2022年03月31日

ニコ動の動画紹介 2021.7月下旬〜2021.8月上旬



実況芸。



FF8芸人,LEGOでもFF8を作り始める。





DQ3の僧侶縛り・レベル制限無しというだけならそこまで珍しくも難しくもないのだが,この縛りプレーは戦闘中に敵を対象とする呪文しか唱えられない「魔法使い」,物理攻撃しかできない「戦士」,味方を対象とする呪文しか唱えられない「僧侶」という役割分担の縛りを追加しているのが面白い工夫だった。結果的に本来の僧侶の役割である回復役は一人だけ,あとは虚弱な補助役と虚弱な攻撃役ということになるが,SFC版の性格による成長が大きく変わる仕様があるからこそ実現した縛りではある。結果的にレベル34で挑んだバラモス戦,レベル55で挑んだゾーマ戦はなかなか熱かった。




オクトラのプレイ動画自体見るのが初めてだったのだけど,随分とサガシリーズとはゲーム性が違うなと思った。強スキル・強装備が充実していてバフ・デバフや属性の意味合いが強い。だから「ひたすら楽して」なのに派手な戦闘が多くて栄えたところはありそう。





がぉすP。下半期20選選出。ニコマスの歴史を振り返る動画……なのだが作品のチョイスがネタ寄り,疑似m@s寄りなので俺たちの約15年はこんなんだったっけ?wという不思議な感慨に襲われる傑作。「深刻な素材過多」ではあるが,これだけ集めるのは大変だったのでは。



タカ氏。メカPリスペクト。この主治医には従わざるを得ない。



パートの歌い分けすごいなーと思って聞いてたら,なるほど「手の混んだ自殺」w。



いを氏。相変わらずの野生の公式。  

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2022年03月23日

登山記録8(雲取山,大菩薩嶺)

No.21 雲取山
〔標高〕2017m
〔標高差〕1480m(鴨沢から)
〔百名山認定〕百名山
〔ヤマノススメ〕12巻
〔県のグレーディング〕5B
〔私的な難易度と感想〕6B
2018年の夏,富士山の前哨戦として登頂……したら富士山よりも辛かったという。東京都の最高峰にして東京都・埼玉県・山梨県の県境。山頂には三県の標識があるが,東京都の標柱だけ非常に豪華で,東京都最高峰たる威厳と東京都の資金力を誇っている。対して富士山などを擁する山梨県の標柱はやる気がない。

コースタイムは鴨沢から登って6時間半,三条の湯経由でお祭に下って7時間ちょうど。合わせて13時間ほどになるので,富士山とほぼ同じである。しかし,岩場の量がそこそこ多いことや補給ポイントの少なさ等を加味すると,富士山よりも厳しいのではないかと思う。『ヤマノススメ』でも二度目の富士山の前哨戦としてあおいたちが挑戦しているが,登りは雨が振っている上にテント泊をしているので,尚更富士山より厳しかったのではないか(実際にひなたは「富士山より全然きついよねこのルート」と言っている)。滑落して死ぬような場面はほぼ無いが,ただただ長くてしんどい。山梨県によるグレーディング5Bだが,少なくとも富士山と同じ6Bが妥当だろう。

なお,私と頬付は夏場に登ったため麓の鴨沢は早朝の時点ですでに35度,ちょっと登っても全然気温が下がっていかず,大量に持ってきた水をすごい勢いで消費した。おまけに15時過ぎにはあまりに早い夕立に遭い,登山で初めてゴアテックスのアウターのお世話になった。しかし,その夕立の直前にかわりばえのしない杉林を歩いていた途中,落ちていたビニール袋を調べたら『ラヴクラフト全集』を見つけてしまったのがこの時の登山のハイライトである。山中で頬付と二人で爆笑していた。この経験はまず間違いなく一生忘れない。雲取山は魔界。そりゃ炭治郎くんも鬼舞辻無惨に襲われることくらいあるよね。



登山道の8割は奥多摩にありがちな杉林で眺望が死んでいるが,七ツ石山を過ぎた辺りからは樹木が減って多少は開けてくる。山頂付近は良い眺望で楽しい。が,同時にその辺りから道が険しくなり,岩場も出現する。残りの体力には注意が必要。



あとは雲取山と言えば平将門の迷走ルートとして話題になったことがある。鴨沢から七ツ石山に寄る登山道で登ると,これらの看板は全て確認できる。むちゃくちゃなストーリー展開がけっこう面白い。
・登山中にこんな立て看板を読まされたらこれはもう登らざるを得ないよ、というお話「楽しそう(笑)」「考えたな」(Togetter)

我々の登頂の際は富士山に先立って山小屋を経験しておくという目的があったので雲取山荘に宿泊。その日は酷暑だったためか人が少なく部屋は頬付と2人であったが,普通は他のグループと合わせて4・5人で一部屋らしい。環境は良かった。下山路では三条の湯に寄った。濃いアルカリ性の鉱泉で面白かった。



総合すると,あまりに長い登山道だが,その長さを楽しむ登山ではあろうか。『鬼滅の刃』の竈門炭治郎の出身地として聖地巡礼するには,初心者には厳しい山だが,体力に自身があるなら挑戦してみてほしい。


No.22 大菩薩嶺
〔標高〕2056m
〔標高差〕470m(上日川峠から),1160m(裂石登山口から)
〔百名山認定〕百名山
〔ヤマノススメ〕13巻
〔県のグレーディング〕2A
〔私的な難易度と感想〕2A(裂石登山口からなら3A+)
小説『大菩薩峠』で有名な山……なのだが,私は未読である。また,現在の(また小説内で)大菩薩峠とされている場所は歴史的な大菩薩峠ではないらしい。ともあれ,バスで標高1500m超まで行けてしまうので,非常に楽な登山ができる。大菩薩峠はバス停からすぐ,1時間20分ほどで着き,かなり眺望が良い。



山頂は峠から30分ほど歩くと着くが,こちらは逆に眺望が無い。ピークハントに興味が無ければ峠から少し進んだ賽の河原を観光してすぐに帰ってもいいだろう。上日川峠ルートの欠点はバスが土日にしか走っていないことと,バスが混んでいることくらいしかない。



私が行った時は上日川峠に戻ると早くなりすぎてつまらないということで,逆側の裂石登山口から下山することにした。こちらは楽すぎず,普通の登山道であった。コースタイムは3時間ほど。眺望は無いが,森林浴はまずまず気持ちいい。特に面白みは無いが,後述するような事情からこちらから降りるのも良いだろう。裂石登山口から下りると,すぐそこに雲峰寺という寺があり,武田氏縁の宝物殿がなかなか面白かった。また,裂石登山口からJR塩山駅に向かってバスに乗ると途中に塩山温泉があり,ここの宏池荘が強アルカリ性の温泉で非常に良かった。源泉が約25度でちょうどよく,40度ほどに加温された浴槽と源泉かけ流しの浴槽があるので,交互に入ることを勧められるが,確かにそれが気持ちいい。建物の外観が古く風貌がちょっと怪しいが,気にせずに入るべし。温泉を出たら最後に塩山駅か甲府駅でほうとうを食べて帰れば,綺麗に一日が終わるのでお勧め。  
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2022年03月20日

2022受験世界史悪問・難問・奇問集 その3(国立大)

昨日の続き。本日の国立大でラスト。名古屋大が大きく報道されていた出題ミスを含む3つ,京大1つ。おまけで一橋大のレジェンドシリーズの解説を付した。千葉大と東京外大は未入手である。

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2022年03月19日

2022受験世界史悪問・難問・奇問集 その2(早稲田大)

昨日の続き。本日は早稲田大の残りをお届けする。

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2022年03月18日

2022受験世界史悪問・難問・奇問集 その1(慶應大・早稲田大途中まで)

今年も無事に公開に至ることができた。協力してくれる方々に感謝を申し上げたい。自分自身も例年より忙しさがやわらいだ2月で,少し書きやすかった。なお,3巻が発売しているので,2020年以前をまとめて読みたい方はこちらをお読みください。




<収録の基準と分類>
基準は例年とほぼ同じである。

出題ミス:どこをどうあがいても言い訳できない問題。解答不能,もしくは複数正解が認められるもの。
悪問:厳格に言えば出題ミスとみなしうる,国語的にしか解答が出せない問題。
→ 歴史的知識及び一般常識から「明確に」判断を下せず,作問者の心情を読み取らせるものは,世界史の問題ではない上に現代文の試験としても悪問である。
奇問:出題の意図が見えない,ないし意図は見えるが空回りしている問題。主に,歴史的知識及び一般常識から解答が導き出せないもの。
難問:一応歴史の問題ではあるが,受験世界史の範囲を大きく逸脱し,一般の受験生には根拠ある解答がまったく不可能な問題。本記事で言及する「受験世界史の範囲」は,「山川の『用語集』に頻度,任發いいらとりあえず記載があるもの」とした。


<総評>
昨年は17個と近年まれに見る少なさであったが,今年は30個に増加した。増加した理由であるが,まず昨年は文科省から高校の休校等への対応として入試を易しくするよう指示を出していて,これに対応した慶應大がそれなりに易しく,結果的に難問や悪問が少なかった。しかし,今年はそのような指示が無かったので元に戻り,特に法学部は2・3年前並のひどい状況になってしまった。また,早稲田大は(世界史のみならず他の教科・科目を含めて)出題が荒れ気味で,難しかったとか日本語が変とかいうよりも単純に校正ミスやら詰めの甘さやらでの問題不成立が多かった印象である。特に教育学部は,国語で爆発炎上していたが,世界史も同様に第三者の校正・検討がされていないと思しき出題ミスが多かった。新型コロナウイルス感染症対策で大学も疲弊しているのかもしれない。


以下,本編。

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2022年03月13日

白鵬引退によせて

3/11にアップするつもりだったが,三度目のワクチン接種によって阻まれたので仕方がない。白鵬についてはすでにネット上に優れた評伝が多数上がっていて,特に付け足すところもない。たとえば次の2つの記事はすばらしい。
・「相撲社会の大先輩に何てことを言うんだ!」孤独の大横綱・白鵬が18歳でうけた“父のゲンコツ”《素は“仏”の男が“鬼”を標榜するようになった理由》(文春オンライン)
・「横綱・白鵬引退に思う」(視点・論点)(NHK解説委員室)
そこで,あくまで本ブログ上の記述に沿って私見をまとめつつ,こうした評伝で意外と触れられない取り口の変遷を中心に書き残しておきたい。

白鵬の人生は有名すぎるエピソードが多い。誕生日は3/11,父親のムンフバト氏はモンゴル相撲ことブフで5年連続6度優勝し,1964年東京オリンピックから5大会連続でレスリングで出場,特に1968年メキシコ大会では銀メダルをとった。モンゴルの英雄の息子,サラブレッドとして日本の大相撲に挑戦することになった彼だが,来日当初は身体が細すぎて部屋が決まらなかったという。しかし,結果として当時は新興でしがらみのない宮城野部屋に決まったことは,かえって白鵬にとって良かったのだということもよく語られるところである。

いざ大相撲に入ってからの出世は早かった……と言いたいところだが,やはり体格差のせいか,三段目脱出に6場所かかるなど,前相撲から新入幕まで17場所かかっている。後の大横綱と考えるとこれはかなり遅く,上位十傑にすら入っていない(12場所以内でなければ入らない)。実はその他のスピード記録も振るわず,2位や3位に入っているものすら少ない。ともあれ新入幕後は二度の休場のみで皆勤場所は全て勝ち越し,2007年五月場所後に所要38場所,歴代4位の早さで横綱に昇進した。しかし,不思議とこの頃の白鵬に対する私の印象は薄い。この頃の白鵬は受け相撲で,勝ち筋が右四つでの寄り切りに偏っていて,投げに展開したり離れて取ったりするのは後に比べると不得手であったように思われる。とはいえ長身で体格の良い右四つの本格派で,捕まえられさえすれば朝青龍でも脱出できなかったから,すでに並の横綱級の強さはあった。

なお,白鵬の綱取りについては,本来であれば2006年の五月・七月に14勝優勝・13勝次点であるから昇進していてもおかしくなかったのだが,2006年五月はまだ新大関であったので流され,その後で白鵬がケガをしたこともあって5場所遅れる結果となった。本件については,その前の三月が関脇で優勝同点13勝で三場所計が40勝というのは綱取りの隠れハードルである三場所計36勝を優に超えており,かつ長く朝青龍の一人横綱であったから二枚看板にする需要は高かった。にもかかわらず「時期尚早」という議論が出たのは不可思議で,現在の風潮なら確実にそのような声は出なかった。16年前の段階ではまだモンゴル人に対する疑念は残っていたのだろうし,その残滓がずっと白鵬の胸中に残り続けて後の不品行につながったのだとすると不幸の連鎖である。

白鵬の偉大さはやはり横綱になってからの安定感とその長さである。主要な史上最多記録を並べるだけでも優勝回数45回,年間最多勝10回,通算勝数1187勝,通算幕内勝数1093勝,横綱としての勝数899勝はいずれも前人未到の記録である。今後塗り替えられないとは断言できないが,更新のハードルは尋常でなく高い。横綱以降の取り口は何度かの変遷がある。長くなるので先にまとめておくと,関脇・大関時代を含めた2006-08年を初期型,09-11年を全盛期,12-14年を中期型,15-16年と21年に見られた後期型,17-20年の末期型と定義する。

2008年までは大関時代に近く,寄り切り中心で,朝青龍が上手投げで勝つと自分も上手投げで勝つといった妙な対抗心があったが,まだ後世に名が残るような上手投げではなかった。2008年初場所,13勝1敗で迎えた朝青龍との相星決戦は,大相撲史上でも稀に見る最強同士が真っ向勝負,卓越した身体と技巧をぶつけ合った一番となった。平成最高の名勝負としてこれを挙げる人も多い(私もこれに一票入れる)。しかしながら,朝青龍は全盛期だったにせよ,白鵬がまだ上昇曲線の途中だったからこそこれだけ白熱したのであって,このもう1年後には実力差が開いてしまった。

これが全盛期に入ると,左上手投げの切れ味が増して,離れて取っても押し負けなくなり,何よりも足腰の強くなった。「足に根が張っている」「身体が柔らかく,あらゆる衝撃が吸収されてしまって下がってくれない」等と評価されるようになったのはこの頃からである。私には2009年の春場所の全勝優勝で何かが変わったように思えた。2009年は86勝4敗という年間最多勝記録を樹立した年でもあるが,これに比して優勝は3回と振るわない。優勝できなかった場所は全て優勝決定戦での敗退だったので,この頃の白鵬はプレッシャーに弱いのではないかとも言われていた。まだまだ若かったということか。

続く2010・2011年は天下無双の強さを発揮し,右四つになっただけで勝ちを確信した観客が歓声を上げるというシーンもよくあった。2009-11年は238勝13敗で勝率.933という成績で,その完璧な相撲ぶりもさることながら,数字の上でも驚異的以外の言葉が見当たらない。2010年は大相撲史上2位の63連勝を記録し,九州場所で稀勢の里に負けると「これが負けか」「未だ木鶏たり得ず,だな」と名言を残した(後者は69連勝の双葉山をなぞったもの)。この「木鶏」発言からもわかる通り,白鵬はこの頃に大相撲の歴史について猛勉強しており,角界でも有数の有識者となっている。外国人として受け容れられないなら可能な限りに日本に馴染もうという努力だとすると涙ぐましい。2010年は野球賭博問題で,2011年は東日本大震災と八百長問題で大相撲に激震が走っていた時期であり,白鵬自身も前者において微額の花札をしていたことを自供して処罰されているが,それを差し引いても十分すぎるほど大相撲に貢献していた。この2009-11年頃の功績を忘れた後の不品行批判には賛同できない。


相撲の取り口に少し変調をきたすのが2012年で,まだ27歳,老け込むにはあまりにも早いが,天下無双の取り口は身体への負担が大きいのか,そのままの取り口では多少勝てなくなってきての2回優勝にとどまった。当時に本人が語っていたのは右膝のケガと腰痛である。環境の変化も大きい。2010-11年頃は朝青龍・千代大海・琴光喜・魁皇が次々に引退し,特に後者3人が辞めたことは大関互助会の崩壊を意味した。代わって稀勢の里・日馬富士・鶴竜・琴奨菊が台頭して,あまりにも盤石な白鵬の優勝の陰での二番手争い,大関取りが熾烈を極めていたのである。その刃がとうとう第一人者に届き始めたのが2012年である。

2013年は取り口が変わった時期であった。省エネ相撲の誕生である。前半戦の小結や前頭上位との戦いでは組まずに離れて取り,突き押しかとったりか,さっとつかんでの投げ技で仕留める。後半戦の大関・横綱戦に入ってから全盛期の取り口に戻していくという場所の過ごし方が固まっていった。これを中期型の白鵬と呼ぼう。これ以後に現れる後期型・末期型は中期型の変形であるから,中期型は引退までの基本形とも言える。場所の前半でとられた省エネ相撲はちゃんとした四つ相撲に比べるとやや勝率が下がるのでリスキーであった。しかし,15日間受けて立つのではスタミナが切れるのだから仕方がない。また,取り口が汚いということでもないので批判されるものではなかった。しいて言えば省エネ相撲の一貫として張り差しが多用されるようになったが,これも張り差し自体が悪いということではない。何よりも省エネ相撲のおかげでスタミナが温存されて,場所後半に日馬富士や鶴竜や稀勢の里に対して全盛期並の取り口を見せてくれるのであれば,ファンとして文句は無かった。にもかかわらず,一部の守旧派の好角家から省エネ相撲・張り差しそのものが批判されたのは白鵬の不幸で,これが民族差別と受け取られがちなところはあったのは,ここで必ず書き記しておかねばならない。

こうして中期型に移行した結果,2013年は4度優勝,2014年は途中休場1回を除く皆勤5場所のうち3度優勝と確実に復調した。2014年の九州場所での優勝がちょうど32回目,史上最多記録タイであり,名実ともに史上最強横綱となった。2013年には史上初の二度目の40連勝も記録している。最終的に43連勝まで伸びたが,これを止めたのはまたしても稀勢の里であった。なお,この稀勢の里が勝った取組後に九州の観客が万歳三唱をしたことは,いたく白鵬の精神を傷つけたと思われる蛮行であった。こうした心無いファンの言動は白鵬が一方的に批判されるべきではないと言われる一因である。


平幕から全盛期に至るまでケガが少なく,休場が極めて少ないことが特徴であった白鵬は,2015年九月に休んだのを皮切りに,ケガによる休場を頻発するようになる。一度休むとタガが外れるということなのだろうか。2016年には年間最多勝を稀勢の里に奪われた。それに伴う精神の乱れもあろう,前述の通り日本人に裏切られたショックもあろう。2013年には精神的な支えと言われていた大鵬氏が亡くなっている。加えて,単なる省エネ相撲では勝率が下がりすぎるようになったこともあろう,諸々が重なって2014年下半期からまた相撲ぶりが変わっていく。こうして2015年頃から現れたのが後期型の取り口である。基本は中期型と同じながら省エネ相撲にラフプレーが加わり,悪名高い立ち合いのかち上げエルボーが見られるようになった。また,盤石に勝つというよりは経験と持ち前の反射能力による土俵際の逆転劇も増え,これはこれで見応えがあったものの,全盛期の取り口を知っている観客からするとラフプレーと同様に寂しい勝ち方であった。

かち上げエルボー問題について補足しておく。白鵬のかち上げエルボーは張り差しとの併用にポイントがある。かち上げは本来,相手の胸に自分の二の腕を当てて上体を押し上げるものであって,顎に当てて身体的な打撃をねらう目的のものではないし,顎をねらって空振れば自らの立ち合いが崩れるからねらう人もいなかった。また張り差しは,立ち合いと同時に相手に張り手を見舞うことにより相手の立ち合いの勢いを止めることで,押され負けを避けたり,自分に優位な差し手を作るものである。しかし,張り差しとかち上げを組み合わせると,左からの張り差しで動きが止まった相手の顎に,右の二の腕をクリーンヒットさせることが可能になってしまう。悪魔の発明である。よくこんなことを思いついたものであるが,そもそも張り差しとかち上げという全く違う動きを左右同時に行うという神業ができたのもまた白鵬だけであったから,誰も真似しようとも思わなかった。さらに白鵬は右腕に分厚く硬いサポーターを巻いていて,これが事実上の凶器となっていた。さて,張り差し・かち上げ・サポーター着用の一つ一つは言うまでもなくルールの範囲内である。肘打ちはグレーゾーンであるが歴史上あれだけ明確にエルボーを打った力士はおらず,また肘打ちが故意か偶然かの判断は難しいと予想される。まとめると,倫理的なダーティーさはあるが,ルールブックの盲点を突く発想の上でも単純な技巧の上でも,実現できたのが白鵬だけというのが,かち上げエルボー問題の核心であろう。だからこそ協会も本質的な解決を目指さなかった節がある。私見では,やはり「肘打ちは握りこぶしと同等と見て反則」という規定を新設してほしかった。エルボーが顎に入れば脳震盪を起こす危険が高く,相手の選手生命を縮めるので,白鵬の引退を待っている場合ではなかっただろう。同様の指摘は協会内でもあり,代表的なところで元武蔵丸の武蔵川親方が頻繁に批判していた。
・“ご意見番”武蔵丸の苦言「白鵬よ、右ヒジで顔面を狙うのはいけない」「正代戦も元横綱の僕としては許せなかった」(Number)

この頃には所作の乱れも指摘されるようになり,ダメ押しも目立つようになった。デーモン閣下が最初にそれを指摘したのが2014年の七月というのが,やはり一つの画期であった。ここでデーモン閣下に先んじて指摘できなかった横審には本当に存在価値がない。2015年初場所には無意味に審判を批判して騒動を起こした。私自身,今回自分で書いた相撲の記事を読み返していて,2016年3月には早くも「個人的には「もう“無敵の横綱”じゃなくてもええんやで。気楽に普通の綱を張ってくれ」と心から言いたい。」と書いていて,なんとも悲しい気分になった。しかしこの場所で36回目の優勝を遂げた横綱にとって,それはプライドが許さない堕落であったのだろう。彼にとっては品格ある普通の横綱よりも不品行でも無敵の横綱の方が偉大な横綱像であったのだ。2017年以降は騒動が多くなるが,ここで書き連ねるのはやめておこう。

しかしながら,こうしたラフプレーを続けていくことはさすがに許されず,観客や協会から批判を受け,また筋トレ等を増やしてトレーニングをし直したとのことで多少なりとも中期型の相撲が戻っていた。すなわち前半・中盤を省エネでやり過ごし,苦戦しそうな有望な若手との取組だけ思い出したかのようにラフプレーに走って,最終盤の2・3日だけ右四つ万全の相撲を取ると細かく切り替えていく。また少しでもつまづけば早々に休場する代わりに,完走すれば優勝するというスタイルが2017-20年にとられた。これが末期型である。しかし,ケガ頻発してこれすらも難しくなったため,最後の場所となった2021年七月は後期型に戻って何でもありの取り口であった。その全勝優勝は評価が難しい。少なくとも私自身は,当時に書いた言葉をそのまま持ってくるなら「あんな取組を千秋楽にとる横綱白鵬は見たくなかったというのが偽らざる本音である」。さりながら全勝優勝を最後に引退したのは実に白鵬らしいものであった。



総合するに,ラフプレーについては一方的に批判するしかないし,2017年以降の騒動の多くも批判されるべきところが多い。しかし,その背景事情には少なからず大相撲側の事情もあることは割り引かねばならない。また大相撲が絶不調だった2009-11年頃を支えた朝青龍の対抗馬・一人横綱であったこと,数々の偉業というべき大記録といった功績もまた大きく,何よりも何より盤石極まりなかった全盛期の四つ相撲の美しさは代えがたいものがあった。私は,彼の功績から不祥事を差し引いたとしても,まだ功績の方が圧倒的に大きいと判断する。他の多くの好角家も同じ判断になろうと思う。取り口の変遷を中心にまとめたので漏れてしまったが,東日本大震災復興支援や,新人発掘に確実な成果を挙げている白鵬杯の開催など,これらの点でも彼は評価されるべきであろう。

これからは後進の育成にあたるわけだが,すでに内弟子が何人も幕内まで上ってきており,特に小兵の育成には定評がある。モンゴルとの縁も活かして自らの記録を脅かすような,新たな大横綱を育ててほしい。お疲れ様でした。  
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2022年03月10日

ニコ動の動画紹介 2021.6月中旬〜2021.7月下旬



昔アイマスで見たことがある感じの狂気。



こういう頭がおかしいやつ大好き。「肩にちっちゃい重機のせてんのかーい」というフレーズが(元ネタは知っていても)どうしても突飛なのでビカビカ戦法にした時の破壊力が高い。




眷族(赤月ゆにのファン)による音MADとオリジナルソング。愛があってよい。






とらねずの人。Subnautica Below Zeroの実況。今作も面白かった。前作よりも,探検よりストーリー重視な感じ。




バチP。下半期20選ノミネート。アイマスにおけるクソデカシリーズの始まり。クソデカ羅生門からよくこれ思いついたな。



みおはす氏。下半期20選選出。クソデカにしたくなる歌詞の良い曲によく合わせた。



つくな氏。ここからあんな大流行が起きるなんて思ってなかったんよ……




hibiki氏。下半期20選選出。マフティー構文も本当に流行ったなぁ。セリフが一箇所を除いて全て公式そのまま。最近もう公式もわざといろいろ冬優子に言わせてるんじゃないかという気さえする。あさひのニュータイプ感(あるいは強化人間感)の強さもまた偽予告のそれっぽさを強めていると思う。  
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2022年03月09日

各名誉領事の住所を見ていくだけでもけっこう面白い

・キレキレダンスとアニメーション(セミになっちゃた)
→ これはデレステでハレ晴レユカイが発表された時に気になっていた。おっしゃる通りで,60fpsであるがためにかえってもっさりしている。キレが足りないように見えてしまう。タメとキレのアルゴリズムは納得した。
→ これについてはニコマスだと2009年時点で同じような結論に達している。かなり古い動画だが,現役のニコマスPならまだ参考になるだろう(それにしてもim@s新年会懐かしすぎるな……)。趣味であるからこそ,アルゴリズムとか考えずに経験による手動でこれをやっていた当時のニコマスPのダンスPVよ。既存のダンスPVの切り貼りで別の曲のダンスPVを作ってしまうという無理のある発想がわずか2年ほどでこういう職人芸を生み出してしまったのは,やはり急速に爛熟した一種の文化だった。



・トイレの個室に「使用時間」を表示 で、どうなったのか?:「実証実験」の結果(ITmedia ビジネスオンライン)
→ 実際にトイレ滞在時間がものすごく減ったというのがすばらしいし,世の中でどんどん実装されてほしい。ここで実験されているのはオフィスだが,記事中盤にある通り,真価を発揮するのは混雑する大規模商業施設等であろう。そして,記事中で懸念されている「慣れ」はあまり心配ないだろうと思う。トイレの中にいる人が気にするのはどちらかというと満室かどうかであって,満室でないならのんびりするか,というところだと思うので。
・「トイレの混雑」を改善したリクルートの超アナログな方法(ダイヤモンド・オンライン)
→ やはり満室にしてまで居座りたくないという人は多そう。


・「名古屋いいとこだよ、めっちゃ好き」 食堂の名物おかみ、実はガンビア総領事(Yahoo!ニュース オリジナル 特集)
→ ガンビア料理が美味しそう。名古屋に行く用事が今度あれば食べてみたい。
→ ガンビア政府はお金出してあげて……と思ったが,最貧国で政情不安なので本国はマジで金が無いのだろう。日本側がお金を出すのはどう考えてもまずいので,誰かなんとかならないですかね。せめて「ガンビア進出を目指す日本企業からのたびたびの問い合わせ」が来るなら,その辺からお金を出してもらうとか。
→ 他の小国でもこういうのはありそう。一応外務省にはこういうリストがあるが,「名誉領事」は本当に名誉職である場合と,ビントゥさんのように領事の仕事を全うしている場合があって,表面上は区別がつかない。こうして見ると名誉領事はけっこう多く,大体は日本人がやっていて,名誉職である場合の方が多そう。ガンビア以外で在日現地民が名誉領事をやっている国にはニジェールがあるが(外務省の別ページでは日本人になっていたのでよくわからない度が高い),試しに在東京ニジェール共和国名誉領事館のHPを見るとVISAの発給をやっていた。ニジェール共和国大使館が北京にあって兼任だから日本での実務はこちらに投げているのだろう。


・「琵琶湖の水止めたろかは滋賀県民の優しさ」関西人10人に10人が驚くという画像がこちら(Togetter)
→ 琵琶湖の水は実際に止めると滋賀県が自滅するというのは割と有名な話になってきたような感覚があるが,流して洪水を起こす戦略はどうかというと天ヶ瀬ダムが京都府宇治市にあるから,結局は生殺与奪の権利を滋賀県民が握れるわけではないというw。
→ 私は天ヶ瀬ダムは『響け!ユーフォニアム』の聖地巡礼のついでに行って,天皇陛下在位30周年ダムカードをゲットした場所として思い出深い。確かに宇治市への落差が大きな,すごい地形だった。  
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2022年03月08日

布銭の研究には期待したい

・世界最古の貨幣鋳造所が見つかる、2600年前、中国(NATIONAL GEOGRAPHIC)
→ 春秋時代の晋,紀元前600年頃の布銭とのこと。中国では紀元前400年頃からの戦国時代ではこうした青銅貨幣が普及するが,紀元前600年頃というとそこからかなり遡るので古い。しかもその戦国時代の布銭とあまり形が変わらないように見える。記事中にもある通り,現在の金属貨幣で確認できる最古のものは紀元前600年頃の小アジア,リディア王国のエレクトロン貨とされているので,今回の布銭が実証されればそれに並ぶ世界最古の金属貨幣ということになる。しかもあちらは金銀合金で打刻貨幣だが,こちらは青銅貨幣の鋳造なので,材質も製造過程が違うということになって面白い。また記事中にある通り,エレクトロン貨の鋳造は打刻貨幣よりも少し後になるので,鋳造としては中国の方が古いという可能性も出てくる。以上のような理由からこれは世間で思われているよりも大きな発見に発展する可能性があり,高校世界史の教科書が書き換わるレベルのもので,これはぜひとも研究の進展を待ちたい。


・「普通なんですが…」ネットを騒がせる“眼科の愛新覚羅先生”が明かす、やっぱり凄い“わが半生”(文春オンライン)
→ 日本育ちだと思っていたのだけど,留学生だった。ご先祖をたどっていくと順治帝にあたり,一族は八旗の出身とのこと。記事中にもある通り,日本でたとえるなら江戸幕府の家光か家綱くらいのタイミングで生まれた分家の小さな親藩大名の子孫くらいのポジションだろうか。もっとも,徳川家は愛新覚羅家に比べると二代将軍以降からの分家が少なく,けっこう宗家が途絶えて分家から養子を迎えていたりするので比較が難しい。現に徳川家光の次子の綱重は分家(甲府藩)になるはずだったが,綱重の息子の家重が宗家の養子となって6代将軍に就任している。
→ 3ページめに出てくる学会でアメリカに行ったときのエピソードが強すぎるw。「「亡命なのか?」「大使館に伝えなくて大丈夫か?」みたいなことを真顔で尋ねられる」ことがある人は決して普通ではない。


・つい人に話したくなる 聖書考古学 第3回 家は洞穴!? 飼葉おけは石!?(月刊いのちのことば)
→ 半年くらい前のTwitterで「イエス・キリストは馬小屋で生まれたのかどうか」が議論になっていて,調べた時に一番参考になったページ。他の信頼できる書き手のページでも同じ説明があったので,これが現在最も信頼できる学説なのだと思われる。
→ イエスが馬小屋で生まれていないとすると外典にある洞窟が信憑できる説ということになるが,飼い葉桶がなぜ洞窟に? という謎はそもそも住居や家畜小屋(馬が飼われている可能性は低い)が当時は洞窟の中にあった,家畜は人間の近くで飼われていて小屋がそこまできれいに分かれていないという説明で解決する。本家の欧米のキリスト教徒も家畜小屋を描いちゃうことも考えると,日本人が別に家畜小屋で覚えていても別に深刻な問題にはならないのではないか。
→ 家畜小屋と馬小屋を峻別すべきかどうかは難しいところで,たとえば聖徳太子の出生伝説との混同を避けさせたいなら確かに峻別すべきなのだろう。しかしながら,21世紀の日本人には家畜小屋と馬小屋を区別しろと言われてもそもそも違いが全くわからない(馬小屋は家畜小屋の一種でしかないのでは?)わけで,あまり気にしない方が良さそうにも思う。  
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2022年03月06日

登山記録7(美ヶ原,武甲山)

No.19 美ヶ原
〔標高〕2034m
〔標高差〕620m(三城いこいの広場から),100m(道の駅から)
〔百名山認定〕百名山
〔ヤマノススメ〕11巻(のおまけ)
〔県のグレーディング〕2B
〔私的な難易度と感想〕3A+(道の駅からなら1A)
「美ヶ原」とは大仰なネーミングだと思いきや,全く名前負けしていない。山域がだだっ広く,東半分は名前の通りの美しい草原が広がっている。見よ,この圧倒的な光景。

この草原の最東端が道の駅になっているので,まじめに登山するのが億劫なら高低差100mのここまで自家用車で行くことができる。また,そこからは山頂すぐそこまでバスも出ているので,極端に言えばほとんど歩かずに山頂の「王ヶ頭」まで行ける(したがって難易度は1A)。もちろん,草原の真ん中を割るように通してあるトレッキングコースを歩くのはとても気持ちいい。コースの分岐に「塩くれ場」,すなわち牛が塩をなめに来る岩場があるように,草原には時期が良ければ牧場の牛が闊歩している。私が行ったのが晩秋なのですでに寒く,牛は牛舎から出てきてくれなかった。山頂の王ヶ頭には電波塔が並び立っていて,人によっては自然破壊に見えるだろうが,私を含めた多数派の感想は偉容を誇っていて面白いというものだろう。



王ヶ頭から西に進むと,美ヶ原の最西端「王ヶ鼻」にたどり着く。ここは王ヶ頭よりも草原から突き出ているために270度の大パノラマで眺望はこちらの方が良いが,王ヶ頭でも十分な眺望ではあるので,体力と相談してここまで行くか決めるとよい。また王ヶ鼻は謎の石像群が並んでいて,ここも昔は修験道の場だったことを忍ばせる。

登山道はいずれも王ヶ頭・王ヶ鼻に向かって西南方向から伸びている。難易度は長野県の公式グレーディングだと2Bになっていたが,実際に登った感覚としてはBにするほどの難易度が無い。多摩の低山にありそうな感じの,よく整備された登りやすい登山道で,登り慣れている人ならさして苦労せずに登頂できるだろう。ただし,登山道はそこそこ長く,美ヶ原高原が広大であるので,ちゃんと登って高原もそこそこ回ると6時間前後のコースタイムになる。今度は逆に公式グレーディングが"2"になっていたのだが,これは"3"相当だろう。公式グレーディングがこれだけ当てにならない山は珍しい。魅力的で離れがたい光景が続くからこそ時間の余裕を持って回りたい山である。なお,あまり宣伝されていないが,美ヶ原の南面麓,登山道付近の森林が「長野県民の森」に指定されていて,森林の多い長野県の中でもそう指定されているだけのことはあり,見事な森だった。美ヶ原を登ったなら,ぜひここも訪れてほしい(下のツイートの4枚目が県民の森)。



ところで,『ヤマノススメ』で美ヶ原って出てきたっけ? と思った方がいたら鋭い。11巻の単行本のおまけで,黒崎家が訪れていて,王ヶ頭ホテルに泊まったという描写が出てくるだけである。この際に,ほのかが夜にホテルを抜け出して夜景を眺めているのだが,行ったのが真冬で-20度とのこと。これは作者の実体験らしく,その時の写真がたまにTwitterに上がっている。




No.20 武甲山
〔標高〕1304m
〔標高差〕1000m(横瀬駅から),780m(登山口から)
〔百名山認定〕二百名山
〔ヤマノススメ〕12巻
〔県のグレーディング〕無し
〔私的な難易度と感想〕3A+(登山口からなら2A+)
埼玉県の誇るピラミッド。登山道は西武秩父線の横瀬駅から登る道と秩父鉄道の浦山口駅から登る道があるが,2021年11月時点で崩落していて通行止めとなっていた。復旧するまでは横瀬駅側から登るしかないが,横瀬駅から登山口までがかなり遠く,1時間半はかかる。登山口の駐車場はそれなりに広いので,自家用車で行けるならそれに越したことはない。私が行った時は横瀬駅から歩いたが,これはこれで面白かったので一度なら歩いてもいいだろう。武甲山がピラミッド,人工物らしい形状になっているのは古くからの石灰の石切場となっているためで,横瀬駅から登山道までの道の両側はびっしりとセメント工場が立ち並んでいる。『ヤマノススメ』でもこの工場群が推されていて,「眺めながら登山道に向かうのも一興」と評されていた。大人の社会科見学だなーと思っていたら,登山口にあるカフェで地元の人に話しを聞いたところ,実際に工場見学はよく開かれているらしい。道に石灰が厚く積もっていて真っ白だったのにも笑ったが,石灰等を吸った処理水が火山や温泉でよく見る色に染まっていたのが一番笑った。



しかしまあ,歩かないに越したことはないので,浦山口駅からのルートが早々に復旧されないならバスを引くのを西武鉄道さんにお願いしたい。登山口にあるカフェのLOGMOGは良い店で,そこそこ長い登山道のため,ここで最後の腹ごしらえをしておきたい。看板ヤギがかわいい。さて,登山道はさして面白みがなく極普通で,道に迷うこともない。埼玉県にしてはよく整備されているのは,登る人が多いためか,県外でも知られているためか。他の山とのあまりの整備具合のギャップに少し驚いた(その気合を少し関八州見晴台なり棒ノ嶺なりに分けてほしい)。道中の眺望は奥多摩・秩父にありがちな杉林が続き,ほぼ死んでいる。同じ石灰の山でも伊吹山は森林が死んでいたのに,こちらはよく育つものだ。この違いは伊吹山と違い,武甲山は北側斜面のみが石灰岩質で,南側斜面は普通の玄武岩だからとのこと。登山道は南側から伸びている。北側斜面は見ればわかる通り,ダイナマイトで発破しまくっているので普通に危険だから登山道がない。コースタイムは自家用車使用の登山口から4時間,横瀬駅から全部歩いて7時間弱。浦山口駅からのルートも7時間ほどかかるようなので,労力はさほど変わらなそう。

山頂からの眺望は絶景の一言で,このために登る価値あり。山容一発ネタの山じゃなかった。眼下に採石場・麓のセメント工場群がよく見え,中景には秩父市街,奥の方に本庄市,前橋市が見える。



下山後の温泉は武甲温泉がある。総合してコンテンツ力がそこそこ高く,『あの花』聖地巡礼,秩父市観光等と合わせて一度は登る価値がある山だろう(なお当方『あの花』未視聴)。  
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2022年03月03日

受験世界史(地歴公民)の論述問題とは何か

どちらかというと指導者層,または受験が終わった社会人向けの話題である(もちろん高校生・受験生が読んでもよい)と前置きした上で。

受験世界史(社会科,地歴公民)で論述問題が課されるのはなぜか。文章作成能力なら国語や小論文で問えばよいので,地歴公民は全て純粋な知識問題でよいのではないかというのはたまに聞かれる主張である。しかし,それらでは測れない能力があるからこそ,地歴公民にも論述問題はある。ここでは世界史に絞って解説する。本論が世間の議論に資することを期待して。


1.事件や歴史用語を説明させる問題
論述問題として最も多いのは,「◯◯について△△字以内で説明しなさい」というパターンで,○○には特定の事件や歴史用語が入る。たとえば,

エンコミエンダ制について説明しなさい(60字程度)。

これは実際に今年の慶應大・経済学部で出た問題を少し改変したものであるが,解答は以下。

「スペインがアメリカ大陸の植民者に対して現地の統治を委ね,キリスト教への改宗を条件に,先住民を労働力として使用するのを認めた制度。」(64字)

誰が解答しても概ね同じような解答になるし,知識があれば書ける。こんなのは別に語句記述問題なり選択問題なりでよいのではないか? と思われた方もいるだろう。しかし,これにはちゃんとした意味がある。受験生は,というよりも多くの人間は文章の作成を忌避する傾向があるので,問う内容が同じものを論述問題にした途端に白紙解答が急増する傾向があるのだ。したがって,文章作成に抵抗がある人間を振り落とすという効果のためだけでも,論述問題を課す意義はある。この意味で,共通テスト導入の際に現れた「共通テストには短い字数のものでかまわないし,どの教科でもよいから,何かしらの論述問題を入れるべき」という主張は理解できる(現実的困難を横に置いておけば)。ゆえに「50字や100字の短い字数では思考力は測れない」等という反論は,その通りではあれども,かえって現実が見えていない。そして,新規に提示された文章から読み取った内容で論述させるのではなく,あらかじめ自分の記憶の中にある知識から文章を作成されることは,国語では問いづらい。地歴公民ならばやりやすい。

そして,この種の問題でも,思考力が必要になるようにひねることはできる。字数を調整するか,要件を追加してやればよい。すると情報の取捨選択能力やより高度な国語力を新たに問うことができるようになる。たとえば上述の問題,慶應大・経済学部の指定は実際には以下の通りであった。

資料aの波線部αに関連して,エンコミエンダとはどのような制度か。説明しなさい。(40字程度)
(編註:資料aではエンコミエンダがフィリピンでも行われていたことが提示されている。波線部は「エンコミエンダ」)

つまり,上の解答から20字程度は削りつつ,問題文で提示された新規の情報も加味しなければならない。すると,エンコミエンダ制の核は植民者が先住民を恣意的に扱う権利を得たことにあるから,ここは死守する必要がある。この観点から言えば「統治を委託されたこと」と「労働力として用いるのを認められたこと」は同義であるから,片方だけ残せば問題ない。「キリスト教への改宗を条件に」は,エンコミエンダ制が世界史において取り上げられる理由の特徴であるから削れない。逆に「アメリカ大陸の」は問題文で提示された新規の情報に反するから,必ず削る必要がある。それでもまだ20字は削れないので,日本語も工夫の必要がある。結果的に解答は

「スペインが植民者に対して,キリスト教への改宗を条件に,先住民の使役を認めた制度。」(40字)

くらいになるだろう。末尾にはもちろん「統治を委託する」方を残してもいい。一見すると上述の設定とほぼ同じに見えて,なかなか高度な作業を求められていることがおわかりいただけるだろうか。こういうのを良い論述問題という。特に用語の説明文のどこに重きがあるかを見抜くのは,歴史の流れや背景を想起する必要がある,大仰に言えばその用語が教科書に載っている意義を認知している必要がある。自分がなぜその用語を覚えさせられたのか自覚するから,これはメタ認知的な話でもあるのだ。逆に作る側は,どうやったら解答者に重要性の勘案をさせられるかを意識する必要がある。


2.時系列や空間・ジャンル跳躍を整理させる問題
この種の問いは辞書の引き写し・要約では対応できなくなる。時空間概念のある「歴史」という科目の真骨頂であるかもしれない。また今年実際に出た問題から選ぶと,九州大の問題。

イスラーム世界のトルコ人の活動が,9世紀から10世紀にかけてどのように推移したか,その過程について,つぎの語句を全て用いて100字以内で説明しなさい。(サーマーン朝,ガズナ朝,アッバース朝)

定番のテーマなので,進学校・塾・予備校に通っていたなら書き慣れているだろう。しかし,教科書を読み込んできただけだとなかなか手ごわい。もちろん解答に必要な情報は主要5冊ならいずれも掲載されているが,本文にそのまま書いているわけではない。したがって,必要な情報は自分で再構成する必要がある。本問は必要な王朝がほぼ全て提示されているだけ易しいし優しいが,これが東大・阪大あたりになるとノーヒントになる。解答としてはマムルークとカラハン朝を自力で想起して,適所で使えるかが重要。

「9世紀にアッバース朝がトルコ人をマムルークとして活用し,これを強化したサーマーン朝の下で改宗が進んだ。10世紀に中央アジアのカラハン朝や,後にインドに進出したガズナ朝といったトルコ系王朝が自立した。」(98字)

本問はまだ与しやすい。必要な情報が全て近接した数ページに収まっているし,前述の通り定番のテーマなので事前に類題を解いておくという対応が可能である。世界史が苦手な受験生なら,一種の公式としてこのフレーズを脳内にたたきこんでおくという対応さえ可能だろう。したがって,より高度な能力を測るなら問題を変える必要があるが,その改変は容易である。時間または空間を引き延ばせば難易度が跳ね上がる。世界史の教科書は数百ページに及ぶ。しかも世界史は地域が乱れ飛ぶ。古代オリエントの次にギリシア・ローマが出てきて,中東とヨーロッパ史が6世紀くらいまで進んだかと思えば,次のページで前23世紀のインダス文明に飛ぶ。このインドがまた7世紀くらいまで進んだら,次はまた仰韶文化まで戻り,中国史が唐末まで進むと……という繰り返しである。日本史はまだしも一直線だが,こちらの場合は政治史・外交史・社会経済史・文化史でループするから,学習者が受ける印象は似たようなものだろう。

中央アジアも例外ではない。その良い事例は,やはり今年の東大の問題である。問題文が極めて長いので適当に省略するが(全文読みたい方はこちらへ),

(前段略)「以上のことを踏まえて,8世紀から19世紀までの時期におけるトルキスタンの歴史的展開を記述せよ。次の8つの語句をそれぞれ必ず一度は用い,その語句に下線を引くこと(アンカラの戦い,カラハン朝,乾隆帝,宋,トルコ=イスラーム文化,バーブル,ブハラ・ヒヴァ両ハン国,ホラズム朝)」(600字)

これは前出の九州大のものと比べ対象の時間が長く,難易度が非常に高い。1200年はあまりにも長い。教科書の章立てで言えば,山川『詳説世界史』全16章のうち5章分にまたがり,該当する情報がある教科書本文を全て抜粋すれば,優に数千字を越えるだろうし,それは数十ページずつ離れている。まずその全てを想起するだけでも大変だが,これを600字まで圧縮しなければならない。ここで必要なのは情報の重要性を勘案した上での取捨選択能力であるから,前出の種類の問題と同様にメタ認知的能力である。たとえば本問,「アンカラの戦い」が指定語句であるが,トルキスタンの歴史には直接関係がない。これは西トルキスタンから出てきたティムールが西アジアに進出した文脈で消化するしかないわけで,とすると相手側の情報はオスマン帝国であることを明示してもよいが,バヤジット1世は相対的に余分な情報になるから書くだけ字数の無駄になる。「宋」も西遼の成立の文脈で処理するしかないが,本問の文脈では徽宗なり耶律大石なりの名前は重要性が高くなく,ナイマンの西遼征服も事情として細かすぎるから加点される可能性は高くない……等の判断事項がある。

さて,読者諸氏はここに基準が2つ働いていることにお気づきだろうか。バヤジット1世も徽宗も世界史上疑う余地のない重要人物であるが,本問の要件から遠いために弾かれる。逆にナイマンは本問の要件には沿っているが,“他の事項に比べて”世界史上の重要性そのものが低いから不要と判断される。つまりここには二種類の網がある。現代文では前者の網しか用意できないし,そもそも網ですくい取られる不要な情報も試験の中にしか用意できないから,漁場そのものがどうしても狭くなる。尋常でなく広大な海を提示して,かつ網を二種類張るのは地歴公民科目の方が得意であるのは,ここまでの説明で理解されるだろう。また,記号問題は事実の正誤を問うのには適しているが,重要性の勘案は不得意である。ここにも論述問題の必要性がある。

ここで説明を終わらせてもいいが,さらに言えば「乾隆帝」の語句が指定されている意味にも言及しておこう。これは乾隆帝の征服時点では藩部であったのにイリ事件後に直轄領になる(あるいは支配が強化される)ことを書けということを示唆していて,暗にはその後の東トルキスタンの運命を想起せよということである。それが(21世紀まで引き伸ばした際の)トルキスタンの歴史的展開の”結末”であるのだから,19世紀末に起きたその前兆は,問題の要件に完全に沿うどころか要求の本命である。というように「乾隆帝」は漢字をど忘れした受験生のためのヒントではなく,ここに優しさは無い。受験生に求められている能力はこれがヒントではなく伏線であるという作問者の創意に気づくことでもあって,繰り返しになるが,やはりメタ認知的能力である。さらにメタなことを言えば,現在の新疆の状況に思いを馳せてほしいという作問者が込めたメッセージにまで考えが及ぶと本問は解きやすい。東大受験生にはここまでのメタのメタを読む注意力と読解力が求められるのだから,大変なものだ(他人事)。

ここでは時間を広くとる事例を挙げたが,同様に空間を広くとってもいい。たとえば東大は過去に「13〜14世紀のユーラシアの東西交流」を問うて,膨大な空間を記述させた。これも教科書的には配置がバラバラである。あるいはジャンルを跳躍させる論述問題もある。税制を媒介させれば政治史と経済史が交わるし,宗教を媒介させれば政治史と社会史が結びつきやすい。高校生は政治史は政治史として,社会経済史はそれとして通して習うので,跳躍されると混乱する。これらでも膨大な関連事項から関連性の高い事項だけを取捨選択する力を問うことができる。


3.用語説明でも時系列でもないものを問う問題,(擬似的な)比較の問題
ちょっと特殊な問題である。正確な知識があることは前提で,特定の時代や地域の様相・風潮を答えさせたり,ド直球に歴史的意義を聞いたりする。1・2のパターンよりも難度は高い。これも今年の問題を引用することにして,阪大から。

資料3が示す事件の背景には,フランスが最終的に軍事的な介入を断念したという事情もあった。その理由を,当時のフランスの内政・外政の状況を踏まえて説明しなさい。(100字以内)
(編註:資料3は1804年のハイチ独立の際にハイチ人が発表した外交文書)

ハイチ独立は当然教科書に書いてある。ナポレオンの事績もある。しかし,その関連というと書いていない。ゆえに,習った内容を想起して自分で介入が断念された事情を考えなければならない。2の時系列を追うパターンは十分に習熟した受験生なら関連事象を書ききれないほど想起できる。ゆえに重要性を勘案した取捨選択の必要が出てくるが,本問は何を想起したらいいのか,何が関連事象なのかを考えるところから始まる。必要な思考回路が違うのである。本問の場合は年号を手がかりにアミアンの和約の破棄と第一帝政の樹立による第三回対仏大同盟の結成,長期化する革命戦争,1803年のルイジアナ売却を想起して,フランスの軍事的困難・財政難・西半球からの退潮に結び付けることになる。知識は標準的なものしか必要がないが,阪大受験生を相手にするにふさわしい,高度な思考力が問われていると思う。ここに来てメタ認知的ではないのはちょっと面白い。なお,この種の問題の欠点は作問者に多大な力量が求められてしまう点で,自分の大学の受験生の知識や思考力を見誤ったり,自分が専門領域としない分野から作問したりすると,良問が超難問に様変わりし,最悪の場合は破綻して解答不能になる。そのような事例は『絶対に解けない受験世界史』シリーズで多数取り上げている通り。

比較の問題も面白い。たとえば今年の京大の問題。

民主政アテネと共和政ローマでは,成人男性市民が一定の政治参加を果たしたとされるが,両者には大きな違いが存在した。両者の違いに留意しつつ,アテネについてはペルシア戦争以降,ローマについては前4世紀と前3世紀を対象に,国政の中心を担った機関とその構成員の実態を,300字以内で説明せよ。

民主政アテネも共和政ローマもよく学習するところであるが,教科書上では比較されていない。したがってその相違点は自力で探すことになる。しかも,この比較はあまりにも頻出であるので進学校・塾・予備校では間違いなく練習させられてきているものだが,紋切り型の解答をされるのを避けるために「その構成員の実態」という見慣れぬ要件を付しているのが面白い。直接民主政の徹底と寡頭政の維持という解答から一歩踏み出して,社会の流動性の違いに言及できるかどうかは,間違いなく高度な思考力が問われているだろう。ところでこれ作問者はおそらくサウスでリバーな先生……の後継者の方ですよね。



以上,見てきたように,受験世界史の論述は出題のパターンが多岐に渡り,様々なタイプの思考力を問うことが可能である。またそのうちの多くが重要性を勘案する力,メタ認知的能力に結びついていることも理解されよう。大学の教員の方々には作問の参考になればこんなに嬉しいことはなく,受験からはすでに離れている方々には,入試問題はこうやって作られているのかという参考になれば幸いである。また受験生には(この記事を最後まで読んだ人は極少数であろうが),本記事自体がメタ認知的能力の向上に役立つなら望外の喜びである。  
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