鶴竜の連覇が堅いとされた始まりから一転,最近のトレンドである混戦模様となり,こうなると関脇以下の力士が初優勝するのが最近の展開であったが,今回はそこまでは荒れなかった。優勝決定戦が貴景勝と御嶽海となり御嶽海が優勝したというのは,落ち着くところに落ち着いたのかなと思う。豪栄道がここに入らなかったのが残念なところではあるが。
トピックらしいトピックに欠く場所ではあったのだが,しいて言えばやはり誤審・わかりにくい判定に振り回された場所の一つではあるといえ,2016年には多かったが近年はそのショックからか少し減っていたように思われていたところ,今場所はまたしても頭が痛くなるような判定が多かった。十四日目の遠藤・隠岐の海戦が最もひどく,直接の誤審ではないが十二日目の豪栄道・竜電戦が四度もやり直しさせられたのもよくわからなかった。こうなると立ち合いの正常化に励むべきなのは行司と審判も同様なのではないか。
御嶽海の大関取りについては,16場所連続三役に優勝2回という実績,ついでに現在の横綱・大関の力士寿命がさほど長くなさそうなことも考慮すると
ハードルを相当低くするのが当然と思われ,33勝の目安通りだったら十分に上げてよく,稀勢の里の事例を考えると32勝でも審議はすべきと思われる。八角理事長は当然チャンスと言っているが審判団は先場所が9勝だからならないと言っており,協会内の意思が一致していないのだが,これは八角理事長の意見が正しく,起点が9勝ではダメというのは過去の事例を見ても通らない(照ノ富士なんて起点が8勝だったわけで)。すると現在は9+12=21勝であるから,来場所は12勝必要,最低でも11勝はほしい。白鵬・鶴竜・高安が戻ってくるが,実際には戻ってくること自体よりも彼らが万全の相撲をとれるかどうかの方が重要で,私はけっこう怪しいと思っている。白鵬・鶴竜はまた途中休場もありうるだろう。次の九州場所は本当にチャンスと思われ,御嶽海には成功させてほしい。一方,栃ノ心の10勝復帰チャレンジは,誰しもがそう思っている通り非常に厳しく,勝ち越しまではできても10勝は難しいのではないか。
個別評。鶴竜の不調は本当に読めなかった。一度崩れると立て直せず,気力が持たなかったということだろうか。序盤危なっしくても際どく勝っていけばなんとなく14勝にはなっていて優勝している,というパターンが多い横綱なだけにもったいない途中休場であった。豪栄道は10勝したものの,休場者の顔ぶれを見ると優勝次点がノルマだったと思われ,褒められる相撲をとっていたわけではない。豪栄道らしからぬ負け方がちらほら見られ,星数の割には評価できない。栃ノ心はまあ……膝が悪くて後退すると脆いのだが,その状況下では粘る努力を見せる相撲が多かったかとは思う。しかし,はたきの際に髷をつかんでしまう悪癖はどうにかならんのか。あれで不運を呼び込んでいるところはある。
三役。優勝した御嶽海は,抜群の圧力がある押し相撲に判断の良い引き,組んでもまずまず取れてメンタルも強い。特に実は突き相撲の力士に強く,密着してしまえば彼らが突けなくなるのを上手く使っていると思う。ただし,たまに致命的に立ち合いで当たり負けるのと,完全に組まれるとどうしようもなくなるという傾向はあり,立ち合いの失敗がいわゆる「調子の良い日と悪い日の差が激しい」と言われてしまう原因になっている。以前よりはツラ相撲ではなくなってきたように思われるので,来場所は上手く連敗しないようにとってほしいところ。
貴景勝は順当に10勝のハードルを突破して大関に復帰したが,優勝決定戦で左胸の筋肉が断裂したようで病院に直行となった。稀勢の里の悪夢が蘇るような痛がり方をしていたので,極めて心配である。最悪,来場所全休で初場所カド番というパターンもありうるのでは。阿炎は今場所もよく突いていた。千秋楽で右膝を強打していたのがやや気がかり。遠藤は,今場所実は好調だったのではないかと思われ,彼の技巧がよく出ていた。栃ノ心に思わぬ変化をされたのと14日目の誤審疑惑で8勝止まりと考えると,10勝まで伸びていた可能性もあり,普通に不運だったのでは。
前頭上位。北勝富士も貴景勝・御嶽海のように良い突き押しを見せていたが9勝止まり。ほぼ綺麗に上位総当たりが大敗でそれ以外から白星を回収しての勝ち越しというのは,前頭上位の力士としては順当な勝ち越しの方法であるのだが,それでは大関が取れない。もうひと工夫ほしいところ。碧山は序盤がひどい惨状でケガがあるなら休場した方がいいというような出来だったが,後半にエンジンがかかってきて5勝にまとめた。調子が上がるのが遅すぎたのだが,ケガが治ったようにも見えず,何だったのか全くわからない。朝乃山は右四つになった時の強さが突出しつつあり,周囲のそうさせない対策にも対応できつつあり,10勝は立派な成績。やはり初優勝で一皮むけた。来場所にも期待したい。
前頭中盤。まあ隠岐の海は挙げざるをえない。隠岐の海は元々恵まれた巨体で懐が深く,にもかかわらずなぜかそれが活きないもろ差しにこだわって負けてきていた。
今場所の隠岐の海は離れて取る押し合いやそこからの引き技,あるいは左四つ・右四つで取った相撲が多く(力士プロフィールには右四つとあるが実際には差がなさそう),まさに懐の深さが活きる大きな相撲で見応えがあった。中盤以降は初めてのこうした展開に緊張したか,固くなって動きが鈍くなっていたのが残念である。照強は先場所の活躍から一転して大敗。先場所の圧力が無かった。四つ相撲をとろうとしたり変化の失敗もあり,かなり迷いが見られたが,押し相撲でやっていってほしい。明生は先場所の上位挑戦で「4勝止まりの大敗ながら悪い印象がなく」と書いた通りで,前頭中盤なら10勝はできるのを証明した形。強く当たってからいなして崩すのが上手かった。
前頭下位。炎鵬は今場所も目を瞠るような技巧相撲であった。潜った後は押し込むか左下手であるが,どうも押し込む方が機能しているように見える。負けるとすると潜れないか,下手をとったが攻め手がなくなって逆に寄り切られるかという形で,どうせなら後者になるのは避けた方がいい。阿武咲は9勝で,当初の期待から言えば大勝してほしかったところで,このままエレベーターにはなってほしくない。新入幕の剣翔は10勝で敢闘賞。あれだけインタビューで「三賞がほしい」という力士も珍しい(個人的には嫌いじゃない)。ただ,勝ち星の大半が引き技で,さすがにもうちょっと攻めてくれないと真価がわからない。来場所注視したい。豊山の10勝は当然と思いたいところで,押し相撲ではあるが今場所は四つでも相撲を取れていた。石浦は8勝でなんとか勝ち越していたが,照強と炎鵬の小兵旋風には今ひとつ乗り切れておらず,出遅れている印象。栃煌山は6勝に終わりとうとう十両に落ちることになりそうで,完全に脆かった。しかし,まだ十両でなら取れるだろうと思う。
嘉風が引退した。初場所に豪風,先場所に安美錦が引退していたので,ここに来てベテランが一気に減ってしまった。嘉風は突き押し相撲ながら,押し切って勝つわけでも途中ではたくわけでもなく,立ち合いはまっすぐぶつかった後に横に動いていなすが得意で,機敏に丸い土俵を活かす「撹乱型」の取り口であったから,どちらかというと小兵の闘い方に近い。現在の石浦の取り口などは明らかに嘉風の影響がある。しかしながら嘉風は身長177cmであるから比較的小さいが小兵というわけでもなく,あんこ型で体重も大きかったから,むしろあの体格で膝も壊れず,よくあれだけ機敏な立ち回りができたものだ。それでも三役定着といかなかったのは力でねじ伏せられる相撲に弱く,また組まれると何も出来ない押し相撲力士特有の弱点もあった。2006年から引退した2019年までのほとんどの期間で幕内にいて,悪く言えばエレベーターではあったのだが,二桁黒星の大敗を喫することもめったになく,ベテランと呼ばれるまで勤め上げた。2014年5月に新小結,2016年初場所で新関脇で,30代になってからの方が強くなったのも特徴的で,同時期に玉鷲も上り調子であったから,2015年頃はベテラン奮起の印象がある。年齢を重ねてから身体のケアに気をつけるようになったから力士寿命が延びたとは本人の弁で,真に効果があったのか,本人が力を入れていた
マニフレックスの宣伝はおしゃれなイタリアの寝具メーカーとのギャップもあって異様なインパクトがあった。
誉富士が引退した。良い突き押し相撲であったが幕内中盤以上で通用する威力ではなかった。2015年に6場所すべて幕内にいたのが全盛期で,同時期に横綱の日馬富士,照ノ富士は大関に昇進した年であり,さらに前頭上位に安美錦と宝富士がいたため,この年の伊勢ヶ濱部屋は幕内に5人いたことになり,部屋自体が黄金期であったと言える。どちらかというと,伊勢ヶ濱部屋黄金期を支えた一角としての印象の方が強い。両名ともお疲れさまでした。
続きを読む