令和の最初からひどく荒れた場所となった。見ている方はまずまず楽しかったが,関係者はいろいろと気が気でない状況が続いたことだろう。
今場所の焦点はどうしたって13日目の栃ノ心・朝乃山戦である。正直に言って誤審にしか見えないのだが,何よりもまずかったのは
ビデオ判定でもわからないような不明瞭なら行司の判断を優先すべきであって,しかも死に体と蛇の目の砂のような争いならまだしも審判の判断が入る余地があるが,今回は純粋に栃ノ心のかかとが出ていれば栃ノ心の負け,そうでなければ栃ノ心の勝ちという物理的な接触の有無以外に争点がない(ゆえに同体取り直しも理屈の上でありえないので,審判団は白黒つける羽目になった)。一番近い位置の審判の意見は当然優先して採用されるべきであるが,その審判の意見だけで決めてしまうには今回の蛇の目の砂はあまりにも不明瞭すぎた。それでも今までの誤審疑惑よりもましなのは,今回の場合朝乃山が攻めていたのは間違いなく,疑わしいなら攻めている側に有利な判定を下すのは大相撲の不文律から言って理解されるからである。
結果的に栃ノ心は翌日鶴竜に勝って10勝到達で丸く収まったように見える。しかし,栃ノ心が13日目で10勝に到達していれば翌日の鶴竜戦は真っ向勝負になっていたと思われ,この場合は合口が良い鶴竜が勝っていた可能性が非常に高い。すると千秋楽は鶴竜と朝乃山の12勝3敗の相星決戦の優勝決定戦という運びになり,鶴竜が賜杯を得ていたと思われる。あの判定で一番割りを食ったのは鶴竜ではないかと言っていた人がtwitterにいたが,確かに。時事通信が「千秋楽に優勝決定戦をやりたくなかったから判定をひっくり返したのではないかと勘ぐりたくなる」と書いていたが,さすがにそれはなかろうが(あの時点では結びの一番の鶴竜の勝敗がわかっていないので),そう邪推したくなる気持ちはわからんでもない。言うまでもなく阿武松審判長の説明はひどかった。前述の通り,今回の判定は軍配差し違えとするならそれなりに細やかな説明が必要であったのに,審判長の説明は全く要を得なかった。前から意味不明で批判も多かったのに,いまだに審判長をやっているのは解せない。審判長から退いてもらうべきであろう。トランプ大統領の観戦をめぐる話もひどかった。枡席にソファというのは大掛かりすぎ,普通に貴賓席に案内すべきであったし,あんな最後の5番だけ見せられてもわけがわからないうちに終わったという感じであろう。
その千秋楽は厳重な手荷物検査の影響で幕内の取り組みが始まるまでに客が入りきらなかったという話もあるし,今回は本当に運営面での不手際が目立った。普段の世論では協会が過剰に批判される傾向にあるのでなるべく擁護することにしているが,今場所の審判も含めた運営は擁護できない。猛省してほしい。
個別評。鶴竜は前述の通り,本来とっていたはずの賜杯が不運な形で滑り落ちてしまった被害者であるが,そもそもそれ以外で3敗していること自体が優勝に不適格である。他はともかく11日目の妙義龍戦,不用意に引いて呼び込む悪癖が出たのはもったいない敗戦で,それで相撲の神様が朝乃山を選んだのかもしれない。豪栄道は,豪栄道にはありがちだが日によって強さが違いすぎ,弱い方の豪栄道が14日目・千秋楽と出てしまったのでどうしようもなかった。高安は可も不可もなく。貴景勝は非常に不運な休場で,何を考えて再出場できると考えたのかという一点だけが批判される材料。来場所は軽くカド番脱出してほしいところ。
関脇・小結。栃ノ心は中盤まで好調だったが,右膝に水が溜まって痛みで動かなくなったので水を抜いたらかえって力が入らなくなり,ふんばりが効かなくなったとのこと。動かないほど痛いか力が入らないかならまだ後者の方がましであるが,厄介な故障の仕方をしている。10勝による特例復帰は史上5人目とのこと。逸ノ城は貴景勝と違って再出場に成功した。しかし,先場所の評で「今場所の成績をもって逸ノ城覚醒と見なすには尚早と考えており」と書いた通りで,身体の大きさ・強さで相手の当たりを受け止めてさっとはたくという前頭中盤では通じた必勝戦法が上位にはほとんど通用しなかった。碧山は特になにもない。御嶽海は,やっぱり大関候補だし好調が続けば優勝する地力はあるよなと再確認した。大関が4枠埋まってしまったのでかなり厳しいが……
前頭上位。大栄翔は負け越したが,先場所同様,突き押しの威力が上がってきていて印象は良い。四つ相撲の力士と当たってもなかなか捕まらないが,離れて取る展開になっても意外と押し負けたりいなされたりして勝てない(ので7勝止まりになる)のは好材料なのか欠点なのか。千代大龍は立ち合いの当たりがとにかく強烈だが,なかなか二の矢が出ない。玉鷲は高安・鶴竜・朝乃山に勝っておきながら10勝止まりで優勝戦線には出てこなかった。完全にかき回す役を務めた今場所影の主役。阿炎は先場所に「動きに無駄が多いように見え,もっとスマートに動けたらよいのにとは思う」と書いたが,今場所は無駄な突きやはたきが多少なりとも減っていて,比較的スマートな動きをしていた。その結果が10勝敢闘賞だったか。思っていたよりもかなり早く上位に定着しそう。
前頭中盤。まず朝乃山から。恵まれた体格の右四つの本格派で将来が嘱望されるとは以前から言われていたが,以前よりも多少攻めが早くなっており,右四つを作るのが早くなった。14日目,豪栄道に対して自分の方が早く右四つの形をつくった相撲などは見事なもので,あれは自分に優勝の価値があると見せつけたと言ってよい。ただし,幕内上位定着が可能なほど覚醒したかは疑問なところで,本人に悪いところは全くないにせよ,類まれなる幸運に恵まれたのは否めない。これが彼の相撲人生の足がかりになるとよいのだが。なお,朝乃山の優勝は入幕11場所目での優勝で史上8位,初土俵からは所要20場所目で史上3位のスピード記録。三役経験のない力士の優勝は58年ぶり,富山県出身としては103年ぶり(年6場所制としては初)。
他の力士について,正代は10勝したがその印象が無い。敢闘賞から外れているのは納得できるところ。明生も10勝。序盤の三日間はひどかったのに,4日目で突如として復調した。右四つになりたがっていたが,離れて取った方が白星を稼げているように思う。友風は途中まで絶対に負け越すと思っていたのに終わってみたら8勝で勝ち越しである。何かの運命力でも持っているのか。相撲は特に印象に残らず,全く評するところがない。
前頭下位。新入幕志摩の海は序盤はひどかったが,見事に修正して10勝にのせ,敢闘賞にかなう働きをした。押し相撲も取れるし右四つになっても力を発揮するが,どちらも中途半端ではあるかもしれない。今後に期待したい。炎鵬は身体の動きのキレが明らかに周囲と一段違い,小兵ゆえというところもあろうが,加えて頭の回転も早そうである。とにかく相手の嫌がる方に動き,技を素早く出す相撲は見応えがあった。ただ,こらえるときの膝の角度に危ういものを感じていたら,案の定右太ももを傷めて終盤失速し,負け越したのが残念である。なかなかそういうわけにいかないだろうが,諦めるときはすぱっと諦めてほしい。照強も石浦も負け越しており,潜る相撲がある程度対策されるようになってきている。小兵力士が増えてきたがゆえに対策もとりやすくなっていると思われ,全員工夫が必要だろう。
続きを読む