横綱・大関陣7人中5人が休場するという異例の場所であった。三役以下の幕内(途中出場も含む)も含めると8人まで増える。3横綱2大関が休場となったのは1918年夏場所以来,99年ぶりとのことだが,そこまでさかのぼらなくても,休場者8人は野球賭博事件に絡む謹慎処分者6人を出した2010年の7月場所以来になると言えば,どれだけの異常事態かわかろう。これだけケガが多いのは本場所6場所だけで予定が詰まっているところに,地方巡業が隙間なく詰め込まれる過密スケジュールに加えて,ケガを保障する制度が一切ない点にある。公傷制度の復活に対する議論は結局のところ協会内では扱われないままここまで来ているが,それが無理ならさすがに巡業を減らすべきではないか。本場所を年5場所にするのは無理であろうから。
優勝争いも実に混沌としたものであった。しかし,あえて言ってしまえば,本来であれば日馬富士の圧勝で終わっていた場所であったと思う。前半の3日目からの3連敗は3日目の不可解な敗戦を引きずってのものであり,不運である。日馬富士自身も悪いのだが,あの場面で悪くない人はいない。
・琴奨菊:手付き不十分であるにもかかわらず立った。現在の基準で言えば明らかに止められる水準であるのは本人もわかっているであろうところ,そのまま相撲を続行した。
・日馬富士:手付きに関しての判断は行司と審判に委ねられているところ,セルフジャッジで立ち合い不成立とみなした。
・行司&審判:手付き不十分で琴奨菊を止めるべきところ,その判断を日馬富士に委ねた挙句,成立とみなして続行させた。
それぞれ過失はあるものの,責任を取るべきは明らかに行司と審判であって,日馬富士の黒星で決着をつけてしまったのは今場所最大の汚点である。昨今の相撲人気はとどまるところを知らず,今場所も15日間満員札止めであった。しかし,上述の過密スケジュールにケガの問題,加えて手付き基準の不統一と実のところ協会には問題が山積しており,少なくとも今場所に限って言えば協会の場所運営は完全に落第点である。
これで相撲内容がおもしろければ「上位陣が軒並み休場でも何とかなるもんだなぁ」と書けたところだったが,何人かの気を吐いた若手を除けば白けムードの漂う土俵であった。無論,周期的にこういう場所が出現してしまうのは仕方がない。しかし,その要因の一部が人災というのはやりきれない。
暗い気分を振り払っての個別評。優勝した日馬富士は前述の通り。序盤の余分な3連敗がなければ気力充実の場所だったと言えよう。大関以下とはさすがに隔絶した地力の差がある。なお,
最大で3差ついたところからの逆転は1949年以降で史上初とのこと。ついでに言うと,同一場所に金星を4つ配給しておきながらの優勝も史上初っぽいが,こちらは確証がない。
豪栄道は昨年の9月の精神力があれば優勝できていたかもしれないが,今場所はメンタルが弱かった。3差を覆された史上初の力士という変な記録が残ってしまったが,大丈夫だ。こういうのは大体負けた側の力士は何年か経つと誰も覚えていないものだから。ヴァレンティンに56本目のホームランを打たれた投手の名前を,もう誰も覚えていないのと同じである。ただし,豪栄道の調子が良かったかというと疑問である。単に上位陣のほとんどが不在でかつ日馬富士が序盤に3連敗したから優勝争い先頭に立って目立ってしまっただけで,序盤から引きの相撲が多く,彼自身は並の調子だったのではないかと思う。照ノ富士は最近相撲が変わりつつあり,膝も手術をして治りつつあるところだったと聞いていただけに残念であるが,来場所の10勝を期待したい。高安はちょっとなんとも言えない。
関脇・小結。御嶽海はさほど印象がないが,関脇で8勝しておきながら印象がないあたり,かえって地力が付いた証拠なのかもしれない。しいて言うと,今場所は意外と組んで勝ってたかなと。嘉風は日によって出来が違いすぎた。玉鷲は序盤に右足首を捻ってから攻撃力が如実に落ちて,それでも食いしばっての7勝という様相。この人が元気なら,今場所の評価ももう少し上向いたかもしれない。栃煌山は全然ダメだった。これだけ横綱・大関がいない場所くらい大勝してほしかった気も。
前頭上位陣,今場所はここだけ書くところが多い。琴奨菊は中盤の4連敗が謎。序盤を見ていると「これは大関琴奨菊」と思ったのだが,中盤見るからに不調で「平幕琴奨菊」,終盤は再び戻ってきて「大関」だった。調子の良い時の琴奨菊は馬力もさることながら,左四つで寄っているように見えて右から突き落とし・小手投げが出る。今場所は4・10・15日目にこれで勝っているが,間の期間はすっぽりとこの動きがなくなったので顕著。北勝富士は7勝ながら高安戦の不戦勝を含み,動きは鈍かった。3月以降では最も不調だったのではないか。
阿武咲は新入幕から3場所連続の二桁勝利が史上初とのこと。とんでもない記録が生まれたものだ。先場所の段階での私は「来場所の成績は5勝と予想」なんて書いていたので,阿武咲の方向に土下座しておきたい。ただ,上位陣不在の中だったのも事実で,幸運の10勝ではあるかなと。また,9〜11日目で3連敗したときにはスタミナが切れていて,残りも全部落とすのではないかと思っていたのだが,見事に盛り返した。これが若さか。突き押しの人に思われがちだが,もろ差しで勝つことも多く,突き押しの中でも栃煌山寄りのタイプかもしれない。要経過観察。千代大龍は中盤まで明月院スペシャルことMSPがよく決まっていたが,終盤ははたきのタイミングが読まれて失速した。宇良は初日から休むべきだった,とだけ。貴景勝はまずまずの動き。
前頭中盤。逸ノ城は先場所に引き続き,やる気のある日と無い日の差が極端で,明らかに相手を見て変えている。あれはよくない。輝は惨敗。取り口を完全に研究されている感じ。あとは勢も惨敗していた。生命線の右腕が痛いのではないか。残りは可も不可もなく,特に書くことがない。
前頭下位。千代丸は突き押しから四つ相撲への転換が功を奏している様子。あの腹を使わないのは確かにもったいない。大翔丸は10勝しているが,決まり手の多くが突き落としで,引いて勝ち星を拾っていた。必ずしもそれが悪いわけではないが,うーん。遠藤と魁聖は上りエレベーター。一方,登れなかったのが隠岐の海で,彼もどうも逸ノ城と同じに見える。新入幕の朝乃山は幕内で通用しての10勝。右四つになると滅法強く,そこだけ取ればすでに前頭下位の力士ではない。押し相撲になってもそれなりに取れるのも長所で,差し負けるくらいなら離れて取ったほうが具合が良さそうである。前頭中盤に上がってどうなるかが非常に楽しみ。一方でどうも通用しないのが豊山。立ち合いの瞬発力の差,かなぁ。
続きを読む