式な食べ方で行くのがベストであろう。

宇和島からは予讃線を通る特急潮風一本で岡山へ。今回とってあった指定席はアンパンマン列車ではなかったものの、一つ前の車両がそうだった。どんだけアンパンマンプッシュだよ四国。三日間だけでかなりの車両数を見た。予讃線はずっと蜜柑畑で最初はおもしろかったものの、こちらも途中からは見慣れた風景に。結論:日本の風景はどこに行っても同じというのは真理。ここまで変わり映えがしないとなるとこの病理は深いな……と思わざるをえない。

17時頃、岡山到着。駅弁の穴子飯を買う。18時やや前の新幹線(またしてもレールスターのコンパートメント)に乗って新大阪へ。行きと同様、新大阪から米原の間だけ在来線を使った。実はこの帰りの新大阪・米原間が、この旅唯一の立ちだったりする。米原で愛知県止まりの連中と別れ、一人再び新幹線へ。あまりの疲労感に「これなら岡山からのぞみで一発で帰ればよかった」とやや後悔しつつ、ひかりに乗ってまたしても爆睡。気付いたら東京であった。最終的に本郷三丁目の我が家に着いたのは23時半頃。参加者の皆様、お疲れ様でした。

来年はどこ行こうねぇ。やっぱり出雲に東方と古代日本史の薀蓄を語りに行く旅か、それとも今まで一度も行ったことがない東北地方に紅葉を求めて足を伸ばすか。ちなみに個人的な話をすると、北海道と沖縄と海外を除いた人生最南端は今回の高知。それ以外は最西端が山口市、最東端&最北端が福島県。このどれかを更新してみてもいい。秋に限定しないなら、大阪の弘川寺は一回行っておかないといけない気がするし、冬の北陸に寒鰤とホタルイカと日本酒と雪だるまの旅にも行きたい。まあ、来年の話は来年にしよう。

  
Posted by dg_law at 12:00Comments(0)TrackBack(0)

2009年11月12日

四国旅行記 二日目 鳴門〜徳島〜高知

二日目、朝7時頃起床。徳島のローカル番組を見ながら身支度をして、7時半からホテルの朝飯を食べ、8時半出発のバスに乗って鳴門大橋へ。8時50分頃鳴門公園着。ここまで来れば鳴門大橋は目の前。(今ぐぐったら正式には大鳴門橋らしい。まあどうでもいいですね。)

この鳴門大橋だが、当初の予定では瀬戸大橋同様、自動車道と電車の両方を通す予定だったのだが、採算の見込みがとれないとしてJRに断られて、挙句明石大橋の側はそもそも電車の通す構造で造らなかった。これは鳴門大橋の建設が1976年に始まって1985年に終了し、明石大橋の建設が1986年に始まって1998年に終了したことから事情を読み取っていただけるかと思う。要するに、バブルの煽りをもろに受け、予算が立たなかったのだ。しかし、せっかく造ってしまった電車用の空間をなんとか利用できないものかと考えた徳島県は、せめて徒歩や軽車両で淡路島まで渡れるように一応の道を通す予定だったようだが、それも結局鳴門から約500mの地点で留まり、淡路島まで届いてはいない。現在はもっぱら観光用に利用されている。500mの地点からは、渦潮が真下に見られるのだ。

そういういきさつで造られたものなので、てっきり入場料は取られないもんだと思っていたら、きっちり500円取られた。こんな観光資源逃すはずもないか。床は部分的に強化ガラスになっており、高所恐怖症の人間には耐え難い光景が広がっているが、確かに景色は、横を見ても真下を見ても、抜群に良かった。

鳴門のプチ渦潮










一応造ってしまった歩道は現在非常用として閉じられているが、淡路島まで通じてはいるらしい。今Wikipediaを見たら、撮ったものと全く同じ写真があった。やはり、ここの写真は撮りたくなるものなのだろう。↓

淡路島へと続く道(予定)










渦は干潮もしくは満潮時に最も巨大になり、今の時期だと9時50分頃が干潮なので、その1時間前であるこのタイミングはけっこうベターだったはずにもかかわらず、プチ渦潮しか見られなかった。しかし、それでも十分に見ごたえはあった。少なくとも500円払う価値はあったと言える。渦潮に結局30分近く見とれ、9時半頃鳴門大橋を後にして、大塚国際美術館に向かった。


さて、今回の旅行の最大の目的であった大塚国際美術館であるが、さすがにとんでもなく巨大であった。「オロナミンCとカロリーメイトで建てられた」と考えればその財力も納得が行くような気分がしてくるから不思議だ。展示作品は全て陶板で制作されており、西洋の名画が古典古代から現代に至るまで約1,000点再現されている。チョイスとしては特Aクラスの画家の作品を数十点ずつ並べるというタイプではなく、むしろ「こんなの美術史に詳しい人じゃないと喜ばないだろ」というBクラスレベルの画家までの作品を、一人の画家につき1〜5点ずつ程度並べての1,000点である。ゆえに、知ってる人は知ってて喜ぶけど、とりあえず美術の教科書程度の知識はある、という人が行っても意外と楽しめないかもしれない、とは思った。

たとえば、ルネサンス期ならばジェンティーレ・ダ・ファブリアーノ(《東方三博士礼拝》)、アンブロージョ・ロレンツェッティ(《善政の寓意(シエーナ市庁舎)》)、ジャン・フーケ(《聖母子》)、アルトドルファー、カルロ・クリヴェッリ、ルカ・シニョレッリなど。名前だけでわくわく来るメンバーである。ヨアヒム・パティニールの《カロンのいる風景》を入れてきたあたりはさすがである。古典古代なら青柳正規先生など、そうそうたるメンバーが監修していたのだから、「さすが」というのも失礼な話だけれど、意義を理解して発注を受け入れた大塚美術館の職員に向けられるべき賞賛かもしれない。

他にバロック期ならばサルヴァトール・ローザ、ピーテル・デ・ホーホ、ホッベマ、ヨルダーンス、ヤン・ステーン、ダーフィト・テニールス、ジュリオ・ロマーノなど。ロココでは若作りの天才ヴィジェ・ルブラン、ヴェネツィア景観画で有名なカナレットがいる。ロマン派ではライト・オブ・ダービー、我らがC.D.フリードリヒ、ルンゲ、オーバーベック(ナザレ派)、そしてハドソン・リヴァー派までいたのには驚いた。ナザレ派やハドソン・リヴァー派など、日本での知名度は皆無に近いのではないかと思う。なんとロシア人画家の作品まで4点存在し、それらはアイヴァソフスキーのロマン主義的風景画、レーピンの《ヴォルガの船曳》、レヴィタンの《静かな修道院》、そしてクラムスコイの《忘れえぬ女》である。

印象派ではジョン・シンガー・サージェントがいたのが興味深い。見当たらなかったが、後からパンフを見る限りベルト・モリゾもいたようだ。メアリー・カサットもいたらしい。これも見過ごしていたがラファエロ前派のアルマ=タデマ、ワッツ、ウォーターハウスもいたようだ。実は旅行の日程の都合上3時間半ほどで見なければならず、印象派に入ったところで3時間を使っていたためかなりすっ飛ばし気味に見ていったためである。これはもう一度行く必要があるだろう。ブーグロー、カバネル、ホドラー、セガンティーニ、マックス・リーバーマン、ルドン、ドニ、エゴン・シーレ、ベックリン、シュトゥックといった面々もいた。

ここで3時間半を使い果たしたためほぼ完全に見られなかった現代画家のゾーンだが、パンフを見るとユトリロ、ルオー、ローランサン、ブラック、クレーなどドイツ表現主義の主だった面々、マレーヴィチ、キリコ、イヴ・クライン、ラウシェンバーグ、マーク・ロスコなどがいたようなので、要するにこちらも充実していたのだろう。あまり興味が無い現代美術ではあるが、こういったコンセプトの美術館で見られないとなるとやはり惜しい。


逆に、いるべき知名度としては誰が省かれたのかを考えてみるとけっこうおもしろい。まず、ルネサンスではピサネロがいなかった気がする。バロックでは、「花のヤン」のほうのヤン・ブリューゲルがいなかった。ロココでは、ティエポロはいたものの彼の本領を発揮できるフレスコ画ではなかったために威力半減である。将来的にはぜひ製造して欲しいところである。フランスの新古典主義からグロ、これは意外な人が省かれている。あと、ヴラマンクがいなかった。DiL曰く「ヴラマンクがいなかったのは大きな失点と言いうるかも」。無論、これらの要求というのは過度なものであり、大塚国際美術館が現状でも十分コンセプトにのっとった優れた美術館であるということは言うまでも無いことである。

ここまでずらっと画家の名前を挙げてきたが、やはりこの美術館で最も優れていたのは動かせないフレスコ画や教会の再現である。カンバス画と違い、これらは本来現地に赴かなければ絶対に見られないものの類である。なかでも最大の目玉はやはりシスティーナ礼拝堂であろう。しかし陶板を見ると「やはり将来行かねばなるまい」という気分にさせられるから困る。

システィーナ礼拝堂@大塚国際美術館










他にもこういう再現系としてはジョットのスクロヴェーニ礼拝堂、フェデリーコ・ダ・モンテフェルトロが所有していて今はウルビーノのパラッツォ・ドゥカーレにあるストゥディオーロ(書斎)、ゴヤの黒い家、モネの大睡蓮などがある。


せかされるように大塚国際美術館を出て、バスで徳島駅へ。けっこうギリギリな乗り換えの中で買った昼飯は阿波尾鶏の駅弁。これは思ってた以上にうまかった。徳島線に乗ったが、この特急剣山がアンパンマン列車であった。

アンパンマン列車










乗車中はずっとアンパンマンの各種主題歌&キャラソン(?)が流され続けており、懐かしいなとか知らないキャラだとか言う話で盛り上がった。やなせたかしが高知県出身なので大いにフィーチャーしているところへ、他の四国三県も乗っかっている形らしい。それにしてもなぜ徳島線で?とは思うが。徳島線でどんどん山の奥へ向かい、阿波池田からは土讃線の特急南風に乗る。『秘境駅』を買った理由でもある路線だが、確かに超ド田舎で景色がすばらしかった。しかし、例によって車窓からの風景は撮影が難しく(ry。

しかし、かなり高知駅が近くなってきてもまだまだずっと山の中なので、一体どれだけ狭いんだ高知平野、と4人でぼやいていた。結局、特急で高知の二つ前の駅、時間にして15分ほどの土佐山田までずっと山の中であった。なんだかんで18時頃に高知駅に到着すると、まずホテルで荷物を降ろし、再びるるぶを紐解いて高知市内の鰹のうまそうな店を探す。これも高松のうどん同様どこに行っても存在していたわけだが、一応鰹以外も食べたいということで、いろいろ食べられそうな「司」に入った。

ウツボも鯨もクエも食べたが、ウツボはぶっちゃけて言えば鶏肉であったし、クエは意外と普通の白身魚という感じがした。しかし、確かに鯨は意外とうまかったと言わざるをえない。鯨ベーコンのイメージは捨てよう、そうしよう。kome曰く「捕鯨反対とかふざけてんの?これはどんどん捕るべき」と、まるで無関心だった捕鯨問題に言及しだし、店に入る前とは90度ほど意見が変わっていた。鰹は言うまでもなく絶品であった。人生でけっこう鰹は食べてきているが、タタキに限れば人生で一番おいしい鰹を食べたと思う。あとはどろめ(鰹の心臓)やらちちこやら沖ニロギやらちゃんばら貝といった珍品を端から食べていき、最後に焼鯖の姿寿司を食べて終了。日本酒はもちろん司牡丹と酔鯨。値段はえらいことになったが、見なかったことにした。料理のデジカメでの撮影を忘れたのだけが悔やまれる。

ホテルに帰り、この日は大貧民で盛り上がった。同じように日付が変わった頃に就寝。三日目はここから本土に帰るだけの日である。  
Posted by dg_law at 12:00Comments(0)

2009年11月11日

四国旅行記 一日目 東京〜岡山〜高松〜鳴門

元々、卒業するまでに大塚国際美術館には行こうと考えており、特にkomeとはそういうような約束がなきにしもあらずな状況だったところ、そういえば今年は身内で行く秋旅行の行き先が決まってないなと思い(一昨年:京都、去年:奈良)、旅行メンバーの一人であるR氏@乗り鉄に連絡をとってみたところ、「じゃあ四国一周しないか?w」という謎の返事が返ってきたので、しばし悩んだが結局乗ることにした。そういえば参加メンバーでR氏だけブログを持っていないため、HNで書けないのをご了承いただきたい。ここにDiLを加えた4人で旅行することになったが、本来都民であったDiLがやんごとなき事情により豊橋市民に戻ってしまったので、自分だけ東京出発である。交通費を考えると頭を抱えざるをえない。(ちなみに、結局電車賃だけで4万3千円かかった。総旅行費は「韓国なら行けたんじゃね」というレベル。)


11月7日、朝5時に起き、始発の丸の内線に乗る。6時少し前に東京駅着、そしてこれまた始発ののぞみに乗る。最初、自由席が1〜3号車のみというのを思い出せず、13号車付近で乗ってしまったため、品川くらいまで車内をうろうろしていた。はた迷惑である。自由席はそれなりに埋まっていたが、なんとか座ることができた。名古屋でこだまに乗り換え。こだまは案の定スカスカでした。始発でもないし。なお、名古屋でようやく連中を抜かした形になる。

米原へ到着。東海道線のホームで連中を待つ。なぜこのようなややこしい動きをしているのかというと、このチケットを使ったため。要約すると、期間は三日間で在来線(特急・指定席含)は米原から西で乗り放題、新幹線(指定席含)は新大阪から西でのみ乗り放題で2万円ちょうど、というチケット。ゆえに、どうしても米原・新大阪間のみ移動が在来線になる。実は+3千円出せばのぞみでそのまま新大阪まで行って、そこで連中と合流するという手段も使えたのだが、まあここはケチっておいた。

何度もの旅行でもはや通りなれた感さえある米原―新大阪間は特に書くことも無し。新大阪からは西日本パスの本領発揮で、ひかりレールスターのコンパートメント席を確保し、40分で岡山へ。岡山ではすでに11時頃ということで駅弁を食うかどうか迷ったものの、どうせなら高松でうどん食べないかという話になりスルー。結果的に帰りは岡山で駅弁を買って食べたので、これで正解だった。特急マリンライナーで瀬戸大橋を越えて高松へ。瀬戸内海の今までとは違う風景にテンションが上がる。海の色が碧で明らかに外洋とは違う。さて、本来ならばここで写真を一枚、と思ったのだが、やはり車窓からうまく写真が撮れなかったのと、よく考えたら二日目の鳴門大橋からの写真とかぶるということに気付いたので、ここでの写真はご勘弁いただきたい。

石油コンビナートも多く、瀬戸内海に来たんだなぁという感覚を一層強めてくれた。高松到着。13時過ぎで全員極限的に空腹状態だったので、真っ先にるるぶ片手にうどん屋探しに。いたるところにあったのだが、一応るるぶ通りに行ったらえらく地元民仕様の店で、非観光客がごった返していた。作法がわからないので必死に周囲の地元民を観察しながら注文。何より驚いたのが蛇口ひねったらだしが出てきたところ。さすがうどんの国。やることが違う。思うに、これは「つけてみそかけてみそ」クラスのカルチャーショックなのではないかと思う。うどんは非常においしかった。コシがありすぎるくらいあって、うどんの癖にすごく腹持ちが良かった。

高松発は17時だからまだ4時間ほど時間があるということで、age信者のR氏の「高松には栗林南という交差点がある」という情報に従い、栗林公園まで行くことにした。実は"りつりん"と読むのは聞かなかったことにした話である。ちなみに、栗林公園は四国で唯一の日本庭園での国指定特別名勝であり、その面積も西日本で最大である。ネタ抜きで高松屈指の観光名所だったりする。

交差点を探すのは後にするとして先に公園を観光することにした。栗林公園の入口で写真も撮ったのだが、全ての写真にkomeが映っていたので掲載することが出来ない。気付かなかった。庭園としてはさすがの出来で、江戸時代以降の大名屋敷付属の回遊式庭園としては、ややだだっ広すぎて単なる公園になりかかっている部分もあるものの、池の周囲に松や奇岩がよく配置されていて見ごたえがあった。周囲にあまり高い建物がなく景観を破壊されきってはいないのも良い。ただし、松以外に裸子植物が大量に植えられていたのは、南国らしくて特徴的だと言えばその通りだが、やや場違いな気もした。個人的には、そのセンスは無い。

栗林公園










多分これが今回のベストショット。池には鯉がやたらめったら大量にいて、鯉の餌(麩)が販売されていることもあり、そのいずれもが観光地名物巨大な鯉となっていた。もちろん僕らも麩を買って、池に投げ込んできた。周囲の家族連れの子供たちの妨害になったことを考えると、やや大人気なかったかとも思わなくも無い。大学(院)生最後のご乱行ということで許して欲しい。

栗林公園の鯉










投げ込まれた巨大な麩に群がる魚群の図。栗林公園で1時間半ほど滞在し、いよいよ栗林南の交差点を探すべくうろうろ歩いてみたが、結局見当たらなかった。R氏によると、昔は「栗林南」というバス停があって、そちらは場所まで完璧にわかっていたのだが、最近になって付近に高松市保健センターが建ち、それに伴ってバス停の名前も「高松市保健センター」になってしまった。悔しかったのでそのバス停の写真を撮ってきた。ただし、今さっき調べたところ、栗林南交差点は我々がうろついていた場所よりもさらにもう少し南になったのではないだろうかという疑惑が浮上している。ひょっとしてすごい見落としをしていたのでは……?

旧栗林南










高松駅に戻り、まだ時間が1時間くらいあるということで、旧高松城である玉藻公園に入ってみたが大して何も無かった。観光地を気取るならもう少し整備すべき。確かに多くの観光客は栗林公園に流れるとはいえ。お土産、というよりも電車の中で食べるものとして「栗林のくり」と「栗の実」を購入。前者に卑猥な空気を感じた人は病院。

意外と長く滞在した高松から、特急うずしおに乗って池谷駅へ。池谷から徳島線で鳴門に到着。鳴門で適当な居酒屋に入って夕飯。意外とちゃんとした郷土料理が食べられてうまかった。現地で知ったことだが、鳴門は鯛と蛸押しのようである。要するに、明石の辺りと同じようなものが特産。あとはまあ金時芋だが、いかに甘党の自分といえども夕飯にそれはない。

鳴門駅前のホテル(一泊4500円)に泊まり、夜は4人でトランプの51で盛り上がり、日付が変わったくらいに就寝。二日目へ続く。

  
Posted by dg_law at 17:20Comments(0)TrackBack(0)

2009年11月07日

『秘境駅』牛山隆信著、メディアファクトリー

世の中に無人駅というものは無数にある。しかし、その無人駅からもう一歩進んで、乗降客が少なく、周囲に人家もなく、駅舎は廃墟寸前もしくは廃墟となっていて、鈍行にすらすっとばされることがある、というレベルの駅となると、あまり存在しない。著者の牛山隆信氏はこれを「秘境駅」と名づけた。もちろん造語である。

秘境駅を紹介する本としては著者の他の本があるが、本書は秘境駅写真集として編集されたものである。ほぼ全ページがフルカラーで、秘境駅の秘境っぷりがよく表現されたものとなっている。私自身は廃墟好きではあるが、鉄道そのものには大して興味が無い。しかし、友人に乗り鉄がいるので、彼にプレゼントするかということで買って読んだ。なるほど、廃墟となった駅舎もなかなか趣深い。鉄道以外の交通手段がまるでない、ホームや駅舎が自然と一体化している、等は個人的にポイントが高いように思う。

秘境駅はその度合に応じてランキングされており、著者のHPで公開されている。何がすごいって、1位から100位くらいまではほとんど北海道と東北地方で独占されている状態であるにもかかわらず、2位及び4位に燦然と輝く我らが飯田線。実は豊橋市民でありながら、新城の某友人宅へ行く以外の用事ではほとんど乗ったことがない非常ににわかな自分だが、それでも噂に聞く飯田線の凄さを改めて実感することになった。

ちなみに、200位までに東京、大阪、愛知県は一つも無かった。東京都にも無人駅が無いわけではないはずで、なんか悔しかったのでぐぐってみたら、青梅線の白丸駅は秘境駅として認定されているようだ。この方のサイトに取り上げられているが、青梅線のほか、八高線も相当ありそうである。ランクインするほどではない、ということか。愛知だとどうかなぁ。我らが渥美線も良い線行ってる駅がありそうな。

ちなみに、東京都区内の秘境駅と言えばゆりかもめのほとんどの駅じゃないかという話。裏をついててなるほど、と思った。何度かサイクリングに行ったことがあるが、確かに臨海地区は場所を選ぶと本当に人がいない。ただ、最近豊洲は開発されてきたので、東雲と新豊洲は外してもいいだろう。市場前と有明テニヌの森は本気で存在価値を疑うので、気になる人は今度のコミケの時でもゆりかもめに乗ってみるといいだろう。


秘境駅秘境駅
著者:牛山隆信・栗原 景
販売元:メディアファクトリー
発売日:2008-07-02
おすすめ度:3.0
クチコミを見る
  
Posted by dg_law at 12:00Comments(0)TrackBack(0)

2009年11月06日

どうせなら肖像画縛りでも良かった

シシー新国立美術館のハプスブルク展に行ってきた。本展覧会は,ウィーンの美術史美術館と,ブタペスト国立西洋美術館からの持ち出しである。さすがにヨーロッパ各地に領土が点在していただけはあって,イギリス・フランス以外の全土の画家の作品があった。

それだけに,普通のハプスブルク展といえば看板娘になる,スペイン・ハプスブルクのマルゲリータ王女は,今回「一人」しか来ていない(もっとも,それでもビラでは立派に看板娘を務めていたが)。ルネサンス期の作品もなかったわけではなく,デューラーもいればクラナハもいたし,ヴェネツィア派がやたらと充実していて,ジョルジョーネ,ティツィアーノ,ヴェロネーゼ,ティントレットと全員そろっていた。別にトスカーナ派の所蔵品だってあっただろうに,これは選別者の趣味か。スペイン・ハプスブルク由来のルーベンス,ベラスケス,エル・グレコもいた。

これだけ豪華であるがゆえにやや残念なのは,雑多に集めてきたという印象が強く,豪華なだけで理念やまとまりに欠く展覧会ではあった。まあ,そういうことを新国立美術館に求めてはいけないのだろうけど。


しかし,最大のハイライトは歴代ハプスブルク君主の肖像画であって,カール6世の肖像画から,11歳のマリア・テレジア,シシーこと皇妃エリザベート,そしてほぼ最後の皇帝フランツ・ヨーゼフの肖像画が立ち並ぶ様子は圧巻であった。あの肖像画ゾーンの,歴代君主の業績を語るだけでも,十分ヨーロッパの歴史を再現することになろう。後から考えれば,肖像画は実は8点しかないのだが,あれはインパクトが大きい。

肖像画縛りでも十分人が呼べたのではなかろうか,と思うとなおさら残念ではある。しかし,あのシシーの肖像画は,ぜひとも見ておく必要があるだろう。それにしてもシシーは美しい。近代の人間の肖像画で,あれだけ彼女の奔放な性格からにじみ出るような輝きが,リアルに伝わるものというのも珍しい。
  
Posted by dg_law at 11:40Comments(0)TrackBack(0)

2009年11月02日

『恋する西洋美術史』池上英洋著、光文社新書

『食べる西洋美術史』とは一応対になっているらしい本。だが、『食べる』に比べるとこちらのほうがとっつきやすいテーマだろう。西洋美術において、恋愛をテーマにしたものはものすごく多い。とりあえずヴィーナスを描いておけば間違いないという雰囲気さえある。

本書は、そのような数の多い恋愛に関する作品から、様々な視点で語っているものである。第一章は画家たち自身の恋ということで、「英雄色を好む」を地で行くピカソやモディリアーニ、そしてロダンにかかわったがために悲劇的な人生を送った女性彫刻家カミーユ・クローデルなどが扱われている。第二章は歴史画で恋愛を描くための最大の口実であるギリシア神話についての解説、第三章は中世や近世における理想的な女性像について、第四章は人生の墓場、結婚を描いた絵画について。

第五章は随分と直球なテーマで、いやしかし恋愛には重要な性交の場面を描いた絵画や、ヌードの扱いがどう変遷していったかについて。不倫もこの章で扱われている。第六章もその路線を継承して、娼婦や同性愛といった、タブーとされた行為についての話。前者では当然、マネの《草上の昼食》や《オランピア》も出てくる。後者においては、ゲイについては当然出てくるが、ページは少なくてもレズビアンについてもちゃんと書いているのは珍しいことで、良いことだと思う。

そして最後の第七章は「終わる愛」ということで、離婚や死別、悲恋についての絵画に焦点を当てている。当然、ミレイの《オフィーリア》は出てくる。以上のように、時代や登場する画家の順番は全くもってバラバラだが、そういうことは気にせず気楽に読むには非常に良い本で、ある程度詳しい人から全く知らない人まで全員にお勧めできる良書であると思う。それは恋愛というテーマのとっつきやすさもあるし、著者の文が上手で読みやすいというのもあるだろう。


恋する西洋美術史 (光文社新書 384)恋する西洋美術史 (光文社新書 384)
著者:池上英洋
販売元:光文社
発売日:2008-12-16
おすすめ度:4.5
クチコミを見る
  
Posted by dg_law at 11:15Comments(0)TrackBack(0)