本当はいろいろな話題のあった場所なのだが,琴奨菊の優勝で全てが吹っ飛んでいったようである。琴奨菊の優勝という結末は,ほとんどの人が予想できない展開であった。なにせ,ここ2場所は調子が良かったものの,昨年の7月(名古屋)以前は散々な出来で,勝ち越すごとに2場所延命するという,どちらかというと引退がちらついていた大関であった。以下は場所ごとの勝敗と私の評価である。
15九:8−6−1「先場所妙に好調だった琴奨菊は今場所もまずまずの出来だったが,意外と星が伸びなかった挙句ケガが悪化し,14日目から勝ち越し後の休場となった。」
15秋:11−4「妙に好調だったのは琴奨菊で,序盤で早々に2敗して優勝争いとは無縁に近かったものの,突進力があり,終わってみれば11勝である。これは白鵬と日馬富士がいても10勝には乗っていたのではないか。」
15名:8−7「琴奨菊はなんとかつかんだ8勝ではあるが,2場所延命したという感想しかない。地位にしがみつく姿勢は嫌いではないが……」
15夏:6−9「琴奨菊は本当に満身創痍で,もう「勝ち越すごとに2場所ずつ延命」という状態になっている。」
15春:8−7「琴奨菊と豪栄道は可も不可もない。」
15初:9−6:「琴奨菊はなんかもう満身創痍で,比較的動けて必死の覚悟なら9勝までは行くが,肩か膝かどこか悪いとすぐに負け越す不安定な状態が続いている。」
その意味では,ここ2場所好調が持続していたのは1つの予兆だったのかもしれない。大関までの道のりも長かったし,間違いなく苦労人と言えるだろう。31歳で初優勝は史上三番目に遅いそうだが,比較的最近史上最遅を見てしまっているのでそれほどインパクトはない。以前にも書いたが,
むしろ高齢優勝や高齢三役が続いているのは,大相撲にもスポーツ医学が浸透しつつある影響ではないか。琴奨菊の工夫・努力にしてもスポーツ医学によるところがあり,有名なのは「ルーティーンを組むことによる心理的安定」であろう。時間いっぱいで背をそらす動作を入れたのは,大関取りの直前だったか。あれは早稲田大のスポ科でアドバイスされて取り入れたというのが,かなり前にNHKに取材されていた。
民族的な意味での日本人の優勝が10年ぶりという点については,個人的にはさほど気にならないのだが,
ウィンブルドン現象に対する自国民の一般的な反応として正常な部類であり,NHKを主とするマスコミが煽りすぎているという点以外に不満はなく,
むしろそこに巨大な主語を見出して「日本」を批判したがる外野の方が圧倒的に腹が立つとは書いておく。NHKが「日本出身力士」という表現を用いるのは言うまでもなく帰化した旭天鵬の優勝に配慮してのことだが,ウィンブルドン現象として理解するなら「国籍のことを言っているわけではない」と断るのは自然であるし,「それにしても回りくどい言い方で,そこまでして大和民族の優勝にこだわらなくてもいいのでは」という議論は,旭天鵬が優勝した時に散々出た話であり,多くの好角家は複雑な感情を持っていて,決してNHKの表現を評価していない。ちなみに,そういう方々に多分悪の総本山だと思われている横審でさえ「インターナショナルな時代。日本人にこだわる必要はない」という見解を示している。
だからこそ
今になって出てきて「日本出身力士とはなんだ」と批判されても,いわゆる「周回遅れ」なのだ。なお「琴欧洲に失礼では」という意見も見られたが,琴欧州は優勝時点ではまだブルガリア国籍である。そんな程度の知識で議論に加わってほしくない。(余談だが,これらの周回遅れ・知識不足を露呈させた方々が,普段は政治的議論において論争相手をそう評することが多いのは何かのジョークだろうか。)
その他の今回のトピックは,ケガの多さと誤審の多さであろう。ケガの多さは以前からずっと言われていることで,いい加減公傷制度の復活を議論するべきではないか。以前のような悪用されないような工夫は必要だが。誤審の多さはいかがしたものか。物言いがつかずに終わる,物言いがつくのが遅い,協議した結果が誤審と,今場所は全て見られた。最後のはどうしようもないとしても,少なくとも進行が遅くなってでも気になったらすぐ物言いをつけるのは徹底して欲しい……それで思い出したのだが,今場所はケガの功名で幕内の取組数が減って進行が楽になったはずなのに,時間があまったり超過したりということも多かった。全体的に審判団引き締めた方がいい。
以下個別評。白鵬は前々から書いている通り,終盤は完全なスタミナ切れだ。かなり深刻なレベルである。調整方法を変えた方がいいのでは。また,精神的な疲れもあるのでは,という指摘も当たっているかもしれない。もっとも,孤高の立場すぎてご家族くらいしか癒やしようがない気も。日馬富士は良い出来だったと思う。彼もまた体力が15日間もたなくなりつつあり,前半は気の抜いた相撲が必要になる。が,どうもそこで負けるようで,今場所は松鳳山に落とした一番さえ無ければ,という結果であった。鶴竜は今ひとつ。もう1つ勝って11勝なら印象が良かったのだが。今場所の琴奨菊は止められない,白鵬・稀勢の里には順当に負けたとしても,前半で2つも落としてはいかんよなぁ。はたかれると弱い上にはたき合いに移行する悪癖は引退するまでずっと弱点になりそう。
優勝した琴奨菊は,実に見事な突進力であり,かつ
寄り切れないと見るや打たれる右からの突き落としの威力も高かった。実のところ今場所の決まり手は右からの突き落としが多く,寄り切りばかりではないのは一つのポイントと思う。なお,右からの突き落としも使えない場合はさらなるオプションとして左からのすくい投げがあり,また左四つになれなければ右四つで寄るということも出来たのが今場所の琴奨菊であった。これが大きいのは,琴奨菊の場合無理に寄り切ろうとして足が追いつかず,引かれて前のめりに倒れたり,土俵際逆転の突き落としを食らったりというパターンが多かったが,無理に寄り切る必要もなくなったのである。もっとも,あの突き落としやすくい投げを可能にしているのはやはり圧倒的な突進による崩しであって,基盤ががぶり寄りであることは変わっていない。結局はがぶり寄りの威力が維持できるかどうか,が今後の成績を握る鍵ではないか。それは実に難しいことなのであるが。
稀勢の里は絶不調であった。琴奨菊とは対照的に,左四つになってもちっとも寄れないのである。とはいえ,こうしたことは13-14年に比べると,15年に入ってから明らかに増えており,白鵬や日馬富士同様に体力的な衰えが隠せなくなってきているのではないか。照ノ富士はとうとう休場となったが,むしろ安心感がある。両膝をしっかり治してきてほしい。豪栄道は……うん……もう何を書けばよいのか。
三役。嘉風の関脇勝ち越しは偉業だと思うが,正直に言ってここらが限界というのも。栃煌山は大関昇進前の稀勢の里や豪栄道と同じ状態で,28歳という年齢も考えると今年の6場所がタイムリミットであろう。琴奨菊・豪栄道・稀勢の里と並ぶ大関候補だったのに,彼だけが候補のまま残っている。新関脇から5年,ケガがあって若の里の道を行っているわけでもなく,同じガラスのハートだった稀勢の里はガラスのハートのまま実力をつけて壁を超えた。さて栃煌山は。勢は2場所連続の上位戦での奮戦で,やっと地力がついてきたかなと。それだけに左の脛の故障は運が悪すぎる。今場所勝ち越せていたら,来場所以降は三役定着が見えていたような。栃ノ心は可も不可もなく。右四つで勝てない相手に右四つに組みにくのはやめよう。
前頭上位。宝富士は復調気味で,左四つの鬼が戻ってきたか。逸ノ城はどうしちゃったのか。来場所はかなり番付が下がるはずなので,大暴れに期待したく。これで9−6以下で終わるようなら,本格的に深刻だ。琴勇輝は先場所の評で「大敗しそう」と書いてしまってごめんなさい,前頭4枚目,上位戦含んで9−6は立派も立派。現在の前頭上位だと突き押し相撲は琴勇輝と碧山の二人がいるが,二人ともほとんど引かず,千代大海や雅山が引き技で一時代を築いたのとは完全に隔世の感が。最後に蒼国来。右の差し手をこじいれたら絶対に離さないという取り口は見ていて楽しいが,故障しないかが若干心配である。その右差しが入ればかなり強く,今場所は上位でもそれなりに通用した。ただ,今場所は大関・横綱と当たっていないため,来場所が真価である。解雇無効からここまで来たかと思うと感慨深い。
前頭中盤。隠岐の海・豊ノ島・高安は上りエレベーターにすぎない。一方,そのエレベーターに乗れず,8−7だった妙義龍はやや残念な出来。舞の海も指摘していたが,彼の実力から言えば相当に物足りず,衰えているか,まだどこか痛めているかのいずれかとしか思えない。今場所はやたらと引かれると前に落ちるのが弱点で,差し身が良く効率良く寄り切るのが心情だった妙義龍にしては馬力不足であった。このまま上位には上がれない力士となってしまうのかどうか要観察。御嶽海はインフルエンザが惜しい。あれでロスした三日がなければ勝ち越していたかもしれない。引き続き期待の持てる突き押しで,もうちょっと威力が増せば前頭中盤くらいで安定すると思う。
前頭下位。遠藤はやっと休場してくれたか,とだけ。阿夢露はもうちょっといけるかなと思っていたが,身体が軽い。正代は目覚ましい活躍で,隠岐の海・高安に勝ったところを見るとすでに前頭中盤クラスの地力はあると思う。今ひとつとらえどころがないが,相撲勘が良いのはわかる。来場所は番付運もあってかなり番付が上がりそうだが,地力通りの活躍を期待したい。対照的に輝は,舞の海の指摘通り,まだ身体ができていない感じで,明らかに立ち会いで当たり負けしていた。十両で鍛え直してきて欲しい。
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