2019年12月30日

C97チェックリスト4日目

例によって3日目よりはかなり楽。ほとんどずっと南館にいそう。今年の更新はこれが最後です。良いお年を。

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2019年12月29日

C97チェックリスト1・2・3日目

初日はすでに終わっているが,初日・2日目は不参加で。初日は数がそこそこあったので行ってもよかったかもしれないが,まあリカバリーが効く範囲というか,行っていたら3日目以降のサークルチェックが終わらなかったりブログが更新できなかったりしていただろうから仕方がない。3日目がかなりしんどいので,実際には適当に買わずにいくかも。



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2019年12月23日

抜歯のシーンでさえ劇的になる

カラヴァッジョ《歯を抜く人》名古屋市立美術館のカラヴァッジョ展に行ってきた。このために名古屋まで行ったのだが,覚えがないくらい久しぶりで立地まで完全に忘れていた。伏見駅からあんなに歩いたんでしたっけ。本展は約40点と数が非常に少ないが,1点1点に詳細なキャプションがついていて分量の少なさを感じさせない展示になっている。また,カラヴァッジョの真筆は約8点と1/4に満たない点数だが,カラヴァッジョ周辺の人物やカラヴァッジェスキの良いところを集めていて,全般として豪華であると言えよう。

カラヴァッジョの作品としては《メドゥーサの盾》,《法悦のマグダラのマリア》辺りが目玉だろうか。ただし,私的にはどちらも以前の西美のカラヴァッジョ展で見ているので新鮮味はなかった。あれももう3年以上前のことで,当時は日本でカラヴァッジョの単独の回顧展なんてほとんど史上初だし,今後も10年に一度あるかないかだろうくらいに思っていたのだが,作品数が少ないとはいえ,あっさり3年で2回目が実現してしまった。私が行ったのが土曜日で,しかも名古屋市立美術館が小さいのもあってかなり混んでいたし,鑑賞客はけっこうまめにキャプションを読んでいた。いまだもってなぜか高校世界史の教科書には載らないままだが,カラヴァッジョの世間的な知名度も上がってきているのだろうか。

その他のカラヴァッジョの有名な作品としては《ゴリアテの首を持つダヴィデ》で,これは私も初見かな。ゴリアテの顔がカラヴァッジョの自画像という説があるが,死の直前の作品であり,結果的に死亡フラグを立てた形になる。こういうところも彼の伝説化に一役買っているのだろう。ちょっと面白かったのは《歯を抜く人》で(今回の画像),宗教画や歴史画が多いカラヴァッジョだけに,こういうどうでもいいシーンの絵はちょっと珍しい。観衆の表情と中央に集まる視線が見どころ。あとは《洗礼者聖ヨハネ》。あまりにも艶めかしすぎるのでアトリビュートを無視すると洗礼者ヨハネに見えない。杖が十字架でないのでそもそもアトリビュート不足であるというのも拍車をかけている。そうそう,カラヴァッジョと言えばクズ奇行エピソードに事欠かない人であるが,今回の展覧会でも主要な事件がキャプションで詳細に説明されていた。一つ残念だったのは,一番好きなアーティチョーク事件の扱いが軽かったことだ。あれが一番おもしろいと思うのだが。

カラヴァッジョ以外の絵が面白かったのは本展の良かったところで,主要な画家の名前を挙げておくと,ジェンティレスキの父娘,アンニーバレ・カラッチ,グイド・レーニ,リベーラ,カラヴァッジョの敵対者バリオーネ等。ジェンティレスキの父娘は見比べてみるとやっぱり娘の方が上手い。バリオーネの作品は1点しかなく,カラヴァッジョの人間関係を詳細に解説したキャプションがあっただけにやや残念であった。リベーラまで行くともうカラヴァッジョのフォロワーという感じではなくバロックのど真ん中であるが,実際ちょっと年代的に浮いていた気がする。

本展は巡回展としては珍しく南関東で全く開催されず,札幌・名古屋・大阪での開催となる。名古屋はすでに終わっているが,本記事公開の現在は大阪で開催されている。関西在住なら十分に見に行く価値があろう。  
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2019年12月22日

逆に選挙カーを見ると投票意欲が薄れる

・フランス新聞「ル・モンド」が発表「日本の傑作漫画20選」 | 「ジャパンエキスポ」もいまや巨大イベント(クーリエ・ジャポン)
→ 最も新しいもので『DEATH NOTE』なのでけっこう古い20選。『ラブひな』が入っていたので驚いた。いろんな意味であんなに日本固有の文脈に基づいていそうな作品なのに,少なくとも一部の日本の漫画好きにはちゃんと伝わっているのだな。
→ 今振り返っても,浪人生というモラトリアムオブモラトリアムに,温泉旅館という巨大和風建築にモラトリアムを許容する住人たち,世代交代による繰り返しと,単なるちょっとエッチなラブコメにとどまらない批評性のある楽園を用意した点で,あれはやはり傑作だったと思う。


・選挙カーうるさいんですけど。名前ばっかり連呼して何か意味あるんですか?(Buzzfeed)
→ 公職選挙法の制限が強すぎて結局選挙カーで名前連呼が主要な戦術になってしまう,ということは前からちらほら聞いていたが,はっきり読んだのはこれが初めてかも。であれば公職選挙法を改正してほしいところだが,それが選挙の争点になる気配もなさそうで難しい。
→ 選挙カーが来ないと無視された気分になるという感覚は価値観の断絶を感じる。選挙カーが自分の町内を回ったということは,その候補者が自分たちを軽んじていない,ひいては自分たちの方を向いて政治をしてくれるという判断になるというのはやはり短絡的に思えるし,それが日本の政治風土を形作ってきたのは害悪であったと思う。末尾にある通り,
>現状の低投票率下の選挙戦においては、候補者側が一定の「押し売り」をすることで有権者の関心を高め、投票へ向かわせているという側面もある
→ という政治風土が変わってくれないものか。


・水に落ちたとき「服を着ていたら溺れる」という考えを捨てるべき理由 (ダイヤモンド・オンライン)
→ 目からウロコだった。一応着衣水泳までしつつも逆のことを教えられた記憶があり,常識は変わっていくなぁ。ちゃんと子供の生存率が上がっていて,むしろ逆のことを教えられていた大人の方が生存率が低いとまで結果が出ているのにも驚いた。


・『薔薇戦争 イングランド絶対王政を生んだ骨肉の内乱』陶山 昇平 著(Call of History)
→ ランカスター朝は一度安定したと見るべきで,薔薇戦争の勃発を1399年までさかのぼらせるのは無理があるように思う。歴史学あるあるではあり,英仏百年戦争の終戦年や十字軍の終焉年代等でもそうだが,むやみに概念を拡張するのはかえって議論が拡散するのでよくないと思う。一方で,たとえば鎌倉幕府の開始年の議論なら幕府とは何かという本質的な議論になるのでよいと思うので,そこは見極めて議論したい。
→ 応仁の乱との比較で言えば薔薇戦争は勝者1名を除く全滅エンドでその後のテューダー朝が安定しているので,雨降って地固まるの感がある。応仁の乱は明応の政変と合わせて将軍権威自体が吹っ飛んでしまったし,地方勢力の自立につながってしまった点で長期的な戦乱の起点になった。やはり乱の勃発までの段階での王権(将軍権力)の安定性や地方の状況が内乱後の状況にダイレクトに現れているように思え,けっこう面白い。日本が細長すぎて応仁の乱の前から東国は別の国状態だったのに対して,イングランドは割と真四角で地方が自立しづらいのではないか,とかも考えられる。けっこう良い比較のお題かもしれない。  
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2019年12月20日

最近読んだもの・買ったもの(騎士団長 島耕作』他)

・『騎士団長 島耕作』1巻。
→ 島耕作が課長時代までの記憶しか持たない状態でファンタジー世界に転生,騎士団の平騎士からスタートして出世を重ねていく……というストーリー。「島耕作レベル」なる謎の概念が存在し,レベルが上がると前世の記憶を取り戻していくという設定があり,またファンタジー世界での出来事も現世に類似したものが発生するので,前世の記憶が役に立つことになる。つまり本作は転生ものというよりもループものの性質の方が強い。島耕作が前世の記憶を持ってもう一度人生をやり直したらどうなるかという話として読んだ方が楽しめる。結果として,ぶっ飛んだ設定の割に,思われていたよりはちゃんとしたストーリーになっている。
→ 以上のような設定なだけあって原作の島耕作がかなり読み込まれており,1巻からしてよく拾ってきたなそんなのというような細かい事件が扱われていて(私もソフィアさんとかさすがにかすかな記憶しか無かった),この感じで続くなら島耕作”復習編”としてなかなか面白く仕上がると思われる。樫村や大泉が元気に(騎士として)仕事していたり,高市千鶴まで出てくるのでオールスター感ある。また,人生二周目の島耕作は樫村の性的志向や前世での最後を知っているわけで,これを実現させただけでもこの設定はすばらしい。そういえば名探偵木暮の姿だけ見えないのだが,便利すぎるので登場がしばらく後に回されたか。あとは八木とか今野とかも今後登場するのだろうか。
→ そういうわけで個人的にはけっこう楽しく読んでいるのだが,島耕作のストーリーを課長時代から全部知っていてかつ転生ものに理解があるとなると客層が異様に狭いのではないかという一点だけが本作の心配で(Amazonのレビューでも案の定のコメントがついている),ちゃんと続刊するのか気がかりである。なにせ1巻にしてもう部長編の記憶を取り戻しているので,今後も早々とストーリーが進んで短編として完結しそうな感じも。





・『プリニウス』9巻。コルブロの死,ネロのギリシア豪遊の行幸。プリニウス一行はロドス島からネロの待つコリントスを経てティルスへ。
→ コルブロが自死を命じられたのは西暦67年のこと,ネロの死は68年の上半期であるので時代の終わりが近づいている。そのネロがケシの実を食べていい感じにラリっているのも終末を感じさせて良い。1巻が西暦62年なので9巻使って5年進んだ。ということはプリニウス一行はほぼ5年使って地中海半周の旅を楽しんでいたことになる。なんとも気の長い旅路だ。プリニウス一行の旅路とローマでの史劇を並行して描いているので,どうしても旅路が間延びしてしまうのが本作の欠点ということになろう。
→ カラス使いの子はプリニウスの旅に最後まで付いていきそうな感じだったので,ここでのお別れはちょっと意外。しかし良い話であった。少女だったとは,完全に騙されていた。巻末の対談で再登場が予告されているので,期待しておこう。確かにプリニウスの死まで本作の連載が続くならまだ12年間あるので,彼女も十分に成長した姿になっていよう。


・『碧いホルスの瞳』7巻。
→ 次期ファラオの座をめぐるトトメス3世とネフェルウラーの臣下たちの派閥形成が描かれた巻。史実から言えばトトメス3世が受け継ぐことになり,そもそも史実ではそんな後継者争いは無かったと思われるので(というよりもネフェルウラーが早世している),作者はこれをどう捌くつもりだろうか。確かに,トトメス3世は前王トトメス2世の息子だが妾腹であり,一方ネフェルウラーは女性ながらハトシェプストとトトメス2世の娘で血から言えば最も高貴である。ネフェルウラーとトトメス3世が結婚していたかどうかは議論があるそうで,結婚させて解決かなぁとは推測されるが,そうでない方が面白いかも。  
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2019年12月17日

最近読んだもの・買ったもの(『それでも歩は寄せてくる』他)

・『それでも歩は寄せてくる』1・2巻。
→ 高木さんが超絶肌に合わなかったので,俺は山本崇一朗作品向いてないんじゃないかなと思っていたところ,Twitterで流れてきた本作はツボにはまった。男女逆にしただけじゃんという評も聞こえてくるが,私に言わせるとそれはちょっと違う。別に本作の男側の歩くんはからかっているわけじゃない。彼はあくまで本気なのだ。だから女側のうるしがやりこめられてもそういう雰囲気はせずに,可愛い彼女の姿だけ残って終わる余韻があるのが良いのだろう。それを踏まえて本作を読むと,確かにヒットメーカーだと思わせられる短編の話の運びの上手さがあり,何かいろいろ納得した。
→ ところで本作,作者の山本崇一朗氏が全く将棋に詳しくなく(なんで将棋の漫画を思いついたんだろう……),当然将棋の監修はついているが,メインで対局する二人のうちの一人が初心者でしかもなかなか成長しないという珍しい作り手と設定である。単行本には棋譜が掲載されているが,歩とうるしの実力差がありすぎて,それこそ全然将棋を打たない私でもぱっと見で大差がついているとわかる棋譜になっていて,これも一つの見所であるかも。





・『ご注文はうさぎですか?』8巻。卒業旅行回(前編)。卒業旅行回は1巻で終わりだろうと思っていたら意外と長い。
→ 舞台がパリを中心に複数のヨーロッパの都市が混ざっているっぽいので本作は本当に聖地巡礼勢殺しだなと。あるいは挑戦心を煽っているのか。
→ 実のところ感想はそんなに無いのだが,チマメ隊が掘り下げられていたり,各キャラの親族が登場していたりで,学年が変わることによるシフトチェンジをしている感はあった。
→ ここで登場した新キャラについて。神沙映月(じんじゃえる)と夏明(なつめ)はわかりやすい。ぱっと見で全くわからなかったのが風衣葉冬優(ふいばふゆ)。すでに調べた人によるとハーブの一種のナツシロギクの英名feverfewからとられたのではないかとのこと。英名の通り解毒剤として使われていたそうだ。夏白菊なのに「冬優」とは洒落が効いている。吹き矢部部長(狩手結良,カレンデュラ=キンセンカ)もハーブだったが,命名の法則がよくわからない。


・『球詠』6巻。梁幽館戦の決着。
→ この巻はよしのぞに尽きるというか,32話の「大好き」と「ここで打つしかなかろーもん」と33話の「私だけの時間 芳乃ちゃんに」の3つが最高すぎてそれ以外に何を語れと。ここで百合野球漫画として一つの完成を見た。あの場面で外連味なくストレートに「大好き」と希に言わせるのがマウンテンプクイチ節である。どうしてもバッテリーの二人の関係性だけに注目しがちな本作であるが,裏で積み上げてきた伏線がこの最高の場面で開花し,見事にもう一つのすばらしいカップリングが成立した。実力者の希に采配とメンタルケアで信頼を積み上げてきた芳乃。その希をオトリに使って油断させる芳乃の戦術がかちりとはまったホームランだった。お見事。
→ よしのぞの衝撃が強すぎてかすんでしまったが,たまよみバッテリーの「一瞬でも早く私のミットに届けて」とか,敗戦後の中田さんの振る舞いとか,見所の非常に多い決着であった。次のこういう試合は柳大川越との再戦かな。  
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2019年12月16日

最近読んだもの・買ったもの(『東方茨歌仙』完結他)

東方関係。

・『東方外來韋編』2019秋。
→ 作品紹介は東方鬼形獣・東方輝針城・弾幕アマノジャク。これで新作として紹介された作品も紹介済みと考えるとほぼ全部紹介し終わってしまっているが,来号からどうするんだろう。旧作に行くか,2周目に入るのか,別の特集を組むのか。できれば『茨歌仙』と『鈴奈庵』の振り返りをやってほしい。秘封倶楽部の音楽CDでも神主のコメントが面白そう。
→ 東方鬼形獣については,畜生界についての「奴隷とヤクザしかいない,内部抗争しかない,だから地獄じゃないけど地獄的」「元家畜と元野生動物を両立させるとそうなった」と言っていたのが印象的。そこに人間霊も混ぜ込んで社畜を揶揄し,ディストピア批判につなげてきた辺りは,東方天空璋の時に障害者の話を混ぜ込んできた最近の神主の傾向がよく出ている。このまま次の作品もこの路線だったら,天空璋・鬼形獣とそれで「社会批判三部作」と名付けたいところだが,どうなるか。神主は「神霊廟で三部作形式は止めた」と言っているから(実際に宗教シリーズは五部作だった),案外に社会批判二部作で終わるのかもしれないが。
→ その輝針城は宗教五部作が終わっての1作目であり,ここから正規ナンバー作品は2年おきの発売になる1作目でもある。神主自身仕切り直しの感はあったそうで,「紺珠伝が昔からのファン向けだから住み分けが出来ているのではないでしょうか」とのこと。ファン側はあまりそういう感覚は無い。なにせ,新参も結局初期三部作から触れる人の方が多かろうと思われるので……
→ インタビューは岸田教団の総帥岸田氏。本雑誌のインタビューではよくあることながら,来歴が30代半ばのオタクの王道すぎて親近感しかない。「初めて買ったCDが『FF6』のサントラ」「学校をさぼって『AIR』を買いに行った」「ROのやりすぎで学校通ってなかった」「『Fate/stay night』の発売日にライブが入ったのでバンドを脱退した」「好きなエロゲーは『家族計画』『CROSS CHANNEL』『ヴェドゴニア』」というエピソードの数々にわかりみが深い。『Fate』のエピソードロックすぎない……惚れるわ……
→ 漫画は火鳥さんのが面白いかった。「外來韋編だからこそ描けることもある」,確かに。正邪が東方の設定自体をひっくり返すなんて話,半公式の場でしか描けない。


・『東方茨歌仙』10巻(完結)。
→ 8年の連載で堂々の完結。万感の思いが募る最終巻であった。本作と『鈴奈庵』が並走していたここ数年は,東方ファンにとって本当に幸福な時代であった。今年始まった新連載たちにも期待したい。
→ この10巻だけ主人公が完全に比那名居天子。なにこのイケメン。知力・戦闘力・行動力・人脈の全てが適任だった。そしてラスボス,パーフェクト茨木華扇の美しさよ。茨木華扇は仙人として完成するために,邪気の籠もった右腕を再封印したがっていた。しかし封印は一度合体した上で,誰かに自らの右腕をもう一度切り落としてもらう必要があった。そこで霊夢に当てをつけて修行をつけて鍛え,霊夢の金儲けに協力して(?)腕を霊夢に入手させていた。天子の登場はちょっと唐突であったが,『茨歌仙』で繰り返された短編がこの解決に意味を持っていたとは。
右 そして最後は天子に倒し方を教えてもらった霊夢が単独で鬼退治。妖怪退治の専門家の面目躍如で主人公の座を取り戻す。比那名居天子は地上で霊夢の活躍を語り,再封印された鬼の腕は華扇が戒めとして預かった。鬼にして仙人を目指し,邪気を克服して人間に寄り添うちょっと不思議な大妖怪の物語はこれ以上ない大団円で幕を下ろした。人間に死があるように,華扇には悪行の記憶と邪気の戒めがある。彼女は良い仙人になるだろう。





・『東方Projectあずまあや画集 はなおうぎ』。
→ 約10年の画力の成長の記録が見られる画集。茨木華扇に修行をつけてもらっていたのは霊夢だけではなく作者も同様であった。1・2巻は不安定だったが3巻で安定し,4巻からは画風自体が変わっていっていて,6・7巻あたりから明らかに描き込みが細かくなっている。10巻の表紙の見事なものよ。


・『CANNA』あずまあや総集編2。
→ 同人誌ではあるが,『東方茨歌仙』完結,『はなおうぎ』発売と同時期に頒布され,あずまあやの画業において一区切りの作品ではあるのでここに。
→ 本作はあくまで二次創作であり公式作品ではないが,公式作品を描いてきた作者だからこその考察があって面白い。幻想郷における人間のサザエさん時空問題に切り込んで話題になった「ロストガール・ロストレディ」も収録,というよりもこの総集編で描き下ろしがあって真に完結した。幻想郷で主人公機になるような人間はなんだかんだで半分妖怪みたいなのばっかりだが,純粋な人間の魔理沙と,外の世界から入ってきた早苗の二人だけはやはりちょっと視点が違う。あずまあやがこの二人を描きたくなるのはそういうことなのだろう。  
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2019年12月15日

日馬富士はやはり軽かったのだなと

・教科書は「分かってる人にはいいが、分かってない人が読んでもつまんないしどこが重要なのかも分からない」という意見に共感の声(Togetter)
→ わかる。教科書とかいう物体,詰め込みすぎて逆に読みづらくなりがち。こと高校社会科だと,苦手な人向けにわかりやすくしようとすると今度は長くなりすぎて余計に読まれないジレンマはあると思う。だから文章は投げ捨てるという形になりがちで,実際に初学は資料集なり参考書なりにあるものや,板書ノートの箇条書きや図表の方がとっつきやすい。私はそれでいいと思う。


・Fateシリーズの舞台「冬木市」のモデルは大分市か? それとも別府市か?(Guest|note)
→ 神戸大橋や異人街等モデルになった建造物の多さと,坂が多くて坂の上に高級住宅街があることから神戸だと思ってましたわ。『Fate/stay night』は初回限定版を持っていたはずなんだけど,「Fate/side material」のその地図に見覚えがない……なんでだ。そしてFGOやっていないので2015年以降の情報は全く知らなかった。
→ よくこれだけ考証したものだと思うし,これだけ証拠が積み上がっていれば大分市か別府市のいずれかがきのこの頭の中にあるのは間違いないだろう。どちらかというと大分市っぽく見え,1.別府なら温泉がもっとクローズアップされる土地である,2.別府は海岸ギリギリまで坂道が続くが冬木はそこまででもない,3.そもそも別府は海岸線が北向きではないから。記事中で指摘されている大分市説の欠点は,これまた記事中でフォローされているように「そもそも建物を神戸市から持ってきている時点で,厳密な地形を考慮する必要性が薄いのでは」ということでいいと思う。
→ しかし,東方projectのZUNさんもそうだが,原作者が設定好きなのに適当&後で上書きするタイプの人だと,考証する側は大変に苦労する。そういう人の方が面白い設定を次々と展開しやすいというのはあるのかもしれないが。


・相撲は本当に体重が重い方が有利?番付が上がるほど小さくなる影響度。(- 相撲 - Number Web)
→ これはよく調べた良い検証。思ってた以上に体重による不利は無いのだなぁ。番付上位ほど体重差による勝率差がなくなっていくというのは,上位ほど体重による単純な圧力だけでは勝てなくなっていく,小兵力士の技量が上がっていくということなので,イメージ通りではある。
→ 特に現在の関取だと140kgが大きな境になっていて,それ以下だと数が激減するというのは面白い。記事中にある通り,パワーとスピードが両立するのが140〜180kgの範囲ということなのだろう。
→ また,大関・横綱になると近年で小兵に分類していい力士が日馬富士ぐらいしかいないので(引退時点で137kg),番付上位ほど体重差による勝率差がなくなっていくということとは別に,極端に重かったり軽かったりすると幕内上位で地位が安定しないという推論も成り立つ。白鵬・鶴竜・豪栄道がそろって160kg前後の中央値の少し下というのも,偶然ではあろうが示唆的である。176kgの高安はいかにも上位戦では大きく見える。


・大関陥落直後(大相撲パラサイト)
→ もう一つ,大相撲のデータ集。関脇で10勝で大関復帰という成功率の低い制度について。けっこうパターン別で成功率が異なるのが面白い。ここに無い事例だと,9月場所の貴景勝が連続休場の,離僖拭璽鵑粘存の確率が2/6,それも栃東のみだったところ,あっさりハードルを超えて成功した。これにより成功率が3/7になっている。もう一つが九州場所の栃ノ心で,休場・8敗以上だからのパターンになる。つまり栃ノ心は二度ともであったのだが,二回目は昇進失敗であった。すなわちこれでは4/7となった。
→ してみると,記事中にある通り,料阿了海聾造蠅覆に近いのでこれを移すと,3/6,は4/8と奇しくもどちらも50%になった。連続休場と,休場・8敗以上だとコンディションは大差なさそうである。一方,8敗以上・休場の△寮篷彰供O続8敗以上のい皀ぅ瓠璽個未蠅寮功例なし。琴奨菊が成功していれば初めてだったようで,あれは惜しい挑戦だったのだなと今更ながら。記事中の指摘通り,い両豺腓魯吋というよりも順当に衰えただけではあるので,引退しなければしばらくは幕内で取る実力は残っており,どのパターンで陥落したのかはその後の力士の相撲人生を占う上でも注目ポイントかもしれない。  
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2019年12月11日

ニコ動の動画紹介 2018.11月上旬〜12月上旬



多くのFF5の縛りプレー動画を見てきたが,この倒し方は知らなかった。仕様の隙間を縫いに縫った見事な攻略法。よくこの縛りで倒したものだ。お見事。



装備を縛るとオメガよりも厳しくなることがある神竜。この縛りでも部分的に縛り解除をせざるをえなかった(ものまねし解禁)。



10/26に前パートを投稿し,作中で「チャートが二週間保つかもわからない恐怖」を語った上で,その翌日に自分で新チャートを発見するという面白すぎる展開。完全にフラグでしたね……崩壊前ワープが8つもあるなんて,数年前には全く予想されていなかったことになっている。




TAS映えするゲーム。予想通りの気持ちよさ。




この上なく完璧に合ってて笑う。まあ,死から立ち直る(?)シーンではあるのだけども。



元ネタなので,合わないわけはないやつ。



なんで歌詞に合うシーンがあるんだよというw。グリッドマンのギャグ要素が上手く生きてる。



鬼ノ城訪問回。古代の城塞の遺跡というのも珍しいし,鬼ヶ島の元ネタ説があるのも面白い。




ミリオンライブ合作の単品,周防桃子誕生祭作品。桃子らしい良い曲で,幾何学模様でPVも作りやすい曲だと思う。



下半期20選ノミネート。今ミリシタ素材でPerfumeM@sterをやるならEscapeになるのだなぁ。



ネタは面白かったのだが,ちょっと長すぎたかなという感じ。4分のところで終わってたら下半期20選に入れていた。  
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2019年12月10日

最近読んだもの・買ったもの(『初春が咲く』他)

・『Grimoire of Usami』。東方pojectの公式スペルカード集の2巻。
→ 霊夢主催の弾幕を花火に見立てた花火大会の審査員を務める宇佐見菫子視点で,スペルカードを眺めていくという簡潔なストーリー仕立て。八雲紫・摩多羅隠岐奈が作中で初めて顔を合わせ,八意永琳も巻き込んで,3人の暗躍で花火大会を無事終わらせるという話の筋は,東方の「賢者」の役割が示されていて面白かった。しかし,それにしては茨木華扇が一切出てこなかった(それも宇佐見菫子の話なのに)のはちょっと不自然だったかも。話のタイミング的に幻想郷で「鬼の腕」事件が起きていた頃だろうから,自粛したのだろうか。紫とその辺の話をしてほしかった気も。
→ スペカ紹介本としては,前作では魔理沙が弾幕としてのポイントを語っていたのに対し,本作では審査員たちが基本的にやる気がなかったので,あまり読み応えがなかった。その辺の作りは前作の方が良かったかな。





・『初春が咲く』1巻。
→ 柴崎しょうじ氏の一般商業オリジナルのデビュー作。私は同人とエロ漫画でずっと追っていた人で,鳴子ハナハルフォロワーの丸っこくてかわいい絵柄と,ラブラブなカップルの描写に定評がある。その強みは本作でも完全に活かされていて……いや,詳しく説明しなくても作品名の通り,高校2年生の初恋カップルを描いた作品である。1巻は主人公たちが2年に上って,カップルの二人,西野柚子と新庄彼方が同じクラスになり,いろいろあって互いに意識するようになり,付き合い始めるまで。視点は基本的に女の子の方,つまり柚子視点で,「いろいろあって」と省略したが,柚子が彼方を意識し始めるまでの過程が丁寧で本当に素晴らしい。未経験のよくわからない感情を持て余す柚子と,それを見守ったりフォローしたりする友人たちや柚子の姉の反応がまた「こういうのが欲しかった」。これが尊いってやつだ。とはいえつまだ付き合いたてで,氏の本領が発揮されるのはまだまだこれからという気も。2巻にも期待が持てる。
→ なお,柴崎しょうじ氏の前作,成年コミックの『とくべつな日々』(リンク先pixiv)も傑作なので,ご興味がある方は。





・『ダンジョン飯』8巻。カブルーたちとエルフによる迷宮封鎖作戦。
→ 狂乱の魔術師が登場してエルフが取り押さえるも,カブルーが土壇場で気が変わり,狂乱の魔術師・エルフの隊長・カブルー・ファリンはまとめて崩落。ライオス一行が狂乱の魔術師を倒して迷宮を攻略することを考えている以上,落ちた面々とは顔を合わせることになるはずで,そこで物語が大きく動くのかな。  
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2019年12月09日

プライス氏の素敵な終活

・出光美術館、若冲など約190点購入 米プライス氏から(日経新聞)
・散逸免れたプライス氏旧蔵品、日本美術ブームの源流 出光美術館、若冲や応挙など約190点を購入(日経新聞)
→ 上の記事が第一報。下の記事がもう少し詳しい記事。プライス・コレクションの行き先は誰しもが気になっていたところで,日本への里帰り,しかも信頼のある出光美術館という結果は最高と言っていいだろう。あとはかなうならば,出光美術館は面積を拡張して常設展示を作ってほしいところ。せっかく来たはいいが見れないではもったいない。これで「門司の方に常設展示を作ります」というオチだったら,それはそれで面白いが。
→ ところで,こういうのにはこの人がかかわっているのではないかと思ったら,やっぱり。
・「象」も「虎」も「美人」も…皆幸福な「里帰り」。(桂屋孫一のトウキョウ・アート・ダイアリー)
→ この御方,活躍しすぎでは。しかし,これに気づいていた人はかなり少ないようで,それなりに美術に関心が高い村民がいるにもかかわらず,はてな村には不釣り合いな画商がいるという事実が意外と知られていないような。


・「食欲が無くなったら3、4日の命だと覚悟して下さい」と診断されてから半年以上、今日もモリモリエサを食う猫。(Togetter)
→ Twitterノンフィクション文学の傑作。これは泣くでしょう。
→ 猫の寿命は食欲にかなり影響するので,獣医の言う通り食べなくなったら危ない。うちの猫も死期にめっきり食欲が無くなった。逆にこれだけ食欲があれば長生きもしよう。
→ ちゅ〜るは寿命を伸ばす説。日本の猫飼い,ちゅ〜るで風景が変わった感ある。うちの猫はちゅ〜るが発売される前に亡くなってしまったので味を知らない。かわいそうなやつであった。


・西アフリカ15か国、2020年に単一通貨「ECO」導入へ(AFP)
→ 実現したらすごいけど,現実的に成り立つのかと思って記事を読むと……
>「域内総生産の3分の2をナイジェリア一国が占める不均衡な状況にあることから単一通貨導入は加盟国の経済リスクになりかねない」
→ 言われてみるとその通りで,一転してナイジェリアによる西アフリカ経済覇権の道具にしかならんのではという不安が。そのナイジェリアも経済がこの先安定したままとも限らないし。
→ ECOWASの歴史は意外に古く,1975年の設立。この時点ではナイジェリアがこれだけ突出した人口大国かつ産油国の経済大国になろうとは思われていなかっただろう。今回の決定は,それでもユーロと連動するCFAフランからそろそろ脱却したい,曲がりなりにも地域自前の通貨を持ちたいということなのかもしれない。


・子供が道で拾ったダイヤを本物か鑑定してもらう(デイリーポータルZ)
→ 自分の小学校時代の友達にも,「これは金かもしれない」と言って金属片を掃除時間とかに拾っているやついた。大概は途中でそんなわけはないと気づいて集めたものを捨ててしまうのだが,こうやってまじめに鑑定されると良い思い出になろう。しかも,ダイヤではなかったにせよ,数百円程度の値段がつく石だったので尚更。  
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2019年12月07日

「『宇崎ちゃん』バッシング騒動の雑感」に対する反応への雑感

はてブ等でいろいろ反応をいただいたので,コメントする価値のあるものだけ追加でコメントしたい。なお,これは1.コメント者に応答を求めるものではなく,あくまで第三者の読者にむけた追加のコメントである。2.はてブは基本的に記事主からの応答を求めるものではないと自分では解している。私自身,そのつもりでないブコメに大して記事主に応答されるとビビる。3.興味深いコメントの内容が必要なのであって,今回は誰が発言したかは考慮するつもりが全く無い。4.そもそもlivedoorブログからはてブにコールする直接的な手段がない。5.本編はあんなに伸びると思っていなかったのでかなり端折って書いたので,実は補足の口実としてはてブを使いたいだけ。という5つの理由から,idコール等はしない。また,この話題を長く続ける気はないので,本記事についたはてブやコメントには基本的に反応しません。


>宇崎花というキャラ自体に性的目線が多分に含まれていることは否定しようがないのでは
これはその通りで,私はキズナアイバッシング騒動の際に「「かわいい」と表現するには性的なニュアンスが大きすぎるし(かわいいが多義的すぎるというのもある),エロいと表現するには言葉が強すぎる(そこまで直球に性的でない)表現のために「萌え」という言葉が生まれたのではないか」と主張したが,萌え絵全般とまでは言わないにしても,『宇崎ちゃん』の系統の萌え絵に性的な要素が全く無いとは,とてもじゃないが言えない。あくまで個々の絵で見た時にどこまで「薄まっているか」,または「主な焦点から外れているか」という主張しかできないのである。一例としてはてブに『宇崎ちゃん』のおっぱいマウスパッドを挙げていた人がいたが,同じ作品であっても,一枚絵としてのアピールポイントをずらせば当然そういう売り方もできる(ただし同時におっぱいマウスパッドだけを持って『宇崎ちゃん』を語るのも恣意的すぎる)。

だから,批判派の人の言う「性的な要素がそれなりにある作品とはコラボすべきではない/慎重にコラボせよ」という主張は,私は積極的な賛意を示さないにせよ,一つの意見として理解・納得する。また,この意見は当事者の日赤が一考する必要があるとも思っている。これは書こうか迷って本編には書かなかったのだが,日赤はある程度の確率で事故るという予測が立ったならば,冷徹な判断を下す立場にあった。3巻の発売を記念したコラボだったとしても別の絵を使うなり描き下ろしてもらうなりできたはずで(その他の工夫もありうる),適切な絵を用意できなかったのならば時期をずらすなり流すなりという判断は可能であったはずだ(無論のことながらこれは非情で冷徹な判断になる)。私はこのコラボ以前に『宇崎ちゃん』は読んでいなかったのだが,仮に読んでいたとして,コラボで3巻の表紙が出てこなかったら,「あー,あの表紙だと炎上しそうだよね」と納得していたと思う。この意味で「文脈を理解しなければ性的表現とみなされるものの扱いにも配慮が必要」と書いていたブコメの指摘は正しいし,そのままずばり「「そういう広告ではない」ならそういう広告には見えないような絵柄を選べばよかったのでは」と書いていたブコメもあった。

熱心な擁護派の方は「こちらに悪いところが無いのだからそんな譲歩なんて必要無いだろう」と思われるかもしれないが,こういうのは過失の有無にかかわらず事故ったら負けである。特に献血レベルの公共性だとハードルはどうしても高くなる。極力事故らないことを目指すなら,批判派の主張に耳を傾けても損はない。この点で,どう探してもキズナアイ本人にもNHKサイドにも落ち度が小さすぎたキズナアイバッシング騒動とはやや異なる。あんな事故は避けようがない。


>乳袋表現自体が(性的アピールを含んでいるのは否定できないので)どうしたって不快に思う人が出てくる表現では
これは上の変形で,意外かもしれないが私は異論はない。どんな文脈があろうが不快なものは不快という表現もあろうし,乳袋は特殊すぎるので合わない人はオタクにもいるくらいだから,何を言われてもドきつい性的アピールにしか見えない人もいるだろう。ただし,「不快」なだけで自主規制を求めるのは現代社会にそぐわないとも思う。だから現代社会では,自分の感じたその不快さの奥にある原因が,差別・偏見等の何らかの明らかな社会的悪に明確に起因したり影響したりするものではないかというのを見出して,そこを戦場にしているわけで。そこが戦場であるからこそ,私はあの記事で「『宇崎ちゃんは遊びたい!』という作品が”そういう作品”ではないので,女性の社会的地位を低めようとする風潮を強める効果があるとは言えない」という主張したのであって,そこは汲んでほしいところ。


なお,萌え絵の差別性については,やや話がずれるが,重度の萌えオタにして西洋美術史家の松下哲也氏はこんなことを言っている。

もう少し詳しい話はこの記事で,さらに詳しい話は本記事で紹介されている氏の著書を参照のこと。
・キャラクターデザインのルーツはロマン派の画家、ヘンリー・フューズリ?絵画研究者・松下哲也インタビュー(Zing!)
萌え絵どころかキャラクター絵は,美術史学のディシプリンに則って研究し,そこで出自にさかのぼって考えると割ととんでもない話になっていくというのは,以後も「萌え絵/キャラ絵論争」をやるなら擁護派も批判派も押さえておくべきであろう。


>宇崎花というキャラを愛でたいのなら,乳袋表現は不要だったのでは
これに対するコメントは3つあって,1.3巻発売のコラボだったのであの絵である必要があったのであって,乳袋表現だからあの絵が使われたわけではないから,指摘がちょっとお門違い。ただし,上述のように事故を避ける方策はあったのではないかという点では「不要」という意見に反対しない。しかし,2.作者の丈先生のカラー絵の宇崎花の描き方自体が乳袋寄りなので,これはもはや絵柄の問題であり,コラボ用の絵だけ乳袋ではないというのは不自然。したがって乳袋が目立たたない絵は用意できたかもしれないにせよ,「不要」とまで言い切るのは絵柄自体への批判に近く,ちゃんと指摘するにはもう少し繊細な議論が必要。3.少なくとも巨乳自体は,本論で書いたように宇崎花の「ウザさ」の象徴としてキャラに不可欠であり,切り離して考えることはできない。繰り返しになるが,3巻表紙絵の乳袋はその意味での巨乳の強調のための表現であって,性的アピールには直結していない。


>世間はオタクの文脈を理解しようなんて思ってないのでは
この種のコメントは複数あったが,さすがに時代・地域が変われば常識なんてすぐに変わるとかいう一般論から説き起こさないとダメとは思いたくない。また,多様性が尊重される社会を形成するならば,この文脈理解を世間に求めても許されるはずでは。加えて言えば,この種の萌え絵批判は前出の松下哲也氏により「暴論」と批判されているように,さすがに一つの文化をバカにしている水準であるので(引いては”文化”というもの概念をバカにしていると思う),バカにされない水準くらいの理解は求めても不当ではないと思う。なお,この話を徹底して詰めていくと,現状の世間が理解していない深さの文脈を求める文化は世間の表舞台から排除されてよいということになり,「現代アートとかいう深い文脈を読まないと理解できないジャンルに公金突っ込むのはバカバカしくない? それに『平和の少女像』は見ていて不快だから展示しないでほしい」という意見に限りなく近くなっていくのだが,それでいいのかは考えてもらいたいところ。あと,理解を強要しているのではなく,理解が浸透するのを待っている(あるいは擁護派に努力すべきと呼びかけている)のであって,「今すぐ理解してくれ! 理解しないお前らが悪い」とは全く言ってないし思ってもいない。

>仮に日赤のオリジナルキャラとしてこの絵が出てきたとしても批判されるのでは
さすがにこのレベルの誤読は悲しい。私は記事中で「1枚絵として作品から切り離されていて,かつこの種の絵を読む素養がない人には,性的なアピールをしている絵(=問題のある絵)に見えても不思議ではない」という趣旨の書いているので,そこからこの思考実験の答えは自明ではないだろうか。

というか全般として「『宇崎ちゃん』の文脈を読めずに誤解したやつが悪いわけではない。むしろ文脈を知らないのだから誤解して当然だし,誤解したならああいう批判になるのは理屈としておかしくない」というのを基調にして,そこは誤解されないように慎重に記事を書いたつもりなのだけれど……伝わらないもんだ。  
Posted by dg_law at 13:00Comments(0)