3関脇の大関取りが場所を引っ張り,北勝富士と錦木と,伯桜鵬ら新入幕がそれを追い,充実した土俵で非常に面白い場所であった。欲を言えば霧島・貴景勝・照ノ富士のうちの一人ぐらいは完走・勝ち越ししてほしかったと思うが,こればっかりは仕方あるまい。
3関脇は大栄翔が11勝,豊昇龍・若元春は12勝必要という条件で始まった。本命視されていたのは11勝で良く,ここまでの実績もある大栄翔であった。しかし,突き押しの相撲は連勝も連敗も多いから一度躓くと立て直しが難しい。また出足で一気に押すスタイルであるので,スタミナが無いわけではないが一度受け止められると脆く,二の矢の無いまま止まり,まわしを触られると引いてしまい,あるいは引かれて前のめりに倒れてしまう。この弱点を突かれて終盤負けが込み,十四日目の阿武咲戦では立ち合い変化して評価を落とした。挙げ句千秋楽でも同じ押し相撲の隆の勝相手に前のめりに倒れて9勝で終戦した。押し相撲の大関取りの難しさを体現する形になった。若元春は遅咲きながら急成長し,左四つの型と驚異的な粘り腰を武器に安定していた。しかしこちらは遅咲きゆえの経験不足に泣き,緊張で体が動かなくなっていったのが見て取れた。対照的だったのが豊昇龍で,3人では最も若い24歳ながら上位に定着してから長く,いくつかの失敗もありながら,ここぞという時の精神の安定,闘志の奮い立たせ方を身に着けていた。十二日目に北勝富士に負けた時にはまずいかと思われたが,そこからの立て直し方が素晴らしかった。相撲の型が無いとは言われるが叔父譲りの技巧派ということで良いのではないかと思う。優勝と大関取りの両取りに成功した。
それ以外では新入幕の3人が全員10勝以上と好成績を挙げた。最近は新入幕がすぐに活躍することが目立つが,全員10勝以上という場所はさすがに珍しい。先場所十両優勝の豪ノ山は伯桜鵬よりも活躍する可能性があるという意見もあり,実際に良い押し相撲を見せていた。しかし,研究されると脆いかもしれない。伯桜鵬は11勝であわや新入幕優勝というところまで行った。遠藤並に技術が伸びることが見込まれ,あの体格なのによく足技がとぶところも魅力的である。遠藤はパワー不足に泣いてエレベーター化しているうちにケガがあり,上位に定着できなかった。伯桜鵬は逆にパワーがすでにかなりある一方で左肩にケガがある。左肩が治るか否かに全てがかかっている。湘南乃海は前2者に比べると有望視されていなかったが,目立たないうちに白星を重ねていた。3人の中では最も体格が良く,突き押し,四つのいずれでも取れ,押し込まれても冷静に組み止めたりかわしたりできている。右上手投げや右小手投げが強力で武器になっている。一方で大柄な力士にありがちな,細かく動かれると脆いという弱点がある。いずれも今後が楽しみだ。
個別評。照ノ富士は途中休場となった。三日目に翔猿のユルフンに付き合って相撲をとったのが原因で,適当なところでまわしを離していた方が膝がもったかもしれない。残念である。霧馬山改め霧島は初日から休場で驚いたが,直前になって右肋骨のケガとのことだった。四日目から照ノ富士と入れ替わりで出場した。日ごとに相撲の出来が異なったのはケガのゆえか。6−7−2となんとも言えない成績で終戦。負け越すなら全休でも良かったと思われる反面,大栄翔と若元春に勝っており,特に大栄翔はこの敗戦で調子を落としていったから,大関取りの関門としての役割は果たしている。来場所のカド番脱出は心配無いだろう。
3関脇はすでに語ってしまったので省略。小結,琴ノ若は11勝で,若元春と大栄翔の大関取りが降り出しに戻ったのとは対象的に出発の場所となった。脇の甘い弱点があったが,今場所は差し勝って右四つか左四つになる場面が多く,ある程度克服できている。現在の上位では照ノ富士に次ぐ上半身のパワーと重量があるのが魅力で,大関取りは十分に射程圏内だろう。阿炎は悪くない出来であったが,周囲の調子が良すぎて負け越した。連敗するのは突き押しの宿命か。
前頭上位。錦木は2018年の下半期以来3年ぶりの覚醒で,元より膂力は角界随一で特に投げが強く,特に初日に照ノ富士をすくい投げで投げ飛ばしたのは荒れる今場所の開幕として象徴的であった。優勝もありうるかなと思ったが,若元春と同様に,年齢を重ねたベテラン力士であっても優勝争いのプレッシャーは平等に襲ってくる。終盤見るからに体が固かったのは仕方がないことだろう。翔猿は三日目の照ノ富士戦と十三日目の宇良戦のユルフンの印象が非常に悪い。これまでまわしは固く締めている人という印象だったが,今場所は緩めてきたのだろうか。御嶽海は膝のケガあまりにも悪く星が伸びずに3勝に終わったが,不思議と精神面は悪くなく,普段に比べて粘りがあったように見えた。何か思うところがあったのだろうか。朝乃山は途中休場を挟んで勝ち越した。やはり力はある。しかし,右四つ得意ながら形が整わないうちに攻め込んで自滅する,右四つになれずに焦って前のめりになるという弱点は解消されていない。明生は当人が8勝のぎりぎりの勝ち越しながら,上位に同部屋がいるという点で豊昇龍の支えになっていたと思われる。優勝直後に豊昇龍がハグを求めに行っていて,慕われているのだなと。翠富士は研究されていて動きを読まれている感じがした。肩透かしにいけた場面が一度もなかった。4勝と惨敗であるが,霧島と北青鵬から白星があり,勝った相撲は印象が良い。同じく平戸海も5勝にとどまったが,勝った相撲は左前まわしの良い位置を引いていいようにとっていた相撲であり,印象深い。
前頭中盤。北青鵬は研究されて6勝にとどまり,(肩越しの)右上手だけでは耐えられなくなってきた。ただし師匠の白鵬は負けて覚える相撲の精神であえてそのままにしているという話もあり,実際に負けが込んだ今場所を踏まえて,来場所は相撲を変えてくるかもしれない。王鵬はもろに力負けしていて,まだ前頭中盤の家賃が重い感じ。北勝富士は相撲ぶりは大して変わっておらず,立ち合い当たった直後に左右どちらかにずれて相手の勢いを殺し,斜め横からおっつけて押し込む。突きはうたない反面で四つの体勢になってもある程度相撲になる。今場所はこの独自のスタイルが上手くはまって連勝が伸びた。老け顔で年齢不詳なところはあるがまだ31歳,もう一度や二度の優勝争いが会っても不思議ではない。
前頭下位。新入幕の3人はすでに書いたので省略。竜電と遠藤は大勝ちしているが,この番付なら当たり前の地力だろう。武将山は再入幕であったが,なかなか幕内に定着できずに苦しんでいる。よく聞くように,やはり立ち合いの速さや圧力が違うのだろうか。宝富士と碧山はこのところ苦しんでいたベテラン勢だが,今場所は9勝で復調の気配が見えた。それぞれ左腕を使った攻めと突いてからのはたきという得意技がよく出ていたように思われる。
千代の国が引退した。比較的大柄な体格に似合わないアクロバティックな動きで,宇良や翔猿とはまた違ったサーカス相撲であった。その取り口からチヨスランドのあだ名があり,ネットでは人気があった。しかしやはり体格と取り口が合わず,ケガが多くて大成できなかったのが悔やまれる。好角家には印象に残る力士だったと言える。石浦が引退した。小兵が多い白鵬の内弟子の一人で,小兵ながらに真っ向ぶつかっていく押し相撲と,小兵らしく潜って中に入る相撲を使い分けていて,立ち合いから相手を翻弄した。それができるだけの押す力があったということであったが,やはり身体への影響はあり,ケガが増えていっての引退となった。両名ともお疲れ様でした。
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