2011年01月14日
第177回『赤と黒』スタンダール著,野崎歓訳,光文社古典新訳文庫
冒頭と最後はおもしろかったが,中盤はやや中だるみしているという印象。
で,レビューを書こうとして,その前に世間の評判はどうなのかというのを調べたら出てきたのが,誤訳問題である。事前に知っていたら避けたと思うのだが,恥ずかしながらレビューを書く段になって気づいた。これに関しては書評の中身ともかかわってくるので,後から述べる。
物語の筋としては,理想に燃え才気にもあふれる主人公の道を誤った出世ストーリーで悪くはないのだが,まず出世の方法が「お前は島耕作か!」というほどいざという場面で女性頼りであり,その才気にあふれるという設定はどこに飛んでったんだと思わせられる(島耕作も,語学が天才的にできて雑務も得意だが,危機的状況は他人の手で助かることが多い)。というか,島耕作もこうであることを考えると,意外とこういった「才気あふれる」描写というのは難しく,ある種の作家にとっては鬼門なのではないだろうか,などと余分な発想にさえ至った。まあ,ジュリヤン・ソレルの場合は,島耕作と比べて脇が甘いので,女性に裏切られて身を滅ぼすわけだが。
そのジュリヤン・ソレルの心情描写は割とおもしろかったし,納得のいくものも多かった。しかし,スタンダールの文章の肝は「心理描写の詳しさ」にあるらしいのだが,それはすなわちライトノベルにありがちな「心情描写を一から十二まで説明してしまうせいで,字数を稼いで物語のテンポを悪くしている」という欠点にまんま当てはまる。これでテンポが悪くならなかったら感嘆するところなのだが,残念ながら眠くなるレベルである。特に,本書はジュリヤン・ソレルの出世物語であるので,彼の出世にあわせて場面が変遷していくわけだが,最後にたどり着いたラ・モール侯爵邸の場面からが冗長である。その心理描写何回目だよ,心情変わってないんだったらわざわざ繰り返しで説明しなくていいよ,と何度心のなかでつぶやいたことか。その割にラノベほど物語が軽くないので,別に読み易くもない。
そして,これに誤訳問題がひっかかるのである。なぜなら,誤訳・訳文の欠落があまりにも多く,丁寧なはずの心理描写が中途半端に欠け,その美点さえも失われているように感じるからだ。以下は誤訳を記したスタンダール研究会の会報である。
http://www.geocities.jp/info_sjes/kaihou/kaihou18.pdf
http://www.geocities.jp/info_sjes/kaihou/appendice18surRNdeSIMOKAWA.pdf
ただし,翻訳論に詳しい某友人に聞いたところ「誤訳はどんなにプロでも起こりうる物」だから,翻訳者本人よりもチェック体制の問題かもしれない。その意味で責任を追うべきは野崎歓ではなく光文社であろう。これは似たような仕事をしている私自身もひしひしと感じることで,文章は世に出す前に必ず他人の目を入れるべきであり,かつそれでも最後の最後で見つかるのは極単純ながら重大なミスである。「なんでこれ誰も気づかなかったんだよ」って言いながらそこを直すのは日常茶飯事であり,校正とはそんなものだ。加えてその友人は「そもそも野崎歓の脳内で完成している『赤と黒』だから,思い込みでやっちゃった部分も多いんじゃないか」とも言っていた。実は同様の"思い込み問題"は亀山郁夫訳の『カラマーゾフの兄弟』でも起きており,だとすればもはや光文社は確信犯であろう。また「野崎歓は多忙すぎるので"ちぎっては投げ"方式で仕事してしまった可能性」及び「学者仕事として請け負ったわけではないので,そもそも緻密な翻訳は最初から捨てていた可能性」を指摘していた。というところで,誤訳問題を深く追求するのは差し控えておく。いずれにせよ,本書に感じられる文章の悪い意味での軽さは,原文によるものかそれとも訳のせいかは,判然としない。
実はその某友人が『パルムの僧院』を褒めていたので,『赤と黒』次第では読もうかなと思っていたのだが,すっかり気力が萎えてしまった。積み本も多いので,おそらく当分の間読まないと思われる。
赤と黒 (上) (光文社古典新訳文庫 Aス 1-1)
著者:スタンダール
光文社(2007-09-06)
販売元:Amazon.co.jp
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赤と黒(下) (光文社古典新訳文庫)
著者:スタンダール
光文社(2007-12-06)
販売元:Amazon.co.jp
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で,レビューを書こうとして,その前に世間の評判はどうなのかというのを調べたら出てきたのが,誤訳問題である。事前に知っていたら避けたと思うのだが,恥ずかしながらレビューを書く段になって気づいた。これに関しては書評の中身ともかかわってくるので,後から述べる。
物語の筋としては,理想に燃え才気にもあふれる主人公の道を誤った出世ストーリーで悪くはないのだが,まず出世の方法が「お前は島耕作か!」というほどいざという場面で女性頼りであり,その才気にあふれるという設定はどこに飛んでったんだと思わせられる(島耕作も,語学が天才的にできて雑務も得意だが,危機的状況は他人の手で助かることが多い)。というか,島耕作もこうであることを考えると,意外とこういった「才気あふれる」描写というのは難しく,ある種の作家にとっては鬼門なのではないだろうか,などと余分な発想にさえ至った。まあ,ジュリヤン・ソレルの場合は,島耕作と比べて脇が甘いので,女性に裏切られて身を滅ぼすわけだが。
そのジュリヤン・ソレルの心情描写は割とおもしろかったし,納得のいくものも多かった。しかし,スタンダールの文章の肝は「心理描写の詳しさ」にあるらしいのだが,それはすなわちライトノベルにありがちな「心情描写を一から十二まで説明してしまうせいで,字数を稼いで物語のテンポを悪くしている」という欠点にまんま当てはまる。これでテンポが悪くならなかったら感嘆するところなのだが,残念ながら眠くなるレベルである。特に,本書はジュリヤン・ソレルの出世物語であるので,彼の出世にあわせて場面が変遷していくわけだが,最後にたどり着いたラ・モール侯爵邸の場面からが冗長である。その心理描写何回目だよ,心情変わってないんだったらわざわざ繰り返しで説明しなくていいよ,と何度心のなかでつぶやいたことか。その割にラノベほど物語が軽くないので,別に読み易くもない。
そして,これに誤訳問題がひっかかるのである。なぜなら,誤訳・訳文の欠落があまりにも多く,丁寧なはずの心理描写が中途半端に欠け,その美点さえも失われているように感じるからだ。以下は誤訳を記したスタンダール研究会の会報である。
http://www.geocities.jp/info_sjes/kaihou/kaihou18.pdf
http://www.geocities.jp/info_sjes/kaihou/appendice18surRNdeSIMOKAWA.pdf
ただし,翻訳論に詳しい某友人に聞いたところ「誤訳はどんなにプロでも起こりうる物」だから,翻訳者本人よりもチェック体制の問題かもしれない。その意味で責任を追うべきは野崎歓ではなく光文社であろう。これは似たような仕事をしている私自身もひしひしと感じることで,文章は世に出す前に必ず他人の目を入れるべきであり,かつそれでも最後の最後で見つかるのは極単純ながら重大なミスである。「なんでこれ誰も気づかなかったんだよ」って言いながらそこを直すのは日常茶飯事であり,校正とはそんなものだ。加えてその友人は「そもそも野崎歓の脳内で完成している『赤と黒』だから,思い込みでやっちゃった部分も多いんじゃないか」とも言っていた。実は同様の"思い込み問題"は亀山郁夫訳の『カラマーゾフの兄弟』でも起きており,だとすればもはや光文社は確信犯であろう。また「野崎歓は多忙すぎるので"ちぎっては投げ"方式で仕事してしまった可能性」及び「学者仕事として請け負ったわけではないので,そもそも緻密な翻訳は最初から捨てていた可能性」を指摘していた。というところで,誤訳問題を深く追求するのは差し控えておく。いずれにせよ,本書に感じられる文章の悪い意味での軽さは,原文によるものかそれとも訳のせいかは,判然としない。
実はその某友人が『パルムの僧院』を褒めていたので,『赤と黒』次第では読もうかなと思っていたのだが,すっかり気力が萎えてしまった。積み本も多いので,おそらく当分の間読まないと思われる。
赤と黒 (上) (光文社古典新訳文庫 Aス 1-1)著者:スタンダール
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赤と黒(下) (光文社古典新訳文庫)著者:スタンダール
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Posted by dg_law at 03:42│Comments(0)│