2007年10月11日

「冬の国」から

卒論の勉強とムンク展の予習を兼ねてノルウェー絵画を調べていたが、実はムンクはC.D.フリードリヒの直系の子孫なんじゃないかという気がしてきた。フリードリヒを含めて多くの画家がロマン主義に分類されてはいるが、19世紀前半の古典主義やバロックとはいえない雑多な画家たちをくくってロマン主義と言っているだけの話であって、ロマン主義は共通性がきわめて薄い。その中でフリードリヒといえば象徴主義の走りであるわけで、ムンクとのつながりを主張してもおかしくはないだろう。

おもしろいのはその経路で、まずフリードリヒの盟友J.C.C.ダールがノルウェー出身であり、画業をなしてからも何度かノルウェーに帰国して現地の風景を描き、現代にいたるまでノルウェーの生んだ巨匠として扱われていることから始まる。ダールはロマン主義の中ではかなり自然主義寄りの画家で、象徴主義的というよりはセンチメンタルな画題が多かった。

その後ダールを経由してフリードリヒ風の象徴的風景画が流行した後、ダール風の自然主義的風景画が主流となる。しかし1890年代、ロマン主義リヴァイヴァルが起こり、これがそのまま象徴主義の隆盛へとつながり、そこへ登場したのがムンク、というわけだ。

一方でドイツ本国では、フリードリヒの死後すぐに彼の絵画は廃れ、やはりセンチメンタルな絵画が流行した後、1875年には(最後の画家ルードヴィヒ・リヒターの死をもって)ロマン主義的風景画は死滅したとされる。確かにベックリーンのようなドイツ的象徴主義画家はいるし、彼にフリードリヒの系譜を見るのも大いにありだが、ドイツという地域内で系譜が探せるのはある種当然のところもあるだろう。それよりはやはり、ノルウェーで見つかったことのほうがおもしろい。

フリードリヒは生前、アイスランド渡航を計画したり、スウェーデンを応援している(と解釈されうる)絵画を描くなど、北欧嗜好は強かった。ノルウェーに自らの画業が伝わったとすれば本望じゃなかろうか。まあムンクへの系譜は言い過ぎとしても、かなり明確にフリードリヒを意識されて描かれた絵画は多く、ノルウェー画壇への影響を指摘してみるのもおもしろいかもしれない。