白鵬が初日から不在という中で,優勝は日馬富士だろう,綱取りの稀勢の里がどう対抗するかという下馬評を覆し,優勝したのは豪栄道であった。それも圧巻の内容で,全勝優勝である。本人でさえこうなるとは思っていなかったそうだが,この展開を予想しえた人は極めて少なかろう。
豪栄道の今回の優勝は記録ラッシュであるので,先にそれを示しておこう。まず,日本人自体の優勝は直近で琴奨菊の例があるのでインパクトが無いが,日本人の全勝優勝に限れば,貴乃花以来で20年ぶりとのこと。カド番からの優勝は琴欧州以来で8年ぶり,初優勝が全勝優勝は武蔵丸以来22年ぶり。大阪出身力士の優勝が86年ぶりで,また,カド番からの全勝優勝は史上初とのこと。
豪栄道は必然的に来場所が綱取りとなるが,稀勢の里と比較すると,間違いなく優勝でありしかも全勝であることはプラスである一方,大関昇進以後の成績が極めて不安定である点はマイナスに働く。なにせ,大関昇進後の勝率が.556しかない。横綱に昇進する大関は最低でも.660くらいはあり,というよりも直近の鶴竜の.661と日馬富士の.671がほとんど最低値であって,通常は7割を超えている。これで豪栄道が昇進に成功したら,史上稀に見る「ワンチャンスを掴んだ男たち」が並び立つことになるだろう。豪栄道の昇進基準は,その鶴竜に合わせるなら「14勝で優勝同点,あるいは13勝優勝」が最低ラインで,これ未満は絶対にない。14勝次点(白鵬か日馬富士が全勝優勝)となると,非常に悩ましいが,個人的には緩い条件で初場所に流すというのが妥当判断であるかなと。
あと今場所の特記事項というと,立ち合い手付きの厳格化か。忘れた頃に繰り返されて定着しない試みであったが,今回は比較的上手くいっていると思われる。今場所も行司が止める相撲が多かったものの,以前よりは減っているし,行司ごとに基準がバラバラという理不尽さが以前にはあったが,今場所はそれもかなり統一されていたと思われる。このまま定着したら,今場所はちょっとした時代の転換点になるのかもしれない。
個別評。
日馬富士は本当になんで三日目に負けるんでしょうね。そのジンクス以外では,優勝した豪栄道と12日目まで異様に強かった高安にしか負けていないので,十分及第点だろう。豪栄道が普段通りなら13勝ながら優勝となっていた可能性が高く,その意味で下馬評通りの働きだった。ただ,相撲の取り口は少し変わってきていて,2015年の九州で優勝したときにも指摘したのだけれど,以前ほど立ち合いの圧力がなくなってきている。かわって左上手からの寄り・投げは多くなっていて,彼もまた加齢と戦っているのだなぁと改めて思い知らされた。だからこその12勝は価値が高かろう。鶴竜は休場明けで,一応10勝はしているのだけれど,異様なまでに影が薄かった。正直に言って全く印象がない。
大関陣。優勝した豪栄道は相撲振りに大きな変化は無かったものの,
ごく単純に耐久力と判断力が上がって的確な相撲を取っていたように思う。普段なら引いて呼び込むところで引かず,前のめって倒れるところで倒れず,首投げにいってすっぽ抜けるところで首にまかなかった。「窮地の首投げ以外に決まりきった必殺技や型がなく,なんでも出来る器用貧乏」が豪栄道の特徴であると思うが,であるがゆえに状況に合わせた技の選択をする判断力は重要で,今場所はそれがよくできていたのではないか。とはいえ,窮地の首投げは良くも悪くも彼の持ち味であり,
今場所封印し続けておきながら,最大の難敵日馬富士戦でその首投げが出たのはあまりにもドラマチックな展開で,思わず相撲の神様に感謝してしまった。この判断力が持続すれば,綱は取れると思う。
稀勢の里は今場所あまり不気味に微笑んでいなくて,精神的に落ち着きが足りず,すっかり半年以上前に戻ってしまったように見えた。綱取りは完全に白紙だが,かえって良かったのでは……とか書くと,来場所また13勝して起点になりそう。琴奨菊は可も不可もなく。照ノ富士は七日目の貴ノ岩との相撲で右肘を痛めて,以後はやる気を失っていたように見えた。来場所陥落しないかどうかだけが心配。遠藤は戻ってきたのに,照ノ富士の復活は遠い。
三役。高安は12日目までは異様に強かったが,13日目にスタミナが切れて3連敗を喫したのが非常に手痛い。調子の波の変動が激しい人だが,何とか来場所まで持つか。直近2場所で21勝,来場所は最低12勝必要,可能なら13勝欲しい。基本は押しで,組んだら左四つという取り口自体は今場所よく機能していて,型になりつつあると思う。宝富士は「左四つになったら強い」以上のものがなく,すっかり研究されていて自分の相撲をとらせてもらえなかった。魁聖と栃煌山は特に何も。魁聖は良くも悪くも立ち合いの前に「今日は勝てる(負ける)相手」という判断が強すぎて,ともすれば無気力相撲と見られかねないところがあるのが少し気がかり。まあ,この傾向は旭天鵬にもあった。
前頭上位。隠岐の海は前半覚醒を遂げて上位陣をほとんど倒してしまったが,後半戦は元に戻って取りこぼした。ただ前半戦も「勝ちを拾った」ような相撲が多く,紙一重の勝利が続いただけのようにも。ちなみに,今場所は二度も逆とったりで勝つという隠れた珍現象を起こしている。来場所は返り関脇が濃厚だが,大敗しそうなんだよなぁ。嘉風はよく動く相撲で,負け越していたのが意外。栃ノ心は北の富士が「怪我する前の相撲に戻っちゃったねぇ」と言っていたが,同じ印象で,相撲に工夫が無かった。正代は(御嶽海もそうだが)早くも上位に定着していて,続いて大敗していないのがすごい。上位に定着する力士の傾向として,「前半戦の上位戦で連敗しても相撲が崩れず,後半戦の同格・格下相手の相撲で取りこぼさない」というのがあるが,これに当てはまっている。これは大成するかも。逸ノ城は全休。ただ,番付運で意外と下がらなそう。初場所にはまた前頭の上位にいるのでは。
前頭中盤。玉鷲は衰えないのがすごい。もう31歳(もうすぐ32歳)であるが,むしろ突きの威力は増しているような。千代の国は8勝ながら勝ち越しで,来場所は上位挑戦になりそう。通用はしないだろうが,相撲自体はおもしろそう。勢はてっきり上りエレベーターで勝ち越すと思っていたので,負け越しは意外。いつもの右からの小手投げがあまり機能していなかったようで,どこか痛めているのでは。錦木は正直まだよくわからない。いつの間にか勝ち越していた。佐田の海は8場所振りの勝ち越しおめでとう。呪われているんじゃないかと思っていた。
前頭下位は今場所見どころが多かった。
遠藤は今場所だけで判断するなら完全復活で,ここまで長かった。まわしを取って前進し,あとは技巧で何とかしてしまう彼らしい相撲が多く,とても良かった。輝は身体が大きいくせに相撲が小さいという隠岐の海や栃乃若あたりと同じ欠点を抱えていたが,今場所はかなり改善されていて,大きな相撲が見えて光明が差した印象がある。新入幕の千代翔馬はまだ未知数で,来場所に観察したい。同じく
新入幕の天風はけっこう重度なアニオタなので応援しているが残念ながら負け越しで,腰高を直さないと幕内で通用しなさそう。他の負け越した力士では,荒鷲はたぐるか左からの投げならば強いが,その状況が作れないとどうしようもない様子で,研究されたか。蒼国来は絶不調で,ほとんど相撲になっていなかった。臥牙丸と徳勝龍も同様で,この三人がこの番付で大きく負け越しているのは意外な結果であった。ただ,十両上位に勝ち越しがほとんどいないという幸運から,幕内陥落は避けられそうな人が多い。
(追記)
場所前に時天空が引退していたので,言及しておく。悪性リンパ腫で入院し,丸1年休場したところで復帰を断念した。半年の休場なら身体を戻せると考えていたが,1年では無理と判断したとのこと。意外なインテリで,東京農業大に留学して来日し,それまで柔道をやっていたところ相撲部に入部,本当は大学卒業後は帰国して普通に就職する予定だったが,相撲の才能が開花し,在学中のまま時津風部屋に入門,大学卒業と同時に十両に昇進するという快挙を成し遂げている(2004年3月)。モンゴル出身で日本の大学の大卒資格を持った関取は,いまだに時天空が唯一である(ただし時天空もその後日本人に帰化)。
上ってきた当初は,旭天鵬とよく似た風貌ながらやや人相が悪かったことから
「悪ひとみさん」「黒ひとみさん」というすごいあだ名も付いていた(旭天鵬が曽我ひとみさんと似ていたことに由来しており,あちらは単に「ひとみさん」または「白ひとみさん」だった)。次第に足技の方がクローズアップされていって,あまりこのあだ名で呼ばれなくなっていった。
相撲振りは
足技の名手で,けたぐり・裾払い・二枚蹴り・内掛け・外掛けなんでもござれであった。中でも
けたぐりと裾払いは実に芸術的で,ここで足を飛ばせば相手は転ぶというタイミングをわかっているかのようであった。生涯で技能賞が1回だけというのが不思議である。突き押し,四つ相撲どちらでも取れ,組む時は右四つ。一方で動きが鈍く,立ち合いからあれよあれよという間に体勢が悪くなって負けてしまうことが多々あった。また,相撲がやたらと長くなる傾向があり,なかなか技を決めにかかれないところがあった。しかもスタミナに優れていたわけではないので,長い相撲が得意だったというわけでもなかった。
最高位は小結。あまり大負け・大勝ちしない,番付が毎場所あまり変動しないという性質を持っていて,最高位は小結ながら長く前頭の中盤で相撲を取っていた。2008年は年間6場所全て負け越し,小結を陥落してから復帰するまでの期間が35場所(歴代2位),十両優勝間隔62場所(歴代1位)という珍妙な記録も持っている。
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