2011年05月31日

僕の愛したエロゲーたち(性的な意味で

抜きゲーランキングに投票したものと,それ以外の候補までは残ったものや,ランキングに上がっていて言及したいものでも羅列しておこうかと思った。あまりひとつの作品に命をかけることはなく,10回くらい使ったらほいほい乗り換えていく人なので,一つ一つの作品の回数は伸びない。4位以下は非常に団子状態だと思ってくれればかまわない。


・Tick!Tack! 35回
多分,自分以外誰も投票していないであろう作品。ストーリーはぶん投げだが基本的にネリネのFDであり,ネリネと二人きりの空間と作りつつ,親子丼のシーンを挿入しようとしたら,こういうシナリオにしかならなかった,のだと思われる。そのかいあって,特定のキャラといちゃつくことに関しては比類のない出来。Hシーン数もそれなりに多い。ネリネはどの形態でもかわいいよ!これに対し放送で入ったコメントが「キャラ萌えは全てを解決する」とかなんかそんなのだったと思うが,まさにその通りだと思うます。

抜きゲーに直接関係ないので書かなかったけど,本作と次回作の『Really? Really!』のあごバリア先生はギャグ方面に覚醒しているので(特にリアリア),そっち方面でもやる意味がある。本体『SHUFFLE!』が一番つまらないというね。つまらないというか投げっぱなしで,いかにも時間のない中作りました感が。確か,あごバリアはこれが処女作な上に,シナリオライターとしてはほぼ無経験だったはず。よく成長したもんだ。


・EXTRAVAGANZA 35回
これはそれなりに票が入ってるんじゃないかなーとか(入ってませんでしたー!)。Hシーン数は70over。そのうち真っ当に「使える」のはいくつやら……と言われがちだが,触手好きで陵辱好きなら十分に嗜好を満たせるのではないかと思う。これで自分にリョナ属性があれば全シーン行けたのかもしれないが残念ながら(笑)なかった。
このシチュエーションのバリエーションは悪魔的。考えたのは和泉万夜なのか,上田メタヲなのか。言うまでもなく,シナリオゲーとしも秀逸な出来なので,未プレイの方は是非。

まー,無理だったのは肉体もぎるやつとかスカトロの濃いやつとか,あと食欲が失せそうな陵辱シーンとかね。変にギャグめいてないので,「シリアスな笑い」でもないという。


・3Dカスタム少女 25回
既存のパーツだけでもかわいいキャラは作れるし,事実長女・次女・三女と3人くらい作ったし,彼女らともかなり親しくさせてもらってはいる。 だがしかし,なんだかんだ言っても,東方キャラとやれるというのは東方厨にとって一つの夢でした。 自分で作れずとも職人がたくさんいるのでほぼ全キャラ揃うのが素晴らしい。 と言いつつ,大体使うのは紅魔郷のキャラなのだけれど。 あとは声のバリエーションがつけば,このゲーム完璧だったかなぁ。

紅魔郷以外だと,幽々子とか紫とかが割と。出来自体が良いと言おうか,基本的に3Dカスタム少女の素体はBBA向け(ry。


ここから投票してないもの。それぞれネタバレはほとんどしてないはず。

・水月
数としてはおそらく4番目。僕は那波派です。雪さんも悪くはないけど,那波の女神的魅力には勝てない。ある意味「昼は母,夜は娼婦」を象徴しているキャラではないかと。いや,彼女夕方でも発情してますけど。それ以外のキャラだとアリス・マリアの二人だろうか。雪さんと花梨はまあそこそこ。あ,すいません。メガネは趣味じゃありませんでした。鈴蘭は正直たたなかった。無理無理。そんな自分に安心していいのかどうか。

・顔のない月
鈴菜はかわいいよ,という話をするとtwitter上の相互フォロワー二人が食いついてくるわけですが。逆に言って,個人的には鈴菜以外愛でられるキャラがいなかったゲーム。前にも言ったけど(ネタバレ注意)浩一が巨大な蛇になって館を支配し,日々鈴菜を愛でるエンドが一番好きだ。非常に短いが,シチュエーションだけ考えればあのエンディングの一枚絵が一番抜けると思う。カーネリアンの絵は,割と趣味にあっていて,『ヤミ帽』はともかく,『きると』もけっこうがんばれた覚えがある。

・夜明け前より瑠璃色な
べっかんこうの絵は作品ごとにちょっとずつ変遷していて,実は一番整っているのは『明け瑠璃』無印の頃なんじゃないかと思っている。自分の嫁としてはリースなんだが,この子はHシーンが1つしかないのが至極残念である。その代わり,ドロワーズ脱がすシーンがあったのは大変良かったと,趣味丸出しのコメントを残しておく。ランキングのコメントでもあったが,義妹の麻衣がエロ過ぎてやばい。オーガスト史上最もエロいキャラは,この子だろう。シーン数も多く,MC(ファンディスク)でも優遇されていた。このような刺客が登場して,メインヒロインから一番人気を奪っていくのはオーガストによくありがちなことではあるのだが,『明け瑠璃』ではフィーナが一番人気を死守ししている。フィーナじゃなければ危なかった。『フォアテリ』もけっこう使えた。瑛里華好きなので。

・彼女たちの流儀
でまあ,ドロワーズといえばこの作品外せませんよね,と。数が意外と伸びなかった原因はやはり,吸血鬼姉妹以外は使えないという。涼月は無論好きなんだけど,彼女はそういう対象ではない。朱音か鳥羽莉かと言われれば難しいが,朱音のほうが好きだったりもする。この間twitterでもつぶやいたが,本作はみやま零の同人誌でのみ明かされた膨大な裏設定が存在し,それらは制作期間の限界からばっさり切り落とされたので,主にせせりルートがひどいことになった。いいからさっさとリメイクするんだ,全力で買うぜ,と内心思ってはいるのだが,まあ出ることは無いであろう。

・わんことくらそう
設定がド外道ですからね,これ。それに乗れるかどうか。ロリキャラが多く,絵もロリっぽいのがそれに拍車をかける。プレーも変態的なのが多い。これを作った人がなのはを作り,そしてDOG DAYSを作ってるかと思うと,納得出来る人もいればそうでない人もいるのではないか。あ,もちろん一番かわいがったのはシルヴィでした。

・はぴねす!
路線としては,この中だと『SHUFFLE!』と『明け瑠璃』の中間くらいに位置しているのかなぁ。作品としては『カンパネラ』のほうが好きなのだが,気づけばあまり使ってない。あっちはなんというか,定住したくなるもので,あくまでレスターハーレムを楽しむ物という気はする。さて,本作は嫌いなキャラがいないというのが大きな魅力で,これは『カンパネラ』にも共通する。

・借金姉妹
「2」とか認めません。私ドSですから。これはみっちりレビュー書いてるのでそちらで。

・魔女の贖罪
アリスソフトでやったのはこれ以外だと『エスカレイヤー』だけ。攻略が作業過ぎて面倒くさくはあったが,嗜虐心を煽るヒロインで,その点はなかなか良かった。ストーリーをほとんど覚えていないので書くことがあまりない。

  

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2011年05月29日

非ニコマス定期消化 2011.2月中旬〜3月中旬

アイマス2発売により,非ニコマスは正直あまり見ていなかった時期。あとまどマギの時期。




複数人いるサガフロ1TASプレイヤーのうち「死にたい」の人。ほとんどストーリーをまっすぐ進んでいくのでラスボスどうするんだと思ったらなんとかなっていたのはTASクオリティというよりはサガクオリティ。これでニコニコにないTAS動画はとうとうレッドだけの模様。



別に大した話じゃないのだけれど,「最後にチキンカツ」って俺らの世代なら有名なネタだよね?ね?皆やまだかつてないテレビ見てたんだろ,見てたと言ってくれ。



なんでもスターウォーズにすればかっこよく見えてしまう法則。



何回目だよ!もはやスーパーマリオワールド並に更新される桃鉄DX。ただし今回は敏腕秘書の能力の一つ子会社設立は封印。




ここからまどマギMAD。まだ放映開始してあまり経ってないのにこれだけネタがそろった奇跡。だが10話以降,二次創作界隈ではむしろほむほむが変態化しているので,その意味では貴重なMADとも言える。



これがやりたかっただけだろシリーズ。あまりのジャストっぷりにそう言う気力も起きない。



とても感動したアレンジ。最終回はこれをバックにワルプル戦でいいよと思っていたがそもそも最終回はそういう展開じゃなかった。  
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2011年05月25日

技能審査場所(笑)

どう考えても実質的な本場所なわけで,無きに等しき懸賞と全部断った表彰は,外部へのアピール以外に何か意味があったのか大変疑問であった。まあそこをぼやくことはやめておくが,むしろ今回大きかったのは「本場所ではない」という謎の理由でNHKが放映せず,ニコニコ生放送が代理で放映されたという点だ。無論,goo大相撲では解説付きで流れていたのだが,録画できない点と,私がニコ厨・実況者である点から,ニコ生で見る以外の選択肢は存在しなかった。言うまでもないが,楽しかった。やはり実況は格別である。

相撲内容としては,良い日と悪い日の差が激しかった。内容や待ったは割と連鎖するものではあるが,今場所は尚更激しかったような気がする。これが八百長防止策と何か関連があるようには全く思えないのだが,しいて言えば,いつもより緊張感をもってやってくれたのかなと思う。八百長防止策といえば,千秋楽7−7の力士の勝率が五分五分だった。いや……あからさますぎるだろ……いかに「今まで八百長があった」ということを認めてしまっているとはいえ,これでは「先場所まではやってました」と明言してしまったようなものでは。じゃあどうしろと?と言われると自分も言えることが何も無いわけだが,まあおもしろい結果ではあった。あとはまあ,星の崩れ方が激しく,やはりやりとりがないと,より「勢い」が明確に出てしまうんだなと思った。互助会はポジティブな見方をすれば,そういった星の差をマイルドにしているのかもしれない。


各力士個別評。白鵬は強いには強かったが,日馬富士と魁皇に負けるなどやや気が抜けていたように見えた。負けた二番以外は万全も万全ではあるのだが,実力差がありすぎただけで,やはり動きに機敏さがやや欠けていたと思う。実は稀勢の里戦,把瑠都戦は危うかった。ひとまずは7連覇おめでとうと言っておくが,8つ目は今のままなら厳しいかもしれない。まあ問題は対抗馬が今ひとついないので,なんだかんだ言っても気が抜けたまま達成してしまいそうな感じもすることだ。

大関陣。まず把瑠都。三日目豪栄道に負けて「遊び場だからね」と言ってしまったせいで,協会からは怒られ,ニコ生では「遊び場」というあだ名をつけられ,挙句勝てば「遊んだ」負ければ「遊ばれた」など散々なコメントをつけられ私の腹筋にダメージを与えてくれたが,「遊び場」発言以後むしろ調子がよく,いい意味で肩の力が抜けていたのではないかと思う。栃ノ心と琴奨菊に負けたのはともに素。腋が甘かった。攻撃力は十分なので,防御面を磨いて欲しいところである。日馬富士は把瑠都と逆に,前半は膝が痛く簡単に崩れるが,後半強敵相手に取り返すいつものパターン。特にコメントするところはない。しいて言えば,日馬富士も攻撃力は十分なので膝なんとかしろ。魁皇?千秋楽がんばったね,以上。琴欧洲に至っては本当に何も言うことがない。

関脇,珍しいことに両者勝ち越し。琴奨菊は来場所13勝で大関取りだが,まあ無理だろう。本当に目指すのであれば今場所10勝では駄目だった。まあ負けた5人を見ると負けるべくして負けた感があるので,あまり言わないことにしておく。稀勢の里は……うん,まあ勝ち越すのにせいいっぱいだったよね。腰が再び落ち着きない。むしろ実は鶴竜が二場所連続小結で勝ち越し,合計20勝(8+12)で,来場所次第では再来場所が大関取りの場所になり,琴奨菊と稀勢の里次第では小結からジャンピング昇進という異例の事態が見られるかもしれない。正直,来場所の琴奨菊よりも再来場所の鶴竜に期待したほうがいい。ただし,鶴竜は変化が多いので,協会や横審の印象は良くない。最後に唯一負け越した豊ノ島。野球賭博からの復活14勝は完全にフロックでしたね。そんな気はしてた。去年の九州場所直後に「年も年だし大関取りは無理」って予言してた俺を誰か褒めてくれ。

前頭上位。豪栄道は11勝だが,前からそれくらいの実力はあった。本番は小結に上がる来場所。豊真将と栃煌山は,もうこう言っても許されるだろう,エレベーター乙。北太樹は実力不足,取り口はおもしろいのだけど軽い脆い。安美錦は可も不可もない実力通りの7−8。今場所の7−8は勝ち越しも同然だろう,番付的には。隠岐の海は3大関を倒しているのに負け越し,調子は悪くなかったし実力も相応だったのだが,初日からの謎の三連敗が響いた。来場所に期待。三役は無理でもここらには定着しそうだ。阿覧は髷つかむな。栃ノ心は12勝したことよりも把瑠都に勝ったことのほうが重要。あの一番は非常に良かった。把瑠都が首投げに行くとすぐに投げを打ったのは好判断である。

前頭中盤&下位。嘉風は相変わらず撹乱型で,見ていておもしろい。でもあれは今ひとつ上位陣には通用しない戦法なのが辛いところである。業師にジョブチェンジするしかないが,別に技が豊富なわけではないのでそれも厳しい。旭天鵬衰えず。ある意味魁皇よりもすごい。土佐豊は10勝している割に印象がない。若荒雄は調子が良さそうだった割に勝てなかった。そして声援のおばちゃんが目立った。時天空は待ったが多すぎて萎えた。まあ相手の問題もあるにせよ,切れてはダメである。最後に魁聖。新入幕からの9連勝は見事と言うほかない。パワーは十分で技術もないわけではなく,強いはずである。十両でちらほら見てたときはこんなに強かったかなーという記憶しかないのだが,幕内に入って心機一転したか。後半は強敵とあてられ星を落としたが,そのままの星ならもう2番ほど伸びていただろう。次は中盤でどれだけ取れるか。


以下,今場所強制的に引退させられた人たちについて,軽く。
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2011年05月22日

島耕作雑感(後編)

前編から。部長編のラストは,実はかなり重要である。というのも,島耕作はここで「派閥争いに巻き込まれない一匹狼」というポジションを捨てる。というよりも「無派閥という名の派閥」に自分が属していることに気づいてしまい,であるならば堂々と派閥争いに加わろうと意識を変える。結果として故・中沢から続く万亀会長,勝木副社長・郡山専務,八木取締役,そして島耕作取締役という,結果的に以後初芝の本流を占める巨大派閥が誕生した。島が派閥に参加した結果として,課長編後半から部長編のストーリーの大部分を担った派閥争いは,本筋から消滅していく。これは,ストーリー展開としておもしろいと思う。

ではどの方向に舵を切ったかといえば,これが10人に聞いて8人が「島耕作がつまらなくなった」と返事をする理由であろう,リアルタイムで日本でおきている事件とのシンクロであり,それらを島耕作が暗躍して解決していくストーリーに,取締役編以降は転換していった。ただし,取締役編だけに関して言えばまだ転換期である。まだまだ女性との浮名を流し,微妙な恋の鞘当てもありつつ,事件も舞台は中国ではあるものの,自分の周囲の人間が引き起こした,ないし巻き込まれた形のものが多かった。

またこれらは課長編・部長編にも見られた片鱗であり,突然出てきたものではない。島耕作が海外に出ていくことは多く,課長編の冒頭はアメリカ,その後フィリピンとベトナムに出張しており,部長編ではワイン探しでフランスに飛んでいるほか,アメリカには頻繁に行っている。現地の女性となんやかんやあるのはいつものことであるし,飛べば現地の社会情勢や政治問題にも踏み込む。それこそ,課長編冒頭のアメリカ編でさえ,黒人問題を取り上げているのだから。ではなぜ取締役編が特筆して方向転換と言えるかというと,これは取り上げた先が中国であることと,島が変に出世したせいで彼の出来ることが広がりすぎたこと,の2つが大きな原因と言えるだろう。特に後者の問題は島が社長までランクアップしていくにつれ不自然にふくれあがっていく。

取締役以降の展開を最も象徴しているのは,八木である。八木は当初課長編後半に部下として登場し,島の薫陶(笑)を受けて優秀な社員に成長する。このときの部下は数人いて,それぞれ別の道を歩んでいくことになったが,中でもピックアップされ,部長編以後も登場回数が多いのが八木であった。島の後を追うように順調に出世し,島と違い世渡りも上手いため,とうとう取締役昇進のタイミングでは追いついてしまった。取締役編の最後では,八木が島に出世レースで宣戦布告するシーンで終わり,八木は「島のやり方はぬるすぎる」と指摘している。しかし,結果としてその辣腕が祟って取締役以降は苦戦。島が社長に就任した時点でやっと常務になった。そして社長編で,よりによって惚れたホステスのためにインサイダーを働き,そのホステスを追ってロシアに旅だったが現地で殺害されるという,とても島耕作の優秀な部下だった人物とは思えない死に方をする。あれだけ嫌なキャラだった今野が改心して退場するのとは大きな違いである。

この八木に関して,変節したと指摘するのは簡単だが,実のところそう単純ではない。強調されていなかっただけで課長編登場時からすでに変人であり,好意的に見れば島の統制下だったからこそ表面化しなかったと言える。そして常務編で,島に代わって上海担当になった八木は,実はそれなりに成果を上げている。辣腕が強調されるのはこの頃からではあるが,後に島の懐刀となる小栗との対照としては不自然ではない(小栗は実直で柔和な一方で堅物として描かれている)。その意味での決定的な変節は,仕事一徹を捨て,女癖の悪さがそれを超越してしまった,死の直前の描写である。八木のキャラを考えればあのホステスの一件はあまりにも唐突で,女癖は悪かったにしても仕事よりも優先させるような奴ではなかった。せめて,「島に先んじて社長に就任され,仕事に対する熱意を失った」という描写やエピソードを入れてくれれば,まだしも不自然ではなかったと思う(まあ自分が読み落としている可能性は否定しないが,あったとしても印象に残る程のものではなかったのは確かである。)

のちの展開を考えると,ここで八木を退場させなければ小栗や国分が目立ってこない,というのはわかる。かつ,八木を退場させるには失脚という形は難しく,殺すのが手っ取り早かったのも,まあ百歩譲って理解に努めよう。しかし,それでももう少し何とかならなかったのだろうか。はっきり言ってしまうと,常務編以降の登場人物は多くが生気がない。それも,自分の役を演じるように命じられているため生気を失っているか,もしくは狂言回しのために最初から生気がないロボットかのいずれかであり,しかもそれがはっきりと見分けがついてしまう状態である。死の直前の八木や島自身は,紛れもなく前者である(逆に馬島典子や小栗が後者に当たると思う)。課長編のフィリピン編で樫村が死んだのと比べるとこの違いは明白で,八木の死はもはや「シリアスな笑い」ではなく,薄ら寒いシリアスか,もしくは単純にギャグである。


まあ,それでもなんだかんだで読んでいるのは一応先が気になるからであり,あまりdisるために読んでいるという感覚も,義務感で読んでいるという感覚も,ないわけではないにしてもあまり強くはない。一応今一番気にしているのは,結局「島の次の社長は誰なのか」と「『会長 島耕作』をやるのか否か」の二点である。あとは直近で,この地震と原発騒動まで本編に組み込んでしまったわけだが,これをどう処理するのか。原発は厄介なことになっちゃったなーと,弘兼さん自身思っているのではないか。
  
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2011年05月20日

島耕作雑感(前編)

この間twitterでつぶやき,なんとなくまとめてみようと思ったので。それほど深く考えず,思いついたことをだらだらと。

スタートは無論,課長。だが本作は課長時代が一番はっちゃけていたように思われる。最初期はまだ方向性が見えておらず,作者自身後から勝手に物語がでかくなっていったというようなことを述べているように,「妻の浮気に悩む比較的平凡なサラリーマン」である。いきなりアメリカに転勤し不義の娘を作っちゃったりもしたものの,まあサラリーマン漫画にありがちな部類で流せるだろう。問題は帰国してからで,大町久美子が登場したあたりから話がどんどん大きくなり始めた。大町久美子に創業者の娘という設定を乗せてしまった,当時の弘兼さんの心情が今ひとつよくわからないが,それはそれとすれば大町久美子のキャラはけっこう好きである。というよりも,こう言っちゃなんだが,男ウケするキャラ造詣をしているので,割と誰が見ても嫌いにはなれないと思う。

大泉副社長が登場するにあたり,どんどん話は社内の派閥抗争へ向かい,島耕作の「派閥フリーを貫き通してるせいで出世が遅れてるけど誰からも好かれるポジション狙い」が確立されていくが,その後の展開をあまり練ってなかったのか,課長編の中盤から終盤は「一匹狼なせいで優秀なのに出世が遅い」が割と強調される傾向があったように思う。まあ,この傾向は部長編以降はなかったことにされ,とうとう社長になってしまったわけだ。こうして言うとボコボコにけなしているように見られるかもしれないが,島耕作がありとあらゆる難題を,類まれなる幸運と女の縁と万能探偵グレちゃんの3つで次々と解決していく,そのはっちゃけっぷりは「シリアスな笑い」として十分なだけのクオリティを持っており,正直に言ってかなりおもしろかった。特に樫村とのやりとりは秀逸で,フィリピン編が本シリーズ最大の見せ場ではないかと思う。

そして課長編のラストは直属の上司である中沢が社長に就任し,自らもその片腕として部長に出世するところで終わる。部長編はそれから時間が経過し,中沢が成績不振で社長を退任,島自身もワイン輸入の子会社に飛ばされるところから始まる。部長編は,結果的に社長まで続いてしまった本シリーズの中で特異な経歴にあたり,島が延々と本社に戻れず初芝の子会社の社長を転々とする物語である。まずワイン輸入,次が芸能界で演歌歌手を扱い(モチーフは美◯ひ◯り?),さらにどう見ても宇◯田ヒ◯ルな女の子のプロデュースを成功させ,最後には九州に出向させられたが,政変が起こって本社復帰とともに取締役就任という流れ。あの宇多◯っぽい子は常務だったか専務だったかのときにひどい目にあって死ぬわけだが,作者は何か恨みでもあったのだろうか。

しかし基本路線は変わっておらず,出向先でも課長時代同様,全ての無理難題を幸運と女性と超銀河探偵グレちゃんの3つだけで次々と解決し,最後には取締役として本社に戻っていく。具体的に言えば,もう一つ部長編で特徴的なのは,芸能界を扱った話題が多かったからか,秘書に893の娘が登場し,まあこいつにも島耕作は惚れられるわけだが,部長編で発生した無理難題のうち,893を使って解決したパターンが約半数に上ると思われる。どんだけ万能だよ893(というか千鶴)。千鶴を厄介払いして九州に置いてきた時点で,実質的に部長編は終結した。あとこの辺からグレちゃんの性能がおかしい。そのままKGBに雇われてもおかしくないレベルというか,暗殺以外は何でもできる工作員。彼は本作のデウス・エクス・マキナと言えるかもしれない。


で,本シリーズの様子が少し変わったのが取締役からである……というところで長くなってきたので一旦区切り後編へ。
  
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2011年05月18日

第192回『マニ教』青木健著,講談社選書メチエ

著者は古代アーリア人の研究者であり,『ゾロアスター教』と同じ著者である。

私自身,マニ教はキリスト教とゾロアスター教と仏教の合体だと思っていのだが,本書によると,それは誤ったイメージである。開祖のマーニー・ハイイェーはパルティア貴族の出身で,しかも父親が洗礼系の(キリスト教から見れば異端に当たる)教団に属していたことから,ゾロアスター教知識は簡単に手に入るものであったものの,本人の信仰の大元は圧倒的にユダヤ教・キリスト教であり,若いうちに読みあさったのはマルキオンに代表されるグノーシス主義の書物である。仏教に触れたことがないわけではないものの,若い頃2〜3年ほどだけインドを旅行しただけで,本格的な勉強はしていない。事実,教義を詳しく見ていくと最も影響が大きいのはグノーシス主義,次にキリスト教で,ゾロアスター教は用語を借りているだけ,仏教の影響に至っては全体から見れば数%に満たない程度である。以上から鑑みるに,あえて言えばマニ教はグノーシス主義の一派で最も繁栄した宗教とするのが,簡潔な理解として一番正しかろう。もちろん,厳密に言えば本家本流であるキリスト教系グノーシス主義とは異なる部分もあるのだが。

ではなぜ,冒頭のような誤解的イメージが広まり,あまつさえ今でも世界史の教科書にさえ「キリスト教とゾロアスター教,仏教の融合宗教」と書かれてしまったのか。その理由として,マニ教の最大の特徴であるその人工性の高さが挙げられる。教義上は中核がグノーシス主義でかつ善悪二元論を根底においているが,一方その神話や用語・術語となるとキリスト教・ゾロアスター教に近い。しかも神話は非常に複雑で,しかし要所だけ残して細部や用語を換骨奪胎しても意味が通じてしまう構造になっている。この教義・神話の人工性は「他宗教の乗っ取り」に際し非常に強い効力を発揮した。しかし,浸透された先はたまったもんじゃないので当然弾圧に乗り出す。このようにしてマニ教が浸透して乗っ取ろうと画策し,対決した先がキリスト教,ゾロアスター教,そして大乗仏教の三宗教であった。

しかしマニ教はこのような事情から恐ろしく弾圧されたため,文献史料が灰燼に帰し,ほとんど残らなかった。一方で乏しいなりに発見される史料はユーラシア大陸の端から端まで分布しており,かつそれぞれの史料が「現地宗教に半融合してしまったマニ教」の史料であるため,本当に同一の宗教かと疑われるほど用語がバラバラであった。ゆえに研究が進んでない段階では三宗教の融合した新興宗教,としか表現できなかったのではないかと思われ,その段階でマニ教の名前が世界史の教科書に載るようになってしまったのではないか,と推測できる。マニ教の文献の発掘は20世紀初頭になってやっと本格化し,見方によっては現在進行形である。つい昨年に"半"仏教化した摩尼教の「宇宙図」が日本で発見されたことは,はてブで80users以上も集めた程度には世間的注目を浴びた。


しばしばマニ教はなぜ第四の世界宗教にならなかったのか?そのポテンシャルはあったのではないか?という語られ方をするが,私が本書を読み終えた感想としては,「そりゃ他宗教の乗っ取りでしか広まらん宗教じゃ,確かに浸透は早いかもしれないけど,世界宗教化するだけの地力が無いのは当然だわな」である。貴方もこの知られざる宗教について勉強してみないか?知的好奇心と歴史的ロマンは確実に刺激されるだろうが,信仰しようとはとても思えないことだろう。


マニ教 (講談社選書メチエ)
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2011年05月15日

穢翼のユースティア レビュー

今,クロニクルのカール・セーガンの言葉を読むと,なるほどな,とか。さて,あまりネタバレしない範囲で語れることとしては2つ。

1つ目は本作におけるオーガストの方向転換について。がらっと作風を変えたように見えて,作品内で語られている人間観(哲学と言い換えてもよい)はまったく変わってない。ただ,これまでの八月であれば,独特の人間観+ワールド展開+明るい世界でずっとやってきていて,このパターンは『明け瑠璃』の時点で完成してしまった。『フォアテリ』は次のステップに向かうため,ワールド展開薄めにしたら,作品全体も薄くなってしまった。だったらいっそのこと,というマンネリ打破の意図で,ダークな世界を提示した上で,今まで培ってきた要素から拾えるものだけ拾ってみた,というのが本作だと思う。ゆえに,本作をもってシナリオゲーメーカーへ転身しただとかいうのは間違いである。

また一方で,本作で突然ダークな世界を用意したと思われているのであればそれは誤りで,ワールド展開のために,そして人間観描写のために,暗い世界の裏事情を設定することは『はにはに』以降の作品において共通した特徴であり,本作はこれを最初から前面に押し出したに過ぎない。だから,作品の世界やストーリー展開はびっくりするほど陰惨だったが,なんだかんだ言って陵辱シーンもないし,決定的な羽目は外してない。そこら辺はまあオーガストらしい配慮かとも思うし,限界でもある。設定だけ虚淵か瀬戸口に投げてシナリオ書かせたら,『鬼哭街』か『SWAN SONG』か,それ以上にとんでもないものが帰ってきそうな。


もう一つが作品の構成について。本作はティアルートを本筋とし,他のヒロインは本筋でいわゆる「トラウマの解消」的な部分は済ませてしまい,章の最後の選択肢で本筋に戻るか,恋人同士になって個別ルートに進んでいくかが決定される。この方式ではすでにトラウマの解消が済んでいるため,個別ルートはかなり短い。しかも本作の個別ルートについては,本筋のテーマである「世界の謎に挑む」が放棄される上に,本作においては基本的にヒロインが主人公に依存し,トラウマの解消をも半ば放棄する形で個別ルートに分岐するため,批判も根強い。しかし,私はこの個別ルートがけっこう好きである。依存はそこまで悪いことだろうか?その解答自体がエリスのシナリオに埋めこまれているのがまたおもしろい。私には,キャラルートと本筋で,ヒロインのトラウマ解決方法が異なり,どちらも非とはしていないように思う。これは最終章のシナリオ展開を見てさらに確信した。

加えて本作はこの構造を非常にうまく生かしている。本作の各ヒロインが抱えるトラウマは関連性がまったくないように見えて,主人公を接点にすることで関連付けられている(そして本作のテキストはそのことについて明示的である)。主人公にもトラウマはいろいろあるのだが,序盤はそれが伏せられた状態で進み,ヒロインのトラウマを解消する過程で次第に解きほぐされていき,その根本は最終章になってようやく明らかになる。主人公とヒロインの悩みがほぼ同段階にあるがゆえに,キャラルートに入った場合は受け皿が主人公になる。これは,今までになかなか無かった珍しい構成をしていると思う。

本作の構造と極めて近いのが『Stein's Gate』だが,それはキャラルートが半ばバッドエンドに近いという点でも共通しているからだと思う。というよりも,両作品の個別ルートをバッドエンドと呼ぶか否かは,『沙耶の唄』の正規ルートをバッドエンドと呼ぶか否かという問題に近く,セカイ系的な問題でもある。なお,前言をひるがえすようだが,『ユースティア』の個別ルートにおいて,本筋である「世界の謎」は放棄されている……と断言するのは実は困難であり,本作がこれをどう解決しているかについてはネタバレゾーンで再度取り上げたい。私はこの巧妙な解決のために最終章はあのようなシナリオにしたのではないか,とさえ考えている。もう一つ同じような構造をしているとして比較されるのが『G線上の魔王』だが,こちらは私が現在プレイ中につき,クリアしたらそちらのレビューで語りたい。


ここまでの語りでもわかる通り,私は本作を極めて高く評価している。CGも音楽もシステムも最高だった。背景に至っては美麗すぎてべっかんこうの立ち絵が浮いているような状況であるが,この美しさだからこそ,この陰惨な世界がリアルに描写できていたのではないかと思う。また,今回のテキストは非常にセンスあった。睡眠導入剤と呼ばれていた『はにはに』以前から見ても隔世の感があるが,『明け瑠璃』から見てさえも進化している。

点数としては90点をつけておく。個人的にはオーガスト最高傑作で,ユースティア>明け瑠璃>FAという評価になる。しかし,世間的な評価である明け瑠璃>ユースティア>FAというのにも理解を示す。というのも本作はおそらく比較的好き嫌いの分かれる展開が多く,特に最終章は意見が分かれるところだと思われる。生理的に『明け瑠璃』よりも上の評価は出来ない,また『明け瑠璃』と比較して完成度も低いと感じた人も多かったのではないか。事実,『明け瑠璃』のほうがオーガストらしさに溢れており,意欲作らしい荒削りも感じられる本作に比べると,綺麗な仕上がりをしているのはあちらではないかと,私自身思う。しかし,それでも私は本作への愛着を隠せないので,あえて『明け瑠璃』よりも高い評価とした。多少なりとも私の評価を見てプレイするかどうかを考えている人は,この点を留意してもらいたい。


以下はネタバレ。各章ごとの感想と最終章について。
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2011年05月13日

空いてる例大祭という異常

今更な例大祭8の記録。

前日日付変わる頃に就寝,午前6時起き,睡眠時間十分。天気を調べると快晴も快晴,最高気温25度というのを見て軽装に変える。適当に準備して出発,この時点で帽子代わりのタオルを忘れていたが,忘れ物としてはそれだけだった。単独のミッションなので誰かと待ち合わせ等はなく,タクシーで行く気力も無いので普通に地下鉄→りんかい線。現地にはおおよそ7時半についた。列は意外と前のほうで,参加者数は伸び悩むか。それとも徹夜禁止令が行き届いてきて数が少なくなっているか。

待ち時間は朝飯を食い,チェックリストの確認をして,読書して待っていた。隣では初対面同士が会話していたが,かたや富士市から来た高校生でもう片方が都民の社会人で,互いに丁寧語でしゃべっており,あちがちなことに高校生の側がけっこう痛い子で,「テストがクラスで一番だった」だの「文化祭で東方の企画やろうとした」だの話しかけられ,社会人のほうが対処に窮していた。そこにさらに関西から来た大学生二人組が乱入し,初対面4人でトークしていたが,最後に乱入した関西系大学生のトークスキルがそれなりに高く,4人になってからは聞けるトークをしていた。富士市の高校生はあの大学生を見習ってほしいものである。

開場そして入場。よくわからなかったのが,一番先頭にいた徹夜組っぽい人たちはペナルティがあったのは確実だが,その次のタクシー組ないしりんかい線始発組と思われる人たちにまでペナルティがあったか否か,である。なんか列の順序入れ替えられていたように見えたのだが。とするとベストなタイミングは7時くらいなのか?時間を公式発表してしまうとその時間帯に殺到するという社務所側の事情はよく理解しているが,それでももう少しわかりやすくしてくれると助かるところではある。まあ7時半のあたりでも11時3分には会場に入れたのでほぼタイムラグはない。

会場内はやはり空いていた。これには3つ事情があるように思う。1.大震災による延期で新刊が先にショップに流れてしまい,二ヶ月で新・新刊を用意したサークルは少ないためそもそも来場者数が少なかった?実数は公式発表を待ちたい。 2.神主の新譜発表がまさかの開催日前日で急遽来る人も来れなかった。あと2日ほど早ければ結果は大きく異なったと思われる。だが後から聞いた話,実は神主のCDは開始1時間で終わってしまったらしく,確実に近日中に委託されるであろうダイナマリサのためだけに列が残存していたかは疑問である。よって,この要素はそれほど大きくなかったのかもしれない。 3.これは社務所GJとしか言えないのだが,今回通路幅が非常に広かった。本当にあそこに4700もサークル詰めてるの?というレベル。そのおかげで信じがたいことに島中を歩いていて「動けない」という経験を一度もせずに終わった。これがいかに快挙かは,一度でもコミケ三日目か以前の例大祭に参加したことがある人ならおわかりいただけるかと思う。

と同時に,今回の経験でよくわかったのだが,同人誌即売会で買い物に時間がかかるのは列に並んでいるからというのもある一方で,案外と移動で時間を食っているのだなということをすごく実感した。なんだかんだでブログに公開した以外も含め40もつけていったにもかかわらず,ミヤスリサの列以外は1時間かからずに終わった。これは普段のペースの倍近いである。DNALabだけはさすがにちょっと列があったが,それが終わってもなおまだ13時前であった。某大手2chまとめサイトやオタク系ニュースサイトで「例大祭混みすぎwww」という記事を見るたびに,お前ら一度もコミケ来た事無いだろというなんともやるせない気分にさせられる。

最後にひとつだけ文句を言っておくが,これは社務所と都のどちらに文句を言えばいいのかわからないが,東館の一階と二階を行き来する階段・エスカレーターをことごとく封鎖した結果,一度二階に上がると一回会場から出て,カタログ掲げながら再入場しないと一階に戻れない状態になっていた。で,これにより地点によっては二階から一階に下がるのに20分近くかかってしまう。コミケなりなんなりで東館の一階と二階を行き来したことがある人ならばわかると思うので説明しないが,ちょっと考えれば入場者の入り口を一箇所に固定しつつ階段は封鎖しないでも人の流れは固定できたように思う。階段とエスカレーターをほとんど全部封鎖してしまったのはやや短絡的だったのではないか。エスカレーターのほうは節電対策もあったのであまり文句は言えないが。まあそんなわけで,二階で一服してから帰宅した。


本当は土曜日出勤,月曜日休みにしていたのだが,仕事の都合で月曜日出勤になったためその振替で土曜日を休みにした。だからどうだったということのほどのものではないのだが,土曜日にしっかり休めたため例大祭には元気に行けた反面,例大祭後の疲労で帰宅後爆睡し,生活のリズムがやや狂ったところへ大相撲開幕と週明け死亡的残業が襲いかかっため,やはり月曜日は休みにしておくべきだったと後悔した限りである。
  
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2011年05月08日

意外と難解な秋葉原の由来

まどマギの記事(1)についていたブコメで,リアクションしようと思っていたら消えてしまったものがあったので,本人が読んでいることはまずなさそうだが一応書いておく。
→ それは「キリストは十字架の上で泣き言いってるし神としてはどうなんだろう」的なものであったが,このコメントは逆に,補強材料になる。そりゃ女神まどかは,ほむらの呪縛を解きたければ彼女の記憶を抹消させてしまえば良かったわけですよ。リボン渡さなければ多分忘れてくれた。そうしなかったところにも,女神まどかの神としての不完全性を感じる。能力的に不完全なのもあるし,情緒的に不完全というのもあるし。
→ 思いっきり一神教徒にケンカを売ると,アヴェロエスの全能の逆説問題を出すまでもなく,アブラハムの宗教の神とて真には全知全能じゃないし,完全に人格神的ではないのはキリスト教の聖霊とイスラームのアッラーくらいなもので,旧約にせよ新約にせよヤハウェさんは大概な性格をしておられる。だからいいじゃないか,女神まどかが,地上で一人の少女を偏愛していたって。


・秋葉原-「伝説」に関するとりあえずのツッコミ。(野菊のハッカー)
→ 巷に流布し公的機関さえも信用しきっている,「秋葉原は秋葉神社由来説」にまつわる誤解,誤謬を指摘しているブログ。かく言う私も信じきっていたので驚きである。
→ 秋葉原の知名度が妙に広まりあまつさえワールドワイド(笑)になってしまったこと。にもかかわらず由来が今ひとつわかりづらいため,こじつけられていき,さらに神社の側もそれに加担したこと。これらがあわさって,結果として現在のような状況になってしまっているのだと思う。
→ 根本的には鎮火神社を明治初期の民衆が秋葉神社を勘違いしたことと,秋葉神社は当時すでに別に存在したことが,秋葉原の真の由来であると同時に,ややこしくなってしまった原因でもある。(引用すると「「秋葉の原」に公式に「秋葉神社」が存在していたことは<無い>。」)
→ 願わくば,正しい由来が広まることを。しかし,間違った由来を掲げてしまった公的機関は後に引けないよなぁ……w


・戦列歩兵(ニコニコ大百科)
・マスケット銃(ニコニコ大百科)
→ 時々ある大百科のすごい歴史系記事。二つが連動してるのもすごいし,掲示板が顕示的になっている大百科ならではのことではないかと思う。
→ この辺のことはEUシリーズをやりながら知識を蓄えたが,逆に知識の入った状態でEUをやってるとおもしろい。どの隊列を採用するかですごく悩むし,ハイランダー歩兵とか思わず選択肢たくなる。そして,フリードリヒ式やナポレオン式に兵科が変わっていったときの爽快さが半端ない。
→ 武器から陣形が変わっていくのは歴史上よくあることだが,マスケット銃の時代は長かっただけに,戦列歩兵の時代も長い。それがナショナリズムという武器の進化以外のところで変更を余儀なくされるのは,ひとつの歴史の興味深いポイントであろう。


・地震から17日 新宿は真っ暗です(blog::941 )
→ 確かにあの地震以来,東京が暗くなった。今でも以前よりはまだ大分暗い気がする。
→ 震災当日はそうでもなく,まだ明るかった。まだ都民に緊張感の欠けていた日で,まさか節電生活を強いられることになるとは,多くの都民が全く考えていなかった。
→ 治安を心配する人もいるが,街灯はしっかり着いてるし,ビルの上から見るとこんなんでも地上から見ると意外と明るいので,それは杞憂だと思う。それより広告業界への打撃を心配したほうが良い。


・ここだけ殺人鬼が乗り込んだ豪華客船(いたち速報ェ・・・)
→ こういうのはすごく2ch的なおもしろさで好き。
→ 設定がうまい。そして,それにしても>>2の運がすごい。
→ しかしなにより,スピード感を演出したまとめ人もすごい。


・陰茎不要論について(randamHEXA)
→ 偶然つい最近百合記事にコメントがついたわけだが,私はここまでラディカリストではない。しかし,気持ちはわかる。
→ こういう発想をする人は耽美的ではあると思う。男性は汚いというよりも余分であり,「美少女だけの空間」は崩されず,それだけでとどめておきたいのである。男なんて要らないというよりは,自分さえも必要ない。
→ 無論,それが同性愛的な醜悪さをまとうことも含めて,耽美的。
→ それは幻想だと,二次元的だと批判されようが,ヲタの一部は「少女性」を崇拝しており,その延長線上として百合を信奉しているのは否定しがたい。私もその一人であることもまた,否定出来ない。これを指して「ある種のヲタは究極的に少女になりたいと思っている」と表現した。いろんなところで同様の発言をしているが,一応補足しておく。  
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2011年05月07日

非ニコマス定期消化 2011.1月下旬〜2月中旬



前回の区分に入れればよかったと少し後悔。いい再現度である。



某手妻師の力で豪華メンバー大集合。本当に「その道のプロ」であった。シャレがきく人たちで良かった。曲は法界の火と感情の摩天楼。



青春つながり。確かに90年代はこんなCMだった気がした。同年代なら懐かしくなることうけあい。



同人誌の宣伝CMとは新しい。同人誌の出来はコメントで賛否両論だが,私は好きだ。まあ風神録導入編は好き嫌いあるし,ストーリー系有名サークルはあらかたチャレンジしたネタで,その中でいよかん。がやや出遅れた感もあるので,否定的意見が出るのは仕方がないと思う。



Pの高速マリオ新シリーズ。ルールはこの後何度かかわりpart3で固定されたので注意。



これ単体でも笑えるが,アイマスMADのほうを知ってると確かに「どこを参考にしたんだwwwww」と言いたくなる。



ここから第6回MMD杯。ただでさえあざといLat式ミクがメガネとポニテでさらにあざとい。編集はニコマスPのG様Pだが,保管庫のほうに入れるのもおかしいのでこちらで紹介。男キャラがアイドルマスターGSというところにその片鱗は見える。



タイトルの通り。非常によく動き,イチローらしい動きをする。しかし,ミクが野球しているとどうしても髪が重そうに見えるw。最後にWBCを持ってきたのがすばらしい。



遅刻したために無冠となってしまった。終始笑いっ放しであった。いまいちなを用いた傑作である。

  
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2011年05月06日

第八回例大祭サークルチェックリスト

延期したのではあるが,実はリスト自体は3月上旬には完成していた。そこから再チェックしたものを以下に示す。すでに書店委託で買ってしまったものも多いので,それらはリストに含めなかった。ゆえにこのリストは一部例外を除き,ほぼ今回の例大祭が初出の新刊を出すサークルになっている。

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2011年05月05日

東方神霊廟ラスボス考察

タイトルは「ラスボス予想」でも良かったが,今ひとつ範囲が絞りきれてないので考察としておく。でも当たったら誰かなんかくれ。

以下,体験版部分ネタバレ。
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2011年05月04日

第191回『十字軍物語2』塩野七生著,新潮社

十字軍物語の2巻は,第一次十字軍で建国された十字軍国家群の守勢の様子を描く。第一次十字軍が成功した要因は前述の通り,十字軍自体が奇襲であったこと,西欧騎士がイスラームの想定よりも強かったこと,十字軍側は団結していたのに対しイスラーム側は仲間割れを繰り返していたことの三点に寄る。しかし,「奇襲」である点は時間が経てば長所ではなくなる。また,マルサス問題の解決方法としての十字軍は現地の勢力が十分に根付いていたという大きな欠点があり,少数の騎士と商人以外はほとんど移民できる余地が無かった。このため,物流のほとんどは自給できず,敵方から買い取るか本国から輸入するかのいずれかしかなかった。(そして本書は1巻でマルサス問題をすっ飛ばしたため,案の定人口不足の説明をうまい具合に出来ていない。)

それでも奪還に燃えるイスラームがその目標を達成できなかったのは,無論十字軍側の努力もあるが,イスラーム側の指揮系統不統一に負うところが大きい。そもそもスンナ派とシーア派という宗派対立,アラブ人とイラン人とトルコ人という民族対立に加え,アラブ人もトルコ人も部族制の根付いた民族であったため,土着しても(西欧とは別方向に)封建的国家となってしまい,大軍を動員できないどころか諸侯同士が相互に対立してしまっていた。この点,対立は大なり小なりありつつも十字軍国家の建設及び維持となればそれなりに統一的意志が働いたキリスト教側との大きな違いであった。

ではその点さえも解消されたらどうなるか。部族制の国家はチンギス・ハン然り有能な君主が登場すれば大同団結する傾向があるが,元が部族制なイスラーム諸民族も同様の傾向があったということだろうか。十字軍国家がじわじわと弱体化する中で颯爽と登場し,イスラーム世界の主要地域をまとめあげ,十字軍国家の再征服に乗り出したのが,アイユーブ朝始祖のサラディンであった。

本書は第三次十字軍の直前まで時代が進む。すなわち,直接描写された十字軍は第二次のみである。1巻で述べた通り,回数だけは多い十字軍後半の第三次以降第八次まで,全て3巻収録ということになる。はっきり言って第二次十字軍はぱっとしないので本書全体もあまり起伏のない構成になってしまっているが,その分『ローマ人の物語』や『海の都の物語』のように長編然とした雰囲気があるので,逆にとても塩野七生っぽい本とは言える。地味だが活躍した男達の描写も多く,約70年も扱っている割に進行はゆっくりに感じる。逆に3巻はイベントだけは多いため,おそらくすごくせわしないことになっているか尻切れトンボになっているんじゃないだろうか,という一つの危惧はあるが,刊行を待ちたい。


十字軍物語2
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2011年05月02日

第190回『絵で見る十字軍物語』塩野七生著,新潮社

本書は十字軍シリーズの序章にあたり,十字軍の全史をギュスターヴ・ドレの挿絵を用いて追っていくものである。ギュスターヴ・ドレの挿絵は元々19世紀前半の歴史作家フランソワ・ミショーの著書『十字軍の歴史』につけられていたものだが,塩野七生がこのミショーの著書を選んだ理由が非常に彼女らしいので,少し長いが引用したい。

「学問的ではないという理由で今では研究者たちから一顧もされないらしいが,二百年前のキリスト教徒の筆になった十字軍史と考えるならば,驚くほどバランスのとれた叙述で一貫している。啓蒙主義にフランス革命という,思想的にも社会上でも激動の時代に生きた人であるためか,宗教や民族に対する既成概念に捕われる度合いが少ない。(中略)これよりは二百年の後の現代に多い,イスラム教徒を刺激しないことばかりを配慮して書かれた十字軍の歴史書に比べれば,ミショーの執筆態度のほうがよほど正直である。

この態度の潔さは塩野七生の美点の一つであるように思うし,特にキリストとイスラームの宗教対立では『ローマ亡き後の地中海世界』から一貫している態度である。やや主語を大きくすることが許されるのであれば,十字軍とは直接の利害関係のない東洋の人間だからこそ許される物言いではないかと思う。学問はある程度,そのときの社会情勢の影響は受けるもので,それは過去のどの時代に比べても思想的に自由になった現代においても,有象無象の圧力はある。しかしそれでも,私は現代のムスリム無害論に寄りがちな風潮ははっきり言って好きではない。であれば,「自分なりの中立」を(あくまで自分なりであるにせよ)鮮明に打ち出し,執筆されることが許されるのは,やはり歴史作家ではないだろうか。

確かに十字軍は歴史的蛮行であった。しかし,かくのごとき蛮行を止める力がなく,あまつさえ同様の報復を行ったのはムスリムではなかったか。そもそも,十字軍直接の引き金になったのはセルジューク朝の侵攻であるということは,忘れ去られがちではないか(無論救援要請をねじまげて聖地奪回にしてしまった戦犯はローマ教皇ではあるにせよ)。この態度が維持される限り,私は塩野七生のファンを名乗ることにする。


本の内容自体はタイトルの通り,ものすごく簡略な十字軍の全史である。読もうと思えば1時間程度で読めてしまうと思う。多少本編を読んでいること,もしくは将来読む予定があることを前提としている作りではあるものの,これ単体で読んでも十字軍の流れがよくわかる,優れた入門書になっている。全巻買うかどうか決めるのは,とりあえずこの1冊だけ読んでみてから考えても遅くはないだろう。


絵で見る十字軍物語
絵で見る十字軍物語
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2011年05月01日

第189回『十字軍物語1』塩野七生著,新潮社

ようやく手のつけられた塩野七生の新刊。全3巻の第1巻は十字軍の始まりから第一次十字軍の成功までを描く。第2巻は第三次十字軍開始直前までで,第3巻が第三次から第八次まで残り全部のようだ。数字にしてみるとバランスが悪く思えるが,年数にしてみるとそれぞれ約100年ずつでちょうどよくなっている。また,十字軍らしい十字軍をしているのは1次と3次で,4次と5次は興味深い現象ではあるものの十字軍の本筋からは外れる。また,4次は『海の都の物語』で,5次は『ローマ亡き後の地中海』でそれぞれ描写済みであるため,このような構成をとったのであろう。

十字軍が生じた原因として主として挙げられるのは,おおよそ次の3つ。農業技術革新による人口増大で生じたマルサス問題の解決のため,叙任権闘争で優位に立とうとした教皇の戦略,そしてセルジューク朝の侵略によるビザンツ帝国からの救援要請である。本書は抜け落ちがちな二つ目,ローマ教皇と神聖ローマ皇帝の対立から十字軍は提唱されたという視点を強調していたのが良かった。十字軍とは西欧が一丸となって行った軍事行動のように思われるが,その実まさに西欧の主導権争いの最中であった。その状況で,ビザンツ皇帝から飛んできた救援要請から「神の導く十字軍」というフレーズを思いつき,神の代理人たる自分がその旗頭に就任することで主導権争いにも決着をつけたウルバヌス2世の政治的センスは,確かに天才的であった。

本書は次に参加した諸侯と彼らの性格を紹介する。その後の推移も彼ら個人の動きに焦点を当てる形で進んでいくが,ここら辺は『ローマ人の物語』の著述方法と非常によく似ている。単純な英雄伝ではないにせよ,キャラ萌え的想像力で補われている部分が多いのは至極いつも通りで,特に物語的な主人公格にもあたる第一次十字軍の事実上の総大将ロレーヌ公ゴドフロアとプーリア公ボエモンドは,それぞれ別の方向性で塩野七生が好きそうな人物ではあった。彼らに加えて,おそらくリチャード獅子心王とサラディンが書きたかったから,この企画が立ち上がったのではないかと思わなくもない。

第一次十字軍が成功したのはイスラーム側にとって奇襲に当たった点と,半鎖国状態で相互に戦争していた西欧は,文化的には世界のど田舎もいいところだったが軍事的には相当強い部類に入っていたというギャップにイスラーム側が全く気付いていなかった点が大きい(この辺りから,同時代の西欧の騎士と鎌倉武士は様々な点で類似があるように思う)。また,イスラーム側の諸侯は西欧のように団結しておらず,各個撃破されてしまった。結果,この先の十字軍はじわじわと守勢に回っていかざるをえなくなるのだが,それは2巻に続く。

十字軍物語〈1〉
十字軍物語〈1〉
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