2017年11月28日

納まらない感じの納めの場所

土俵の外は騒がしかったし,休場者も多かったが,おもしろい相撲はまずまず多かった。ケガ人が多いのはそれだけ熱戦が多いからと思いたいところ。

土俵の外が騒がしかった原因であるところの日馬富士の貴ノ岩暴行事件については,匿名・顕名にかかわらず多数の相撲関係者が相互に矛盾する証言をしており,明らかにストーリーを作ろうとしている何者かの撹乱が入っており,現時点では全く真相がわからない。貴ノ岩のケガの程度すら不明瞭では,本当に。その中で,泥酔した日馬富士が無抵抗の貴ノ岩に暴行を加えたという一点だけは真実なようである。とすると,朝青龍が一般人を殴り,半強制的に引退となった事例を引けば,やはり最低限でも自主的な引退は避けられない。相手が一般人か力士かは罪の軽重に無関係であろう。ただし,朝青龍は暴行事件が1月中旬,事件発覚が下旬で引退が2月上旬,書類送検は7月で不起訴という流れで,暴行事件自体にも不明瞭な点が多い。これに対し,日馬富士は暴行の事実だけは明白であり,すでに警察の捜査もかなり進んでいる状態であることから,書類送検のタイミングが朝青龍よりもかなり早い段階で行われたり,書類送検にとどまらず身柄が拘束される,あるいは起訴されて実刑判決に至る可能性まで想定される。自供があることから起訴された段階で有罪は確定的であり,司法の判断は朝青龍より重くなる。こうなると引退でとどまらず,解雇・廃業となる可能性も浮上する。あとは日馬富士の場合,協会に露見していないところでは酒乱による余罪がありそうだが,表向きは協会から処罰されたことはなく,この点は現役中大なり小なり散々処罰されてきた朝青龍とは大きく異なる。この点をどの程度協会が情状酌量の余地と見なすかどうか。あるいは,世間を納得させるためにかえって厳罰を課す可能性もあるが。白鵬は優勝インタビューで「日馬富士をもう一度土俵に立たせたい」と言っていたが,現実的に考えて無理だろう。

そういう事情から早期解決は難しく,日馬富士の処分決定はかなり長引きそうである。むしろ早期に解決すべきは貴ノ岩の待遇の方で,通常通りの全休とみなせば十両に下がることになるが,暴行が原因のケガで休場となれば,当然通常通りの全休と見なすのは問題になる。通常の番付編成から外した上で「幕内8枚目格」を特別に認めるというような措置は過去に前例があるようなので,そのような処置が妥当になるかと思う。協会の寛大な判断に期待したい。


個別評。優勝した白鵬は,前半は完璧な相撲ぶりで,全盛期とまでは言わずとも2012-13年頃くらいの強さは見られたと思う。後半はややスタミナ切れの雰囲気もあったが,何とか千秋楽まで持たせた。相変わらず張り差し・かち上げは多いものの,これについての文句はもう引退まで取っておこうと思う。唯一,今場所全く褒められないのは11日目の嘉風戦での,不可解な誤審アピールである。これについては当日に書いた記録をここに再掲しておく。以下,引用。「嘉風は先に両手を付いており,白鵬は後から手をつけた上に自分から張り差しにいっており,何をどう考えても立ち合いは完全に成立している。白鵬の待ったは全くの不可解であり,それで進行を1分も止めたのは言語道断。横綱という地位も鑑みれば極めて恥ずかしい。」というわけで,これは9月場所の日馬富士とは異なって完全に白鵬が悪い。12日目は強制休場くらいのペナルティがあってもよかった。

他の横綱・大関陣。稀勢の里はもう輝きが戻ってこないのだろうか。致命的なのは左腕よりも足腰で,明らかに以前よりも脆い。どうしてこんなことに。当人が「足腰が強ければ左腕が使えなくてもある程度勝てる」と前に言っていて,またそれはある程度正しかったのだが,その足腰が弱っていては絶対に勝てない。何が起きているのか。高安は可も不可もなく。豪栄道はもう少し勝ってほしかったところ。今場所は勝った日と負けた日の差が大きすぎた。やはり精神的なものだろうか。

関脇。御嶽海は年間6場所全て勝ち越し,年間最多勝も白鵬に次ぐ次点だそうで。今年は白鵬など上位陣がそろって一度は休場しているので,幕内上位陣では他に年間6場所全て勝ち越した力士がいない。偉業とまでは言えないが,十分に誇るべき実績だろう。今場所は突き押しの威力がよく,先場所よりは好印象である。次は本格的な大関取りとなるので,二桁欲しいところ。照ノ富士はどうしたものか。膝が以前よりさらに悪化しているように見え,全く踏ん張れていない。手術はしているようだが,完治するようなものでもないのかもしれない。深刻である。このまま引退するという姿は見たくない。嘉風は11日目の白鵬戦は見事な立ち合いだった。あれこそ後の先というべきかも。それ以外は特に。

小結。琴奨菊はやはりがぶれれば強いのだが,がぶれる形自体が作れなくなってきているのが。好調のバロメータたる右突き落としもほとんど見られず。不調という印象こそ受けなかったが,振り返ってみると不調だったのかも。最後に,阿武咲の小結勝ち越しは立派で,正直に言って2・3場所前の印象からすると意外。新入幕からの連続二桁は3場所で途切れたが,勝ち越しは4場所に伸び,次はいよいよ関脇である。御嶽海と並ぶことになり,いよいよ世代交代が本格化している感じ。二人の成績によっては,初場所は後に象徴的な場所と呼ばれることになるかもしれない。

前頭上位。千代大龍は手の内が読まれていた割には勝てていたのかな。栃煌山は下りエレベーターにしてもひどい出来であった。このままだと大関候補と呼ばれることは二度とない。北勝富士はすばらしい出来で,嘉風のはたきに落ちず,高安のかち上げに崩れず,豪栄道の首投げも効かずと体幹がしっかりしており,突き押しの威力もそれなりに高い。おっつけには技能賞が与えられた。あとは組んだ時の対応と速度か。11勝お見事。逸ノ城は前半は怪物復活という印象であったが,後半は気の抜けた相撲が多かった。上位戦になると力を抜くのは本当にやめて欲しい。その中で12日目の豪栄道戦は気合が入っていて実際に勝ったが,勝てると踏んだ相手だったか。

前頭中盤。正代は9勝で勝ち越し。地力から言えば二桁勝てただろうと思うのだが,先場所の絶不調を考えると復調傾向か。もろ差しに無理にこだわって自滅する感じは隠岐の海に似ている。遠藤も9勝。玄人好みというべきか,もう「相撲上手い」以外の言葉を与えようがない。毎場所技能賞でもいいよ。朝乃山は先場所の印象だともう少し勝てるかなと思っていたが,研究されて負け越した。右四つの本格派で寄る姿は好きだが,対策を取られると寄れなくなるあたり,攻撃力がまだ足りない。十両に下がっても文句が言えない負け数だったが,番付運で16枚目どころか14・15枚目で残れそう。再起に期待。

前頭下位。隠岐の海は異様に体のキレがよく,11勝自体は見事と言える。が,来場所に続くような気が全くしない。来場所も大勝ちしたらPCの前で謝ります。そして何より安美錦。土俵際の魔術師健在ながら,密着されると魔術が発動しなくなるという弱点を突かれて苦しい星勘定となったが,何とか勝ち越した。しかし,魔術発動以外で勝つ手段がかなり少なく,千秋楽の見事な上手出し投げのような,毎日出せるものではない技のキレに頼らざるをえないのは,来場所以降相当に苦しい。とはいえ史上最年長の再入幕からの,103場所ぶり・新入幕以来の敢闘賞だそうで,本人も珍しく声をあげて泣いていた。なお,上位で取っていた経験が長い故に,安美錦が倒した横綱は11人,倒した大関は64人とのことで,ある意味旭天鵬以上の「角界の生き証人」と化している。  続きを読む

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2017年11月27日

最近読んだもの・買ったもの(『映画大好きポンポさん』他)

・『映画大好きポンポさん』。pixivで話題になった作品の書籍化。
→ 本編に大きな追加要素は無し。各キャラの好きな映画についての解説などの付録が追加要素となっている。映画をそんなに大量に見ているわけではない私でさえわかる,主人公ジーン君の好きな映画3本から漂う「こいつヤバイ」臭。そして最後の最後のスタッフ欄で著者本人が挙げている好きな映画3本が全部『アイカツ』シリーズというオチ。好きなシリーズにはいかなる名作も勝てない。
→ 本編は改めて読んでもやっぱりめちゃくちゃ面白い。伏線の一つ一つは単純なんだけど,テンポよく話が進むので,どこで回収されるのかあまり頭で考えないまま読めてしまい,回収されると単純な割に“新鮮に驚くことができてしまう”。「90分」なんて後から考えれば完全に伏線なんだけど,最初に読んだ時には気づかなくて感嘆した。物語は「報われない努力をしてきた人たちが,その道の天才たちに導かれて才能が開花する」という単純な筋であるが,非常に爽やかである。この単純さ・爽やかさ,そしてわかりやすく読みやすいコマ割だからこそのテンポの良さなのであろう。
→ ちなみに,作中で歌われていたリートはこれ。

→ ついでに,自分で好きな映画3作を選ぶとなると,非常に悩む。前に13作までは絞ったことがあるが。ここからさらに3つにはちょっと絞れんなぁ。

映画大好きポンポさん (MFC ジーンピクシブシリーズ)
杉谷 庄吾【人間プラモ】
KADOKAWA / メディアファクトリー
2017-08-26





・『U.Q.HOLDER』14巻。VSネギ編決着。キリエと刀太が本格的にくっつく。京都のネギのアトリエへ。
→ VSネギ編の決着は正直よくわからんうちに終わった感が。今後説明が足されないなら,消化不良甚だしい。
→ 刀太がキリエとくっついたのは予想外。そもそも刀太くんのラブコメがこんなに早い段階で終わったこと自体が意外。残りの面々……というよりは九郎丸くんはどうするんでしょうか。他の面々はあきらめつきそうな人たちが多いけども。



・『火ノ丸相撲』16巻。団体決勝,先鋒・國崎VS兵藤,次鋒・辻VS澤井,中堅・佑真VS四方田。
→ 先鋒戦はトリッキー対決で,最後は二人とも相撲に戻ってきてのぶちかまし勝負からの,体格差で決着。ここまで身長に比べると体重にあまり焦点を当ててこず,ソップ型が活躍しがちだったこの漫画で,団体の決勝の相手がだいたい全員アンコ型,先鋒決着の理由もそこという。
→ 次鋒戦。辻の技の連続は漫画ながら見惚れた。最初のとったりの美しさよ。そして同体取り直しからの頭捻り。ほとんど見ない超レア技だからこそ,辻の異能が映える。
→ 中堅戦。完全なソップ型の突き押しVS典型的なアンコ型の四つ相撲という,ここに来てよくある対決の構図。腕を返す,巻き替え,腹に乗せると,今まで意外と本作で出てきていなかった相撲の基本的な技がよく出て,四つ相撲のおもしろさが出た勝負となった。やっぱ巻き替えの速さは力士の見せ所の一つで,朝青龍も白鵬も巻き替えの異常な速さで天下を取ったようなところはある。五條くんは負けたからこそ大学でも続けるということで,この辺から高校生編後を見据えだした感じか。
→ 番外編は五條礼奈VS堀千鶴子。二人とも「こんなとこ見られたら部員転向を進められてしまう」って焦っているところがかわいい。  
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2017年11月20日

非ニコマス系動画紹介 2017.4月下旬〜2017.5月中旬




テレ東の番組,11/30までの限定公開。2週連続放映の特番で,内戦の爪痕が残るリベリア,台湾ギャング,アメリカギャングと取材して,彼らの食事にフォーカスした番組。プロデューサーへのインタビューも公開されている。
・全員、人殺し。「ヤバい人たちのヤバい飯」を知るヤバいグルメ番組がマジでヤバい(BuzzFeed)
→ 記事を見るとすごく考えられて制作された番組ということがわかる。



エロゲのOPかな? ってエロゲだった。



まーたおやつさんがわけのわからないことを。現在週一で連載中。



開発2部に行くと41連携を達成できるという驚きの発見。連携名は今回も「剣」。



実質的な完結編。戦闘自体はけっこう楽な(そしてそれ以外のところで苦戦させられた)本作だったが,さすがにラヴォスは強かった。



これはすごい。よく作るなー。



上手いこと原作の隙間を埋めた12.X話だった。



いたじゃんRのパロは今後も未来永劫作られそう。  
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2017年11月19日

最近読んだもの・買ったもの

・『ごちうさ』劇場版を見に行った。素直に「心がぴょんぴょんした」と書いておいてもよいのだけど,どうせなら突っ込んだ感想も。ストーリーは原作5巻のエピソードをつなぎあわせたもの。サブタイトルのDear My Sisterから,まあそこを使うんだろうなという予想はついた。絵は,「死ぬほど美しいストラスブール・コルマールの風景を思う存分大画面で見てくれ」という気合が入った背景美術とは対象的に,人物は作画が崩れないというだけで,テレビアニメ版との差異は特に感じなかった。それもあって,「わかってはいたものの,なんで『ごちうさ』を劇場で見る必要があるのか」「あとでレンタルで見ても良かったのでは」という感情はどうしても芽生えてしまい,自分で自分に負けた感が強い。まあ,大画面で死ぬほど気合の入った木組みの町が見れたから,損をした気分はない。
→ ところで,新宿バルト9でレイトショーで見たのだけれど,ネクタイ締めたままの残業明けサラリーマンの群れ(自分含)がずらっと並んで『ごちうさ』を見ている光景は大変にシュールであった。新宿バルト9は今『ごちうさ』特集中で,館内が『ごちうさ』デコレーションで飾られているので,都内の人はどうせならここで見るのをお勧めする。


・『ゴールデンカムイ』11巻。ほぼ稲妻強盗と蝮のお銀VS第七師団編。最後の方で姉畑支遁登場。
→ 稲妻強盗と蝮のお銀は作中で「あのボニーとクライドよりも何十年も前に…北海道で実際にこの凶悪な夫妻が暴れまわっていたと記録が残っている」と触れられているが,ググってみると実際に調べた人がおり,その方によれば作中名「坂本慶一郎」は実在する「坂本慶次郎」,お銀はそのままお銀だそうだ。二人とも樺戸集治監にいたのが共通点だそうで。『北海道行刑史』に記載があるそうで,興味ある人は。というか,東大の総合図書館の開架にあるので,今度読みに行こうかしら。毎度のことながら,よく拾ってくるな,こういう実在の人物。なお,実在の坂本慶次郎は北海道から関東に移っており,そちらで逮捕され,1900年に処刑されている。
→ 尾形百之助の父,花沢中将の自殺も,鶴見中尉の指示で尾形百之助による他殺だったことが明らかに。花沢中将のモデルは6巻の感想でも考察しているが,エピソードが増えてより明確になった。203高地の指揮をとり,後に明治天皇に殉死した乃木希典と,日露戦争当時の第七師団の師団長だった大迫尚敏の二人であるが,二人とも息子を203高地で亡くしているという共通点がある。さらに,実は乃木希典の後任の学習院の院長が大迫尚敏だったりして,これまたすごい元ネタを。
→ 107話のp.130の,赤子を抱く鶴見一行の不自然な構図は,ブグローの絵画から。これは見つけた人は本当にすごい。不自然な構図だとは思ったし,元ネタはあると思ったが,自力ではわからなかった。
→ なんでまたこのエピソードをここに挟んだかと思えば,大枠の物語である小樽から網走監獄への移動編はアシㇼパとのっぺらぼうの親子の物語であり,これに尾形の話と稲妻強盗夫妻の話を挟んで「子供は親を選べない」と来た。果たしてのっぺらぼうの人格はいかに(雑誌連載だともう判明しているが)。
→ この稲妻強盗編の次が動物とウコチャヌプコロする姉畑支遁編という落差は一体。動物とウコチャヌプコロしても子供は生まれないね,うん。


・『冴えない彼女の育てかた』12巻&Girls Side3。倫也のデートすっぽかしの真相,紅坂朱音が倒れて,フィールズクロニクルのディレクター代打&完成,倫也の告白。
→ 本来は12巻がメインでGS3が補完なはずのところ,12巻が本編の時間軸を進めるための存在になっていて,恋愛劇としての真相は全部GS3に投げてしまっているために,役割が逆転している。この2巻はどうしたってセットだろう。
→ パロディは冒頭の『君望』のOPの展開があったが,確かに11巻の引きはあれを連想した。実際に本作で倒れたのは別の人だったけど。というか,あのパロディの文言を読んだだけで即座に頭にRumbling Heartsと映像が流れ出したので,私もまだアレに魂が捕らわれているようだ。もう15年以上前やぞ。どうせなので張っておく。「もーおー戻れなーい」で任意ラジオを思い出すところまでがお約束だ。多分,これと『Kanon』のOPは一生忘れたくても忘れられないと思う。

→ そしてGS3,第12.75章の章題が「ルートを譲らなかった彼女」。ゲーム制作をしながら,恵と倫也のこれまでの物語の回想が入る。こうして見ると,確かに恵はルートを譲らなかったのだなと。はっきり言ってしまうと,8巻以降の第二部はp.205からの12ページ分,特にp.209の挿絵のためだけにあったと言っても過言ではなかった。本作は主人公がヒロインを選ぶギャルゲーに見えて,実際には最初からヒロインが確定したライトノベルなのだ。13巻完結の物語の,12巻+αの最後の最後まで来てなされた,遅れに遅れた宣言であった。このシーンはぜひともアニメ化してほしいが,3期あるんですかね。  
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2017年11月17日

最近読んだもの・買ったもの(『ゼロの使い魔』他)

・『だがしかし』8巻。ほたるさん帰還,紅豊さんがほたるの兄だったことが発覚,そして冬休み。
→ ほたるさんが久しぶりにシカダ駄菓子店内で雄弁に語っているのを見て,この漫画の原動力はゴスロリでキメキメな女の子が駄菓子について熱く語るギャップであるという魅力を再確認した。7巻も悪くなかったし,スーツのハジメさんが駄菓子屋でバイトしているというギャップも悪くなかったけども,『だがしかし』はやっぱりほたるさんありきなのだ。
→ ポテトフライの重ね食いについて東豊製菓から否定された話が入っていたが,1巻の時点では『だがしかし』はアニメ化していなかったし,それほど有名でもなかったからできたネタだったんだよなぁとw。公式からの否定が入ったのはある種の有名税か。
→ ベビースターラーメンのパッケージキャラクターが変わる話は当時報道されていたから,拾うだろうなとは思っていた。新キャラがチャラいというネタをほたるの脳内でストーリー仕立てにして処理してしまうのはさすが。


・『ダンジョン飯』5巻。狂乱の魔術師登場,ファリン再び失踪,カブルー一行の紹介,カブルーとシュロー一行の合流,さらにカブルー一行と遭遇。
→ ファリンの捜索という当初の目的を達成してしまったから次の展開が来るわけだが,まさかファリンがまたすぐにいなくなるとは。どころか別パーティーが主人公の話に。物語が複雑化していく。迷宮自体や魔術についての説明も出てきたし,本格的に長期連載の道に入ったか。10巻くらいまでは続きそうな感じ。
→ 食したモンスターはドリアード,コカトリス。すでにバジリスクが出ているので,コカトリスは出てこないかと思っていたが,上位モンスター扱いだった。そういえば,コカトリスが石化の能力を持つようになったのはどこからなのだろうか。
→ 石化したマルシルが変顔なのはもはやお約束。石化した仲間を漬物石に使うのもお約束。
→ シュローの名前はトシローだった。パーティーは忍者に鬼,鶴の妖怪ともろに日本。


・『ゼロの使い魔』22巻(完結)。
→ 最終巻自体は上手く世界も救ってヒロインも救ったという以外にストーリー展開もないので,シリーズを通した感想も書いておく。ヤマグチノボル氏の追悼文のときに少し書いたが,私にとっての『ゼロ魔』の魅力は次の2点が主だ。まず,「近世を扱った歴史物」であったこと。魔法(ファンタジー)の有無にかかわらず,多くの創作物のアイデンティティは中世である。現実と比較した際のリアリティ(迫真性)は横においておいて。しかし,『ゼロ魔』は絶対王政の敷かれた諸王国,アンシャン・レジームの社会体制など,徹頭徹尾アイデンティティにおいて「近世」であった。中世でもスチームパンクでもない,近世であることをこれだけ活かしきった作品は,ラノベによらずジャンルを超えて,非常に珍しい。ヒロインの「ルイーズ・ド・ラ・ヴァリエール」をはじめとして,登場人物の名前も多くが現実の近世ヨーロッパに登場する人物を模したものというお遊びや,現実のヨーロッパ史を知っていると尚更おもしろいストーリー展開も,良いスパイスになっていた。
→ もう1つが,「地球舐めんなファンタジー」であったこと。今となっては珍しくもなんともないし,対象がファンタジーではなく過去の歴史へのタイムスリップものであれば昔からあったジャンルではあるが,『ゼロ魔』の場合はサイトくんがなんでもかんでも現代の兵器を入手できたわけではないという制限のおかげで,ファンタジーとのパワーバランスがちょうど良かった。その上,最後の最後でその現代世界との戦争という話が持ち上がり,絶対に勝てないということを唯一人知っているサイトが奔走するという「現代科学が牙を剥く」展開も,『ゼロ魔』らしい最後であった。
→ ラストはサイトが現代世界に戻ってきて終わることになるが,ますます氏が生前に言っていた「ゼロ魔はノンフィクション」につながる。このエンディングを迎えたことで,現代世界とファンタジーの世界をつなげた『ゼロの使い魔』は,真にその架け橋として昇華されたと言えよう。
→ なお,最終巻の後に,単行本化されていなかった短編集や,21・22巻を実際に執筆した志瑞祐によるコメントと,ヤマグチノボルの遺稿プロットなどが収録された『メモリアルブック』も発売された。昔追いかけていた人は,22巻とともにぜひ読んでほしい。
ゼロの使い魔 22 ゼロの神話 (MF文庫J)
ヤマグチノボル
KADOKAWA / メディアファクトリー
2017-03-24


ゼロの使い魔 Memorial BOOK (MF文庫J)
ヤマグチノボル
KADOKAWA / メディアファクトリー
2017-07-24


  
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2017年11月16日

RPGなら明らかにイベントポイント

・ モンゴル民族のメタルが思ったよりモンゴル(フリーク)
→ 海外のメタルなんてほとんど全く聞かないし,モンゴルのメタルなんて初めて知ったのだが,「メタルは土着する」というのはおもしろい。
→ 拙著の編集者さんがこういう海外メタルが好きで,『デスメタルインドネシア』や,『デスメタルアフリカ』なんてものを手がけているので,なんとなくそういう話は小耳に聞いてはいたけども,実際にモンゴルの土着具合を聞くとすごいなと。


・むしろ紅楼夢をどこで知ればいいのか分からない問題(増田)
→ これは実際にある。四大奇書は『金瓶梅』を除いて全部読んだことがあるが,『紅楼夢』はない。見事に卑近な入り口が無くて,評価と知名度の割にそういえば読んでない。
→ 『紅楼夢』は非常にギャルゲー・エロゲー向きな設定であるので,案外入り口はそこなのではないかと思う。実は2009年に中国でギャルゲー化していたようだが,あまりぱっとしなかったのか,ゲームが発売されたのを最後に情報が入ってこなかった。残念。

→ ニコニコ動画にOPの映像があった。どうせなので張っておく。


・有明→テニスできず、ビッグサイト→商談できず、神宮→高校野球できず “施設難民”から悲鳴続々(産経新聞)
→ 諸施設が使えなくなるのは全然コミケだけの話ではなくて,むしろコミケより甚大なダメージが出るものもある,という話はネットではすでに広まりつつあるけど,最近ようやく新聞やテレビも取り上げ始めた印象。だからこそ,
・「2020年、東京ビッグサイトをコミケ関連で使えるように調整中」小池都知事が会見で言及【コミケ問題部分全文】 (ニコニコニュース)
→ こんなのには当然乗れない。コミケが心配だからこそ,コミケだけ助かるなんて方策には賛同できない。また,同人誌即売会に限定してもなぜコミケだけってことになる。オタクにとっては当然ながら,ビッグサイトで開催される即売会はコミケだけではないので。


・アラスカの森に「砂漠」の段々畑 永久凍土解けて変化か(朝日新聞)
→ タイガと砂漠が隣接している光景は初めて見た。さすがに衝撃的な光景である。砂漠化するにしても,もっと単なる荒れ地みたいになりそうなものだが,こんなに典型的な「砂漠」になるとは。記事を読む感じだと専門家でもよくわかっていなさそう。  
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2017年11月13日

私的相撲用語辞典(5) その他編

>(4)から。これにて完結。結局丸2年かかりましたね。大したコンテンツでもないのに。


・ユルフン
ふんどしが緩いこと。実は,ふんどしをどの程度固く締めるのかはその力士の戦術にかかわってくる重要な要素である。固く締めれば,相手の力士はまわしをつかみにくくなる。逆に緩く締めれば,相手がまわしをとっても伸びてしまってうまく力が伝わらなくなるので,有利である。そこで,まわしを異様なまでに緩くして組まれた時に有利にしようとする力士が何人かいる。ユルフンは頻繁な立ち合いの変化と並んで「小細工を弄している」印象である上,伸びたまわしは非常にみっともない格好であり,しかも相手力士の肘等に変な形の負担がかかりケガを誘発するので,相撲ファンからは嫌われている。最悪の場合,不浄負けになる。ユルフンは規制した方がいいと思う。

自分の記録を検索してみたところ,直近5年でユルフンだったのは照ノ富士,明瀬山,北太樹,千代皇,勢,栃ノ心(3回),里山,貴ノ岩,鶴竜,松鳳山,千代鳳,魁聖。特に明らかに故意な栃ノ心と,当時すでに横綱だった鶴竜,大関だった照ノ富士は全く擁護できない。過去の大関以上の力士では武双山のユルフンが有名だった。


・蛇の目の砂
土俵の外の20cm幅にまかれている砂のこと。少しでも物が接触すると舞い飛んで跡が残るようになっている。そのため,際どい勝負の場合,蛇の目の砂の跡の残り方や,スローVTRでの砂の飛び方を見ると,どちらの力士の手足が先に土俵を割ったかを確認することができる。際どい決着になりそうな際は,蛇の目の砂に注目して見るとよい。


・うっちゃり
土俵際で寄られて負けかけている状態から,身体の重心を著しく低くして左右のいずれかに大きく振り回し,投げ捨てるという逆転技。一般に「うっちゃり」というと土俵際の逆転劇全てを指すような印象があるが,実際にはこの左右に振って投げ捨てる形だけが決まり手としての「うっちゃり」である。実際,このような場面になることは少なく,決まり手としてのうっちゃりは意外なほどに出ない。見ていて「これはうっちゃりでもいいのでは?」と思える決まり方をしても,実際の決まり手の発表は「下手投げ」等だったりして,意外なレア決まり手となっている。近年では白鵬と正代が決めている。


・立ち合いの不成立
大相撲の立ち合いは力士同士の阿吽の呼吸で立つことになっているので,呼吸があわなければ不成立となる。不成立とみなされる形はいくつかある。まず,単純に片方の力士が一方的に立って,相手が蹲踞したままという状態になること。先に立った力士の気が早すぎたか,蹲踞したままの力士が遅すぎたかいずれかである。次に,両者とも立てず,片方の力士が挙手した場合。これは「このままだと呼吸が永久にあわないので,一度仕切り直させて欲しい」という合図である。あるいは,両者がふわっと立った場合,行司がやり直しを命じるというパターンもある。

そして,意外と多いのが「手付き不十分」。立ち合いは両者が両こぶしを一度地面につけてから離して初めて成立となるので,4つのこぶしのいずれかが地面に接触していなければ,いかに呼吸があっていても不成立とみなされる……というのが建前で,昭和の相撲を見るとむしろこぶしを一度地面に接地させている力士の方が少数派で,この点,近年の力士の方が圧倒的にお行儀がよい。これは昭和は「阿吽の呼吸」の方が重視されていて,呼吸があいさえすれば他は軽視してよいという風潮であったことに起因する。これはあまりにもルール無視であるということから近年急速に正されている。しかし,どの程度地面をこすれば「接地」になるのかという基準が行司によりかなり個人差があり,昭和並に見ていない人から,かなりきっちりと接地してないと何度でも不成立として止める人まで,幅が広すぎるのが新たな問題となっている。相撲協会は,ルールの見直しか基準の統一を図ってほしいところ。


・髷をつかむ
大相撲の揉める反則技。髷をつかんで引っ張るのは反則とルールで決まっているが,髷をつかめば相手を簡単に引き倒すことができてしまうからである。このルールがなかった場合の,相手の髷を狙い合う相撲なんて見苦しすぎて競技が成立しまい。しかしここで問題になるのが,不可抗力で相手の髷をつかんでしまった場合,また不可抗力で相手の髷をつかんでしまった上に,それが勝負に有効に働いてしまった場合である。一応,大相撲のルールブックである「日本相撲協会寄附行為」によると「頭髪を故意につかむこと」となっているものの,実際の運用上は「故意」であるかどうかはほとんど問われておらず,勝負に影響したかどうかで判断されている。つまり,前出のうち後者はアウト=反則負けとなる。これについては,世間でもほとんど異論がない。揉めるのは前者,つまり髷をつかみ,その後勝ったものの,髷をつかんだことが勝負の決定打ではなかった場合や,スローVTRで見ても髷をつかんだのか頭を触っただけなのか判断できないくらい際どい場合である。これらについても厳格な判断基準がなく,割りとその場その場の審判の基準で決まっている。

また,2014年・15年頃は過度に厳格なことが多く,どう見ても故意ではない,かつ勝負にほとんど影響していない場合でも反則負けとなってしまうことがあり,とりわけ2014年の9月場所4日目で日馬富士が髷をつかんだとして反則負けになった際にはめちゃくちゃ物議を醸した。最近(2016・17年)はそれに比べると少なくともちゃんと協議している印象があり,やはりあの物議が効いたのか。


・死に体
相撲の勝負判定はいくつかある。単純に言えば
・足の裏以外が地面に触れたら,土俵内であっても負け。
・足の裏を含めた全身の一部が土俵外の地面に触れたら負け。ただし空中はセーフ。
を基本線とするが,この両者が衝突した際に補足的に運用されるのが「死に体」の概念である。
・全身どこも地面に落ちていなくても,数瞬の後に倒れるのが明白で,かつもはや新たな技をかけることが出来ない状態の場合,「死に体」として,不利に取られる。
この「死に体」が曲者で,「どういう状態なら体が死んでいるか」は力士同士や好角家同士でもけっこう意見が分かれる。だからこそ相撲の審判も複数人いて,協議(それも微妙な場合は長い協議)があって勝負がやっと決まることがある。加えて言えば,死に体の概念があるからこそ完全なビデオ判定に移行できない。相撲の判定はあくまで行司が主体で,行司の判定に不服がある場合のみ審判団に移り,ビデオ判定はあくまで審判の補助でしかない。なお,行司は必ず勝負を付けなければならず,同体取り直しの判断は審判団のみの権利である。この辺を勘違いして,ビデオ判定で全てがデジタルに決まっていると思っている人をたまに見る。

「死に体」については,過去に白鵬がこれについて発言して非常に揉めたことがある。その時の騒動をまとめた記事を書いているので,よければ参照されたい。  
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2017年11月12日

私的相撲用語辞典(4)小技・立ち合い編

(3)から。(4)で終わると言っていたな。あれは嘘だ。短い(5)が完結編です。


・引き付け
相手と組んだ際に,猛烈な力を入れて相手のまわしを引っ張り,自らの身体と密着させたり,つったり(次の項目)したりすること。相手と自分の身体が密着すれば,より力を入れやすくなるので寄りやすいし,投げ技や足技もかけやすくなる。しかし,当然相手からしても同じことが言えるので,投げ返されたり,足技によるカウンターに注意が必要。対戦している両者が,二人とも寄りに自信がある場合,互いに有利な体勢で寄ろうとして同時にひきつけることがある。これを「引き付け合い」と呼ぶ。膂力十分な力士同士のがっぷり四つからの引き付け合いは,これ以上見応えがあるものはないというくらい見応えがあるので,名勝負になりやすい。


・吊り(つり出し)
相手を引き付けてから空中に持ち上げる技を吊りといい,そのまま土俵の外に出す決まり手を吊り出し(つり出し)と呼ぶ。吊ってから真下に落とし,膝をつかせるか倒してしまうのはつり落としになるし,背中からつれば送り吊り出し・送り吊り落としになる。言うまでもなく,重い力士を持ち上げるのだからとんでもない腕力と背筋力が必要になるので,得意技がつり出しというのは力自慢の代名詞となる。近年だと第一に上がるのは把瑠都であり,把瑠都クレーンと称された。あとは朝青龍がたまに決めていたか。過去の名力士では元大関の霧島,元大関の初代貴ノ花の名前がよく上がる。豪快に決まるので見応えがあるし,持ち上げられた側は抵抗が難しくなる(もがいてもどうにもならないことの方が多い)一方,技自体の難易度が高いので意外と見ない。メジャーの中ではマイナーな部類の技を言えよう。


・腕を返す
「かいなをかえす」と読む。寄っていく際に自分の差し手(下手)を,まわしではなく脇に沿わせる形を作る(このとき“自然と腕が90度回転して”肘が張ることになるから,「腕を返す」という名前になったのだろう)。すると自然と相手の上手は万歳する形になり,まわしをとったり極めたり巻き替えたりといったことができなくなり,無抵抗になる。映像で見たほうがわかりやすいだろう。次の映像で,高見盛がもろ差しから両腕で腕を返し,魁皇を万歳させている。



なお,もろ差しの状態で,さらに差し手の両方で腕を返すのはあまり見たことがない。もろ差し自体が有利な体勢であるので,さらに腕を返す必要は薄いからだろう。その意味で珍しい映像である。腕を返すのは,寄る際には有効な技ではあるが,あらかじめ下手をかなり深く差しておく必要があり,準備が難しい。時々NHKの解説で何人かの元力士が「最近の関取はあまり腕を返さない」と嘆いているのを聞くが,自分の印象だと別にそうでもない。千代の富士以前と比較されると,私も映像をほとんど見たことがないのでなんとも言えないが。


・がぶり寄り
相手を十分に引き付けてから,自らの重心を低くして下から突き上げるような動作を何度も行い,反動をつけて寄っていく技。特殊な動きであるためか多用する力士が少なく,これを使うことがそのままその力士の代名詞になることが多い。現役の力士なら琴奨菊がこれに当たり,なにせ彼のあだ名の一つは「ガブリエル」である。過去の力士では琴風,そして双葉山が挙げられる。


・立ち合いの変化
通常の立ち合いであれば差し手をとって組みに行くか,肩または頭から体当たりして崩すか(ぶちかまし)のどちらかであるが,ここからはいくつか特殊な立ち合いの行動について記述する。立ち合いでまともに立たず,前ではなく横に動いて相手をかわし,そのままはたき込み・上手出し投げ・送り出し等で仕留める行為のこと。力量差が大きい相手に楽に勝つ必殺技であるが,当然難点もある。まず,単純に相手に予見されると大失敗に終わり,抵抗もできずにあっさり負ける羽目になること。次に,失敗すると無力な状態で一気に倒されることになるので,ケガしやすい。そして余程心臓が強くないと,変化する気配が漏れてしまい,相手に予測されてしまう。あるいは変化を多用していても相手に警戒されるので,読まれやすくなる。何よりも「力量差が大きい相手に楽に勝つ必殺技」であるがゆえに,変化したということは「まともにやっても勝てない相手です」と認めた形になるので,自分のプライドが傷つく上に,格下相手にやればブーイングの嵐不可避というリスクもある。それでも勝ちは勝ちに違いないと思えるハートも必要だろう。

なお,たまに相撲をあまり知らない人から「ルールを守っているなら,勝つために何をやってもいいのではないか」という意見が出てくることがあるが,プロスポーツである以上ルール外の暗黙の了解が存在するのは相撲によらず野球でもサッカーでも同じで,これに対する反論としてよく使われるのが「プロ野球とて強打者を全打席敬遠したら間違いなく極度の批判にさらされるだろう」というたとえで,これは良い例えだと思う。私個人の意見では,横綱・大関は絶対に変化してはいけないというわけではなく,後述するような「業師の一流の技」として認められるような形であったり,「ケガでどうしても勝ちたい一番の,平幕相手」といった状況であるなら,多用は困るにせよ認めてもよいと思う。それこそルール上反則というわけではないのだから,とあくまで私見として述べておく。

一方で,変化は上手く決めるには相手に悟られない心理戦,立ち合いの瞬発力,大きく横に跳び素早く相手を撹乱する機動力と,高度な技術が必要であることから,元から「業師」で売っている力士や,高齢の力士,ケガから復活途上などの事情で同情を買いやすい力士は変化してもそれほど批判されないことが多い。その意味で変化してもほとんど批判を受けない近年の力士というと,まず第一に安美錦が挙がる。業師である上に高齢であるから。次点で豪風か。栃ノ心もよく変化するが,彼の場合はまだ30歳でしかも下手だから,批判が多い。


・張り差し
張り手をくりだしてから差し手をうかがう,立ち合いでの動きのこと。顔面に奇襲を受ける形になるので,相手は痛い・単純に驚く・目を閉じてしまうという三重苦にさいなまれて動きが止まるから,その隙をついて自分は有利な組手を取ることができる。昔は全然見なかった技だが,朝青龍がその有効性に気づいて多用するようになってから爆発的に広まった。現在では白鵬が多用している。一時期は日馬富士もよくやっていたが,最近はほとんど見ない。

立ち合いで有効な技である上に,「横綱の顔面に張り手を入れるのは不遜な行為」とされている関係上,横綱以外の力士が朝青龍や白鵬を相手に張り差しを使うのはかなり挑戦的な行為となってしまうため,事実上「格上が格下に,より確実に勝つための技」になってしまっていて,相撲という競技のおもしろさを考えるとあまり良い風潮ではない。

とはいえ張り差しは無敵の立ち合いというわけではなく,張り手をかわすことさえできればバランスを崩すのは張り手をした側になるし,そうでなくとも張り手をした側の手の脇は空くことになるから,そこは差しやすい。朝青龍や白鵬はあまりにも張り差しを多用するために対策がとられ,実際そうして張り差しの弱点を突いて,むしろ張られた側がいい位置の差し手をとって勝つということも時折見られた。それが白鵬の立ち合いのさらなる進化を促すことになってしまったのだが。


・かち上げ
立ち合いの時に前腕を相手の胸や肩やアゴにぶつけてのけぞらせ,有利な差し手を入れやすくするか,場合によってはそのままノックアウトしてしまう技。本来の目的は前者であり,後者は結果論的にそうなるのは認められている……というのがかち上げの本来の趣旨であった。これも以前はそれほど見られる技ではなかったが,近年では朝青龍・白鵬,大砂嵐・高安が多用している。特に白鵬のかち上げは張り差しで注意を逸してから,逆の腕でかち上げるというコンビネーション技になっている。しかし,下からの張り手を受けた顔面は衝撃でアゴが上がっているため,自然とかち上げもアゴに入りやすく,そのままノックアウトになってしまうことが多い。

というよりも白鵬のかち上げは明らかに本来の趣旨ではない後者ねらいというパターンが多い。しかも,のけぞらせるのではなくノックアウトがねらいなら,相手にぶつけるのは前腕よりも固い肘の方が,当然攻撃力が高くなる。そのため,白鵬のかち上げは自然とエルボー気味になるが,相撲では肘打ちは反則なので,白鵬のかち上げはグレーゾーンとしばしば批判されるのはこれが理由である。実際,あのかち上げは相手力士の選手生命を短くする危険性が高い。ただし,現実的に言って前腕と肘を峻別するのは難しく,そもそも「張り差しとかち上げのコンビネーションの絶大な有効性」に気づいたのは長い長い相撲史上でも白鵬が初めてであるから,相撲という競技を極め尽くした白鵬が見つけたルールの脆弱性とも言える。ルール変更に至るかどうかは,なんとも言えない。


・諸手突き
通常は片手で突くところ,両手を前に突き出し,相手の両肩を突く技。特に立ち合いで相手との距離を最も広く空けたいときに有効であり,突き押しでいくなら立ち合いは諸手突きで行くというのは有効な選択肢になるだろう。ただし,両方の脇が思い切り空くので,予見されて避けられたり,十分に効かなかったりすると簡単にもろ差しで入られて逆襲を受けるので,リスクも高い。最近の力士だと,大砂嵐と碧山がよくやっている。


・喉輪
突き押しの際に,相手の首を片手でつかんで押していく技のことを喉輪と呼ぶ。見た目で名前の由来がわかるだろう。当然やられた相手は呼吸困難になって非常に苦しい。喉輪でつかまると劣勢である。しかし,全身の重心からすると,首は上半身の中でもかなり上の方に位置するので,押す力としては弱い。あくまで相手の動きを止めて行動不能にするのが喉輪の目的であり,押し出しにするにはまた別の場所を押していく必要がある。また,喉輪は相手がのけぞると外れやすく,外れるとかえって自分のバランスが崩れるので,やはり絶対有利になる技というわけではない。最近の力士では玉鷲が多用しており,上手く必殺技的に用いている。
  
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2017年11月10日

最近読んだもの・買ったもの(『エマは星の夢を見る』他)

・『エマは星の夢を見る』。モーニングで短期間に集中連載されていた作品の単行本化。原作者が主人公と同じ名前(エマニュエル・メゾンヌーヴ)となっていることからもわかる通り,本作は元ミシュラン・ガイド調査員の実体験を,日本の漫画家が漫画化したものである。1話だけはネット上で試し読みできる。そして1話だけでも十分おもしろいので,読む価値はあるだろう。
→ 2話以降ではミシュランガイドの仕事の様子がリアルに描かれている。登場するレストランやシェフ・料理まで,いくつかは本物(ただし,エマが実際にミシュランで働いていた当時の約10年前の情報であるため少し古い)。調査にもいろいろな手段があり,調査員は身分を明かしたり隠したり,真正面からオーナーに質問したかと思えば,性格の悪いテンプレ小姑のような仕草もする。調査される方の人々も悲喜こもごもで,身分を明かされても動揺しない人もいれば,かわいそうなくらいあわてふためく人もいて,さらには一方的にくだされる評価に反感を持つ人も。全く知らない世界なので,わかりやすく漫画化されてありがたい。一つ残念なのは,漫画がモノクロであるということだ。これだけ料理描写が売りになるべき漫画なのだから,ところどころにカラー絵が欲しかった。実際にフランス語版はカラーになるらしい。漫画家も海外で評価が高い人を起用したのは,そこまで見越してのことか。確かにフランスでの方が売れそうな内容だ。日本でフランス語版売ってくれないかな。
→ なんでまた日本で漫画化したのか,といえばエマが日本に出張したことがあるからで,作中でもエマの持った日本料理の感想が出てくる。そういう縁でこういう漫画生まれたというのはおもしろい。
→ 作中で一番印象に残ったセリフは「(我々の仕事は)フランスのガストロノミーの伝統とクオリティーを守っている」という上司のセリフ。そうとでも思わんと,こんな重労働はやってられない。





・『球詠』2巻。練習試合が終わって,合宿,そして再び練習試合。
→ なんてことはない修行回なのだが,急造チームの急造らしさと,それがまともなチームとして完成していく過程が描かれた2巻だった。経験者が未経験者を引っ張っていく(しかも未経験者は特殊な能力を持っているわけでもない)のは,こういう設定にした部活漫画ならではか。3巻からは公式試合が始まるので,この2巻は非常に特殊な巻になりそう。


・『リボンの武者』7巻。カルデロン1回戦3つ。
→ 6巻の感想で書いた通り,カルデロンが始まって,先は非常に長そう。「敗者は勝者のチームに従う」というルールはおもしろく,これなら思いもよらぬマッチが多数設定できるので,賢い。ただ,それゆえに勝ち上がれば勝ち上がるほど大規模な戦車戦になるので余計に長引きそう。あるいは,途中でルールが変更されるか。
→ ところでこの漫画,本編の強キャラが大体すごい顔をしている(オレンジペコあたりまで含めて)のだけれど,西住まほさんだけは表情穏やかである。彼女は肩の荷が下りて,劇場版で大洗も救って妹とも完全に絆を取り戻して,いろいろなしがらみから解放されて生き生きと戦車道をしているんだろう。  
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2017年11月09日

超絶技巧対決:明治VS現代

稲崎栄利子「Arcadia」三井記念美術館の超絶技巧作品展に行ってきた。超絶技巧の伝統工芸というと明治期の日本のお家芸であるが,今回の展覧会ではそれらを現代においてリヴァイヴァルさせようとしている作品と続けて展示させることで,明治日本VS現代日本という夢の対決という形をとっていた。作品ジャンルは「二人のナミカワ」ということで近年注目を浴びている七宝の他に,柴田是真らの漆工,木彫,金工,牙彫,自在,初代宮川香山らの陶磁,染織などという様相。当然ながら,このうち牙彫は現在の作品がなかった。代わりに鹿の角を使ったものはあったが。鹿の角なら日本で無限に湧いてくるし,あれはあれで枝分かれした形が造形に活かせるので,良い素材らしい。

明治の超絶技巧工芸品は,ここ数年でクローズアップされていることもあってかなり見慣れたものになりつつあったが,現代の工芸品と並べられることでまた少しおもしろかった。江戸時代までに積み上げられてきた伝統と,新しく入ってきた近代科学を融合させて生まれた明治の超絶技巧だが(七宝は例外的に江戸以前の日本で盛んでなくその限りではないようだが),さらにもう何段か科学がステップアップした現代の作品と見比べると,やはりまだ「伝統工芸」の域なのであるという,新しい顔を見せる。江戸時代以前の工芸品と見比べると随分新しく見える明治の品々も,現代の“アート作品”に比べると,まだまだ工芸品に見えるのだ。「芸術」という概念に対する考え方の違いが見えると言ったほうがよいか。

現代の作品はそれはそれで,新たな魅力が見えたように思う。明治の超絶技巧を見ると我々は十分すごいと感じるし,それこそ「超絶技巧」としか表現しえない感覚に襲われる。しかし,現代の作品はさらに隔絶していて,それは「現代科学の本気」であり,明治の作品と見比べると「あざとい」「大人げない」とすら感じる。現代の作品単体で見たら,明治の作品と同一線上の「超絶技巧」としか感じ取れず,いい意味での「あざとさ」という新たな魅力は見えてこなかっただろう。七宝で再現した「蛇革のバッグ」なんて実にすばらしい。質感の再現度が恐ろしく高く,金属やガラスには見えない。タイトルは「反逆」で,蛇革から蛇の頭が浮き出てきている。陶磁は異様に細い針状のものを使っての花の表現(今回の画像)。自在も,明治のものが蛇そのものなら,現代のものは「蛇の骨格」である。この本歌取りよ。金工に至っては,明治の作品が金・銀・銅・鉄であるところ,現代の作品はそれらに加えてアルミやらチタンやら。なるほど,現代アートもこの文脈に乗せれば正統な伝統芸術として評価できる。というよりも,これらはコンセプチュアルな現代アートとは一線を画した作品群・作家たちであり,この文脈に乗せるのが正しいのであろう。

そういうわけで,この展覧会はコンセプト勝ちで,明治の超絶技巧に見飽きている人にも,現代アートはあまり,という人にもおすすめできる。さすがは山下裕二監修。  
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2017年11月08日

偉大なる狩野派の二代目

狩野元信「四季花鳥図」サントリー美術館の狩野元信展に行ってきた。狩野元信は言わずと知れた狩野派の巨匠で,御用絵師としては初代の正信の息子であるから,二代目ということになる。日本的な漢画の様式を整え,「狩野派」という画家集団を組織したのはこの二代目の元信であるから,守成の二代目というよりも,事実上の創設者と言える。

室町時代にはすでに中国から大量の絵画が入ってきており,日本の水墨画もそれを模倣して高いレベルにあった。しかし,それらは個々人が学習していったものであったため,用法の名称や内実がばらばらであったところ,これを整備して人々が学びやすい形に変えていったのが,狩野元信の最大の功績にあたる。また,それに飽き足らず,日本画もう一つの潮流にして独自のものである大和絵をも学び,漢画が基本の狩野派の内に取り入れていった。あからさまな土佐派への対抗意識である。これにより狩野派の画風がより豊かなものになり,大きく開花することになったのは,元信よりも,元信の孫の永徳の絵を見たほうがわかりやすいであろう。

その狩野元信の現存する代表作といえば,大徳寺大仙院方丈の旧障壁画「四季花鳥図」(大独自大仙院所蔵)と同「禅宗祖師図」(東博所蔵)であり,これらは意外と表に出てこないので,見る機会が少ない。今回の展覧会は,頻繁に展示替えがあったとはいえ,短期間でこの両方の全幅を見ることができる貴重な機会であった。見た感想としては,典型的な狩野派の漢画であり,永徳や探幽の絵を知ってしまっているがゆえに,歴史を鑑みなければそれほどおもしろいとは思わない。しかし,これは「歴史を鑑みなければ」という前提が間違っているのであって,永徳や探幽の絵の原型がこの絵にあるのである。そう思ってみると,奇抜ではないからこその,かっちりとした「型」にはまった安心感が感じられる絵であると思う。この絵はまさにその「型」なのだから,それでよいのである。

本展覧会では,この狩野正信の画業,とりわけ漢画の様式の整備についてが大きく取り上げられており,わかりやすかった。また,狩野派のさらに元といえる中国の南宋の絵画や,元信が描いた大和絵なども展示されていた。大和絵は良かったのだが,南宋の絵画については,本展覧会の中核ではないとはいえ,量・質ともにやや物足りない展示であった。もう少し牧谿と玉澗を集められなかったものか。  
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2017年11月07日

心がぴょんぴょんした(美味だったので)

・『Fate stay night Heaven's Feel』1作目を見に行ってきた。めちゃくちゃ高い評判通りの傑作で,2作目以降の期待も高まる。
→ 間桐桜はド直球な「母性」と「ファム・ファタル」の典型例ではあるけど,キャラ造形としてはやっぱりとんでもなく上手くて,この二つの属性は融合することで「闇をはらむ母」に転化する。物語前半の桜は士郎にとって聖杯戦争とは全く無関係な平和の象徴であり,だからこそ良妻賢母であることが光るのだけど,実際には聖杯戦争を陰で操る黒幕の一人であることが明らかになるにつれて,破滅を導くファム・ファタルの側面が強くなる。映画は三部作になったことで,よりシナリオのメリハリがついたように思う。1作目での「母性の強い平和の象徴」たる間桐桜が強調された。これは本当に上手かったと思う。2作目はいよいよファム・ファタルたる部分が現れ,描かれるのはヒーローの堕落。そして3作目はファム・ファタルが堕落したヒーローに救われるカタルシスへと続く。


・それとは別に,ウサギの丸焼きを食した。


→ 味は基本的に鳥肉。ちょっと脂身が多いのと,小骨が多いのが特徴か。養殖で丸々太っていたのではないかと思うものの,それにしても多く,5人で行って1匹注文して,他の料理はあまり注文できないまま満腹になってしまった。そりゃ狩猟生活時代の人類にとって,ウサギはご馳走ですわ。
→ 同店舗,羊の足の丸焼きや,カエルの四川風鍋,蚕なんかも食べられるし,他にも中華(東北地方料理)ならではの珍しい料理がたくさんあるので,また行きたい。


・RPGの「僧侶職(Cleric)」はいつ回復呪文を唱えはじめ(その後さらにヒーラー役割を期待されるようになっ)たのか?(Togetter)
→ 自分の場合,RPG体験はドラクエ以後であってTRPGも全くやらないから,RPGに触れた当初から回復役は僧侶で違和感を持たなかった。しかし,歴史をさかのぼるとそうでもなく,どこかしらに起点があるというのはちょっと驚いた。
→ もちろん歴史的な経緯をさかのぼると,キリスト教の聖人が奇跡で人を治癒したり,修道院が病院の役割を果たしていたりと結び付けられるイメージソースがあるのは確かだが,本当にそこから出てきたものかは,Togetterを読む限り断定できない模様。意外と難しいお題である。


・炎上するニシキゴイ放流イベント、優雅な姿の裏に潜む“利権”(WEDGE)
→ やっと大きな問題としてメディアに取り上げられるようになった印象。この調子で,無意味を通り越して逆効果であるというのが広まっていくとよいのだけれど。
→ これは多分,高度経済成長期の工業廃水垂れ流しからの生物は死滅した「死の川」になってしまった反動で,「何かしら魚が住んでいればまだマシ」という意識がいまだもって引きずられているのではないかと思う。そろそろもう一歩進んで生態系維持などの要素を考えられる日本社会になってほしい。  
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2017年11月04日

袋田の滝はお勧め観光地リストに入れます

・そういえばこの間袋田の滝に行った。1記事立てるほどのものでもないのでここで。岩肌からあまり離れず,一般的に連想する滝とは少し違うものの,多段になっていて水量が多く,なかなか壮大で見応えがあった。これは日本三大瀑布名乗れますわ……というか華厳の滝よりもすごかったので,個人的には美しさ暫定1位(2位は華厳の滝か称名滝か)。お値段も大人1人300円で良心的で,華厳の滝の550円はやはりぼったくりでは。那智滝だけまだ行ったことがないので,そのうち行きたい。

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唯一の難点は交通の便がね……水郡線なんて存在自体初めて知ったぞよ。立地上仕方がないけれども本数が少ないし遅い。バスで行くのが正解なんだろうけど,とんでもなく山道なのでそれはそれでしんどそう。そういえば,

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こんなところにもガルパンはいた。そう,ここは茨城県。私の中では,なんとなく栃木県か福島県のイメージがあったので修正しておきたい。


・カタール孤立化は宗派対立ではなく思想対立(ニューズウィーク日本版)
→ サウジとイランの対立は宗派対立ではないというのは以前から指摘されていたことで(たとえば2年近く前の同著者の記事),それがカタールの行動により改めて浮き彫りになった形の国際情勢である。
→ これ,自由と民主主義を信奉する立場から言えば「どっちがマシか」という話でしかなく,言うまでもなくイラン・トルコ・カタールの方がマシではあるのだけれど,それも消極的応援にならざるをえない。私のイスラーム型民主主義に対する評価はこの記事からいささかも変わっていないので。その意味で,記事中の「ムスリム同胞団に代表されるイスラーム主義の「思想的革新性」も、もはや老朽化しているのかもしれない。」にも同意するところで,もう一歩革新的な思想は出てこんものかなと。いや,それで(反動的に)出てきたのがISISと言われると困るところではあるのだけれど。


・池袋駅最大の謎 なぜ「東が西武で西、東武」なのか?(エンタメ!|NIKKEI STYLE)
→ 話をまとめると,元々東武東上線は「東京と上州(群馬)をつなぐ路線」として計画されたが,国鉄が八高線を引いたことで,埼玉寄居で止まることになり,名と実が乖離する路線名となってしまった。確かに寄居から高崎は現在JR八高線がつないでおり,これが東武の路線になる世界線があっても不思議ではない感覚はする。現在の東武伊勢崎線がまさに群馬に到達していることを考えると,なんともおもしろいズレが生じている。
→ 西武の起点が巣鴨ではなく池袋になった理由は明確ではないようだが,結果的には良かっただろう。巣鴨になっていたら交通の便がかなり悪くなっていたような。


・新幹線岐阜羽島駅は大野伴睦の政治駅だったか検証してみる(骨まで大洋ファンby革洋同)
→ 実家が東海道新幹線沿線にある愛知県民として言うと,この話は小学校中学年くらいの時には複数の大人から聞いたことがある。うちの両親も信じ込んでいたらしいが,新聞も乗っかっていたようなので,致し方ないか。
→ 実際には,米原と名古屋の間が長すぎ,しかも関ヶ原等で降雪があることから,安全上停車可能な駅を一つ置く必要があったと。とはいえ岐阜まで行くと回り道にすぎるので,岐阜羽島になったところ,わかりやすく大野伴睦が「悪役」を買って出てくれた,という経緯らしい。確かに,新幹線についての理解が深まった後世ならいざしらず,当時の情勢で「作らないでもなく,岐阜ではなく,岐阜羽島」というのはこうした悪役でもいないと社会が納得してくれていなかったのかもしれない。こういうものは,当時の社会が叩くのは致し方ないとして,後世の人間はしっかりと再評価してあげたいところ。  
Posted by dg_law at 21:00Comments(0)

2017年11月03日

ねらってやって流行ったのはすごい>外人4コマ

・ 最近知ってびっくりしたこと@世界史板(歴史的速報@2ch)
→ 他はほぼ全部知ってたけど,ポート・サイ(ー)ドだけは初めて知った,というか勘違いしていた。なんともまぎらわしい。



→ あれ,当人たちが認知していたどころか,ねらってやっていたという。しかもご当人の日本語が堪能なのも,ゲーム業界の著名人なのも驚き。


・コール元ドイツ首相が死去 "東西ドイツ統一の立役者"その激動の人生 メルケル首相を見出す(HuffPost)
→ ついこの間に前任のシュミットが亡くなったところだったような気がしたが,あれは2015年の年末だったので意外と前だった。コールと同時期の宰相というとフランスのミッテランだが,こちらは20世紀のうちに亡くなっている。イギリスのサッチャーが亡くなったのは2013年,アメリカのレーガンは2004年。本邦の中曽根はまだ生きているので,最後に残ってしまった感が。
→ 1990年の段階で,ここで統一させないとまた長引くと考えて,強引にでも統一にもっていった手腕は,あれから30年近く経ったからこそ評価されるべきだろう。歴史には振り返るとここしかないというタイミングがあるからおもしろい。その後,東独の再建が進まないがために,直後は統一自体が失敗だったなんて批判されたのは少しかわいそうだった印象。


・ボツワナ独立50年──アフリカ型成功モデルの終焉?(ニューズウィーク日本版)
→ やる夫ボツワナでボツワナのファンになった身としては,非常に悲しい話。イアン・カーマがこれ以上の長期政権になると怖い。


・大田区と江東区が壮絶バトル 中央防波堤帰属巡り調停へ(朝日新聞)
→ これは現時点でも全く解決しておらず,都が調停案を出すも「江東区86.2%・大田区13.8%」というパレスチナ分割案を彷彿とさせる偏り方だったために大田区が受け入れず,東京地裁に提訴した。
→ 埋め立てのためのゴミを運搬する通路として使われた江東区と,埋め立て前は住民が海苔の養殖に使っていたという歴史的経緯がある大田区なので,どちらも譲れないというのはわかる。正当性ではなく実益で言えば,今ではなくて五輪後の活用を考えてのことだと思うが,本当に収益が出るのかどうか。私は疑わしいと思っている。
→ 歴史的経緯等を外して考えると,地図を眺めると確かに位置が絶妙で,これは難しい。「本土」からの位置が近いのは圧倒的に大田区だが,周囲の他の埠頭は江東区になっているので。うーん。  
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