2010年05月04日
書評『ハチはなぜ大量死したのか(Fruitless Fall)』ローワン・ジェイコブセン著,中里京子訳、文藝春秋
本書は『Fruitless Fall The Collapse of the Honey Bee and the Coming Agricultural Crisis』(『実りなき秋 ミツバチの崩壊と農業危機の到来』)の全訳である。先に書いておくが,本書は超良書であった。ぜひ読んでみてもらいたい。
皆さんは蜂蜜がお好きだろうか。私は大好きである。北米やヨーロッパにおいて,大した危機もなく比較的楽に稼げる事業であったのが養蜂業であった。しかし,1990年頃から天敵のダニの大流行を初めとして,安価な中国産・偽装製品の進出などが重なり,厳しい状況に置かれていった。そして2007〜08年にかけて、謎の奇病が流行し、北半球の1/4のハチが突如として「失踪」した。
ポイントはいくつかある。まず、北半球で1/4と推定されていることだ。日本ではこの事件がほとんど話題にならなかったように,養蜂が盛んな地域として日本や中国,ロシアでは影響が少なかった。ということは逆に,ヨーロッパミツバチを用いているヨーロッパや北米ではどれだけのミツバチが消えたのかということは想像にかたくない。と同時に,なぜヨーロッパミツバチ特有の現象であったのか(もしくは特有に見えるような事態が起きてしまったのか)ということは当然浮上する疑問点となる。加えて,ハチたちは死亡したのではなく,死体もなく,跡形なく失踪してしまったという点も非常に奇妙である。蜂蜜と蜂児・女王蜂・雄蜂を残して,働き蜂だけが失踪・大量死した。この点もまた過去にない現象であった。
本書の前半部分はこの現象を解決しようと努力する人たちを追ったルポルタージュである。多くの人はまずダニのせいにしたが,解決しなかった。次に病原菌・ウイルスのせいではないかと疑い,様々な研究がされたが,むしろ「現在のミツバチは多様な病原菌に侵されている」ということが判明した。農薬や遺伝子組み換え作物も犯人扱いされたが,どれも容疑者どまりで終わり起訴されるに至らなかった。
ややネタバレになるが,結論から言えば,ハチたちの大量死の原因を特定の犯人に押し付けることはできなかった。では何が原因でどうすればよいのか? というのが本書の後半部分である。前半部分の犯人探しも迫真的な描写でおもしろかったが,この後半部分が本書の肝であり,非常に示唆に富んだ文章となっている。そして本書の末尾を読むと,楽観的な気分よりは暗澹たる気分にさせられる。
以前,私が『不都合な真実』を読んだときに「環境保全なんて近代文明に反する行為だということは自己認識した上で行うべき」と言ったことを書いたらひどく反響があり,各所からDGさんらしくないネガティブ思考と言われてしまったものだが,本書の示唆するところは私の意見に割と近いながら,より恐ろしい予言となっている。つまり,近代文明はすでに行き詰っており,危うい均衡の上に立っている。そのため,特に現代農業の抱える諸問題は喫緊の課題であるということ。このハチの示唆することに地球温暖化等に比べて我々の生活に相当直接的であり,「近い」。現代農業の崩壊はハチから始まった,などと書かれる日もありうるだろう。
訳者後書きにも書かれていたが,ニホンミツバチは生産性においてヨーロッパミツバチに劣るが,独自の行動様式を持ち,今回の現象にはあまり影響を受けなかった。願わくばニホンミツバチが蜂蜜の救世主とならんことを。
ハチはなぜ大量死したのか
著者:ローワン・ジェイコブセン
販売元:文藝春秋
発売日:2009-01-27
おすすめ度:
クチコミを見る
皆さんは蜂蜜がお好きだろうか。私は大好きである。北米やヨーロッパにおいて,大した危機もなく比較的楽に稼げる事業であったのが養蜂業であった。しかし,1990年頃から天敵のダニの大流行を初めとして,安価な中国産・偽装製品の進出などが重なり,厳しい状況に置かれていった。そして2007〜08年にかけて、謎の奇病が流行し、北半球の1/4のハチが突如として「失踪」した。
ポイントはいくつかある。まず、北半球で1/4と推定されていることだ。日本ではこの事件がほとんど話題にならなかったように,養蜂が盛んな地域として日本や中国,ロシアでは影響が少なかった。ということは逆に,ヨーロッパミツバチを用いているヨーロッパや北米ではどれだけのミツバチが消えたのかということは想像にかたくない。と同時に,なぜヨーロッパミツバチ特有の現象であったのか(もしくは特有に見えるような事態が起きてしまったのか)ということは当然浮上する疑問点となる。加えて,ハチたちは死亡したのではなく,死体もなく,跡形なく失踪してしまったという点も非常に奇妙である。蜂蜜と蜂児・女王蜂・雄蜂を残して,働き蜂だけが失踪・大量死した。この点もまた過去にない現象であった。
本書の前半部分はこの現象を解決しようと努力する人たちを追ったルポルタージュである。多くの人はまずダニのせいにしたが,解決しなかった。次に病原菌・ウイルスのせいではないかと疑い,様々な研究がされたが,むしろ「現在のミツバチは多様な病原菌に侵されている」ということが判明した。農薬や遺伝子組み換え作物も犯人扱いされたが,どれも容疑者どまりで終わり起訴されるに至らなかった。
ややネタバレになるが,結論から言えば,ハチたちの大量死の原因を特定の犯人に押し付けることはできなかった。では何が原因でどうすればよいのか? というのが本書の後半部分である。前半部分の犯人探しも迫真的な描写でおもしろかったが,この後半部分が本書の肝であり,非常に示唆に富んだ文章となっている。そして本書の末尾を読むと,楽観的な気分よりは暗澹たる気分にさせられる。
以前,私が『不都合な真実』を読んだときに「環境保全なんて近代文明に反する行為だということは自己認識した上で行うべき」と言ったことを書いたらひどく反響があり,各所からDGさんらしくないネガティブ思考と言われてしまったものだが,本書の示唆するところは私の意見に割と近いながら,より恐ろしい予言となっている。つまり,近代文明はすでに行き詰っており,危うい均衡の上に立っている。そのため,特に現代農業の抱える諸問題は喫緊の課題であるということ。このハチの示唆することに地球温暖化等に比べて我々の生活に相当直接的であり,「近い」。現代農業の崩壊はハチから始まった,などと書かれる日もありうるだろう。
訳者後書きにも書かれていたが,ニホンミツバチは生産性においてヨーロッパミツバチに劣るが,独自の行動様式を持ち,今回の現象にはあまり影響を受けなかった。願わくばニホンミツバチが蜂蜜の救世主とならんことを。
ハチはなぜ大量死したのか
著者:ローワン・ジェイコブセン
販売元:文藝春秋
発売日:2009-01-27
おすすめ度:
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Posted by dg_law at 23:32│Comments(0)