2005年10月29日
書評『私・今・そして神 −開闢の哲学−』永井均著,講談社現代新書
この世界を成り立たせているのは私という主観の存在か(デカルト)、それとも現前するものそのものが世界なのか(ライプニッツの主張)、はたまた客観的世界が先に存在しているのか(カントの主張)。この命題を中心に、神の限界性、時間の相対性、心とは何か、身体論、多世界論、果てには私的言語論までたった200ページで論じてしまう。…と概容を書いてみたが、おそらく多くの人にとっては「なんのこっちゃ?」という感じだろう。というか自分もそうだった。そして読み終わってなおあまり理解していない。
それでも何とか最後までたどりつけたんだから、説明はうまいと言っていいのかもしれないが……正直理解が追いついてない。この内容を200ページで収めたことが無謀であり、説明不足といわざるをえないだろう。これがファーストトライでばっちり理解できる人は既によほど哲学詳しいか、相当の理解力の持ち主だ。だからこの本、非常に評価が難しい。
私・今・そして神―開闢の哲学
それでも何とか最後までたどりつけたんだから、説明はうまいと言っていいのかもしれないが……正直理解が追いついてない。この内容を200ページで収めたことが無謀であり、説明不足といわざるをえないだろう。これがファーストトライでばっちり理解できる人は既によほど哲学詳しいか、相当の理解力の持ち主だ。だからこの本、非常に評価が難しい。

Posted by dg_law at 04:01│Comments(0)