朝青龍の穴を、把瑠都を中心とする上位陣皆で埋めたと言える場所であった。大関陣を含め、こう言ってはなんだが、やればできるじゃないか、と上から目線で言ってしまいたくなるような場所であった。
全体の相撲内容について言えば、ひいたりはたいたりとした相撲も少なくないわけではなく、完全に質が高かったとは言いがたいものの、要所要所で名勝負があり、比較的締まりのあった場所であったと言える。特に上位陣がおもしろかったのは、把瑠都と日馬富士の両名と、横綱白鵬に寄るところが大きい。ただ、豪栄道の休場だけが痛かった。下位では北太樹と隠岐の海がおもしろかった。一方で、やや元気のない力士も数名見られたのはもったいなかった。
個別の評価を兼ねて、全勝優勝した白鵬については終始落ち着いており、これぞ全盛期の横綱の相撲であるというところを示すこととなった。もう皆左上手をとられたら負けるということは研究してきているのだが、とらずとも勝つ、とるように寄るなどの技術がさらに卓越しつつある。これを止めるのは全盛期の朝青龍や過去の大横綱でも不可能であろう。把瑠都でさえも楽勝であった。その中唯一気を吐いたのは千秋楽の日馬富士であったが、これも日馬富士の左上手対策が功を奏し、かつ腰が重かったために白鵬が攻めあぐねた結果であって、白鵬が危ない場面はどこにも見つからなかった。白鵬が肩越しに左上手をとった瞬間、観客から「おー!」と歓声が漏れたのは、白鵬の”黄金の左”の認知度の高まりを感じさせるところとなった。
一方、間違いなく今場所台風の目であった把瑠都は、とうとう大関取りに成功した。5場所前は前頭3だったものの、そこからカウントしても11−12−9−12−14と75戦中56勝、勝率約75%とそこいらの横綱よりも安定していたりする。あと足りないのは白鵬戦の対戦成績と優勝の経験だけである。今場所の相撲内容について言えば、前半は危なっかしく、ひょっとしてダメなのかなと思わせる相撲もあった。左親指負傷の影響が残り、まわしをうまくつかめなかったというのはある。それでも勝っていたのは随分と腰が据わっていたからで、昔の相撲らしからぬ体裁きを見せていた頃とは雲泥の差である。
しかし、まさに怪我の功名なのだが、その分立会いの諸手突きから始まる押し相撲が開花。それも場所中に、である。さらに、あまり言及されていないが、
張り手からまわしを取りに行くのがどんどん早くなっていった。これが後半戦に功を奏した。それだけに、なぜに白鵬戦で諸手突きを封印してしまったのかが悔やまれる。もっともそれでも白鵬が勝ったとは思うが。なぜなら、白鵬もまた張れる人だからである。来場所、初大関の把瑠都はおそらくあまり勝てない。マークが厳しくなるからである。特に日馬富士は相当の対抗心を燃やしてくることだろう。まずは勝ち越すことを目標にがんばってほしい。
その他の力士の個別評価に入る。日馬富士は琴奨菊に負けた一番がどうにも失点だが、それ以外については立会いの踏み込みが非常に鋭く、地力を発揮した場所となったと言える。魁皇に負けた一番は互助会と見るかは難しいところだ。現状白鵬に最も勝ちやすい力士であることは誰もが認めるところであり、場所を盛り上げるためにもがんばってほしい。魁皇は8−7に戻ったが、実は日馬富士から買っていなければ負け越していた可能性が高く、危ないところだった。強いときは強いのだが、弱いときは弱い。右上手と引き落としへの依存がどんどん深まっており、把瑠都、鶴竜、稀勢の里など特定の力士にはとんと勝てなくなった。この調子では今後も苦境が続くだろう。
琴光喜、今場所については彼もよくやったと言ってもいいだろう。前半は危うい場面も多くもしや陥落かと思われたが、尻上がりに調子を上げていった。日馬富士に勝った一番は見ごたえがあり、まだ取れることを示した。欲を言えば二桁欲しかったが、そのためにはもっと平幕から拾う必要があるだろう。その二桁に乗ったのは琴欧洲だが、寄せられる期待からすると物足りないと言えるかもしれない。今場所は悪癖の足がそろうところが少なく、安美錦に負けたのはもうしょうがないとあきらめるならば、土佐豊に負けた一番以外は取りこぼしと言えるものもなかった。やはり後は日馬富士についていくことだろう。まだ横綱は狙える年齢である。
もう一人の関脇、豊ノ島は調子こそ悪くなさそうであったが、珍しく全員そろって好調な大関陣や把瑠都に埋もれて存在感を発揮できなかった。魁皇以外の上位陣には全滅している。小結稀勢の里は9−6で関脇復帰濃厚。以前は小結なら確実に負け越したいたところだが、そう考えると一応地力は増しているのか。最近把瑠都、鶴竜、琴奨菊の躍進で埋もれがちだったが、今場所は妙に存在感があったような気はする。何度も書いているが、彼の弱点は相撲振りが荒っぽく、ゆえに土俵際決めきれないことであって、あと一歩が出れば把瑠都クラスに大化けする可能性がある。好角家の期待が高いのはそういうことなのだ。同じく小結安美錦も比較的調子が良く、安定した相撲振りで8−7であった。やはり琴欧洲に強いというのが大きなアドバンテージであり、これがなければ負け越していたかもしれない。
前頭上位陣。筆頭の鶴竜はどうにも調子が狂っていた。序盤は悪くなさげであったが、不運な黒星もあり、動きがちぐはぐで、持ち前の技巧が無用な動きにつながっていたのが見ていられないという感じの中盤であった。終盤はやや持ち直し、三連勝でしめて6−9、来場所も上位には残れそうである。ポスト把瑠都レースからは一歩後退し、稀勢の里と同じ位置に。同じように調子が狂っていたのが阿覧で、1−14と黒星の山を築いてしまった。彼の不幸は地力が鶴竜ほどなかったがためにとうとう調子が戻らず、結局白星は変化でもぎとったもの1つだけとなってしまったことだ。
旭天鵬もらしからぬ大負けをしたが、これは序盤の大関戦ラッシュで腰を痛めたためである。場所中には治らず、普段負けない相手に大量に取りこぼすこととなった。治り具合によっては、来場所は大勝するかもしれない。最後に琴奨菊。今場所は得意のがぶり寄りが非常に良かった。敢闘賞は把瑠都ではなく彼でも良かったかもしれないが、それにしては上位戦の白星が日馬富士一つというのが寂しい。もう少し勝つにはあと一工夫。しかし、彼のアンチユルフン、アンチ変化の姿勢は本当にすばらしい。
中盤。光っていたのは栃煌山と雅山。それぞれ得意の型がよく決まった。栃煌山は内に入ってのもろ差し。雅山は突き押しとはたきである。栃煌山はもろ差しが上位陣に通じず、ポスト把瑠都からかなり乗り遅れた感があるが、ここから巻き返せそうは勢いを今場所見せた。逆に雅山は円熟の領域に達しており、良い意味で魁皇と同じような雰囲気がある。突き押しと引き落としに関しては、上位陣には通じないことが自明ではあるものの、技量としては(千代大海の引退した今)第一人者と言ってなんら差し支えない。栃ノ心はケガが治り膂力が戻ってきた。いつ見てもすごい腕力と背筋である。それだけあっても勝てないのは、組みに行くまでのスピードが遅いからである。あと、ユルフンを辞めて欲しい。あ、
そういえば今場所岩木山が一度も出血しなかった。
下位。北太樹は必ず書かねばなるまい。膝を壊しかばいながらとっていた先場所の光景がどうしても頭に残っていたが、今場所は見事に復活を遂げた。寄り切りの型がよく、27という年齢の割には伸びしろがある。朝赤龍はようやく勝てたという感じ。まだ中盤にまでしか戻らないが、来場所も10番くらい勝って上位に戻れるか。そこまで復活したようにも見えないのが、今場所の相撲振りではある。時天空は10−5であったが、これは先場所途中休場で番付が急降下していた影響であり、特に驚くべきことではない。どちらかといえば連勝のせいで悪目立ちし、後半調子の良い前頭上位〜中盤に当てられて(雅山、豊真将、栃煌山、栃ノ心)、思ったより星が伸びなかった。
最後に、新入幕の隠岐の海と徳瀬川について。隠岐の海のイケメンっぷりは外国人だらけの大相撲界に新風を吹き込んだが、相撲もなかなか良かった。序盤苦しかったが中盤勝ち、終盤はまた調子を崩したものの、結果勝ち越した根性は認めてあげたい。終始調子のよさを保てれば、前頭中位ぐらいまではすぐに定着可能な地力はあある。徳瀬川は寄り切り主体のくせに意外と器用で、さすがはモンゴリアンという感じ。来場所の両者に期待したい。
続きを読む