阿炎の大活躍がある程度予想できたという点も含めて,予定調和的な優勝争いと優勝者であった。また,超速の再出世を遂げた照ノ富士,ぴりっとしない正代,順当に二桁勝つも優勝争いには絡まない御嶽海,今年躍進した若手(明生・若隆景・豊昇龍・霧馬山)大集合の上位,謹慎後に大活躍した阿炎の存在も含めて今年の総まとめのような場所だったとも言える。相撲内容は日によって出来がバラバラで,内容が濃い日もあれば淡白な日もあり。
トピックを1つ挙げるなら,審判が物言いをつけるタイミングについての話題だろう。中日の貴景勝・逸ノ城戦で,取組途中で逸ノ城が貴景勝の髷をつかんでいたが,それから長い相撲になり,逸ノ城が一度は勝った。しかし物言いがついて髷の指摘が入り,軍配差し違えとなったという。九日目にも栃ノ心・松鳳山戦で,取組の途中で栃ノ心のかかとが出ていたが行司が気づかなかったために続行,栃ノ心が一度勝ってから物言いがついて軍配差し違えとなった。これらについては,2012年の奇しくも同じ九州場所の九日目(とっててよかった当時の記録),日馬富士・豪栄道戦で審判が日馬富士の足が出ていたと指摘して行司が取組を止めたが,映像や蛇の目の砂を確認するに足は出ていなかった。これがゆえに審判が原因で力士に取り直しさせてしまったという苦い記憶が審判部にあり,これ以降,指摘の内容が確実でない場合は取組が終わってから物言いをつけるという取り決めが作られたと,今回の2件のため協会から改めて説明があった。これに対して勝敗がついているのに取組を続けさせるのは体力の浪費であるという批判も一部にあって,ネット上で少し議論になっていた。私としては協会の判断が正しく,審判が取り直しさせるのは最悪であるし,審判が誤審を恐れて物言いをつけづらくなるのもまずい。力士の体力の浪費は仕方のないところだろう。
個別評。優勝した照ノ富士は,先場所の「自身が伝統的な横綱相撲を意識していて,受けの相撲に転向した」という路線がさらに強まっていた。先場所の段階ではまだ元安美錦の安治川親方が言っていたのに過ぎないが,今場所は優勝インタビューでそれを公言した。その上で全勝優勝したというのは偉業である。膝が悪く受けには向かないというのもあり,まだその相撲に転向してから2場所目というのもあって本来であれば全く真の実力が発揮できない場所であったところ,圧倒的な実力で15日間に渡り他の力士をしりぞけ続けた。面白かったのは,積極的に捕まえに行かない分,技が多様になったことである。初日には小股掬いという小技があり,得意の極め出し・小手投げもあり,寄り切り・すくい投げ・上手投げがあるのは当然として,十一日目には足取り(決まり手は寄り倒し),十二日目には掛け投げも出た。技巧があるのは知っていたが,ここまで多彩に見られたのは楽しかったし,四つ相撲の技術が出せないとなると技術の側が多彩になるというのは面白い現象だった。照ノ富士は自身初の全勝優勝。6度目の優勝で,今年4度目の優勝。新横綱からの連続優勝は大鵬以来59年ぶり。全場所優勝次点以上で11勝以上,計77勝で年間最多勝と大活躍であった。年間最多勝が70勝(平均約12勝)を超えるのは7年ぶり。照ノ富士は優勝インタビューで「優勝回数を二桁に乗せたい」と言っていた。そこまで行けば日馬富士の9回は超えることになる。身体に大きな故障があるという点では共通する武蔵丸は12回,そこを目指して続けてほしい。
大関陣。貴景勝は優勝争いに絡んでの12勝で十分な成績。突き押しが強く内容上も文句の付け所はない。12勝はしたが,優勝次点ではないので綱取りにならないのがややかわいそうか。正代はまあこんなもんだろう。例によって早々に負けが込んだので照ノ富士戦が消滅し,先場所に貴景勝が消えたのに続いて2場所連続で大関なのに上位総当たりではなかったという悲しい展開にはなったが,先場所・先々場所に比べると以前の防御力,上体をそらして相手の当たりを上方に逃すという不思議な防御が戻ってきたように見えた。そこから当たり直して左を差して勝つのだから面白い。
三役。御嶽海は,私事ながら10月に木曽御嶽山に登り,泊まったペンションや登山道中の山小屋の人等と話して地元民に強く応援されているのを知ったので,けっこう応援していた。地元民に「彼は欲が無くてねぇ……」と言われてしまっていたが,今場所の11勝を起点に今度こそ大関取りを成功させてほしい。四つ相撲が苦手というわけではないのだが,出足が止められると敗色濃厚になってしまうのが最後の欠点か。明生は惜しい負け越し。割りと何でもできるのだがこれという型が見当たらない点で豪栄道に似てきた気がする。逸ノ城は地力の限界を見てしまった気が。重さが発揮されれば貴景勝や照ノ富士でも苦労するのだが。霧馬山は膝が少し治ってきたのではないか。6勝だが星のつぶしあいの結果であって内容は悪くなかったと思われ,投げ技がよく効いていた。
前頭上位。若隆景は九日目まで上位総当たりで2勝7敗,そこから立て直して勝ち越した。こういうメンタルの強さは上位定着に必要なもので今後に期待が持てる。隆の勝は上位総当たりで二桁は2回目,低く強い押し相撲が見られた。隠岐の海はわずかに負け越したものの,久々に懐が深さを生かした相撲が見られ,照ノ富士も攻めきるのに苦労していた。豊昇龍はよくがんばっていたがやはり圧力が足りないか。技が出る前に崩れると立て直せない。高安は初日から四日目まで合計8分超の長い相撲をとったため,スタミナが尽きて後半失速した。いかに長い相撲が得意とはいえ限界はある。
前頭中盤。宇良は10勝,以前の小兵らしい立ち回りに前進する圧力も加わり,相手からすると圧力を警戒すればいいのか小兵の立ち回りを警戒すればいいのかわからない厄介な力士に成長した。まだもっと上で取れそうである。初の技能賞とのことで,4年前に幕内にいたときには受賞していなかったのが意外だった。碧山は4勝で大敗,突っ張りがあまりにも上突っ張りで相手に圧力がほとんど伝わっていなかったのが心配である。
前頭下位。北勝富士は11勝したが上りエレベーターだろう。琴ノ若は上りエレベーターとなるかと思いきや負け越した。身体の大きさが活かせず,動きがもっさりしていてダメな時の魁聖に似ていた。輝も相撲が小さく,もろ差しにこだわって自滅する悪癖が一時見られなくなったかと思っていたが,今場所は復活していて残念であった。最後に阿炎について書いて明るく終わろうと思う。謹慎前は三役常連であったわけだからそこまではスルスルと戻るだろうと思っていたが,それにしても今場所は動きが良く,貴景勝を沈めるまでに突きの威力・回転ともに良かった。突き押しの相撲の場合は引くのも1つの手段であって千代大海にせよ貴景勝にせよ要所で引くなりいなすなりしている。しかし,阿炎はあれだけ突いていけるのならば引かない相撲の方が良いだろう。次は一気に上位総当たりの地位まで上りそうだが,続く活躍を期待する。
白鵬の引退記念記事は近日中に書きたい。
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