予期せぬ優勝が続く昨今であるが,もう慣れてきて,その中での玉鷲というとそこまで驚く結果でもなかったりはする。高齢優勝も少し昔だが旭天鵬の事例があった。ただし,今場所は初日時点で横綱大関全員出場,十日目まで白鵬全勝という展開であったから,そこから見れば当然予想外の結果ではあった。これで貴景勝が優勝していれば「物語」としては綺麗だったのかもしれないが,そんなカギカッコ付の「物語」に反する,しかし面白いストーリーを提供してくれるのが現実であったりする。これは大相撲がどうこうというよりも世の真理の一つであろう。何より,同日第二子が出産したという玉鷲個人の物語としては,これ以上美しいものは無い。大相撲の物語力が個人の物語力に負けたとさえ言える。それでもあえて教訓めいた物語を付与するなら,休場しなかったやつが勝ったとしか言えない。その中で引退という結果になった稀勢の里については別記事を立てるが,この場合は運命だったというよりは,同義語でも必然だったと言ったほうがしっくり来る。むしろもっと別の運命があったのではないか,というのはこれから相撲界が考えなくてはいけない命題だ。
さて,直近33勝しておきながら見送られた貴景勝であるが,判断材料が多くてかえって判断しづらい。まず,上げない理由として,安定感を議論する以前の問題として実績が無さすぎることについてはその通りとしか言えず,この点は稀勢の里や豪栄道が32勝で認められたのとはちょうど好対照になる。これは照ノ富士を早期に上げてああなった反省もありそうだ。また,千秋楽の負け方がよくなかったから昇進させないというのは,個人的には理由にならないと思うが,確かに大関昇進は過去の事例に鑑みるとこういう印象論が結構強いので,審判部があれを見てダメだという雰囲気になったのはわかる。逆に上げるべき理由として,ある有名相撲評論家が「貴乃花騒動が完全に終焉したことを示すためにも33勝できっちりと昇進させるべき」とは指摘していて,私自身先場所の評で「来場所11勝で33勝で昇進させなければ(中略)余計な勘ぐりを絶対に引き起こすことになる」と書いている。結局,私の中での納得感は五分五分といったところ。確かに彼なら次の場所でどうせ10勝くらいしそうだという見込は高いが,
人生どういう運命になるかはわからないというのが昨今の大相撲にはよくあるので,偶然つかみかけたファーストトライを有効に使わせてあげたかったという気持ちもする。
個別評。白鵬は序盤・中盤好調からの終盤連敗というパターン,衰えてきてからは実はよくあるので(例えば2018年五月・2017年九州),今回もそれだったというだけではないかと思う。序盤から危うい勝ち方が多かったが,その危うさを抜群すぎる相撲勘で拾っていく様は,あれはあれで見応えがあったのだが,後の連敗の予兆ではあったか。鶴竜は稀勢の里の影に隠れてはいるが,おそらくもう全身ケガだらけで,相撲を取り続けるのはかなり厳しいのだろう。稀勢の里と違うのは,相撲勘が衰えているというほどには休んでいないので,千秋楽まで出られれば10勝くらいはする,という点で,それもできなくなればいよいよ引退か。
豪栄道は危なっかしい相撲が多く来場所は確実にカド番と思っていたところ,終盤は不戦勝含みの5連勝で,明らかに動きがよかった。スタミナ温存だろうか。高安も同じ,終盤は動きが良かった。何なの君たち。高安は立ち合いの当たりの威力は弱っていたが,左四つになったときの馬力はあったので,豪栄道よりはまだ安心感があった。栃ノ心は下がった時の踏ん張りの効かなさが深刻で,元々スピードがある力士ではなくて,相手の出方を見てから突き起こして右四つか(この突きの強さも大関取りの原動力だった),左四つでもいいから組むかという取り口なので,立ち合いか初手で押し込まれるとどうにもならない。困ったところだ。
三役。玉鷲の相撲は先場所まで特に違いが無かったのだが,しいて言えば先々場所に傷めていた右足首の調子が良かったか。元より上位総当たりでも10勝は何度かしていた実力の持ち主であり,今場所のように横綱・大関総崩れで運が向けばこうなる可能性はあった。これは先場所の貴景勝や七月の御嶽海も同じであるが,決定的に違うのは彼らは若くして勢いと運があったというべきところ,
玉鷲は不休という鉄人ぶりと長期のキャリアで運を引き寄せたと言え,関脇という地位を考えるとその実力との重ね合わせは驚嘆と賞賛しかわかない。一応今場所が大関取りの起点ということになるだろうが,さすがに無理だろう……とは栃ノ心の事例があって軽々しくは言えない。
御嶽海は休場を挟んでの殊勲賞は史上初とのこと。膝や太もものケガの場合,引くと致命傷になるが押している分にはさして響かないとはよく聞くところで,休場明けの御嶽海はその鉄則に従った取り口であった。負ける時には非常にあっさり力を抜いていた。
後に引かない戦い方ができて結果が残せると踏む冷静な判断の下でなら,私はケガを押しての出場はまずいとは思わない。29年春の稀勢の里もそうだった。問題は場所後や来場所にきっちり治せるか(休めるか)という点になり,稀勢の里はここを決定的に間違えたわけだが……御嶽海には同じ轍を踏んでほしくない。妙義龍は久々の上位総当たりお疲れ様でしたとしか。
前頭上位。逸ノ城は序盤調子が良かったのに中盤以降で狂いが生じた。押し相撲,特にはず押しにめっぽう弱いという弱点が広まりつつある彼に明日はあるか。錦木は先場所の覚醒が序盤は続いていたが,中盤で失速。どうも五日目の白鵬戦で右手首を傷めたそうで,仕方がない負け方ではあるか。左四つになってからの右小手投げ,または外四つで極めが強く,先場所で「錦木にもろ差しは危険」と書いたが,まさにその展開で負ける人が多かった。もろ差しで強い人には鬼門になるべき力士で,上位に定着しているし,今後も面白い存在になるだろう。北勝富士は今場所も押し相撲が強く,御嶽海と貴景勝があまりにも躍進しているので三番手に甘んじているのが少々かわいそう。しかも来場所新三役というのは番付運がなさすぎるのでは。
前頭中盤。阿武咲はこう言ってはなんだが去年の初場所のケガがまだ上手く治っていないのではないか。馬力がどうも回復していない。この地位で8勝に終わるとは思わなかったが,取組を見ているとそう思う。同様のことが言えるのが朝乃山で,この人ももっと勝つかと思ったら8勝止まり。右四つの本格派に見えて実はけっこういろいろできる人だが,その分流れで相手のいいように取らされている感じの相撲が多く見られた。魁聖は上りエレベーターで10勝。本当に組むと中盤では無敵に近い。遠藤も上りエレーベーターで10勝。毎場所技能賞上げたいくらい上手い。阿炎は10勝しているのだが,そんなに勝ってた印象がないのは引きすぎということだろうか。あとは大栄翔の終盤の馬力の強さが目立った。
前頭下位。佐田の海は足技頼りだった印象が強いが,今場所は右四つかもろ差しになれば強いという相撲でやや印象が変わった。下位はこの人くらいしか見るべきところがなかった。
貴ノ岩が引退した。入門当時から貴乃花部屋初の関取候補呼び声高く,初土俵から4年弱の2014年初場所で実際にそうなった。身体能力が抜群で技能もあるが,どこかそれらが噛み合っておらず動きに硬さがあり,しばらくは十両上位と前頭下位を行き来する日々が続いていたが,2016年の七月場所で謎の覚醒を遂げて12勝,右四つで組めば強いという定評を得て,上位定着とまでは行かずともエレベーターをするようにはなった。ところがその後,思わぬ展開が貴ノ岩を襲う。2017年九州場所前に日馬富士に暴行され,その影響で長期休場となった。明けてからは順調に番付を戻していったが,そもそもこれは番付を落とした協会側に問題があり,理由が理由だったのだから据え置きで良かったと思われる。さらに貴乃花部屋が消滅して千賀ノ浦部屋に移籍。しかし,ちょうど一年後の2018年末に今度は自身が付け人を暴行し,引責辞任した。残念な幕切れである。貴ノ岩というと,2017年の初場所の千秋楽は白鵬に差し勝って完封して勝ち,稀勢の里の横綱昇進を決定づけるという大きな仕事をした。その稀勢の里と同じ場所で引退となったのも含めて,数奇な運命に惑わされ続けた相撲人生だったと言えるかもしれない。
豪風が引退した。大卒で幕下十五枚目付け出しデビュー,出世も幕内中盤までは早かったものの,そこから長らくエレベーター力士であった。豪風の場合,上位定着とは行かなかったものの,2006年から2017年の約11年間に渡ってエレベーターであり続けたというのが偉業であろう。2014年七月場所では35歳で初の金星という最高齢記録を作った。押し相撲力士で,2016年は決まり手に一度も寄り切りが無かったという珍記録を打ち立てている。押し一辺倒というよりも引き技や立ち合いの変化が多かったが,これは「これらも歴とした技」とする尾車部屋の指導方針に寄るものだろうと思うし,個人的にはこれに賛同するので,嫌いではなかった。休場が少なく幕内通算86場所でたったの31休と,あまり注目されないがこれも素晴らしい。それでも寄る年波には勝てず,39歳の2019年初場所で引退となった。両名ともお疲れ様でした。
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