2009年01月06日

マルホランド・ドライブ

非常に難解な映画。前半は何がなんだかわからないところだらけだが、145分中最後の20分で大体の伏線は回収されるので、これから見る人は安心してほしい。ただし、監督のデヴィッド・リンチ自身が正解は無いと言っているので、基本的には自由な解釈でいいのだとは思う。

この映画を難解にさせている最大の理由は、非常に展開が早く、そのくせ視点と場面がころころと変わる。しかも、切り替わった先の場面が現実なのかそうでないのかが、最後の最後の伏線が回収されるまで全く判然としない(解説を読むまでわからない場面もあった)。鑑賞者には場面場面を覚えておく記憶力と、判明したところから時系列順に並びなおしていく整理力が強く求められる。ただし、理解さえ追いつけば、その思考パズルが非常におもしろい映画だ。

見終わって、自分なりの解釈がたったなら映画名で検索してみると様々な他人の解釈を読むことができる。優れたレビューは納得させられることしばしであろう。また、デヴィット・リンチ監督から10のヒントが与えられているが、一通り理解し終わってからこのヒントを読むと納得できるものの、見る前にこのヒントを知ってしまうと逆に混乱するのではないかと思う。見る前でも役に立ちそうなのは

・クラブ・シレンシオで、彼女たちが感じたこと、気づいたこと、下した結論は?
・カミーラは才能のみで成功を勝ち取ったのか?

の二つくらいなんじゃないかと。残りは洞察力のある人や何度も見る気の人にはナイスヒントかもしれないが、少なくとも自分は、見終わって他人のレビューを見るまで全く気づかなかった伏線だった。


以下、備忘録として、自分なりの簡単な解釈とメモ。当然、超ネタバレしているので、この作品を見たことがない人は、読んではいけない。まあ自分は一生見ることはないだろうと思うならば、読んでその複雑さを味わってくれてもいい。




時系列順に出来事を番号付け。

1、ダイアンという女性が、トロントのジルバ大会で優勝しハリウッドに出てくる。(冒頭のグリーンスクリーンで人が踊っている様子は、この光景なのだろう)
2、ジルバ大会優勝の際、とある老夫婦に祝福されている。(おそらく、この老夫婦はダイアンの両親)
3、ハリウッドでは鳴かず飛ばずだったが、カミーラという女優とレズビアンの関係になる。
4、カミーラが新進気鋭の監督(アダム)と恋仲になり、ダイアンを振る。アダム主催のパーティーが開かれ、そこでカミーラとアダムの婚約が発表される。
5、ダイアンが殺し屋にカミーラ殺害を依頼。その際、依頼した場所がウィンキーズというレストランで、そこのウェイトレスの名前がベティ。(ベティはダイアンと同じ女優が演じているように、「ダイアンと極めて容姿が似ている」)。
6、殺し屋が依頼を受け取る。そして、殺しが成功した場合の合図として、ダイアンの部屋に「鍵」を届ける約束をする。ダイアンは、以後三週間に渡りハリウッドから姿を消す。


7、カミーラ、アダム邸からの帰りに、タクシードライバーに扮した殺し屋に銃で撃たれそうになるが、その瞬間に若者の乗った車が追突し難を逃れる。
(この交通事故の起きた、アダム邸からの帰り道の通りの名前が「マルホランド・ドライブ」。この地名は実在しており、ここからハリウッド全体を見渡すことが可能な場所。これもまた示唆的。)
8、カミーラ殺害が失敗したことを知ったダイアンは、別の殺し屋に依頼をしなおす。
9、依頼を失敗した最初の殺し屋は、二人目の殺し屋のところへ赴いて依頼書を強奪する。

この7番が最大の曲者で、この場面が夢と現実の境界線で、実際に起きたことなのかダイアンの妄想なのかがはっきりとしない。7番が現実の場合、8・9番も現実であり、やはり一度目の殺害は失敗している。7番が妄想の場合、8・9番も妄想であると考えるのが自然で、その場合はマルホランドで交通事故は起きず、最初の殺害が成功した、ということになる。ただし、8番は映画内では描かれてはいないために、さらに難解となっている。しかし逆に、7・8番を妄想の中の出来事と考えた場合は9番を描く必要性がなくなるので、やはり7・8・9ともに現実に起きたことだったのではないかと、個人的には思う。

10番からは、確実にダイアンの妄想だが、ダイアン自身はほとんど登場しない。また、現実では単なるウィンキーズの店員に過ぎないベティが、「叔母に大女優を持つ、自分も女優志望の女性」という設定に変わっている。これは、妄想の中でダイアンは自分の姿をベティに重ね合わせているためであると思われる。ベティとダイアンは演じている女優が共通であることも、そのヒントか。つまり、ここからはベティにとって非常に都合のいい展開が続く。ダイアンの妄想の中なのでやりたい放題。



(ここから長くダイアンの妄想)
10、カミーラ、殺害からは逃れたものの、交通事故で頭を強く打ち、記憶喪失になる。なんとかマルホランド・ドライブの事故現場から脱出し、ハリウッドへと戻る。
11、カミーラ、空き家を発見しそこに侵入する。
12、ベティ、大女優の叔母がカナダへロケに出かけてしまったため、その留守番と自らのドラマのオーディション参加を兼ねて叔母の家へと訪れる。その際、とある老夫婦と飛行機で隣り合い、仲良くなっている。(この老夫婦は、現実世界でのダイアンの両親と同一人物)
13、叔母宅に到着(実は、叔母宅の管理人と「監督」アダムの母親が同一人物、まあ妄想なので記憶の中にいるあり合わせの人物を当てはめたというところだろう、ここも重要なヒント)。
14、ベティ、叔母宅にて不法侵入していたカミーラと出会う。ベティ、記憶を失ったカミーラを不憫に思いかくまう。
15、カミーラの記憶のヒントを探そうと、カミーラが持ち歩いていたバッグを開ける。そこには、大量の札束と不可思議な「青い鍵」が。


ここで視点が切り替わって
16、アダム、新作の映画の主演女優に関して、とある支援者よりごり押しを受ける。だが断る。
17、腹が立って、マルホランド・ドライブを通って自宅に帰ると、妻が浮気していた。しかも、間男に殴られて自宅から追い出された。
18、アダムは「カウボーイ」と名乗る謎の男から謎の場所に呼び出され、「主演女優はごり押しされた通りにしろ。さもないと殺す」と脅迫される。

これらのシーンは、自分からカミーラを奪ったアダムに対し、妄想の中で悲惨な目に遭わせているということだろう。と同時に、自分がハリウッドで女優として成功しないのはコネが無いからだ、という理由付けをすることによって自分を慰めているのだと思われる。でなければこれらのシーンが無理やりこのタイミングで挿入される意味がない。しかし、そのコネを謎の組織に仕立て上げるとは、なんとも貧弱な発想。そこがいかにも妄想の世界という感じが出てて良い。「カウボーイ」もまた、現実世界ではアダムの知り合いであり、アダムの主催する4でのパーティーの場面に存在している。これも、妄想の中だったので記憶にある適当な人物を当てはめたに過ぎないのだろう。

ベティがわざわざ「大女優の姪」で、後にアダムに一目惚れされるのも、自分には無かったものを重ね合わせの人物が手に入れることによって満足したかったからだ。ただし、ベティは大根役者というわけではなく、むしろ実力を兼ね備えた女優として描かれていることにも注目したい。まさに、ダイアンの理想像なのだ。



ここで視点がベティに戻る。
19、ベティ、カミーラの記憶回復を手伝いながら、ドラマのオーディションに参加し見事に合格。主演女優の座を掴み取る。
20、ベティ、オーディションの帰りに芸能関係者からアダムを紹介される。その際、アダムはベティに一目惚れしたようなそぶりを見せる。
21、ベティとカミーラがウィンキーズで食事をしていた際のウェイトレスの名前が「ダイアン」。それを見たカミーラが、ダイアンという名前は記憶にある、とベティに話す。
22、ベティとカミーラ、思い出したことを頼りにダイアン宅を訪ねる。ダイアン宅の隣人には「もう三週間も留守」と告げられる。強引に押し入ってみるとそこには、腐乱死体となったダイアンの姿があった。

おそらく、15から19番の間で三週間のときが流れていると思われる。すなわち、ダイアンが身を隠していた期間。19から22番は同じ日に起きた出来事である。そしておそらくこの(妄想がなされた)日、現実世界ではカミーラが殺されている(最初の殺し屋による、二回目の殺し)。ここで腐乱死体を見せたのは、そういうことなんじゃないかと思う。無論、腐乱していたのだから、現実世界でカミーラが殺されたのは時系列的にもっと前の時点である、と考えるのもあり。なお、妄想の中でのダイアン宅と、現実世界のダイアン宅は全く作りが一緒である。ただし、7・8・9番を現実世界ではなく妄想の側だと見なす場合は、これらの推測は的外れである。


23、その夜、カミーラとベティはレズビアンとして結ばれる。(現実通りの動き。ただし、今度はベティがアダムに一目惚れされていることと、妄想の中ではベティとダイアンは同一人物であることを考えると……)
24、ベッドの中で、カミーラが突然うなされ始め、「今から行きたい場所があるの」と言い出す。
25、二人は深夜のタクシーを広い、カミーラの案内通りに劇場「クラブ・シレンシオ」へ。シレンシオはスペイン語で「静かなる」という意味。(もう現実ではカミーラが死んでいることへの示唆)
26、そこではオーケストラも楽団も存在せず、録音によって歌劇がなされていた。司会の男が「ここでは全てがまやかしなのです!」と叫んだ瞬間。二人の目には涙が流れる。(ここで、妄想の中のベティ=ダイアンとカミーラが、ここは妄想の世界であることを自覚してしまったのだろう)
27、涙を拭くため、カミーラがハンドバックの中からハンカチを取り出そうとすると、ハンドバックの中には見知らぬ鍵穴のある「青い箱」が。
28、家に帰った二人は、元々カミーラが持っていたバッグの中に、大金とともに入っていた「青い鍵」を取り出し、青い箱の鍵穴に差し込む。

ここで場面が転換し、ダイアン宅へ
29、「カウボーイ」が現れ、腐乱死体となっているダイアンに「そろそろ目覚めの時間だ」と告げる。(このシーンが最もわかりやすいヒントか)
(ここまでがダイアンの妄想)


(ここから現実)
30、ダイアン、自宅のベッドで目が覚める。当然腐乱死体にはなっておらず、普通に生きている。おそらく、三週間振りの自宅なのだろう。
31、リビングに行くと、「鍵」が。そこで、二度目のカミーラ殺しが成功したことを知る。
32、カミーラを殺したことを後悔し始めるダイアン。やがて両親の幻覚が見え始め、自殺する。



文章にしてみると非常に長く感じるが、これらが全て140分以内に収められているのだから、それは展開が早いはずである。この番号は時系列順に並べたのだが、これを映画で流されたシーン順に並べ替えると


1〜2→7→10〜14→9→15〜29→30〜31→3〜6→32
(8は描写なし)

なのだから、たまったもんじゃない。



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