終わってみれば,予定調和的な場所であった。横綱の一人が優勝し,もう一人が12勝3敗で千秋楽まで優勝争いを引っ張り,気鋭の大関二人は11勝と10勝,カド番の大関は8勝で終戦した。これでいいのである。荒れた場所でも平凡だった場所でもなく,いろいろありつつ落ち着くべきところに落ち着いた場所。そういう印象であり,悪い印象ではない。
トピック的には旭天鵬・若の里の引退があるが,これは後で取り上げる。けが人は多少減った印象。日馬富士だけが悲惨であるが,不運だったとしか言いようがない。あとは場所中に痛めたらしい高安くらいで,全体としては無事に終わったのではないか。ガチ相撲が増えた最近では珍しいことだ。そうそう,千秋楽の琴奨菊−照ノ富士戦の互助会を疑う声が強いが,あれはガチだったと私は判断する。照ノ富士側に星を譲る理由がない点と,琴奨菊の変化は誰しもがさすがに予想できていなかった点,そして互助会を発動させるなら変化する必要がない(がっぷり組んだ方が疑われない演技がしやすい)という点から判断するに,むしろ琴奨菊の星勘定以外互助会と判断する要素が皆無と言える。互助会であったほうが話としてはおもしろいが,見る目も養わず簡単に疑うというのは好角家としてどうなのかとは苦言を呈させてもらう。
白鵬の逸ノ城に対するダメ押しは,そろそろ「親方経由」はやめて,本人に直接注意しないとダメだろう。これまで親方が注意してきても全く聞き入れられていない。加えて,今回宮城野親方はマスコミの取材に対して「モンゴルの人は、そういうところがあるじゃないですか。熱くなると抑えられなくなる。気が入りすぎると、自分自身が分からなくなるんじゃないですか。反省しているのは、反省しているでしょ。いつも『失敗した』という顔をしていますから。本人が一番分かっていること。」と述べていたが,モンゴル人の問題ではなくて白鵬個人の問題だし,反省しているかどうかと繰り返さないかどうかは別である。他は多少置いておくとしてもダメ押しだけはダメ,というのを徹底して欲しい。さらに言えば,その後ろめたさが翌日の敗戦につながったのではないかと思うので,ダメ押しは白鵬自身の精神にとっても良くないはずである。
個別評。白鵬について,舞の海が「衰えた」と評し,白鵬が優勝インタビューで反論するという場面が見られたが,やはり衰えていると思う。その理由については本ブログでは散々書いてきているのでもはや繰り返さないが,白鵬が自身の衰えと戦術の変化を認めたがらないというのは一つ発見で,ちょっとおもしろかった。実際には認めているからこそ戦術を変えてきているわけだが,それを公には認めないのである。彼なりのプライドということだろう。今場所の内容は最近の白鵬としては標準的。千秋楽の鶴竜戦はさすがの力量であた。
鶴竜は休場明けで勝負勘が心配されたが,何のことはなく,強い時の鶴竜であった。動きが機敏で計算づくであり,細かい動きすべてに意図がある。「ここでこう動けば相手はこう来るはずだから,こういう崩しを入れれば倒れる」というシミュレーション通りに展開するので,見ていて気持ちがいい。逆に言って彼が負けるときは計算が狂った時か,計算ではどうにもならない力負けした時で,今場所の敗戦3つは3つとも後者の様相であるから,どうしようもないといえばどうしようもないのであろう。日馬富士は手術明けなので大事を取っての休場致し方なし。にしても,右肘の遊離軟骨除去とは,野球選手のような手術である。
大関陣。稀勢の里は極々いつも通り。照ノ富士は新大関として及第点だろう。ただ,一気に綱取りという勢いはしぼんだというか,実力不足は露呈した。立ち合いが鈍く相手十分の四つになると,関脇クラスまでは何とかなるが大関・横綱クラスになると勝てないというのは弱点と言っていい。豪栄道と鶴竜がそろって深いもろ差しという選択をしたのは印象的で,これが栃煌山や豊ノ島だと極められてしまってむしろ照ノ富士が十分になるのだが,さすがに豪栄道と鶴竜となるともろ差しが効いた。豪栄道は9−6ではあるが,こちらも及第点と言っていいと思う。照ノ富士を破ったのは大きい。今場所の豪栄道は普段以上に首投げの切れが良かった。琴奨菊はなんとかつかんだ8勝ではあるが,2場所延命したという感想しかない。地位にしがみつく姿勢は嫌いではないが……
三役。逸ノ城は痩せよう。稽古しよう。4−11の大敗はさすがに薬になったと思いたい。栃煌山は稀勢の里と同じ,あとは精神の問題である。もろ差し・もろはずになれば大抵の相手は倒せるはずなのだが,緊張すると明らかに身体が固くなってそもそも中に入れないという大問題を抱えている。これをなんとかしないと大関取りは永久に無理。妙義龍は可も不可もない出来。宝富士が4−11と大敗したのは非常に意外。調子は悪くなかったように見えるが,谷川親方(北勝力)の言う通り対策されてきているのだろう。左四つになると強いが,なかなかならせてもらえなかったというのが今後の課題。ただ,研究されてもそこそこ勝てるくらいの実力がついているのかなとは思っていたので,意外だった。
前頭上位。栃ノ心は三役返り咲きおめでとう。ただ,日馬富士戦不戦勝,千秋楽の旭天鵬で2番勝ちを拾っており,実力通りだったかというと。来場所大敗しなければいいが。佐田の海は宝富士と同じで,動き自体は悪くなかったが,研究されてきている印象。やはり豪栄道と似たタイプで,技巧派ではあるものの,計算して崩すというわけでも,動きまわって撹乱するというわけでもなく,技の切れだけで勝負するタイプだが,今場所は自由に動かせてもらえなかった。このタイプは豪栄道が特例であって,上を目指すならタイプのチェンジを考えた方がいいと思う。安美錦は「土俵際の妖術力」こそ衰えていないものの,前に出る力は相当に衰えており,もう上位で取るのは厳しそう。彼が上位にいるとおもしろいし,照ノ富士や日馬富士の援護射撃にもなるので,良いのだけれど。旭天鵬の引退に際して「とうとう自分が最年長」と泣いていたそうだ。内心は相当に寂しいのであろう。隠岐の海は意外な大勝。今場所は縮こまらず,大きな身体を活かした相撲が取れていたように見えた。
前頭中盤。豊ノ島はやたらと稽古不足がNHKの各解説に批判されていた。確かに動きは悪かったが,そんなに界隈で話題になっていたのだろうか。嘉風の動きは良かった。12勝で敢闘賞は妥当。ただ,大砂嵐に負けた一番を見るに,まだ外国人は怖いんだなと思った。11勝の大砂嵐は対照的に,いつの間にか11勝していた印象。相変わらず乱暴な相撲で,持ち味ではあるが進歩もない。立ち合いの諸手突きはよく効いていた。佐田の富士も10勝,腕がよく伸びていた。星通りの好調だったのだろう。阿夢露も印象は良かったのだが,星は8勝止まりであった。左差しが差せれば馬力が出るのだが,そうでないとてんでダメで,勝ち姿が鮮やかインパクトがある。ここが印象と星数の差の原因かもしれない。
前頭下位は遠藤の復調以外,特に触れるところがない。遠藤の足はひとまず良さそうだが,手術しなかっただけに再発が心配である。
さて,若の里と旭天鵬が引退した。若の里は青森への巡業が終わってから発表するそうなので,正式にはまだであるが,ここでまとめて扱う。先に若の里から。右の腕力が強く,右であれば差し手でも上手でも怪力を発揮した。なまくらというわけでもなくどちらの四つでも取れたのだから脅威である。とりわけ右差しからのすくい投げは芸術的で,長く上位陣を苦しめた。出世も早く,2001年から05年までほぼ三役にいつづけた。大関候補の呼び声も高かったが,一方で足腰は強いというわけではなく,簡単に転がされる場面も目立った。ケガも多く,00年代後半には「大関候補の呼び声高かったのに,ケガの頻発で大関になれずエレベーター化した人」の代名詞としてネットスラングとして定着してしまっていたのは,本人にとって不運であった。とはいえ幕内中盤の門番としての地位は雅山とともに長く続き,「味のあるベテラン」として愛されていた。なんのかんので2012年頃までは存在感があったが,14年からは十両の場所が増え,今場所とうとうその地位も失うに至って引退となった。大関の地位にこだわらなかった結果長寿となった力士としては雅山と並ぶが,大関になれなかった原因もまたケガであるというのは,人生の不思議さを感じさせる話である。
旭天鵬はモンゴルからの入門者の第一世代で,1992年3月の初土俵は奇しくも若の里と同じである。同期の旭鷲山の引退は2006年のことで,すでに政治家・実業家として活躍している。これまた人生の不思議さを感じさせる話だ。旭天鵬の取り口は異様なまでに長い腕,それによる懐の広さに支えられたもので,スケールが大きい。旭天鵬の懐に潜り込んだつもりであっても,実はまだ旭天鵬の術中であり,右四つや外四つからの豪快な寄り,上手投げは見ていて爽快であった。一方で,番付上位の力士にはめっぽう弱く,手を抜いているわけではないが,立ち合いの前から明らかに精神的に負けている様子であった。しかし,上位戦で無理をしないこともケガの少なさにはつながっていたのだろう,旭天鵬の相撲人生自体が記録の宝庫である。なかでも37歳8ヶ月の史上最高齢初優勝(高齢優勝としては史上3位),史上初の40歳幕内勝ち越しは特筆に値する。2014年に入ってからはさすがに足腰に衰えが見え始め,組んでも踏ん張れない様子が見られ,今場所とうとう引退となった。
若の里も旭天鵬も,本当にお疲れ様でした。
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