2021年04月27日

治水以外の有名人を挙げてもらった方が楽しめるのかも

地域特有の偉人っているよな(増田)
→ 小学校の生活科・社会で習うやつ。親が転勤族で小学校中学年と高学年で別の小学校に通っていたりすると,純粋な地元民と話が噛み合わなくなるやつ。地元の川の治水の情報が多く,日本の国土開発といえば治水が第一ということに思いが至ったりする。東三河だとやはり豊川放水路のことを習うらしい(ところで私はあれをずっと戦前の建設だと思っていたのだが1965年完成というのを引っ越して随分経ってから知った)。富山県民は,偉人ではないが神通川(イタイイタイ病)・常願寺川・黒部ダムの話は多かった記憶。面白いのは,デ・レーケがおそらく「郷土の英雄」と思われている節があることである。あの人は日本全国の河川で治水を指導しているので,どちらかというと全国レベルに近いだろう。富山でも「日本の川は滝」発言と常願寺川治水事業のために出てくる。
→ そういう話を横に置いておくと,東三河の郷土の英雄というと鳥居強右衛門になるだろう。地元民でなく知っていたら戦国時代にそこそこ詳しい人ということだと思う。
→ なお,増田の本文に登場する佐倉惣五郎は代表越訴型一揆の伝説的な義民として有名で,高校日本史で登場するので間違いなく全国レベルの有名人である。ただし,佐倉惣五郎は実在はしているが直訴があったかどうかは危ぶまれており,あくまで「伝説的な義民」として習うことには注意されたい。


・「川ではない。滝だ」実は別人 明治の技師デ・レイケ発言 論争決着か (北日本新聞)
・「川ではない。滝だ!」と言われた本当の川は…滑川の母なる早月川-1-
→ デ・レーケつながりで。幼少期に富山県で育った人なら誰でも習う,富山県の川の急流なることを象徴する言葉「(常願寺川を指して)これは川ではない,滝だ」は,実際にはデ・レーケが言っていないということが明らかになって,真なる出典が論争の的になっていた。この度,別のお雇い外国人であるオランダ人技師ローウェンホルスト・ムルデルによる,常願寺川ではなく早月川についての発言ということが判明して決着がついたとのこと。早月川は常願寺川よりもさらにひどい急流のようなので,滝と言われても仕方がない。私はてっきり日本人の発言がデ・レーケに帰せられたというオチだと思っていたので,別のお雇い外国人が出てきたことに驚いた。真相は意外と俗説から近かった。農林水産省もHPを加筆してほしい。
→ また,富山県民はこの「川ではない,滝だ」発言を山と海の距離が極めて短い県のアイデンティティとして誇りに思っている節があり,おそらくこの発言がちゃんと富山県の河川を指したものであることがはっきりして安堵した人が多かろうと思う。
・ローウェンホルスト・ムルデル(Wikipedia)
→ こうしてみると,この人もデ・レーケに負けじ劣らず日本全国の河川や港湾を整備して回っていて,十分な偉人であるように思われる。デ・レーケとの差はどこでついてしまったのか,これはこれで興味深い。デ・レーケは木曽三川分流工事があまりにも偉業だったからだろうか。
  

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2021年04月26日

lorem ipsumでも同じようなことは起きているのだろうか

・タグ[山路を登りながら]で検索するとデザイナーなら身がすくむような事故画像が次々と…(Togetter)
→ Illustratorを使ったことがある人なら原因がすぐにわかる事故。Togetter内の事情を知らない人のリアクションが面白い。この事故についてはニコニコ大百科の記事が詳しい。ニコニコ大百科はこういうたぐいの記事の時に大活躍する。
・山路を登りながら(ニコニコ大百科)
→ 『草枕』は読んでいないので最初はなぜこの文字列なのかわからなかった。「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。」の部分は有名なのだが,その手前にこのフレーズがあるのだな。ついでに青空文庫へのリンクも作っておく。
→ さて,Illustratorをそんなに使いこなしていなくて,たまにしか使わない立場からすると,デフォルトで何かしら文字が入っていても結局は孤立点を作ってしまう(「山路を〜〜」を消した上でそれを忘れて次の作業に入ってしまうため)から,余計なお世話だったりする。ただ,個人的には「ここにテキストを入力」のような無味乾燥な文字列よりはうざったさが小さいかも。しかしこれ小賢しい文字列よりは無味乾燥であってくれた方がうざったくないという人もいるだろうし,個人差はありそう。


・アンノウンXとは?(東方Project 25年記念サイト)
→ 直近2年ほどの東方界隈に触れていれば必ず目に入る謎の集団「謎のスポンサーX」の正体が明かされていた。AQUASTYLEはともかく,DeNAがけっこう力入れている(東方のイベントでハマスタ貸してくれたし)っぽいのがちょっと意外。これも近年の1990〜00年頃のコンテンツの復活ブームと同様で,オタク文化に接してきた人たちが企画を決める権限を持った大企業の中核に出現するようになった現象の一つか。
→ どうでもいいが,アンノウンX(謎のスポンサーX)のことは東方界隈だとそこそこ話題になっていた印象があるが,私のTwitterのTL上ではこの正体公開まで全く話題にならず,いつの間にか親しい友人たちでは東方界隈をちゃんと追っている人がほぼ私だけになってしまった感が。最近の東方界隈はこのアンノウンXの登場含めて公式の新しい展開が多くて面白いので,そのうち紹介記事を書きたい。


・マケドニア語はブルガリア語か 論争、11月に決着?(時事ドットコム)
→ 北マケドニアはギリシアとだけでなくそっちでも揉めてたというのは知らなかった。ギリシアとの国名論争は,北マケドニアにもアレクサンドロス大王を堂々と掲げているのを知ってから北マケドニアへの同情心が薄くなってしまったのだが,本件はさすがにブルガリアの言い分が無茶だと思う。言語学上,どこからが別言語でどこからが方言かというのは難しい話で,しかも政治的な問題が多分に絡むというのはわかるものの,実際のところ本件はどうなのか有識者のコメントが欲しい。  
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2021年04月25日

崩落した柵を「サメの歯」とは言い得て妙

・CGDCTとは(ニコニコ大百科)
→ 「きらら系・日常系に見せかけて趣味をガチめに追求する系統」を示すジャンル用語,無くて困っていたのだけど,これで良いと思う。便利用語だ。前にも書いたことがあるけど,きらら系だと会社で縛られるので『ヤマノススメ』とか『いわかける!』が外れちゃうし,日常系だと全然日常をしていない漫画が多いので全然ダメ,趣味系というと今度は広すぎる。とするとCGDCTは欲しい要素が全部入っているので良い。しかし問題は人口に膾炙していないので,特にリアルでのトークだと言ったところで伝わらない可能性がある点かな。自分では積極的に使っていきたい。


・『脳内にある絵と描ける絵の温度差』に愕然とする人たち「わかりみが深すぎる」「脳内で浮かんだ構図をそのまんま現像できるプリンターないですかね」(Togetter)
→ これは近いものが美学史上の命題に昔から存在していて,「手のないラファエロ」問題という。ラファエロは構想もそれを実現する技術も優れているが,両腕を持てずに生まれてきたとして,他人の目にふれる形で構想を表に出すことが決してできなくなったとしても,ラファエロは天才として扱われるべきだろうか。構想が口頭で示せるのであれば他人に描いてもらえば……というのはジャンルによる話で,実際にデュシャンは「レディメイド」において大切なことは「私の手を切り落とすことである」と答えている。しかし普通の絵はそういうわけにいかないので,構想通りのものを自分の手で再現できないというのは悩みの種である。精神活動と身体的機能は簡単に切り離せるものではないのだ。


・対馬仏像盗難問題 韓国寺院が金彩施す意向 被害側「ありのままで返して」(長崎新聞)
→ 9年近く経過してしまったが,忘れてはいけない事件。韓国政府としてはこんなことで日韓関係を悪化させたくないだろうから早いところ日本に返還したいだろうに,裁判の決着が付く前から修復しようとする浮石寺の行動は観音寺のみならず韓国政府の神経も逆撫でしている。
→ 言うまでもなく「倭寇による盗難物だから,現代人が盗難しかえしていい。なお,倭寇の盗難物という確証はない」という無茶苦茶な理屈が地裁判決で出てしまった時点で本件は異常である。倭寇による盗難物であるかどうかの調査自体,一度観音寺に戻してから始めるべきという当たり前の筋論が,国民感情におもねって判決に寄って通らなかったところにねじれた日韓関係が浮き出ている。日韓関係のねじれは本邦の外交的態度にも原因があるから,それ全体についてどうこう言うつもりはないが,本件だけは私的に絶対に許せない。


・登山で見かける棒たち(デイリーポータルZ)
→ 自分が登ったところだと, 雲取山の標柱の差は2,000m超えが貴重な関東県とそうでない山梨県の態度が如実に出ていて笑える。大菩薩嶺は山頂そのものに意味はないという観光的な価値の差が出ていて,これもまた面白かった。小仏峠は通っているけど全く記憶にない。あばら家が建っていた記憶はある。
→ ロープと通行止めの丸太は実際に効果があって,先人の迷い人が踏み荒らすことで間違ったルートがさらに道っぽくなるという悪循環になるので,植生が回復するまでは封鎖しておいてくれると助かる。赤いテープだけでもルートはなんとなくわかるが,植生保護の観点を考えると,メジャーな山はきっちりと登山道を確定させておくべきだろうと思う。ルートファインディングも登山の能力であって楽しみであるという観点からするとつまらないかもしれないけど。
→ 橋について。私は体幹弱々なので,手すりのない橋はけっこう怖い。濡れてて落ちたら死ぬ橋は見かけたら引き返して帰ると思う。去年の11月行った四国の石鎚山は途中の階段が金属製でかつ凍結していてそこそこ滑る状態だった上に,崖側に手すりがなくてまさに滑落したら死ぬやつだったので怖かった。あれは手すり(というか柵)をつけてほしい気も(降雪時の登山客を想定していないのかもしれないが)。橋も朽ちるのはよく見かける現象で,「サメの歯」状態も見かける。整備ご苦労さまですと頭が下がる。
→ 「岩を支えているふうのつっかえ棒」は巨岩があると大体ある感じ。一種の無害ないたずらだろうか。「山頂に刺さっている剣」は修験道の山だとよく見かける。男体山に刺さっていたやつはけっこう立派だった。山頂に刺さっていたものシリーズで一番笑ったのは霧ヶ峰の車山山頂にあった四本の御柱で,あれには諏訪の民の心意気を感じた。  
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2021年04月15日

ニコ動の動画紹介 2020.4月下旬




剣神ドラゴンクエストのRTA,二人目の挑戦者。先行記録の3分更新。実は再走していて,最新記録は52:04.71。




おやつ氏。リマスター版のロマサガ3のRTA。分身剣チャートだが,SFC版との細かな差異がプレイに影響している。




こちらもリマスター版のFF8。バグ以外なんでもありでその時点で可能なところまで鍛え上げてからストーリーを進行する……のだが,ご存じの通りFF8はカードによって序盤からかなり鍛えることが可能なので,Disc1-2あたりは特にむちゃくちゃなことになる。



ドラクエ5のTASも任意コード実行でのクリアへ。



PT0化の詳しい解説。しかしまあ,10ヶ月前はまだ2055歩だったんだなぁ……





アイドルの顔の良さだけで27秒引っ張るのは反則w



怒首領蜂P。上半期20選選出。MSC2019決勝進出作品。こういう役をやらせたら,やっぱりままゆは映える。ダンスも表情の選択も実に良い。



5.U. 氏。PartyParrotネタ。実際,デレマスの17歳はめちゃくちゃ。  
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2021年04月05日

コンスタブル展:ロマン主義的田園風景

Flatford_mill(Constable)三菱一号館美術館のコンスタブル展に行ってきた。コンスタブルはイギリスのロマン主義風景画を代表する画家の一人で,ターナーの次に名前が挙げられる人物である。ターナーとは生年が1年しか違わない同世代で,ロマン主義・風景画家というところまで共通していたライバルだった。ターナーの方が現在の知名度が高いのは,ターナーが鉄道や汽船などの産業革命に湧くイギリスの時代をとらえた画題を選んだことや,晩年には印象派を予感させるような筆触になっていったことから,社会史としても美術史としても王道の物語に乗せやすいところがあるだろう。

これに比較するとコンスタブルの画題は「美しき故郷」としてイングランド,すなわち田園風景が主体である。産業革命によって都市化が進み,田舎が縁遠くなっていく時代であるから,その意味で時代を捕えてはいたのだろう。しかし,コンスタブルからするとそのような”時代”を描くという目的意識は特に無く,より純粋に「美しき我らがイギリス」を描きたかっただけであったから,そのような持ち上げ方は歴史学的にも危ういかろう。画家たちがそういった目的意識を持つようになったのは,より時代が進んだバルビゾン派や印象派の頃である。

とはいえ,コンスタブルの出身地イーストアングリアはイギリスで最初に農業革命が始まった地方であり(要するにノーフォーク州もイーストアングリアの一部である),コンスタブルの家系も製粉業と石炭業で財をなした新興資本家の家系であったから,その文脈においてならば彼の風景画と産業革命は無関係とは言えない。加えてコンスタブルは「美しきイングランド」という点で強い意識を持っていたから,ナショナリズムの高揚という時代性は捕えている。図録に入っていた小論にコンスタブルの絵が第二次世界大戦時の戦意発揚ポスターに使われていたという指摘があったが,まさにそうなることが予見される作品群である。なお,ターナーはロンドンという大都市生まれ,庶民の出の苦学生であり,こんなところでも二人は対照的である。また,この時代のイギリスの富裕層といえばイタリアに卒業旅行に行くグランド・ツアーが流行していて,画家もよくイタリアに修行にでかけたものだが,コンスタブルは生涯一度も外国に出ていない……どころかイングランドからも出ていない。地元の風景が好きすぎて外国を見に行く気が起きなかったのだろう。ターナーですら,出世して資金に余裕ができてからではあるが,イタリアには修行に出ているから,ここもまた対照的である。

もう一つ比較のポイントを用意すると,風景(画)に憧憬を求めた点でイギリスとドイツのロマン主義絵画は似ているものの,イギリスの画家たちは実際の風景を美しく描くことを追求したのに対して,ドイツの画家たちは現実の風景のスケッチを解体・再構成して架空の風景にしてしまう傾向があった。またターナーやコンスタブルは風光明媚で野趣はあれども人の手は入っている,まさにイギリス式庭園と同じ趣の風景を切り取るが,ドイツの場合は山岳地帯や人の手の全く入っていない平原・荒原を場面に選んだものが多い(その意味ではターナーの方がまだドイツに意識が近い)。廃墟とゴシック様式の聖堂が好きなのは数少ない共通点か。これらから後継者探しをすると,やはり素直にバルビゾン派などに受け継がれていったのはイギリスの方であって,ドイツの風景画はドイツだけで終わってしまったように思われる。特にコンスタブルの地元の風景を美しく描くという精神はバルビゾン派に直結する。

さてコンスタブルはそのような家庭であったので,実業家の道を捨てて画家になるという説得には苦労したようだが,幸いにして画家としての出世はそれなりに早かった(ただしライバルのターナーは最速記録的に早かった)。風景画の地位が古典的なジャンルのヒエラルキーでは下位だったというのはよく知られていることであるが,ターナーもコンスタブルもそのヒエラルキーが崩されていく時代に生まれたとも言えるし,彼ら自身が崩していったとも言える。ただし,コンスタブルは需要の高かった肖像画を多数描いていて生活の糧にしていたようだ。今回の展覧会にはこれらの肖像画も展示されていたが,思っていたよりも上手かったというか,風景画家にありがちな「肖像画は下手」というパターンには当てはまらなかった。これはちょっと意外だった。これだけの腕前ならおそらく肖像画家として食っていく方がより容易だっただろうが,結果として自分の好みを貫き通したことで彼は歴史に名を残すことになるのだから,人生はわからない。最終的にコンスタブルはロイヤル・アカデミーの正会員となって盤石の地位を築いた。

そうして全盛期のコンスタブルの作品を見ると,やはり見ていて安心する田園風景が多い。しかし,「実際に存在しているのだろうけど,極めて絵になる風景」を絵にしていて,さすがはピクチャレスクという概念を生んだ国の画家である。また技法レベルの話として,コンスタブルはまだまだ古典的・アカデミックは描き方で,樹木の描き込みが細かい。そこはやはりロマン主義であり,後のバルビゾン派とは違うところだろう。今回の画像《フラッドフォードの製粉所》(1816-17,テート美術館所蔵)もそのような作品であり,画面左の運河と右の巨大な樹木が映える配置になっている。まさにあるべき田園風景だ。

また,私が今まで知っていた以上にターナーとのライバル関係が強く,両者ともばちばちに意識しあっていたというのがわかって面白かった。その最大の決戦の場となったのが1832年のロイヤル・アカデミー展で,その時に隣同士に展示されたターナーとコンスタブルの作品が,今回の展覧会でも隣同士に飾られて場面が再現された。この「体験の再現」は得難いもので,コンスタブルの大回顧展としての面目躍如だろう。ターナーが飾られてから手を加える最後の仕上げの時にかなり焦っていたというエピソードもよくわかるところで,この2作だけで比較するならコンスタブルに軍配を挙げる人は多かろうと思う。

総じて風景画が好きなら満足できる展覧会であった。見に行くならこの記事の前半に書いたような,産業革命や農業革命の簡単な知識を入れてから行くとさらに楽しめるだろう。  
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2021年04月04日

オールタイム・ベストエロゲソング30(+10)

特に何かあったわけでもなく唐突に始める。実はリスト上は「オールタイム・ベスト100」まで作ったが,記事にする上で100全てにコメントをつけると長くなりすぎるのと,どこまでがエロゲか問題がつきまとう曲も中には含まれていたため,ルールを定めて100曲から改めて40曲を選び直した。ルールは以下の通り。

・18禁の商業作品で,かつ自分がプレイ済のゲームの中から30曲。
・18禁の商業ゲームながら,自分が未プレイであるゲームの中からは10曲。
・なるべく同じゲームから2曲を選ぶのは避け(例外有),同じブランドからの選曲は可能な限り少なくする。

最後の縛りの関係上,惜しくも40曲から漏れた曲がかなりある。たとえばKEYだとLight colors(智代アフター)やLittle Busters!,ねこねこソフトだとEscarlata(Scarlett)や六花のうた(ゆきいろ),何よりAugustはEternal Destiny(夜明け前より瑠璃色な),Pure Massage(Fortune Aterial),Asphodelus(穢翼のユースティア)等を大規模に断腸の思いで落選にした。ゲームブランドではないが,I'veも夏草の線路(Railway),Take on your will(同心),Sledgehammer Romance(Princess Brave),空を舞う翼(Blue-Sky-Blue)等はI'veだらけになるのを避けるため&未プレイゲーム曲が多いために泣く泣く落選にした。デンカレもDistorted Pain(ゴア・スクリーミング・ショウ),expiate sin(MDB Complete Edition),天使の褥(ク・リトル・リトル)は同様に削っている。そういうわけで,あなたが「あれが無いぞ,どうなっているんだ」と思った曲は大体落選した60曲の中に入っているか,私が聞いたことがないかのいずれかと思ってくれてかまわない。


先に書いておくと,選曲はどうしても発売年が古いものが多くなってしまうので,中央値は2006年となった。一応ねらったわけではないが2007年〜2019年まで1年に1曲以上は選出できているので,極端に古い方に偏っているというわけではないと思う(さすがに2020年・21年は勘弁してほしい)。記事化の際に本編30曲は一応順位をつけてカウントダウン形式にしたが,5位と6位の間以外はほぼ意味がなく,形式的なものである。私のエロゲ遍歴に詳しい人は何が来るのか予想しながら読むとよいだろう。いくつかは絶対に予想がつかないと思うが……  続きを読む
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2021年04月01日

鶴竜引退に寄せて

鶴竜が引退した。最後の1年は実質的にほとんど稼働しておらず,最後にまともに相撲をとったのはちょうど1年前の春場所であるから,もう一度くらい相撲を見たかったなと思う。

鶴竜は1985年生まれで,他のモンゴル人と違ってスポーツエリートの家系だったり遊牧民の血筋だったりするわけではない。モンゴルとしては裕福な家庭の出身であり,だからこそ日本の大相撲をNHKで観戦することができる環境であった。身体の小ささゆえに来日するまでに苦労したのはよく知られている逸話である。また,その家庭環境で中卒・単身で来日したということを合わせて考えると,ハングリー精神ではない根性があったというべきだろう。当初は痩せていたために三段目で昇進が止まったが,所要24場所で関取にたどり着いた。

2006年は十両,2007-8年は前頭でエレベーター状態であったが,2009年に覚醒して上位に定着し,そこからさらに丸3年かかって2012年の春場所で大関取りに成功した。鶴竜の昇進により,大相撲は史上初の6大関となった。この3年・18場所の間に技能賞が6回であるから,3場所に1回技能賞をとっていたことになり,この時点で恐ろしく技量が評価されていたことがわかる。実際にこの頃からすでに器用で,どんな形勢になってもある程度形になっていた。右四つからの下手投げもあれば足技もあり,突き押しもあればとったりもあり,立ち合いの変化もあるから対戦相手は対処が難しい。それもあってか大負けしない安定感があり,これは大関・横綱になっても鶴竜の美点として続くことになる。逆に言ってなかなか大勝することもなく,これは大関になってから綱取りで苦労する理由になるのだけど。

そういうわけで9勝・10勝はするけど11勝以上にならないので綱取りを期待されない大関であった。しかし,鶴竜はワンチャンスを活かす運があった。「横綱は宿命を持った人がなる」と言ったのは白鵬だったか。鶴竜は2014年初場所に14勝で準優勝し,翌場所の綱取りが明言されていながら,先場所までの状況から14勝はフロックだろうと言われていた。その下馬評を覆して春場所も14勝優勝し,見事に綱取りに成功した。まさに宿命の持ち主であった。この頃には技術だけでなく緻密な戦術も兼ね備えるようになり,突き押しもある程度できることから,立ち合いからさばいて先にきれいな右四つを作るという勝ち筋が完成したのが綱取りの原動力となった。一方で計算通りに事が進まないと途端にパニックとなり,引き技しか出さなくなるという悪癖もこの頃から顕在化し,鶴竜を倒したければとにかく押し込むという必勝法が生まれて,横綱時代に苦戦することになる。また,遠慮があるのか稽古でしごかれたトラウマか,他のモンゴル人にはめっぽう弱く,特に白鵬戦は一時的に33-4という対戦成績を達成したことがあり,インターネットの一部界隈がそれはもう盛り上がったものだった。

ともあれ,白鵬・日馬富士という圧倒的な実力者の影に隠れていたものの,第三の横綱として安定した成績を残し,1年に1度の頻度でこっそり優勝するという立ち回りで2015-16年を過ごす。しかし,2017年に持病の腰痛が極度に悪化して最初の引退危機を迎えた。これは持ち直して2018年には春と五月で連続優勝を果たし,折しも日馬富士が暴行事件で引退,稀勢の里もケガで引退目前の状態,白鵬も休場が増加していたから鶴竜の天下かと思われたが,鶴竜自身も2018年の下半期に腰痛が再発し,それでも2019年はなんとか持ったが,2020年春場所で12勝したのが最後の活躍となった。横綱になる宿命は持っていたが,大横綱になる宿命には足りなかった。最終的な優勝回数は6回と目立つ数にはならないが,白鵬と日馬富士の存在を考えると十分な成績であろう。


取り口はすでに書いているが,右四つまたはもろ差しを基本とするものの器用でどんな形になっても相撲がとれ,また頭の回転も技の切れもよいので,一番上手く行ったときは立ち合いから全て鶴竜の計算通りに技が決まり,相手がきっちりと崩れてから倒れるので見ていて気持ちがいい。技の切れがあるのは白鵬も朝青龍も日馬富士も同じだが,彼らの場合は相手を綿密に研究しているものの,それは自分の型に持っていくためのものであって,最後は必殺の型で倒していた。鶴竜は必殺の型が無かった分,変幻自在の技巧がそれを補った。引退に至るまで必殺の型が無かったという点で特異な横綱であったと言えよう。一方,鶴竜は立ち合いの変化も技巧の一つと考えていた節があり,横綱になってもなお変化を使っていたので,一部の好角家にしかめっ面をさせることがあった。特に2015年九月場所の14日目,優勝がかかった一番で稀勢の里相手に変化,これが立ち合い不成立と見なされ,二度目も変化して勝利した際には大いに物議を醸し,私はこれはこれで面白いと爆笑しながら肯定していたが,場所後に様々な人々から猛烈な批判を受けていた。

弱点も前述の通りで,メンタルは決して図太くなく,計算から外れるととにかく引き技しか出ず,自滅する上にケガをするという悪癖中の悪癖があり,持病の腰痛と重なって全身ケガだらけとなって引退に追い込まれることとなった。ただし,この引きがよく決まっていたのもまた確かであり,晩期の2018年春・五月の鶴竜唯一の連覇は明確に引き技の賜である。同様にメンタルの弱さから意外と連敗癖があり,一度負けるとずるずるといって優勝戦線から消え去った。


角界の誰からも悪評を聞かない人格者で,様々な苦労を重ねて横綱にまで上った人である。亡くなられた先代井筒親方からの信認も厚く,次の井筒親方の襲名が期待されている。良い親方になるだろう。期待して今後の鶴竜親方も見ていきたい。  
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