誰も予想していなかった展開で,誰も予想していなかった人が優勝した。平幕が優勝する時とは概ねそのようなものであるが,旭天鵬の時ほどの驚きは無いかもしれない。今場所の栃ノ心は見るからに絶好調であり,中日までの相撲を見て,上位戦も終わっているし,このまま最後まで続いて12・13勝で終わって,三賞総なめかな,くらいには思っていたからだ。どちらかというとその後鶴竜が失速したほうが意外であった。栃ノ心の優勝は,旭天鵬以来の平幕優勝で6年ぶりのこと。当然グルジア(ジョージア,サカルトヴェロ)出身としても初優勝である。新入幕からの所要58場所は歴代4位タイのスロー記録。
今回の栃ノ心の優勝は希望である。人間誰しも好調・不調の波はある。上位陣全員が好調だったり不調だったりすることは稀で,だからこそ横綱が3人も4人もいれば大関以下が優勝するチャンスはなかなか訪れない。その横綱が2人休場したことで実力的な意味での優勝ラインが大きく下がり,「好調な平幕」にも優勝のチャンスが芽生えた。今の栃ノ心の実力が,他の三役・平幕上位と比較して突出して優れていたわけではない。にもかかわらず優勝できたということは,他の三役・平幕上位陣にも十分なワンチャンスがあるということだ。今後,稀勢の里はともかく白鵬がこのままあっさり引退するとは思えないが,どう考えても以前よりは安定しない。鶴竜と豪栄道も同様である。高安はまだ持続し,成長するだろうが,白鵬や朝青龍のような絶対者になるとも思えない。戦国時代の到来は近かろう。後世,その象徴のような場所として語られるかもしれない。2016年11月の評で「現在の幕内上位陣の年齢層が固まりすぎていて,2・3年後くらいにごっそり交代するのではないか」と書いているが,あれから1年と2ヶ月が経った。やはりあと丸1年ほどで総入れ替えになりそうである(逆に言って,あと1年ほどはかかろう,白鵬が多少なりとも復調するであろうし)。
全体的におもしろい相撲が多く,中日付近がやや淡白だったものの,序盤と後半は良かった。それだけに土俵外の不祥事が話題になったことは悔やまれる。大砂嵐の無免許運転・追突事故は,当然それ自体も問題ながら,虚偽申告したことと協会への報告が無かったこと,そもそも力士は運転禁止という協会の規定にも反していたことと問題が大きい。一発解雇ということにはなるまいが,相当な厳罰は覚悟しなければならないだろう(3場所出場停止等)。春日野部屋の暴力事件が過去に起きていたことの方は,当時きっちりと公表すべきであっただろうが,今更どうしようもない。
個別評。白鵬は「立ち合いの張り差しを封じた瞬間に弱くなった」と言われかねないことになってしまった。その意味で休場してほしくなかったところだが,白鵬の真価は立ち合いではないのだから,ケガが治れば戻ってこよう。ただ,非常に立ちにくそうだったのは確かで,悪い癖になってしまっており,修正を諦めてすぱっと引退する可能性もなくはなさそう。稀勢の里は11月場所と同じ評価になる。左肩というよりも全体的に弱くなっていて,どこから手を付ければよいのかわからない。このまま引退に追い込まれる可能性が高くなってきた。返す返すも5月・7月の段階で全休せず,出場してしまったのが悔やまれる。
鶴竜はてっきり優勝するものだと思っていた。すばらしい技巧を持っており,十日目の隠岐の海戦などは鶴竜の真骨頂とも言える芸術的な右上手出し投げを見せてもらった。引くのが癖なのは仕方がないし,1敗くらいするのも仕方がないとして,ずるずる連敗したメンタルの方に問題がある。あんなにハートの小さい力士だったか,あるいはどこかケガをしたか。なお,世間的には「優勝争いを引っ張ったし,10連勝もしたのだから,最終結果が11勝でも進退問題は払拭されたということでいいのでは」という声が強いようだが,私としては疑問である。確かに今場所後すぐに引退というような成績ではないが,来場所もまた11勝以下なら,すぐに進退問題が再浮上すると思う。その意味で完全払拭とは行かない成績であったし,連敗の原因がメンタルではなくケガなら,今後払拭しようがないかもしれない。
大関。高安は良い出来で,12勝は立派。立ち合いの体当たりから押し込むか,組んで投げるかで勝ち星を詰んだ。栃ノ心・逸ノ城の敗戦は仕方ないとして,阿武咲戦の不用意な敗戦が痛い。仮に思っていたよりも早く白鵬が引退したら,1・2回は優勝しそう。横綱になれるとまでは現時点では予想できない。豪栄道は可も不可もない出来。相変わらず日毎の出来の差が激しい。
三役。御嶽海は二桁取って大関取りの起点,と思っていたのだけど後半の失速がひどかった。どこか痛めたか,単なるツラ相撲か。突き押しの威力は引き続き良いが,連敗中は威力が出る前に負けてしまうことが多く,出足で負けるか引いてしまうかという様相。いずれにせよ良くない。貴景勝は本人曰く「どこか痛めていたわけではなく,地力で負けただけ」と壁にぶつかったのを自覚しており,良いことだと思う。まだ突き押しの威力が御嶽海の領域にはたどり着いていない。北勝富士も同じ。阿武咲休場は残念だが,重傷には見えなかったので,すぐに戻ってくるのではないか。
前頭上位陣。まず優勝した栃ノ心。今場所は相撲ぶりが変わったところがなく,単純に絶好調であった。つっぱりは不格好ながら威力があり回転も悪くなく,あくまで突ききって形が整ってから四つに移行する作戦が功を奏したか,良い形で組むか,突いたまま勝負を決することもあった。右四つ得意だが左四つでも寄ることができた。元から得意の右四つも,従来の出来ならそれでも白鵬等の上位には通用していなかったが,今場所は鶴竜以外には十分に通用した。前頭3枚目,上位総当りでの優勝なので価値は高い。大関取りには厳しめの要件で起点としてもよいだろう。来場所関脇当確だが,11勝するようなら再来場所は完全に考えてよいが,絶好調が続くかどうかはなんとも言えないところ。
続いて逸ノ城。10勝という成績もさることながら,内容が良かった。五日目までの上位挑戦終了時点で1−4,今場所もダメかと思いきや六日目から目覚め,パワーと技術の伴った逸ノ城が戻ってきた。相手を見てやる気を変える性格は変わっていないが,そのやる気を出す水準が随分と高くなり,今までなら手を抜いていた相手でも果敢に挑んでいた。また,逸ノ城のやる気を出したら勝てると見なす嗅覚の鋭さはなかなか大したもので,今場所本気を出して負けたのは栃ノ心だけであると思う(あまり褒めていない)。あとは遠藤が良かったくらいか。
前頭中盤はあまり言及すべき力士がいない。しいて言えば千代丸がやや良かったくらいか。照ノ富士は治らない膝のケガに加えて,糖尿病とインフルエンザだそうで……インフルは3月場所には大丈夫としても糖尿病は心配である。稽古すれば良いとは言っても。安美錦はやはり膝が限界では。
前頭下位。輝は多少なりとも腰高が直ってきたか。要経過観察。豊山は幕内で初めての勝ち越し。とはいえ物言いが入った取組も何番かあり,かなり際どい勝ち越しだったと思う。運も実力のうちといえば,9勝にも価値はあるか。朝乃山も同じく9勝で,こちらはなぜ勝ち越せないのかと思っていたので順当なところ。やっと幕内のスピード感に慣れてきたか。最後に新入幕の阿炎と竜電。阿炎はまた新しく出てきた力士が突き押しなのかというのが第一印象で,悪くはないが定着できるのかは要経過観察。あのチャラいキャラクターは嫌いじゃない。ぜひともあのキャラクターを保ったまま三役まで来て欲しい。そして竜電。イケメンすぎない……? というのは置いといて,左四つでスケールの大きい相撲ももろ差しの相撲もどちらもとれる四つ相撲の本格派で,期待は大きい。無論のことながらまだまだ形が悪いのに寄ろうとして返されたり,巻き替え食らってたりそもそも組めなかったりということはあるが,成長の余地は大きいと思う。期待して待ちたい。
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