2010年12月27日

真・コミケに必要な持ち物 〜冬コミ編〜

夏コミ編。正直さしたる差がないのでほとんどコピペになる気もするが,これが既読であることを前提とした応用編と,夏との差異に気をつけて書いていってみたい。


・服装
夏ならば可能な限りの軽装ということが自明なので項目を立てなかったが,冬コミは油断する者がいるので注記しておく。冬コミは冬山登山だと思え。要するに死ぬほど寒い。特に底冷えがとんでもない。入場待機列は,人によっては5時間近い耐久戦となるわけだが,その間ほとんどずっとコンクリートの上である。あれは何度経験しても「ひょっとして自分は氷の上に立っているのではないか」と思わせられる。さらに明け方にかけて放射冷却現象の追加攻撃を食らい,思わず帰りたくなる。靴下二枚履きは常識的措置と言っても過言ではない。集団戦であるならば,交代で周辺の散歩に出かけ,身体を温めても良いだろう。脱ぐのは後でできるし(かさばる荷物になるけど),暑さは根性で耐えられる。寒さは重ね着しないと防げない。過剰防衛くらいの気持ちで望むと良いのではないかと思う。(※ ただし,この筆者は寒がりで体脂肪率も足りてないので,感覚には個人差がありますご了承ください)


・財布
そういえば前回大事なことを書き忘れたな,と思ったので追加しておく。半ば常識となりつつあるが,一万円札及び五千円札は嫌われるので,全て千円札と五百円玉に崩しておくこと。サークル参加側のお釣り事情を考えれば理由は自明であろう。ただし,壁サークルや企業ブースに買い物に行く用事がある場合はこの限りではなく,それなりに大きい単位で持っていても良い。コミケは基本的に現金主義だが,キャッシュカード・クレジットカードが役に立たないわけではない。少なくとも郵便貯金が国際展示場会場内にある点は評価されても良い。もっとも,ATMがしばしば完売しているので緊急事態には少し弱いが。また,クレジットカードがあれば資金が完全に底を尽くまで戦っても,帰りの電車には乗れるしタクシーにも乗れる。


・サークルチェックリスト
前回この項目で「風に飛ばされたら悲惨」と書いたが,冬のほうが海風がひどいので,より飛ばされやすい。もう一部刷っていくのも手だが,それがだるいのであれば最低限のメモだけは残しておくと良い。なれた参加者であれば,配置がわからなくても番号さえ覚えていればたどり着くことがある(実際ある)。もっと言えば,本当に最悪の場合でサークル番号さえわからなくても,事前チェックの段階に残っていたかすかな記憶と独自の嗅覚(笑)を頼りに,目当てのサークルにたどり着くこともある。あきらめちゃダメだ。


・朝飯
冬は夏ほど飲料にこだわる必要が無いので,のどのかわくカロリーメイトでもさして困らない。量食べておかないと体温が下がって日中しんどい。


・飲み物
夏のほうにも書いたとおり,量,種類ともに個人差があるので,断定形で物を言うことは避けたい。基本的には夏よりもかなり少なめでも大丈夫で,むしろ多すぎると重い上に,夏以上にしんどいトイレ競争が待っている。まあ500ml一本で一般的には大丈夫であろう。種類についてはやはりそれぞれ一長一短ある。お茶はトイレが怖いが,それかミネラルウォーターか,はたまたスポーツドリンクか。または,コンビニでホットのペットボトルを仕入れておくのもよい。ホッカイロ代わりになるし,350mlでも,冬ならば十分に戦えよう。(追記)コメント欄でご指摘いただいたが,コーヒーも確かに利尿作用が怖い。私がコーヒーをほとんど全く飲まないので気が付かなかった。


・携帯電話
前回,孫正義が本気出してソフトバンクがドコモ並につながるという快挙をなしとげたわけだが,今回はとうとうAUも臨時のアンテナ塔を国際展示場付近に設置することを決定したらしい。あの珍妙なアンテナが三本並び立つところが見られるとはおもしろい展開。一方,夏コミの時点よりもさらに一層twitter民が増えていることを鑑みるに油断はできない。


・肩掛けかばん
夏コミから特に追加することなし。しいて言えば,夏コミよりも皆厚着なので,尚更かさばるバッグ類は嫌われます。


・(厚手の)トートバッグ
同上。トートバッグ最強説。


・ゴミ袋(45L)
夏よりは時期でないので,天気予報の時点で降水確率が低ければまず降らない。しかし,降られると比較的乾きやすい夏コミよりも悲惨である。また,ときたまホワイトコミケになることがあるが,あれはけっこうな地獄である。過去に二回ほど経験があるが,ロマンチックで会場が沸きあがりテンションも上がる一方で,解けると雨以上に厄介な水滴にしかならないし,帰りの交通機関は止まるし,どうしようもない。いずれにせよ,ゴミ袋は持っていったほうが無難。


  

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2010年12月26日

C79 チェックリスト(三日目)

今年は仕事の都合で三日目不参加のため,極力ショップ頼りで,どうにもなものだけ友人たちに頼むという形で欲しいものをそろえたい。チェックリストもそのつもりで作ったので,ほとんど「後日買うものリスト」にはなっちゃっているのだが,まあ他の方への参考ということで。
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2010年12月25日

C79 チェックリスト(二日目)

恒例行事。

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2010年12月23日

菜飯田楽はマイナーか

・脳と感覚を共有する、美少女結合双生児(ギズモード・ジャパン)
→ 他にも奇形児は多々いるが,脳がつながっているパターンは初めて見ると思う。「互いの感覚を共有しながらも、個々に人格はある」なんてのはフィクションの世界だと思っていた。
→ 正確に言えば「2つの脳が神経でつながってしまっている状態」だそうなので,人格が2つあることは不思議ではない。もう一人の子が見ているものも見えるということは,まさにクオリアだけではなく感覚も共有しているのだろう。
→ 不謹慎で悪いが,こうした事例を聞くと真っ先に思い出すのはやはりベトちゃんドクちゃんである(「ちゃん」が通名になっているが,実は私よりも年上)。……ひょっとしてこの話題も年がばれる系のネタだったりするんだろうか。
→ ベトちゃんのほうは死んでしまったが,二人にも障害が残らないと良いと思う。


・ 森見登美彦(ニコニコ大百科)
→ 「京大生の浮世離れした生活をリアルに描くと、普通の人からはファンタジーに見える」
→ 昔から「なんで日本ファンタジーノベル大賞なんだろう」と思っていたが,疑問が氷解した。なるほど。
→ 『有頂天家族』と『ペンギン・ハイウェイ』読まないとなぁ。


・サントリー学芸賞、7氏が受賞(朝日新聞)
→ 石原あえか先生は,東大にも授業をしに来ていたので,ゼミを一つ受けたことがある。通年で,記憶に残る授業だった。死にそうになりながらドイツ語を毎週訳していた。
→ 『科学する詩人 ゲーテ』の書名の通り,科学者としてのゲーテや18世紀末の科学史が専門である。これは,私のフリードリヒ観にも大きく影響を与えたことを,ここで付記しておく。
→ 話はちょっと変わるが,サントリー学芸賞の【芸術・文学部門】は,チョイスが良いというか,おもしろい研究を取り上げてくれるし,美術史では数少ない受賞が多い学芸賞なので,割と注目している。2005年の宮下規久朗先生,2007年の三浦篤両先生も記憶に新しい。


・県の特産品扱いされてるが県民は普段めったに食わねぇよってモノ(人生VIP職人ブログwww)
→ 愛知県民として答えるのならば,味噌カツもきしめんもひつまぶしもヤマサのちくわもスガキヤのラーメンもよく食べていた。「つけてみそかけてみそ」は常備。ういろうはそういえば食べてなかったが,ああいう甘いものは常食するものでもないだろう。(その意味で,甘味が名産の土地は厳しい気が)
→ まさにそれに当てはまっているのが東京で,都民として答えるならば,地元の特産品なんて確かに食べてない。というか,あれは土産物であって特産品ともまた違うしな……買って帰ると一番評判良いのは「ごまたまご」でした。


・晴れ着、ロリ服、チャイナドレス・・・女の子の着替え実演本 「ころもゆうぎ2」(アキバBlog)
→ 1巻はなぜか,コミティアの会場で作者本人から購入した記憶がある。
→ 今回のチョイスで特異なのは,自衛隊の制服。本文中にも書いているが,よく許可が下りたもんだ。
→ それ以外では和服(晴れ着)とロリータ(甘ロリ),チャイナドレス,ウェディングドレス。イラスト満載で楽しめるので是非是非。

  
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2010年12月22日

2010年自薦記事

今年もいろいろ書いたなぁとは思ったが,良くも悪くも一つの記事に対する気力は増したが,その分更新頻度は随分と下がったもんだと思う。いまや毎日更新は名乗れまい。


1.センター試験に潜む変態
今nixで一番伸びている記事(二番目はいまだにエロゲ名作選という)。正直何の気なしに書いた上に半分他人の褌なので,割となんともいえない気分であるということは,この場で暴露しておきたい。実は,この1つ前のpat様の記事も割とアクセス数の稼ぎ頭だったりするが,あちらはどうも「pat様 センター試験」でぐぐるとうちが割と高いページに登場する模様。


2.ニコニコは本編削除である意味終わってた
これも書いた当初はあんなに伸びるとは全く思ってなかった記事。というよりも,はてブ数だけで言えば↑に次いで第2位というのは,「お前ら本当にニコニコ動画好きだなw」と言わざるをえない。記事本文の内容は自薦できるだけあっていまでも有効なことを言っていると思う。ただし,私はこの記事で単純に現象面だけを語ったのに,あさっての方向へのリアクションが見られたのが大変残念な記事である,とも言わなければならない。「誤解のないように言っておくが、今のニコニコにそんなに不満があるわけではない。」と書いているし,ちょっとブログの他の部分を見てくれれば,私が重度のニコマス民であることは自明であるのに。読解力が無いなら物を言うな,と初めて思った記事でもあり,今読むといらだった自分の追記もあって,やや感慨深い。


3.芸術定義議論の歴史的経緯(1)
一気に時期が飛んだが,間の時期はKanon問題だったり宮崎の口蹄疫だったりで,ろくなことを書いてなかったので仕方が無い。これは伸ばそうと思って書いたもので,実際伸びたので大変嬉しい結果であった。そもそもこれまでブログで美術系の記事を書いて伸びることなど無かったし,この記事を機会に過去記事もいくつか発掘されたことに至っては望外の喜びであった。


4.三国時代の歴史的意義を考える
さして伸びなかったけど,あえて自薦しておく。今年は3〜4年ぶりくらいに,自分の中で三国志イヤーであった。長らく積み本となっていた宮城谷三国志に手を付けられたというのも大きい。しかし,こうして書き出してみると「薄い歴史的意義」と言われがちな三国時代も,十分後世への影響を残しているのではないか。この点については,誰か三国志の識者に聞いてみたいところではある。


5.『東方コミュニティ白書』分析(1)
またしても半ば他人の褌で相撲をとっている記事ではあるが,自分としても力作には違いないので掲載しておく。久々に東方(と儚月抄)についてじっくり考える機会ではあったし,また自分の東方に対する価値観を省察することもできた。『東方コミュニティ白書』への注釈としても,単純に東方コミュニティに対する分析としても,読んでいただければ幸いであるように思う。ネット上で,コミュニティをここまで切ったものはあまりないとそれなりに自負している。


6.地政学シリーズ
打って変わって歴史系の記事。これも伸びるべくして伸びた記事だとは思うのだが,(4)の朝鮮半島史が一番伸びたのが驚きではあった。やはり身近な出来事のほうが関心を集めやすいのだろうか。個人的に一番熱が入っていたのは,(3)のオランダについての考察である。覇権国家の推移はウォーラーステインの近代世界システム論で語られがちだが,実は地政学から語れるのではないだろうか,という問題提起を改めてしておきたい。


7.完成度だけを追う見る専はわがままなのです
伸ばす気はないのに伸びてしまった部類。なので自薦としては微妙なのだが,今年の下半期はボーカロイドの話題を多く取り扱った記憶があるのと,読んでみると確かに自分のボーカロイドに対する価値観がよく現れているなと思うので選出した。なお,シンヴェニアさんのところでしたコメントにつながるので,ボーカロイドに興味のある方はそちらも読んで欲しい。


8.俺たちに翼はない レビュー
エロゲのレビューも一つくらい入れておこうか。しかし,作品そのものよりも背景の説明のほうに,どう見ても力が入っている文章。レビューとしてはどうなのか。でもまあ,PULLTOPの元ネタ探しシリーズといい,こういうのが自分のエロゲレビュワーとしての一つの役割なのではないかなと思う。一つ気をつけていることとして,シナリオ以外の要素にも必ず触れるレビューを書くようにはしている。今回であれば,西又葵の私服センスについて触れられたのは良かった。


9.第171回『アンナ・カレーニナ』トルストイ著,望月哲男訳,光文社古典新訳文庫
意外と反響のあったブックレビュー。この記事で読み始めた人が,自分の知ってる範囲で数人はいる。それだけ影響力を持つというのは嬉しいことだ。これだけ登場人物が生き生きしている小説は珍しいし,だからこそ古典文学の中でも傑作中の傑作扱いされるのであろう。記事中でも触れているが,エロゲプレーヤー,特に瀬戸口好きならば必ず読んでおくべき作品。なるべく新訳で。


10.東方イコノグラフィー 〜萌え絵への美術史学的アプローチ〜
まあ,最後はこれ以外あるまい。まだ書いてからそれほど日が経ってないのであまり言うこともないが,自薦する価値は十分にあると思っている。この場で少しブコメに反応しておくと,実は「判子絵」についての着想はまったく無かった。なるほど確かに,その意味での判子絵批判は無意味だ。しかし,現実としてひどい判子絵になってくると,アトリビュートもかぶって判別不能になるわけで。仏像に関しては,実は日本美術で一番様式史が洗練されているのが仏像なので,東西両方の美術史に通じている人なら「あー同じことやってるんだなー」というのはピンと来るところであります。「ぐぬぬ」に関しても同様だろう,あれはまさにアトリビュートの力。



来年もおもしろものが書ければいいなぁ。
  
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2010年12月21日

非ニコマス定期消化 2010.9月上旬〜10月上旬

9.18事件とエルシャダイの時期……のはずなのだがまだエルシャダイ関連動画が無かった。お祭性が薄いせいかジャンルがバラバラ。




世にも珍しいけいおん×四畳半MAD。意外とおもしろい。



こちらはエヴァ×四畳半。テーマがテーマなだけにあいすぎ。師匠がゲンドウで香織さんがレイというのはうまい配役。



灰原かわいい。なんでもない。しょっぱなからしょうもなかったり意味不明だったりするが,4位から上が半端なさすぎて笑いまくる。予想の斜め上を行く犯行動機すぎて,手がこんでいるのか手抜きなのかさっぱりわからない。うp主のコメントもうまい。



誰もが彼ならやってくれると思い,彼のために道を開け,そして本当に実現された動画。期待に応える木魚さばきである。気の抜けるようなミクの声に気の抜けるような木魚の音が合う謎のコラボ。摩訶不思議である。



見てるとまたやりたくなる動画。全技覚えるまでやったけど,メインで使ってたのは大剣と槍だった。



ノヤさん久々の動画。曲はバンプの某曲のオマージュでセプテットとラクトガール風味。ラフメイカーのオマージュのあの曲のレミリア視点らしい。レミリアの心情を慮るとかっこよさが際立つ。



当たり前のことだけど内容はまともでびびる。しかし客層がわからなくなる動画。むしろ子供は学習して大人は爆笑する,両取りの動画だったりするのだろうか。




絶対無理だの高速船で詰むだの言われていたが,熱いファンに支えられとうとう完結。この間にPさんはいろいろ人間の壁を超えてしまった。本当におめでとうございます。……で,マジでワールドやるんですか?期待しますよ?



ちょっと追いつきすぎてきたので,三ヶ月程度差でやるために,定期消化と言いつつ次は少し間を空けます。
  
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2010年12月14日

中世ヨーロッパの11世紀以前・以後

・Togetter - 「中世に対する3つの誤解」

先日つぶやいたことを早めにまとめておく。

誤解その2「中世とは“暗黒時代”ではない」。これは相当舌足らずになっていると思う。多分このつぶやいた本人は全部わかってるだろうから,以下は説明についての誤りの指摘ではなく,あくまで補足である。


そもそもの問題は,中世という範囲が広すぎるのが原因である。実際4世紀末から15世紀半ばを指して中世とひっくるめるのは,一つの時代イメージとしては強引過ぎるとは思う。古代・中世・近世・近代・現代という時代区分は,近代以降は世界で統一が取れるとしても,それ以前となるとちょっとややこしい。特に近世というのは近代の準備段階に入った地域に現れる時代区分であり,中世から近代へ一足飛びで無理やり入らされる地域もある(要するにそうした地域というのはほぼ例外なく,先行した近代国家による保護国化・植民地化を伴う)。

してみると,中世と近世の区分とは何か,すなわち近代化の準備とは何かを具体的に考えるとき,最も指標にされやすいのが農奴の解放にあると思われる。一方で東アジアで農奴に当たる存在がすぱっといるわけでもなく,日本史や中国史はどこまでが中世で,どこからが近世かという議論は常にある。日本史だと南北朝時代から室町時代にかけて惣が成立し,農村がある程度自治を持ち始めた時点で近世の段階に入ったと見なす人もいれば,もう少し先で戦国・安土桃山時代を近世の入口と見る人もいる(一般的なのは後者)。中国史の場合は北宋の佃戸制成立をそう見るか,明朝の成立を近世の始まりと見るか,だろう。

西欧の場合は基準となっているだけあってわかりやすく,14世紀頃から農奴解放が始まってるので,ここが過渡期だとは割と明確に言える。もっともその後,再版農奴制で再び農奴制が広がった地域もあるが,基本的に封建制が終焉し絶対王政が開始されたという点は間違いが無い。また,コンスタンティヌスのコロヌス土地緊縛令を封建制度の端緒とするなら,4世紀頃から中世が始まったと言わざるをえない。東西ローマの分裂を決定的な起点とするのなら4世紀末である。いずれにせよ,農奴が存在した期間が長すぎた。


それだけ長い中世欧州を「暗黒時代」と一点張りするのは確かに誤りである。11世紀以降が比較的明るい時代なのは,農業技術の発展がその基盤になる。食糧に若干の余裕が出来てからは商工業が発展して都市化が進み,人口余剰から膨張の機運が生まれ,華々しい十字軍が出征したりした。同時に先進したイスラーム世界との交流は,忘れ去られていた古代世界の知識を取り戻させ,ヨーロッパの科学技術を一層進歩させた。これを12世紀ルネサンスという。

12世紀ルネサンスについては以前にその大家である伊東俊太郎先生の著書を読んでいるが,そこで最も興味深かったのは「恋愛」という感情,及びその文学的表現を高く評価する向きも12世紀ルネサンスの成果であり,イスラーム世界から渡ってきたものであるということだ。本書では『ローランの歌』と12世紀の吟遊詩人の詩を引用・比較がされていたが,さて我々が想像する騎士像はどちらだろうか。どうも混在しているような気がする。好きにいいところどりされているとも言える。この点もファンタジー小説を書く人には留意してもらいたい点。シャルルマーニュやアーサー王の時代のイメージで,騎士が真っ当に恋愛してたらちょっとストップ。


話を本題に戻すが,ひっくり返して言えば,『ローランの歌』の頃,つまり8〜9世紀というのはいまだそれだけ無骨で粗野な時代であった。11世紀以前の西欧世界は,播種量に対し収穫量が2粒とかいうギャグみたいな農業で(現代農業は40粒超),にもかかわらず灌漑設備も未整備で休耕地も多く,どうしても耕地面積が増やせなかった。ゆえに人口はほとんど養えず,都市は最大でも2万人程度。同時期のバグダードは80万人,長安は100万人,平安京でさえ推定20万人。近場のコンスタンティノープルでさえも,30〜50万人はいたことを考えれば,いかに当時の西欧が過疎農村地帯か。

商業なんてほとんどあるはずもない。そもそも商人が活動できるだけの余剰農産物が無いし,未開墾の土地ばかりのため国土のほとんどは森林で狼と山賊だらけ(逆にこの豊富な森林が石炭利用が始まるまでの西欧工業を発展させたとも言える)。もちろん,治安は最悪である。巡礼の帰りに山賊に襲われて殉教→列聖された人は多い。識字率も鬼のように低い。活字だの活版印刷だのなんてものはないので書写は肉体労働になり,書物の値段は高い上にキリスト教に関係のないものはすぐに発禁になる。自ら知識の泉を捨て,学問発展の礎を捨て去るという点では疑いなく暗黒時代である。それでも聖職者はラテン語が読めないと聖書を読めないので識字率は高かったが,封建諸侯の多くは文盲であった。まあ一般的な創作でそこまでこだわる必要は無いが,王様や騎士が自分で手紙を読んでいたら,リアル志向であるならばほとんどダウトである(信仰心に篤いって設定があるならまた話は別だけど)。

さらに,中世初期のヨーロッパと言えばゲルマン民族の大移動に始まり,スラヴ民族にマジャール人と多種多様な蛮族が東から押し寄せてくる状況であった。そもそも封建制度自体が,蛮族の侵入に即応できるように整えられた制度であり,蛮族の侵入こそが中世初期の華であるとは言える。ヨーロッパの中世都市が城壁に覆われているのは,もちろんこれら異民族の侵入を防ぐ意味があった。この状況に関しては11世紀以降でもさして変わることはない。城壁を取っ払うことができないから高層建築を建てるしかない→建築技術の進歩で誕生したのがゴシック建築である。森林に覆われたがゆえの童話の多さも連想してもらえると良いだろう(『赤頭巾』等)。うっそうと茂る森林の中に,城壁に囲まれた小都市と,領主の城を中心に広がる開墾地が点在する状況というイメージが,おそらく中世ヨーロッパを通して正しいと思われる。

海路を使おうにも,地中海は「板切れ一枚浮かべることできない」と言われるほどイスラームの海賊が跋扈。北海,バルト海はヴァイキングが内陸まで攻め上ってくる状況。これで貿易に乗り出そうというほうがキチガイである。この状況が変わるのも,やはり10世紀以降でのことだ。地中海ではイタリア商人が活動を始め,北海・バルト海ではヴァイキングの行動が沈静化し始めていた。911年,ノルマンディー公国がフランス王から封建される。1066年,イングランドにノルマンコンクエスト発生。1070年頃,シチリア島にノルマン人進出。ノルマン人がヨーロッパ社会に溶け込み始めた。

と,このようにいろいろ考えると,やはり11世紀以前のヨーロッパが暗黒時代であったのは誇張でもなんでもないことであると思われる。まあ,ファンタジー小説を書く人は,ぜひ11世紀以前か以後か,だけは気をつけてもらいたいかもしれない。と,あんまりファンタジー小説を読まない人が言ってみた。  
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2010年12月13日

K-1GP 2010 決勝戦

今年のK-1はGP開幕戦を見そびれた上に,例の友人がチケットを取らなかったため,3年ぶりのテレビ観戦となった。しかし,現地に見に行けば良かったなと思うほど白熱した試合が多く,大変見ごたえのあるものであった。

それはそれとして,ハコの縮小が大変気になる。去年の横浜アリーナは17000人で大入りだったが,今年は有明コロシアムで12000人弱で大入りであった。谷川が「K-1も厳しい状況」と言っていたが,あんたの場合それは自業自得だろう。バダ・ハリやグーカン・サキががんばってる間は見届けてやろうと思っているのだが,そこまでK-1が持つのかが,どちらかというと心配になってきた。あれだけ隆盛を誇ったPRIDEも(人気がなくなったわけじゃなくて別の事情とはいえ)あっさり消滅したわけで,いろいろ心配である。そもそもK-1の場合,転機は石井館長の脱税で谷川登板→路線変更であったから,尚更。あの路線変更は,今更ではあるがボブ・サップ含めて誰も得してない。

まあ今年のGPに限れば,バダ・ハリとレミー・ボンヤスキー,ルスラン・カラエフと3人のスター選手を欠いていたという事情はある。バダ・ハリは今年2月の暴行事件の容疑が晴れておらず,レミーは網膜剥離で出術は成功したが本人は引退も考えている状況,ルスラン・カラエフは2010年の一年間ずっとコンディション不良でドタキャンが多く谷川ににらまれている。この3人が消えるとすると,来年以降のK-1もちょっと厳しい。


例によって左が勝者,右が敗者。

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2010年12月08日

東方イコノグラフィー 〜萌え絵への美術史学的アプローチ〜

東方projectのキャラ数が非常に多いため,それなりにキャラ付けの特徴的な東方キャラであっても,描き手の稚拙さやパーツの除去によっては,本気で読み手が判別できなくなる場合がある。この現象や,この現象により判別不可能になった絵のことを「誰てめ絵」と呼ぶ。

「誰てめ絵」はなぜ忌避されるのか?それは「その絵は東方キャラであることに価値がある」と見なされているからである。そうでなければ,そもそもキャラを判別せずとも良いのだ。単に美少女の絵として評価されればよい。そうではないということはつまり,東方キャラであるということは,強い付加価値を持つ。無論これは東方に限った話ではなく,全ての萌え絵に関して同じことがいえるだろう。一般にオリジナルよりも二次創作絵のほうが評価されやすいのは,それだけ付加価値が強いためである。オリジナル絵そのものだけで評価されるのは,とても困難なことだ。

では,東方キャラであることになぜそれだけの付加価値が存在するのか。それは東方キャラそれぞれが裏に設定や物語を持っているからであり,我々は単純な美少女絵の裏に設定の持つ意味を暗に読み取っているからである。二次創作の美少女は,単なる美少女絵ではない。


ここでヲタきめぇと思ったかどうかは読者諸氏の自由だが,実のところ「誰てめ絵」問題や,その裏にある属性の読み取り・深読みという現象は,東方だけの話ではない。というよりも萌え絵特有の現象ですらなく,「誰てめ絵」は全ての絵画作品共通の現象である。それはそうであろう。キリストの絵は描かれているのがキリストだからこそクリスチャンの心を打つのであり,「実は単なる髭面のおっさんでキリストじゃありません。あなた方の深読みです」などと作者に言われたら随分と興ざめになるだろう。

とりわけ「誰てめ絵」の問題は,西洋絵画の伝統的な絵画,すなわち歴史画において頻発する。聖書の登場人物やそれぞれの聖人伝を題材として描いたものを主として「歴史画」と呼ぶが,聖人伝なんぞは多種多様であり,かつ似たような話も多いので(大体殉教の仕方程度にしか差が無いため),東方キャラの判別よりもよほどの困難が課せられる。

そこで,西洋美術史学は長い歴史の中で,一つのテクニックを生み出した。それがアトリビュート(持物)の整理である。アトリビュートとは,それを持っていれば確実にその人物(キャラクター)であると判断しうる判断材料のことであり,狭義では持ち物のことを指し,広義ではシチュエーションなども含む。また,アトリビュートを用いて登場人物を特定したり,逆に登場人物からシチュエーションを特定したりする学問のことを図像学(イコノグラフィー)という。

たとえば,拙文で申し訳ないが,レオナルド・ダ・ヴィンチの《受胎告知》はこのようにイコノグラフィーできる。仮に貴方がこの絵について全く知らずに初見だったとしても,美術史学辞典が一冊あれば,主題を「受胎告知」と特定するのは簡単である。なぜなら,青い衣から右の女性を聖母マリアと特定するのは典型的なアトリビュートであるし,左にいる人物には翼があるから天使であることは疑い得ない。マリアに出会ったことのある天使はガブリエルに限定されるから左の人物はガブリエルであり,マリアとガブリエルが出会ったシチュエーションは「受胎告知」以外ありえない……と類推可能だからである。これが図像学という学問と,アトリビュートの威力である。(その他のアトリビュートについても詳しく書いておいたので,該当記事を読んで欲しい)


話を戻すが,要するに我々ヲタクは,無意識的に図像学を用いており,アトリビュートを頭にたたきこんでいるのである。あまり指摘されていないことだが,これは非常に高度な作業であり,驚くほどの独自の進化を遂げている。エロゲの一枚絵をぱっと出されて瞬間的に作品が答えられる人や,一枚の同人絵からそれほど有名ではない作家の名前を当てる人なんかは,プロの美術史家顔負けの能力ではないかと思う。

さて,西洋絵画はその堅苦しさから歴史画が次第に嫌われ,「聖母マリアだからこそ美しい」のではなく「一人の女性として見るからこそ美しい」と,付加価値を否定する方向に進んでいった(自然主義や印象派)。一方,我々ヲタクは一向にオリジナルの価値を認める方向には進んでいかない。もっとも私はそれで良いと思っているし,だからこそ我々はヲタクなのだろうとも思っている。共有される原典と,その原典から生み出される付加価値を信じずして何がヲタクか。「誰てめ絵」を自虐的に茶化した同人誌は何冊も読んできたが(東方界隈によらず),決して恥じるものではないのだ。我々はむしろ,霊夢であるかただの巫女かで価値を大きく分ける判断主体であることを,誇るべきなのである。



以下は単なる付録であり主題ではないが,試しに簡潔に東方キャラのアトリビュートを成文化してみた(途中で力尽きたので紅魔郷のみ)。この作業で困難なのはどこまで簡略化しても判別できるかということであり,たとえばそのキャラが東方キャラと明示されているかどうか,という点でも異なる。たとえば,東方キャラということは明示されている状況ならば,黒髪の巫女は霊夢しかいないので,「黒髪」と「巫女」というアトリビュートだけで十分に判別が可能である。しかしこれが東方キャラであるということさえも判明していない状態の場合,「黒髪」の「巫女」というだけでは霊夢という判断は下せない。つまりアトリビュート=手がかりが足りない。

繰り返しになるが同様の現象は西洋美術でも十分に起こる。聖ゲオルギウスと聖エウスタキウスはともに騎士から聖人になった人物であるため,武者姿の聖人というだけではそのどちらか判別できずしばしば問題になる。ゲオルギウスは竜退治で功をなした人物であり,エウスタキウスは猟をしている間にキリストの姿を幻視したというエピソードが印象的な人物であるから,それぞれの痕跡を描かれた様子からなんとか読み取るという地味な作業になる。もしくは先に描いた画家のほうを特定して,「この画家はゲオルギウスをよく描いているがエウスタキウスを描いたことはほとんど無い。よって今回の作品もゲオルギウスのほうだろう」という特定の方法もある。これも同様の手法が東方の「誰てめ絵」でも使えると思うが,これを行うには無数の同人作家の情報が頭に入っていなければいけないわけで,あまり現実的ではない。

よって,以下の一覧は決して完璧ではない。異論は多いだろうが,むしろ各自作っていただければと思う。ちなみに,自分がこんなことせずとも,実はwikipedia,ニコニコ大百科,ピクペディアのそれぞれの項目には各キャラのアトリビュート一覧があったりする。その性質上,ピクペディアが一番詳しい。
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2010年12月06日

ドラクエの地名ネーミングは良い

・静岡県浜松市が長野県飯田市に勝利! 2年ぶりに“領土”を取り戻す(Yahoo!ニュース)
→ こういう馬鹿馬鹿しいイベントは大好き。
→ 遠州軍(浜松市)・信州軍(飯田市)の争いで行司が三河軍(豊橋市)というのはとても三遠南信ですなぁ。
→ 行政上の区分が移動するわけではないらしいのだけど,1mおきなら,どうせなら実際に移動させればいいのに。


・消えた正倉院宝物、1250年ぶりに確認 X線調査で(朝日新聞)
→ 既に発見されていたのではあるが,正体がわからないまま修復しようとしたら,実は1250年前に行方不明扱いになっていた宝物だったことが判明した,という流れ。
→ 「陽寳劔(剣)」「陰寳劔(剣)」という名前のせいで邪気眼扱いするコメントも多いが,むしろ古代だからこそこういう素朴な名前しかつけられなかったんじゃないかと,私は逆方向の感想を抱いた。いずれにせよ,丙子椒林剣や七星剣のネーミングセンスに比べると素朴である。
→ しかし,あまりにもさび付いている。これは修復がきくのか?錆をとったら消滅しそうだし……


・ドラクエで一番カッコイイ町の名前(VIPPERな俺)
→ 確かにドラクエは地名のネーミングセンスが抜群に良い。
→ ある程度現実の固有名詞に則しているから,というのはあると思う。イシスやアッサラーム,ロマリアはまんまもまんまなわけで。シエーナに至っては実在する。シャンパーニは一文字抜いただけ。
→ まんまという点では実在の言葉(英語)を使っているというのも意外と多い。メモリアリーフ,オラクルベリー,ポートセルミ,フィッシュベルetc。カボチャから一文字抜いただけという意味ではカボチもこの類。
→ さらにそうでなくとも語感でなんとなくイメージに結びつくというのがすごい。やはりラダトームやアッテムト,スタンシアラetc。現実にあっても驚かない地名の数々。


・ジオンが負け、地球連邦軍が勝った理由について語るスレ
→ 序盤革新的なハードユニットの活用と電撃戦で勝利→戦争の終点を定めずむやみに戦線拡大→技術でキャッチアップされ物量差でジリ貧→包囲網が狭まり無条件降伏。どこぞの史実と同じ。
→ 他の方のブコメにもあったが,ジオンの元ネタはどう考えてもナチスドイツですわな。優生学思想も含め。
→ あとはスレに出てる通り,「ジオンが一年戦争で勝利するのはルウムでレビル捕獲した時以外無かったはず。」ってくらいですか。
→ 「ガンダムの設定って殆ど後付けだよね?」その通りだけどそういうこと言っちゃらめぇ。


・Togetter - 「村上隆@takashipom氏は語る;「弱者面して傷をなめあう連中に、芸術家は務まらないぞ!」」
→ もうこいつにかかわらないようにしようと思ってたけど,あんまりにあんまりなので一つだけ。
→ 何が「日本の芸術の最高のシーズンは桃山時代と言うけれど、その影には戦争がへばりついている。千利休にも戦争。水木しげるにも戦争。」だよ馬鹿じゃねーの。
→ 1点目。ある種の社会的混乱が特異な文化を生み出すことは否定しないけど,文化的に外に開いていることと社会が混乱していることは別問題で同じ次元で語ってよいものではない。
→ 2点目。日本絵画史で最も豊穣な時代は江戸時代後半なわけですが,この点についてはどう説明してくれるんですかねぇ。
→ 3点目。2点目にも引っかかるけど,そもそも芸術の歴史というのは様々な要素がありつつ独自の進化を遂げていくものであり,その価値は線的でもなければ一つの社会要素のみで理由を語れるものでもない。
→ 正直怒り心頭ですよ。どうせ「これで宜しいですかぁ?」なんだろうけど。下品すぎる。石原慎太郎,猪瀬直樹と仲が良いのもよくわかる。  
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2010年12月05日

第174回『バタイユ 消尽』湯浅博雄著,講談社学術文庫

著者がバタイユの思想を整理しながら,様々な概念について思索する本。こうした哲学書にはありがちなことだが,筆者の思考なのかバタイユの解説なのか,筆が乗りすぎてて判然としない部分が多々あるが,一応バタイユの思想の解説本ということでいいのだろう。

大雑把に本書の思考範囲を紹介する。序章はバタイユの人生・経歴を改めて確認している。そして非知や否定神学,有用性,禁止と侵犯など基礎的な概念を並べている。内的経験とは時間から解き放たれて自分を見つめなおすことだ。その無我の境地では,動物性も神秘体験も同様である。案の定サルトルからは非難されていたらしい。そりゃ理性尊重主義で実存主義のサルトルと,非合理主義で非実存主義のバタイユじゃ対極だろう。内的経験が達成するのは忘我であり,主体の外のことだ。バタイユはさらに共同体について思考を進め,王権とファシズムの関連について考える。ファシズムとはまがい物の王権なのだ。民族は「想像の共同体」である見なしたのは社会学であったが,バタイユから見ても民族とは宗教と同様であり,強引な同質性の保存であった。

第一章は動物性と人間性について論じている。人類は死の概念を発見し,生と死の区別をつけ,限られた生を活かすために有用性の概念を生み出した。聖なるものと俗なるものの違いが生まれた瞬間である。だからこそ動物性とは聖なるものの片方なのだ。ネアンデルタール人は埋葬し,クロマニヨン人はラスコーに狩猟の壁画を描いた。有用性とは正反対の方向にある宗教と芸術の誕生であり,聖なるものの発露である。ハイデガーのいうDaseinもバタイユに言わせれば,その最も本質的な有り様は単なる「死に向かっていく存在」でしかない。

第二章は俗なるものについての考察である。理性は直接的な行動を制止し,道具を製作するという回り道を通ったほうが結果的に有用であるということを明らかにした。そうして主体と外界を明確に区別し(対象化ともいえる),道具化し,自らを死から遠ざけるための行動,理性のつかさどる行動。これが俗なるものの世界である。農耕も牧畜もこうして生まれた。してみると,冠婚葬祭を司る宗教家が集団において特権的な地位を得,原始的な社会では政治も司っていたのは自然なことである。剰余を搾取することは,聖なるものの領域であるからだ。

第三章は続けざまに聖なるものとその宗教性,エロティシズムについて論じる。性のタブー化,特に近親相姦のタブー化も生と死に大きくかかわることを考えれば不思議ではない。聖なるものの反対は俗なるものではなく呪われたものであり,それは聖なるものの対極でありながら,俗なるものとの対比では聖なるもののの側にいる。人間には侵犯を超える欲望があり,とりわけ「性」という特殊な領域においてその欲望が発揮された場合,これをエロティシズムと呼ぶ。生殖は生産だが,エロティシズムは非生産的であり,聖なるものの領域にいる。生殖器官と排泄機関が(物理的な意味で)近いことは,バタイユはアウグスティヌスを引きつつ語ったこともあれば,自らの小説『眼球譚』で表したところでもある。しかしそこに羞恥心を抱くのは文化的な嫌悪である。

第四章はさらに祝祭と供儀について述べる。祝祭の乱痴気騒ぎは,それそのものが宗教性を帯びる。第五章はその宗教さえも制度化されたものに変わっていく様子を叙述する。第六章はその一例としてキリスト教を挙げ,キリストはイエス自身による供儀であったところから急速に制度化していったことを示し,バタイユの否定神学について考察する。第七章はいよいよ宗教とは別の聖なるものである,芸術・文学について論じる。第八章で再び共同体への問いかけを行い,終わる。最後に略年表と主要文献解題,キーワード解説。


あくまでバタイユに関心があれば,という本。


バタイユ (学術文庫)バタイユ (学術文庫)
著者:湯浅 博雄
講談社(2006-05-11)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る
  
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2010年12月04日

日展2010

とストレートなタイトルを付けてはみたが,実のところそうまじめに鑑賞してきたわけではない。知人の友人という,つまりは完全なる赤の他人が彫刻で出品したということで無料招待券が回ってきたので,だったら見に行かねば失礼になるだろうというのが行った事情である。しかし,出品者リストが(あまりにも膨大であるせいか入場料が安すぎるせいか)無料で配られていなかったのはいただけない。リストを手に入れるには実質的に図録を買うしかなく,そこまでの義理も無かったので結局出品者リストの無いまま鑑賞する羽目になってしまった。集客する意志があるのか問いたいところである。入場料を上げてでもここは整備するべきであろう。(いかにHP上で全部見えると言ってもね……)以下,大雑把な感想。


洋画部門
意外とぶっ飛んでる作品が少なく,特選に入っているのもこう言ってはなんだが「普通」である。もちろん私の趣味には比較的近いので悪くは無かったが,それはそれで日展としての意義があるのかは疑問であり,単純に喜んで良いのかなんとも言えない気分にはなった。そりゃアンデパンダンな人たちは重視しなくなるだろう,某M上さんとか。

作品全体を見渡すと,自然主義以降はキュビスム以外一通り西洋美術史が辿れるような感じで多種多様である。風景画と人物画がやはり多く,静物画は滅びかけな印象。もちろん抽象表現もあったが前述の通り少数派である。抽象にすら入らないものは同様に滅びかけでほとんど見ない。人物画は女性のものが多く,裸婦なら画家は男性,着衣なら画家は女性と非常にくっきりと分かれていた。こう言ってはなんだが女性による女性画のほうが惹かれるものがあり,理由を考えると自分がこの場にいてはいけないような気分もしてきたの思考停止。内閣総理大臣賞も女性像だがこれは男性のものでも着衣であり,気品のある女性である。受賞も納得できる。どうでもいいことを言うと,タイトルで中二病を発揮するのはかまわないが大概の場合外してるだけでわかりづらいのでやめてほしい。内閣総理大臣賞の「L’allure」からしてわからないが,これは訳せば納得できるだけマシである(フランス語で"魅惑")。


日本画部門
洋画と区別がつかない。顔料が違うだけじゃないのか。この際技法で区別をつけるべきではないのか。その意味では見るところが洋画部門に比べて少ない。権威主義というわけではないが,こちらもやはり内閣総理大臣賞の樹の絵だけは良かったと言える。目新しいものがあるわけではないが,非常に雰囲気の出ている作品であった。その他の作品はなんというか,洋画に比べてむしろ前衛的ではあった,とだけ言っておこう。

彫刻部門
裸婦多すぎ。途中で見飽きたし区別もつかなんだ。絵画に比べて見分けづらいのだから,そこは余計に気を使うべきところであろう,という不平を最初に述べておく。受賞作も今ひとつ基準が不明で述べるところが何も無い。知人の友人の作品も裸婦であった。ノーコメントで。

工芸部門
多種多様で一番見ごたえがあった部門。陶磁器,七宝焼,漆器,金属工芸,染物etc。日本画と同様無駄に前衛的なのが多かったが,元が工芸であるがゆえかまだわかりやすかった。一番謎が多かったのが金属工芸で,せめてタイトルのほうはわかりやすくつけてほしい。逆にわかりやすいものが多く好感が持てたのは染物と漆器である。漆器も「道具」の縛りから離れるとこれだけ表現の幅が広がるものなんだな,とは思ったが,それはそれとして絵画の模倣にも見え,独自性を出すというのはなかなか難しい。



最初から理解することをはなからあきらめている部門。え,これは満州文字かウイグル文字あたりですか?とかそういう感じ。入選作の一つにガチで金文体を使っているものがあり,いっそのこと清清しいなと思った。それはありだと思う(それ以外にも篆書や隷書も見た)。字を崩すことによってうまれる墨のつながりや空白の美しさはそれなりに理解はしているつもりだが,ここまできてるならいっそ逆に顔真卿ばりの楷書で書くとか,むしろ明朝体で書いてみるとか,そっちのほうが目立つんじゃないの?と素人なりに思ったのだが,専門家的にはどうなのだろう。


とまあそんな感じ。肩肘張らずに「俺ならこれ大賞にするね」とか考えながらみると良い感じに時間はつぶれると思う。300円で楽しめると考えればむしろ普通の展覧会よりも費用対効果はあるかもしれない(だがそれでも100円上げて出品者リストを作るべきだと改めて書いておく)。
  
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2010年12月03日

5年ぶりのゴッホ展

サン=レミ療養院の庭新国立美術館のゴッホ展に行ってきた。なお,ついでに日展にも行ってきたのでそちらについては明日の更新をお待ちいただきたい。

ゴッホ展といえばこのブログを始めて間もない頃に開催されており,あの時の展覧会の規模はすさまじく,いまだに割と鮮明に覚えている作品が多い。それに比べると5年のときを経て開催された今回のものはやや見劣りがしたため,やや行くのを躊躇していたのは確かである。それでも自分がゴッホを好きなのは裏切れず,日展を見に行くという用事も重なったことで,結局見に行くことになった。今回の展覧会のサブタイトル=テーマは「こうして私はゴッホになった」であり,ゴッホの修行過程を追うというものであったそうしてゴッホ本人の作品展示数を減らそうという見え透いた手段ではあるのだが,この際そこにつっこむのは野暮ったい気もするし,実際勉強になったので文句は言えない(ただし,事実120点のうち半分は他の画家のもの)。

ゴッホの生誕はベルギーに比較的近いオランダの地方だが,彼はそこで職を転々とした後牧師を志し,しかし宗教心の高さから誰もついてこなくなり挫折。1880年に27歳から画家に転向した。そこから死まではわずか10年という短さである。そこから前半の3年ほどが修行期間でそれもほとんど独学,つまり実質的に画家として活動しえたのはわずか6年ほどということになる。なんという濃い人生であろう。オランダ在住当時には,ゴッホは単なる自然主義の画家であった。修行時代のゴッホにはミレーやドービニの影響が色濃く,後に《種まく人》にこだわり田園風景を好んだことを踏まえるにこの絵画への原体験は最後まで影響したと言える。色彩としては,熱心にドラクロワを研究していた。これも激しい色彩の動きにつながる。

そこからベルギーとロンドンを経由しつつパリに到着した。おおよそ1886年とである。そこで今度は印象派と浮世絵の強い影響を受ける。実際にモネやシスレーとは交流があったらしい。この時期の大きな変化は筆触分割の受容と明るい色彩,平面的な構成である。が,しかしまだ普通の印象派であり,我々のよく知るゴッホではない。筆触分割は本当にただの筆触分割であり,彼が後に見せるような厚塗り(物理的な意味で)ではない。ただし,この時期から次第に完成期に向かったのは確かであり,今回の目玉である有名な《自画像》(と言ってもゴッホの自画像はいくつか有名だが)もパリの頃に描かれたものである。

そして彼は1888年,南仏のアルルに旅立つ。より明るい色彩を求めてのことであり,実際彼はいたくこの土地を気に入った。しかし,有名なゴーギャンとの共同生活,そして破綻へとつながり,1889年2月からはサン=レミの精神病の病棟へ収容される。そして,我々の見慣れたゴッホらしいゴッホの絵が次第に出現するのはこの時期である。補色関係をうまく用いたコントラストの強い画面。うねるような筆触,そして分厚い重ね塗り。このたどり着いた境地を見ると,ああこの人は天才だったんだなぁと素直に思わせられる。

サン=レミの病棟では治療のため病棟から出られず,気の狂ったように窓から見える(今回の画像はまさに《サン=レミ療養院の庭》だが,やはり画像ではこの絵の狂気は表現できていない)。というよりもこの時期の作品はまさに狂っている。そして,私はこの時期の狂気を感じるゴッホの風景画はとても好きだ。ニーチェを読むと「年がら年中こんなこと考えてたらそりゃ狂うわ」という感想を持つのと同様に,ゴッホを見ると人間の狂気とは何か深く考え込んでしまう。それは鋭くなりすぎることなのだろうか。彼は最後にサン=レミの病院を退院し,パリ近郊のオーヴェール=シュル=オワーズに落ち着く。ここでも狂ったように作品を描いたが,弟テオに経済を主とした様々な負担をかけていることが最後の引き金を引き(まさに引き金である!),ピストル自殺を図りそれが原因で死ぬ。1890年のことである。こうしてゴッホは画家としての人生を終えたと同時に,伝説となって生き続けた。

まあ有名な作品は少なく,前述のようにゴッホ作品もそう多くなかったという点では残念だが,逆にそれでも魅せるにはどうしたらいいかという工夫は十分になされていた展覧会ではあった。ゴッホ展の割りにはそう混んでいるわけでもないので,お勧めかもしれない。
  
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2010年12月02日

毎年見よう

5a3bb422三井記念美術館の円山応挙展に行ってきた。目当てはもちろん《雪松図屏風》であるが,これは以前に一度見ている。しかし,もう一度見たくなるような魅力を持った作品であることは言うまでもない。

円山応挙は多種多様な描き方のできる画家である。画法の研究者でもあり,身近なところでは狩野探幽に近い。狩野派的な描き方もできれば琳派に似せることもでき,西洋的な遠近法も試すかと思えば漢画に特有な三遠法で描くこともある。様々な技法を収得しているからこそ,描きたいものに最もふさわしい型でえがくことができる。しかし器用貧乏になることなく,そうして完成されていったのが,写実的ながらもあえて言えばロマン派的なダイナミックさを持つものが,やはり応挙らしい画風といえよう。

今回の展覧会では作品数こそそれほど多くないものの,画風の確立に至るまでの様々な様式に触れている様子がわかるよう,別の観点から言えば江戸絵画史をたどることができるような作品構成になっており,目が飽きることは無い。ただし,個人的な趣味から言えば《波濤図》(重要文化財)はあまり好きではない。あれは枯れてもない応挙が無理やり枯れたように描いた結果,ああなってしまったのではないかと思われる。(その点では長谷川等伯との比較がおもしろい。等伯も器用な画家で漢画から金碧障壁画まで当時流行の画風は一通り描けたが,老いると一辺倒に水墨画しか描かなくなった。なんでも描けながら「枯れず」,むしろ円熟味だけが増していった応挙と対照的である。)

他では,わざわざ大乗寺から持ってきた超大作《松に孔雀図襖》(同様に重文)が目を惹いた。その空間構成も色彩も,部屋一面を囲む襖全面を意識した効果も,どれを考えても抜群の出来である。しかし,やはり至高の作品は《雪松図屏風》であると言わざるをえない。ここには応挙の学んできた画風の全てが現れている。黄金の大気に浮かぶ二本の松の樹はまさに濃絵であり,しかし松は写実的で,視線の動きを明確に意識した構図は計算されつくしている。前回も書いたが,やはり金と墨しか使っていないとは思えず,紙の地の白はどう考えても浮き出ている。なんという神々しさか。


大変満足して美術館を出て,気分よく次の美術館に行こうと自転車にまたがったはいいが,「最寄の駅は同じ東京駅だろ」と向かった出光美術館は案外と遠く,15分くらいかかり,その上月曜休館日だった(そりゃそうだ,火曜休館だった応挙展のほうがおかしい)。非常にうなだれつつどうせだから,と皇居近くの喫茶店で読書しながらぼけーっとしていていたらいつの間にか15時半を回っており,今度は相撲のために急いで自転車をこぐ羽目になり,挙句本郷通りの途中,淡路町から御茶ノ水への坂道で力尽きて結局間に合わなかったという落ちまでついた。なんとも締まらない一日。
  
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2010年12月01日

非ニコマス定期消化 2010.8月上旬〜9月上旬

第5回MMD杯の時期。



懐かしいネタを新技術でリヴァイヴァル。素晴らしい。MMDだからこそ出来る幅の広いニコニコオールスター。おまいGONZO!



発想の勝利。AAを再現しようと思ったことも,MMDでやろうとしたことも。完成度の高さは言うまでも無い。でもネタが古いと思う,流石兄弟とか。正直全部わかったらおっs(ry



同じMMD杯でもこちらは話のおもしろさで勝負。これはひどい。




通称パンダチーズ。ここ三ヶ月くらいで一番爆笑した動画。エジプトで販売されているチーズのCMらしいのだが,何を考えてこんなCMになったのか,まったく分からない。最初に伸びたのは別の動画だが,こちらが完全版である。それほどMADにならなかったのが惜しい。そんなに使いづらい素材でもないと思うのだが。



数少ない名作MAD。BGMのチョイスが絶妙。




よくある研修系のくだらない動画のセンスをすばらしく踏襲している。出所不明だが,コメントを見る限り早稲田らしい。確かにそういうセンスではある。



今更マイリス。某人の勧めで見た。確かにすごい世界観。連作で見たほうが良いかも。だったら終わりの動画貼るなよって話ではあるけど。



最初見たときの衝撃は異常。古きよき音MADの香りを残しつつどこか新しい。

  
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