2011年04月18日
第187回『アーティスト症候群』大野左紀子著,明治書院
ネット上とはいえ知っている人が著者だとブックレビューすごく書きづらいという感覚を久々に思い出した。過去に指導教官の本をレビューしていて何を今更って話ですが。
本書はアーティストをやめた著者が,アーティストという言葉の拡散や世間での扱われ方について述べたものである。アーティストとは訳せば「芸術家」だが,カタカナになることで幾分軽くなり,純粋芸術以外にも使える言葉になった。結果として,アーティストという言葉の指す範囲が拡散し,何を指す言葉か判然としなくなってしまった。その原因としてまず本来の純粋芸術筆頭である美術の側が解体され,「絵描き」じゃない美術(作)家が誕生し始めたところにある。そして1980年代頃から「アーティスト」という言葉が使われ始め,そこに日本美術業界の様々な仕掛けがあってゆっくりと広がっていたことを本書は描写している。どちらかといえば次章のJ-POPの項目で触れられているが,これはオリジナリティ偏重でもあり,芸術とは個性の発露というやはり現代的な視線も含まれている。
芸能人のアーティストについても触れており,例として何人が大きく取り上げられている。ついでだから著者にならって私も一言ずつコメントしておくと,まず私のセンスも保守的なのでジュディ・オングの作品は嫌いではない。ただし,八代亜紀ともども死ぬほど古臭いことは認めざるをえないし,芸能人という肩書きがなければ特に注目を浴びるものでもないだろう。一方,芸能人の片手間にこれだけ描けたら,確かに日曜画家の領域は脱してるなという擁護(?)はしておく。
工藤静香の絵は,そもそも私が二科展系の作品は胡散臭くて嫌いだというのを置いとくとしても著者の「中学生にしては早熟で上手いかもしれない」に同意しておく。片岡鶴太郎は一番うまくやってるなという印象はあるが,うまくやりすぎて芸能人の中でも例外的な人になってしまったような気はする。なお,本書では「個人美術館を3つ持ち」とあるが,出てからできたのか現在は4つの模様。片岡鶴太郎とジミー大西の違いは本書の分析の通りだろう。ジミー大西は天然だから嫌われにくい。アーティスト系分類の二人に関しては何も言うことがない。
テレビ番組も二つ取り上げられている。『誰でもピカソ』と『なんでも鑑定団』である。両方,中学高校の頃は毎週かかさず見ていたが,大学に入って実家を離れるとともにテレビ離れし,見なくなってしまった。『誰ピカ』は確かにアートバトルをやっていた頃が一番おもしろかった。アートバトルが終わってしまった頃に同時に本編のほうもネタが切れてしまい,それこそ「アートの領域」を無理やり拡大して番組を続けている感がある。それに比べると『鑑定団』は良い長寿番組だと思う。見なくなってしまったのは単純にテレビ離れしてしまったがためである。(ちなみに,うちのO教授は「あんないい加減な番組」と授業中にボコボコに叩いてた。専門の中国絵画がさぞ適当な鑑定をされたに違いない。)
以下は職人やクリエイターという言葉の扱われ方。フローラル・アーティストに代表されるアーティストという言葉の拡散例。さらになぜ自分がアーティストになったか,そしてやめたかについてが著述され,最後に現代のアーティスト志向はなぜ生まれたのか考察している。まあこの辺は実際に読んでもらったほうが良いだろう。一応現代の若者の片隅に生きている人間としては,自分自身は真逆であるにもかかわらず,周囲の「アーティスト志向」な友人・知人たちをふりかえるに,げんなりしつつも納得できる内容が書かれていた。(私の周囲では「別格症候群」に集中しているような気がする。)
アーティスト症候群―アートと職人、クリエイターと芸能人
著者:大野 左紀子
明治書院(2008-02)
販売元:Amazon.co.jp
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本書はアーティストをやめた著者が,アーティストという言葉の拡散や世間での扱われ方について述べたものである。アーティストとは訳せば「芸術家」だが,カタカナになることで幾分軽くなり,純粋芸術以外にも使える言葉になった。結果として,アーティストという言葉の指す範囲が拡散し,何を指す言葉か判然としなくなってしまった。その原因としてまず本来の純粋芸術筆頭である美術の側が解体され,「絵描き」じゃない美術(作)家が誕生し始めたところにある。そして1980年代頃から「アーティスト」という言葉が使われ始め,そこに日本美術業界の様々な仕掛けがあってゆっくりと広がっていたことを本書は描写している。どちらかといえば次章のJ-POPの項目で触れられているが,これはオリジナリティ偏重でもあり,芸術とは個性の発露というやはり現代的な視線も含まれている。
芸能人のアーティストについても触れており,例として何人が大きく取り上げられている。ついでだから著者にならって私も一言ずつコメントしておくと,まず私のセンスも保守的なのでジュディ・オングの作品は嫌いではない。ただし,八代亜紀ともども死ぬほど古臭いことは認めざるをえないし,芸能人という肩書きがなければ特に注目を浴びるものでもないだろう。一方,芸能人の片手間にこれだけ描けたら,確かに日曜画家の領域は脱してるなという擁護(?)はしておく。
工藤静香の絵は,そもそも私が二科展系の作品は胡散臭くて嫌いだというのを置いとくとしても著者の「中学生にしては早熟で上手いかもしれない」に同意しておく。片岡鶴太郎は一番うまくやってるなという印象はあるが,うまくやりすぎて芸能人の中でも例外的な人になってしまったような気はする。なお,本書では「個人美術館を3つ持ち」とあるが,出てからできたのか現在は4つの模様。片岡鶴太郎とジミー大西の違いは本書の分析の通りだろう。ジミー大西は天然だから嫌われにくい。アーティスト系分類の二人に関しては何も言うことがない。
テレビ番組も二つ取り上げられている。『誰でもピカソ』と『なんでも鑑定団』である。両方,中学高校の頃は毎週かかさず見ていたが,大学に入って実家を離れるとともにテレビ離れし,見なくなってしまった。『誰ピカ』は確かにアートバトルをやっていた頃が一番おもしろかった。アートバトルが終わってしまった頃に同時に本編のほうもネタが切れてしまい,それこそ「アートの領域」を無理やり拡大して番組を続けている感がある。それに比べると『鑑定団』は良い長寿番組だと思う。見なくなってしまったのは単純にテレビ離れしてしまったがためである。(ちなみに,うちのO教授は「あんないい加減な番組」と授業中にボコボコに叩いてた。専門の中国絵画がさぞ適当な鑑定をされたに違いない。)
以下は職人やクリエイターという言葉の扱われ方。フローラル・アーティストに代表されるアーティストという言葉の拡散例。さらになぜ自分がアーティストになったか,そしてやめたかについてが著述され,最後に現代のアーティスト志向はなぜ生まれたのか考察している。まあこの辺は実際に読んでもらったほうが良いだろう。一応現代の若者の片隅に生きている人間としては,自分自身は真逆であるにもかかわらず,周囲の「アーティスト志向」な友人・知人たちをふりかえるに,げんなりしつつも納得できる内容が書かれていた。(私の周囲では「別格症候群」に集中しているような気がする。)
アーティスト症候群―アートと職人、クリエイターと芸能人著者:大野 左紀子
明治書院(2008-02)
販売元:Amazon.co.jp
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Posted by dg_law at 12:00│Comments(0)│