これほど優勝争いが読めなかった場所も珍しい。不調の白鵬に取りこぼす日馬富士,3場所前に戻った稀勢の里,休場した鶴竜と琴奨菊,ケガが完治していない照ノ富士とあっては平幕優勝すらありうるのではないか,と思われたのが10日目頃,ここから抜けだして優勝したのは日馬富士であった。日馬富士は前半取りこぼすも,後半は白星を逃さなかった。白鵬の不調が根本的な原因とはいえ,優勝争いも土俵の内容もよく,非常に楽しめた場所であった。
白鵬が不調だと優勝争いが混沌とするのはここ何年かのトレンドだが,白鵬の不調の頻度は増している。遡ってみると先場所(5月)は好調だったが,3月は好調でもないのをラフプレーでカバーしてしまった場所,1月と去年の11月は不調で9月に至っては途中休場である。ただしそういう場合,大概は代わって日馬富士か鶴竜が好調で優勝したのだけれど,今場所は両者ともにそこまで好調でなく,優勝争いが混沌としたか。
稀勢の里の綱取りは13−13−12勝と来て綱取り継続とのこと。先場所の感想に「白鵬が存在して優勝ラインが13勝まで下がることは多分無いので杞憂だと思うが」とか書いたら,私の思っていた以上に白鵬の不調の頻度が高かった。これは私の不見識であるが,と同時に「ところで来場所13・14勝で優勝出来なかった場合,綱取りはまた九月場所まで延期になるわけで,ここまで来たら連続綱取り場所記録でも作って欲しい気もしてきた。」とも書いていて,12勝ながらこちらは当たってしまった。なお,12勝ながら優勝次点であり,不調とはいえ白鵬戦の白星を含むので,綱取継続自体はそこまで反対でもない(賛同もしない)のだけれど,来場所こそは14勝以上の優勝からハードルを下げてはいけないと思う。この点,理事長も横審も「優勝ならなんでも良い」と言っていて,いよいよなりふり構わなくなってきた感じが……これで来場所また13勝とか12勝で優勝しなかったら面倒なことに。いや14勝優勝ならずが一番揉めるか。
個別評。優勝した日馬富士は9日目までに2敗し,決して好調には見えなかったが尻上がりに調子を上げていった。というよりも,優勝ラインが2敗まで下がって久しぶりに優勝争いに残れたので,
終盤は無理して調子を上げて戦っていたように見えた。そこで無理が効いてしまうあたりはやはり神がかった集中力と言えるであろう。白鵬は概ね前述の通りだが,今場所は右かち上げを控えていたようにも見えた。今場所は普段よりもハイペースに調整していたそうで,スタミナ切れが師匠等から心配されていたが,それ以前の問題であった。五日目に宝富士に阻まれたのがよほどショックだったのか。宝富士戦の敗北以降は立ち合いの右かち上げのみならず相撲全体のバランスが崩れて後はずるずると。九日目の勢戦での転倒は一体なんだったのか。鶴竜は休場なのでノーコメント。
大関陣。
稀勢の里は先場所・先々場所のアルカイックスマイルが消えていて,あれは自然と笑ってたのではなくて,笑うことで精神の統一を図っていたのだなぁと。今場所は意識して笑えないほどの緊張があったか。正直12勝出来たのはかなり運に助けられたところが大きい。運も実力の内というし,ある意味の運試しとして優勝が課されているところはあるので,「運で勝っても価値が無い」とは言わないが,逆に言って「12勝は精神が安定した成果」という評価もしづらい。今場所は先場所までと違って左四つになるのが遅く,立ち合いでさっと左四つになれるのかどうかは稀勢の里の精神状態を示しているのかもしれない。琴奨菊は絶不調で休場。豪栄道は完走しての負け越しで,どちらが重症か。照ノ富士はケガに付き合いながら勝つ方法を見い出したような序盤,何か歯車が狂って勝てなくなった中盤,自分を少し取り戻した終盤という感じ。8勝ギリギリでカド番脱出は意外であった。まだ当分ダメかな。
三役。魁聖は7−8でギリギリの負け越しに見えるが,不戦勝2つを含み,評価はできない。以前に比べると組むのが早くなった,組めば上位相手でもかなり勝てるようになったのは確かであるが。栃ノ心はこんなもんだろう。琴勇輝は思っていたよりも大敗したが,
ホゥ!を止められた影響が一場所遅れて出たのでは説を唱えておく。割りと真面目に。高安は小結で11勝と大勝したが,もともと調子の波が非常に激しい力士であり,来場所続けば本当に大関取りになるのだろう。取り口で言えば,
高安は明らかに左の使い方がうまくなっており,この辺は兄弟子と似つつあるのかもしれない。
前頭上位。御嶽海は完全に跳ね返された感じ。まだまだ圧力が足りない。代わって案外と勝ったのが正代で,「しばらくエレベーターしそう」と先場所の感想に書いたが,案外と早く定着するのか。左四つかもろ差しなら強いが,もろ差しはやや窮屈な印象。宝富士は今場所も左四つが強く,白鵬のかち上げを封印させた陰のMVPである。高安・正代とともに来場所にも期待。嘉風は復活し,動きまわって撹乱する,押すところで強く押す相撲が戻ってきた。
先場所・先々場所不調だったのはマニフレックスで寝れなかったのかな? 栃煌山はノーコメント。隠岐の海はなんで勝ち越せたんだろうね。大砂嵐の全休は残念の極みである。早く治ることを祈る。
前頭中盤。貴ノ岩は謎の覚醒を遂げて12勝。前から北の富士に「体格も技量もあるのになんで勝てないんだろうね」とは言われていたが,ここに来てやっと身体と技能の歯車があったようにも見える。碧山はもっと勝っていてもおかしくなかったが案外と8勝止まりである。ちょっともっさりした動きだったかも。逸ノ城は9勝で,少し相撲に覇気が戻ってきたか。千代鳳は低い姿勢が崩れないのが本当に立派で,圧力もあった。立ち合いの出足が鈍かったり,組まれると脆かったりするのが何とかなればもう少し上に行けるかと。
千代の国は幕内で取っているだけで何か感動があったが,脱臼癖があるのに脱臼しそうな取り口で不安である。何度見てもイケメン。ケガという意味では蒼国来,左下手が生命線だが無理にこじ入れる傾向があり,あれはいつか左肘を痛める気がしてならない。ところで蒼国来といえば,
荒汐部屋で飼われている猫がかわいいというのを最近知った。名付け親が蒼国来だそうで。また白鵬はこの猫が苦手だそうで,ということは
白鵬<モル(猫)<蒼国来となり蒼国来が角界最強なのでは……? そして佐田の海。7場所連続負け越しだそうで,年6場所制になってから最長記録とのこと。6勝目を挙げるとなぜか勝てなくなる現象が続いている。実際観戦していて呪いがかかっているようにしか見えないので,
佐田の海はお祓いでもしてもらったほうがいいのでは。
前頭下位は荒鷲だけ。たぐり・とったりの名手ではあったが,今場所はそれに加えて左上手を取ったらかなり強いことを示した。来場所もまだ躍進しそうであり,期待している。
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