2013年03月30日

非ニコマス定期消化 2012.10月中旬〜下旬



カメ五郎動画。タイトルの通り多摩川で野草や爬虫類,昆虫を食べて二泊三日生活する動画。「それ食うのかよ」という驚きと,「あれ意外とうまそう」という驚きと。まったくこういう生活に縁のない自分が見てもおもしろかった。お勧め。



機能美Pのすごい作品。落語をタイポグラフィで限界まで演出。



これはすばらしい。ルミナスは元がいいけど,和楽器にするとこんなに映えるとは。



傑作。相変わらずこういうのに違和感のない麻雀アニメである。



積み上げられていくフラグ。そして悲劇の展開へ。「友情大三元」のタグがうまい。



1つ目はタグの「ステルス国士無双」からおおよそ類推は。こんなの回避できません。2つ目はまあ,確かに超能力めいてるかな。



クアドラプル役満。これは配牌からして恐ろしい。



普通に出来の良いアニメMAD。これはメインヒロインあらたそ。



この人らしい衣装にダンス。ライトアップも素晴らしい。影と手をつないで踊っているという発想は良い。


  

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2013年03月29日

英国王のスピーチ

ジョージ6世というと暗黒王のイメージしかないのは某ゲームのせい,というか大英帝国騒乱記のせいだが,史実のジョージ6世は立派な人物であった。そんな英国王を描いた名作の映画として名高いのが本作である。

ジョージ6世は吃音であった。どもるのもそうだが,それ以上にそもそも言葉が出てこないのである。それも多くの人前やラジオの前になると,途端にひどくなる。しかしその症状故に,現代であれば心因性のものと想像がつくが,当時の医療水準にあっては予想がつかないのも仕方のない話であった。数々の言語障害の医者にあたるが,全く成果の出ないジョージ6世とそれを心配する妻であったが,ある日オーストラリア出身,かつあからさまに風体の胡散臭い医者ライオネルに出会う。彼が吃音の原因は心因性であるということを見抜き,治療にあたることになった。この医者が吃音を改善させることになるとは,当時の夫妻には想像つかなかったであろう。そうして吃音は改善されていき,最後の第二次世界大戦を告げるスピーチでは一度もつまらずに終わる,という筋書きである。

治療に並行して,ジョージ6世の即位過程も描かれる。歴史好きの多くは知っていることだが,彼は次男であり,当初は後継者として扱われていなかった。しかし彼の兄エドワード8世は人妻に恋してしまい,当然そのことは国教会の首長でもある英国王として不適格とされてしまう。「王冠を賭けた恋」と言われたこの事件は,結局エドワードの退位で幕を下ろす。結果的にお鉢が回ってきたのがジョージ6世であった。史実でも彼は自分には向かないと言っていたそうだが,この映画でも再三自分が国王の器ではないことを妻に漏らしている。しかし,妻やライオネルに励まされて次第に国王としての自信をつけていく。本作が描いたテーマは,一つが平民(医者)と国王の対等な友情の物語であり,もう一つは国王の器というものであろう。立憲君主制下で,「君臨すれども統治せず」の国王はいかにあるべきか。父王ジョージ5世は「いまや国王は道化だ」とし,国民の機嫌を取り続けなければ生き残れない,とジョージ6世に諭していた。兄のエドワード8世はそんな損な役回りをかなぐりすてて退位した。それでもジョージ6世の示した道は心で国民を導く者としての国王の姿であった。この姿をスピーチの成功と重ね合わせて見せたことで,この映画は成功したと言える。

本作はかなりの部分で史実に沿っているが,Wikipediaにもあるようにいくつかの部分で史実と異なる。映画ではライオネルにかかった期間はかなり短く設定されているが,史実では開戦のスピーチの時点ですでに10年来の付き合いであった。また,本作でのチャーチルはジョージ6世に即位を促しているが,当時の保守党は党全体としてエドワード8世の退位に慎重であり,最終的に決断したボールドウィンも苦渋の選択であったと思われる。ついでに言えばボールドウィンは首相を辞任した際にジョージ6世に「ヒトラーは開戦を望んでいる,戦争は避けられない」と語っているが,実際にはその時点でのイギリスはいまだ宥和政策を継続する意志であり,ボールドウィンの後継ネヴィル=チェンバレンがミュンヘン会談を主導したのは有名な話だ。しかし,本作ではミュンヘン会談の話は一切出てこず,むしろジョージ6世がヒトラーの演説を見て「彼は演説がうまい」とうらやましそうに感想を一言述べているのが,唯一のヒトラーの登場シーンである。しかも即位後もジョージ6世にアドバイスするのは海軍大臣となったチャーチルであって首相ではないので,本作におけるチェンバレンの影は極めて薄い。歴史に疎いものが見たら,相当にイギリス史を誤解しそうではある。

無論のことながらこのシーンには,演説で国民を扇動する,伝統と正統性を欠いた独裁者の姿と,朴訥でも誠実でかつ伝統を背負った英国王という対比の演出である。また,ただでさえ2時間ギリギリに詰め込んだのに,この上ミュンヘン会談だのを入れて戦争への足音が近づいてくるシーンなんて入れたら,映画が2時間半の長さになってしまう等の事情もわかっているので,文句を言っているわけではないことを一応書いておく。

  
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2013年03月28日

黒猫・白猫(映画)

はてな村及びtwitter上の某知り合いに勧められて見た映画。本作は映画の内容よりも,その音楽で有名である。

  

ニコニコ動画にアカウントの無い人はYouTubeでも同様の動画があるので,そちらで視聴できる。まあ本作は退職と何の関係もないので風評被害この上ないのだが,それはそれとしてこの曲を退職のテーマに使った人はセンス良いと思う。この映画自体が常に躁状態でテンション高く,自由極まりない映画だからだ。まさにこれからやめて自由になる人にはうってつけの曲である。ちなみにこの曲,主人公の祖父が退院した時に流れるのが初出で(アレンジ版は先に流れる),退院と言っても全く治ってないのに,肝臓を痛めて入院しているのにもかかわらず,「酒が飲みたいから」の自主的な退院である。退院した祖父はおもいっきり飲みながら,この曲を背景に高らかに「人生はすばらしい!」と叫ぶ。本作の名シーンの一つである。

舞台はブルガリア・セルビア国境付近のドナウ川沿い,登場人物のほとんどはロマである。曲も上記のテーマソング含めロマ音楽になっている(らしい)。ストーリーは,ある密輸商の息子が主人公(ザーレ)。この主人公の親父(マトゥコ)がろくでなしで,祖父は隠居しており裕福な名士である。ろくでなしの親父は「祖父は死んだ」と嘘をつき,祖父の友人であったマフィアのボス(ゴッドファーザー)に金を無心に行く。その大金(香典)を元手に新興マフィアのダダンと列車強盗を起こすが,これが見事に失敗。無一文の借金漬けになったマトゥコはいよいよ困り果て,ダダンの売れ残りの妹と息子の結婚を勝手に約束し,事実上息子を売り払って借金を返済した。こうして無理やり結婚させられる羽目になった主人公であったが,望まれぬ結婚の行く末やいかに……という感じである。

音楽もハイテンションならストーリーもハチャメチャで,やたらめったら登場する動物たちにナンセンスな現象もそれに一役を買っている。タイトルの通り黒猫・白猫のカップルもなかなかやらかしてくれるが,何よりストーリーが進むにつれて腐食した自動車を食い進める豚が,存在の謎にやってることの謎も加わって強烈なインパクトを残していった。だが,それでいて張った伏線はきちんと回収して大団円になる。見て損はない映画。

三世代の物語で,基本的に祖父(主人公の祖父・ゴッドファーザー・ヒロインの祖母)は立派な人物,主人公の世代(主人公ザーレ・ゴッドファーザーの孫・ダダンの妹・ヒロイン)もかっこいい人たちが多いのだが,間に挟まれた親父世代(主人公の父親・ダダン)はろくでなしばかりである。一攫千金狙いで下手な悪巧みとギャンブルにしか目がない親父世代は,最初「愛すべき馬鹿」だったが次第に「許せない小悪党」になっていく。それだけに終盤はなかなかの爽快感がある。祖父世代の友情と,孫世代の前途に,乾杯。
  
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2013年03月25日

ザ・白鵬一人旅

「荒れる春場所」ではあったが,優勝した一人だけは無風であった。結果的に,荒れたとは言ってもそれが上位陣壊滅といういかんともしがたいものであったのは若干なり寂しいところではあるが,逆に言えば白鵬一人無風であったのはむしろ僥倖であった。

白鵬一人旅については,誰しもが声をそろえて「初日の安美錦戦が全てだった」というだろう。あの相撲は危うかったが,二日目以降は別人であった。荒れるも荒れないも紙一重,とあれを見ると思う。安美錦自身も7−8で負け越しはしたが,本来ならもっと大きく負け越しそうなところ,わりと助かっていたように見えた。一方,彼ら以外はあの雰囲気に飲まれてしまった。もろもろが荒れるほうへ動いており,場所全体の雰囲気というものはあるものだなぁと改めて思う次第である。その場所全体の評価はとても難しい。熱戦が多かった一方,どうしようもない相撲も多く,トータルしてみると中の中なのかなと思う。そういえば,前回人情相撲が多かったと苦言を呈したが,今場所は少なかった。千秋楽に至っては7−7の力士の多くが負け越すという始末で,この点は良かったのではないかと思う。逆に言って,星の売り買いでもなく内容も悪ければいったい何なのだ,という話でもあるのだが。


今回ちょっと忙しいので,短くまとめて個別評に移る。まず白鵬。前段落に書いた通り,初日は危うかったが二日目以降は良かった。さらに言えば前半はわりと省エネ相撲を心がけていた雰囲気があり,特に五日目栃煌山戦のとったりは見事であった。とったりを出すのは白鵬が不調なときではあるが,今場所に限れば例外的であった。そのせいか後半でもスタミナが温存されており,息切れする上位陣を尻目に全力で取れていたところはある。それが余計に今場所の無双っぷりを強調したのではないか。そういえば,七日目には時天空と時間前に立つという珍事があった。これは時天空側からの仕掛けであったようだが,よく対応できたものだ。

日馬富士。ここ1年の戦績が8勝→15勝→15勝→9勝→15勝→9勝と全勝か一桁しかないジェットコースターのような状態である。そもそも彼は膝が悪く,取組時には攻めているときには膝に負担が少ないため勝ちきれるが,守勢に回ると途端に崩壊するという状態にあり,勝敗自体がかなり極端である。これが場所全体にも伝播してしまっているように思える。今場所負けた相撲も全て下がった相撲であり,呼び込みかねないので投げが打ちづらいという厳しい状況だったのではないか。膝に加えて左足首を故障したようだが,これが止めであった。来場所はケガを治すのは前提として,下がらないよう相撲をとるのが必須となってくるが,大丈夫か。

大関陣。唯一10勝した稀勢の里はなんと5場所連続で10勝5敗であり,来場所はグランドスラムに期待がかかる。魁皇の8−7グランドスラムはいろんな意味で偉業(笑)だったが,こちらはそれに比べると幾分まっとうな偉業ではなかろうか。日馬富士を倒した相撲といい左のおっつけが最強なのは十分にわかったので,それが持続できるような相撲は取れないものか。いや取れてたらとっくに横綱だよ,というのはわかっているのだけれど。琴奨菊はがぶり寄りの頻度が少しだけ復活してきたところに若干の光明が見えるが,にしても覇気がない。もっとひどいのが鶴竜で,先場所はスランプ脱出の光明が見えたのに今場所は再び暗黒であった。技巧におごる相撲が見られる。休場した琴欧洲は割りと真剣に心配で,万が一陥落したら関脇が元大関二人が占領して誰も大関になれないとかいうひどい状況になるので,互助会でもなんでもいいから阻止していただきたい。

三役。関脇,豪栄道については,本当に若の里・琴光喜と大関になれるか否かの分岐線に今いると思う。今年中にダメなら前者だろう,ということを踏まえると10勝で喜んでいる場合ではない気がする。誰もが「立ち合い以外は完璧」と評している通りで,私から見てもそう思う。把瑠都はケガの調子が良さそうだが,それでも9勝止まりなのでコメントに窮する。小結の栃煌山についても豪栄道とほぼ同じ評価で,大関になりたいならあと1・2年が限度ではないか。前半3−5ながら後半7連勝で10勝到達したあたり,ハートは強くなっているので評価できる。安美錦は三役唯一の負け越しながら,前述の通り7−8で,年齢や地力を考えると十分ではないか。


前頭上位。高安は5−10だが,まあまだ23歳なのでという安心感はある。金星とったのに負け越しはもったいなく,実力に安定感は無いが,逆に言えば好調なら上位戦にも十分耐えうるし,内容を見ても悪くない,と今場所見てて思った。栃ノ心はそんな印象ないが7−8と大負けしていない。下に取りこぼしていないのがその原因で,荒れる中比較的無風だった力士の一人かなと。千代大龍の休場は極めて残念で,最後まで取ってれば台風の目だったに違いない。突き押しに十分威力があり,現状なら玉鷲や翔天狼あたりを抜いて平幕最強かもしれない。再来場所くらいに期待しておこう。妙義龍の8−7は妥当。可も不可もない。

時天空は5勝に終わったが,足技が上位陣にはほとんど通用していなかったのが印象的だった。今場所は七日目白鵬戦で時間前に立ったことで話題を作り役割を終えた。勢は地元の大声援の中上位初挑戦で,内容は見るところがなかったが,プレッシャーにはよく耐えており印象は悪くない。松鳳山はわりとがんばっていた気がしたが7−8で負け越し。体格差で突き起こし切れない場面は多かった気がした。魁聖は動きが非常にもっさりしており,前頭中盤ならあれでも勝てたと思うが上位には通じまい。


前頭中位。北太樹は10勝しているが印象がない。三賞の会議で声が上がらなかったようだが,そういうことか。隠岐の海は11勝で敢闘賞受賞だが,前にもこのくらいの番付で11勝しており,普通といえばそうかもしれない。ともあれ今場所は恵まれた身体だけでなく,多少なりとも技の切れがあったように思う。身体が大きい割に差せないと勝てないのは不思議といえば不思議。旭天鵬は不調そうだったが,なんだかんだで7−8まで持ち直した。場所中になんとかしてしまうのがベテランの味かもしれない。宝富士は11勝。敢闘賞は隠岐の海ではなくこちらで良かったのではないか。前半は印象に無かったが,後半は目立つ相撲があった。星もそんな感じで中日までは4−4ながら,後半負けなしである。左で差すことさえできれば内容よく勝てる。問題は上位相手に差せるかどうか。

前頭下位……は良い意味で言及できる力士はほとんどない。常幸龍9−6でじりじりと番付が上がっている。だがほとんど記憶になく,さっき記録を見たら変化に失敗して二番ほど負けていた。変化しなければ二桁勝てたんじゃ……。舛ノ山は相変わらず見ていて土俵上で死なないか不安になる。栃乃若は全然ダメだったが,やはりケガがあったようで1勝もせず休場。先場所の後半から危うかったが,早いカムバックを期待したい。双大竜と大岩戸は新入幕だったが,正直話にならない相撲が多かった。十両で鍛え直して来るほかあるまい。


雅山が引退した。本ブログでは大関経験者は個別記事を立てることにしているが,雅山はこのブログが立ち上がっていた期間に大関を経験していないので判断を迷った。結局時間もないので立てず,ここで短く記すことにする。彼の相撲の取り口は千代大海に近く,基本は押し相撲だが切りの良い所で引き,それで引き落としてしまうのがむしろ必勝パターンであった。ネット用語で言うところのいわゆるCSPである。それゆえ第一人者がいる時代には二番煎じ感があり,事実千代大海に比べると切れが一段階劣ったために上位ではなかなか通用しなかった。それが大関在位8場所という短さにも現れている。

一方,不思議と番付では大きく勝っていた彼よりも,雅山のほうが長生きしてしまった。しかも2012年になってから急激に衰えたが,逆に言って引退一年前までは前頭中位で勝ち越す程度に実力が残っており,衰えが非常に遅かったのが,結果的に彼の最大の特徴となったと言えるだろう。押し相撲力士には珍しいことである。相撲科学の観点から言えば,彼の相撲人生は注目に値するはずなので,研究者の方々は是非ともがんばってほしい。もう一つ,彼は2010年に野球賭博の廉で休場となり十両に転落し,年齢を考えても引退かと思われたが,なんとそこから2年取り,2012年初場所には小結まで行った。大関経験者として,十両転落から小結復帰は史上初だそうだ。加えて,大関陥落からの68場所幕内在位も史上最長で,大関陥落後の活躍がむしろ目覚ましいという,これまた稀有な事例となった。幕内在位自体も82場所で歴代9位は十分に誇れるものだ。取組後の座礼も独特でインパクトがあり,あれが好きだった人も多かったのではないか。私としても十分に記憶に残る力士であった。お疲れ様でした。


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2013年03月23日

HoI2だと受験の役にはほぼ立たないんだよなぁ

・三流歌人なぜ選ばれた 百人一首めぐる5つのナゾ(日経新聞)
→ 百人一首に入っている人たちの,歌以外の理由についていろいろと。
→ まあ藤原定家だって貴族なので,政治的力学が働いている。それは西行とて例外ではない。
→ また平安〜鎌倉が貴族社会で和歌なら,室町〜安土桃山なら武家社会で茶ということになるだろう。文化的権威が折衝を仲立つのは長らく変わらない。
→ 中には作者の疑わしい作品も。阿倍仲麻呂の歌も怪しいそうで。なぜ歌だけ伝わったのか。


・大学受験生の甥にお年玉にCivilization買ってやった(ぐう速)
→ Civだと世界史の勉強にならないからパラドゲーにしよう(提案)
→ 結果は同じやないか!というツッコミはあえて無視する方向で。
→ それにしても,コメントの一体感がぱない。スレ内もブコメも。


・体内時計25時間はウソだった!(日経ビジネスオンライン)
→ 25時間だと思ってたわ。というか教科書に載ってた気がする。
→ ついでに朝日を浴びることで体が勝手に調整してるってのは習った覚えがある。


・655年続く「殺人の代償」は無効、スイス裁判所が判断(AFPBB News)
→ ときどきこういうのが出てくるからヨーロッパはおもしろい。無効になる法源も18世紀半ばにさかのぼるのがすごい。
→ ブコメで気づいたが,過払い返還請求はしないのだろうか。したら蓄積でえらいことになっておもしろそうなのだが。


・桜宮高校で「顧問王国」が出来てしまったたった一つの理由(増田)
→ 安易なバランス主義は危ういが,この視点から教員も被害者という見方は十分にできるし,すべきだろう。
→ というか,自分が中学のときには実質無給というのが学生の間でも知られていたし,子供心に「休日出勤大変だなぁ」と思っていた。
→ 部活という学校単位での競争はおもしろい制度だし,教育とスポーツを兼ねているのもある程度合理的だと思うが,隠しきれない不都合が社会の表にじわじわと出てきている感じがする。最低限残業代は払えよという気がするが,教員という職業上も,昨今の公務員叩きの風潮から言っても難しいだろう。  
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2013年03月22日

”ギリシア人”

エル・グレコ《無原罪のお宿り》都美のエル・グレコ展に行ってきた。作品数は約50点と多いわけではないものの,バロックの作品らしく一点一点がかなり大きめであるので,ボリューム感はあった。どこか一つの美術館からごっそり借りてくる方式ではなく,世界各地の美術館からちょっとずつ借りてくる方式。一番多いのはトレドのエル・グレコ美術館で,次はプラド。あとはメトロポリタンやらブタペスト国立西洋美術館やら散っている。国内からは唯一西美が貸し出していた。大原美術館からは借りてこなかったらしい。

今回の展覧会では,普段見る機会はほぼ無い,スペインにたどり着くまでのエル・グレコの作品を見ることができる。これが貴重な経験で,おもしろかった。彼は当時ヴェネツィア領だったクレタ島で生まれた。生地ではイコン制作をしていたというから,ビザンツ様式の画家でもあったのだろう。それから画家修業のため本国ヴェネツィアに赴いた。このヴェネツィア到着期の作品を見ると確かにこっちこちに固い画風で,1000年前とは言わずともそれに近い時代のものと言われても違和感がない。ヴェネツィアではティツィアーノの工房に入った。ティツィアーノはすでに晩年であったが,このときにヴェネツィア派らしい色彩感覚を身につけたようである。この時期の作品を見ると形態がうねっておらず,確かにヴェネツィア派フォロワーである。さらにローマによってからスペインに渡り,トレドに定住した。というわけで,彼の人生を追っていくと一人で美術様式を1000年分追いかけたかのような感覚になる。ビザンティン美術から始まってルネサンスを経由し,マニエリスムないしバロックに到達するのだから,トップスピードである。

エル・グレコの作品はゴリゴリのマニエリスム,バロックの様式なのだが,そう言われてみると修行期の残滓がしっかりと残っているからおもしろい。そもそも「現実でない出来事の描写なんだから,遠近感なんて要らないよね」というのはプレ・ルネサンス美術の十八番であったはずである。もっともそれは神学上の要請もありつつ,単純にそうした技術が無かったという話でもあるわけだが,エル・グレコの短縮法や形態の歪みとは若干なりの親近感がある。今回のキャプションの随所で強調されていたが,エル・グレコの宗教画の特徴の一つに現実と幻想の境界が曖昧なことがある。それは題材の選択自体が受胎告知や無原罪のお宿りだからだろうというのもあれど,画風も大きな要素だろう。画面全体がやや幻想的であることで,現実の出来事と幻想の出来事の境界線をうまいことごまかしている感じはある。

また,形態の歪みがあまりにも強烈なのでそちらに目を奪われがちだが,色彩の鮮やかさはヴェネツィア派由来と言われれば納得する。肖像画だとそうでもないが宗教画になった途端に原色主義になるので,その目的ははっきりしている。形態の歪みもあって視覚表現として非常にわかりやすい。一方,光源処理も巧みで,「イエス本人が輝いてるから,部屋に陰ができる場所はここ」というようなことは割りとデジタルに処理していたように感じられた。この辺り,同じ時代に生きてバロックの始祖の一人になったカラヴァッジョとはやや対照的かもしれない。あちらは物体の描写や遠近法自体は非常に固く古典的な一方で,明暗の極端さで劇的表現を追求したわけだ。

今回の目玉展示《無原罪のお宿り》である。347×174cmという巨大さで,展示室の一室を完全に占領していた。この大きさが与えるインパクト自体がバロック的な効果を狙ったものであり,見上げる配置だからこその構図の力がある。鮮やかな色彩の部分を目で追うと,自然に下からS字の曲線を経て画面上部の天上にたどり着く。こればっかりは実物でなければわかるまい。ありきたりではあるが,実物の大きさを味わうというのが展覧会の目的ではあるだろう。どうでもいいが,この《無原罪のお宿り》を含め,エル・グレコは天国の表現をする際にやたらと高位の天使を飛ばせる傾向があり,彼らが実に気持ち悪い。プットーにしてごまかさないところに,こだわりは感じるのではあるが。
  
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2013年03月21日

最近読んだもの

・無限煉姦のAnotherをようやく読み終わった(リンク先R-18&ネタバレ注意)。これにより作品への考察が少し深まったので,レビューのほうに書き加えておく。


・へうげもの16巻。時代が一気に飛んで江戸時代に。安土桃山時代では信長・秀吉の派手な南蛮好みと,利休の侘び数寄,そして新興勢力として古田織部の”へうげ”が対立軸であった。それがこの江戸時代では織部が主流に,そして過激な「かぶき者」(岩佐又兵衛が代表格)と,いよいよ政権をとった徳川家康・秀忠の「質実剛健」(小堀遠州がバックアップ)が主要な対立軸になっている。当人の芸術観と政治思想が重なるのが本作のポイントだが,どうやら反徳川本流の勢力としてのかぶき者=伊達政宗=松平忠輝=大久保長安=豊臣家。一方で,豊徳合体に向けて暗躍するのが織部とその周辺の諸大名,という形になるようだ。
→ ポイントはそれぞれが完璧に反目しているわけではなくて,かぶき者勢は織部好みの勘違いと安土桃山の遺風からそうなっているので,必ずしも主流が嫌いなわけではない。小堀遠州も織部好みからは離脱したが,高い次元では互いの質の高さを認め合っているし,松平忠輝も完全に徳川家康・秀忠から離脱したわけでもない。事態はまだまだ流動的であるが,大坂夏の陣まで残り8年。秀頼が数寄を解しているだけに,史実同様の悲劇の予兆が見えている。どう動いていくのか楽しみだ。

・星川銀座四丁目3巻(完結)。買った直後に読んだときは,2巻の内容はまだしも1巻の内容はさすがに忘れており,そんな伏線あったっけか状態だったが,通して読み直してやっと自分の中で完結した。父が建築士なんて設定はさすがに覚えていない。
→ 歳の差カップルでオチをつけるとしたら,百合関係なくこうなるよなと。こう書くと不満気に見えるかもしれないが私は満足している。二人の養子縁組というゴールはいろいろあって随分遠くなってしまったが,やっぱり二人は親子であってかつ恋人でもあり,なんとも贅沢な関係であると思う。1・2巻の感想で書いたことの繰り返しにはなるが,この関係が描写できただけ,このひねくれた設定には大きな意味があった。
→ 最後は親族が訪ねてきて第三者目線から舞台をもう一度見る,という仕掛けは『ラブひな』でもあった。そして物語は再び始まる。一種の桃源郷を扱った作品の類型ではあると思うが,効果的で,そりゃまあ私の心のふるさとを思い出したりもします。


・『月と日本語』は漫画ではあるのだけれど,個人的な分類で書評のほうに回したい。問題は,1記事立つほど分量のある感想が書けるかということだが。一言だけ言うなら,とてもおもしろかったので『中国嫁日記』のほうを読んでない人にもお勧め。


・MELLのベストアルバム『ENTRUST』。もはや覚えている人のほうが少ない気はするが,一応このブログのタイトルはMELLのある曲から取られているように(※),それなりに思い入れのある歌手である。だから「これで(I'veでは)最後」と言われると,やはり思うところはある。寂しい。
→ 各曲にどうこうという感想を長く書けるほど音楽に詳しくはないが,やっぱりRed fractionはかっこいいし,Virgin's highも美しく生きたいもいい曲で,最後は空より近い夢で良かったと思う。しいて言えば,うちのブログの曲を入れて欲しかったなぁなんてのは,やっぱり過大な要求かなぁ。
(※ ラテン語で「砂漠の雪」)
  
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2013年03月17日

またアニソン三昧やってほしいな

・アングラ学芸員さんの街なか地質学(Togetter)
→ これはとてもおもしろかった。ちょっと長いが最後まで読んでしまった。
→ 東京や名古屋だと行ったところがある場所が多かったが,当然ながら知識がないので気づくはずがない。石材切り出してるんだから,こういうことになるわなぁ。街中に隠れる宝石や化石。ロマンがある。


・NHK-FM「今日は一日歌う声優三昧」司会、塩澤アナウンサーのオタ知識がヤバい(Togetter)
→ これは最初から最後まで聞いてたけど(というかNHKラジオのアニソン三昧シリーズは今のところ基本的に全部聞いてる),塩澤アナの俺たち側っぷりがすごかった。本家アニソン三昧の藤崎アナもすごい知識量で本当にアニメ好きなんだなーという印象だったけど,塩澤アナは好きなのに加えて「こちら側」臭がしたのが大きなポイントである。
→ ”PN廃課金兵”は拾うわ,丹下桜にひっかけて「全国のカレシの皆さん」とか言い出すわ,”w”を「わら」って読みかけるわ,「ストパン」と言っちゃうわ,白金ディスコの紹介で「合いの手の準備はよろしいですか? よーし、IKUZO!」とか言い出すわ,やりたい放題というかやらかし放題である。
→ 黒子のバスケのキャラソンを流したのはとても良かった。時期が冬コミの直前だっただけにね。
→ 安元大事件もすごかったのであわせて。
  → 【クリスマス・オペレーション】12/24「ゆるゆり安元大事件」勃発!! 【NHK FM 歌う声優三昧】(Togetter)
  → 安元大事件(ニコニコ大百科)
→ ちなみに,最後の「恋の天使舞い降りて」で異常なテンションの高さになった自分がいた。何年経ってもラブひなは心のふるさと。


・「あの時代」と今を繋ぐ 旧日本領の鳥居(ニューズウィーク日本版)
→ おもしろい。実に多様な使われ方。自然に同化しているものもあれば,街に溶け込んでいるものも。どちらも遺跡としては正しい姿。


・週マスpts記録更新に際して、ニコマスの現状を再考してみたり(めぐりあいクロニクル)
→ 全体的に同感。12年末の記事だけど,今でも通じる。爆発力はアニマスの影響じゃないかなーと。敷居さんのコメントの”まとめると「アイマスを知る人は増えた」「ニコマスを知る人は減った」ということかなあ ”もその通りだろう。
→ PVの数字は本当にまずい。個々の作品の出来は悪くないけど再生数が決定的に伸びない。PVは飽きられているというよりは,わかむらPの言っていたところの「下駄」が下駄にならなくなってきたのではないか。そのくらい,他のPV作る素材が豊富になってきている。MMDがその最たる例だが。ニコマス界隈自体はMMDによって広がったが,中核はヘタった感じはある。今見てるのは,それでもアイマスのPVMADに魅力を感じている私のような層だろう。


・俺たちのダイオウグソクムシさんにいったい何が?3年11か月の絶食、現在も記録更新中(三重・鳥羽水族館)(カラパイア)
・深海生物:「ダイオウグソクムシ」絶食5年目に突入(毎日新聞)
→ さめだ小判が扱ってなかったら知らなかった生物。
→ 下の続報にもある通り,絶食継続中のようである。丸4年絶食して12g(全体重の1%強)しか減ってないってどういうこと……
  
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2013年03月15日

ローマ教皇に引っ掛けて

普通に更新しようかと思ったけど時流に乗って,いろいろ久々の記録となった昨今のローマ教皇の話題に乗っかって歴史ネタでも書いておこうと思う。


まず,ベネディクト16世の生前退位。当時話題になったがこれは約600年ぶりのことで,前回の退位は1417年のグレゴリウス12世である。これについてはKousyouさんが詳細にまとめているので,そちらを紹介しておきたい。要するに,当時の教皇庁は弱り目に祟り目であった。腐敗が進んでいたのは自業自得ではあるが,フィリップ4世によるフランスの動きは想定外ではあったのだろう。こうした出来事から教皇の権威が失墜していったものの,東方貿易の好況などからイタリア半島の好景気に乗り,むしろ経済的には富裕になっていく。そうして教皇庁がパトロンとして推進し,開花させたのがイタリア=ルネサンスであった。結果的に綱紀粛正は放置されて悪化し,100年後の宗教改革へと続くのは記事中にある通り。

その上でいくつか付け加えることがあるとすると,大シスマを解決したコンスタンツ公会議はもう一つ重要なことを決定している。ヤン・フスの処刑である。14世紀後半から教皇庁の腐敗に対し,聖職者からも批判が表立って出るようになっていた。その端緒になったのがイギリスのウィクリフとこれに共鳴したボヘミアのフスである。彼らの主張は教会のヒエラルキーの改革と腐敗の一掃,そして聖書中心主義であった。これを異端と断じた教皇・皇帝はフスを捕えて火あぶりにし,すでに亡くなっていたウィクリフは死体を掘り起こされてまで焼かれることとなった。これに対しフス派はプラハの市庁舎を襲撃し,市長を窓から放り投げてしまった。世に名高きプラハの伝統,第一次窓外放擲事件である。この事件が端緒となってフス派と皇帝は戦争になる。これが約20年にわたって続いたフス戦争であるが,歴史上初めて銃火器が効果的に使用された戦争としても名高い。同じく銃火器が騎馬隊を打ち破ったチャルディラーンの戦い(1514年)の約100年前,長篠の合戦からは約150年前のことだ。

結局フス派の反乱はよくある仲間割れ,穏健派と過激派の抗争で自壊したが,ボヘミアは以後も聖書中心主義の遺風が残った。そしてコンスタンツ公会議から約百年後の1517年からルターの宗教改革が始まったのは前述の通りであるが,そこで掲げたのはやはり聖書中心主義であった。そしてさらに約百年後の1618年,第二次プラハ窓外放擲事件により,ヨーロッパ最大の宗教戦争「三十年戦争」が勃発する。しかし,この三十年戦争でボヘミアの新教徒は一掃され,カトリック圏に回帰していく。現在のチェコもやはりカトリックが多い。一方,この三十年戦争の戦場となったドイツは壊滅的な被害を受け人口の1/3が失われた。このドイツを出身にローマ教皇に上り詰めたのがラッツィンガー枢機卿,すなわちベネディクト16世である。

また,コンスタンツ公会議を開催した主催者は当時の神聖ローマ皇帝ジギスムントであった。彼は元々ハンガリー王である。ジギスムントは当時勢力伸長していたオスマン帝国に対して十字軍を起こし,決戦を挑んだが大敗,むしろバルカン半島の南半はオスマン帝国の支配下に帰すことになる。これをニコポリスの戦い(1396年)という。このときオスマン帝国を率いたバヤジット1世はこの6年後,イランから侵攻してきたティムールとアンカラで戦って大敗している。トルコのイランからの騎馬隊に対するリベンジは前述の通り,100年後のチャルディラーンで果たされることになった。その後ジギスムントは神聖ローマ皇帝に,またボヘミア王に即位し中欧の覇者となるが,その統治はフス戦争をはじめとした混乱に見まわれ,決して順調とは行かなかった。彼の死後ルクセンブルク家は途絶え,替わってハプスブルク家が皇帝を世襲していく。

なお,オスマン帝国は1922年に滅亡したが,その最後の王家の人物が亡くなったのはわずか4年前(2009年)のこと。また,ハプスブルク家も1918年にオーストリア帝国が滅亡した。その最後の皇太子オットーも,2011年にとうとう亡くなった。なんとも気の長い話であるが,むしろ両家の先祖が600年前の出来事にかかわっていることを辿れること自体に歴史的なロマンがある。


さて一方,今回即位したのはフランシスコ1世である。ラテン語でフランキスクス(Franciscus)になるのでこれにあわせればこの読みになるが,イタリア語読みならフランチェスコになるし,また「2世がいないのに1世がつくのはおかしい」ということで単純に”フランシスコ”と読む向きもあるようだ。しかしイタリア語読みとするとベネディクトも”ベネデット”としなければならないはずで辻褄が取れないし,未来に2世が出てきたときに混乱するから,今から1世をつけておけばよい話で,個人的には「フランシスコ1世」が良いように思う。サンフランシスコやフランシスコ・ザビエルのお陰で日本人的には馴染みがあるし。まああと一週間ほどで呼び方は定まるだろう。

フランシスコの名前はフランチェスコ修道会を開いたアッシジの聖フランチェスコから来ている。そういえばベネディクト16世も同じように修道会を開いた聖ベネディクトゥスから名前をとっているので,これにならったのかもしれない。もっとも両修道会の性質は大きく異なる。ベネディクト修道会は6世紀に成立したカトリック最後の修道会で,掲げられた理念が「祈り,かつ働け」であるように農業を生活の基盤とした。一方,フランチェスコ修道会は13世紀初頭,もうイタリアが東方貿易で経済的に豊かになりつつあった時期に成立したため,都市を中心に活動し,托鉢によって生活の糧を得ている。この違いは中世ヨーロッパ史の両端を見ている気がする。

南米出身は初だが,非欧州ということならさかのぼれる。フランシスコ1世の前の非欧州教皇は1300年前のグレゴリウス3世で,シリアの出身であったとされる。無論ドマイナーな教皇だが,彼の在位中にはどでかい出来事が起きている。トゥール・ポワティエ間の戦い(732年)である。実はベネディクト16世もかなり久々のドイツ人教皇であった。彼の前のドイツ人教皇は950年前に在位したウィクトル2世であるが,やはりドマイナーな人物で,在位もわずか2年ほどであるためほとんど書くことがない。しいて言えば,彼の縁戚にカノッサの屈辱で有名なハインリヒ4世がいる。こんなところでもフランシスコ1世はベネディクト16世に張り合っているのであった。


次の教皇はドミニコ1世にしよう(提案)
  
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2013年03月12日

非ニコマス定期消化 2012.10月上旬〜10月中旬



ななひら最高。どこからこんなロリロリしい声が出るんだ。



人によってはとても懐かしい曲。名曲は時を超えて使われるんだなぁと,本当に思う。



なんというかいろいろすごい。再現度も完成度も。ライス定食ってなんだよw



大作。本編も阿知賀編もある。最後が熱い。



あれから5年(曲自体は2009年に初出)。感慨深い。



とても作りこまれている。で,発売はいつですか?(お決まり)



もう一つゆるゆりから。短いが,恐ろしくテンポが良くてオシャレ。



いつものKM氏の。ルミナスでもやってくれた。



久々の更新。丁寧な説明に定評のあるうp主。基本的に変なバグを使っていないのでTASにしては素直な進み方になっている。正攻法のためメタル狩りによるスーパーレベルアップタイムが入る。毎回そうだが,4コマネタが飛び交うあたりに視聴者の年齢層を感じる。あとヒテッマンネタのコメントも多い。

  
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2013年03月10日

−絶対王政と革命−(2013一橋大世界史第2問)

2013年一橋大世界史第2問

さて,一橋大である。ひどく長い問題文だが,要するに,1787年の名士会による三部会開催要求が,革命にあたるか反乱にあたるか考察し,ディベート風に両論並立で答えなさいという要求だ。副題兼ヒントとして,絶対王政の成立による国王と貴族の変化,及びフランス革命のスローガンを参考にしろという留意事項がついている。

この問題の最大の特異点は「考察しなさい」の一言である。「論じなさい」はありうるが,「考察しなさい」はちょっと見たことがなかった。たとえば今年の東大も語尾が「論じなさい」だが,必要な歴史用語の名前とその説明を組み合わせれば,”立論”できてしまうように作問されている。ただし,その組み合わせるべき情報の取捨選択力と,文章構成力は極めて高度な部類のものが求められている。普段の一橋の問題も,方向性は違うが必要な能力は似たようなものだ。

が,この一橋の問題はすごい。これが「絶対王政の性質について説明しなさい」なら,合格するような受験生は解答できたはずだ。「フランス革命の歴史的意義について論じなさい」だったとしても,巨大すぎるテーマだが,筆が止まるということは無かったであろう。が,「なんでも”説明”してやる/論じてやる」という心構えのほとんどの受験生は,この問題を見てさぞかし困惑したに違いない。一見すると,立論の道具がほとんどないからだ。

知識だけで考えれば受験世界史範囲内でなんとか解答可能であるあたり,巧妙な問題でもある。副題兼ヒントも,武士の情けか,とても良いところに提供されている。そして,受験生の困惑を横に置いておけば,非常におもしろい問題である。歴史理解とは用語や年号の丸暗記ではなく,事象に対する理解力でもなく,時代ごとの特徴を説明できる能力だとする理想主義には賛同したい。が,それが大学入試で問えるかどうかは別問題であって,ひとまず現下の受験生には無茶ぶりではなかったかという懸念はぬぐえない。

というわけでこの問題,絶対王政とフランス革命に対する理解さえあれば,受験生的な知識がなくても解ける。そういう意味では,受験生的な解答作成マインドがないほうがとっかかりやすいかもしれない。以下に私なりの解答解説を掲載しておくので,腕に自信のある方は挑戦してみて欲しい。なお,私の解答が正しいとは限らない。


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2013年03月09日

受験世界史悪問・難問・奇問集 ver.2013 その2(慶應大・早稲田大)

昨日の続き。今年のワースト賞は早稲田の政経学部に進呈。

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2013年03月08日

受験世界史悪問・難問・奇問集 ver.2013 その1(上智大)

書籍版ができました!この年度も収録しています。


・序
昨年の記事は大変好評をいただき,このブログでも一,二を争う長期ヒット作となった。読者の皆様に感謝申し上げる。基本的な目的意識については昨年のものとなんら変わりない。つまり,悪問や度を超えた奇問・難問に対する糾弾である。なぜならそれらの大半は偶発的な事故や意欲的な作問の結果などではなく,大学という教育研究機関にあるまじき知的怠惰の結果から生まれるものであり,それもほとんどの場合一切釈明しないという傲慢な権威主義が見られるものだからだ。本記事は単なる悪問の収集を行うだけでなく,どうしてそのようなことが言えるのか,解説を加えていくものである。ただし,収集の目的が主であるから,きちんと釈明された問題や単純な出題ミスについても収録している。ミスのない人間などおらず,謝罪・訂正のあったものについては全く批判する気はない。この点ご了承いただきたい。


・収録の基準と分類
基準は昨年と全く同じであるので再掲する。

出題ミス:どこをどうあがいても言い訳できない問題。解答不能,もしくは複数回答が認められるもの。
悪問:厳格に言えば出題ミスとみなしうる,国語的にしか解答が出せない問題。
→ 歴史的知識及び一般常識から「明確に」判断を下せず,作題者の心情を読み取らせるものは,世界史の問題ではない上に現代文の試験としても悪問である。
奇問:出題の意図が見えない,ないし意図は見えるが空回りしている問題。主に,歴史的知識及び一般常識から解答が導き出せないもの。
難問:一応歴史の問題ではあるが,受験世界史の範囲を大きく逸脱し,一般の受験生には根拠ある解答がまったく不可能な問題。

難問の分類について注記しておく。大学入試という形式上,どれかしらの高校生向け検定教科書に記載があることが,最低限の基準である。ゆえに本記事で言及する「受験世界史の範囲」は,「山川の『用語集』に頻度,任發いいらとりあえず記載があるもの」とした。おそらく,これが「受験世界史の最広義の定義」であり,ある種の「受験生と大学の暗黙の了解が守られる限界のライン」であろう。特に慶應大学の作題者は『用語集』の頻度 Ν△鯀世辰討ている節があり,信義をギリギリで守っているがゆえに早稲田や上智に比べると収録数が少ない。逆に言えば,少し基準を緩めただけで大量に引っかかるということなのだけれど。

もっとも,現実的に考えると,販路の限られた教科書の全種類に受験生が触れることは実質的に不可能であり,また他科目への圧迫ともなる。ゆえに,多くの教科書に記載がある=少なくとも用語集頻度がぐ幣紂い修靴道垣遏ε貊顱実教のいずれか1冊以上で言及のあるもの,というのが本来の適正な「受験世界史の範囲」であろう(東大や京大はほぼこの基準を守っている)。あわせて,たとえば「 銑いら選ぶ正誤判定で,,寮飢鬚棒賁臈な歴史用語が使用されているが,◆銑い全て(マイナーではあれ)受験世界史範囲内知識であるため,なんとか,正解とわかるパターン」のようなものは収集対象としていない。

・総評
今回のリストも総数で約40,昨年とほぼ同じ数が積み上がったものの,比較的小粒である。昨年に比べると悪問は量的に変わらないながら,質的にはおとなしくなったといえるだろう。喜ばしいことである。一方で「日本語がひどいせいで悪問」というものは昨年と変わらず目立ち,これを作ったのが日本の学術をリードしている方々だと考えると暗澹たる気分になる。また,今年の本当のラスボスは早大ではなく一橋であった,ということは付記しておく(まあ一橋大のアレは一応受験世界史範囲内で解答可能だけれども)。

以下,具体的なリストに入る。本日は上智大のみで,慶應大・早稲田大については明日出落ち感が半端ないのでご注意。

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2013年03月05日

貴重なルネサンスもの

大公の聖母西美のラファエロ展に行ってきた。今回は一つの美術館から持ってきた系ではなく,一人の画家に焦点を絞って世界各地から持ってきた系である。ラファエロというビッグネームだけに,所蔵元の美術館もルーヴル・ウフィッツィ・ヴァチカン・カポディモンテ・プラドとそうそうたるメンバーだ。

こうした展覧会の場合,バロックや印象派の画家が多く,近年ではルネサンスの画家はあまり見なかった。昨年はシャルダン,レーピン,バーン・ジョーンズ,セザンヌ,ポロック,ユベール・ロベールといった面々で,一応ダ・ヴィンチがあるにはあるがあれはほとんど本人の真筆がない展覧会であった。一昨年もゴヤとルドゥーテ,レンブラント,ヴィジェ=ルブランが,三年前まで見渡してもゴッホ,マネ,ユトリロ,フランク・ブラングィンが増えるだけでやはりルネサンスの名前は出てこない。こうしてみるとやはりバロックと印象派は多いと思う。その意味で,とても貴重な展覧会であった。

本人の真筆や,はっきりと強い関係性のわかる画家の作品が多く,タイトル詐欺にはなっていない展覧会であった。しかも,西美にありがちな版画や素描が実は大半というパターンでもなく,総数こそ60点強とそれほど多いわけではないものの,油彩画が比較的多く見応えがあった。貴重である点を除いてもお勧めできる展覧会だ。

さて,今回改めてラファエロを見た感想としては,三大巨匠としては「三人目」なのだな,ということである。今回,彼の初期の作品も多く展示されていて,太い首になで肩は若い頃から変わらなかったのだなというのがわかって一つ収穫であった。しかしそれ以上に,若い頃の絵はさしてうまいわけではなく,フィレンツェに出てダ・ヴィンチやミケランジェロの絵に直接触れるようになってから,我々が知っているラファエロの絵になっていく。この二人の影響は明白で,中にはラファエロらしくないムキムキな男性を描写したものもあって少し驚いた。その上で,どちらの影響のほうが濃いかと言えばダ・ヴィンチの影響のほうが濃いように思う。やはり彼の人生はアンギエーリの戦いを模写したところで大きく展望が開けたのであろう。

今回一番印象に残ったのは,美術館としてもメインに据えていた(半券にも使われていた)《大公の聖母》である。時期的には1505-6の画風が変わり始めた時期にあたるがラファエロらしい特徴は出ている。しかしその最大の特徴は背景が黒く塗りつぶされていることである。ルネサンス期ならば背景はしっかり描かないにしても何かしらの風景が描かれているはずで,背景を黒く塗りつぶすなんてのはバロック期の画家がやることだ……なんて考えていたら,キャプションに「X線で調べたら17世紀になってから別の画家が黒く塗りつぶしていた。下からは風景画が出てきた」とばっちり書いてあった。それにしても,背景が黒く塗りつぶしてあるだけで随分と印象が違い,逆説的にバロックの発明は凄いものだと感動してしまった。この《大公の聖母》に関して言えば,背景を黒く塗りつぶしたのは正解である。


ところで,4月からはまたしても本人の真筆があるかどうか怪しいダ・ヴィンチ展@都美があるのはいいとしても,秋には西美でミケランジェロ展が予定されているらしい。今年そんなルネサンスイヤーなのか。何か記念になるようなものありましたっけ?それとも偶然?  
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2013年03月03日

日本は意外と小さくないよ

・米下院、いびつな区割り 得票率互角でも共和党多数(朝日新聞)
→ 記事は途中で切れているが,画像見た瞬間笑ってしまった。完全にゲリマンダーじゃないですか。アメリカもひどいもんだ。


・【エロゲ】END後しばらくしたら別れそうなカップルを語るスレ(家宝は2次元)
→ なかなかおもしろいテーマ&考察。
→ 挙がっているところでは,孝之は誰かのEDに行った後は落ち着くと思う。伊藤誠のことは知らん。あいつは血筋の事情で落ち着くのは無理かもしれない。
→ フィーナと達也は指摘されている通りの違和感が確かにあったけど,最終的にフィーナのかかあ天下で収まるんじゃないでしょうか。フィーナさん強いので。
→ 死別(老後)までちゃんと書いてるエロゲとしてはとらハ1の綺堂さくらエンドとかあるけど,少数派ではある。


・アメリカ人 「日本って、近代以前はまったく歴史に出てこないね」(世界的BBSニュース)
→ 様々な文脈からの批判が可能な言葉。
→ まず,政治史中心すぎる。国際経済史で考えれば日本銀のインパクトは外せないし,マルコ=ポーロのこともすっかり忘れられている。文化史的に考えてもアウト。古来シルクロードの東端だったし,漆器も伊万里も世界的なインパクトを与えた。
→ 無論,欧米史中心主義からの批判も可能で,中国史の枠組みだと決して存在感は小さくない。伊達に広開土王碑に残ってたり白村江で戦ったりはしてないわけで。
→ 日本人は「世界史」における日本を過小評価しがちなような。そりゃ中国に比べれば脇役だけども。極東の歴史だけで括れば,日本のプレゼンスの大きさがわかるはず。それは世界に広げても同じ。これは「実は日本はそれほど小さい国ではない」という話とも結びついてるかも。→ 日本人よ祖国の真のデカさを知れ 〜都市間距離から考える日本国の広さの話〜(とらっしゅのーと )


・若年層の投票率はホントに低いのか(はてなの鴨澤)
→ 「若者」が低いのではなく「我々の世代」が低いのが浮き彫りに……特に1969年生まれ以降が大きく下がっている。
→ 指摘があるが,「すでに日本が豊かで若い内に苦労してないから」というよりは「選挙権獲得した頃にバブルがはじけてロスジェネor物心ついたときには不況&世間が政治不信」というほうが大きいような気がする。子供は大人を見て育つもので,こう政治不信を煽るのはよろしくないと,自分が選挙権を得てみると思うのだ。


・維新の要職、旧太陽系ほぼ独占 党運営に懸念の声も(朝日新聞)
→ 宇宙戦争かクトゥルフ的な空気を感じるタイトル。前者なら一年戦争でも誕生しそうな雰囲気である。ジークジオン。ジミンではない。
→ ブコメから感じる「お前ら楽しそうだな」感。ある意味はてな村の真骨頂的空間。
→ そういえばマヤ暦的に世界が終わった日であった(12/21)。ナイスタイミングである。
  
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2013年03月02日

咲関連の気になったもの(12年11〜12月頃)

・咲-saki-キャラでモバマスみたいなの出して欲しい(にゃんこびより)
→ 不思議と納得してしまうCu,Co,Paの分類。基本魔物はポンコツなのでどうしてもPaが強くなってしまうような気はした。神代さんをCu,照をCoに振ってなんとか分散している。
→ 姉帯さんがCu,はじめちゃんがCoあたりはよくわかっている人が作っていると思う。
→ いない人だとむっきーはCo,純くんはPa(木村夏樹的に考えて),泉とセーラはCu,フナQもCu(池袋晶葉的に)。まこは……しいて言えばPaかなー。ちょっとモバマスにキャラが思い浮かばない。


・久保帯人が描いた咲-saki-にありがちなこと(ヒーローチャンネル)
→ 同じスレ何回立ってんだよとw。まあ相性は良いよね。
→ 「南……だと……」は素で言ってしまうから困る。「いつからそれが安牌だと錯覚していた……?」は積極的に使っていきたい。


・咲の聖地を網羅した「咲-Saki-」マップが凄い(麻雀アニメ&麻雀ゲームあれこれ)
「咲-Saki-」マップ(Google map)
→ 非常に巡礼がはかどるマップ。やっぱり長野と東京と奈良は多い。
→ さすがに東京は知らず知らずのうちに踏んでる場所が多い(オリンピック公園とか)。長野は東方の聖地巡礼で諏訪ワイン飲みに塩尻に行っているので,こちらも知らずに到達済。諏訪湖の湖畔や塩尻の衣の逃走経路は見覚えがある。浜名湖SAも実家の近くなので行ったことがある。残りは行ってない場所が多いかな。


・咲-Saki-の全国大会出場校がどのあたりにあるのかを調べてみた(私的素敵ジャンク)
→ あわせてマップネタ。トーナメント表を初めて見たときに「津具とかなんであんな僻地」と思ったことを思い出した東愛知の民であった。阿知賀もそうだけど,僻地多い。
→ 清澄も僻地だけど,諏訪湖が近いとわかる分はマシかも。永水も霧島と言われればわかる。
→ 都会のチームはさすがに有名な地名が出てくる。臨海は名前の通りだし,千里山は住宅街だし。なお,このブログの筆者は千里山の近くに住んだ経験がある模様。姫松と白糸台は初見で場所がわからなかったが,姫松は天王寺の南,白糸台は調布の向こうで府中の手前と言われれば分かる。
→ その中で京都の八桝高校はさっぱりわからなかった。初戦二回戦で敗退するし,日本神話ネタがよく使われる本作としては意外なチョイス&敗退であった。


・阿知賀メンバー5人で解答の変わる何切る問題(全4問)(麻雀漫画まとめ)
→ あらたそが何を言ってるのかわからない。日本語でおk。
→ 自分で,と考えると全部発想がアコと一緒だった。まあ自分はそういう打ち筋です。
→ 阿知賀の面々はそれぞれ打ち筋が独特だからおもしろい。ここまで綺麗に分かれる学校は他にないかも。あとは同じ主人公組である清澄も,5人全員捨て牌が異なりそう?  
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2013年03月01日

タイ紀行(3):観光地(バンコク)・日本文化

5−3.観光地(バンコク)
バンコクは大都市である。自明のことではあったのだが,思っている以上に巨大な都市であり,少し驚いた。中心部は高層ビルが多い。チェンマイから南下してきたときの光景を振り返るに,日本の東京以上に一極集中だなぁと。そういえば,観光地の周囲だけ緑があり,都会の中に観光地が点在している点は東京に近いかもしれないなと思った。ビル群では日本企業の名前もかなり多く見るが,これは言うまでもないだろう。ちょっと驚いたのは伊勢丹と東急があったことだ。台湾同様,セブンイレブンもあった。

観光地として行ったのはごくごく典型的なところである。エメラルド仏のあるワット・プラケオと王宮。ただしエメラルド仏は実際にはヒスイ製であり,かなり遠い距離からしか見ることができない,半ば秘仏状態である。巨大涅槃仏のワット・ポー。ただし,サガットで有名なのはアユタヤにあるワット・ロカヤスタの方(書き忘れていたがここも行っている)。ワット・ポーのものは大きさというより,その全身が金色に輝いているというインパクトが強い。

最後に通称「暁の寺」ことワット・アルン。他の寺院はまっ金金ないし朱塗りな中,ワット・アルンはカラフルな陶器と宝石による装飾で,地が石むき出しか漆喰になっているため大きく趣が異なる。カラフルな装飾を無視して形だけ考えるとアンコール・ワットにも近い。このワット・アルンは階段を登ってかなり高いところまで登らせてくれるのだが,この階段が急勾配で,高所恐怖症とは無縁の自分もさすがにちょっと怖かった。

ワット・アルン


階段の急勾配そのままに見上げて頂上を撮ってみた。今見てもこの角度は恐い。なお写っている後ろ姿は日本人ではなく,現地のタイ人である。彼らでさえもしんどそうであった。

はてさて,チェンマイのところでも書いた通り,黄金の国とはうちのことではなくタイのことではないかと思うほど,いくつかの寺院は豪華絢爛で壮麗な建築物であった。チェンマイでは趣味があわないなと思った私でも,これだけやられれば圧倒される。ただし,バンコクの場合はそもそも時間が経過しておらず,古びていないという事情は大きいかもしれない。なんせバンコク朝建国からまだ250年経っておらず,要するにこれらの寺院のほとんども長くて建立200年程度なのだ。タイという国がもっと長続きして,22世紀の人間が観光に来る頃には趣深さが増しているかもしれない。

そうそう,歴史を感じるという点では王宮に,西洋式との折衷で建てられたチャクリー宮殿があり,これが興味深かった。鹿鳴館や旧岩崎邸のようにバリバリの西洋式というわけではなく,折衷式である。パンフレットにはルネサンス様式と書いてあり確かにその通りだと思うが,広義のコロニアル様式でもあるのかな。シンプルな構成で列柱のバルコニーがあるので。どれが一番気に入った建物かというとこのチャクリー宮殿で,折衷にありがちな違和感が薄く,なかなか見事な調和である。

チャクリー宮殿



ああ,そういえばバンコクで食べたタイスキは半端無くうまかった(ただしスープは無論”白”)。東京にもコカレストランがあるらしいので,今度行ってみたい。


6.日本文化
twitterで次のようなことをつぶやいたところ,多くの人にRTされた。確かに,自分で見てもRTしたくなる情報だと思う。




その後,「機体によっては戸松遥もある」というご指摘をいただいた。これに限らず,バンコクはあっち方面の日本文化が大変栄えていたので,その報告にてタイ旅行記を締めたいと思う。  続きを読む
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