今場所の相撲内容はとても良かった。より正確に言えば,六日目までは上の上としか言いようがない出来で,七日目で突然内容が落ちて不安になったが,十日目頃から回復していった。優勝争いが早々に決着ついてしまったものの,把瑠都が全勝のまま千秋楽まで引っ張ってくれたおかげで話題も尽きず,中だるみと慢性化している立ち合いの乱れだけが減点材料である。それぞれで1つずつ減点して,今場所は上の下としておこうと思う。
おもしろいことに,途中まで場所全体の空気とは正反対の調子であったのが優勝した把瑠都である。尻上がりと言ったほうが正しかろう。初日の雅山相手に危うかった相撲も含めて,序盤はいつもの相撲になっていない相撲ぶりであり,これでは今場所も終盤崩れるんだろうなと思っていたが,七日目に鶴竜を処理すると覚醒し,以後は「普通の相撲」がとれていた。大関を取った頃もこんな相撲であった気がする。把瑠都の場合,
昨年のまとめに書いた通り「雑な相撲が多いのが最大の敗因であり,「大関にしていまだ相撲を覚えていない」のは偉大とさえ言えるかもしれない」というのが正直な現況であり,序盤の把瑠都はまさにこれでしかなかった。
「相撲」になれば勝てるのが把瑠都であり,相撲になっていないのが普段の敗因である。今場所の七日目以降は,「相撲」であった。
この差はどこから生まれるのか?全く理由がわからない。単純なスロースターターなら他の力士にもいるので不思議ではないのだが,把瑠都のようなタイプの力士はちょっと見当たらず,その意味でも来場所が楽しみである。ちゃんと相撲が取れれば,綱取りは決して困難ではない。協会も(というか横審も),鶴竜が大関取りになりそう&6大関は避けたい意向からか,綱取のハードルが「12勝以上で準優勝以上でも可」と異様なまでに低いので,把瑠都の一生最大のチャンスであろう。
それ以外にピックアップすべきことと言うと,大関陣の奮戦であろう。琴奨菊のみ不調であったがこれは横においておけば,残りは把瑠都を含めて奮戦したと言ってよいし,これが場所の内容,優勝争いともに盛り上げる原動力となっていた。具体的な内容は後述するとして,優勝について言えば把瑠都は「大関陣で白鵬に挑んだ」に勝たせてもらったようなところはある。これは互助会的なことを言っているのでは全くなく,大関同士の取組も熱が入っていたが,それ以上に
今場所の大関陣の白鵬戦には「今場所倒しておかないと」という気迫が強く感じられた。その意味でのMVPは,大関陣ではなく鶴竜でしかない。その本人が10勝しかしてないというのは,なんとも……ここが大相撲の魅力の一つだと思う。それだけに,千秋楽の琴奨菊・日馬富士戦はいただけない。あのような”非常に疑わしい”取組にならなくても済むように,琴奨菊には後一番どこかで勝っておいて欲しかった。
変化について一応言及しておくと,あんなもん食らうほうが悪い。把瑠都と稀勢の里については同格であるが,稀勢の里の立ち合いがあまりにも前のめりであり,把瑠都のはたきも大してうまくない。言うまでもなく相撲の立ち合いは阿吽の呼吸であるが,呼吸をあわせるのは相手を味方として信頼することとは大違いである,ということを今一度思い返すべきだ。日馬富士からすれば白鵬は格上であるし,あれはどちらかと言えば把瑠都に対して起こったブーイングへの意趣返しに見えた。
とりあえずブーイングした客は二度と国技館に来るな。
個別評。白鵬は前年九州場所で少しだけ戻った調子がまた元に戻ってしまった。「長期的下落傾向」にあることを否定する人はもはやいまい。「白鵬が不調だからこそ新横綱が誕生する可能性もあるわけで」とは以前書いたものの初場所からこうなるとは思っていなかった。軽度な腰痛は以前から慢性的にあったらしいが,重症化しているのではないか。
全盛期といえる平成21−22年の頃は足に根が生えているレベルの鉄壁の守備であったが,今場所はやたらとばたついた。某人が「白鵬は焦るととったりに出る癖がある」と書いていたが,その通りだとすると今場所の終盤はやたらと焦っていた。ただし,とったりがあることで右差しが封じられると弱体化するという弱点はある程度改善されているとも言え,必ずしも悪いことばかりではないと思う。
把瑠都以外の大関陣。琴欧洲は典型的な調子のいいときの琴欧洲であり,見極めは立ち合いの足がそろっているか否かと,足がすり足になっているか否かである。両方がダメなほうだと非常にバタバタした相撲になって負けが込みケガをするが,今場所は両方大丈夫であった。日馬富士も同様,ケガの調子が悪いと踏ん張れず守勢に回った瞬間敗北するのであるが,今場所はそもそも守勢になるほどの状況があまりなかったし,踏ん張る状況になるとあきらめてあっさり負けていたのが逆に良かったのではないか。稀勢の里はひとまず11勝で十分。欲を言えば白鵬に勝って欲しかったが,あのとったりは読めまい。あんなのは変化に近い。琴奨菊は前述の通り。ただし,大関昇進2場所目でイベントが多く稽古不足に加え発熱とあっては情状酌量の余地があるし,見た目からしてものすごく調子悪そうに見えたので,角番にならなかっただけマシと考えたほうがよいかもしれない。
関脇・小結唯一の勝ち越し,鶴竜。白鵬含みの10勝は11勝分の価値があるのだが,だからこそあの高安戦はいけない。11勝目を逃したということ以上に,あからさまに勝ちを確信して油断したがための敗戦であり,非常に印象が悪い。ついでに言えば中日の若荒雄戦も無策で立ち合いをしたところがあり,なにがしたいのかわからない取組が何番かある。豊ノ島はエレベーター乙。雅山は3−12と大敗しているのにもかかわらず,もう負けるのは仕方がない,年齢的に上位戦はラストチャンスと思い切った取組をしていたのが好印象で,場所を盛り上げた功労者として何があげたいくらいだ。だから文句は付けない。若荒雄も初小結ゆえの敗戦と考えれば許せる。同タイプの雅山に,CSPで完勝したのが収穫。
前頭上位陣。大関陣奮起のおかげで大被害をこうむり散々な状況である。その中で9−6の安美錦はすばらしい。今場所は押しに圧力があったし,業師らしいところもよく見られた。ギリギリ勝ち越した栃乃若は,彼に対する期待ゆえに当然だと言っておく。序盤の相撲ぶりから正直負け越すと思っていたのだが,オセロのように白黒並べて粘り,とうとう勝ち越してしまった。あの懐の広さと腰の重さは絶対的な武器であり,来場所も期待したい。残りは……まあ高安は若干いい仕事したかなというくらいで。隠岐の海に至っては最悪で,悪すぎて印象に残ったレベル。多分どこか痛めてたんじゃないか,休場したほうが良かった。
前頭中位。技能賞妙義龍は,価値がないとは言わないがちょっと首をひねる。悪くはないし技能もあるのだが,同じ技能賞なら10勝の時天空のほうがよかったのではないか。その時天空は先場所多用した足技を,わざわざ千秋楽まで封印するという,狙っていたなら今場所の助演男優賞をあげたい場所であった。足技なくても業師,というところを見せつけたといえよう。敢闘賞の臥牙丸は,もはやあの番付で突出した実力なのはわかっているので驚く所がなく,むしろ来場所エレーベーターにならないかが今から心配である。臥牙丸も好不調の波がわかりやすく,いい時ははたきに落ちないが悪い時はあっさり。松鳳山は星こそ8−7なのだが,それ以上に内容のあるおもしろい取組が多く楽しませてくれた。というか,
松鳳山のあの風貌は反則だろう。印象に残らないほうがおかしい。栃煌山は11勝・栃ノ心は10勝しているが,それぞれ臥牙丸や時天空に比べると全く印象がない。あんな相撲とってちゃダメだ。
前頭下位。佐田の富士は突き押しが強く印象に残ったが,星自体は8−7なのが意外といえば意外。隆の山は真っ向勝負が信条なのはわかるのだが,多少変化なりなんなりしたほうが良い。隠岐の海同様に悪すぎて印象に残ったのが魁聖で,とにかく腰が高くて組んでも安定しないし組めないし。長期的には期待している力士なので,十両で鍛え直して欲しい。
あとはいつもの予想番付。
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