2022年06月25日

書評:『グローバルヒストリーと戦争』(秋田茂・桃木至朗編著,大阪大学出版会,2016年)

本書は並びが現代史から古代史にさかのぼっていくスタイルであるが,後ろの章ほど面白い。20世紀史はグローバルさが自明すぎて,グローバルヒストリーが面白さを発揮できないということだろうかとか考えてしまった。いくつか面白かった章を挙げておく。まず第6章,近世の東部ユーラシアではヨーロッパから伝来した火器を用いた「火薬帝国」が立ち並んだが,18世紀に入ると平和が訪れて火器の地位が低下していった。この17-18世紀に,銃火器を減らす周囲とは対照的に周囲からありったけのマスケット銃を吸収し,庶民にまで普及していった特異な地域がある。ベトナム北部の山岳地帯である。ベトナムの歴代王朝はその地形と武力に苦慮し,なんとか体制に取り込もうとしたが,それに成功したのは最終走者のベトミンだけであった。この山岳の戦闘集団の存在が最終的にディエンビエンフーの戦いに帰結するのだから,長期的な歴史の展開は予測がつかず面白い。現代でさえ,ベトナム政府が山岳民から銃火器を押収したというニュースがたまに流れてくるらしい。

第7章では,クリミア戦争の勃発が日露の開国交渉に影響を与え,さらにそれが江戸幕府による大阪湾の海防政策に影響を与え,ひいては摂津のとある村の庄屋の人生に影響を及ぼしたということが論じられる。グローバルな出来事が,日本海沿岸部というリージョンに,日本という一国史に,そして大阪の村というローカルに,最終的には庄屋という一個人史(ミクロストリア)にまで段階を踏んでつながっていく手際は鮮やかであり,グローバルヒストリーは地域の出来事を軽視するという批判に応えた見事な一作である。

第8章も,ゼーランディア城攻防戦というオランダ東インド会社の負け戦から,その城の司令官がスウェーデン人であったことを挙げて,近世国家オランダやスウェーデンの人材の多国籍性を論じている。高等教育が整備された近代国家ならいざ知らず,近世においては何かしらの技能に優れた人材が貴重であり,だからこそ各国は引き抜きあった。その中でスウェーデンは大陸から冶金・商工業に優れた人材を取り入れて財政軍事国家を確立し,逆に1650年代の北方戦争に至るまで繰り返された戦争の経験を活かして軍人を他国に輩出している。その一人がゼーランディア城の司令官として鄭成功と戦っていたというのは17世紀のグローバルに違いない。

第9章は日本の鉄砲伝来についての論文。ポルトガル人がなぜ種子島に来航したのか,また1513年にマカオに到達しておきながら日本到達にはそこから約30年もかかってしまったのかという点について,様々な論考を重ねて,中国の海禁に類するものが日本にあると推測されて強く警戒されていた,また中国ではマカオがそうであるように沿岸の島嶼への上陸は海禁が緩かったため日本でも沿岸の島嶼が探されていたためではないかという一定の説得力がある結論を出している。なお,本稿では1542年説を否定していて,その理由もきっちりと説明されている。

第11章はクビライの外交政策についてで,モンゴル帝国の分裂が彼に「敵か味方(形式的服属)か」という二元思考をとらせ,南宋に硫黄という戦略物資を大量に輸出していた日本が「敵」と見なされて元寇につながったという説は知らなかったので驚いた。クビライの遠征は通商関係構築のための服属要求であったとはよく言われているが(そして東南アジアでも概ね敗退している),中でも文永・弘安の役が大規模であった理由としては説得的である。また,東南アジア諸国は戦争後に結局朝貢した国が多いが,日本は国交断絶を続けた。このために日本の商船は元に警戒され,貿易量の増大に反してしばしば締め出しにあったという。これが元の衰退とともに倭寇となっていくというのは自然な流れであり,また倭寇がマージナルな集団だったことはもはや常識であるが,にもかかわらず当時の中国人がそうした集団を「倭」寇とレッテルを貼った背景には,そうした中国に決して朝貢してこない「不臣之国」に対する恐怖感があったという指摘も面白い。本書が「近年の研究では国家間の戦争と民間の貿易とを次元の異なる問題としたり,戦争にもかかわらず交流は盛んだったとして,それらを現代との違いとして強調する上述が目立つが,そのことを過度に強調するのもまた問題である」と指摘しているのは重い。


  

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2022年06月24日

一般向け世界史概説書の書評(『市民のための世界史』・『歴史学者と読む高校世界史』・『東大連続講義 歴史学の思考法』)

数年単位で蓄積されてしまったので,ここらでまとめて放出。

『市民のための世界史』(大阪大学歴史教育研究会編,大阪大学出版会,2014年)
大阪大学の歴史家たちが,
・既存の世界史の概説書は文系,特に文学部の学生や卒業生を主眼としていて「教養課程」の教科書として難しすぎるものが多い
・既存の高校世界史は用語の分量が多すぎることを問題意識として,可能な限り固有名詞を排した教科書を作成したらどうなるかを試したい
という目的で制作した世界史の教科書である。そのため,序章でやや長めに歴史学を学ぶ意味や効用について語られている。加えて概念的な歴史用語や基礎的な地理の説明が詳しいのも目的に沿っている。しかし,固有名詞は確かに数が少なくなっているが,マイソール王国のティプ・スルタンやジェニー紡績機のようなものが登場しており,その後の高大連携歴史教育研究会の「歴史系用語精選案」の動きなどを考えるとまだまだ多くて無駄がある。また,概念語の説明をコラム等を駆使して文字数を費やして行っているため,文体はともかく読みやすい分量とは言いがたく,その意味で高校世界史未履修者に通読可能かはかなり疑問が残る。これを読みこなすのには基礎的な世界史理解が必要だろう。大阪大学の学部生が,単位を目的として読むなら通読できるかもしれないが……

また,本書は「歴史学は常に学説が書き換わっていく」「ここから入試問題を作るわけではない」ということを大義名分として新説を豊富に載せている。そのため,歴史に詳しい読者でもそうした新説を拾うことや,固有名詞を出さないための大胆な省略に注目すると楽しんで読むことができよう。加えて2014年刊行なのですでに8年経ってしまってはいるから,今から読むなら「これ8年前からあった説なんだな」とか「これはいまだに定着してないか,否定されてるな……」と確認しながら読むと尚更よいかもしれない。たとえば参考文献にジャレド・ダイヤモンドや與那覇潤の著作が入っているのは,現在だと勇み足の感もある。それでも意欲作には違いなく,『もういちど読む 山川世界史』からさらにワンランク上の世界史通史を読みたいなら勧めたい。

市民のための世界史
坂尻 彰宏
大阪大学出版会
2014-04-01




『歴史学者と読む高校世界史』(小澤実・長谷川修一編著,勁草書房,2018年)
本書の問題意識は,高校世界史の教科書は大学の教員が書いているはずなのに,旧説がいつまでも残り続け,知識偏重の入試が悪いことは皆わかっているのに是正させることもないのはなぜか,という点である。その実態を明らかにしつつ,原因を探りつつ,教員として反省するのがねらいになっている。論文集の体裁で,12章の著者が章ごとに全て異なる。類書と比較すると「高校世界史の歴史」についての調査や「教科書検定制度」についての解説といった制度史に焦点が当てられた章が厚く,まさにこの辺が面白い。教科書調査官だった新保良明氏の章を読むと,そりゃ教科書に旧説が残り続けるよなと思うことしきりである。検定制度にも教科書会社にも問題が大きく,これを赤裸々に書いてくれたことに感謝したい。また,一橋大学にお勤めのある方が「入試問題作成において,新課程の教科書や山川の用語集すらチェックすることなく,受験生泣かせの難解な出題を繰り返す大学教員には,高校の歴史教育の現状を知らない,学界という隔絶された世界の住人が多い」「一橋の世界史はとりわけ予備校界隈では奇問・難問が多いことで知られており反省しきりである」と書いていたのには笑ってしまった。前出の新保氏のものも合わせて,これはもはやちょっとした暴露本ですよ。なお,おそらくこの方が作ったと思われる2017年の第2問や2020年の第2問は良問であるという擁護はしておきたい。

無論,高校世界史の記述が最新の研究から見てどう間違っているか検証した章も楽しい。第1章からして,長谷川修一氏が高校世界史の古代パレスチナ描写は『旧約聖書』の記述を無批判に採用していて最新の学説どうこう以前の問題であるとばっさり切り捨てられている。返す刀でその原因を「高校教員は一般に記述が大きく書き換わるのを嫌うから」「教科書検定が機能していないから」「教科書執筆者も古代イスラエル史の知識がないから」と,もうばっさばさである(教科書検定が機能していないという指摘は前出の通り新保氏の指摘と重ねると尚更しっくり来る)。と同時に,その批判はそのような状況を変えられない自身にも反省として向けられている。

一方で,それは無理と思われる批判もある。たとえば第2章で小澤実氏が「近現代でしか通用しない東欧という地域区分を中世に投射し,スラヴ人という言語文化集団によるまとまりで教えるのは問題が大きい」と指摘していて,さらに第3章では中澤達哉氏が同観点から「中世初期には存在しないスロヴェニア人・スロヴァキア人が確固たる存在として登場するのは,歴史の事実と乖離しており,現地の歴史学界においてさえ民族主義的な把握である」と疑問視している。これらはもちろん一理あるものの,現実の高校生は現在のどの民族がスラヴ系なのか,現在のスラヴ系の諸民族の主要な宗教は何かを覚えるところまでで手一杯であって,(世界史が好きで得意な子を除けば)その先を意識する余裕は無い。また,他に置き場所がないから便宜的に中世初期のスラヴ人の大移動の節でスラヴ系諸民族を羅列して紹介しているだけであって深い意味は全く無い。こういった事情を無視して現状の中世東欧の教え方が解体されれば,東欧はさらに教えにくくなり,不人気になるだろう。ましてや近代史にスロヴェニア人やスロヴァキア人の民族意識が芽生えていく過程を盛り込むなら,それは世界史の教科書が分厚くなっていった悪しき歴史を繰り返すことになる。また別のとある章では,この期に及んで「〇〇の分野では人物名が足りないので,××と△△と▲▲と□□と■■を増やすべき」と提言していた。5人も足してほしいなら,せめて減らす人名も5人書いておいてほしい。

そういった衒学的な空気も含めて,2018年の段階での「大学教員から見た高校世界史」の様相をよく表している。2018年といえば高大連携歴史教育研究会の「歴史系用語精選案」が発表された年でもあって,歴史教育改革に向けた動きが活発になり始めた時期である。






『東大連続講義 歴史学の思考法』(東京大学教養学部歴史学部会編,岩波書店,2020年)
東大教養学部で実施されたオムニバス講義が書籍化されたもの。1〜3章は「歴史に法則はあるのか」というテーマを軸にした史学史や,「史料」についての説明,歴史記述についての説明というように,歴史学の特質を説明する章になっている。4〜6章は杉山清彦氏が「国家」や「帝国」の概念について説明していたり,岡田泰平氏が植民地主義について説明していたりと,少し深く,歴史学で頻出する概念について説明する章となり,7〜9章は社会史・感性史・ミクロストリアといった比較的新しい分野の紹介が続く。10〜12章はサバルタンの問題や東アジアの歴史に認識問題といったやや特殊な歴史学の問題に触れている。

通読すると確かに歴史家が大学生に最低限押さえておいてほしい歴史学の基礎がわかる形になっていて,各章が相互に言及していて連動しており非常に収まりがいい。その意味で,文学部の歴史学科に進む学生はもちろん,他の学部学科や理系の大学生にも勧めやすく,本書の内容だけで「市民的教養としての歴史“学”(歴史ではない)」として十分に高度な理解になろうと思われる。歴史学とはこういう世界なのだなという印象が残ってくれれば大変にすばらしい講義(読書)体験だろう。文章が平易で読みやすく,さすがは日頃学部1・2年生に触れている教員たちであるなと思った。本書の白眉は渡辺美季氏が書く第2章で,よくもこれだけ短い文章に「史料」についてのエッセンスを詰め込んだものだ。

本書について文句を言うなら,せっかく駒場での講義なのに美術史学の章が1つもなかったこと,そこだけである。美術史学の先生,誰も歴史部会に直接所属していないからね……



  
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2022年06月23日

ニコ動の動画紹介 2021.10月下旬〜2021.11月下旬




この頃にCeVIO AI シリーズが発表され,投稿が相次いだ。AIシンガーきりたんショック再びという感じ。さらに一層自然になった。特に鳥の詩はとんでもなくすごい。ビブラートがそっくり本人。





人気ゲーム実況者のたいたぬさんが週刊ニコニコインフォにゲストとして出演した回のダイジェスト。この回の週刊ニコニコインフォは見ていたのだが,コメント欄のたいたぬ語録がすごかった。本人までかわいいとは。



この解説シリーズはありがたい。フィールド座標はさすがにすんなりわかった。




一時期話題になったTimberbornの実況動画(完結済)。水位が鍵になる経営シミュが目の付け所が良いが,思っていたよりもビーバー要素が薄いという印象を受けた。これなら自分ではやらなくていいかな。





ひさ氏。下半期20選選出。下半期で一番笑ったのがこれ。同じように作っているのに本家との落差よ。



しろさぎ氏。下半期20選選出。CMからもう1つ。津田健次郎氏がしゃべるだけで面白いのは反則。



みおはす氏。耳が気持ち良い音MAD。



う! 氏。「同じものを去年も投稿したのですが、諸事情で消えてしまったので改めて再投稿します。」とのこと。



下半期20選選出。伯方氏がこれまでの自作品で夕映えプレゼントを酷使しているからこそ,ここでクソデカシリーズがぴったりとはまった。



TOP10を中心に,個人的にはけっこう意外な結果だった。推されてるアイドルの世代交代が進んでるんだなぁ。  
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2022年06月18日

2022年度・大阪大・地理の出題ミスについて

・大阪大学 文学部入試で地理の問題に誤り 新たに1人を合格に(NHK)
・大阪大で入試出題ミス、1人追加合格 地理歴史のグラフ数値に誤り(毎日新聞)
先日,大阪大学の今年の入試で,地理で今更出題ミスが発覚したというニュースがあった。調べてみたらこれがいろいろと興味深かったので紹介する。まず,その問題について。阪大自身が公開しているが,該当する問題だけここに書き写しておく。


大問1 問1 下の図1は,いくつかの地域の2018年における国際観光客到着数と伸び率(前年比)を散布図で表したものであり,図中の円の大きさと円内の数字は国際観光客出発数(単位:100万人)を示したものである。また,次ページの表1は同年における国際観光客の発地と着地との関係を示す資料である。図1と表1を参考にして,発着地の関係に言及しながら世界の国際観光客流動について説明しなさい(150字程度)。
阪大・地理2022_図1

阪大・地理2022_表1



このうち,誤りがあったのは図1である。出典がきっちりと書いてあるのでその資料を見に行ってみよう。その資料はすぐに出てくる。
・International Tourism Highlights 2019 日本語版(国連世界観光機関)
見比べると2点のミスがあるのがわかる。
々餾欖儻客到着数は正しいのだが,伸び率が全く違う。正しい伸び率で示されたグラフは以下の通りで,円の位置が異なるのが一目瞭然である。おそらく何かの拍子で到着数の大きい方から1・2・3・4・5%になってしまったのだろう。言われてみると不自然なほどに数字が綺麗である。結果的に実際よりもヨーロッパとアジア・オセアニアの伸び率が低すぎるグラフになってしまった。
阪大・地理2022_図1元データ

◆峭餾欖儻客到着数と伸び率(前年比)を散布図で表したもの」となっているが,グラフ中の円の位置が差しているのは円内の数字と同じ,つまり出発数になっている(国連世界観光機関の示すグラフは円の大きさも到着数であることに注意が必要)。したがって,本問のグラフ中には正しい到着数のデータが無い。たとえば実際には中東の到着数は60.5万人,アフリカの到着数は67.1万人であるので,両地域の円はこれよりもわずかに高い位置に来るはずである。また,図1ではアフリカの円が中東の円よりも低い位置に示されているが,実際には高い位置に来るはずである。

さて,本問のニュースバリューはいくつかある。


1.入試は2/25に実施されているのに,5/30まで全く発覚しなかったこと
まず何よりこれだろう。5/30に来年度の入試問題の作成のために担当者が確認するまで,誰も気づかなかったか,気づいてもミスだと判断しなかったということだ。毎日新聞の報道には「学外からも指摘があった」とあるが,産経新聞の報道を読むとこれは内部の指摘の後のことだったとのこと。偶然5/30頃になって外部にも気づいた人が出てきたのか,阪大が外部業者に検討を依頼したためなのかはわからない。

ともあれ,大手予備校はどこも解答速報で2/25から数日のうちに大阪大の地理の解答・分析を発表している。しかし,そのいずれでも図1については指摘が無かった。つまり,大手予備校の解答作成者は,この誤った図1を所与のものとして受け入れて解答を出している。並み居る受験地理のプロたちが見て,この図1を特に不思議に思わなかったということだ。高校地理は尋常でなく範囲が広い。本問を見て「旅行客数の動向も高校地理の範囲なのか」と驚かれた方もいると思われるが,これに限らず空港や港湾ごとの出入国者数のデータを用いた入試問題も頻出である。また,受験地理はデータを覚えていくものではなく,与えられたデータを所与のものとして思考し,解答を組み立てる科目である。もちろんデータを活用するために覚えていく必要がある知識はあるし,頻出のデータ(たとえば米の生産量・輸出量の国際ランキング等)も覚えていった方がいい。しかし,今回のような国際観光客到着数はそれに該当しないから,専門家としても今回の入試問題で初見であった人が多かろうと思われる。気づかなかったのはダサいとは,少なくとも私の口からは言えない。

しかしながら,一方ではこのようなデータのミスに気づくのに必要なのは,結局のところ思考力ではなく知識なのではないかという疑問は提示できる。近年の高校教育では「知識よりも思考力」ということが強く進められているが,思考力では本件のようなミスは防げないし,この種のミスは入試問題でなくとも,データを扱う仕事ならどこでも発生しうる。データリテラシーの基本はやはりその分野についての知識なのではないかという点で,本件は意外な難問を社会に投げかけているように思われた。


2.誤ったデータでも解答は作れてしまうこと
阪大自身が「回答は不可能ではないが、入試問題としては不適切」と声明を出している通り,また予備校が解答速報の段階で気づかずに解答を発表してしまっている通り,データが誤っていても解答が作れてしまうのは面白い。地理(というか地歴公民)とはそういう科目なのである。理科ならどこかで破綻するだろう。
たとえば,図1が正しいデータで掲載されていたとした場合の本問の解答のポイントは,
A.表1から域外観光客よりも域内観光客の方が多いことと,図1からヨーロッパの旅行客が多く伸び率も高いことを読み取って,ヨーロッパ内部の移動が活発であることと,その理由として移動の自由や高所得を挙げる。
B.アジア・オセアニアにも近い傾向があることを読み取り,かつ伸び率が最も高いことから中国の経済成長の影響を指摘する(データは2018年なのでコロナの影響は無い)。ちょうど爆買いの時期であることや平昌五輪の年であることをを想起・指摘してもよい(実際にInternational Tourism Highlights 2019の別ページにそういったことが書かれている)。
C.南北米や中東は国際旅行が盛んではない。アフリカは伸び率が高いが,ヨーロッパからの観光客が多いと推測される。150字という字数を考えると,A・Bに比べると重要度が低く,言及は避けた方が無難。
ということになる。一方,データとして誤っている図1で考察すると,Aは(低い伸び率を無視すれば)同じような推論が成り立つが,B・Cは全く違う結論になる。むしろ中東や南北米が高い伸び率であることや,ヨーロッパやアジア・オセアニアが低い伸び率であることに言及しない解答は不自然である。実際に各予備校とも中東の伸び率はオイルマネーによる観光地整備が理由ではないかとか,アジアから南北米大陸への旅行客が増えているのではないかといった感じで,がんばって理由をひねり出している。悲しいことにいずれも図1のデータ自体が誤っているので,これらの分析も間違っているのだが……データが違うので解答上必要な知識が全く違ってくる。

なお,上掲のリンク先の通り阪大は出題の意図を公開しているが,地理は全体的に一般論しか書いておらず毒にも薬にもならない。世界史や日本史がちゃんとした採点講評になっているのに比べると貧弱である。採点講評をもう少し具体的に書けば自らで出題ミスに気づけた可能性は高いと思う。阪大がこのように出題意図を公開するようになったのは2017年に物理で派手な出題ミスを出したからであるが,今回の地理は公開された出題意図が手抜きであったためにその反省が活かされなかった形になってしまった。少し残念である。


3.そもそも2018年の単年だけでの分析が適切だったのか疑わしいこと
国際観光客数のような数値は年ごと変動がかなり激しい。たとえば,この1年後の2019年のデータを見てみよう。
・International Tourism Highlights 2020 日本語版(国連世界観光機関)
この年ではなんと,中東が最もよく伸びている。奇しくも,図1の誤ったデータからひねり出された予備校の解答で出されている通り,やはりオイルマネーによる観光地整備の影響はあるのだ。アジア・オセアニアもよく伸びているが,2018年よりも伸びが緩いのは香港騒乱があったためである。平昌五輪や香港騒乱のレベルになってくると時事問題に近く,高校地理の分析対象なのかという疑問がちょっとあるし,そうしたノイズ含みのデータを受験生に分析させるのは酷だろうと思う。入試問題として出題するなら,たとえば5年平均のデータ等で問うと良かったのかもしれない。入試問題として少々安直だったかもしれないことは,念のため指摘しておきたい。


4.地理の受験生が12人しかいないこと
阪大で地理で受験可能な学部は文学部のみである。この文学部の一般選抜の定員は135人,受験者数は350人であると発表されている。選択科目は数学,世界史,日本史,地理からの1つであるが,その内訳は公開されてこなかった。今回ひょんなことから地理の受験人数が判明してしまったわけだが,思われていたよりも圧倒的に少ない。少ないだろうとは予想していたが,さすがにここまでとは。この数だと,予備校の解答速報に参加した講師の総計の方が多そう。採算が取れない。本邦の受験地理対策は理系の共通テストと東大受験以外にほぼ需要がないという話はよく聞くが,それが実証されてしまった。この受験人口の少なさも出題ミスが発覚しにくい原因であると思われる。

さすがに地理の受験生が少なすぎることに危機感を覚えた国による対策として地理総合の必修化が行われたわけだが,それで共通テストレベルの受験者は増えても,二次試験レベルの受験者が増えるとは思われない。国が本気で地理教育に力を入れたいなら,ここもまた対策が必要だろう。  
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2022年06月17日

登山記録11(岩殿山,高水三山)

No.28 岩殿山
〔標高〕634m
〔標高差〕約280m
〔百名山認定〕無し
〔ヤマノススメ〕15巻
〔県のグレーディング〕1A
〔私的な難易度と感想〕2C
大月駅を下車したら目の前に見える巨大な岩がある。それが岩殿山である。山梨県のグレーディングは1Aになっているが,これは東側から登って下りた場合であって参考にならない。普通は登りか下りのどちらかで西側のルートを通ってぐるっと一周するのだが,西側のルートがC程度の技術を要求されるので,なめてかかると普通に事故ると思う。西側ルートは例えて言うなら瑞牆山と同程度には厳しい。東側ルートも登山口が3つほどあるが,そのうち2つは崩落により通行禁止で,一番駅から遠い畑倉登山口からしか入れない。ただし,一番手前の丸山公園口は「ふれあいの館」という名のビジターセンターがあり(このふれあいの館までしか登れないのだが),ふれあいの館にそこそこ豪華な『ヤマノススメ』コーナーがあって,しろ先生直筆の色紙まで置いてあった。

そうそう,大月駅すぐの観光案内所で立派な『ヤマノススメ』聖地巡礼マップが配布されているので,聖地巡礼目的ならもらってくるべきだろう。また,登頂を確認できる写真を撮って下山後に観光案内所に行くと記念ポストカードももらえる。アニメ化していない割にやけにコラボが多いと思ったら,数年前に大規模に登山道が崩落した際,復旧のための寄付金集め等に『ヤマノススメ』がかかわっていたようだ。その名残もありコラボが続いていて,調べてみたら登頂記念グッズは復旧途中の2019年11月からやっているキャンペーンだった。なくなり次第終了なのに2年半経過してまだ続いているということは,それほど知られていないし登頂もされていないようである。もらっておいてなんだが,良いグッズなのにまだ終了していなかったことに悲しくなってしまったので,ぜひともアニメ4期には岩殿山を出してあげて集客に協力してほしい(原作が15巻で登場とかなり遠いので無理かな……)。なにせ,その『ヤマノススメ』であおいとその父親が通った登山道はまだ復旧していなくて登ることができないのだから。

岩殿山は一応,戦国時代の城址で,小山田信茂の居城であった。現在の山頂には何も残っていないが,西側ルートの痩せ尾根の名前「稚児落とし」が落城時のエピソードに由来する。城から逃げようとした女性が,子供を抱きかかえたままの逃亡は不可能だと判断して,この痩せ尾根で子供を投げ捨てていったらしい……しかし,崖の上から落とされた子供が実は生き延びていて麓の集落で育てられたという逸話も残っていて,悲劇としては中途半端である。現実の稚児落としを通ってみると,ここから落とされたら普通に死ぬだろうし,生きていた方がエピソードとしては強いので,そちらをクローズアップした命名をすべきだったようなという感想を抱いてしまった。ともあれ,険しいだけあって「稚児落とし」は非常に見応えがある絶景である。眺望は快晴なら富士山が見えるそうなのだが,我々が行ったときには見えず。それでも稚児落としの巨大な岩盤と眼下の大月市だけで十分な見ごたえがある。



あとは瑣事だが,大月市は海も無いのにここが桃太郎伝説の地であると無茶な観光売り込みを図っていて,曰く岩殿山には鬼が住んでいたのだとか。ただし,鬼自体は山賊と考えれば荒唐無稽ではなく,東側の中腹には多数の洞窟があり,小山田氏が築城する前なら確かに山賊の一団が潜んでいてもおかしくはなかったであろう。また,こうした洞窟はいかにも信仰の対象になりそうだなと思ったら,説明書きに懸造の寺院の跡があったということが書いてあって,この意味でも洞窟の多さが岩殿山の特徴の一つと言えそうである。

下山後には近くにあるということで猿橋を見に行った。日本三大奇橋の一つとされるが,日本三大〇〇にありがちなことで,3つが不安定らしい。この猿橋は幸いにも確定している2つのうちの1つである(もう1つは山口県岩国市の錦帯橋とのこと)。しかしながら我々がここに行った目的は,猿橋が東方風神録の3面道中の背景になっているからであった。実際に猿橋から見る桂川の渓流は恐ろしく綺麗で,紅葉の時期なら死ぬほどの絶景と言っても過言ではないと容易に想像できた。ここは必ずもう一度来よう。




No.29 高水三山
〔標高〕793m(岩茸石山)
〔標高差〕約550m(軍畑駅から)
〔百名山認定〕無し
〔ヤマノススメ〕16巻
〔県のグレーディング〕無し
〔私的な難易度と感想〕2A
奥多摩入門編として名高い高水三山。序盤はすすきの野原,中盤以降はずっと杉林が続く典型的な奥多摩の山で,眺望も山頂以外はあまり無い。じゃあ何が楽しいのかというと,3つのピークをくくっているだけあって稜線歩きが長く,稜線歩きはまあまあ気持ちいい。整備が極めて行き届いていて,多少の急登と木の根道があって転倒するリスクはあるにせよ,命の危険は全くない。トイレや水場も多い。奥多摩の山としては比較的”手前”の立地で,御岳山と並んで行きやすい。ついでに奥多摩名物,突然出てくる鉄塔や小さな寺社仏閣が存在しているのも奥多摩入門編らしさがある。もろもろを考慮すると,確かに安全にトレッキングができて高尾山や筑波山よりは骨がある絶妙なチョイスになる。かく言う私も高尾山の次に登ったのがここだった。コースタイムは5時間弱で少し長く,本当に初心者だけで行く場合はそこだけ注意が必要か。あとは人気の山なのと他の山と縦走しやすい立地もあって,天気が良ければ常に混雑している印象。

『ヤマノススメ』では16巻に登場し,あおいとほのかが2人で登頂。双眼鏡を持ってきて山頂から東京方面を眺めていたが,次の話から富士山登頂が始まってしまうので非常に印象が薄い。なんというか,登らせるタイミングを見失って無理やりここに入れた雰囲気が漂う。人気の山なのに扱いがぞんざいであるが,実際に私自身も登った印象が薄い。繰り返しになるが,奥高尾縦走路以外の奥多摩に登ったことがないくらいの人なら入門編的に挑んでみてもいいだろうが,そうでないなら特にお勧めしない。  
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2022年06月12日

信用できる(&好みが近い)美食家はありがたい

・タケマシュラン
→ あるネット上の事件を契機に知ったブログ。食べログ投稿者では有名らしい。各サイトにそれぞれ有名人はいるものだ。
→ 高級店のレビューが多いが,意外と値段が4桁前半の店も登場する(そしてそういう店は値段を記事中に書いていてくれる)ので探しがいがある。たとえば成城石井で買うものという記事もある。一品一品のレビューがしっかりしていて味が想像しやすい。旅先の飲食店探しでは私はGooglemapを使っているが,多くのレビューの平均値よりも,一人のしっかりしたレビュアーの評価が一番信用できるというのが最近の実感である。Googlemapでは長野県・岐阜県に限定して極めて信用できるレビュアーを見つけたので非常に助かっている。はてブだとzaikabouさんとnanoha3さんは信用している。
→ その意味では,タケマシュランでレビューされている店はまだ一度も行ったことがないので,好みの方向性が一致しているかは未確認である……と思ってつらつら読んでたら,普通に行ったことがある店が何軒か出てきた(けなし気味のものも含めてわかる感想が書いてあった)。さすがにこれだけ行っているレビュアーなら自分のレベルでも重なる店が出てくるものなのだな。


・正岡子規の「柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺」という俳句の後に「それにつけても金の欲しさよ」と下の句を続け... (レファレンス協同データベース)
→ これは前に調べたことがあって,太田南畝説と山崎宗鑑説が並立していたのだけど,さすがにレファレンス協同データベースは詳しい。少なくとも山崎宗鑑説が17世紀末までさかのぼれるために太田南畝説が最初というのは否定されるだろう。もっともこのQ&Aも元の質問が起源を尋ねたものではないので余技として古い事例を調べてくれているに過ぎず,実際には17世紀末以前に遡る事例があるのかもしれない。
→ ところで,これが「金欲し付合」なら他のものは「B'z付合」や「トランプ付合」「シンエヴァ付合」になるのだろうか。ぐぐってみるとまだ命名はされていなかった。じゃあ私がここでそう命名しますので皆さん使っていいよ。


・気候変動で沈むイランの古都 「あと10年で住めなくなる」(朝日新聞)
→ イスファハーン(エスファハーン)がこういうことになっていようとは。乾燥化で川が枯れ,代わって地下水を使ったら地盤沈下で「沈む」ということらしい。写真を見ると塀などが割れていて確かに深刻そうである。記事中にもある通り人口が約200万人で古都であると同時に大都市であるから,すぐに滅びるということは無かろうし,コロナ禍でなければ観光資源なのでイラン政府がどうにかするとは思う。
→ ところで,イスファハーンが人口3位の都市ということは2位はどこなのだろうと気になった。マシュハドなのね。4位がキャラジ,5位がシーラーズ,6位がタブリーズらしい。4位だけ全く知らなかったが,テヘラン近郊の都市のようだ。  
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2022年06月11日

半年経ってから衆院選を振り返る

・衆院選 全議席決まる 自民「絶対安定多数」維新は第三党に躍進(NHK)
→ 2021年11月の衆院選について。この選挙で感じたのは立憲民主党の立ち位置の難しさで,共産党と選挙協力をしなければ左派の票を食い合い,共産党と歩調を合わせると中道寄りの浮動票が逃げていく。共産党が日本の選挙風景を形作っていて,共産党との票の食い合いがあるから日本の野党は弱いのだという主張は古くからあるが,今回も結局そういうことになってしまう。これを解決するためには,という意見は共産党員の紙屋氏が出している通り。
・野党共闘は「見直す」べきだ(4年ぶり2回目)(紙屋研究所)
→ しかし,立民幹部としてはこの選挙の時点で中道右派を切り捨てたつもりはなく,共産党と政策をすり合わせたつもりも無かっただろう。だが,世間はそう判断しなかった。立民はもっと強く,過剰気味に「政策は違う面もある」というアピールをすべきだったのかもしれない。(ただし,実際に立民幹部の発言は「閣外協力」をはじめとして共産党とは距離を置いた協力であることをけっこうアピールしていたと思うし,少なくとも私はそういう理解であった。だからどちらかというと世間の反応が意外だった記憶がある。あれ以上に密着した協力関係ではないことを世間に知らしめるのは無理そうな気もする。)
・自民が議席を減らした理由は維新の躍進ではない(増田)
→ 一方で,そもそも立憲民主党は負けていないという分析もある。確かに2020年の新・立憲民主党結党時の勢力が過大評価だったと見なすのであれば正しい分析だろう。また,維新が躍進したのは躍進したというよりも希望の党の分が戻ってきただけというのも正しいだろう。しかし,私はどちらかというと改選前勢力が”過大評価だったということになってしまった”ことこそが中道右派の取り込みの失敗を意味していると思う。少なくとも枝野氏自身はそう考えていたからこそ敗北と考えて辞任したのだろう。
・総選挙 ― なぜ立憲民主党は負けたのか(衆議院議員 岡田かつや)
→ 立民の岡田克也氏も,立民自身・維新について同様の分析をしている。2021年11月の衆院選は,立民が勝ったか負けたかという価値判断に差異こそあれど,議席数に対する分析は誰がやっても同じようなものになるということのようだ。
→ ただし,立民はあまり右に広げすぎると旧民主党のようになってしまい,政権をとった後に空中分解しそうな気もする。むしろあれだけ支持層が広くて空中分解していなかった20世紀の自民党がすごいというべきか。さて,来月の参院選はどうなるか……


・日本語の原郷は「中国東北部の農耕民」 国際研究チームが発表(毎日新聞)
・「日本語の原郷」についての論文を読んでみた(増田)
→ 半年前に一瞬話題になった話。言語学は完全な門外漢なので匿名日記(今更ながら増田ははてな匿名ダイアリーの通称)の指摘に付け加えることは全く無いのだけれど,今振り返ってみてもなんで今更(日本語・朝鮮語を含む)アルタイ語族が前提やねんという疑念以外に湧いてくるものがない。アルタイ語族ことトランスユーラシア語族はロマンがありすぎるので滅びないのだろう。それよりもはてブの初報の反応を見ていると皆あっさり信じていて怖い。大半の人はしょうがないと思うけど,普段に政治的・歴史的な話題に言及している人なら日本語の語族分類上の議論くらい警戒心を持ってほしいと思うのは過大な期待ではないと思う。もちろん,増田が別記事で書いている通り,信用できる研究所に勤めている研究者が信用できる雑誌に投稿した論文なので,"何も知らなければ"これが信用できる論文と思ってしまうのは仕方がない。ただ,君たち何も知らないわけではないでしょと。
→ その上で論文の方の不備をつつくなら,やはり自説の中核なのにあやふやなところであるトランスユーラシア祖語の実在を権威主義的論証で乗り越えようとしている見えるのが一番ひどい。ロベーツ氏にそのつもりはないのかもしれないが……


・韓国の全斗煥元大統領が死去 クーデターで実権掌握、軍事政権率いる(朝日新聞)
→ 2021年11月23日のこと。盧泰愚が亡くなったのが10月26日のことなので立て続けである。典型的な開発独裁政権であった。光州事件以降の民主化弾圧の印象が強いが,一応は1987-88年の民政移管を平和的にこなしている。ピノチェトのチリも蔣経国の台湾もそうだが,1980年代末の西側開発独裁政権の民主化はちょっと独特で世界史としては面白い。あれだけ暴力的な弾圧を行っていた人々が折れるというのは,国内外の圧力が強力であったにしても,時流としか言いようがないのかもしれない。
→ なお,全斗煥は受験世界史上はちょっとした難問で,用語集頻度は△任△襦2015年に東大で1問1答で出題された際には非常に低い正答率であったことが予備校各社の分析で明らかになっている。隣国の民主化にかかわりのある人物くらい覚えておけという意見もあろうが,そうやって用語が膨れ上がったので容易には首肯できない。全斗煥以降の大統領で優先順位をつけるなら金大中と金泳三は必須で,その次に盧泰愚,その次に全斗煥かなと思うので,削られても仕方がないポジションではあろう。  
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2022年06月07日

2022年4〜5月に行った美術館・博物館

空也上人像東博の空也上人像展。京都には数え切れないくらい行っているが,そういえば六波羅蜜寺に行く機会が無かったなと思って鑑賞。空也上人像といえば恍惚とした表情の口から出てくる6体のミニマムサイズの阿弥陀如来がシュールで,日本史の資料集で見ると思わず笑ってしまう印象しかないが,実物はけっこう厳かだった。実物だと空也の表情や衣服の衣紋が写実的で,それゆえに場面のシュールさが中和されているところがあったと思う……まあ,空也が真剣味あふれているからこそ,余計に阿弥陀如来のシュールさが際立ってしまって笑っちゃう人もいそうだけど。

空也は平安中期の僧侶であるが,空也上人像は鎌倉時代の制作で,運慶の四男の康勝の作である。六波羅蜜寺は慶派の菩提寺でかかわりが深いとのことで,これは知らなかった。本展覧会でも運慶作の地蔵菩薩坐像や,伝運慶坐像等が展示されていた。伝付きとはいえ運慶自身の彫像があるとは。あとは有名な伝平清盛坐像が見られたのも,教科書によく載っているやつを予期せず見られて良かった。教科書上は政治史でこの坐像が出てくるので六波羅蜜寺にあるという印象が無かったが,六波羅は平氏の邸宅があった所縁の土地だからだろう。

その後は常設展・東洋館にも寄った。東洋館では石碑の拓本が特集されていて,三国志関連の石碑が並んでいたので一人でテンションが上がっていた。写真撮影OKだったので何枚か写真を撮ってきていたのだが,その後にスマホが故障したため取り出せなくなってしまった。せめてツイートしておけば……あるいは早めにブログを書いていれば。さらにこの日は桜が散る間際の時期で,庭園が開放されていたので散歩してから帰宅。一方,上野公園はもう花見シーズンは終わりという感じで,人出は多いがシートを敷いて座っている人は少なかった。



セゾン現代美術館。今年のGWに浅間山登山の際に軽井沢に宿泊したので,ついでに軽井沢観光として訪問。これも写真をそこそこ撮影していたのだがスマホが壊れて失われてしまったので,同行者のブログが詳しいのでそちらにぶん投げたい。本当に館内の展示は現代美術が門外漢の集団でもわかりやすいものが多く,なかなか見応えがあった。もっとも館内は企画展のみの展示で,期間ごとに大半を入れ替えてしまうようなので行ったタイミングが良かっただけかもしれないが。対照的に庭園に展示している大型の彫刻やインスタレーション作品は理解不能なものが多く,キャプションも無いので不親切である。

併設のカフェは軽井沢価格でいいお値段がするが,納得できる程度には美味しい。名物は麻婆豆腐だが辛いものが苦手な私はパスしてビーフピラフを注文,こちらも牛の味がピラフによく染みていた。異常なまでに混んでいる星野リゾートが近隣にあるが,よほどこだわりがない限りはこちらでの昼食を勧める。なお,美術館の入り口が微妙にわかりづらく,Googlemapに頼っていくと入り口にたどり着かないので注意したい。

同行者のブログの通り,この後は富岡製糸場にも行っている。この前々日に荒船風穴にも行っているので一応世界遺産構成物4ヶ所のうち2ヶ所を訪問したことになるが,残り2ヶ所は別に行かなくていいかな……富岡製糸場は残念世界遺産と言われることもあるが,いやいや十分に広くて見ごたえがあった。たしかに広い割には同じような展示内容が多く説明が重複気味であるが,そこは鑑賞者の判断で飛ばして見ていけばよいのである。説明では暗部を隠さず赤裸々に歴史が語られている。最初期の官営時代は女工の待遇が良すぎて膨大な赤字,民営化後に急激に待遇を切り下げて黒字化したが,切り下げすぎて長続きせず。経営母体が点々とした後,日中戦争期に片倉製糸紡績(現片倉工業)が獲得,ここが再び女工の待遇を改善してやっと経営が安定した。この変遷もまた日本の産業史を象徴しているのかもしれないと,読みながら思った。

1987年にとうとう片倉工業が工場の操業を停止したが,意外と最近という印象。その後も世界遺産登録を目指して富岡市が寄贈を受けるまでの間も片倉工業がちゃんとメンテナンスをしていたというから偉い。そういうこともあって繰糸所には廃業当時の製糸の機械が置きっぱなしになっているのだが,同行者の一人が「これ,東南アジアならまだ現役で行ける機械やな」と言っていて,30〜40年のスパンならまあそうだよなと。  
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2022年06月06日

2022年1〜3月に行った美術館・博物館

溜まりに溜まってしまったので消化していく。

三菱一号館美術館のイスラエル博物館展。フランスの自然主義や印象派・ポスト印象派・ナビ派中心の展覧会であったが,世間の話題をさらったのはドイツの印象派の画家レッサー・ユリィ(ウリィ)であった。実際に私も見終わった後にツイートしたのはレッサー・ユリィについてであった。完全に印象派の画風であるのに描かれているのがにぎやかなパリやフランスの田園風景ではなく,寒々しく物寂しいベルリンの市街であるというギャップに心が惹かれた。印象派とハンマースホイが合体したらこうなるのだろうか。レッサー・ユリィが注目を浴びたのは美術館側も想定外だったようで,話題になっていた。
・印象派展でモネの『睡蓮』を抑えてポストカードの売上枚数1位を記録したのが無名の画家の作品だったという話(Togetter)
・【探訪】一躍人気のレッサー・ユリィ 独特の作風がコロナ禍の人々の心に響いた? 「イスラエル博物館所蔵 印象派・光の系譜」展(三菱一号館美術館)で注目(美術展ナビ)
帰宅後に調べてユダヤ人だったということがわかってイスラエル博物館側が推す理由を納得していたところ,山田五郎氏がけっこう深く調べていて参考になった。

マックス・リーバーマンやケーテ・コルヴィッツと並び称されていたくらいには20世紀前半のベルリン画壇では重鎮だったようだ。ユダヤ人として強い自覚があり『旧約聖書』を題材とした宗教画を描き,シオニズム運動に強く参画していたという側面があったのは面白い。ユダヤ人画家は出自とどう向き合うかというのがどうしても課題になるが,ここまで正面から向き合った画家は珍しいと思われる。しかし,そうした宗教画が売れずに美術史に名を残したのはやはり独特の印象主義的都市景観画だった。多作すぎて値崩れしている(2000万円くらいで買えちゃう)そうだが,であれば国立西洋美術館辺りに買ってもらって常設展で定期的に見たいところ。床に写っている光が日本人の好みにあっているという動画の指摘は意外と慧眼かも。


国立新美術館のメトロポリタン美術館展。大美術館から来るよくある総花的展覧会ではあるのだが,美術史オタクが見たいところの作品がある,力の入った展覧会で大変に良かった。特にバロック・ロココが好きな西洋美術史オタクに対する回答としては満点なのではないか。17世紀(バロックと古典主義)では展覧会の目玉になっていたフェルメールの《信仰の寓意》はもちろんのこと(これで私のフェルメールスタンプラリーがまた一つ埋まって24/37(23/35)点),カラヴァッジョやジョルジュ・ド・ラ・トゥールやプッサンにサルヴァトール・ローザ,ライスダールにホッベマもいた。ロココの方もまさかヴァトー・ブーシェ・フラゴナールが揃い踏みしてるとは思わなかった。それもいずれもかなり大きい大作だった。ブーシェの《ヴィーナスの化粧》は展覧会サイトの説明等には「官能的な」云々と上手いこと表現しているが,あけすけなエロでこれが許されたロココの時代は面白い。19世紀のゾーンではジェロームの《ピュグマリオンとガラテア》があったのが地味に嬉しかった。西洋美術史の概説書にたまに載っている割に本物を見たことがなかった。

こちらの展覧会でも,事前にはそれほど注目を浴びていなかったが開けてみると鑑賞客の間で話題になっていた作品があり,マリー・ヴィレールの《マリー・ジョセフィーヌ・シャルロット・デュ・ヴァルドーニュ》の肖像である。本作,それほど似てないのに20世紀なかばまでダヴィドの作品だと勘違いされていた辺りに,西洋美術史における女性画家蔑視の根深さを感じるのだが,本展覧会ではヴィジェ・ルブランの作品の隣に展示されていて,その対照もまた面白い。描かれているシャルロット・デュ・ヴァルドーニュもまた女性画家であり,二人は同業者として切磋琢磨する関係性だったのだろうか(百合的に盛り上がる関係性である)


サントリー美術館の正倉院宝物再現模造展。正倉院宝物の修復・再現模造の歴史は他の国宝よりも長く,明治の初期にはすでに始まっていて,その意味で特別な存在であったらしい。現在でも最先端の科学技術と人間国宝たちの職人芸と貴重な原材料が惜しみなく注ぎ込まれている。より困難なのは絶滅危惧種だらけの原材料の確保で,たとえば象牙は明らかに21世紀現在よりも前世紀以前の方が入手しやすい(もちろん入手困難になっているのは良いことなのだが)。本展でクローズアップされていた「螺鈿紫檀五絃琵琶」は,特に紫檀・象牙・玳瑁等の難度の高い原材料の壁があった。その中でも,独特の色合いを出すヤマトアカネ(茜の在来種)がなかなか生えておらず職員が困っていると,ヤマトアカネが千代田区千代田一番地の邸宅の広いお庭で発見される展開はかなり熱かった。再現模造の展示の脇では上皇陛下(当時はまだ在位)がヤマトアカネを御自ら掘り出している映像が流されていて,演出であるにしても意義深さがある。それにしても皇居は本当に自然豊かなのだな。これ,めちゃくちゃ面白いエピソードだと思うのだけど,私以外につぶやいている人が全くいなかったのはちょっと不思議。
  
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2022年06月05日

登山記録10(荒船山,浅間山)

No.26 荒船山
〔標高〕1422m(1356m)
〔標高差〕約360m(290m)
〔百名山認定〕二百名山
〔ヤマノススメ〕9巻
〔県のグレーディング〕2B
〔私的な難易度と感想〕2A+
長野県と群馬県の県境,名前の通りに遠景で見ると船の形をしている山。形の通りで前面に切り立った崖があって山頂は非常に広い平面になっている。では登るのが困難かというと2A+にした通り,背面側(北側)から,内山峠からの登山は緩く,ちょっとした岩場が一箇所ある以外は難点が無く,初心者でもまずまず普通に登れるだろう。県のグレーディングは2Bになっているが,あれはその一箇所の岩場を考慮してのものと思われる。Aに下げようとする群馬県と長野県の必死の努力が見える整備状況であった。標準コースタイムは5時間強。我々は4時間弱で踏破した。

山頂は平坦すぎて厳密にはどこが山頂なのか全くわからず,ピークどこだよと言いながら5分ほどさまよってしまった。山頂は森林に覆われていて小川も流れており,なかなか雰囲気が良い。一部に森林が切られた展望台があり,そこから見える浅間山が非常に美しく,翌日に登る予定であったこともあって満足感があった。なお,荒船山の山頂は1356mとなっているがこれはこの本体の標高であって,舳先からわずかに離れた別の山(経塚山)の方が1422mとわずかに高い。ピークハント気分はこちらに登って味わうとよいだろう。経塚山は眺望がないので,ピークハント目的でないなら登る必要はまったくない。その他,我々の登山行については,詳しくは同行者がブログで詳しく書いているのでそちらを参照してほしい。



なお,船の舳先に当たる南側,つまり崖側から登るルートも一応あるが,当然ながらに難易度が高い。なにせ県のグレーディングに載ってない(登る人が多いと想定されていない)。YAMAP等の写真を見ると垂直に登る鎖場等があり,普通にDかDに近いCはありそう。また,『ヤマノススメ』では9巻で登場した。あおい・ひなた・ほのかの3人で登る(ここながいない珍しいパターン)。ほのかの兄が初めて登場した回で,その意味で印象深い。


No.27 浅間山(前掛山)
〔標高〕2524m(2568m)
〔標高差〕約1110m(浅間山荘登山口から)
〔百名山認定〕百名山
〔ヤマノススメ〕13巻
〔県のグレーディング〕4B
〔私的な難易度と感想〕3B
荒船山の翌日に登山。前日は浅間山荘温泉に宿泊。上掲の同行者のブログの通り,『レッド』の山本直樹の色紙が飾ってあって笑った。なお,実際のあさま山荘事件が起きたあさま山荘は全く別の場所である。閑話休題,浅間山は外輪山が二重にあって,浅間山の本体は噴火警戒のため直接登ることができず,内側の外輪山の山頂の前掛山が実質的なピークとなっている。その前掛山に登る登山道は大きく分けて2つある。2つの外輪山の間の谷間から登っていくのが浅間山荘登山口ルート。外側の外輪山(黒斑山)を乗り越えていく車坂峠(高峰高原)ルートである。今回の我々は宿泊地からわかる通り,前者のルートを使った。登りの前半は左側に黒斑山,右側に前掛山が見え,荒涼とした火山に挟まれる珍しい風景で面白かった。また,並走する沢の水が赤く,前日に入った浅間山荘の温泉の色そのままで,匂いが温泉地らしい強い硫黄臭なのも含めて面白かった。

前半はそこまで斜度のない普通の登山道でここまでならA+でもいいくらいだったが,前掛山は火山らしい小石が転がるザレた道で斜度もあり,ここに来て難易度Bを実感した。しかし,前掛山の中腹からは北側の,つまり嬬恋村の方向に開けていて眺望が楽しめる。前掛山山頂からは浅間山本体の山頂が見えるが,まあ見える以上の意味は無い。コースタイムは7時間半。我々は6時間で下山。4Bにあるような長さではないと思う。



『ヤマノススメ』では13巻で登場。本巻が発売された2017年頃では現在よりも入山規制が強く,前掛山すら登れなかったために黒斑山が事実上のピーク扱いだった模様で,あおいとほのかの2人で黒斑山に登っている。……今気づいたのだが,我々の登ったルートと全く重なっていない。まあでも,そのために改めて黒斑山に登りにいかなくてもいいかな……

なお,同行者の旅行記にある通り,下山後に行った布引観音(「牛に引かれて善光寺参り」で有名な寺院)の懸造建築が非常に良かった。またそこで飼われている名物猫が極めて人に慣れていて,ちょっと撫でるとすぐに喉がゴロゴロなりだしたので気分が良かった。お勧め。  
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2022年06月01日

ニコ動の動画紹介 2021.9月下旬〜2021.10月下旬



とてもよくできた手描き動画。



たいたぬさんの伊豆旅行記。旅行記でもたいたぬ節が全開。




Shellfall氏。タイトルの通り,オメガウェポン撃破のタイムアタック。細かい調整で意外と短くなるものだ。




これもShellfall氏。縛りの発想自体は他のゲームでもよくあるものだが,よく実行しようと思ったものだ。△ボタンが使えないとメニューが開けないのでジャンクションができないのが非常に厳しいわけだが,△ボタンを押さなくてもメニューが自動で開くタイミングが4回あり,そのたびにステータスが整っていくために後半は意外と楽,一方で最初にメニューが自動で開く機会(Disc1の終盤)までの最序盤の難易度が異常に高い。こんなにナムタル・ウトクで詰まる縛りプレーもそうそうないだろう。



ピロ彦氏。ファミリーベーシックを使っている点は前回と同じだが,デュアルファミコンになった。





タケシス氏。下半期20選選出。4秒しかないけどとんでもない破壊力。どこで止めても静止画が美しい。



下半期20選選出。もあい氏がどんどん上手くなっていて,アニメーションがとてもよく動く。




やーまP。1つめは下半期20選選出。Reve Purが結成されて最初の誕生日なだけあって壮大な讃歌となった。



YASU-P。下半期20選選出。非常に珍しいスタマスのダンスPV。もっと増えろ。  
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