SOMPO美術館のブルターニュ展。偶然か作為かはわからないが(事情を知っている人がいればコメント欄でご教示いただけるとありがたい),2023年の6月に西美とSOMPO美術館でブルターニュ展がかぶった。ブルターニュはフランスの辺境で独自の文化を維持した地域であり,近代になって鉄道が通ると観光地として人気を博すことになった。そこには都会化し,過度に洗練化されたパリとは異なる,粗野で素朴で敬虔な人々と,波高く険しい断崖に代表される荒々しい風景が都会に疲れた人々を出迎えてくれるのであった……という説明だけで気づく人は気づくところで,数々の絵画を鑑賞して感じたのは,
どう考えてもこれは身近なオリエンタリズムである。しかも距離が近すぎるがゆえに当事者たちが気づきにくいたぐいの。とするとそこを批評するのが展覧会の役目なのではないかと思うのだが,
どちらの企画展もその方向性での批評性は高かったとは言いがたい。SOMPO美術館の方はブルターニュのカンペール美術館から借りてきた作品がほとんどであるから忖度が働いたのかもしれない。一応,SOMPO美術館は画家たちの注目がブルターニュ人の粗野なイメージに集まった点をクローズアップした展示になっていて,その方向性でゴーガンやポン=タヴァン派が登場する構成になっていた。ゴーガンだからこそ説得力がある。
これに比べると
西美のブルターニュ展はまだ薄っすらとしたオリエンタリズム批判が見えていたように思われる。パリジャン目線のブルターニュを「国内的異郷」と表し,ミュシャのポスターや当時の観光案内等も展示し,またブルターニュの先にタヒチや日本があることはより明示的であった。また黒田清輝や藤田嗣治などブルターニュに赴いた日本人画家の作品を展示していた点は西美らしく,彼らの作品は特徴のないフランスの一地方を描いたものにすぎなかった。実際にはブルターニュの先に日本はないということを暗示した仕掛けなのかもしれない。これが深読みでないなら良い仕掛けである。しかしながら,やはり西美ならばもっと学術的な展示にできただろうと思う。
なお,旧称Twitterで検索すると,自分と同じ気付きを得た人はいないわけではないという程度に少数であった。私としては気にする方が過敏すぎるとは思われないものの,ブルターニュ展を聞いて心惹かれて美術館に行く層で,かつそれをTwitterに書く人となると,オリエンタリズムに関心がある人はそれほど重なっていないということなのかもしれない。それにしても少なく,正直に言えばやや残念である。ブログまで拡張すると
東京藝術大学お嬢様部の人が全く同じ感想を書いていた。「もしドイツや英米の美術館が「日本美術における東北展」をやったら、描かれる対象についてだけではなく、東京に対する権力勾配や見られるものとしての東北など、かなり政治的な部分まで確実に踏み込むでしょう。」という指摘はお見事。
都美術館のマティス展。言わずと知れたフォーヴィスムの大家。19世紀末・20世紀初頭頃の画家の個展で面白いのは,新ジャンルを切り開く以前,すなわち画家たちの修業時代の作品である。彼らは概ね写実主義(自然主義)辺りから印象派・ポスト印象派と単線的な美術史の発展をたどるのだが,マティスも例外ではなく,ポスト印象派から次第に個性を出してフォーヴィスムに向かっていく。これがもう少し後の時代のデュシャンやモンドリアンになると,学習過程が少し伸びてフォーヴィスムやキュビスムに一度かぶれてから自己流になっていく。それにしてもマティスの場合は思っていたよりも強くポスト印象派にかぶれていて,もろに点描だったりセザンヌだったりする作品が多かったのが面白かった。同時にセザンヌからフォーヴィスムに変わっていく過程も見て取れたのも本展の収穫であった。回顧展の面目躍如である。
下に貼った旧称tweetにも書いたが,自分としてはこの辺が勉強ではなく楽しみとして鑑賞できる限界ラインであるところ,マティス自身が「極限まで要素を削ぎ落として,どこまで絵として成立するか」を攻めて成立したのがフォーヴィスムらしく,図らずもマティスと感覚が近いのかもしれない。ただ,最近は自分もいろいろと見て理解度が上がってきたのか,歳を取って寛容性が上がってきただけなのか,確かにこれを極限と思わずに一歩踏み出すとキュビスムやモンドリアンになるわけで,守備範囲が広がってそこくらいまでは許容できるようになってきた自分もいるな……というような自己の振り返りになった点でも,このマティス展はなかなか思い出深いものになった。
一方でマティス自身も本当にフォーヴィスムが絵画の極限かという自問自答があったようで,大家となっても晩年に至るまでキュビスムを取り入れたりセザンヌに戻ってみたりとマイナーチェンジが忙しく,それを追っていくのは勉強になる以上に単純に面白かった。画家の様式を細かく追えるという点でも回顧展らしい回顧展だったと言えよう。会期は8/20まで。