2018年09月26日

非ニコマス系動画紹介 2018.1月上旬〜2018.1月中旬




基本的に反撃とアイテムだけで攻略していく。装備や技術,パーティー人数等は自由なので難易度はそこまで高くない縛りだが,それでもこんなに楽になるのかという工夫の数々がおもしろかった。ロマサガ3の反撃技はやはり強い。ボストンカウンターは中でも強い。




こちらは正当防衛の縛りに加えてほぼ一人旅で即死技・アイテムの使用もなし。かなり厳しい縛り方だったが,それでもクリアできてしまった。ロマサガ3の柔軟性とプレイヤーの努力は偉大。



あまりにも出なさすぎていた1/4096のドロップアイテムの検証。状況再現ならちゃんとドロップするということで苦行は続く……



実況やVtuber界隈で突発的に流行したクソゲーこと壺のRTA。幾人もの苦戦を見ているので,極めるとこんなに軽やかになるという感動がある。




松ぼっくりって食えんのかよと思ったらジャム(というか飴?)だった。この黒さは松脂が出ているということだろうか。



カメ五郎のワイルドな料理もいいけど,丁寧に調理された亀や蛇もギャップが良い。  

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2018年09月25日

上位総好調の稀有な場所

この九月場所は上位陣が勢揃いだっただけではなく,目立って不調だった人がおらず,それぞれ期するものがあってぶつかり合っていた。結果として熱い取組が多く大変に面白かったのだが,それだけにかえって書くべきことが多い。嬉しい悲鳴である。不祥事で外野がうるさいということもなく,上位陣全員好調で相撲に内容があり,個々にドラマもあったという場所全体の完成度で言えば,ここ5年ほどで一番だったのではないか(ドラマという一点だけなら2015年5月や2017年春があるが)。


まずは優勝した白鵬からいこう。5場所ぶりの優勝であり,以前6場所ぶりの優勝があるのでそれに比べると短いが,逆に言えば5場所空いたのは二度目ということになる。しかも,前回優勝したのは例の日馬富士の事件があった九州場所のことであり,優勝インタビューで「彼をもう一度土俵に立たせる」と大見得を切って,それはならなかった。ご存じの通り,その後も大相撲はいくつかの不祥事があり,その間白鵬は土俵に立っていない期間が長かった。さらに前回の6場所は間の休場が2回(うち全休は1回)であるが,今回の5場所は3回(うち全休は1回)である。特に一つ前の名古屋場所は好調そうに見えた矢先のケガで序盤の休場であった。

それでも白鵬は戻ってきたのである。不屈の闘志で。ちょうどその前回の優勝の際に私は「前半は完璧な相撲ぶりで,全盛期とまでは言わずとも2012-13年頃くらいの強さは見られたと思う。後半はややスタミナ切れの雰囲気もあったが,何とか千秋楽まで持たせた。相変わらず張り差し・かち上げは多いものの」と書いているが,今場所の白鵬もまたその2012-13年頃の強さであり,というよりも2016年以降の直近17場所では最も強かったと思う。しかも,今場所は張り差しこそ多用していたが,あれは問題のないやり方であった。白鵬のラフプレーが最もブーイングを浴びていたのが2016年春場所であったことを思い出したい。3年かかって,幾多の休場も挟んで,よくこれだけ相撲の完成度を戻したものだ。素直に感動してしまった。毎場所こうとはいくまいから,来場所またこの強さかはたまた途中休場かは全く予想がつかないが。

次に,やはり稀勢の里。前半戦の不安定感と言ったらこの上なく,私のTwitterのTL上には毎日心臓が止まりそうな人が大勢いて,むしろそのTLに笑ってしまった。それでも相撲勘が今ひとつな中でも勝ち星が拾えていたのは,足腰の強さが戻ってきたからであり,これは安心材料であった。九日目に栃ノ心に真っ向から立ち向かって勝ったのには本当に安堵させられた。10勝という勝数以上に相撲内容から言って,復帰場所としては奇跡の及第点であろう。無論のことながら,奇跡を起こしたのは幸運ではなく本人の努力である。とはいえ復帰前ほど強いかというと2017年初・春とは比較にならないほど弱く,横審から「来場所は12勝くらいしてほしい」とか言われているので,稀勢の里の復帰物語はまだ終わっていない。

御嶽海の大関取りもまた,来場所へ薄い望みをつなぐ形となった。調子は悪そうになかったのだが,最後の最後で彼に11勝させなかったのはツラ相撲(連敗癖)というのはなんとも難しい。精神的なものと言ってしまえばそうなるが,琴光喜や往時の稀勢の里のようなガラスのハートというわけでもないので評しづらい。基本的に立ち合い強く当たってそのまま押し込むかもろ差し,相手の取り口次第では右四つでも左四つでも取れるという臨機応変スタイルだが,連敗中は強く当たってそのまま押し組む一辺倒で臨機応変さに欠ける。ここが治らないと取りこぼしが減らず,11勝は厳しい。来場所の成否を聞かれたら,私は30%と答える。仮に全勝で中日をターンしても信用しまい。


残りの個別評。残りの横綱・大関陣。鶴竜は終盤の失速が手痛いが,ちょっと他の力士の出来が良すぎた。千秋楽の白鵬との決戦は見応えがあり,あの一番だけで横綱の責任は全うしたと思える。豪栄道は絶好調で,なにせ首投げが一番も無く12勝である。優勝した場所でさえ首投げはあったのに。高安と白鵬のどちらかくらいがもう少し不調なら2回めの優勝がありうるくらいの出来だった。これだけの出来で世間的なスポットがほとんど全く当たらない場所なのだから,不運と言えば不運である。立ち合い強く当たってから後は臨機応変にというスタイルという点で御嶽海の先輩に当たるが,今場所はその対応がすぱっと綺麗にはまっていた。高安も悪くない出来で,立ち合いや投げに力強さがあった。しかし,10日に豪栄道・12日目に鶴竜を止めて結果的に白鵬の優勝をアシストしておきながら,14日目に御嶽海に勝ち越しの白星を与えてフェードアウトし,千秋楽には栃ノ心に会心の相撲を取られるという,なんとも星の回りの悪い場所ではあった。栃ノ心は思っていたよりもカド番脱出に苦労したが,彼も周囲の好調に苦労させられていたように見えた。11日目の鶴竜戦や千秋楽の高安戦を中心に強敵相手でもインパクトの強い相撲で勝ってくれるので,どうしたって印象は良い。

関脇・小結。御嶽海は上述。逸ノ城はまあいつも通りだったが,11日目の稀勢の里戦だけ妙に強かった。よくわからないが,自信があったのだろうか。玉鷲は単純に不調。どうも右足首のケガがおもわしくなさそう。貴景勝は好調上位陣に混ざってこっそり9勝をあげており,実は高評価材料しかない。押し切るか引くかの判断が良く,引いて呼び込んだ負けが少ない。組まされて負けることも少なく,負けるときは概ね相手の引きに落ちるパターンである。前半上位総当たりは当然負けが込んだが,多くの力士がそうであるようにそこで不調にならず,後半で取り戻したメンタルも良い。これで関脇に上がれないのは不運である。張り出しにしてもいい気はするが,慣例から言えば多分ならない。

前頭上位。上位陣全員好調の被害をもろに食らって,星から言えばズタズタの状況。その中でピックアップすると,魁聖の勝ち越しはさすが。豊山は休場が非常にもったいない。ケガがなければ強い相撲がとれたのだろうと思しき後半の白星3つが好材料。朝乃山は負け越したのが意外で,終盤5連敗はどこか傷めたのでなければスタミナが切れたか。どうも後者に思えるのが今後の不安。

前頭中盤。実はこの辺りも絶不調という人が少なく,見事に潰しあった結果,紙一重で勝ち越し負け越しの皆8勝や7勝(前頭6〜11枚目の12人のうち8人が該当),来場所の番付編成が非常に苦しそうな情勢である。その余波とはいえ,琴奨菊はとうとうここで負け越すか。その中で阿武咲は惨敗であったが,まだケガが治りきっていないということか。初場所で休んだときはそれほど重傷には見えなかったのだが,復帰に時間がかかっている。

前頭下位。貴ノ岩は順当な上りエレベーターで,まだまだここで負ける人ではない。さらに竜電を挙げておきたい。だいぶ寄る形が整ってきて,特に左四つは琴奨菊を寄り切ったのが象徴的で強みが増した。差し負けて右四つや立ち合い当たり負けるとそのまま負けることが多いので,確実に左四つに持っていく相撲を完成させたいところ。新入幕隆の勝は8勝でギリギリの勝ち越しだが,そもそも勝ち越せると思っていなかったので,思っていたよりも強かった。それなりに注力して見ていたが,まだよくわからない。石浦が大きく負け越していて残念である。かなり研究されていて,なかなか潜れない。

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2018年09月23日

科学技術史上の稀覯本の森

ゲーテ『色彩論』上野の森美術館の「世界を変えた書物」展に行ってきた。本展は科学技術史上重要な稀覯本をずらっと並べたものである。所蔵元は全て金沢工業大学で,学生の育成を兼ねた企画展だったようである。金沢工業大学は教育熱心なことで有名で,地方の私立大学としては別格に評判が良い。その所蔵元の関係からか,驚きの入場料無料&写真撮影OK。それもあってか会場は非常に混雑していて盛況であった。客層も普段から美術館にいそうな人々に加えて理系っぽいお兄さん〜おじさんたち,春画展でよく見かけたようなサブカルカップルと多種多様であった。混雑を考えると,500円か300円でも取ったほうがよかったと思うし,そのお金はぜひとも携わった研究室に還元されてほしい気も。

展示は分野別となっていて,古代ギリシア〜12世紀ルネサンスまでのみ一括り,ルネサンス以後は建築史,ニュートンまでの天文学,解析幾何,物理学,光学……と続いて最後は非ユークリッド幾何学という並び。医学・生物学関係が無く,逆に建築学があったのは所蔵元の性格によるものだろう。なお,建築史だけ完全に別枠で,ギリシア・オーダーの解説書(ドーリア・イオニア・コリントのあれ)に始まって,ウィトルウィウスにヴァザーリ,パラーディオ,ピラネージと出てくるので,確かにここだけ内容が文系に近い。

また,科学史とは細分化の歴史でもあり,万能の天才がいなくなっていく歴史でもあるから,古代ギリシア〜12世紀ルネサンスの時期だとまだ分野別にする必要がなく,ここもまたそうした別の理由から文理未分化という雰囲気がする。イシドールス『語源学』,エウクレイデス『幾何学原本』,プトレマイオス『アルマゲスト』,プリニウス『博物誌』,アリストテレス著作集,アポロニオス著作集と言った面々で,出版地は多くがヴェネツィア。ギリシア→バグダード→パレルモと翻訳されつつ,当時としては最高の言論の自由があったヴェネツィアにたどり着いて出版され,その”現物”がここにあることを思うと,とても感慨深い。この中だとアポロニオスだけ高校世界史に登場しないが(イシドールスも実質的に登場しないだろうという正しいツッコミをする人は重度の受験世界史マニアです),数学で「アポロニウスの円」なんて勉強したことを思い出した。高校世界史に回収されないが数学には回収される珍しいものを見た思いである。

分野別では,天文学ではコペルニクス『天球回転論』,ケプラー『新天文学』,ガリレイ『星界の報告』,ニュートン『プリンキピア』と完璧な並び。幾何学はネイピア,デカルト『方法序説』,ライプニッツ,オイラーとこちらも錚々たるメンツ。デカルトの『方法序説』が浮いているように見えるかもしれないが,哲学として重要なのは文字通り「序説」の部分であるが,本論は幾何学・光学・気象学だったりするのでこの並びで正しい。「デカルトは哲学者として知られているが,理系の分野での功績も大きい」と強調されていて,確かに高校世界史や倫理で習うとそういう印象が強いよなと思う。XY座標はデカルト座標と呼ばれることがあるくらい,数学史上でも巨人なのだが,理系の人でもそういう印象は薄いかもしれない。

光学ではスタートがアルハゼン(イブン・アル・ハイサム)だったのだが,イブン・アル・ハイサムの名前が優先されるべきだろうし,彼だけ「古代ギリシア〜12世紀ルネサンス」のゾーンではなく分野別に置かれていたのかが不可解で,この点は数少ない不満。ここではゲーテの『色彩論』があったのがおもしろかった(今回の画像)。隣の鑑賞者の若い男性が「小説家じゃねーの!?」とめちゃくちゃ驚いていたが,ゲーテは鉱物の研究もしてたりする「最後の(ルネサンス的)万能人」なのだ。そして,航空力学のゾーンのベルヌーイ,リリエンタール,ウィルバー・ライトと来て最後が合衆国大統領調査委員会による「チャレンジャー号事故に関する報告」というのはパンチが効いたオチだった。原子・核物理学のゾーンにも合衆国戦略爆撃調査団による「広島、長崎に対する原子爆弾の効果」報告書があり,科学の発展には犠牲がつきものというブラックジョークを地で行く構成に乾いた笑いが。ただし,こちらはその直後に長岡半太郎と湯川秀樹が出てきて終わるので,ちょっと救われる。そして全ての展示の最後を飾るのがアインシュタイン。ニュートンとこの人はあらゆる分野で巨人すぎる。


ところで上野の森美術館は良く言えばチャレンジ精神旺盛の,悪く言えば話題先行で中身が伴っていない企画展が多く,当たり外れが大きい。面白そうでも尻込みしそうになるのだが,今回の展示は大変良かった。「怖い絵」展くらいから変わってきたのだろうか,それとも偶然かはわからないが,ここ最近は中身が伴うようになってきた。この感じだと次のフェルメール展も,あまり怖がらずに見に行ってよいのかもしれない。それはそれとして言うなら,おそらくドイツ語履修者が学生にいなかったのだろう,ドイツ語のキャプションはかなり危うかった。「アウグスブルグ」「シュトラスブール」「マグデブルグ」といった表記が見られ(その割に「ブラウンシュヴァイク」は正しかった),気づいた限りは指摘しておいた。別の言語がどうなっているかはわからない。気になる人は警察ついでに見に行けばよいと思う。あと2日しかないけど(2015年には大阪で同じ展覧会をやっているのでそのうちまたやる気も)。  
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2018年09月19日

机が重くて掃除の人に嫌がられるやつ

・「公での罵倒は、多くの国で強い報復を呼ぶ」「日本人と韓国人が、フィリピンで多くこれで殺害される」(Togetter)
→ これはパワハラの典型と最近される風潮になってきたので,良いことだと思う。叱責されている場面に遭遇してしまうとこちらも気分を害するので,特に飯屋の厨房のような場所では避けてほしいと思う。
→ ただし,困ったことに第三者が「叱責は公開でやるのが普通」という風潮を持っていることがあって,たまに困惑する。意外とそういう人と一対一になれる場面って少なくて,どうしても原因となった事象から叱責のタイミングが遅れることがある。そういうこともあってか,そういう人は自分の目でその人が叱責されたことを確認したいようで,自分が叱る立場だった倍は「その件は後でちゃんと叱っておくから」とか「別に貴方が叱ってくれてもいいんですよ」とか言ってなんとかするのだけども,そういう厳しい人のほうが戦力ではあってその人の機嫌を損なわれても困るところがあり,まあ人間関係って難しいね。


・25歳にして総作画監督! 注目の女性アニメーター・矢野茜が“アニメのおしごと!”を志した理由(週プレNEWS)
・ルックスも話題の女性アニメーター・矢野茜は完全実力派!「贔屓されてやっていると思われたくない」
→ 確かに容姿がかわいくてびっくりしたのだけど,当人からすると「言われてイヤなことじゃないんですけど、贔屓されて作画監督とかキャラデザをやっていると思われたくない」だそうで,そりゃそうだよなぁと。クリエーターさんは特に。
→ と言いつつ,最近若さと容姿の良さで驚いたクリエーターさんは京アニの山田尚子監督と,イラストレーターの佃煮のりおさんです。それこそ全く知らずに「良いものを作るなぁ」と思って作品に触れていただけに。


・“FFT黒本”「小数点以下の確率で盗める」21年目にして驚愕の事実発覚か 「スクウェアが資料にうそを入れた」(ねとらぼ)
→ エルムドアの源氏装備はゲーム中の表示を見れば絶対に盗めないことが自明なので,検証すれば絶対に気づくものであるのは確かだ。しかし,常識的に考えれば公式から渡された資料は一切疑わないものであり,検証して気付けというのも実際には難しいところだろう。また,最終的な被害を受けるのは攻略本制作スタッフではなくユーザーである。公式監修の攻略本なら多くのユーザーもまた疑わないし,当時はネットも普及していなかったから,攻略本の検証情報も容易には共有されなかった。これらのことを踏まえれば,腹いせの代償にしてはユーザーへの不利益が大きすぎることになるのは自明であるはずで,傲慢さを感じる腹の立つイタズラである。
→ なお,私自身は当時の自分のプレイスタイルからそもそも盗む気が無かったので,直接の被害は受けていない。普通にエクスカリバーが10ギルで買えるのに特殊な防具とか要らんでしょ。


・重いかばん、どうにかして 「置き勉OK」じわり広がる(朝日新聞)
→ 私は転校で複数の小中学校を経験しているが,いずれにせよ全面的に置き勉していた記憶しかなく,怒られた記憶も特に無い。幸運だったのだろう。ただ,いくつかの学校で確かに持って帰るべき教材と置いていっていい教材の指定があった記憶はある。基本的な教科書類と宿題になる問題集はダメで,資料集等の副教材はOKだった。もっとも,私は無視してほとんど全部置き勉していたが。宿題は授業中に内職で済ませます。
→ ただ,鍵付きでないロッカーや机への置き勉はいじめへのリスクがあるのでは,という指摘がブコメにあって,それは一理ある。とはいえ今から全ての机やロッカーを鍵付きにするのも膨大な費用と時間がかかるだろう(し,それならどう考えてもクーラーの方が優先順位が高かろう)。それとは別に,小学校の低・中学年だと余計に整理できなくて机の中がカオスになる(よくある腐ったパンが出てくる現象)というリスクはあろうか。  
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2018年09月18日

国民民主党というネーミングだけは本当にやめてほしかった

・男性ホルモンの規定値を発表へ 国際陸連、女子の出場資格(産経新聞)
→ これに関連する話。本当にテストステロン値で制限を加えるとは思っていなかった。南ア陸連は抗議しているそうだが,当然だろう。


・「ズル林」の汚名返上なるか 群馬・館林アメダス移設へ(朝日新聞)
・館林の暑さは「ズル林?」温度計の周りがアスファルト、気象台は…(withnews)
→ これ,夏が概ね終わった現在から見て何がおもしろいって,移転した結果,本当に気温が下がってしまってwithnewsの観測通りになってしまったという……w。これをまとめているサイトが以下。
・館林新旧アメダスデータ・最高気温ランキング編(館林くらし)
→ 新設置場所の記録では,他の暑い都市のほとんどに勝てていない。やっぱりズル林だったんじゃねーかという今夏最高のオチでは。


・リニューアルして卒業させる勇気(林伸次|note)
→ 経営論としては門外漢の分野なので意見は特に無いので,あくまで実感の話としては確かに自分の中で Ν◆Νそれぞれの客になっている店がある。当然ながら最初はどの店も,ら始まり,普通の味で見どころがなかったらそこで終わり。△望些覆靴薪垢麓舁廛瓮縫紂爾鮹爾ら食べていって,尽きたら終わり。季節限定のメニューが増えたり,味が恋しくなったら復活することもある。はとびきり気に入ったメニューができたか,「飽きが来ない」店という感じ。△療垢砲覆襪海箸一番多い。定義上は△世韻匹盖╂畍堕螢瓮縫紂爾瞭れ替わりが激しく,結果的にJ造紡繁く通っている店もある。
→ 確かにまで行った店にリニューアルされると敬遠したくなるが,思い返すに半々くらいだろうか。結局気に入っているポイントが変わってしまったかそのままか,あるいは進化したかというのが一番大きく,自分の場合はそれがメニューであるので,気に入っていたメニューが消滅していない限りはよほど店の雰囲気等が変わっていてもにとどまっていることの方が多い。


・「朝ごはんは食べたか」→「ご飯は食べてません(パンは食べたけど)」のような、加藤厚労大臣のかわし方((上西充子) - 個人 - Yahoo!ニュース)
・「ご飯論法」は安倍政権に共通する感覚では(紙屋研究所)
→ 上の記事がご飯論法の発信源。そして下の記事の通り,安倍政権の答弁が全体としてこんな感じとは随分前から指摘され続けているが,とうとう命名された。読んでいて非常にイライラする答弁である。国会答弁とは多かれ少なかれこのようなものという意見もあり,確かに政府はごまかす志向があるものであるが,さすがにこれだけ人を馬鹿にしたような答弁はなかなか見ない。
→ とはいえ,国会がこれでも問題ないとなめられているのは国民であり,国会軽視はさしたる問題ではないと国民に思わせることに成功しているという点で,安倍政権は見事に議会制民主主義をハックしたなとは思う。一昔前なら政治不信を引き起こしていたようなものが,昨今では世論に対して何の影響も及ぼしていない。そのような風潮を作り上げたのである。第二次安倍政権は5年を超えて6年に近づきつつあるが,アベノミクスへの期待感と(旧)民主党へのアレルギーで最初の4年ほどを乗り越え,ここ1年半ほどはより緊張感を失っているように見える。


・新党名は「国民民主党」に決定 民進と希望の新党(朝日新聞)
→ じゃあ野党はというとこんなんである。いやこれ,本当に台湾に対して失礼では。民進党が約2年半で消滅するのも(一応改称の際に向こうの民進党からコメントをもらっていたはずである),その次が正反対な「国民党」というのも。仮に台湾人がそう思ってなくても無思慮すぎるネーミングであるには違いないので,避けてほしかった。これで好感を持てという方が無理。別に支持者というわけではないので,お前の意見なんて知らんと言われたらそれまでであるが。  
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2018年09月16日

東大食堂の壁画廃棄問題についての雑感

・宇佐美圭司壁画処分問題(Togetter)
・展示されていた宇佐美圭司の絵画は・・・ (東京大学消費生活協同組合:ひとことカード集)
→ 不祥事であり議論の大筋には同意するが,その上で言うと,残念ながら宇佐美圭司は「誰でも名前ぐらい聞いたことあるでしょレベル」では全くない。関心が無い人が見たら抽象画であるがゆえに「奇抜な壁の模様」にしか見えず(つまり壁画とすら認識されない),ましてや知名度のある画家の作品とは思われないと思われる。なにせ,多少なりとも美術に関心があり,かつ4桁のオーダーでここに通った私でも,このニュースを見て「そういえば抽象画の壁画あったな」とやっと思い出すレベルである。ましてや他の大多数の学生・教職員をや。おそらく学内で知名度アンケートをとっても1%に満たないであろう。
→ 「今の日本の大学の知的レベルがわかる話だ。」とか適当なことを言っている人が東浩紀含めて複数いるが,それはカスパー・ダーフィト・フリードリヒが(中国絵画なら┝平でも挙げておこうか)大学生の一般教養だと思っているくらいの大きな勘違いだと思う。さらに言えば本件の直接の関係者は大学生協で,少なくともこのTogetterがまとめられた時点では大学当局の関与の度合いがわからなかったところ(後にやはり関与が非常に薄かったと判明する),「大学の知的レベル」を論じるような問題ではない。総じて本件を大学の知的レベルの問題として語る人は問題の焦点を間違えている。実際にTogetter内でも「画家の知名度の問題ではない」と言っている人もおり,そちらのほうが冷静な反応である。また同様の理屈で大学のコストカット体質の強化という論点もお門違いだろう。
→ この認識の相違は実はこの問題の核心ではあり,現代美術の場合,世間的な知名度と美術史学上の重要性や財産として見た際の評価額の乖離が激しく,詳しくないとあっさり捨てられる可能性は常にあると考えた方がよい。逆に言うと,このニュースに衝撃と怒りを覚えている人たちも世間での知名度を読み誤っていて油断していたという側面も指摘できよう。
→ また,これは良いことかもしれないが,あの壁画はあまりにもあの食堂の壁面にマッチしていたので,かえって余計に展示されている壁画と意識されないというきらいはあっただろう。しかし,旧食堂にマッチしていたということは,現在の小奇麗な食堂にはそぐわないというわけで,意匠の観点から言って取り外し自体は正しい判断だったとも言える。

・東京大学中央食堂の絵画廃棄処分について (お知らせ | 東京大学)
・東大生協、画家の大作を廃棄「重大さに思い至らず反省」(朝日新聞)
→ 全容解明編。やはり当局には事情と価値を知っている人がいて,しかも諮問を受けて解答しているのにもかかわらず, 監修者の提言を無視した点で生協側の決定的な過失であるというのが,本件に対する私の最終的な論評になる。それにしても,全容解明できたことがすごい。これだけ綺麗に全容がわかった世間的大事件は近年そうないと思う。記録はとっておくに越したことはない,と昨今の政治的事件を横目にして。  
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2018年09月11日

富士山登山記2018

『ヤマノススメ』聖地巡礼を兼ねて,富士山登山に行ってきた。他の登山記事はもうちょっと数が多くなってから(少なくとも飯能市街と谷川岳に行ってから)書こうと思っているが,富士山は『ヤマノススメ』以外の文脈の方が大きいので,先行して書くことにする。弾丸登山は避けて1泊2日であったが,これについては後で触れる。


富士山の麓への到着は10時半頃。ややもたついてスバルライン五合目の到着が12時の少し手前。五合目は人でごった返していたものの,思っていたよりは少なかった印象。非常に外国人が多く,白人と中国人が中心だが,訪日外国人の割合から考えるとやや白人が多めか。というよりも白人は多くの人が軽装で,登っていくと八合目くらいからあからさまに中国人の割合が高くなっていったから,目的が異なる。中国語は登山中,山小屋内を含めて終始聞こえてきて途切れるタイミングが無かったというところで,中国人の数を想像してもらいたい。国内の景勝地を訪ねるよりも,かえって富士山の方が近いという感覚なのか,それとも登山人口自体が大きいのかはわからない。

スバルライン五合目で昼飯を食べて13時頃に出発。登るのは当然吉田口登山道になる。六合目までは馬に乗って移動できるというサービスがあるが,料金が1万円ということもあって止めておいた。かなりの数の馬が五合目で飼われていたので少し驚いた。六合目まではすいすいと進み,特に混雑もなく13時40分頃に到着。そして六合目から七合目に進んだはよいが,七合目到着目前の辺りから猛烈な渋滞に襲われた。富士山はそもそも登山道が渋滞するものであり,高山病と並んで他の山と全く異なる様相を示す特徴の一つとなっている。が,登ってみてわかった。はっきり言わせてもらうとこの渋滞,人が多すぎるからではなく,道が狭すぎるからである。

間違いなく道を広げれば解決する。五合目・六合目あたりの方が人が多く,意外と六合目まで登って戻っていく人も多い(前述のように軽装の白人は大体ここまで来て楽しそうに写真を撮って戻っていく)。にもかかわらず全く渋滞していないのは道が広いからで,5人くらいが横になっても人が通れる。しかし,七合目付近から途端に道が狭くなり,ひどいと一人しか通れない階段になる。これで渋滞しないほうがおかしい。登ったのが9/1-2であるのでこれでもまだマシだそうで,お盆の頃はさらに重い渋滞になるそうであるから,もう全く身動きがとれないのではないか。道が広げられそうにないかというとそうでもなく,登山道が山小屋に沿うように,一本道になるように引いてあるから強制的に狭くなるという様相で,既存の道を拡張するなり,山小屋を回避して別の道を引くなりというのはそれほど苦労せずにできそうに思えた。渋滞のせいで明らかに登山道の環境が悪くなっており,登山に時間がかかって登山客の危険性も高まっているのであるから,安全性を考えても改善の余地が大きいと思う。「渋滞は富士山名物」なんてのはコミケのコミケ雲並に誇るべきものではない。

七合目五勺付近から道がやや広くなったこともあって空き始めた。3000mに近づき,このくらいからさすがに涼しさを感じるようになり,空気の薄さも感じるようになり,加えてこの辺りから岩場が目立つようになった。なるほど,『ヤマノススメ』であおいちゃんが挫折したわけだ。それでも渋滞地帯よりは快適で,激しい運動をしているので涼しさはありがたかったし,岩場の存在もかえって本格的な登山をしている雰囲気が出ていて,単純な登山の楽しさとしてはこの辺が一番であった。七合目付近では標準タイムから20分ほど遅れていて山小屋の夕飯に間に合わないのではという不安もあったが,特に急ぐ意識もなくスピードアップし,結果的に17時40分頃,目標タイム通りかやや早めに八合目着となった。標高3200m。すっかり火山らしい荒涼とした風景となり,五合目等と比較すると完全な別世界である。

そして山小屋に泊まった。管理人のサービスやトイレの設備,夕飯の質等は文句なかったが,睡眠環境が極悪であった。すし詰め状態は渋滞から予測できたことではあるし,我々は出遅れて予約したので仕方がないところはあるが,それにしても詰め込みすぎていたと言わざるをえない。あれなら「人数過多なんで無理です」と断ってくれたほうが,出遅れた我々としてはかえって助かった。締め切られた狭い空間に人が詰め込まれているので気温が上昇し,電力に余裕が無いからクーラー等なく地上と変わらぬ熱帯夜,そして空気が非常に悪く息苦しい。さりとて環境に文句を言っても詮無いとして,より悪かったのは隣のおじさんで,いびきが爆音だったのは仕方がないとして,異常なまでに寝相が悪く,両側を蹴り倒して3人分占拠して寝ていた。しかも寝相の方向によってはおじさんの顔がこちらの顔に近接し,耳元でいびきをかかれためにいびきが耳栓を貫通したのには本当に閉口した。あまりにもひどかったので寝返りで蹴られるたびに蹴り返していたが,向こうは終始爆睡状態だったのが余計に腹が立った。人生30年余り生きてきて,山小屋の経験は少なくともそれなりに劣悪な環境の雑魚寝は大小経験してきたが,この夜ほどひどかった環境は無かった。頬付が「奴隷船を彷彿とさせる」と言っていて,最初は私は「さすがに言い過ぎではw」と言っていたが,終わって振り返るに確かに奴隷船レベルだったと思う。

結果的にほぼ一睡もできないまま,形の上では寝転がってから7時間経って午前2時。「御来光を見るなら今起きるとよい」と管理人が宿泊者全員を起こしにかかるが,誰も彼もが同じような状況だったせいか,ほとんどの人は起き出さずに,むしろうめき声が漏れていた。それでも2,3割の人が出発していった。私は高山病というよりは睡眠不足で身体が非常にだるかったが,「このままここで横になっていてもどうせ一睡もできない」と見切りをつけて,一念発起して起き上がった。結果から言えばこれは正解で,むしろもっと早く見切りをつけて起きるべきであった。その際に例のおじさんとは逆の側で寝ていた頬付に声をかけると「同じく一睡もしていない。非常に頭が痛いので高山病ではないかと思う。薬を飲んで様子を見る。もう少し人が減って部屋の気温が下がれば寝られると思うから,もう2・3時間寝てみてその時の体調でこのまま下山するかそちらに追いつくか検討する」と言って解熱鎮痛剤を服用して丸まってしまったので,ここからは単独行動となった。『ヤマノススメ』聖地巡礼を兼ねているので吉田ルートで登ってきたが,まさか展開まで『ヤマノススメ』と同じになるとは思っていなかったし,高山病になるなら3000m級初挑戦の自分だろうと思っていた。

準備を整えてロビーに降りて外をうかがうと雨が降っており,天候まで敵で踏んだり蹴ったりである。しかしロビーは涼しく空気もよく,とりあえずここで寝っ転がってみると存外すんなり寝入ることができた。1時間弱寝るとなぜだか一気に回復し,朝飯を食べて外に出ると雨も止んでいて,午前3時半頃に気分良く出発した。なお,後で聞いた話だが,その後私という壁がなくなったことでおじさんの寝相の蹴りは頬付に襲いかかったそうで,再会後に私と全く同じ苦情を彼が述べていたのが少し面白かった。

八合目の山小屋を出発してヘッドライトを点灯させ,少し進んでまず感じたのは完全な暗闇の恐怖である。見渡して360度,自分のヘッドライトとはるかに遠くなった山小屋の明かり以外に一切の明かりないと人間は根源的な恐怖を感じるというのを実感した。実は私はナイトハイクが初めてで,これ自体はよく聞く話であり,自分もそういう恐怖を感じてみたいなとすら思っていたところだったから,真に経験できたのは僥倖でさえあった。確かにあれは意味不明に怖い。とはいえこの状況では登山に支障があり,進みが非常に悪かったので,勇気を出してある程度がむしゃらに進み,先行する何人かの集団に追いついた。この時の安心感と言ったらない。

そうして進んでいって午前4時半頃に八合七勺といったところか,集団が何十人,いや何百人という列になり,ヘッドライトの連なりで登山道がくっきり見える状況になり,「これ『ヤマノススメ』で見たやつだ」となり妙に嬉しくなった。この頃には雨が再び振り出して小雨,やがて激しくなって風も出てきて暴風雨の様相を呈していった。事前の天気予報では午前6時に近づくにつれて天候は回復するとなっていたが,正反対である。一応午前5時10分に日の出ということになっていたが,もはや御来光は望むべくもない。山の天気は読めないとはまさにこのことだ。さらに九合目からは道が再び狭くなって渋滞し,九合目を過ぎた時点で午前5時10分を過ぎてしまった。明けない夜は無いが,見えない日の出はあるのである。それだけにかえってこの集団に団結力が湧いていった。もはや御来光などはどうでもよい。暴風雨などに負けてたまるか。そこに頂上があるから登るのだ。そういうような気持ちを場の全員が共有していた。そうして午前6時頃,とうとう登頂に成功した。 標準タイムの2時間から遅れること30分の2時間半。しかし時間以上に渋滞と暴風雨に苦しんだだけに,喜びもひとしおであり,着いた瞬間誰しもが歓声を上げた。私も九合目からずっと一緒だった見知らぬ人と思わず歓喜の握手をかわし,互いのスマホで写真を撮り合って喜びを分かち合った。異様なまでの達成感であった。なお,この人たちに聞いたところ,何度も登っているがこれほどの荒天は初めてだそうで,「初の富士山がこれとは」と同情されてしまった。

さて,本来であればこの後にお鉢巡りであるが,諸所の事情により今回は断念した。理由はまず,あまりにも風が強かったこと。登頂した頃には雨は小雨に戻っていたが,風は強さを増していた。強くなったというよりは頂上では遮るものがなにもないために人体に直撃するからということだろう。とりあえず剣ヶ峰の方向に歩き出したものの,風速が軽く20mは超えていようかという風に真っ向吹かれて,全く一歩も進めなかった。気づくと自分以外に剣ヶ峰に向かって歩いている人がいなくなっており,最終的に自分も断念した。そしてこのことで気づいたのだが,やはり自分も相当に疲弊していた。服はさすがのゴアテックスで全く水没しておらず,その下にセーターを着込んでいたため気温0度の頂上であっても全く寒さは感じなかった。膝も特に痛みがなく体力的には快調そのもの,高山病の症状もなかった。が,登頂したことで一度気が緩んだか,睡眠不足によるだるさがぶり返してきていて,ちょっと無理が効きそうになかった。3つ目の事情として,山小屋に放置してきた頬付の様子がさすがに心配になり,早めに合流したほうが良さそうに思えたことである。

そうして午前6時半頃,下山を始めつつ頬付に連絡をとってみると,なんと実は5時頃には体調が回復していて,遅ればせながら登り始めていて,もうすでに九合目というではないか。そこで彼に「自分は下山を始めてしまった」と言うと,「じゃあ下山路で合流します」という返事が来たので,申し訳ない気持ちになりつつ,そのまま下り続けて吉田口下山路の八合目過ぎ(須走ルートとの分岐点過ぎ)で合流した。なお,下っていくと風は弱まっていったが雨はぶり返し,結局この日は終始雨か風かのどちらかには苦しめられた。スバルライン五合目には午前9時頃,標準タイムを30分縮めて到着。五合目で買う気もなくお土産を物色していたら,『ヤマノススメ』グッズは全く無かったが『ゆるキャン△』のグッズは売っていたのがちょっとおもしろかった。後はバスと電車を乗り継いで帰宅した。帰宅して寝て起きたら12時間経っていたので,やはり睡眠不足ではあったのだろうと思う。



下山してしばらく経って思うのは,反省点の多さである。まず,山小屋の混み方は想像を遥かに絶していた。耳栓はもちろんのこと,アイマスクも必須であるし,何なら睡眠薬も持っていったほうがよいだろう。そもそも根本的に有休をとって平日に登った方がよい。渋滞も避けられる。ただしその場合,少人数でのナイトハイクは本気で危ないという副作用が生じるので,3人以上のパーティーを組んだほうがよいだろうが,勤め先がバラバラな社会人が決め打ちして有休を取得できるかという壁はあるかもしれない。これに関連する話として,弾丸登山(=日帰り)は高山病リスクが高いとして近年強く戒められているが,正直あの睡眠環境なら弾丸登山の方がマシであると思う。

悪天候対策も甘かった。前述の通り,服装はゴアテックスで固めたので申し分無かったが,そもそも悪天候を避ける日程を組むという努力については足りていなかった。後から調べてわかったところ,8月下旬から9月頭になると頂上付近の天候は荒れやすくなり,9月になったらいつ雪が降ってもおかしくないそうだ。確かに今回も頂上の気温は0度であり,小雨も降っていたので,あれは雪でもおかしくなかったのだろう。7月も中旬までは梅雨の影響で荒れやすいそうなので,御来光を目指すなら7月下旬か8月上旬〜中旬がよいとのこと。今回は7月に雲取山に登る日程を組み込んで延期し,8月上旬はコミケとぶつかると言って延期し,中旬はお盆の混雑を避けるべく延期し,結局選択肢が8/25-26か9/1-2しか無くなってしまった。これが最大の敗因であったと思う。一方で体力と技術は問題が無かった。どちらも雲取山の方がきついと感じた。寒さは言われているほどのものとは感じず,装備が十分なら問題なかろう。睡眠不足と荒天が無ければかなり余裕な登山だったのではないかと思う。

結果的に私は登頂したが御来光を見逃してお鉢巡りをしておらず,頬付は九合目で撤退となった。来年は準備を万端にして絶対にもう一度登頂すると宣言して(だから記事名に2018と入れている),今回の記録を締めておくことにしよう。そういうわけで時期が近くなったら同行者を募集すると思うので,希望者は頭の片隅に置いておいてもらえるとありがたい。
  
Posted by dg_law at 01:27Comments(0)