2015年07月30日

レジェンドの引退

終わってみれば,予定調和的な場所であった。横綱の一人が優勝し,もう一人が12勝3敗で千秋楽まで優勝争いを引っ張り,気鋭の大関二人は11勝と10勝,カド番の大関は8勝で終戦した。これでいいのである。荒れた場所でも平凡だった場所でもなく,いろいろありつつ落ち着くべきところに落ち着いた場所。そういう印象であり,悪い印象ではない。

トピック的には旭天鵬・若の里の引退があるが,これは後で取り上げる。けが人は多少減った印象。日馬富士だけが悲惨であるが,不運だったとしか言いようがない。あとは場所中に痛めたらしい高安くらいで,全体としては無事に終わったのではないか。ガチ相撲が増えた最近では珍しいことだ。そうそう,千秋楽の琴奨菊−照ノ富士戦の互助会を疑う声が強いが,あれはガチだったと私は判断する。照ノ富士側に星を譲る理由がない点と,琴奨菊の変化は誰しもがさすがに予想できていなかった点,そして互助会を発動させるなら変化する必要がない(がっぷり組んだ方が疑われない演技がしやすい)という点から判断するに,むしろ琴奨菊の星勘定以外互助会と判断する要素が皆無と言える。互助会であったほうが話としてはおもしろいが,見る目も養わず簡単に疑うというのは好角家としてどうなのかとは苦言を呈させてもらう。

白鵬の逸ノ城に対するダメ押しは,そろそろ「親方経由」はやめて,本人に直接注意しないとダメだろう。これまで親方が注意してきても全く聞き入れられていない。加えて,今回宮城野親方はマスコミの取材に対して「モンゴルの人は、そういうところがあるじゃないですか。熱くなると抑えられなくなる。気が入りすぎると、自分自身が分からなくなるんじゃないですか。反省しているのは、反省しているでしょ。いつも『失敗した』という顔をしていますから。本人が一番分かっていること。」と述べていたが,モンゴル人の問題ではなくて白鵬個人の問題だし,反省しているかどうかと繰り返さないかどうかは別である。他は多少置いておくとしてもダメ押しだけはダメ,というのを徹底して欲しい。さらに言えば,その後ろめたさが翌日の敗戦につながったのではないかと思うので,ダメ押しは白鵬自身の精神にとっても良くないはずである。


個別評。白鵬について,舞の海が「衰えた」と評し,白鵬が優勝インタビューで反論するという場面が見られたが,やはり衰えていると思う。その理由については本ブログでは散々書いてきているのでもはや繰り返さないが,白鵬が自身の衰えと戦術の変化を認めたがらないというのは一つ発見で,ちょっとおもしろかった。実際には認めているからこそ戦術を変えてきているわけだが,それを公には認めないのである。彼なりのプライドということだろう。今場所の内容は最近の白鵬としては標準的。千秋楽の鶴竜戦はさすがの力量であた。

鶴竜は休場明けで勝負勘が心配されたが,何のことはなく,強い時の鶴竜であった。動きが機敏で計算づくであり,細かい動きすべてに意図がある。「ここでこう動けば相手はこう来るはずだから,こういう崩しを入れれば倒れる」というシミュレーション通りに展開するので,見ていて気持ちがいい。逆に言って彼が負けるときは計算が狂った時か,計算ではどうにもならない力負けした時で,今場所の敗戦3つは3つとも後者の様相であるから,どうしようもないといえばどうしようもないのであろう。日馬富士は手術明けなので大事を取っての休場致し方なし。にしても,右肘の遊離軟骨除去とは,野球選手のような手術である。

大関陣。稀勢の里は極々いつも通り。照ノ富士は新大関として及第点だろう。ただ,一気に綱取りという勢いはしぼんだというか,実力不足は露呈した。立ち合いが鈍く相手十分の四つになると,関脇クラスまでは何とかなるが大関・横綱クラスになると勝てないというのは弱点と言っていい。豪栄道と鶴竜がそろって深いもろ差しという選択をしたのは印象的で,これが栃煌山や豊ノ島だと極められてしまってむしろ照ノ富士が十分になるのだが,さすがに豪栄道と鶴竜となるともろ差しが効いた。豪栄道は9−6ではあるが,こちらも及第点と言っていいと思う。照ノ富士を破ったのは大きい。今場所の豪栄道は普段以上に首投げの切れが良かった。琴奨菊はなんとかつかんだ8勝ではあるが,2場所延命したという感想しかない。地位にしがみつく姿勢は嫌いではないが……

三役。逸ノ城は痩せよう。稽古しよう。4−11の大敗はさすがに薬になったと思いたい。栃煌山は稀勢の里と同じ,あとは精神の問題である。もろ差し・もろはずになれば大抵の相手は倒せるはずなのだが,緊張すると明らかに身体が固くなってそもそも中に入れないという大問題を抱えている。これをなんとかしないと大関取りは永久に無理。妙義龍は可も不可もない出来。宝富士が4−11と大敗したのは非常に意外。調子は悪くなかったように見えるが,谷川親方(北勝力)の言う通り対策されてきているのだろう。左四つになると強いが,なかなかならせてもらえなかったというのが今後の課題。ただ,研究されてもそこそこ勝てるくらいの実力がついているのかなとは思っていたので,意外だった。

前頭上位。栃ノ心は三役返り咲きおめでとう。ただ,日馬富士戦不戦勝,千秋楽の旭天鵬で2番勝ちを拾っており,実力通りだったかというと。来場所大敗しなければいいが。佐田の海は宝富士と同じで,動き自体は悪くなかったが,研究されてきている印象。やはり豪栄道と似たタイプで,技巧派ではあるものの,計算して崩すというわけでも,動きまわって撹乱するというわけでもなく,技の切れだけで勝負するタイプだが,今場所は自由に動かせてもらえなかった。このタイプは豪栄道が特例であって,上を目指すならタイプのチェンジを考えた方がいいと思う。安美錦は「土俵際の妖術力」こそ衰えていないものの,前に出る力は相当に衰えており,もう上位で取るのは厳しそう。彼が上位にいるとおもしろいし,照ノ富士や日馬富士の援護射撃にもなるので,良いのだけれど。旭天鵬の引退に際して「とうとう自分が最年長」と泣いていたそうだ。内心は相当に寂しいのであろう。隠岐の海は意外な大勝。今場所は縮こまらず,大きな身体を活かした相撲が取れていたように見えた。

前頭中盤。豊ノ島はやたらと稽古不足がNHKの各解説に批判されていた。確かに動きは悪かったが,そんなに界隈で話題になっていたのだろうか。嘉風の動きは良かった。12勝で敢闘賞は妥当。ただ,大砂嵐に負けた一番を見るに,まだ外国人は怖いんだなと思った。11勝の大砂嵐は対照的に,いつの間にか11勝していた印象。相変わらず乱暴な相撲で,持ち味ではあるが進歩もない。立ち合いの諸手突きはよく効いていた。佐田の富士も10勝,腕がよく伸びていた。星通りの好調だったのだろう。阿夢露も印象は良かったのだが,星は8勝止まりであった。左差しが差せれば馬力が出るのだが,そうでないとてんでダメで,勝ち姿が鮮やかインパクトがある。ここが印象と星数の差の原因かもしれない。

前頭下位は遠藤の復調以外,特に触れるところがない。遠藤の足はひとまず良さそうだが,手術しなかっただけに再発が心配である。


さて,若の里と旭天鵬が引退した。若の里は青森への巡業が終わってから発表するそうなので,正式にはまだであるが,ここでまとめて扱う。先に若の里から。右の腕力が強く,右であれば差し手でも上手でも怪力を発揮した。なまくらというわけでもなくどちらの四つでも取れたのだから脅威である。とりわけ右差しからのすくい投げは芸術的で,長く上位陣を苦しめた。出世も早く,2001年から05年までほぼ三役にいつづけた。大関候補の呼び声も高かったが,一方で足腰は強いというわけではなく,簡単に転がされる場面も目立った。ケガも多く,00年代後半には「大関候補の呼び声高かったのに,ケガの頻発で大関になれずエレベーター化した人」の代名詞としてネットスラングとして定着してしまっていたのは,本人にとって不運であった。とはいえ幕内中盤の門番としての地位は雅山とともに長く続き,「味のあるベテラン」として愛されていた。なんのかんので2012年頃までは存在感があったが,14年からは十両の場所が増え,今場所とうとうその地位も失うに至って引退となった。大関の地位にこだわらなかった結果長寿となった力士としては雅山と並ぶが,大関になれなかった原因もまたケガであるというのは,人生の不思議さを感じさせる話である。

旭天鵬はモンゴルからの入門者の第一世代で,1992年3月の初土俵は奇しくも若の里と同じである。同期の旭鷲山の引退は2006年のことで,すでに政治家・実業家として活躍している。これまた人生の不思議さを感じさせる話だ。旭天鵬の取り口は異様なまでに長い腕,それによる懐の広さに支えられたもので,スケールが大きい。旭天鵬の懐に潜り込んだつもりであっても,実はまだ旭天鵬の術中であり,右四つや外四つからの豪快な寄り,上手投げは見ていて爽快であった。一方で,番付上位の力士にはめっぽう弱く,手を抜いているわけではないが,立ち合いの前から明らかに精神的に負けている様子であった。しかし,上位戦で無理をしないこともケガの少なさにはつながっていたのだろう,旭天鵬の相撲人生自体が記録の宝庫である。なかでも37歳8ヶ月の史上最高齢初優勝(高齢優勝としては史上3位),史上初の40歳幕内勝ち越しは特筆に値する。2014年に入ってからはさすがに足腰に衰えが見え始め,組んでも踏ん張れない様子が見られ,今場所とうとう引退となった。

若の里も旭天鵬も,本当にお疲れ様でした。
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2015年07月26日

最近読んだもの・買ったもの(WORLD-END-ECONOMiCA他)

・『WORLD-END-ECONOMiCA』1・2・3巻。とうとう文庫版も全部出た。欲を言えば絵・音あってこその本作ではあるので原作ゲームをやってほしいところではあるのだけれど,そんな暇はないという人はぜひともこちらで。……とはいうものの,本作は一冊一冊が『終わりのクロニクル』級で(さすがにこれよりは若干薄いか?),諦めて6巻構成にしとくべきだったのでは……と思う程度には無謀な状態になっているので,通して読む場合は覚悟されたし。
→ で,当方はゲームプレイ済みで全作レビュー済(ネタバレ注意)だが,経済・金融を扱ったノベル作品としては本当に最高峰だと思う。『狼と香辛料』を読んだ人もそうでない人も,どうぞどうぞ。

WORLD END ECONOMiCA (1) (電撃文庫)
支倉 凍砂
KADOKAWA/アスキー・メディアワークス
2014-12-10




・『U.Q.HOLDER』6巻。三太編完結。小夜子が思ってたよりも強敵だったことに驚いたが,非常におもしろい話だった。
→ 赤松健作品にしては社会へのメッセージが強い話だったのは,昨今の彼自身が業界の危機に対して積極的に政治的に動いているから,というのは深読みのしすぎだろうか。そうでなくとも赤松健自身が第二世代のオタクであり,現在よりもオタクが根暗と強く結びついていた時期に青春を過ごした人間だった。どう考えても彼自身が小夜子・三太の側の人間である。
→ これは単純な非リア充からリア充への妬みと解釈すると全く物語の読み筋を外す。いじめっ子というものはリア充とは別物だが地続きの向こう側にいる人間であり,それは根暗からすると同じように見える/助けてくれないなら同じにしか見えないという話で,そんな人間が大半を占めるこの世は地獄である。そういう理不尽な世界観の話だ。「あなた達の日常は私達の屍の上に」というのは,赤松健にとってかなり本気の主張だったのではないか。それでも三太は,世界への復讐よりもそんなリア充が生きる尊い日常を取った。美しい話だ。


・『ガールズ&パンツァー 激闘マジノ戦です』1巻。なかなか劇場版が公開されないものだからこうしてどんどんスピンオフが。いや,何も出ないよりはいいのだけど。今度は大会開催前に,実は聖グロリアーナ以外ともう一校練習試合してました,という設定を付け加えての,フランス戦車をそろえたマジノ女学院と対戦。マジノも,これまでの守備的な戦術から機動戦術に変更するつもりで,その試金石として大洗との練習試合を受けたという……いや,作中ですでにツッコミが入っているけど,持ってる戦車からして向かないというのはどうすれば。というか最強の戦車がシャールB1bisというのは,三突と4号Dを持ってる大洗の初期戦力を通り越してアンツィオ級なのでは。そういう意味では緊張感があまり無い。
→ ところで,フランスの戦車を使った高校はなぜかもう一校あり,そっちはBC自由学園という。もう一つのスピンオフ作品『リボンの武者』の方に登場。あっちはそもそも戦車の調達に苦労していて,サンダースからレンドリースを受けているようで……


・『ガールズ&パンツァー リボンの武者』1巻。こっちは野上武志が作画するスピンオフ。正式な戦車道ではなく,野良試合のタンカスロン(強襲戦車競技)が舞台。参加規定が「10トン以下の戦車」しかない,完全な野良試合である。主人公は「生まれる時代を間違えた」武者,しずか姫こと鶴姫しずかと,戦車道大会の大洗の試合を見て突然目覚めてしまった松風鈴の二人。名前からわかる通り,しずか姫が砲手,鈴が操縦手である。10トン以下の戦車なので二人乗りである。具体的には九七式装甲車テケなのだが,10トン以下どころか約5トンしかない。
→ 戦車戦もいいのだが,それより何より姫騎士ならぬ武者姫としか言えないしずか姫(伝わる人に言うなら『世界征服彼女』の亜子様が一番近い)と,典型的な軽い感じの女子高生の鈴という,属性的にはずれまくってる二人のラブラブっぷりが百合としてすばらしい。属性的にはずれまくってるんだけど,二人とも戦車(道)が好きだし,互いの腕を信頼しきってるからこその相思相愛で,大変素晴らしい。
→ 笑ったのは2話,鈴が戦車道全国大会をテレビで見ている場面で,テレビに映された西住みほが凛々しいというか禍々しいことこの上なく,本人のパーソナリティを知らずに見るとやはり軍神にしか見えないのだなぁと。実際,奇策の限りを尽くして戦車のスペック以上の戦力を引き出す,砲弾を全く恐れずキューポラの上に立つ,そもそも名字が「西住」と,確かに恐怖を感じる要素しかない。ここまでのスピンオフは西住みほを知る人物か,その恐ろしさが知れ渡る前の時点での話しかなかったので,客観的な西住みほ像は割りと新鮮であった。この辺は『咲-Saki-』の宮永咲と本当に同じ。そりゃ松実玄は怯えますって。あっちは体感だったけど。  
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2015年07月25日

国語教育は改善できるのか

・高校教科書に『舞姫』は要らない 〜 明治のクズ男太田豊太郎(Togetter)
→  小中までの国語が道徳を兼ねているのに対し,高校の現代文で急に文学性を要求される結果として,こういう戸惑いがあるのかも。「クズは死ね」という道徳的な話と,「近代的自我の萌芽としての作品(ただし,それが男性視点に偏っているという批判つき)」という文学史的な話と,「文学的に優れている」という文学性の話はすべて別なはずで,最初しか教えられていないところに後ろ二つが来たら(挙句「高二病」的な国語教員に二番目の点をゴリ押しされれば),「クズは死ねという批判を許さない高校の現代文はクソ。というかそういう作品である『舞姫』がクソ」というレッテルになるのもやむをえまい。
→ だから本質的な批判点としては二つで,まず「小中までの国語」が間違っている。私的な意見としては,小中の国語から小説(物語)に対する言語的読解能力を鍛える授業をやればよいのだと思う。そこで道徳から切り離されるからこそ,道徳という科目の価値も出てくるのでは。これは正直に言えば私怨もあって,「小中までの国語」というものがわかってなくて,私は中学までは国語が苦手科目だった。
→ もう一点は国語教員の問題で,Togetter中段でsaebouさんが見事に指摘しているが,「クズを擁護するのが文学性」とでも思っているようなレベルでは教員の水準が低すぎるだろう。文学史上に則った読みをすると擁護気味になってしまうし,そうした読みを許容するのも文学の楽しみではあるとして紹介しつつ,でもまあクズはクズだよねという指導にならなければならない。この点,やはりうちの高校は恵まれていたというか,名実ともに進学校ではあったのだなと思う。幸いにして,そういう読解を提供する国語教師ではなかった。じゃあどうやって教員の水準上げるの? という話は巨大になりすぎるので(人数の問題とか),ここでは避けたい。
→ とはいえ,義務教育・高校教育におけるこうした低水準が,カジュアルなものから予算の縮小までに至る人文系への偏見・批判につながっているとは言うことができ,割りと深刻なのではないかと思わなくもない。


・アフリカに2000以上もの言語が存在する理由とは?(GIGAZINE)
→  記事中にある通り,政治的な事情は大きいと思う。国民国家形成というか,その前の近世の段階で消えた言語は多かろう。その波に飲まれなかった地域が現在でも多言語なのでは。
→ 『銃・病原菌・鉄』的な話をするなら,上述の事情も含めてアフリカ大陸の形が南北に長いものだったという事情や,熱帯雨林やサバンナ気候で交流が生じづらかったこと,唯一横に長い部分は大部分がサハラ砂漠等は挙げることができよう。大陸の方向に結び付けずとも,東南アジアやインドも少数民族が多く,熱帯は人口が希薄になる関係で,どうしても国家形成が遅くなり,同化も起きづらくなるのではないかと思う。この辺,白人が同化または虐殺してしまったラテンアメリカや(記事中に出てくる)オーストラリアは同じ熱帯でも事情が違う。


・死亡フラグを追いかけて(最終防衛ライン3)
→ 力作。確認できる範囲では2002年の1月が初出,2002年頃から流行・定着しだした言葉ではないか,とのこと。フラグという言葉が先行し,そこから死亡がくっついたと見られる。フラグ自体はアドベンチャーゲーム由来。おそらくその通りだろう。
→ 私がインターネットを使い始めたのは2001年頃だが,その頃どうだったかはちょっと記憶が無い。逆に言って,2002年頃から流行しだしたというのは実感としても正しいのかもしれない。


・2010年から現在までのFIFA汚職報道まとめ(想像力はベッドルームと路上から)
→ こちらも力作。FIFAといいIOCといい,スポーツは感動を与え,感動の集まるところに金が集まり,金が集まれば腐敗するとはいえ,スポーツが間接的に腐っていくのは悲しい。  
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2015年07月21日

クラ運河は実現するのか

・中国とタイ、マラッカ海峡回避するため運河を建設へ、メディア「米国の封鎖を破る」(新華ニュース)
→ マラッカ海峡とクラ“地峡”が経済戦争をしていたのは1400年ほど前の話。西暦600年頃までのマラッカ海峡は交通の難所で(ある程度は現在でもそうだが),安全に通れる保証が無かったため,不便は承知でクラ地峡で陸揚げし,横断して別の船に乗り換えていた。それゆえにタイ湾沿岸部が栄え,特に現在のベトナムの最南端に位置した港市オケオが繁栄した。しかし,インド人の航海技術が進歩した結果,それなりにマラッカ海峡が使えるルートとなり,すると陸揚げの手間をさけるべくこちらに商人が集中するようになる。結果的にオケオは没落し,代わってマラッカ海峡沿岸部が繁栄を始める。その原初としてのシュリーヴィジャヤ,15世紀以降のマラッカ,近現代のシンガポールとその繁栄は続く。というわけで,クラ地峡が1400年ぶりのリベンジをかけるなら,壮大すぎる歴史的出来事になる。
→ 無論のことながらこうした歴史的背景を考えなくても,現代の地政学に巨大な影響を与えるだろう。マラッカ海峡の制海権が南シナ海,ひいては東南アジア全域の海上優勢に通じるのも歴史的な証明のある話だが,それはマラッカ海峡がチョークポイントの典型にあたるからだ。その特権的地位が崩れればマラッカ海峡の重要性が格段に下がり,ひいては南シナ海自体の重要性が恐ろしく下がることだろう。
→ やや歴史を離れた話をすると,クラ運河建設はASEANの団結を乱すかもしれない。ビルマを除く大陸諸国はクラ運河があったほうが便利だが,フィリピンを除く島嶼部諸国にとっては悪夢である。また,記事中にある通り,大陸諸国の内部でも華僑は良く思わないだろう。スプラトリー諸島においてASEANの団結を避けたい中国としては,計画だけでも良いクサビになると考えているのかもしれない。


・プーチン大統領の胸像を公開、ローマ皇帝のような姿 ロシア(AFPBB)
→ 第三のローマ(笑)を地でいく行為と考えるとまあ。某人のブコメの「クリミアヌス」に大爆笑した。


・安倍総理は「ポツダム宣言を詳らかに読んでいない」と実際に発言したのか?またその文脈は? 〜自共党首討論全文文字起こし〜(Togetter)
→ すでに集団的自衛権に関する法案は衆院を通過してしまったけれど,この討論は双方の目論見が出ていておもしろかったと思う。志位さんは,安倍さんが戦後レジームを覆しつつ日米同盟は崩さないという両立に挑もうとしているのを知っていて,わざと二次大戦の正戦論をふっかけている。そこから,政府自身が正戦かどうかを判断することの危うさに話をつなげようとしている。一方,安倍さんは「“日本は”ポツダム宣言を受諾して降伏した」「“政府は”各種談話は継承する」としつつ,“自分の口からは”絶対に戦後レジームを追認するような発言は避ける。その回避のためなら「詳らかには把握していない」くらいの逃げは当然打つだろう。
→ なのだが,Togetterのコメント欄にしろはてブにしろ,安倍さんの支持派も批判派も双方で,残念な反応が多かった。すでにいずれも他の方の指摘が入っているが,これはむしろ無知を装って判断をかわした安倍さんの討論術が意外と高いことに驚くべき話であって,安倍さんを馬鹿にして終わりにしていい話ではなかった。また一方で,「共産党は“正しい戦争”があると考えているの? 戦争は全て悪いという平和主義はどこに行ったの?」という煽りをしている人に至っては付ける薬がない。正しい戦争は無くとも誤っていた戦争があるという判断はできるし,それ以上に志位さんの目論見を読めてないということだから,目が曇っているとしか言いようがない。
→ 大屋先生が言っているが,安倍さんのより上手い回避術としては「ポツダム宣言全体としては政府・私ともども認めている。しかし,『世界征服』という表現は明らかに過大であるように,細部には不満がある」というようなことを言っておけば,無知を装うよりも,バカにされずに志位さんが追撃しづらい状況を作れたのではないか。


・PTAに関する読者の疑問、組織トップの回答は?(朝日新聞)
→ いろいろと批判を浴びているPTAに対して,日本PTA全国協議会(日P)の会長の回答は,というと,批判点を凝縮させたような回答であった。朝日新聞の記者のあきれが文章からにじみ出ている。
→ ボランティアという名前の強制を当然のものと考えているあたりはブラック企業問題とも通じる日本の伝統的恥部である。社会の変動に全くついていけていない。これなら無くなったほうがよい。  
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2015年07月17日

モンゴル文字あれこれ

・オゾンホールは今世紀末に消滅する:NASA発表(WIRED.jp)
→ 私の幼少期にフロンの使用が急激に減少していった。気付けば社会に浸透しきって,フロンの使用禁止自体聞かない言葉になっていったが,高校生くらいの頃からだろうか,もう少し前だろうかという時期だと思う。これは私にとって完全に同時代史と言えるだろう。
→ いずれにせよ,人類が自らの環境破壊を努力で食い止めた良い事例にはなるだろう。できることからやっていきましょう。


・内田弘樹先生が「ヒトラーの国民国家」を読んでいるというところから始まる目からどんどんハイライトが消えていく地獄のお話(Togetter)
→ ヒトラーの経済政策が決して褒められたものではないのが知られていって,「とはいえナチスは世界恐慌からドイツを回復させた」系の擁護ができなくなっていくのはとても良いことだと思う。とりわけシャハトがいなくなってからは完全に自転車操業で,オーストリア併合以後は蛮族経済だからね……
→ はよ世界史の教科書も書き換わらんかな。どの教科書もポジティブな書き方ではないにせよ,「経済政策で人気を得た」程度のことは“留保抜きに”普通に書いてあるので。それ自体は事実ながら,Togetterにあるような留保が必要なんだけどなぁ。


・週刊少年ジャンプ(2015年25号)の感想(北区の帰宅部 )
→ ジャンプの新連載の『『背すじをピン!と』について。これは全く同じ事を思った。
>本作『競技ダンス部へようこそ』は「お前らの考える社交ダンスとは違うんだよ!!」というスタンスですけど、『Shall we ダンス?』『ウリナリ』で社交ダンスのイメージが形成されてる層に対しては無力なんですよ。空振り。ここのすれ違いが今後変なことにならないといいんですけどね。
→ と同時にこのセルフツッコミも正しいかもしれない。「おいおい,知ってるよそんなことは」と思っているのはおっさん・おばさん漫画読みだけかもしれぬ。
>まぁ、『Shall we ダンス?』も『ウリナリ』も結構昔の作品(番組)ですからね。今現在学生の人たちにとっては観たことなかったりするのかしら。むむむ、それはそれで悲しいですよw


・旭天鵬、支度部屋の素顔 白鵬に「これ、何て読むの?」(朝日新聞)
→ これはめちゃくちゃおもしろい話。モンゴルは1920年代に人民共和国となってから,モンゴル語の文字をモンゴル文字からキリル文字に切り替えて,これが今でも使われている。1990年代に民主化してからもキリル文字が使われているが,同時にモンゴル文字復興運動が始まり,古文のような形で教育過程に入った。だから21世紀になってからモンゴルで義務教育を受けた世代になるとモンゴル文字を読めるのだが,旭天鵬は1974年生まれの1992年来日であるから,モンゴル文字を習っていない。というよりも記事中に出てくる白鵬だって1985年生まれの2000年来日だから,義務教育で習ったかどうかと言われるとけっこう際どい。もっとも,白鵬はエリート層出身なので,義務教育でなくともモンゴル文字くらい読めるのかも。1991年生まれで2010年来日の照ノ富士は完全に小学校で習った世代だろう。旭天鵬の義務教育時代はまだ社会主義国と考えると,ソ連崩壊はまだ遠い過去でもないなと感慨深くなった記事であった。照ノ富士は平成生まれ初の大関だが,それ以上にモンゴル民主化後生まれ初の大関と言った方が意義深いのではないか。
→ ちなみに,意外かもしれないがモンゴルの識字率は高く,先進国並である。旧社会主義国の意地か。
→ 画像にある通り,モンゴル文字は縦書き。ただし,左から右に読む。だから左の行がチンギス,右の行がハーンになるのである。モンゴル文字はウイグル文字を元に13世紀に考案されたもので,ウイグル文字は日本のかな文字同様に縦書き・横書きのどちらでも可能な珍しい文字であったが,モンゴル文字は基本的に横書きしない。ウイグル文字の系統は遊牧民で広く使われたが,当のウイグル語自体がイスラーム化によってアラビア文字を使うようになったのをはじめ,史上あれだけ繁栄したウイグル文字の系統は現在ほとんど使われていない。その意味で,古文的扱いとはいえ,現在のモンゴルの義務教育は貴重である。
→ モンゴル語を表記する文字としては同じく13世紀にチベット文字を元に作られたパスパ文字があるが,こちらは廃れてしまった。ところがこのパスパ文字,字体がハングル(訓民正音)に似ているので,ハングルの原型になったのではないかという説がある。高麗はモンゴルの影響を強く受けたので,無い話ではなかろう。
→ それぞれの文字の原型をたどっていくと,モンゴル文字→ウイグル文字→ソグド文字→アラム文字となってこちらは西アジアは地中海沿岸に辿り着き,ハングル?→パスパ文字→チベット文字→ブラーフミー文字とこちらはインドに辿り着く。何とも壮大な移動であろう。  
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2015年07月15日

非ニコマス定期消化 2015.4月上旬〜4月下旬



同じメンバー,9年ぶりで前回も役満,今回も役満。偶然というにはすごすぎる展開。やはり萩原聖人はアカギの声優やってから何か持ってるわ。



こちらは5年ぶりの再戦。今回もからさとつらさの激しい勝負が繰り広げられた。



改ニかわいいなぁ……厳しさと優しさがうまく混在しとる……



同作者で。こういうので野分が出てくるのは珍しいかも。タイトルの通り,真面目かわいい。



とうとうFF6でも任意コード実行ができるように。「ますます楽して」の枠でやっているが,これ普通にTASで使える技なのでは。



全然聞いてなくてわからないのが多かったが,こうして聞いてみると歌手の面々も少しずつ変わってるんだなと。Ceuiさん多くてちょっと驚いた。あと,I’veが少し戻ってきた? 1〜4位は確かにいい曲だと思う。知っている曲では,Glitterが入ってて安心した。




大相撲超会議場所のOB戦。この宣伝はよく出来てて,琴欧洲―雅山の方はちょっと泣いてしまった。本番もニコ生で見ていたが,結果自体はどちらもすこぶる順当。OB戦は来年以降も恒例になっていくといいと思う。



非常に意外なことに,リュート編はあまりTASがなく,実はこれまでの最速がおやつさんのもので投稿が2009年,しかも英語版のROMだった(記録は実時間で21分超)。日本語版なので単純比較はできないが,19分台だからこれが現行最速? リュート編TASはまだ開拓の余地があるのかも。



こちらはエミリア編で,前記録が25分32秒だから約24秒の更新。サガフロのTASには時々あることだが,音がすごいことになっている。全然鍛えていなくて連携だけでダメージを蓄積させていく,サガフロTASらしいTASに仕上がった。

  
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2015年07月14日

提出期限は守るか,事前に交渉しよう

・<単位>としての東京ドームの誕生(増田)
→ これはおもしろかった。読売新聞が意図的に流行させたのね。当初から「わかりづれーよ」というツッコミ待ちという文脈含みだったとすると,文脈が切れてしまったことが昨今の不人気の理由かも。
→ しかし,批判が増えたせいか,東京ドーム自体が古くなってきたからか,最近見なくなったような。


・良識ある社会人のみなさんへ−提出物は期限に余裕もって出してください(攻めは飛車角銀桂守りは金銀三枚)
→ はてブの反応を見ていると不評で,「だったらそれを踏まえて締切設定しろ」という反論が見られるが,そうするとさらに杜撰なものが提出されるのが常であり,または「引き伸ばして」と言われてギリギリまで引き伸ばした結果が大体これというのが私的な経験談である。世の中の管理職は大体似たような経験をしていると思っていたのだが,違うのだろうか。
→ 「途中で成果を確認すべきでは」という意見は,反論の中では真っ当で,これはその通り。ただ,「大丈夫です!」とか言われてしまうと,相当に前科がない限りこちらも「いや,信用ならないから見せろ」とは言いづらい。幸い,私自身はそういうのを横目で見ていただけで,自分では経験がないが。ブラックボックスのまま怖くて放置すると確実に後で大惨事になる。
→ 「そこで部下の提出物の質を向上させるのが管理職の仕事だろう」という指摘もあり,それは正論ながら別問題だと思う。部下の育成は長期計画なので。


・宗教まなんでる人間が、無宗教の人間と結婚するリスク。(増田)
→ 「宗教をまなぶ」が「信仰する」の意味合いで使われている事例。高慢な思想の持ち主が倫理を説く謎の現象ともいう。
→ 「自分がやっているのは厳密に言うと宗教じゃなくて哲学だから」勢はまず間違いなく信用できないという自分の中の法則が強化された。
→ 本邦,儒教や仏教と言った,出自は確かに哲学だったものが主要な文化として定着しており,また仏教系のカルトが跋扈しているので,感覚が麻痺させられているところはあると思う。
→ はてブの反応を見ると,案外と「自分がやっているのは宗教じゃなくて哲学だから」という言説に触れたことがなかった人が多いようで,やや意外である。大学に潜伏している仏教系カルトだと,かなりの確率でこの言説を唱えているようなイメージがあるのだが。




→ 私以外にも複数の人が指摘していたが,諱の文化がなんとはなしに残っていた人がイラッとしてしまったのかもしれず,そうすると日本人同士ならまだしもイギリス人に笑われるのは文化の摩擦で今ひとつ笑えない。それでイギリス人に同調して日本人が「野蛮な」日本人を笑いものにする構図は,そのほうが醜かろう。まあ,当のイギリス人が一切気にしていないのなら,日本人同士で論争するのも無意味なのではあるが。


・NHKの訴え棄却 原作のドラマ化契約解除巡り東京地裁(朝日新聞)
→ そりゃそうだという話。
・「鬼門! 原作者チェック」〜判例に見るSHIROBAKOの法律問題(アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常)
→ こちらも合わせて。アニメ化であっても事情は同じ。基本的には原作者が一番強い。明確な判例が欲しいところ。
→ しかし,『SHIROBAKO』の件について言えば,であれば原作者との交流を完全に断っていた茶沢の罪は重いとかいうレベルではないのでは。実はあれは,それこそ法的に訴えてよい話なのでは。
  
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2015年07月13日

本当に10年政権になるのだろうか

・#74. /b/ と /v/ も間違えて当然!?
→ ドイツ語はhaveにあたる単語がhabenなわけだしね。
→ 英語と他の近い言語(ドイツ語とかフランス語とか)で単語を比較すると,けっこう日本人が区別できないとされる部分で遷移が起きていて,なんというか安心する。歴史的に見ればそこの発音って遷移しちゃう程度には曖昧で,日本人が区別できない程度は不思議でもなんでもないんだなーと。


・【東方】「宇宙の死を見た不老不死【前編】」漫画/ALISON (pixiv)
→ 次ページの後編もあわせて。考えてみると東方の「不老不死の薬」ってこういうことだよなーと,すごく納得した。もっとも,この時点で冥界や天界,月世界はどうなっているのかというのを考えだすとけっこう面倒なのだけれど。やっぱりどこかのタイミングで滅んでいるのだろう。諸行無常(3人を除く)。


・日本の歴史家を支持する声明
→ これは意義深い声明だったなーと。褒め殺し感強くてよい。


・Election 2015 - BBC News
→ LDPがこれだけ死ぬとは思ってなかった。UKIPもそうだが,小選挙区制という制度にしてやられた感じ。UKIPは保守党との一騎打ちに負けてああなったのだろう。で,LDPが死んで二大政党制に戻ったかというとそうでもないところが今回の選挙のおもしろいところではあった。SNPの躍進は事前に報道されていた通りという感じ。
→ 労働党は中道になりすぎたせいで伸び悩んだそうだが,そうするとLDPはさらに押し出されたということかも。その左派の票は,スコットランド人の票とともにSNPに移ったわけだ。保守党は左派分裂による地滑り的勝利と言うしかなかろう。それで過半数を越えたどころか,改選前より増えちゃったのはまさに選挙の妙。
・(速報分析)2015年英国総選挙結果: 前回2010年から票はどう動いたのか(Westminster日記)
→ こちらの分析は参考になる。結果的に議席は+1にとどまったものの,UKIPの得票率が大きく向上したのは,LDPから奪ったものではなく,玉突き的に票がずれて保守党の票がUKIPに行ったというのは非常に納得が行く。
→ キャメロン政権は影が薄かったけども,スコットランドの独立を回避し,意外な長期政権になってきて,評価がよくわからなくなってきた。これで次の選挙までもって10年政権になったら,さすがに教科書に載るかな。
・英選挙結果を地べたから分析する:やっぱり鍵はナショナリズム(ブレイディみかこ)
→ これも。中道の死滅というか,ブレアの「第三の道」路線が潰えたというのは,不思議さもあるし,寂しさもある。10〜15年前のことなのに,もう歴史になっちゃうのか。その辺,ブレア本人はどう考えているのか聞いてみたい気も。
→ ナショナリズムと左翼的政策が並立するのは不思議でもなんでもなくて,「隣人」とでも思わんと救済したくないというのは私自身共感する理由である。


・1815年3月 パリ
・エルバ島コピペの淵源
→ 「ナポレオン帰還に対する新聞報道変化」,いわゆるエルバ島コピペ自体は上の記事で。誤訳ではなく仏語の時点でコピペミスっているというのと,当初は新聞ではなく検閲を揶揄する意図であったこと,デュマがコピペミスに大きくかかわっているというのがポイント。これまでは上の記事の通り,1827年までしかさかのぼれておらず,しかもそれが英語話者向けの教科書内の文章であったから,さらに元があるだろうと考えられていた。そこで今回,1821年の文章が見つかったという話。革命の展開によって,風刺の対象が検閲から新聞そのものへ,半ば意図的にコピペが変わっていったというのはおもしろい。さて,今の本邦にとって重要なのは,1821年時点でのコピペか,1840年のコピペか。
  
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2015年07月11日

モスクワ大公国とロシア帝国をめぐる冒険

ロシア帝国の前身としてモスクワ大公国という国があるが,ではその切り替わりのタイミングはいつか。これが面倒なのは,「モスクワ」から「ロシア」,「大公」から「皇帝」という2つの変化を経ているからである。

実際のところ,一番賢い手段はもう一つ歴史用語を作ってしまって三段階にするというものだ。Wikipediaのロシア・ツァーリ国(Tsardom of Russia)はこれに則っている。ただし,ロシア・ツァーリ国という表記は一般的ではない。山川の各国史など,一般向けのロシア史の概説書では「ロシア国家」ないし単に「ロシア」という表記が最も多いと思われる。いずれにせよ,「帝国」ではないが「ロシア」であるという段階を挟むか,または「ロシア」から「ロシア帝国」への変化(1721年)はさしたる重要な変化ではないとして無視することで,この問題を解決している。

さて,少し気になって調べてみたところ,高校世界史においても,おおよそこの手法がとられているのだが,そこには微細な違いがあってちょっとおもしろかったので簡潔に紹介したい。なお,全て2014年版の世界史Bで,全7冊ある。


A.イヴァン3世の治世で「ロシア」と見なす(1480年)・1721年には言及なし
イヴァン3世の事績により,すでにモスクワからロシアになったとする考え。ポイントとしてはタタールのくびきからの解放(これが1480年),ヨーロッパ=ロシア北東部の統一,ツァーリの称号の使用開始,ロシア正教会の成立(「第三のローマ」理論の確立)。これを取っているのは独創的なことに定評のある山川の『新世界史B』のみで,さすがに独創的過ぎたのではないかと。以下,引用。
・山川出版社『新世界史B』「ロシアでは,モスクワ大公国のイヴァン3世がノヴゴロドなどの東北ロシア諸国を併合し,200年以上に及ぶキプチャク=ハン国の支配からも脱して,ロシア国家の統一を果たした。」(pp.158-159)
「ロシアは15世紀にタタール(モンゴル人)の支配を脱して独立を回復し」(p.234)とあり,以後は特に注記なくロシアの表記。


B.イヴァン4世の治世で「ロシア」と見なす(1547年)・1721年には言及なし
高校教科書としては最多。1547年は内向きな称号に過ぎなかったツァーリが初めて公的に使用された年で,イヴァン4世はこの年に「全ロシアの君主」としての戴冠式まで行っている。他に全ヨーロッパ=ロシアの統一も,初のシベリア遠征が実施されて植民地帝国ロシアとしての出発点となったのも,イヴァン4世の治世となる。この辺りのもろもろを考えると,やはり1547年が一番しっくり来る。以下,それぞれ教科書から引用。
・山川出版社『高校世界史B』「15世紀になると水陸の交易路をおさえたモスクワ大公国が発展し,大公イヴァン3世のときに東北ロシアを統一,(中略)モスクワはギリシア正教圏の中心の地位を確立し,その孫イヴァン4世によるロシア帝国発展の基礎が作られた。」(p.86)
「ロシアでは,16世紀にイヴァン4世(雷帝)が貴族をおさえて専制政治の基礎をかため」(p.141)
→ 非受験用の教科書2冊のうちの1冊。おおよそイヴァン4世の治世からロシアと定義。
・東京書籍『世界史B』「ヴォルガ川支流の水陸交通の要衝にあって発展したモスクワ大公国が,15世紀後半にイヴァン3世のもとで独立を達成した。(中略)イヴァン4世(雷帝)は農奴制を強化しつつ,諸侯勢力をおさえてツァーリ体制を確立し,ロシア帝国発展の基礎を固めた。」(p.135)
「ロシアでは,16世紀にモスクワ大公国のイヴァン4世(雷帝)が,大貴族をおさえて中央集権化をすすめ,農民の移動を禁じて農奴制を強化した。ギリシア正教会の擁護者となったイヴァン4世は全ロシアの君主として正式にツァーリの称号を用いた。また,彼はヴォルガ川沿いのカザン=ハン国などを征服し,さらにコサックの隊長イェルマークの協力を得てシベリアにも領土を広げた。こうして成立したロシア帝国では(後略)」(pp.245-246)
→ さすがに説明が詳細。しかも,正式にツァーリの称号を用いたこと,それが全ロシアの君主を意味したこと,帝国には植民地帝国という意味合いも含まれること,全てのポイントを押さえている。
山川出版社『詳説世界史B』「15世紀になると商業都市モスクワを中心としたモスクワ大公国が急速に勢力をのばし,大公イヴァン3世のときに東北ロシアを統一,1480年にはようやくモンゴル支配から脱した。彼は諸侯の力をおさえて強大な権力をにぎり,ビザンツ最後の皇帝の姪ソフィアと結婚してローマ帝国の後継者をもって自任し,はじめてツァーリ(皇帝)の称号をもちいた。また彼は農奴を土地にしばりつけて農奴制を強化し,その孫イヴァン4世による中央集権化に道を開いた。」(pp.135-136)
「ロシアでは,16世紀にイヴァン4世(雷帝)が貴族をおさえて専制政治の基礎を固めた。」(p.222)
→ 「ザ・世界史の教科書」は実は断定的な表現を避けている。そこで挿絵の地図を見ると,p.202の1500年頃の地図では「モスクワ大公国」,一方でp.216の16世紀半ばの地図では「ロシア帝国」となっていることから,1547年説をとっていると判断していいだろう。しかし,不親切といえば不親切である。


C.1480年か1547年か判然としない&それ以前の問題・1721年には言及なし
・東京書籍『新選世界史B』「モスクワ大公国はモンゴル勢力と結んで勢力を広げ,15世紀にはロシアをほぼ統一した。15世紀末,イヴァン3世はモンゴルの支配から自立し,滅亡したビザンツ帝国の皇帝のあとつぎを自称し,ツァーリ(皇帝)と名のった。16世紀になると,ロシアは東ヨーロッパの強国に成長した。」(p.86)
→ これは非常に問題のある表記で,まずモスクワ大公国が全ヨーロッパ=ロシアを統一したのはイヴァン4世の治世なので「15世紀」ではないし,モンゴル支配からの自立後なので時系列的にも間違っている。さらに,特に注記なく呼称がモスクワからロシアに変わっており,簡素すぎてかえって読者が混乱するだろう。そもそもイヴァン4世の名前が本文に一切出てこない。おそらくイヴァン4世の治世でモスクワからロシアに変わったと言いたい文章なのだと思うが,明確ではないので判断を保留しておく。なお,『新選世界史B』は非受験組のための教科書であり,確かに細かい説明は不要であろう。しかし,平易な説明と大雑把な説明は別物で,この記述は単なる大雑把では。
・帝国書院『世界史B』「15世紀後半,モスクワ大公イヴァン3世はビザンツ最後の皇帝の姪と結婚し,ビザンツ帝国の後継者として皇帝(ツァーリ)を自称し,1480年にはキプチャク=ハン国の支配から独立した。これ以後,モスクワは「第3のローマ」と称されギリシア正教圏の中心となり,のちのロシア帝国の基礎が築かれた。」(p.107)
「モスクワ大公イヴァン3世が統一に成功したロシアでは,彼の孫イヴァン4世(雷帝)が正式にツァーリを称した。」(p.162)
→ これもわかりづらい。また,イヴァン3世が全ロシアを統一したということになっているという問題点も同様に抱えている。受験用の教科書としてはまずいのでは。なお,手がかりになればと思って参照した帝国書院の資料集(『タペストリー』)では,16世紀後半の地図に「モスクワ大公国」と書いてあった。謎は深まるばかりである。


D.1547年と1721年の両方で区切る
一番厳密なパターン。1547年でモスクワからロシアになるが,これはまだ帝国ではなく,1721年で「ロシア帝国」が成立すると見なす。ここまで6つの教科書では「ロシア」から「ロシア帝国」への変化を記述したものがなかったが,実教出版だけが唯一記載し,厳密に分けていた。
・実教出版『世界史B』「モスクワ公国は,1380年にキプチャク=ハン国を破ったのち,イヴァン3世のときに,ノヴゴロドなどの諸公国を併合してロシアを統一し,モスクワ大公国と称されるにいたった。イヴァン3世はビザンツとのむすびつきを強め,ローマ皇帝の後継者を任じてツァーリ(皇帝,カエサルが語源)の称号を用いた。このことから,モスクワ大公国は古代ローマ・ビザンツにつぐ「第三のローマ」を自任することになった。」(pp.138-139)
「ロシアでは,16世紀からモスクワ大公国のイヴァン4世(雷帝)が君主権の強化につとめ,絶対的な権力を持つ専制君主としてツァーリの称号を正式に用いた。(中略)(編註:北方戦争の)戦勝後,ピョートル1世はロシア帝国の成立を宣言し,バルト海にのぞむ地に建設されたペテルブルクを首都とした。」(pp.210-211)
→ これもイヴァン3世のときに全ロシアを統一したことになっている。また,厳密な話をすると,サンクトペテルブルクへの遷都は北方戦争中の1712年だから,ロシア帝国の成立と並べるのはまずいのでは。


総評としては,やはり1547年をもってモスクワ大公国からロシアに変化した,1721年にピョートル1世がインペラトルを称して帝国の成立を宣言したことは高校世界史では重要視されていない,ということになろうか。確かにそれはピョートル1世の西欧化の総仕上げといえる象徴的な出来事ではあるが,世界史の尺度で見ると相対的な重要性は低かろう。重要な契機は押さえつつ,可能な限り簡略化するという高校世界史としては妥当なところでは。  
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2015年07月07日

2015上半期ニコマス20選

今回も参加します。
レギュレーション
ポータル


総評
モバマスアニメ化の効果か,私的には久々に候補が20個を超えて悩む20選となった。PVは少数精鋭感が増してて,今でも生き残っててPV作っている人の作品は相当に質が高い。再生数的には伸びていないながら,最終候補まで残って断腸の思いで削ったものは多い。すると結果的に6つしか残らなかったのは,やはりアニメのMADの方も盛況だっただからだろう。

ここからさらに絞るなら,4.プロデューサーリサイタル,9.輿水ちゃんス,15アイドルマスター 高垣楓「酔いかぜ」(人力ボカロ),16.アイドルマスターOFA 『ロイヤルストレートフラッシュ』Short ver.伊織の4つが今期の代表作かな。


1.【HoI2×アイマス】 春香の大日本帝国戦記(ボッシュートP)



後追い組なので,滑り込みで20選入り。ボッシュートPの春香主人公のHoI2シリーズはどちらもおもしろいのでお勧め。よくむちゃくちゃな状況からひっくり返すなぁ。


2.アイマスOPでアイマスOPを再現してみた(dskP)



受け継がれる伝統,的な。


3.アイドルのステキな出身地(元旦氏)



ネタがよく練ってあっておもしろい。グンタマはそうごまかしたか。


4.プロデューサーリサイタル MMDm@ster 【モデル配布】(狡猾全裸富竹P)



プロデューサーもプロデュース対象。メタい。しかし,バランス良いなこの3人。


5.アイドルマスター 千早 「ラブサーチライト」(ガラスP)



こういうわかむらPフォロワー的な映像作りも,すでに二昔か三昔前になってしまって,貴重も貴重。


6.千早 『Perfect-area complete!』 PV(あとりえP)



「最も苦手なアイドルです。絶対にソロ動画は作れないと思ってました。」というご本人のコメントの通り,作風に絶対に合わないだろうと思っていたけど,なかなかどうして。これまたご本人のコメントの通り,ジェニーの方がPVの完成度は高いのだけど,妙なおもしろさをとってこちらに投票。



7.【アイドルマスター】BBCドキュメント風アイマス絵画巡礼の旅 #02(bbc風の人)



待ってました。今回も美術ネタで大いに笑わさせてもらった。


8.神崎蘭子の一方通行なコミュ力が不安でしょうがない武内P(白ごまふ氏)



白ごまふさんも相当に迷ったが,蘭子が圧倒的にかわいいのと,「熊本弁」ネタを上手く昇華している点でこれ。


9.輿水ちゃんス(感想氏)



このループは天才すぎる。


10.茜ちゃんが菜々さんの体力向上に付き合ってあげる小部屋(shisotex氏)



リミックスを聴かされる小部屋シリーズ,どれにしようか迷ったが,ナナちゃんがかわいいのでこれで。


11.迷子になったプロデューサーは本当に会えないのか検証したいんだぜ?(機械の人氏)



良い検証動画。これはいつか自分も実地検証したい。


12.【デレマス】プロデューサーをとりあいっこしましょ(ハムオP)



凛ちゃんも「フーン」がトレードマークになってしまったもんだから,こんなことに……w


13.Fate/cinderella night(geography氏)



エイプリルフールの超大作。すっごいきのこっぽい文体がすばらしい。


14.ねぇ。最初に出逢った日 覚えてるかな?(コウヘイP)



こんなもん泣くしかないやろ。今年の7/26で10周年なんだよなぁ。私は箱○無印,というかニコニコからしか知らないが,すごい歴史だ。


15アイドルマスター 高垣楓「酔いかぜ」(人力ボカロ).(メカP)



今期一番笑ったもの。見事な人力ボーカロイドなりw。


16.アイドルマスターOFA 『ロイヤルストレートフラッシュ』Short ver.伊織(けるまP)



今期のNo.1PV。というか,これはニコマス史に残る大傑作だと思う。けるまPのセンスと技術は本当に天井知らずだ。


17.【MMDPV&人力ボカロ】水瀬伊織誕生祭/Automatic【衣装配布】(P.I.P)



世代直撃の懐かしさ。よくぞ再現した。


18.アイドルマスター x モーニング娘。「恋愛レボリューション21」(ぎょP)



「いつものぎょP」が帰ってきた。やっぱりいいなぁ。


19.P『神崎さん、●●はお好きなんですか?!』(くろす氏)



こうしてみると,まれいたその声に魅せられたアニメだったのだなと。


20.Sweeping Beauty(**P)



安心と信頼のeitei枠。今回もすごい切り口だと思ったら濃厚なりつみきだった。  
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2015年07月02日

全文起こしする気力もわかない

・ついに今日からlivedoor Blogが完全無料!最上級プラン「PREMIUM」の利用方法をご案内します(livedoor Blog 開発日誌)
→ これは快挙だと思う。NAVERに買収されたときは今後どうなるのかと思ったが,そこからちょっとずつ使いやすくなっての,完全無料化。すばらしい。何度かはてなへの移転を考えたけど,この運営を信頼してしばらくlivedoorで続けようと思います。


・ノイシュヴァンシュタイン城はなぜ世界遺産になっていないのか(Togetter)
→ 追記含めて至極妥当な説明で,どうしても登録するなら。やはり(i)と(vi)くらいだと思う,こじつけで。19世紀のロマン主義自体が完全に歴史的な物として扱う,つまり21世紀の視点から言って二重の追憶――19世紀には中世への憧憬があったということの証拠という扱いであれば(vi)は行けるかもしれない。実際には本物の中世の城からは離れたまさに「ロマン主義」的な空想性の産物であることも,この場合はプラスに働くかも。
→ 加えて言って,それを国王が個人の欲望で実現できた最後の時代であり,そうした無茶な再現もどきが可能になった近代技術の産物の端緒。つまり,20世紀的独裁者の巨大建築の走りにして絶対主義の残滓,時代の始まりと終わりの交差する一瞬に生まれた独創的な建築,という扱いにすると,これはこれで「歴史上の重要な段階を物語る建築物」を主張できるかもしれない。かなりでっち上げ気味だけど。


・Franceの痴漢事情(BLOGOS)
→ 日本特有の犯罪というイメージが強かったが,まあ無いはずはないな,という確認になった。数としては日本の方が多かろうとは思うが,フランスは犯罪自体が認知されて間もないとすると,暗数も多そう。


・舞の海氏が新説「日本人力士の“甘さ”は前文に起因する」「反省しすぎて土俵際…」(産経新聞)
→ 去年のは週刊金曜日の報道があまりにひどかったから全力で擁護したけど,集会自体ではアレだったし,舞の海のトークの内容にもダメな部分があったのも確かだった。今年のはどうかということで,ノーカット版を探したら見つかった。リンクを張っておく。



→ さすがに全文起こしはしないが,前半はおおよそ去年と同じで,外国人力士は覚悟とハングリー精神があるが,日本人力士は無いというダメな精神論であるが,差別的・極度に偏見的な発言はない。ところが途中「日本人力士が弱いのは,それを教えてきた教師・親の影響で,それは(戦後の)教育や法律による環境によって形作られたのであり,最後は憲法に行き着く」とあり,続けて「日本人力士は戦い方が正直すぎる・相手を信じすぎる。これはなにかに似ているなと考えてみたら,憲法の前文に行き着いた」という迷言が出てくる。ここが核心ではあるだろう。
→ さらに「反省させられすぎて,間違った歴史を世界に広められている。外交的土俵際。」と述べているあたりはあからさまなアレな史観に染まっているが,具体例に触れないあたりは確信犯的であるかもしれない。あわせて,産経新聞のまとめ方は正しく,今回は報じたのが産経新聞というだけあって,誤報ではないようだ(無論のことながら皮肉である)。

  
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