2009年10月29日

第147回『ローマ亡き後の地中海世界(上)』塩野七生著、新潮社

タイトルの通り、ローマ帝国の崩壊後、『ローマ人の物語』で取り扱わなかった時代における地中海世界について描いている。上巻では、イスラーム教の誕生からおおよそ1291年のアッコン陥落、十字軍の終結までを扱っている。下巻の冒頭はコンスタンティノープル陥落から始まるが、これはイスラーム圏の側がモンゴル襲来でそれどころではなく、ヨーロッパの側は逆に着々とルネサンスの準備を始めていた期間で、オスマン帝国の誕生まで特に書くことがなかったためではないかと思われる。

中世前半の地中海の主役と言えばイスラーム教徒の海賊だが、それについては本書の前半半分を使って存分に語ってある。陸ではゲルマン民族やらフン族やらで、北海ではノルマン人で、地中海ではこれなんだから、中世の前半はたまったもんじゃない。無理に現代を投影した読み方をする必要は無いものの、安全保障について何かしら考えさせられるところが各々あるのではないだろうか。

書かないはずが無いとは思っていたが、きちんとイスラーム支配〜ノルマン朝時代のシチリア島について多くのページが割かれていたのは嬉しいことである。現実的な思考と寛容の精神があれば、人間は案外と思想を超えて共生できるものなのだ。それはまた、各陣営の力関係が拮抗しているという条件も必要ではあるのだが。皮肉にも、シチリア発展の貢献もあって優性となったキリスト教の側が、その均衡を破ってしまった。12世紀のルネサンスはシチリア島のパレルモから始まったのに、本格的なルネサンスの到来は北イタリアであるという点に、歴史のおもしろみを感じざるをえない。

本書の後半は11世紀以降、陸での十字軍やレコンキスタの開始とともに、地中海においてもイタリア諸都市の反攻が始まっていった様子について書かれている。しかし、単に反攻が始まっただけではなく、北アフリカとイタリアの交易が同時に進展していたというのがおもしろい。これはつまり西欧全体で商工業が復活し、その物資がイタリアに流れ込んだことと、北アフリカのベルベル人の王朝がサハラ以南を征服し、ヨーロッパ商品輸入の糧としてのサハラ産の黄金を獲得したというところが大きい。単なる歴史的な経緯を追うだけではなく、そこら辺のことについても詳述されている。

最後に、現代ならばさしずめNPOにあたるような、宗教系の慈善団体の設立についても書かれている。歴史的にはあまり大きな出来事ではないものの、当時の社会情勢をミクロな視点で考えるにはなかなか興味深い部分であった。


イスラーム教徒による海賊行為はイタリア諸都市の反攻と商業の発展によりやや衰えはしたものの、終わったわけではない。19世紀が舞台の『モンテ・クリスト伯』でさえそのような描写があるように、地中海沿岸は常に危険にさらされていた。では、ルネサンス期以後の海賊はどう活動したのか、ということについては、下巻に譲られている。ただし、下巻の内容は基本的に地中海が世界の中心から外れていく歴史ではあるので、上巻のほうがおもしろく読めることだろう。


ローマ亡き後の地中海世界(上)ローマ亡き後の地中海世界(上)
著者:塩野七生
販売元:新潮社
発売日:2008-12-20
おすすめ度:4.5
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