今場所も全体的に熱戦が多くて,見ていて楽しい場所であった。今年の中で言えば3月に張る。しいて言えば終盤は熱戦の疲れが見えて息切れしていた雰囲気もあるが,これは本当に「しいて言えば」の範囲であろう。照ノ富士が4敗した後の優勝争いは混沌としていたように見えて,十一日目くらいにはもう玉鷲が優位な状態であり,そのまま落ち着いたという見方もできるだろう。
今年の優勝はここまで5人ばらばらである。来場所に御嶽海,若隆景,照ノ富士,逸ノ城,玉鷲以外であれば2020年以来であるが,実は2020年は年間5場所しかなかったので不完全である。その前となると1991年とのこと(霧島・北勝海・旭富士・琴富士・琴錦・小錦)。実は2場所連続で平幕が優勝したのも1991年以来(しかも同じ7月・9月)なので,これをなぞるならば今年も6場所バラバラになりそう。2019年は秋場所まで全員バラバラであったが,九州場所に白鵬が二度目の優勝を果たして阻止した。2019年通りなら来場所の優勝は照ノ富士になるが,あの膝の状況だとそもそも休場の可能性が高く,やはり貴景勝あたりが優勝して1991年以来となる可能性が一番高そう(そして得てしてこういう予想は当たりにくい)。
あとは,先場所猛威を振るった新型コロナウイルスの感染は,今場所は全く見られなかった。文字通り「感染症」なので一部屋からも出なければ蔓延することも無かったということなのか,先場所の混乱を見てそもそも検査を減らしていたり無症状だったから報告しなかったという部屋があったりしたということなのか,真相はおそらく半永久的にわからない。審判部は先場所に引き続いて物言いが多く,判定が明瞭で,明らかな誤審も無くて良かった。場所の後半に確認の物言いがあっても良かったような取組がいくつかあったが,どこかからクレームがあって物言いを減らしていたなら残念である。
個別評。照ノ富士は何度か書いている通り,膝がもたなければ休場することが許されている横綱である。しかし,再手術が必要なほど膝の骨がずれているとあっては思っていたよりも重症で,再起は来年か。唯一勝ち越した大関の貴景勝は褒めるところも文句も無く,相撲ぶりも普通。いや,普通なのが貴重なのかもしれない。良いところでいなしが入るのは美点だと思う。正代は,普段なら序盤が1−4でも中盤で突然エンジンがかかって勝ち越すのだが,今場所は最後まで不調であった。ただし,直近1年は勝ち越しと負け越しを繰り返しているので,ぎりぎりの状況かつ2場所に1回しかエンジンがかからないのかもしれない。厄介である。御嶽海はどこか故障していたか,壊滅的な相撲ぶりで,無気力ととられかねなかったから休場すべきだった。
三役。若隆景は低い姿勢からのおっつけがよく決まっていて好調だった。今場所の若隆景は四つ相撲が上手くなっていて,おっつけたまま押し込むか,適当なタイミングでもろ差しか右四つになって寄り切るかという選択が絶妙だったと思う。欲を言えば四つ相撲のバリエーションが狭く,投げ技が無いから寄っていくしかないところを突かれると厳しいかもしれない。11勝で二度目の大関取りの起点となった。今度は成功させてほしい。序盤に不調な場所が多いのは,場所直前の稽古量が多すぎて疲労が残ったまま場所に入っているという形の調整不足なのではないか,と白鵬が指摘していた。その可能性はある。豊昇龍は中盤に相撲に迷いが見られて連敗があった。六日目に翔猿を相手にして感覚が狂ったか。七日目の翠富士は合口が悪いとしても,中日の宇良,九日目の佐田の海は完全に不用意な負けである。あれがなければ二桁勝利が固かったと思う。まだまだメンタルが未成熟か。大栄翔は可も不可もなく。逸ノ城は,平幕優勝の翌場所はこうなりがちという感じ。先場所通りの相撲が何故かとれない。霧馬山は今場所は膝の調子がよく,投げが気持ちよく決まっていた。
前頭上位。書くべき人が多い。優勝した玉鷲は3年半前の2019年1月に優勝したときと相撲ぶりに変化は無く,腕がよく伸びて喉輪が効いていた。むしろ34歳から37歳にかけて相撲ぶりに変化がないことの方に驚くべきだろう。優勝パターンもあの時と同じで,横綱・大関が不調・休場なら好調な玉鷲に十分なチャンスがある。追いすがった優勝次点の高安は3月の優勝争いの時よりは動きが固くなっておらず,メンタルが強くなったのではないか。この調子が維持できるなら2023年中の再度の33勝は十分に狙える。翔猿は覚醒した感があり,前傾姿勢でまわしをとられない技術が卓越していた。以前はうざったく撹乱して中に入ってどうにかする相撲で,不用意な動きすぎも多かったのに,今場所は中に入らなくてもそのまま押して崩し,そこから動いて撹乱する動きに変わり,無駄な動きも減ってスマートになった。この相撲ぶりが維持できるなら来場所も上位の台風の目になりそう。
上位初挑戦の翠富士は7−8の惜しい負け越しだが,強い印象を残した。小兵らしく軽やかな動きで,得意の肩透かしもよく決まっていた。馬力の差でどうしようもなく負けるのが視聴者としても見ていて悔しい。そうそう,宇良も挙げておかねばなるまい。こちらは紙一重の8−7で勝ち越しだが,上位に定着して数場所,その押し引きの感覚に慣れていた感じがした。何より今場所の宇良は神業・伝え反りを決めてくれただけでも感謝である。しかし,北の富士が指摘していたように,いくらなんでもインタビューが雑である。本人が「戦術を話すわけにはいかないので」とどこかで答えていたそうで,まあ気持ちはわかるけども。
前頭中盤。若元春は二度のうっちゃりが光り,足腰の強さを見せつけた。来場所は二度目の上位挑戦になろう。北勝富士は九日目まで全勝と場所を盛り上げたが,十日目以降に上位戦が組まれると一気に失速した。私は三賞の「勝てば」条件が嫌いだが,今場所の北勝富士については「勝てば」条件がついていたのは妥当だったように思う。最後の最後で覇気を取り戻してほしかったのだが,勝てなかった。真っ向勝負という顔をしておいて立ち合いで半歩ずれた立ち合いをするのは面白い。錦富士は新入幕から2場所連続で二桁勝利であるが,十一日目時点で9−2,優勝争いの影響で上位に当てられたために10勝で止まったのは少し不運だったかもしれない。もろ差しか左四つになると相当に強く,左からのすくい投げ,右からの小手投げがよく決まっていた。来場所は上位挑戦になるかどうか微妙な番付になりそうで,まだ家賃がやや重そうだが,奮闘を期待したい。
前頭下位。竜電はどうしても私生活が立て直せたのかどうかが気になってしまうが,それは置いといて,懲罰休場前通りの相撲ではあるかなと思った。前傾姿勢で押していってからのもろ差しか左差しで威力がある。あとは新入幕二人,水戸龍が跳ね返されたのは意外だった。動きが鈍く,幕内のテンポについていけていない様子だった。再入幕までに修正してきてほしい。平戸海は序盤の相撲を見ると順応できそうな勢いだったが,こちらは中に入る相撲が読まれるようになって調子を崩した。それでも7−8でまとめていて,あと一歩で幕内に定着できそう。何かもう一つ武器が欲しい。照強の足取りなり翠富士の肩透かしなり,宇良の馬力なり。
常幸龍が引退した。大学時代に個人タイトルを多く獲得し,当然幕下付出の資格を得ていたものの,事情があって失効してから角界入りした。そのため2011年から12年にかけて,序の口から幕下にかけて無敗の26連勝というレアな記録を打ち立てた。そのため,この頃の「佐久間山」の四股名が印象深い。その後も負け越し無しで十両に上がって四股名を常幸龍に改め,2012年11月に負け越し無しのまま新入幕となる。十両以下の全ての段で優勝決定戦に出場したというのもまた彼の持つレア記録である。初土俵から新入幕まで所要9場所も付出資格でのデビューを除くと最速記録であった。しかし,このまま順調に出世していくかと思いきや,幕内では壁にぶつかり,番付運の良さもあって一度小結まで出世したものの,前頭の中盤から下位,十両で取ることが多かった。2016年の初場所で右膝に大ケガを負うと,手術を挟んで三段目まで地位が下がり,その後は幕下上位と十両を行き来する状況が続き,右膝はとうとう完治しなかった。まだ十両に戻れそうな相撲ぶりではあったが,医者からこれ以上相撲を取ると人工関節になると警告されて引退となった。学生相撲の本格派は幕内に入ってからなぜか苦しむ人が多いという典型となってしまった。基本は右四つの相撲だが,突き押しがあったり変化があったりと学生相撲出身らしい多彩な技能があり,かえってそれで相撲に迷いがあったようにも見えた。お疲れ様でした。
魁聖が引退した。日系ブラジル人の出自であるが,本人はサッカーに全く関心がなく,ブラジルだからと結び付けられたインタビューがあると困惑していた。一方で大のゲーム好きで,ニコニコ超会議場所等ではテンション高く遊んでおり,そこは日系人らしさがある。ゲーム好きとしては親近感があって,私は好きな力士だった。相撲ぶりは大柄な体格を生かした四つ相撲であり,がっぷりで組み合えば幕内上位でも十分に通用した。栃ノ心との勝負は基本的にがっぷり四つになることが多かったが,12ー14で僅差の負け越しは堂々の成績である。四つ相撲の力士には珍しく,場所ごとの調子の波が激しく,また好調時には機敏だが不調時には鈍重になるためわかりやすさがあった。最高位は関脇。目立った大きいケガはなく,加齢による体力の低下での引退であるから,「やりきった」のではないだろうか。お疲れ様でした。 続きを読む