2010年12月14日
中世ヨーロッパの11世紀以前・以後
・Togetter - 「中世に対する3つの誤解」
先日つぶやいたことを早めにまとめておく。
誤解その2「中世とは“暗黒時代”ではない」。これは相当舌足らずになっていると思う。多分このつぶやいた本人は全部わかってるだろうから,以下は説明についての誤りの指摘ではなく,あくまで補足である。
そもそもの問題は,中世という範囲が広すぎるのが原因である。実際4世紀末から15世紀半ばを指して中世とひっくるめるのは,一つの時代イメージとしては強引過ぎるとは思う。古代・中世・近世・近代・現代という時代区分は,近代以降は世界で統一が取れるとしても,それ以前となるとちょっとややこしい。特に近世というのは近代の準備段階に入った地域に現れる時代区分であり,中世から近代へ一足飛びで無理やり入らされる地域もある(要するにそうした地域というのはほぼ例外なく,先行した近代国家による保護国化・植民地化を伴う)。
してみると,中世と近世の区分とは何か,すなわち近代化の準備とは何かを具体的に考えるとき,最も指標にされやすいのが農奴の解放にあると思われる。一方で東アジアで農奴に当たる存在がすぱっといるわけでもなく,日本史や中国史はどこまでが中世で,どこからが近世かという議論は常にある。日本史だと南北朝時代から室町時代にかけて惣が成立し,農村がある程度自治を持ち始めた時点で近世の段階に入ったと見なす人もいれば,もう少し先で戦国・安土桃山時代を近世の入口と見る人もいる(一般的なのは後者)。中国史の場合は北宋の佃戸制成立をそう見るか,明朝の成立を近世の始まりと見るか,だろう。
西欧の場合は基準となっているだけあってわかりやすく,14世紀頃から農奴解放が始まってるので,ここが過渡期だとは割と明確に言える。もっともその後,再版農奴制で再び農奴制が広がった地域もあるが,基本的に封建制が終焉し絶対王政が開始されたという点は間違いが無い。また,コンスタンティヌスのコロヌス土地緊縛令を封建制度の端緒とするなら,4世紀頃から中世が始まったと言わざるをえない。東西ローマの分裂を決定的な起点とするのなら4世紀末である。いずれにせよ,農奴が存在した期間が長すぎた。
それだけ長い中世欧州を「暗黒時代」と一点張りするのは確かに誤りである。11世紀以降が比較的明るい時代なのは,農業技術の発展がその基盤になる。食糧に若干の余裕が出来てからは商工業が発展して都市化が進み,人口余剰から膨張の機運が生まれ,華々しい十字軍が出征したりした。同時に先進したイスラーム世界との交流は,忘れ去られていた古代世界の知識を取り戻させ,ヨーロッパの科学技術を一層進歩させた。これを12世紀ルネサンスという。
12世紀ルネサンスについては以前にその大家である伊東俊太郎先生の著書を読んでいるが,そこで最も興味深かったのは「恋愛」という感情,及びその文学的表現を高く評価する向きも12世紀ルネサンスの成果であり,イスラーム世界から渡ってきたものであるということだ。本書では『ローランの歌』と12世紀の吟遊詩人の詩を引用・比較がされていたが,さて我々が想像する騎士像はどちらだろうか。どうも混在しているような気がする。好きにいいところどりされているとも言える。この点もファンタジー小説を書く人には留意してもらいたい点。シャルルマーニュやアーサー王の時代のイメージで,騎士が真っ当に恋愛してたらちょっとストップ。
話を本題に戻すが,ひっくり返して言えば,『ローランの歌』の頃,つまり8〜9世紀というのはいまだそれだけ無骨で粗野な時代であった。11世紀以前の西欧世界は,播種量に対し収穫量が2粒とかいうギャグみたいな農業で(現代農業は40粒超),にもかかわらず灌漑設備も未整備で休耕地も多く,どうしても耕地面積が増やせなかった。ゆえに人口はほとんど養えず,都市は最大でも2万人程度。同時期のバグダードは80万人,長安は100万人,平安京でさえ推定20万人。近場のコンスタンティノープルでさえも,30〜50万人はいたことを考えれば,いかに当時の西欧が過疎農村地帯か。
商業なんてほとんどあるはずもない。そもそも商人が活動できるだけの余剰農産物が無いし,未開墾の土地ばかりのため国土のほとんどは森林で狼と山賊だらけ(逆にこの豊富な森林が石炭利用が始まるまでの西欧工業を発展させたとも言える)。もちろん,治安は最悪である。巡礼の帰りに山賊に襲われて殉教→列聖された人は多い。識字率も鬼のように低い。活字だの活版印刷だのなんてものはないので書写は肉体労働になり,書物の値段は高い上にキリスト教に関係のないものはすぐに発禁になる。自ら知識の泉を捨て,学問発展の礎を捨て去るという点では疑いなく暗黒時代である。それでも聖職者はラテン語が読めないと聖書を読めないので識字率は高かったが,封建諸侯の多くは文盲であった。まあ一般的な創作でそこまでこだわる必要は無いが,王様や騎士が自分で手紙を読んでいたら,リアル志向であるならばほとんどダウトである(信仰心に篤いって設定があるならまた話は別だけど)。
さらに,中世初期のヨーロッパと言えばゲルマン民族の大移動に始まり,スラヴ民族にマジャール人と多種多様な蛮族が東から押し寄せてくる状況であった。そもそも封建制度自体が,蛮族の侵入に即応できるように整えられた制度であり,蛮族の侵入こそが中世初期の華であるとは言える。ヨーロッパの中世都市が城壁に覆われているのは,もちろんこれら異民族の侵入を防ぐ意味があった。この状況に関しては11世紀以降でもさして変わることはない。城壁を取っ払うことができないから高層建築を建てるしかない→建築技術の進歩で誕生したのがゴシック建築である。森林に覆われたがゆえの童話の多さも連想してもらえると良いだろう(『赤頭巾』等)。うっそうと茂る森林の中に,城壁に囲まれた小都市と,領主の城を中心に広がる開墾地が点在する状況というイメージが,おそらく中世ヨーロッパを通して正しいと思われる。
海路を使おうにも,地中海は「板切れ一枚浮かべることできない」と言われるほどイスラームの海賊が跋扈。北海,バルト海はヴァイキングが内陸まで攻め上ってくる状況。これで貿易に乗り出そうというほうがキチガイである。この状況が変わるのも,やはり10世紀以降でのことだ。地中海ではイタリア商人が活動を始め,北海・バルト海ではヴァイキングの行動が沈静化し始めていた。911年,ノルマンディー公国がフランス王から封建される。1066年,イングランドにノルマンコンクエスト発生。1070年頃,シチリア島にノルマン人進出。ノルマン人がヨーロッパ社会に溶け込み始めた。
と,このようにいろいろ考えると,やはり11世紀以前のヨーロッパが暗黒時代であったのは誇張でもなんでもないことであると思われる。まあ,ファンタジー小説を書く人は,ぜひ11世紀以前か以後か,だけは気をつけてもらいたいかもしれない。と,あんまりファンタジー小説を読まない人が言ってみた。
先日つぶやいたことを早めにまとめておく。
誤解その2「中世とは“暗黒時代”ではない」。これは相当舌足らずになっていると思う。多分このつぶやいた本人は全部わかってるだろうから,以下は説明についての誤りの指摘ではなく,あくまで補足である。
そもそもの問題は,中世という範囲が広すぎるのが原因である。実際4世紀末から15世紀半ばを指して中世とひっくるめるのは,一つの時代イメージとしては強引過ぎるとは思う。古代・中世・近世・近代・現代という時代区分は,近代以降は世界で統一が取れるとしても,それ以前となるとちょっとややこしい。特に近世というのは近代の準備段階に入った地域に現れる時代区分であり,中世から近代へ一足飛びで無理やり入らされる地域もある(要するにそうした地域というのはほぼ例外なく,先行した近代国家による保護国化・植民地化を伴う)。
してみると,中世と近世の区分とは何か,すなわち近代化の準備とは何かを具体的に考えるとき,最も指標にされやすいのが農奴の解放にあると思われる。一方で東アジアで農奴に当たる存在がすぱっといるわけでもなく,日本史や中国史はどこまでが中世で,どこからが近世かという議論は常にある。日本史だと南北朝時代から室町時代にかけて惣が成立し,農村がある程度自治を持ち始めた時点で近世の段階に入ったと見なす人もいれば,もう少し先で戦国・安土桃山時代を近世の入口と見る人もいる(一般的なのは後者)。中国史の場合は北宋の佃戸制成立をそう見るか,明朝の成立を近世の始まりと見るか,だろう。
西欧の場合は基準となっているだけあってわかりやすく,14世紀頃から農奴解放が始まってるので,ここが過渡期だとは割と明確に言える。もっともその後,再版農奴制で再び農奴制が広がった地域もあるが,基本的に封建制が終焉し絶対王政が開始されたという点は間違いが無い。また,コンスタンティヌスのコロヌス土地緊縛令を封建制度の端緒とするなら,4世紀頃から中世が始まったと言わざるをえない。東西ローマの分裂を決定的な起点とするのなら4世紀末である。いずれにせよ,農奴が存在した期間が長すぎた。
それだけ長い中世欧州を「暗黒時代」と一点張りするのは確かに誤りである。11世紀以降が比較的明るい時代なのは,農業技術の発展がその基盤になる。食糧に若干の余裕が出来てからは商工業が発展して都市化が進み,人口余剰から膨張の機運が生まれ,華々しい十字軍が出征したりした。同時に先進したイスラーム世界との交流は,忘れ去られていた古代世界の知識を取り戻させ,ヨーロッパの科学技術を一層進歩させた。これを12世紀ルネサンスという。
12世紀ルネサンスについては以前にその大家である伊東俊太郎先生の著書を読んでいるが,そこで最も興味深かったのは「恋愛」という感情,及びその文学的表現を高く評価する向きも12世紀ルネサンスの成果であり,イスラーム世界から渡ってきたものであるということだ。本書では『ローランの歌』と12世紀の吟遊詩人の詩を引用・比較がされていたが,さて我々が想像する騎士像はどちらだろうか。どうも混在しているような気がする。好きにいいところどりされているとも言える。この点もファンタジー小説を書く人には留意してもらいたい点。シャルルマーニュやアーサー王の時代のイメージで,騎士が真っ当に恋愛してたらちょっとストップ。
話を本題に戻すが,ひっくり返して言えば,『ローランの歌』の頃,つまり8〜9世紀というのはいまだそれだけ無骨で粗野な時代であった。11世紀以前の西欧世界は,播種量に対し収穫量が2粒とかいうギャグみたいな農業で(現代農業は40粒超),にもかかわらず灌漑設備も未整備で休耕地も多く,どうしても耕地面積が増やせなかった。ゆえに人口はほとんど養えず,都市は最大でも2万人程度。同時期のバグダードは80万人,長安は100万人,平安京でさえ推定20万人。近場のコンスタンティノープルでさえも,30〜50万人はいたことを考えれば,いかに当時の西欧が過疎農村地帯か。
商業なんてほとんどあるはずもない。そもそも商人が活動できるだけの余剰農産物が無いし,未開墾の土地ばかりのため国土のほとんどは森林で狼と山賊だらけ(逆にこの豊富な森林が石炭利用が始まるまでの西欧工業を発展させたとも言える)。もちろん,治安は最悪である。巡礼の帰りに山賊に襲われて殉教→列聖された人は多い。識字率も鬼のように低い。活字だの活版印刷だのなんてものはないので書写は肉体労働になり,書物の値段は高い上にキリスト教に関係のないものはすぐに発禁になる。自ら知識の泉を捨て,学問発展の礎を捨て去るという点では疑いなく暗黒時代である。それでも聖職者はラテン語が読めないと聖書を読めないので識字率は高かったが,封建諸侯の多くは文盲であった。まあ一般的な創作でそこまでこだわる必要は無いが,王様や騎士が自分で手紙を読んでいたら,リアル志向であるならばほとんどダウトである(信仰心に篤いって設定があるならまた話は別だけど)。
さらに,中世初期のヨーロッパと言えばゲルマン民族の大移動に始まり,スラヴ民族にマジャール人と多種多様な蛮族が東から押し寄せてくる状況であった。そもそも封建制度自体が,蛮族の侵入に即応できるように整えられた制度であり,蛮族の侵入こそが中世初期の華であるとは言える。ヨーロッパの中世都市が城壁に覆われているのは,もちろんこれら異民族の侵入を防ぐ意味があった。この状況に関しては11世紀以降でもさして変わることはない。城壁を取っ払うことができないから高層建築を建てるしかない→建築技術の進歩で誕生したのがゴシック建築である。森林に覆われたがゆえの童話の多さも連想してもらえると良いだろう(『赤頭巾』等)。うっそうと茂る森林の中に,城壁に囲まれた小都市と,領主の城を中心に広がる開墾地が点在する状況というイメージが,おそらく中世ヨーロッパを通して正しいと思われる。
海路を使おうにも,地中海は「板切れ一枚浮かべることできない」と言われるほどイスラームの海賊が跋扈。北海,バルト海はヴァイキングが内陸まで攻め上ってくる状況。これで貿易に乗り出そうというほうがキチガイである。この状況が変わるのも,やはり10世紀以降でのことだ。地中海ではイタリア商人が活動を始め,北海・バルト海ではヴァイキングの行動が沈静化し始めていた。911年,ノルマンディー公国がフランス王から封建される。1066年,イングランドにノルマンコンクエスト発生。1070年頃,シチリア島にノルマン人進出。ノルマン人がヨーロッパ社会に溶け込み始めた。
と,このようにいろいろ考えると,やはり11世紀以前のヨーロッパが暗黒時代であったのは誇張でもなんでもないことであると思われる。まあ,ファンタジー小説を書く人は,ぜひ11世紀以前か以後か,だけは気をつけてもらいたいかもしれない。と,あんまりファンタジー小説を読まない人が言ってみた。
Posted by dg_law at 23:12│Comments(2)
この記事へのコメント
塩野さんの新刊がちょうど11世紀というか、十字軍を書いてるみたいですがもう読みました?
Posted by MAKI at 2010年12月15日 07:42
実家では買ってあるようですので,正月に帰ったときに借りてこようかなと。
というわけで,まだ買ってもませんし読んでもいません。
というわけで,まだ買ってもませんし読んでもいません。
Posted by DG-Law at 2010年12月15日 22:39