2020年12月30日

四国百名山登山記(四国剣山・石鎚山)

11月末に四国に行ってきた。2020年は西日本に行ってばかりである。メンバーは頬付としいかあ。初日は車で大阪・神戸を素通りし,明石海峡大橋・大鳴門橋を通って四国に上陸,徳島県を横断して一気に四国剣山まで。徳島県の内陸部は吉野川から少し外れると途端に道が狭くなった。山道の自動車道が狭いのは特に驚くことではないが,徳島県の場合はまだ集落が残っていて生活道路に分類できそうな段階からすでに1車線になり,行政区分でいうと「つるぎ町」のエリアは道がひどかった。運転手の頬付が(慣れた感じではあったが)困惑していた。四国剣山は登山道入り口までの難度が全行程で一番高い気がする。

ともあれ四国剣山は長い長い山道が続くだけあって,自動車で標高1420mまで登ることができる。しかも本来ならそこからリフトで1750mまで上ってしまえるのだが,リフトは雪がちらついたら停止してしまうそうで,2020年は11/23に休業となった。これは事前に調べがついていたのだが,リフトに頼らなくても登山時間が50分しか増えないので大してきつくなさそう,むしろ観光客が減って登山しやすそうだから良いのではということで今回の登山先が四国剣山になったという経緯がある。

駐車場に着いた時点ですでに雪がちらついていて,かなり寒かったのでいそいそと着込み,出発地点の剣神社に参拝して出発。ここも神仏分離・廃仏毀釈でダメージを受けたようだが,現在でもなんとか寺と神社が並立していた。四国剣山は登山道入り口で専用アプリのインストールを勧められるが,このアプリはけっこう使い勝手が良かった。二度と起動することがなさそうだが,記念に入れっぱなしにしている。また予測通り,リフトが止まっているため他の登山客は非常に少なく,我々と同じようにそれをねらって来た人たちか,リフトが止まっているのを知らずに来てしまってなんとなく登り始めたらしき軽装の人たちと大きく二分されていた。前者にはテントをかついで登っている人たちもいたのだが,ご来光ねらいだろうか。逆に後者は我々の下山中,もう16時になろうかというタイミングで登り始めている人がいたので,「登頂までには真っ暗になるので,絶対に途中で引き返してね」と声をかけておいた。ちょうどリフトが止まった直後の時期だとこういうこともあるのだな,と登山道管理者の心配が少しわかった気がした。

さて四国剣山の登山道であるが,名前に反して,そしてよく似た名前の剱岳とは違って,非常になだらかで登りやすく,しかも登りの大半は本来ならリフトがあった区間であったので,登山としては非常に楽な分類に入る。特に山頂付近がなだらかというのは四国山地に共通する特徴ということが説明書きの看板に書いてあったのだが,地質学的な理由はあるのだろうか。メディアンラインが通っている影響か。グレーディングは例によって西日本なので公式のものがないが,自分でつけるならリフトありで1A,なしで2Aというところだろう。

景色は,雪がちらついていたくらいなので眺望は無きに等しかったものの,霧氷によって樹木が粉砂糖をかけたようになっており,遠目で見ると完全に桜が咲いているようにしか見えず,これが感動的に美しかった。「これを予測していたわけではないが,この時期に来たのは完全に正解だった」というのは3人の共通見解である。多くの人には四国に雪が降るイメージが全然無いと思われるので,これが11月末の四国というには信じがたい光景であろう。




ところで,四国剣山はソロモンの秘宝が隠されているという日ユ同祖論的な伝説があり,どんな電波がとんでいるのかという期待は少なからずあったのだが,実際の剣神社や登山道ではそれに関する説明やパワースポット的な展示は一切なく,拍子抜けであった。こんな感じでネットではパワースポット押しであるのでギャップが大きい。どっちに寄せていくのか,もっとはっきりしてほしい。

下山後は琴平温泉で宿泊。帰路に満濃池を見かけたが寄っている時間は無かった。これは次回への宿題だろう。夕飯はどうせなら讃岐うどんにしようという話になって店を探したものの,讃岐うどんはファストフードでありお昼ごはんであるので,基本的に夕食営業はしていないという事実にぶち当たることになった。結局,讃岐うどんでもなんでもない普通のうどんを食して就寝。

二日目。早朝出発して一気に移動し,愛媛県に入って今度は石鎚山の麓へ。愛媛県に入った途端に産業が変わったのがちょっと面白かった。四国中央市から新居浜市にかけての工業地帯はなかなか見応えがある。石鎚山はロープウェーが必須で,こちらは年中動いている。ロープウェーで標高455mから1300mまで一気に稼ぐことになるし,明らかに登山道が整備されていないので,乗らない場合は一泊二日を覚悟したほうがいいくらいコースタイムが変わってくると思われる。眺望はロープウェーで上った地点ですでにかなり良い。Twitterの写真だとわかりにくいが,遠景に新居浜の工業地帯や瀬戸内海まで見えるので,山脈から田園風景へ,そして工業地帯から海へ……というグラデーションが楽しめる。また,この日も山頂付近は霧氷ができていて,とても美しかった。



さて石鎚山といえば4本の長大な鎖が待ち構えているのだが,実は迂回路がある。今回はボルダリング経験のある頬付と,鎖場が好きなしいかあさんがチャレンジして,私は全て迂回路という算段だった……のだが,しいかあさんは降雪に備えてアイゼンを履ける登山靴で来てしまったために上手く登れず,試しの鎖の途中で撤退となった。頬付は最後の三の鎖まで完登した。頬付三の鎖完登の様子は実は動画で撮影しているので,今度本人に送っておこう。




先に迂回路で登った感想を言うと,鎖で登らなくても登山として十分に楽しい。急登が途中で何箇所があるのと,崖に無理やり敷設した金属製階段の不安定な足場があるので,四国剣山に比べると段違いに難度が高いものの,それでも2Bというところだろう。ついでに鎖場を完全制覇した頬付にグレーディングを求めたところ,「ニノ鎖まではDかなと思っていたけど,三の鎖はEに入れていいかもしれない」「三の鎖は剱岳ぶりに死ぬかと思った」「ただし,鎖に取り掛かるまでの道程で体力を浪費しないから総合的に言うとCまで下げていい」とのことであった。ただし,三の鎖が厳しかったのは11月末であるので足場が多少凍っていた影響もあるかもしれない。それぞれ参考にしてほしい。

下山後は松山に向かう。これまたzaikabouさんのブログから見つけたお店の五志喜へ。



五志喜は完全に大当たり。zaikabouさんありがとう。郷土料理をうたうだけあって,じゃこと鯛とみかんの使い方が巧みすぎる。この店でふくめんは糸こんにゃくってこんなに味がしみるんだと衝撃を受けたので,絶対に食べてほしい。あとは鯛そうめんと伊予牛ポン酢がお勧め。なお,Googlemapのレビューだと3.9と微妙に振るわないが,理由もわかった気がした。これは多分コース料理で食べると過剰な量になるので,単品で適当に頼んだ方がよいだろう。また,看板メニューの鯛めしに限ると極普通で,他のメニューほどの美味さは無い。鯛めしが食べたいなら別の店だろう。食後は道後温泉観光をして就寝。

三日目。「松山っぽいお土産がほしい」ということで一六タルトとみかん大福を購入。みかん大福が思っていたよりも上手かった。その後は一路帰路へ。当初の計画ではしまなみ海道から本州上陸の予定だったが,改めてGooglemapに計算させたところ,往路と同じように香川県を横断して淡路島を経由したほうが早いということがわかって,そちらへ。だったら讃岐うどんにリベンジしようという話になって,丸亀で一度高速道路を下りて,昼飯は無事に讃岐うどんとなった。初めて丸亀うどんを食べたのだが,高松うどんと全く違って面白かった。個人的には高松うどんの方が好きかな。あとはひたすら東に向かって帰宅。2020年の旅行はこれにて打ち止めとなった。  

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2020年12月29日

京都旅行記2020(萬福寺・愛宕山・モロッコ料理・渉成園)

頬付が京都に用事があるというので,10月末に便乗して京都に行ってきた。初日はしいかあさんと二人で宇治・伏見に行き,二日目に合流。二日目の夜にしいかあさんと別れて,三日目は頬付と行動し,頬付とは京都で解散して一人で帰宅した。

初日の行動は黄檗宗総本山の萬福寺に行った以外はほぼ過去に二度行った宇治・伏見旅行(2017年2019年)と同じなので旅程を大幅に省略する。伏見稲荷は2017年の時は夜間で,しかもタイムリミットがあっために四の辻の手前までだったため,今回はきっちりと登頂した。忘れ物を回収した気分である。千本鳥居は木製なので30年もすると朽ちてしまう。それがゆえに新陳代謝が激しく,あれだけにょきにょき生えているのに土地不足にならないのだ,というのは今回鳥居の制作年を観察しながら登っていて発見した。それでも現在のように麓から山頂まで隙間なく立っているのは少なくとも近代になってからのようで,土産物として売っていた江戸時代の境内地図を見ると文字通りの「千本」程度の鳥居で,鳥居ごとの隙間がかなり広い。現在は真面目に数えた人の調査によると約3400本ほどであるようだ。三連休ではない普通の土日とはいえ気候の良い秋の週末だから混んでいるかと思いきや,それほどでもなかった。やはり新型コロナウィルスの影響は強いようだ。特に外国人観光客は全く見なかった。宇治は三度目なのでさすがにスムーズに聖地巡礼案内を出来たと思う。

今回初めて行ったのは黄檗宗大本山の萬福寺。黄檗宗は日本仏教13宗派の中で最後に成立したもので,一つ手前が鎌倉新仏教群であるのに対し,黄檗宗は江戸前期の17世紀半ば成立であるから400年近く遅い。開祖は隠元隆,いんげん豆を日本に持ち込んだという説で有名であるが,実際のところ語源になったのは確かながら最初かどうかは不明らしい。黄檗宗は禅宗の一つで明末清初の中国から最新の臨済宗を隠元隆が日本に持ち込んだ。したがって黄檗宗はしばらくの間「臨済正宗」を名乗っていたが,結局のところ日本では独自の進化を遂げた臨済宗とはむしろ混同される危険の方が高く,最終的に黄檗宗となった。黄檗は唐代の臨済宗禅僧の名前であり,現在では萬福寺のある場所の地名にもなっている。『響け!ユーフォニアム』で黄檗の駅名をナレーションで聞いた人は多かろう。宗派としての特徴は念仏を唱えながら坐禅を行う念仏禅であることと,儀式が中国風・念仏の読みが中国語であるなど中国的であることである。入場チケットにかかれている文言も確かに念仏で,しかも中国語読みのふりがなが入っていた。

萬福寺はそう言えば宇治にあるのに行ってないな,普茶料理(中国風の精進料理)も食ったことないなということで訪問先に加えた。訪れたファーストインプレッションは「観光客の姿が見えない」で,日本仏教13宗派の総本山を訪れた中では時宗総本山の清浄光寺の印象に限りなく近い。寺の外れでお坊さんがバスケに興じていた程度には牧歌的で,ここは本当に観光地なのか,総本山なのかという疑問がわく。にもかかわらず普茶料理はどこも予約のみ対応または完売で,しかしまあこの状況を見ると観光客が少数しか来ないし,その少数の客は確実に普茶料理を食べていくだろうから数が極めて予想しやすく,こういうことになるのは納得が行った。普茶料理はどこかでリベンジしたい。

さて萬福寺そのものであるが,こちらは流石に巨大で立派な建物が立ち並んでいて,大本山としての格を備えている。建物が中国風で,宗派としての特徴が中国風なだけはある。しかしそれだけ建物が立派な割には前述の通り牧歌的な雰囲気なので,ギャップが面白かった。次の写真からは,この近くにバスケットゴールがあって僧侶がバスケをしている様子は想像できまい。ここは本当に宇治か。

萬福寺三門


普茶料理に振られた我々は宇治に戻って抹茶パフェで飢えをしのぎ,聖地巡礼の続きをした後は一路京都に向かう。お夕飯はzaikabouさんのブログで学習して遊亀とばんからにチャレンジするも,遊亀は2時間待ち,ばんからは予約で満席でこれらも振られる。京都は予約しないとろくに飯が食えない。覚えた。結局,先斗町でGooglemapに頼って評価の高いところ,といういつもの戦法に出て,よく味のしみたおでんを食らう。あとは「猫がいる」という理由だけで選んだ祇園の外れの,限りなく民泊に近い感じの旅館に泊まった。ところで京都の町中,やたらと「風呂入れよ,銭湯行けよ」という京都市当局の啓蒙ポスターを見かけたのだが,京都市民は平安の昔にならって風呂嫌いなのだろうか。大いなる疑問が湧いた。


翌朝,しいかあさんと電車に乗って保津峡駅へ行き,現地で頬付と合流。


私的にはそんなもんだろうと思っていたのでそれほど驚きはなかったのだが,残りの二人は嵐山からわずか1駅で,都会から突然とんでもない秘境に変貌したことについてかなり驚いていた。確かに保津峡の景色が良すぎて登る前から満足してしまった。以下,愛宕山登山の様子はしいかあさんのブログに詳しいので,そちらに譲りたい。
・京都の愛宕山へ行ってきた(c_shiikaのブログ)

これを踏まえてぼちぼち書いていくと,行程自体は2時間ほどで長くないが,その2時間で獲得標高が約900mもある上に,急登と平坦な道を繰り返すので,急登が本当に急登であった。京都府なので公的なグレーディングが存在しないが,自分でつけるとして,岩場や鎖場があるわけではなく技術は不要であるし,道に迷うこともまずないものの,機械的に2Aとしてしまうのはためらわれる。高尾山のつもりで挑むとめげて撤退しそう。登山客はそこそこ多かったが,今まで登ってきた他の山とは大きく違って,明らかに地元の人が多かった。

山頂にある愛宕神社は,昔『咲-Saki-』で知った知識から火伏せの神のイメージが強かったのでてっきり主催はカグツチかと思っていたのだが,しいかあさんのブログにもある通り主祭神はイザナミという。残りの祭神がカグツチ他のイザナミファミリーで,そこに埴安神もいたので個人的にはちょっと嬉しかった。思わぬところで東方ネタに会った感じ。しかしここは愛宕神社ということは当然こうなる。



このやみこたさんの絵馬は何枚かあり,かなり継続して登山&奉納をしているようだ。諏訪大社のT20さんを彷彿とさせる。聖地になった各神社に一人ずつはこういう人がいそう。



眺望は非常に良く,京都市が一望できる。画面手前から右奥に向かって流れているのが桂川。左側にある大きな池は広沢池か。その奥の山が清水寺等の東山の南部にあたると思われる。京都の町並みを一望するのは場所の当てはめが楽しい。下山は嵐山まで戻ってハイキャンパスさん(@highcampus)と会う。全然伝えていなかったのに,前日と当日のツイートを見て京都にいるのを察して会いに来てくれた。嵐山でお勧めのわらび餅を食した後,解散。ハイキャンさんは自宅へ,しいかあさんは京都駅に向かっていった。私と頬付はこの日のホテルへ。GoToあるしな,と言って以前の加賀屋ほどではないにせよ,そこそこ奮発して良いホテルに泊まった。高いだけあって部屋も料理の満足度が高かった。お夕飯は板長の遊び心満載で,「牛スネ肉の煮凝り」「鯛すり流し」「秋茄子ポタージュ」と出てきたときには,ここの板長はなんでもすりつぶしたくなる人なのかな? と思ったりした。給仕してくれた仲居さんに聞いてみたところ,「良い意味で変な人ですね」「常に奇抜な新メニュー考えてますね」という返事が返ってきたので実際に変人らしい。


三日目。登山・観光の必要から言えば二日目までで帰宅してもよかったところ,三日目まで居残ったのは京都赤十字が行っていた赤月ゆにコラボキャンペーンのクリアファイルを得るべく,献血するためであった……のだが,



今回のこの旅行,取り逃しが多すぎる。この後は京都市街に戻ってお昼御飯。河原町で例によってGooglemapに頼って探して,見つけたのが大当たりだった。モロッコ料理のラ・バラカこの店は京都の河原町に行ったら絶対に行くべき。個人的には2020年に見つけた店の中では,蒜山高原のグリーンゲイブルスに次ぐ。



タジン鍋が思っていたよりも辛くなくて食べやすかった。入っているスパイスの種類が多く,口の中に多様な辛みが広がるが,それをフルーツの甘みが包み込んでくれる。惜しむらくは量が多く,頬付と二人でタジン鍋とクスクスを一人前ずつ頼んだが,二人でぎりぎり完食した。もう少し量を減らして値段を下げてもいいように思う。経営しているご夫婦(夫がモロッコ人)が気さくな人たちで,けっこう話し込んでしまった。「お前ら,登山やってるんだったらアトラス山脈においでよ。」と熱心に勧誘されたので「富士山より標高が高いところはちょっと(震え声)」と反応しておいた。


店を出た後,まだ京都に用事が残っていた頬付と解散し,歩いて京都駅に向かった。途中で巨大な日本庭園を見つけ,何度も京都には来ているがこんなところにこんな場所あったっけ? と気になって寄り道。この寄り道も正解だった。日本庭園の正体は渉成園



入場料500円だが,明らかに500円以上する感じの詳細なパンフレットが配られており,こんな一等地にしては異様にサービスが良い。内容は本当に品の良い池泉回遊式庭園でかなり気に入った。惜しむらくは建物の中に入れなかったことで,建物からの景色も楽しみたかったところ。上掲のツイートの通り,私が行ったタイミングでは池の水抜き工事中で,池に水が無い池泉式回遊庭園も意外と面白いものだった。水が無いことでかえって水の満ちた状態が想像され,枯山水と同じ楽しみができたと言えるのかもしれない。奥に見えるマンションもあいまって不思議な詩情がある。渉成園を出た後はさすがに素直に新幹線に乗って帰宅。


目的の場所に行けなかったり目的の物を得られなかったりした一方で,リカバリーが非常に上手くいった旅行であった。とはいえ遊亀とばんからは早いうちにリベンジしたいところ。  
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2020年12月25日

鳥取旅行記(伯耆大山),主に大山寺参道の魅力について

今年の旅行の旅行記は今年のうちに片付けたい,ということでいそいそと書いていく。9月の連休で鳥取県の伯耆大山に行ってきた。この9月の連休は東日本が曇り空と予報されていたため,晴れを求めて西に行こうという話になり,百名山から候補地を探してここになったという形である。同行者はいつもの頬付(@hoozuki37)としいかあ(@c_shiika)。以下に説明するように,登山としても楽しかったが,それ以上に伯耆大山と大山寺参道は総合的なコンテンツにあふれる山だった。以下,順に説明していく。


伯耆大山は伯耆富士の異名もある通り,見る角度によっては単独峰になって非常に形が美しい。見る角度によっては,というのがミソで,実は地図で確認すると南東90度くらいで蒜山高原の方向に山脈が連なっていて,純粋な単独峰というわけではなかったりする。しかも富士山のような綺麗なお椀型というわけでもなく,北側はU字型に大きくえぐれているので,地図で見ると形が全く美しくない。これが西側の麓から見ると綺麗な単独峰に見えるのだから,この山はむしろそこが面白いと言うべきだろう。高速道路から下りて大山寺参道に向かうとちょうどこの西側の麓を通ることになるのは,偶然のことながら素晴らしい。

伯耆大山も歴史の古い山として当然のように修験道のある信仰の山であり,登山道入り口は大山寺という寺院である。寺院の参道がかなり整備されていて,綺麗な石畳が敷き詰められ,モンベルとその姉妹店の土産物屋,温泉施設,レストラン&宿泊施設,ビジターセンターと一通りそろっていた。しかしながら整備具合が不自然に綺麗すぎるので不思議に思い,下山後に旅館で調べてわかったことだが,この大山寺の参道はすでに大量の観光客・登山客がいたにもかかわらず,21世紀初頭までかなり寂れていたそうだ。これを立て直した要因は二つ,一つは創建718年とされる大山寺開山1300年祭を2018年に盛大に祝うことが決まり,その10年前の2008年頃から大山寺と地元住民が急に観光振興にやる気を出したこと。ビジターセンターの充実度合いを考えると行政もかなり力を入れてくれたのだと思う。もう一つはそれをモンベルがバックアップする体制となって,その2008年にモンベル大山店が出店したことである。

モンベルが山の麓に出店することは珍しいことではないが,モンベル大山店は山の麓というには標高が高すぎ,また集客上の好立地とはいえ物流上の立地は最悪に近い。その割に他のモンベルと比べても店の規模がかなり大きく,見るからに熱意を感じる作りだった。それもそのはずで,次の記事を読めばわかる通り,このモンベル出店は地方自治体と提携した過疎地の復興そのものを目的にしたものであった。
・「アウトドア用品を使う地域」に出店、過疎地を元気に|新・公民連携最前線|PPPまちづくり
実際のあの賑わい,おそらく登山客の大部分は寄っていっているし,登頂目的ではなく参道観光目的の観光客も引きつけているという状況を見ると,モンベルはその社会的意義のある出店をしたと思う。あまりに感動したので,半ばお布施のつもりで大山店限定の大山開山1300年記念Tシャツを買ってしまった。隣接するモンベルフレンドショップ「大山参道市場」の品揃えもよく,鳥取県のお土産がここで揃うのはけっこうありがたかった。

モンベル以外の店舗も面白い。温泉は「豪円湯院」というのだが,ここも2013年オープンだから,まさに2008年の再生以降に建てられたものだ。そのせいか入浴料がかなり迷走していて,1000円→600円→380円→消費税増税で390円と7年で値下がりを続けた。泉質から言えば別に面白くは無かったのだが,建物や設備が豪華で,寺院の参道らしく名物の豆乳ソフトクリームもなかなかに美味しかった。390円はちょっと値下げしすぎたかなと思う。なお,施設名の「豪円」も再生への気概を感じる良い命名で,後で説明するのでお楽しみに。

また,参道途中にあるレストラン&宿泊施設の「オーベルジュ・エスプリ・ド・ラ・フォレ」も注目に値する。ここは2018年オープンで,新興の参道街の中でも一際新しい。我々は宿泊予約が埋まっていたので昼食で寄っただけだが,1,800円の値段と辺鄙な立地を考えると十分に美味しい洋食だった。このレストランはNPO法人「結」が障害者雇用を目的に設立・運営しているもので,言われてみるとウェイターさんの言動がややたどたどしいところがあったが,逆に言えば先にそう知っていないと気づかない程度の違和感の,丁寧で良い接客だった。こちらの記事によると食器も鳥取県立米子養護学校で作られたものだそうで,徹底している。これまた社会的に意義深い出店で,大山参道は本当に好きな観光名所になった。大山参道街はこの再生のストーリーをもっと全面的に打ち出して観光の宣伝をすべきで,都会の人間が過疎地の復興や障害者雇用自体に魅力を感じないと思っているのなら,それはもったいない勘違いだろう。この社会的意義の塊のような観光地は必ず人を惹きつける。


これでやっと大山寺そのものに入るのだが,この寺院の歴史も非常に面白い。まず718年の創建は,こういう古刹にありがちな歴史の嵩増しで正確には平安初期くらいがせいぜいだろうなんて思っていたのだが,大山寺宝物館には普通に白鳳時代の仏像(重要文化財)が展示されていて,むしろ718年はけっこう遠慮した年号なのでは……と反省した。そんな東博や京博の常設展示でも良い位置に置かれそうなものをしれっと展示しないでほしい。日本神話(出雲国風土記)にも登場するくらいの山だから仏教の方が遅いくらいで,よく考えたら立地としても出雲と畿内の間ではあるので,開山が早くても不自然ではない。9世紀に慈覚大師円仁に帰依して天台宗となり,修験道も発展し,神仏習合も盛んになった。中世には武装化して僧兵による内部抗争が激化したそうで,それが釈迦如来・大日如来・阿弥陀如来の信仰の対立と結びついた。ただし,天台宗と密教が来る前の根本的な信仰は地蔵菩薩であり,最終的な勝利者もその地蔵菩薩だったらしいというのがまた面白い。こうした内部抗争のため,大山寺の宝物殿や各建物の仏像は実に多種多様なものが展示されていて,また境内には数十体の地蔵菩薩の石像がある。なお,この内部抗争中に大規模な土砂崩れが起きてその一角が押し流されているそうで,自分らで登山した感想も加味すると,むしろよくこんな崩れかかった崖の真下で内部抗争してたよね君たち……という思いが去来する。

これが戦国時代に入ると内部抗争どころではなくなり,より大きな勢力である尼子氏・毛利氏等の戦国大名に睨まれて衰退の一途をたどるかに見えたが,ここで颯爽と登場したのが中興の祖,豪円僧正である。豪円は稀有な豪腕の政治家で,時代を見る目を持ち,織豊政権・江戸幕府に接近して,最終的には寺領三千石を確保,近世の繁栄の基礎を作った。一時期は天台宗の本元の延暦寺にも呼ばれていてその辣腕を奮っている。豪円僧正,信長の野望シリーズに武将として登場していないのは何かの間違いでは。政治力75は固い。18世紀初頭からは山の麓で大規模な牛馬市を主催することになり,新たな収益源と信仰を得た。その後,神仏分離と廃仏毀釈で大きなダメージを受けるも(明治政府許すまじ),そのパターンでは比較的珍しくも仏教主体で20世紀初頭に復活する。牛馬市が続いていたことの影響が大きかったようだが,その牛馬市も1937年に戦争を理由に廃止となり(日中戦争許すまじ),以後は21世紀初頭まではそれほど栄えず……という激動の歴史をたどっている。この歴史はビジターセンター(大山自然歴史館)の展示が充実していて,無料なので是非立ち寄って見学していってほしい。


最後に本題の大山登山に入るのだが,登山道入り口の参道と同様に登山道も極めてよく整備されていて,寺社の境内のうちは完全に石段,本格的な登山道に入ってもほぼ全面的に木製の階段または木道である。地方自治体グレーディングで言えば2Aか3Aかというところで,コースタイムは『山と高原地図』基準で6時間となっているが,実際には休憩時間込で5時間くらいだろう。登山コースは夏山登山コースと行者コースに分かれているが,行者コースの方が眺望の点で面白いと思う。次に貼ったツイートの通り,眺望は抜群で,日本海まで見えるのが本当に良い。山頂付近は風が強くて冬には雪が多く降るというのがよくわかる感じで,とても1,700mしかないとは思われない風景が広がっている。この辺はまさに「四分の三単独峰」であるがゆえだろう。しかも山脈になっている部分が内陸側なので,日本海からの風の影響は受けやすい。




一方で,これだけ整備しないと観光地にはなりえなかったのだろうなと思える程度には崩れやすい様子も見て取れた。当時にツイートしそびれていたのだが,登山道の中腹に非常に巨大な砂利の川「元谷」があって,これも見応えがあった。そしてこの砂利の川の下流に大山寺があるので,中世の内部抗争に水を差した土砂崩れが起きたのは必然だったのだろうと思う。この砂利の川,こんな写真では全く伝わらない程度に迫力があるので,是非実物を見てほしい。

伯耆大山_元谷



あとは周辺の観光地について,二箇所だけ。一つ目はメジャーなスポットとして,大山まきばみるくの里。めちゃくちゃ濃厚なことで有名な白バラ牛乳・白バラコーヒーを生産する大山乳業農業協同組合が直営する牧場・観光施設で,白バラ牛乳が好きなら必ず行くべき。ソフトクリーム売り場は長蛇の列ができているので注意が必要である。

もう一つは,蒜山高原の麓にあるフレンチのグリーンゲイブルス。これは同行者のしいかあさんが紹介記事を書いているのでそれを紹介しておきたい。
・グリーンゲイブルスというお店のごはんがおいしかった話(c_shiikaのブログ)
夕飯を食べるところが見つからず困っていたところ,Googlemapで異様に高評価なフレンチレストランを見つけたので行ってみたら大当たりだったという。しいかあさんも書いている通り,ディナーのコースで3,000円は完全に破格の味で,東京で同じクオリティのフレンチのディナーを求めたら軽く倍はとられると思う。これまたしいかあさんも書いているところだが,我々以外にいた客が倉敷から来たという品のいい中年のカップルで(店の前に止まっていたベンツは彼らのものだろう),倉敷からここまで運転してきたと思われるおじさんの方がワインを飲めなかったことを非常に悔しがっており「なんとかここまでタクシーを配送できないか」とお店の人に交渉していた。あまりにも遠いのでやめといたほうがいいと説得されると残念そうに店から出ていったが,ベンツのおじさんは3分後くらいに店に戻ってきて最寄りのタクシー営業所の場所を聞いていったのには,我々3人も笑いをこらえきれなかった。コントかよ。あのおじさん,次は自分のベンツじゃなくてタクシーで何万円もかけて来るのだろうなぁ。倉敷の金持ち仲間にお勧めされてこの店まで来たのだろうが,今度は自分で布教するのだろう。その気持ちもわかってしまうというか,私ももう一度鳥取県まで行く用事があったらまたこの店に行くだろうし,むしろグリーンゲイブルスに行くために山陰に行く用事を作りたいと思っているくらいである。なお,多分グリーンゲイブルスで飲酒するための最適解は,店から徒歩10分くらいの場所にあるキャンプ場でキャンプである(頬付発案)。


以上,2泊3日でやっと消化しきった程度には大山エリアはコンテンツ盛りだくさんで,これに三徳山投入堂もあるし,蒜山高原もグリーンゲイブルスに行っただけだし,実は鳥取県の登山は非常に魅力的なのではないかと思う。せっかくあれだけ大山寺参道を整備したことだし,もっとその魅力をアピールしてほしい,と遠く離れた東京の地から主張しておく。  
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2020年12月19日

ニコ動の動画紹介 2020.2月下旬〜2020.4月上旬



楽しそうかつ運動になりそう。




インフラ整備がメインの都市育成・経営シミュのTpF2の実況動画。需要と供給の様子を見ながら都市間に鉄道(旅客・貨物)を敷き,都市内には馬車網(後にバス網)を敷いて,自らが経営する鉄道会社の収益を上げながら都市を成長させていく。19世紀半ばから21世紀までのロングスパンになっている割にかなり細かく人の移動がシミュレートされている上に,グラフィックが非常に綺麗なので,これは確かに楽しそう。ただ,このうp主も散々言っているし動画も終盤はカクついているように,とんでもなく重いのもよくわかる感じである。




12分過ぎからのおまけが本編。エディ氏の(凍結されている)FF6 飛空艇バグ有り高ステータスデータ作成に強い影響を与えるとんでもないバグが紹介されている。



shellfall氏の細かいFF8調査。まずブリッツなんてモンスター覚えてなかったのだけど,帯電なんてややこしいシステムをこのモンスターだけのために実装した当時のスクウェアの発想がよくわからない。もっと他のモンスターにも実装しておけばよかったのに。そして案の定見つかるバグ。





mobiusP他。上半期20選選出。千早誕生祭。投稿時間も再生時間も完璧。



Comari氏。上半期20選ノミネート。あかりんごブームでなければ選出されていた。ロコ生誕祭。曲はロキ。みちこ……



まさか!氏。映像のチョイスのセンスがeitei氏に近い。ご両人ともよく見つけてくる。



いを氏。上半期20選選出。シャニマスMADを作らせたら名作しか出てこないP。エモい。



うしわかP。上半期20選ノミネート。今どきは珍しくなってしまったダンスシンクロの気持ちよさ。


次回はたべるんご特集(前編)の予定。  
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2020年12月15日

いっそのこと今度は夢女子の日本美術史展をやってほしい(「日本美術の裏の裏」展)

サントリー美術館の「日本美術の裏の裏」展に行っていた。所蔵品展であるが,だからこそキャプションと展示構成で引きつけようという努力と創意工夫がこらされていて満足度は非常に高かった。所蔵品展だったからこそ写真撮影が自由だったのも良い。

展覧会タイトルの通り,普段に比べると随所にかなり遊びが入っていて,展示物もネタに走ってかなり珍しいものを放出していた。サントリー美術館の所蔵品展はかなり行っていて有名どころは概ね見ているので,だから一つ前の所蔵品展は回避していたのだが,今回の所蔵品展は初めて見たものも多かった。そういう棲み分けだったのだろう。展示室に入ると,円山応挙の「青楓瀑布図」がお出迎え。展示室が現実の滝の水しぶきが飛んでいるかのように飾り付けてあった。一種のインスタレーションでつかみはばっちりである。何枚かの屏風を挟んで,ミクロな調度品のゾーンへ。「ちひさきものはみなうつくし」という『枕草子』の一節を引いて,明らかに実用サイズではないものが展示されていた。雛人形の伝統があるために漆器のミクロサイズは珍しくもないが,



織部焼のミクロサイズは何を考えて作られたのかがわからない。技巧の誇示か,あるいは織部焼の製作者らしく単に面白かったからか。その次がヘタウマ作品・アマチュア作品のゾーンへ。Twitterでバズっていた「室町時代の夢女子同人誌」もここに展示されていた。



500年後に自分の妄想を晒されることになろうとは作者は全く思ってなかっただろうが,「大丈夫だぞ,末裔も同じことしかやってないから」とあの世に向かって伝えてあげたくもなる。それにしても,異性装からの「おもしれー女」で恋が始まるのは,この頃からあったのだなぁ。なお,「新蔵人物語絵巻」はこの章の中では比較的上手い方で,中には本当にヘタウマというか下手なものもあった。ド下手くそでも,数百年前でかつ保存状態が良く,内容のある物語なら文化財になってしまう。サントリー美術館はよくこれ集めたな,と思ったら,



キャプションが辛辣で笑う。散々「絵心があれば,それでいいんだ」と章の説明で描いておきながら,作品別のキャプションでこの落差は卑怯。

次の章は焼き物の「景色」の話。焼き物が360度,どの角度からでも鑑賞可能な設置になっていて,自分の好きな景色を見つけようという感じだったが,そもそもサントリー美術館は普段の展示からして割と360度見られる設計にしてくれているので,今回だからこそという感じはしなかった。その次が和歌を題材にした作品の章。和歌の解説・和訳が全部の作品についていて,くずし字読めない勢としてはありがたかった。

最後が風景画の章で,「風景にはいる」という章題の通り,風景の中でミクロに描かれている人物に注目した見方を提示している。この「風景画の中に登場人物を描きこんでしまうのはありやなしや」という議論は洋の東西を問わず美術史上の重要テーマで,画中に人がいることで隔絶された自然ではなく田園風景であることを示したり,登場人物に鑑賞者の役割を持たせて鑑賞者の視点を示したりする役割があった。またこれらの意味を合わせて,西洋ならアルカディア,東洋なら桃源郷や仙境の中に鑑賞者を引きずり込むという効果があったことも見逃せない。そういった点を上手く説明する作品とキャプションになっていたように思う。


総じて冒頭に書いた通り,珍しい所蔵品と充実した工夫で飽きさせない,良い展覧会であった。逆に言えば所蔵品展ならこれくらいの気合を入れないと集客できないということなのだろうし,実際に自分も評判を聞くまで行くかどうか迷っていた。コロナ禍で大変だろうが,今後の所蔵品展もがんばってほしい。  
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2020年12月14日

二次元に融解する都市・東京(MANGA都市TOKYO展)

国立新美術館のMANGA都市TOKYO展に行っていた。国際的な巡回で好評を博した展覧会の凱旋的企画展。漫画・アニメ・ゲーム・特撮で東京という都市がいかに描かれてきたかをテーマ別・時代別に整理し,陳列したもの。

江戸・東京はあまりにも多くの創作物で画像・映像化されてきたために,多層なイメージが乗っかっている。特に大きいテーマとして取り上げられていたのが「破壊と復興」である。ゴジラに壊され『AKIRA』で壊され,『天気の子』で水没し……とまあ,壊され続ける大都市東京の姿は,現実での関東大震災と太平洋戦争による二度の復興があったからこそ現実味を持ちつつ,すでに一つの持ち味を化している。特にこの分野で一日の長があるのはやはりゴジラさんで,初代に始まり『シン・ゴジラ』までゴジラの破壊シーンが並べられるとなかなか壮観だった。その他に,そもそも江戸時代は火事の町だったよね,というつなげ方をしていたが,あれはちょっと強引に感じた。別に時代別の日常のコーナーに入れておけばよかったのでは。

時代別の日常というテーマでは,非常に多くの漫画が取り上げられていて,テーマ的に漫画というジャンルは強い。集英社の漫画が多かったように思われたのは偶然か,そうでなければ,確かに集英社はこういう企画に積極的に乗っかっていく上手いところはあるように思った。東京という都市の日常は結局のところ日本経済の浮沈と連動しているところが大きく,バブルくらいまではけっこう画一的である。真に都市の細部が,たとえば秋葉原や新宿という単位に大きな意味を持つようになったのは,フィクションの上では意外と最近だったのかもしれない。新宿といえば新海誠だよね,ということでこのゾーンのアニメでは新海誠の扱いがやはり大きかった。あとは,ゲームという分野ではあまりにもネタが無さすぎたのか,『がんばれゴエモン2』が強引に取り上げられていてちょっと面白かった。なるほど,これも一種の架空の江戸には違いない。ゲームであと出てきたのは『サクラ大戦』と『Stein's Gate』と『龍が如く』なので納得のラインナップ。

最後のテーマが「キャラVS都市」で,逆にフィクションが現実の東京に食い込んでいるパターンにクローズアップしたもの。『こち亀』の銅像がある亀有町や神田祭に欠かせない存在になってきた『ラブライブ』,お台場に立ったガンダム,コンビニとコラボした初音ミク等々。聖地巡礼の経済的効果も考えられながら,あまりにもフィクションで多く描かれてきたために現実とフィクションの境界が融和してしまった東京という都市を象徴する現象であり,展覧会に占める面積は小さかったものの,テーマ設定としてはこのゾーンが一番面白かった。改めて考えると東京とかいう都市,フィクション性が高くて存在する次元がめちゃくちゃである。小説や映画の舞台としてならニューヨークやロンドン・パリ等も強いが,こと漫画・アニメ・ゲームというフィクション性の強いものに限ればやはり東京が際立つだろう。本展の掉尾を飾ったのが『ラブライブ』というのは,本展を上手くまとめていたと思う。

総じて凱旋帰国にふさわしい展覧会だったのではないかと思う。ただし,凱旋帰国であるために基本的には外国人向けに作ったものをそのまま持ってきたという点と,コンセプトを押さえて見に行かないと(そこそこキャプションは充実していたものの),単なる懐かしの作品の陳列を眺めて終わってしまう可能性は高く,そこは鑑賞者の側に準備が必要。東京での展示は11月に終わっているが,1/17までで大分県立美術館で開催中。見たい方はそちらへ。今回は展示品の画像を貼るといろいろとアウトなので,公式の映像を貼っておこう。


  
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2020年12月13日

さしずめ「年金を受け取っている味」か

・「アメリカの大学生はよく勉強する」は本当か? 実は3人に1人が…(畠山 勝太)(現代ビジネス)
→ 前半で日米の大学生の勉強時間の比較,そこから労働時間の比較,そして後半の奨学金へと話題がスライドしていくが,どちらも面白かった。アメリカの大学生も平均的な像をとると,勉強時間も経済状況も日本の大学生と言うほど大きな差が無いのだな。逆にこれだけ差が小さいのに,卒業率だけ全然違うというのも面白いところで,日本もアメリカ式に「入りやすく,出にくい」大学にしようという主張をしている人はけっこういるが,それで日本の大学生が勉強するようになるかというとそうでもなさそうである。あれは典型的なアイビーリーグのイメージをアメリカの全ての大学に敷衍して語っている事例なのではないか。
→ 後半に出てくる社会実験が他人の人生を使っていてけっこう怖い。よくこんな差異が生まれることが許容されたなと思ったが,奨学金制度の周知に部分的に貢献したということでよいのか。ともあれ,貧困家庭は奨学金制度の活用法がわからなくて,余計に大学進学の機会を失っているというのはおそらく日本にもそのまま当てはまることで,制度は周知が難しいねんな……


・とんかつ屋の悲劇 〜 行列ができる人気店がなぜ廃業するのか(中村智彦) (個人 - Yahoo!ニュース)
→ シルバー世代の活用がダンピングになってしまい,ひいては業界自体のブラック化・後継者不足を引き起こしてしまうというやつ。飲食業にありがちで,類似ネタとしてはいわゆる「家賃払ってない味」がある。記事後段にある通り,値付けが小売店舗単位で行われる業界なら,飲食業以外の業界でも起きうる。適正価格をとってもらうしかない。最高価格令ならぬ最低価格令である。
→ これはちょっと形を変えると個人単位の労働市場でもそうなりがちで,65歳以上が継続雇用になったので新卒を取り渋っているというのもまた聞く話だ。この場合は年金を受給していないが,労働力が悪い形で競合しているという点では全く同じ構造だ。とはいえ,シルバー世代の活用は社会的な要請で,労働力不足が叫ばれている業界があり,高齢者の労働者が減ればより年金の支出が圧迫されることになるし,働いていてもらったほうがボケにくいという話もあるし,そう単純に「やっぱりシルバー世代の活用はやめましょう」とは言えない。現実的に難しい。
→ 我が身に問うても「65歳以上になっても働きますか?」と言われたら,多分自分は「生涯現役」と答えると思う。その歳になってみないとわからないけども。


・「シーライオニング」と「ヌルヌルうなぎ論法」(ショーンKY|note)
→ 本記事で指摘されている「「シーライオニング」という言葉を使うこと自体が語義不明瞭論法の一種になってしまっている、というのはいささか皮肉なところである。」というのは本当にその通りで,この用語を使い続ける意味はないと思う。私も使う場面があれば「ヌルヌル論法(話法)」の方の語を使っていきたい。
→ 相手に質問をしているということは相手の時間を奪っているということで,回答する側は面倒になったら「ここで質問するよりも読書する方が早いと思われ,答える義理も気力も尽きたから出直してきてくれ」という権利がある。しかしながら実際のネット口論でこれをやると「逃げた」判定する風潮が一部にあるのは良くない。実のところ私自身が被害に遭ったことはほとんど無いのだが,この風潮を滅ぼすためにもヌルヌル論法は踏み絵戦法並に卑怯でまともに取り合う必要がないということが広まってほしい。
→ なお,記事中で提示されている対処法については,ヌルヌル論法を自覚的にやっている人は「で,結局お前は何が言いたいんだ」と言うと「自分の主張は無いが,お前の主張のアラを探しているだけ」と堂々と言い返すと思われ,実際にそういう場面は何度か見たことがある。したがって相手をディフェンス側に回らせることが難しい。また,「アラを探されてもこちらの得ならないから取り合わない」と返すとやっぱり負けた・逃げた認定されてしまうと思われる。まあ,そんなやつのそんな認定は無視すればよいのではあるが。  
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2020年12月07日

観光収入よりナショナリズムをとったか

・オープンワールド工場建設ゲーム『Satisfactory』売上130万本突破。Steam版はEpic Gamesストア版より速いペースの売れ行き(AUTOMATON)
→ Coffee Stain Studiosの出世作になるのだろう。Coffee Stain Studiosのこれまでの代表作といえば『Goat Simulator』であるから全然毛色が異なるのだが,これは『Goat Simulator』の方が「ノリと勢いだけで作って適当に世に放出したら,意味不明にバカウケしてしまった例外」であって,他の作品ラインナップを見ると『Satisfactory』の方が本道である。ただし,『Satisfactory』も作中にかなりバカバカしい笑いの要素があって,たとえば「クモ恐怖症フィルター」の設定があって,これをオンにすると敵として登場するクモが全部猫の画像に変わる。また,原子力発電は非常に効率がいい発電方法&事実上のエンドコンテンツとして登場するが,核廃棄物の処理方法がゲーム内に全く実装されていない,しかもそれにかかわるフレーバーテキストが明らかに現実を風刺しているというブラックジョークさ加減も『Goat Simulator』みを感じる。
→ ニコニコ大百科に「3D版『Factorio』、陸上版『Subnautica』」とあるのでゲーム内容が何となくわかる感じだが,マイクラの工業化MODが一番近いと表現している人もいた。実況動画を見てみると描写が3D・脱出が最終目標ではない・敵が強くない『Factorio』というのが一番正確な表現になると思う。『Subnautica』のような探索要素は薄い。実況動画がめちゃくちゃ面白そうだったのですごくやりたいのだけど,どこをどう考えてもやっている余裕が無いので,プレイできるのは早くても2021年の下半期かな……ま,まだこのゲームEarly Accessやから……製品版になってから買うから……(現実的な話として,エロゲ類を無視したとしても『EU4』と『HoI4』にやりかけのままのセーブデータが眠っている。『RAFT』もやりたくなったけど,実況動画で満足することにした。『Subnautica』にも興味が湧いたけど,あれは方向音痴の自分には向かないゲームと判断して諦めた。)


・安倍政権下でなぜ日本は「縁故資本主義」になったのか、その本質的理由(松尾 匡)(現代ビジネス)
→ こうして第二次安倍政権を振り返ってみると,国家主導・開発主義・縁故主義だったので,開発独裁に近い形態だったのだろうと思う。言うまでもなく本邦の政体は独裁ではなく議会制民主主義であり,開発独裁にありがちな腐敗は議会が掣肘する仕組みになっていたはずなのだが,やりようによってはこれだけ議会を空転させることができ,議会制民主主義を補う細かい制度を骨抜きしに(安倍政権は民主主義の根幹的制度には手を付けていない),かつ政権を長期的に維持できるということを見せつけた点で,この政権は悪い意味で画期的であった。
→ 開発独裁は歴史的な産物として,発展途上国が中進国に離陸するために一定の役割を果たしたのは疑い得ないが,先進国がやるにはかえって非効率である。だからこそ,多くの国ではどこかのタイミングで民主化運動が起きて倒されてきた(シンガポールみたいな例外もあるが)。実は革新的に見えたアベノミクスも昭和時代の栄光を追い求める懐古という点で,第二次安倍政権の思想的根幹から何ら離れていない政策だったと総括できるのかもしれない。


・古いやかんでスポーツ飲料 13人が食中毒 内部に蓄積の銅溶け出す(毎日新聞)
→ 昔『ドクターK』で読んだことある気がすると思ってTwitterで検索したら,同じことを言っている人がいっぱいいた。印象的なエピソードだったから皆覚えてるんだな。はてブでは自分以外に1人しかいなかったのは意外で,はてな村民は『ドクターK』読んでない?


・トルコ、世界遺産アヤソフィアをモスクに 欧米は反発(日経新聞)
・世界遺産アヤソフィア、モスク化後初の集団礼拝…欧米各国は強い懸念(読売新聞)
→ 文化遺産として尊重し,異教徒にも門戸を開いたままなのであればトルコの好きでいいとは思う。他の宗教施設の文化遺産は,普通にその宗教の活動をしているわけなのだから,アヤソフィアだけ例外的に博物館のままというのは逆に理不尽な外圧だろう。
→ 実際に礼拝の時はモザイク壁画にカーテンをかけていたそうで,それならまあ。ただ,読売新聞の指摘にあるように「観光客の入場料は無料になるとみられ、政府は年間約60億円の収入源を失うことになる。」というのは結構な損失ではある。確かに「異教徒で礼拝をしない人は有料」というのは通らない(そもそも証明が難しい,いちいちシャハーダを唱えさせるか?)だろう。別に小規模な博物館を作って,観光客は必ずそちらも入って見物するというルールにでもすれば元に戻るだろうが,エルドアン大統領や熱心なムスリムは60億円くらいどうってことないと考えているのかもしれない。  
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2020年12月06日

livedoorblogはまだサービス続けてくれるかな

・NAVERまとめ サービス終了のお知らせ
→ この発表が2020/7/1になされて,実際に10/1にNAVERまとめが消滅していた。PV数に応じてまとめの製作者に利益が入る構造上,役立たずのまとめが粗製乱造されたり,著作権侵害のまとめが作られたりしたためにサービス開始当初は多くの批判を浴びていたが,一方で自前のブログを持たない人や,自分の文章主体ではなく文字通りURLの集積での記事を書きたい人にとっては割と良いスペースになっていて,石が多めの玉石混交ながら,稀に良いまとめもあったのでアーカイブが無くなるのはもったいないなとも思った。華ロリのまとめや,美術史用語の後に地名つけると住むのを躊躇するマンションのまとめは傑作だったと思う。
→ もっとも,自分のはてブを振り返っても最後にブクマしていたのが2016年で,最近全く見なかったからまとめ製作者が過疎になっていたのだろう。サービス終了は順当な結果だったのだろうが,どこに客をとられたのか。多分Togetterなのだろうと思う。
→ なお,本当にlivedoorblogがサービス終了になったら,普通にはてなブログに移転すると思います。当面大丈夫だと思うけども。


・「きょうだい」表記が間抜けに見える(増田)
→ これはわかる。音の由来が結局兄弟なので,これで性別をぼかしたジェンダーレスな表現と言われても納得しかねる。しかも文章表現上はよいとしても発話では区別がつかないから,発話者の意図が「兄弟」なのか「きょうだい」なのかわからない。最近になって見るようになった表記で,これが定着するのは違和感が続きそう。
→ 性別がわかっているなら兄妹なり姉弟なりで別にいいわけで,いずれも読みは「きょうだい」なわけだから,発話時にも困惑しない。もっとも,そうすると姉妹だけ音が違うので浮いてしまうという批判はあろう。音が男の兄弟を基準にしてしまっているからジェンダーレスではないということになろうが,それを言うならひらがな表記の「きょうだい」はもってのほかということにならないか。ただしこれは,たとえば私がmanが「人間」と「男性」の両方の意味を持つことをほとんど気にしない考えを持っているので,人によって感覚は異なるだろう。また,そこまで気にするのであれば全く新しく言葉を作ってもよいと思われ,いずれにせよひらがな表記は浅知恵であろう。そもそも性別がわからない程度のつながりなら「兄弟姉妹」と全部書いてしまうのが自然ではなかろうか。
→ とはいえ,さほど関心が強い言葉でもなく,社会的に定着するなら強く反対するでもなく,違和感を抱えながら横目で眺めていることになるのだろうと思う。ともかく自分は使わないというだけの話といえばそうなるかな。


・民俗学っぽいマンガとは何か ——民俗学者が出てくるマンガまとめ(猫は太陽の夢を見るか:番外地)
→ 本記事末尾でも指摘されているように民俗学は別に妖怪・怪異・オカルトだけを扱う学問分野じゃないよ,という話は置いといて,この括りは現代のオタク文化の分析で重要な概念だと思う。「水木しげるや諸星大二郎に影響を受けた後続作品」でとかく便利に使われる。
→ 漫画については当該記事で挙げられてきっている感じがするが,エロ漫画とデジタルゲームの話題まで出ているのでエロゲについても考えてみた。抜きゲーについては本記事の指摘するエロ漫画と同じで,とりあえず民俗学者を主人公に立てておけば「淫らな風習の残る村を訪れ」させやすいから,そこそこ出演がある。こういう調査方法を挙げている人もいた。一方シナリオを売りにしたゲームだと,『水月』と『顔のない月』と『神樹の館』は挙げてもよさそう……と考えていったところで,思っていたよりも民俗学者が登場するエロゲが少ないことに気づいた。漫画の方でもそうであったように,民俗学者が登場する作品はほぼ伝奇作品だが,伝奇作品なら必ず民俗学者が登場するわけではないため,民俗学者が登場するか否かで判断するとかなりの伝奇作品が漏れることになる。民俗「学者」というところでかなりシチュエーションが固定されてしまうので,かえって動かしづらいのかもしれない。  
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