2021年12月25日

それにしても巨乳が史書に残るのは珍しい

・「交通事故負傷者は実際には減ってない」問題が国会で質問(紙屋研究所)
→ 手続きの煩雑さが警察の(架空の)実績作りを後押ししてしまっている事例かな。目標達成のために手続きの煩雑さが利用され,しかも手続きが煩雑なのが警察だけでなく被害者もそうなのが余計に悪い。手続きの煩雑さが原因で統計が実態とずれていくのは政策立案上非常に良くないので是正してほしいところ。自賠責の方を見れば実態がわかるならいいのでは,というのは政府が必ずしもそれを参照しないという点で成り立たない。統計データの崩れから発展途上国への転落が進む。こういう細かい部分で行政をチェックするのも立法府の機能であるはずで,本件で共産党は間違いなく仕事をした。


・日本が太平洋戦争に総額いくらを費やしたか、知っていますか(現代ビジネス)
→ 「GDPとの比率は8.8倍に、国家予算との比率は74倍」というのはとんでもない巨額だが,「米国における第2次世界大戦の戦費総額は約3000億ドル。開戦当時の米国のGDPは920億ドルなので、GDP比は3.2倍」「第1次大戦の時に英国が投じた戦費総額も当時のGDPの3.8倍程度」というのも巨額で,総力戦はどうしてもそういうことになるのだなという感想もある。アメリカについてはそれでもハイパーインフレになるどころか戦後の経済覇権を握ってしまうのだからマクロ経済は不思議である。アメリカの生産力がそれだけ供給過剰だったわけで,世界恐慌に陥った理由もわかるところだ。
→ ところで第一次世界大戦後にドイツが課された賠償金1320億金マルクは戦前のGDPの約2.5倍,国家予算の約20倍とされているが,戦費に比べると安く思えてくる。それなら連合国側は1320億金マルクくらい払ってほしいと思ってしまうだろう。ドイツ自身も敗戦国として似たような戦費を費やしていたということを考えなければ,だが。いずれにせよ数字の印象が変わった。


・アキノ前フィリピン大統領死去 米軍再駐留に道開く、61歳(時事通信)
→ 世界史上では民主化運動家で父のベニグノ・アキノと,夫の死後に運動を引き継いで大統領となった母のコラソン・アキノの方が有名だろう。記事中にある「1992年に撤退した米軍」を撤退させたのはこのコラソン・アキノ大統領であるから,息子が再駐留を成功させたことになる。目立たないが功績のある人であったと思う。それにしても61歳は若い。自身と母親の間の3人の大統領はまだ全員生きている。
→ ところで,気になって調べてみるとコラソン・アキノの前任,独裁者だったマルコスの妻イメルダはまだ生きているようだ。こちらは92歳で長寿である。ついでに,その息子ボンボン・マルコスはしれっと政界に戻っていて2010〜15年に上院議員をやっていて,2015年には大統領選に出て敗北している。前の独裁者の家族がまだ政界にいるのは懐が深いというべきか,独裁に対して鈍感なのか。


・ベトナム歴史秘話:なぜ民族の英雄は、巨乳として歴史書に記録されたのか?(Kentaro Ishiguro|note)
→ 面白い。三国時代の北ベトナムで反乱を起こした女性の趙嫗のこと。知らない人物だったが,最近は三国志コンテンツに出てくるようだ。とにかくキャラの数を増やすべくかなりマイナーな人物まで拾う傾向はあるが,なんと北ベトナムまで。
→ 巨乳とわざわざ記録されたのは,古代ベトナム北部では巨乳を女傑のシンボルとしていたという説である。確かに男性でも容姿がわざわざ記録されるのはよほど特徴であるか,それが何かしらの意味合いを持っているからである。それこそ三国志の登場人物でもよくあるものだ。  

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2021年12月20日

登山記録4(奥高尾縦走路)

初回はこちら。各項目の説明は初回を参照のこと。


No.11・12・13 奥高尾縦走路(陣馬山・景信山・小仏城山)
〔標高〕855m(陣馬山)・727m(景信山)・670m(小仏城山)
〔標高差〕640m(陣馬山,栃谷尾根ルート),530m(陣馬山,陣馬高原ルート)
〔百名山認定〕無し
〔ヤマノススメ〕8巻
〔県のグレーディング〕無し
〔私的な難易度と感想〕全部合わせて4A
陣場山から明王峠・景信山・小仏峠・小仏城山と抜けて高尾山から下山する縦走路。山を4つ登頂する割には難易度が低く,お手軽に日帰り縦走を体験できる。いずれの山も極めてよく整備されていて,まず迷うことも躓いて転ぶこともない。最初の陣馬山がやや険しく,特に栃谷尾根ルートは難易度に似合わない急登であるので少しだけ気をつけた方がいいかもしれない。なお,栃谷尾根ルートは出発地点がJR藤野駅でバスが不要である代わりに登頂まで3時間15分かかり,陣馬高原ルートは駅からのバスがけっこう長い代わりに1時間50分と登山時間を大きく圧縮できる。栃谷尾根ルートは登山道入り口がややわかりづらいので,こちらから登る場合は注意されたい。陣馬山の山頂といえば巨大な白馬像で,これは1960年代後半に京王電鉄が建てたもので特に深い意味は無いようだ。眺望は「天気が良ければ富士山が見える」という触れ込みで,私が登った時にも確かに見えたが……これは誇大広告気味なような。あとは『ヤマノススメ』でも食べられている通り,陣馬山山頂の山小屋で売られているきのこ汁はけっこう美味しい。聖地巡礼目的でなくても食べるとよい。

陣馬山眺望陣馬山の白い馬像陣馬山きのこ汁



陣馬山から40分で明王峠,そこから30分で堂所山,そこからさらに1時間歩くと景信山に着く。陣馬山とは逆の関東平野側に開けているので,樹林帯の切れ目から東京方面の市街地が見える。ここもきのこ汁が名物なのだが,私が行ったタイミングでは売店が閉まっていた。オフシーズンなので仕方がない。陣馬山に比べると正直魅力に欠ける。

景信山眺望


景信山から40分で小仏峠。ここは古来利用されていた甲斐路の交通の要衝で,武田信玄が北条氏と戦ったときにここを越えている(これが滝山城から八王子城に防衛拠点を移す契機となった)。江戸時代には甲州道中が通り,明治時代には天皇が行幸し,現在ではJR中央線と高速道路(中央自動車道)が付近を通っている。そのため,小仏峠からは中央自動車道がよく見え,その音もする。これはこれで1つの景観だろう。「明治天皇小佛峠御小休所阯」なる,小休止しただけにしては仰々しい石碑も立っている。

明治天皇小休止の碑


最後に小仏峠から25分で小仏城山,そこから1時間ほどで高尾山に着く。小仏城山以降は木道になり,整備が極まっている。逆に言って高尾山登山口から小仏城山までは革靴でも登山可能。栃谷尾根登山口から登って高尾山6号路で下山したとして,総行程9時間,距離にして18km超,5つのピークを越えるの長丁場になるが,まともな登りは最初の陣馬山のみで残りは小刻みなアップダウンに過ぎないから膝への負担は少なく,それに比して達成感はある。
  
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2021年12月19日

まとめると思ってた以上にウニは何でも食っていた

・三角関数や微分積分の教育は本当に必要か。(山本 一成🌤Ponanza|note)
→ タイトルは釣り気味……なのだがはてブの人気コメントの大半は釣られていて,記事をちゃんと読んでなさそうである。そういう人はタイトルを忘れて読んでほしい。大学教育の無制限の拡充は本当に社会に貢献するかという話をしている。
→ この話題は確かに生涯賃金が上がるので個人単位では大学に行くべしという話で終わることが多いイメージで,この反論は少なくとも私は初見である。大卒の賃金が高いのはシープスキン効果に過ぎず,必ずしも生産性が上がっているだけではないと言われてしまうと反論は難しそうだ。社会が大学を維持・拡充するコストや多くの若者を4年以上正業につかせない機会損失が,向上させる生産性の総和よりも大きいなら,大学はコストカットの対象になってしまう。とりわけ日本は入試におけるボーダーフリーの大学に対する社会の視線が厳しい。
→ 無論のことながら,大学は教育機関であると同時に研究機関であるし,教育の成果は経済的な生産性にのみ帰するものではない。そこで得られた学識はその人の人生を豊かにするものであろう。ゆえに経済的合理性のみでこの議論をすること自体が誤りではあるのだが,とはいえ経済的合理性の議論は「個人の生涯賃金が上がるので良いのでは」で思考を止めずにちゃんとすべきなのだろう。


・クジラにのみ込まれたロブスター漁師、驚きの体験を語る 米(AFP)
→ 『旧約聖書』のヨナを思い出した。ググってみたら同反応多数で,英語記事だとModern-day JonahとかA Jonah Experienceとか言われていた。多分,調べると大概の言語で同じこと言われてそう。聖書ネタは鉄板だなぁ。


・ウニに廃棄されるブロッコリーを食べさせる取り組み「ウニッコリー」が面白い(Togetter)
→ 昔似たような記事を読んだなと思って調べてみたら,むしろたくさん出てきた。
・キャベツウニ、厄介者をブランドへ 神奈川県が商標登録(朝日新聞)
・野菜残渣を餌としたムラサキウニ養殖について(神奈川県水産技術センター研究報告)
・四つ葉クローバーでウニ養殖 研究者「幸せ運びます」(朝日新聞)
・ウニ養殖、エサはタケノコ 荒れる竹林対策との一石二鳥(朝日新聞)
→ まとめるとブロッコリー・キャベツ・白菜・ミカン・トマト・アスパラガス・クローバー・タケノコ。養殖対象外だとススキ・おから・大根・ほうれん草も食ってた。ウニの雑食性がすごい。陸生の植物を躊躇なく食べられるのはウニの特性なんだろうか。タケノコにしろブロッコリーにしろそこそこ固いが,アゴの力が強いから応用が効くのだろう。論文を読むとニンジン・春菊・ミント・ヨモギ・じゃがいも・さつまいもはダメだったようなので,匂いが強いものと芋はダメなのかもしれない。大根が大丈夫でニンジンがダメなのはよくわからないが。どれかは採算がとれて商用利用まで持っていけるとよい。


・元横綱・鶴竜親方インタビュー「やめたらすごく楽になった」引退から3カ月の胸中(飯塚さき)(個人 - Yahoo!ニュース)
→ 良いインタビュー。「ありのままの自分でいいじゃないかと思えるようになって、それからすごく気が楽になりました」というのは,確か連続優勝で締めた2018年五月の千秋楽翌朝のインタビューでも言っていた覚えがある。引き技をよく決めて優勝をもぎ取っただけに確信を得られたのだろう。自分の土俵人生に120点をつけているところには,本当に入門前に思っていたよりもよくやれたのだろうなというのが出ていて,気持ちが伝わってきた。あわせて,これらの境地に立てたところに彼の土俵人生の完成があったのだろう。  
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2021年12月18日

ニコ動の動画紹介 2021.3月下旬〜2021.5月上旬



ベタだけど,現実の展開を乗り越えていく展開はゲームだからこそで熱いのだよな。



ななひらさんには永久不滅でこういうので流行った歌を歌い続けてほしい。



年寄りが歌うと何だか笑ってしまう歌詞。「あなたが思うより健康です」の意味が変わってしまうw




すごいものを見た。最初は意味不明でも3分くらいまで見れば理解できると思う。 



ガチョウになって悪戯しまくるゲーム。だんだん悪戯されるおじさんがかわいそうになってくるw。







上半期20選選出。長すぎて敬遠されているのか,伸びていないしょじょんPの大作……と思ったら20選では上位得票だった。曲順のわかりみが深い。



まさか!氏。上半期20選ノミネート。岡崎体育の曲の使いやすさよ。合う場面を持ってくる氏のセンスの高さも光る。



うしわかP。確かに恋は戦争と思っていそうなメンツ。静止画の使い方が面白すぎる。



サトウくん氏。上半期20選ノミネート。アイマスでは平凡な子がアイドルになっていく様子が各コンテンツごとに描かれるが,シャニマスがシャニマスなだけに重い。それが際立つMAD。



上半期20選選出。定番のネタ要素,泣ける要素を散りばめつつ,合作の多様性もありつつ高い完成度。すばらしい。



マハラギ氏。上半期20選選出。チョコミントのアレのパロディが来るとは。プロデューサーさんじゃなくて同僚を太らせるのはやめたげて。  
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2021年12月14日

ゴヤとマネという様式分類上の困難を高校世界史でどう扱うか

久しぶりの高校世界史深掘りシリーズ。

言うまでもなく,様式史とは同時代または後世の人間による整理である。ゆえに画家個人を必ずどれかの様式に入れないといけないわけではない。実際に,どうにも分類しがたい画家は存在する。しかし,専門家や好事家はともかく,一般教養や高校世界史のレベルだと,有名な画家をどこかしらのグループに入れることが要請される。この画家は一人一派なので型にはまらないのです,という説明を通すのは難しい(なぜ難しいのかわからないという人はすでに世間の知的水準や感覚から遊離している自覚を持つべし)。どこのグループにも入らない理由の説明をしようものなら,世の中には一般教養として求められるものが無数にあるのだから,込み入った事情を把握するくらいなら別のものを学んだほうが効率がいい,という反応をされてしまうのが常である。これは知っていてほしいと思う側にも望ましくない状況で本末転倒である。だから,一般教養や高校世界史のレベルの大画家は,何かしらの様式に無理矢理押し込めてしまうか,マイナー視されることは覚悟の上で押し通すか,いずれかしかない。

この一人一派になりがちな大画家の代表例が,ゴヤとマネである。共通しているのはどちらも「近代絵画の父」という呼称があることで,これ自体,彼らが通常の様式史に当てはめにくいことをよく表している。「近代絵画」という言葉は指す範囲がとてもファジーで,ゴヤを「父」と呼ぶ場合はロマン主義以降が,マネをそう呼ぶ場合は印象派以降が「近代絵画」なのだろう。それこそ,その了解がある人たちの間ではそんなファジーな「近代絵画」でも通るだろうが,世間様はそれを許してはくれまい。

特に高校世界史では,政治史や社会経済史に比べると文化史は明らかな「おまけ」である。ただでさえ限られている教科書の紙幅を「おまけ」に大きく割くわけにいかないから,そもそも込み入った説明ができる文章を書けないという事情もある。では,高校世界史上の扱いとともにゴヤとマネを見ていこう。使うのはいつもの世界史Bの受験用の教科書5冊と,山川の『世界史用語集』『詳説世界史研究』,それと今回は美術史の話題なので山川・浜島・帝国書院の3冊の資料集にも登場してもらった。


〔ゴヤ〕
ゴヤはスペインの宮廷画家であったから旧時代のロココ様式の要素もあるし,同時に新時代のロマン主義を切り開いたという要素もある。彼が画業の前半に多く描いていた王族や貴族の肖像画はロココ様式である。一方で,《1808年5月3日》《我が子を食らうサトゥルヌス》はロマン主義的な作品と言えよう。その意味では《巨人》もロマン主義的で良い作品だったのだが,これはゴヤが作者ではないと否定されたため,ゴヤの分類を難しくしたと思われる。さらに《裸のマハ》はクールベや,まさにマネの《オランピア》の先取りであって,確かに「近代絵画の先駆的肖像画」とでもごまかしたくなる。あえて言えば写実主義的だろうか。

さて,こういう困った時は,様式とは時代精神を表す言葉でもあるので当時の流行を参照し,「ちょっと画風が外れるけど時代が同じだから」という理由でそこに押し込めてしまうという技も無いわけではない。しかし,ゴヤが活躍した18世紀末から19世紀初頭は新古典主義の時代にあたるので,今度はそれがロココ様式でもロマン主義でもないという問題が浮上する。ロココ様式は飽きられつつあり,ロマン主義はまだ勃興途上なのだ。

加えて,高校世界史では別の困った事情も交錯する。高校世界史では,ロマン主義美術の中心地はフランスと教えられるため,実質的にドラクロワ以外はいなかったことにされがちなのだ。少し美術史に詳しい人,上述の好事家に当たるような人たちなら「あれ,ターナーは? フリードリヒは?」と気づくと思うが,ターナーは『新世界史』以外に記載がなく,用語集は未収録である。フリードリヒも『詳説世界史研究』にのみ記載あり。このような状況なので,ターナーやフリードリヒを差し置いて,明確なロマン主義というわけでもないゴヤを「実はスペインにもロマン主義美術がありました,てへ☆」と今更説明を書き換えて加えるわけにもいかない。どうしようもない状況になってしまっている。

これを高校世界史の教科書ではどう処理しているか。これがかなりの反則技で,多くの教科書はゴヤはなるべく政治史で登場させて文化史の俎上に載せていないのである。ナポレオンの半島戦争の文脈の挿絵で《1808年5月3日》を掲載して,ナショナリズムの芽生えを描いた画家とすることで,様式の分類を回避してしまうのだ。

実際の教科書5冊の様子は以下の通り。反則技で回避した教科書が多数派である。
【上述の反則技で回避】
・山川『詳説世界史』
・東京書籍『世界史』
・実教出版『世界史』

【掲載なし】
・山川『新世界史』:教科書のどこにも掲載なし。
【文化史上で扱う:一人一派】
・帝国書院『新詳世界史』:ゴヤは「その他 近代絵画の祖」と説明。

参考書5冊の場合は以下。教科書に比べると,まっとうに文化史で扱おうとしている。
【掲載なし】
・山川『詳説世界史研究』:まさかの掲載なし。政治史のところにすら出てこない。こうなると逆にロマン主義にフリードリヒを載せているのは恐れ多い。もちろんカスパー=ダーヴィト=フリードリヒは西洋美術史上に燦然と輝く一線級の画家であるが,さすがにゴヤを差し置いて日本人の教養であるべきとは思わない。
【文化史で扱う:様式分類は割愛】
・山川『用語集』:様式を「その他」としているわけではなく,説明文で一切触れていない。用語の配列を見ても置きどころがないから仕方なく19世紀美術の冒頭,新古典主義のダヴィドの手前に置いたという感じで,明らかに扱いに困っている。ところで用語集はゴヤの教科書掲載頻度をとしていたのだが,上述の通りの5冊だけ見ても4冊に掲載がある。どの教科書での掲載を見落としたのか。
・山川『世界史図録』:特に説明無し。
【文化史で扱う:ロココ様式に配置】
・浜島書店『新詳世界史図説』:「後期ロココ美術」と記載。
【文化史で扱う:ロマン主義に配置】
・帝国書院『タペストリー』



〔マネ〕
こちらは拙著『絶対に解けない受験世界史3』で扱っているので,その説明を引用しよう。

「印象派という集団はわかりやすいようで捉えにくい集団で,創始者をマネと断定してよいかどうかは議論がある。美術史上のマネの功績は,当時の西洋美術の最大の権威であったフランスの官展に,伝統的な手法から逸脱した作品で挑戦し,かつそれが一定程度世間に認められたという点にある。そしてこれにモネやルノワールが追随した。マネはそうした前衛芸術を志す若者集団の敬意を集め,慕われた長老格の人物であった。一方で,マネは印象派集団の主催する展覧会,いわゆる「印象派展」に出品したことが一度も無く,画風も他の印象派・ポスト印象派の画家とは異なっていて,人間関係を考慮しなければ印象派には含める必要がなくなる。少なくとも,生前の本人が印象派を名乗ったことはない。

よって,1860 〜 70 年代に出現した前衛的な画家集団を,密接な人間関係込みで「印象派集団」と括るのであれば,マネを印象派の創始者としてもあながち間違いではない。一方で,「印象派とは,印象派展に出品したことがある人物である」という厳格な定義をとった場合や,筆触分割や戸外制作などの技術的・画風上の特徴を重視する場合は,マネは創始者であるどころか,印象派に含まれないということになる(この場合の創始者はモネになるだろう)。ここは意見の分かれるところであり,印象派をどう定義するかによってマネが印象派に含まれるか否かが変わるというのが共通認識と言っていい。」(引用終わり)


実際に《オランピア》に印象派の特徴である筆触分割・光のゆらめきがあるかと言われれば無いわけで,マネを印象派から外したがる人の意見は理解できる。しかし,後続の印象派画家たちとの密接な関係や,マーケット上ではモネやルノワール同様に異常な高額で取引されていて明らかに同グループとして扱われているという現実など,画風以外を考慮して印象派に入れるべきという保守的な意見もわかる。ゴヤのように画業のみでの判断で様式分類が変わるわけではないから,かえって話がややこしい。

高校世界史でマネについてのさらなる問題点は,ゴヤは政治史上の“出来事”としてごまかすことができるが,マネは政治史の文脈で処理するのが難しい(《皇帝マクシミリアンの処刑》を無理矢理使うという手段がなくはないが)ということがある。反則技は使えない。さて,実際にどうなっているのか。

主要教科書5冊の扱いは以下の通り。山川は2冊とも掲載なし,その他の出版社は保守的な姿勢が強い。
【掲載なし】
・山川『詳説世界史』
・山川『新世界史』

【印象派に分類】
・東京書籍『世界史』
・実教出版『世界史』
・帝国書院『新詳世界史』


参考書5冊は以下の通り。参考書の方が柔軟なのはゴヤと同じ。

【掲載なし】
・山川『詳説世界史研究』:ゴヤと同じく,まさかの掲載なし。『詳説世界史研究』の文化史はやたらと詳しかったり教科書未満の説明だったりでピーキーすぎる。
【印象派に分類】
・浜島書店『新詳世界史図説』
・帝国書院『タペストリー』:
「「近代絵画の祖」として印象派の先駆者と見なされる」と注釈。
【様式分類せず】
・山川『用語集』:「近代絵画の父」「印象派の父」「マネ自身は印象派に加わっていない」と説明。短いながらも実直で良い。ただ,高校生に理解できる説明かと言われると,どうか。
・山川『世界史図録』:特に説明無し。ゴヤと扱いをあわせている。

正直に言ってしまえばマネのいない近代西洋美術の説明は成立しないのであるから,山川の教科書2冊には不満である。教科書を執筆する側(今回の場合は削る側と言った方が正しそうだが)にも事情があるのはここまで本記事で述べてきた通りだ。しかしながら,反則技が使えないなら載せないというのは潔すぎやしないか。削るくらいならいっそ印象派として載せてしまった方がまだよいのかな,というのが個人的な感想である。もちろん異論はあると思うし,たとえば昨今の用語削減の流れを考えれば理由はどうあれ減るに越したことはない等。これから議論が蓄積されていくべきであろう。あとは……マネが印象派の画家であるのを自明として入試問題を作るのだけは避けてほしい,というのを全国の(西洋美術史が専門外の)大学教員へのメッセージとして本記事を締めておく。  
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2021年12月13日

2021年8〜12月に行った美術館(聖徳太子展2つ・曽我蕭白展)

愛知県美術館の曽我蕭白展。江戸中期に活躍した奇想の画家の代表例である。実際に人物描写は歪みに歪んでおり,美しさと醜さが同居していて,鑑賞者に強いインパクトを与える。それだけに皺の多い老人や仙人,それに童子は得意で,逆に若い女性などは比較的普通である。動物にしても形態が複雑な竜虎などは特徴的であるし,伊藤若冲ほどではないにせよ鳥や哺乳類の描写も細かい。それに比べると植物は割と普通に見えた。また山水画は驚くほど普通で,狩野派と言われても信じるような漢画風の硬さと上手さがあった。山水画の作品群は来歴が明確なので曽我蕭白の作で確実だが,そうでなかったら候補に挙げることすら難しそうだ。総じて興味と得意のポイントが非常にわかりやすい画家と言えるが,描こうと思えば普通に描けるし,仕事で普通に描くのはやぶさかではない人だったのだろう。いくつかの作品では皺を刻みすぎていてシリアスな笑い状態になっていたが,多分本人もわかっていて,そのつもりで描いたのだと思う。

絵柄からわかる通り奇矯の天才といった風で実際に変わった人ではあったようだが,伊藤若冲もそうであるように家族・友人関係には恵まれていたようで,そういう人たちに見放されない程度の奇妙さではあったようである。パトロンとの手紙のやりとりも展示されていて,そうした様子が伝わってきたのがとても良かった。もちろん全く見知らぬ250年も前の人ではあるのだが,こういうちょっと風変わりな人が社会から脱落せず,画家として栄達を成し遂げていた様子がわかると不思議と安心感を得てしまった。また伊藤若冲との比較で言うと,彼は大商人の出自で基本的に京都から移動していない。これに対して,曽我蕭白は同じ京都の出自ではあるが高田敬輔を師匠とすべく滋賀県日野に赴いた専業画家で,さらに少なくとも伊勢松阪・播州高砂で仕事をした形跡があり,画業による生計のための移住がある。これは知らなかったので今回の展覧会で勉強になった。それもあってか,伊藤若冲は比較的人生がわかっているが,曽我蕭白は若い頃を中心に不明な点が多い。そうそう,仙人を描いたものが多いことからもわかる通り,他にも林和靖や周茂叔(周敦頤),李白,竹林の七賢など中国の題材が多く,漢文の素養は間違いなく高いが,これもどこで学んだのか。また研究が進んだら新たな展覧会が開かれることだろうから,それに期待したい。


東博の聖徳太子展。聖徳太子は622年に亡くなっているので,2021年で1400年目ということらしく,東博とサントリー美術館でその記念の企画展が開催された。東博の方は法隆寺に焦点を当てていて所蔵品からの出品も多かったのに対し,サントリー美術館の方は四天王寺に完全に焦点を当てるということで住み分けがなされていた。また東博は仏教・仏像や聖徳太子伝説の基礎から説明していたのに対し,サントリー美術館はかなり説明を省略していたから(特に注釈無く「上宮王家」のような言葉が出てくる),東博で読んできていることを前提で企画展のキャプションを作ったのかもしれない。

そのような住み分けであったので,東博の方は良くも悪くも総花的な豪華展示であり,国宝と重文がずらっと並んでの約200点。国宝の一例を挙げると天寿国繍帳と獅子狩文錦。あとは法隆寺金堂東の間の薬師如来坐像は貴重な鑑賞の機会で,飛鳥文化の北魏様式の特徴が濃いのがわかって良かった。やはり釈迦三尊像によく似ている。いずれも教科書で見たことあるものの実物が見られるという意味で,非常に東博らしい企画展ではあった。しかし,総じて面白かったけど新たに得られた知識はあまりなく,個人的な勉強にはあまりならなかったかなと。そういう意味では,最後の最後に金堂壁画の模本をどーんと展示していたのは,総花的展示だけで終わらせるわけにはいかないという東博の意思は感じた。

ついでに同時に開催されていたマレーシア・イスラーム美術館展も鑑賞。それほど宣伝されていないが,けっこうな長期間でマレーシア・イスラーム美術館から膨大なイスラーム美術を来年の2月20日まで展示されている。しかも企画展料金が徴収されず,平常展の券で入れる。なんでこんなにサービスが良いのかと思ったら,マレーシアが新型コロナウイルスのためにとんでもないことになったため貸し出してくれていたようだ。貸出料が向こうの美術館の多少の足しになっていればよいのだが。マレーシア・イスラーム美術館は名前からして古そうに見えるが実は1998年開館でかなり新しい。クアラルンプールにはこの他に国立博物館があるが,こちらは純粋にマレーシアの歴史を追うものらしい。1998年までイスラーム美術専門の大規模美術館が無かったのは意外である。展示物は前述の通り豪華ではあったが,割と東博の東洋館の常設展示とかぶっているものが多く,それほど目新しいものは無かった。逆に言って東洋館の常設展示はイスラーム美術だけでも割と大したものではあるのだなと。ただし,イスラーム美術自体見る機会が貴重ではあるので,良い機会ではあった。


続いてサントリー美術館の聖徳太子展。前述の通り,こちらは四天王寺から持ってきたものが展示のほとんどを占めていて,史実はともかく太子信仰と言えば法隆寺ではなくて四天王寺であるぞという意識がめちゃくちゃ表出しており,その時点で面白かった。特に伽藍配置について,東博の方では若草伽藍と西院伽藍の違いを軽く説明していたに過ぎなかったが,こちらでは「四天王寺伽藍は若草伽藍と同じ! すごい!」というアピールの圧が強くてちょっと笑ってしまった。

また本展はサブタイトルが「日出処の天子」であるのだが,展覧会の最初が『隋書』倭国伝の該当ページ(書籍自体は明代のもの)で,最後が山岸凉子の『日出処の天子』で締めくくられていた。これにも意味はあり,展覧会のテーマが太子信仰であるので,史実の聖徳太子から信仰の対象へという大きな流れがあり,その現代の姿としての少女漫画を出しておきたかったのであろう。そうそう,展示の冒頭『隋書』の次は七星剣(国宝)と丙子椒林剣(模作)他,聖徳太子の所持品が並んでいて,展示の目的としては聖遺物から実物が存在しない伝説へという流れだったのだろうけども,私としてはむしろ太子伝説のRPGへの影響を思ったりした。ついでに,本展は太子伝説を追っている関係で黒駒もちょくちょく登場していて,東方ファンは見に行ったほうが良い。あとは,聖徳太子像といえば歴史的には角髪のある若者時代の姿を描いた孝養像であって,我々が見慣れたあの髭をはやした肖像画(唐本御影)がメジャーになったのは明治政府が紙幣にこちらを採用してからだということが説明されていて,これは知らなかったので面白かった。また展覧会の最後には『日出処の天子』とともに聖徳太子が採用された紙幣7種類も展示されていたので,あわせて懐かしい人もいただろう。  
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2021年12月11日

登山記録3(瑞牆山・金峰山),あと『ヤマノススメサードシーズン』について

初回はこちら。各項目の説明は初回を参照のこと。長くなったので今回は2座だけ。YAMAPのヤマノススメ巡礼マップ(瑞牆山・金峰山)も参照のこと。

No.9 瑞牆山
〔標高〕2230m
〔標高差〕750m(瑞牆山荘から)
〔百名山認定〕百名山
〔ヤマノススメ〕7巻・アニメ3期
〔県のグレーディング〕2C
〔私的な難易度と感想〕2C ※ 下記を参照のこと
自分が初めて本格的に挑んだ難易度Cの山。ただし,岩が頑丈でしっかりしているし,切り立った痩せ尾根があるわけでもない。コースタイムは瑞牆山荘からで4時間50分。富士見平でテント泊するなら3時間20分になるから,旅程も短くてあっという間に山頂に着いてしまうから,体力もそれほど必要としない。と削っていくと残ったものから推測がつく通り,この山の難易度は純粋にアスレチック的・ロッククライミング的テクニックに偏っている。コースタイムのうち最後の1時間は岩場と鎖場とハシゴしかない。要するにこういう感じの道が延々と続く。ボルダリング完全未経験で,当時はまだ三点支持? なにそれおいしいの? というレベルだった私は2・3箇所足をかける場所がわからなくて途中で帰ろうかと思った。今ならもう少し楽に登れるかもしれない。ともあれ,テクニック理由で登頂未達になりかけたのは登山を始めて5年ほどの現在でも瑞牆山が最初で最後である。逆に言えば,その辺の経験やセンスがある人にとっては軽い山で,難易度Bの山よりも簡単に感じるかもしれない。同様の理由で,ロッククライミングのつもりで行くと逆に物足りないだろう。

瑞牆山道中


麓から見上げた山容も威容なら山頂からの眺望も威容で,切り立った奇岩による山水画の世界を楽しむことができる。次の写真は麓からのものだが,この光景だけでも瑞牆山は価値が高い。

瑞牆山の山容


その他の注意点としては,人気の山で登山者が多い割に山頂が狭い。山頂で昼食休憩を考えているなら早めの時間帯に行った方がいいだろう。あと岩壁をよじ登っていく関係で道が非常に狭いので,難易度が高い箇所で詰まると自分が原因で渋滞が発生するのも注意が必要。発生させた張本人が言うのだから間違いない。なお,YAMAPにはヤマノススメ聖地巡礼用MAPが用意されていて,我々もこれを利用して登った。それにしても,これを「きつい登りだけど何とか平気」と言いつつあっさり登ったあおいはアスレチック能力はかなり高い。少なくとも私より高い。そうそう,原作通りに富士見平でキャンプするのも悪くないだろうが,瑞牆山荘は山小屋とは思えないほど設備が良い。なにせ風呂までついている。夕飯もローストビーフが出てきて驚いた。お勧め。


No.10 金峰山
〔標高〕2599m
〔標高差〕1120m(瑞牆山荘から)
〔百名山認定〕百名山
〔ヤマノススメ〕7巻・アニメ3期
〔県のグレーディング〕4C(瑞牆山荘から)・2B(大弛峠から)
〔私的な難易度と感想〕4C ※ 下記を参照のこと
瑞牆山のお隣の山にして,奥秩父の盟主,第二の高峰。山梨県民は「きんぷさん」,長野県民は「きんぽうさん」と読むらしい。自分が2021年までに登った山の中では最高難易度。コースタイム7時間30分(行きが4時間)で標高差1120m,1時間に300m上がらないということからわかる通り,急登は多くない。特に行きの前半2時間ほど,「大日岩」という名所の少し手前まではただの樹林帯が続く。ところが後半が難易度のCたる所以で,鎖場からの鎖場,特に「砂払いの頭」「千代の吹上」という名所以降は基本的に痩せ尾根と崖が続く。ちょうどこの辺りで森林限界を超えるので,視界に岩と空しかない世界になることもあって異世界感が強い。ただし,岩場・鎖場は瑞牆山ほどには厳しくなくて私でも詰まった場所はなかったし,また合間に普通の山道が入る。どちらかというと痩せ尾根の方が危険度が高い。『ヤマノススメ』作中で楓さんが「森林限界を超えたら気持ちのいい稜線歩きが続くから,そこまでがんばりましょう!」と言うのだが,それ自体は正しいのだけども,むしろ稜線歩きの方が緊張するので気持ちは休まらない。

金峰山道中


確かこれが千代の吹上付近だったと思うが……改めて見ても画面の右側おかしいやろ。技術的に登れない箇所は出てこないけど滑落して死ぬ可能性があるのはこちらという点で瑞牆山とは好対照であると思う。私的には体力は割りと余裕があったが,この気の抜けない難所が断続的に続くために精神が削られた。山頂は,本来なら富士山も見える絶景なのだが我々が登った時は完全に霧の中であった。それで痩せ尾根が余計に怖かったところもあるかもしれない。後でこの時の同行者に後に「トラウマになっていて過大に怖がっているのでは」と言われたことがあり,それはなくもないと自分でも思う。ただ,それはそれとして,『ヤマノススメ』聖地巡礼勢のサイトや同人誌を読むに割りと皆苦戦しており,あおいとひなた同様に山頂未達の人も見かける。少なくとも現状のアニメ版『ヤマノススメ』聖地巡礼では最難関なのは間違いないと言える(原作だと石鎚山に負けるが,あそこはあおいとひなたが登っていないので例外とすると,原作でも最難関か)。

そんな金峰山であるので,原作7巻でひなたが膝が痛むと言いだして,あおいが付き添って途中で下山に切り替えたのは判断として正しい。描写を見るに,上述の通りに難易度が上がり始める頃の大日岩付近で引き返したのだろう。ところが,アニメ版ではひなたが膝が痛いことを打ち明けるのがもうかなり山頂に近い「砂払いの頭」に変わっているので,実はかなり不自然なことになっている。上述の通りの難易度であるので,あおいがひなたの分のザックも背負いながらここから下山できてしまうのは,それまでのあおいの登山能力との乖離が激しくなってしまうのだ。しかしながら,これが愛のなせる技なんだなと脳内補完しながら,あのカップルはこんな危険箇所で仲直りしていちゃついてたんだなという思いを馳せながら登ると,聖地巡礼としては極めて楽しめるのではないかと思う。我々も「12話のあのシーン,この岩の上だったのかよwwwww」と爆笑しながら下山していたので,疲労の割には非常に楽しかった良い印象の方が強い。これは登って現地で見ないと実感として理解できないと思われるので,正しく聖地巡礼の意味があり,最も巡礼の価値がある山でもある。この意味で原作信者は3期アニメの改変に対して切れていい。『ヤマノススメ』に存在しているのかは知らないが。あと,息を切らしていないどころか楓さんよりも体力残ってそうな感じで完走したここなちゃんは一体。

『ヤマノススメ』ではあおいとひなたが登頂していないためか描写されていなかったが,金峰山の山頂から少しだけ下りたところにある金峰山小屋の名物が鍋焼きうどんである。これが恐ろしい登山道で疲弊した体力と精神を回復させるから,ぜひとも昼飯はここで。あとこの山小屋の犬がかわいい。

金峰山小屋の鍋焼きうどん金峰山小屋の犬


ところでこの金峰山は登山道が大きく分けて2ルートあり,1つは『ヤマノススメ』と同様に1泊2日で瑞牆山と縦走する,瑞牆山荘を拠点として西側から登るもの。もう1つは正反対の東側,大弛峠から登るものである。前者は既述の通り4Cと高難度だが,後者は地方自治体グレーディングで2Bとなっているから,おそらくさして苦労せず登れてしまうのだと思われる。個人的にはトラウマの払拭と眺望のリベンジを兼ねて,今度は大弛峠から登ってみたい。  
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2021年12月04日

登山記録2(霧ヶ峰・棒ノ嶺・地蔵岳・筑波山)

初回はこちら。各項目の説明は初回を参照のこと。

霧ヶ峰高原No.5 霧ヶ峰(車山)
〔標高〕1,925m
〔標高差〕車山の麓からで125m,八島ヶ原湿原からで約300m
〔百名山認定〕百名山
〔ヤマノススメ〕4巻・アニメ2期
〔県のグレーディング〕3A(一番長いコースの場合)
〔私的な難易度と感想〕3A
旅行記をすでに書いているので,詳しくはそちらで……と思ったら当時に登山的なことは何も書いていなかった。霧ヶ峰は高原であるので登山可能な領域はかなり広く,東西に長い。最西端は八島ヶ原湿原,最東端が最高地点の車山山頂である。八島ヶ原湿原から出発して車山の方向へ歩いていくか,車山の麓の車山肩駐車場から出発して先に山頂を制覇し,その後八島ヶ原湿原に向かって歩いていくか,どちらかが一般的なコースになるだろう。どちらのスタート地点へも豊富にバスが出ている。道はよく整備されていて難易度は高尾山以下だが,八島ヶ原湿原から車山山頂まで全部歩くと5時間超になり,かなり長いのでルート取りは注意が必要。景観は,ある年齢層以上の人なら思わずWindowsXPと言ってしまうこと請け合いの草原が広がっている。なお,景色を楽しむだけならヴィーナスラインで外周を車で走る方が良いというのは禁句である。


(『ヤマノススメ』順で行くと本来なら次は谷川岳になるが,雪山登山であったため難易度が測れないので省略。2022年の夏秋で登ると思う。)


PIC000137No.6 棒ノ嶺(棒ノ折山)
〔標高〕969m
〔標高差〕白谷沢登山口からで640m,さわらびの湯からで700m
〔百名山認定〕無し
〔ヤマノススメ〕5巻
〔県のグレーディング〕無し
〔私的な難易度と感想〕2B
初めて他人を誘って登った山として,私的には印象深い。飯能駅からバスに乗って名栗湖まで,そこからが登山。名栗湖自体がなかなか景観が良い。登りは手軽に沢登りできるのが特徴で,登山道は涼やかである。白谷沢登山道の前半は沢登りになっていて,それほど滑って転ぶ危険無く沢登りが楽しめる。高尾山6号路の次はここだろう。一方,沢以外の登山道はけっこう荒れていてやや登りにくい。道中けっこう「ここは本当に道なのか?」というような場所があって困惑した。同行の埼玉県出身者に聞いたところ「埼玉県民は山梨県民や長野県民とはまた違った山の民なので,登山道が荒れていても大して気にしないところがある。『ヤマノススメ』見てればわかるでしょ?」という非常に説得力のある説明をされて納得するしかなかった。山頂からの眺望はそこまで良くない。棒ノ嶺で画像検索をすると道中の沢登りの写真ばかりで山頂からの眺望が少ないところからも察してほしい。ここはあくまで沢登りとちょっと荒れた登山道を楽しむ山なのであって,眺望を期待する山ではないのだろう。難易度はそこら辺を考慮してB,コースタイムは4時間40分。下山後は登山口付近にあるさわらびの湯で汗を流すのが鉄板。地元の特産品と『ヤマノススメ』グッズが売っている。


赤城山地蔵岳No.7 地蔵岳(赤城山)
〔標高〕1674m
〔標高差〕約310m
〔百名山認定〕無し(赤城山は百名山)
〔ヤマノススメ〕5巻・アニメ3期
〔県のグレーディング〕無し
〔私的な難易度と感想〕1A+
『ヤマノススメ』が表紙のMAPが限定配布されていたので,こういう機会でも無いと登らない山だと思って急遽登山に行った。取り立てて特徴は無い登山道で,登りやすくも登りづらくもなく。コースタイムは1時間45分ほど。本来は大沼が一望できて眺望が良いのだが,私が登った時は霧が出ていてあまり見えなかった。『ヤマノススメ』でも雨が降っていて眺望が死んでいたので,聖地巡礼としては正しかったのかもしれないが……。写真の通り,山頂には複数の電波塔が建っていて,これが特徴になっている。霧中の電波塔が意外と映えていたのが救いか。しかし,『ヤマノススメ』聖地巡礼目的ではないなら特にお勧めするような山ではなく,やはり普通に赤城山最高峰の黒檜山に登るべきだろう。そんなことよりも麓の駐車場のドリフト痕がとんでもないことになっていて,そちらの記憶の方が強い。まだまだそういう文化が残っていて,その聖地なのだなぁ。黒檜山もそのうち登りに行きたい。下山後,アニメ版でここながぐんまちゃんに出会う赤城神社にも行ったが,アニメ放映当時と異なり,名物らしき朱塗りの長い橋は通行禁止になっていたので少し残念である(2019年6月時点)。『ヤマノススメ』で同時にあおいとほのかが行っていた伊香保温泉については別記事参照。


(5巻登場の木曽駒ヶ岳は未踏)


筑波山夜景No.8 筑波山(ナイトハイク)
〔標高〕877m
〔標高差〕約350m(おたつ石コース,ロープウェー不使用)
〔百名山認定〕百名山
〔ヤマノススメ〕6巻・アニメ3期
〔県のグレーディング〕無し
〔私的な難易度と感想〕1A
『ヤマノススメ』での登場があおいとひなたのナイトデート……もといナイトハイクであったので,私も友人たちとナイトハイクを決行した。ライトは富士山の時に使用したかなり強いやつを持っていったので,暗くて困ることは特に無かった。登山道はよく整備されている上に,観光スポットが多く,コースタイムは女体山山頂までで70分。そこから男体山まで足を伸ばしても25分増えるだけとかなり短いため飽きずに登山を楽しむことができる。男体山よりも女体山の方が標高が高いのはあまり見ないと思われる。女体山山頂からの眺望は良く,ナイトハイクだったために関東平野の夜景が綺麗であった。スマホのカメラなので多分全然伝わっていないのが惜しい。これは確かにデートスポットになりますわ。ケーブルカーやロープウェーを使えば全く登山せずに済むという点でも勧めやすい。普通に登るにしても下山はケーブルカーかロープウェーでよいと思う。なお,我々もケーブルカーで下山したのだが,その後の時間調整をミスして長時間バス停で待ちぼうけを食らう羽目になるはずだったところ,ケーブルカー付近のお店にお勤めの方に声をかけていただいて駅に近いバス停まで送ってもらったということがあった。茨城県民の心は温かい。それはそれとして,ケーブルカーとバスの乗り換え時間がシビアなのは間違いなく,観光地の割りには注意して計画を立てた方が良さそう。乗り放題パスを作っているのだから,公共交通機関同士で少し調整してほしい。  
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2021年12月03日

上智大神学部の〔学部独自試験〕入試問題を解いてみた

受験世界史の企画をお読みの方はご存じの通り,上智大は2020年を最後に一般入試の大部分で地歴公民科目の入試をやめて,共通テストと学部・学科別の独自試験で合否を決める制度となった。とはいえ上智大は学部・学科が非常に多いので本気でこれを実施するのかと半信半疑でいたのだが,2021年の赤本を見るに,本当に実施したので驚いた。しかも1つ1つがけっこう作り込まれていて,なかなか面白かった。たとえば文学部ドイツ文学科であれば,高校世界史の範囲のドイツ史とドイツ文化について論じた現代文の問題が組み合わされたようなもので,これなら確かに意欲と適性をちゃんと測れると思われた。やればできるのになぜ去年までやってなかったのか。

となるとやはり気になるのは神学部である。神学部で学ぶ意欲と適性を測る独自試験ってどうなるのか。募集要項には「キリスト教と聖書の基礎に関する理解力と思考力を問う試験」としか説明が無かった。文学部ドイツ文学科から類推するに,キリスト教について論じた現代文・小論文に,世界史・倫理の範囲のキリスト教知識を問う問題を織り交ぜるくらいが高校の各科目の範囲内で出す形になるだろうか。しかしながら,上智大は募集要項の一般入試の説明で「独自試験(学部学科適性試験)」と銘打っていて科目名を出していないのだから,高校科目の範囲という概念自体が存在しない。受験生が解けるかどうかは別問題として,何を出題しても怒られる筋合いは無いのであるから,むしろちゃんと高校世界史の範囲のドイツ史しか出していない文学部ドイツ文学科が心優しいだけなのである。そういう意味では上智大の赤本を読んでいて多少のがっかり感があったのは否めない。

……という前振りからわかると思うが,神学部の独自試験は「期待」に沿うものであった。私も一応は大学で西洋美術史をやっていたし,けっこうキリスト教は詳しいつもりだったのだが,まあ全然歯が立たない。あまりにも面白すぎたので共有したいと思う。



〔大問1〕
リード文に空欄が空いている形式の問題で,コンスタンティヌス帝のミラノ勅令だったりバビロン捕囚を引き起こした新バビロニアだったりと,41問のほとんどが普通の世界史・倫理知識で解答可能である。多少難しい・世界史・倫理範囲内か怪しいかなと思ったのは,紀元前8世紀に活躍した『旧約聖書』上の預言者「イザヤ」,『新約聖書』福音書のうちのマルコ・マタイ・ヨハネ以外で「ルカ」,シトー修道会のクレルヴォー出身の聖者で「聖ベルナルドゥス」辺りか。出題者からするとここは満点をとってほしいゾーンなのだろう。

〔大問2〕
ここはあまりに凶悪すぎて初見で爆笑した。次の空欄を埋めよ(一部のみ抜粋,選択肢あり)。

「愛の反対は憎しみではなく,( ア )です。この世で一番大きな苦しみは一人ぼっちで,だれからも必要とされず,愛されていない人々の苦しみです。」(マザー・テレサ)
「人生を愛すること。そして,愛されることの喜びそのものです。愛は( ウ )で,一番よく表現されうるのです。そして,今学びにあるあなた方は,この( ウ )が痛むまで( ウ )を学ぶのです。何故ならば,これこそが本当の愛の証だからです。」(マザー・テレサ)

「( カ )を探す人。それは神を求める者。それに気づいている,いないにかかわらず」(エーディット・シュタイン = 十字架の聖テレサ・ベネディクタおとめ殉教者)

「信仰とは神の( ク )に生涯耐えることだ」(カール・ラーナー)

「神の( コ )は,生き生きと生きる人間に表れる」(リヨンの聖イレネオ)

「神は( サ )していたのではない。一緒に苦しんでいたのだ。」(遠藤周作)

選択肢 “瓩靴漾´愛 E┛奸´さГ蝓´デ望すること δ戚曄´理解 ┛造蕕 
奉仕 真理 与えること 無関心 神秘 栄光 凝視


……これ空欄アとサ以外をすぱっと解答できた人いる? 私は無理でした。熱心な信徒なら高校生でも解答可能なのだろうか(反語なのではなく推測がつかない)。アは有名なのでの「無関心」,サもΑ崢戚曄廖ウは当て勘での「与えること」だろうと推測できた。また省略した空欄イ・キ・ケも知ってたり推測できたりしたのだが,カ・ク・コは本当に全くわからなかった。まずエーディット・シュタインさんis誰。リヨンの聖イレネオも誰。そんでもって赤本さんは解答を省略しやがったために(多分解答できそうな人を捕まえられなかったのだろう),自力で解答を調べる羽目になったのだが,空欄クの正解は「神秘」らしい(ググって出てきた訳は「不思議」だったが)。空欄コは「栄光」とのこと。空欄カはとうとうわからなかった。識者の人がこの記事を読んでいたらご教示ください(ガチ気味に平伏)。


〔大問3〕
ここも,大問2ほどではないが厳しい。同様に次の空欄を埋めよ。(一部のみ抜粋,選択肢あり)

「( ア ),イスラエルよ。私たちの神,主は唯一の主である。心を尽くし,( イ )を尽くし,力を尽くしてあなたの神,主を愛しなさい。(申命記6章4〜5節)」

「見よ,高慢な者を。その心は正しくない。しかし,正しき人はその( オ )によって生きる。(ハバクク書2章4節)」

「イエスはこの群衆を見て,山に登られた。腰を下ろされると,弟子たちが御もとに来た。そこで,イエスは口を開き,彼らに教えられた。「心の( ク )人々は,幸いである。天の国はその人たちのものである」」(マタイによる福音書5章2〜3節)

「私は( ス ),あなたがたはその枝である。人は私につながっており,私もその人につながっていれば,その人は豊かに実を結ぶ。(ヨハネによる福音書15章5節)」

仝斥奸´愛し 8澆い飽Δ傾腓い覆気ぁ´い屬匹Δ量據´タ人 λかな О擇譴襦´┷押
目覚めよ パン 自由 裸 貧しい からしだね 無心 安嵯匹傾腓い覆気
運じる 科欷遒掘´蓋亀ぁ´看塾蓮㉑聞け ㉒信仰 


……上智大の神学部を受験するなら『旧約』も含めた聖書の有名箇所くらいは当然暗記してるでしょってことですね。『新約』の方は私でも調べずに全部わかったので,『旧約』の方も有名な箇所なのだろうと思う。私はまずハバクク書を知らなかったが……十二小預言書から引くのはレアではないのか。聖書の文言はネット上に豊富にあるのでこれは調べればすぐに答えが出る。空欄アは㉑「聞け」,空欄イは─嶌押廖ざ欄オは㉒「信仰」が正解らしい。


〔大問4〕
最後の大問は,次の文章を読んで問いに答えなさいとあって,文章はこういうもの(あまりにも長いので一部のみ抜粋)。

「創世記冒頭の第一の創造記事によれば,人類を創造することが神の計画に含まれています。男と女を創造なさった後(中略)密接に絡み合う根本的な三つのかかわり,すなわち,神とのかかわり,隣人とのかかわり,大地とのかかわりによって,人間の生が成り立っていることを示唆しています。聖書によれば,いのちにかかわるこれら三つのかかわりは,外面的にもわたしたちの内側でも,引き裂かれてしまいました。この断裂が罪です。(後略)」(教皇フランシスコ回勅『ラウダート・シ ーともに暮らす家を大切に』カトリック中央協議会65〜66頁)

問題はこの文章を読んでの小論文なのだが,2問あってどちらも600字である。制限時間が大問1〜4まで合わせて75分であるから,時間が相当に厳しい。大問1〜3をあわせて25分で倒したとして,各25分で600字は埋められないだろう。ただし,配点の多くはこの600字2問であろうから,知識が全然ダメでもここで逆転できる可能性はある。問題の内容がこの回勅の視点から見た環境問題なので,確かに神学部で学習する適性を試すことができる問題だろう。


さて,2022年度用の募集要項もすでに出ているが,一般入試の文言は全く変わっていなかった。ということは,来年もまたこんな感じの問題が出題されるのだろうか。あるいは,あまりにも平均点が低かったりして,もうちょっと普通の受験生でも解けそうな問題に方針転換するだろうか。今からすでに待ち遠しい。変わらないとすると受験生の側は大変で……というよりも受験生はまず間違いなく信徒だろうし覚悟が決まっているだろうが,これを対策できる塾・予備校は日本に存在しなさそう。キリスト教系の高校にお勤めの聖職者の先生が一番受験対策できるという,まさかの展開では。  
Posted by dg_law at 01:09Comments(7)