2011年05月01日

第189回『十字軍物語1』塩野七生著,新潮社

ようやく手のつけられた塩野七生の新刊。全3巻の第1巻は十字軍の始まりから第一次十字軍の成功までを描く。第2巻は第三次十字軍開始直前までで,第3巻が第三次から第八次まで残り全部のようだ。数字にしてみるとバランスが悪く思えるが,年数にしてみるとそれぞれ約100年ずつでちょうどよくなっている。また,十字軍らしい十字軍をしているのは1次と3次で,4次と5次は興味深い現象ではあるものの十字軍の本筋からは外れる。また,4次は『海の都の物語』で,5次は『ローマ亡き後の地中海』でそれぞれ描写済みであるため,このような構成をとったのであろう。

十字軍が生じた原因として主として挙げられるのは,おおよそ次の3つ。農業技術革新による人口増大で生じたマルサス問題の解決のため,叙任権闘争で優位に立とうとした教皇の戦略,そしてセルジューク朝の侵略によるビザンツ帝国からの救援要請である。本書は抜け落ちがちな二つ目,ローマ教皇と神聖ローマ皇帝の対立から十字軍は提唱されたという視点を強調していたのが良かった。十字軍とは西欧が一丸となって行った軍事行動のように思われるが,その実まさに西欧の主導権争いの最中であった。その状況で,ビザンツ皇帝から飛んできた救援要請から「神の導く十字軍」というフレーズを思いつき,神の代理人たる自分がその旗頭に就任することで主導権争いにも決着をつけたウルバヌス2世の政治的センスは,確かに天才的であった。

本書は次に参加した諸侯と彼らの性格を紹介する。その後の推移も彼ら個人の動きに焦点を当てる形で進んでいくが,ここら辺は『ローマ人の物語』の著述方法と非常によく似ている。単純な英雄伝ではないにせよ,キャラ萌え的想像力で補われている部分が多いのは至極いつも通りで,特に物語的な主人公格にもあたる第一次十字軍の事実上の総大将ロレーヌ公ゴドフロアとプーリア公ボエモンドは,それぞれ別の方向性で塩野七生が好きそうな人物ではあった。彼らに加えて,おそらくリチャード獅子心王とサラディンが書きたかったから,この企画が立ち上がったのではないかと思わなくもない。

第一次十字軍が成功したのはイスラーム側にとって奇襲に当たった点と,半鎖国状態で相互に戦争していた西欧は,文化的には世界のど田舎もいいところだったが軍事的には相当強い部類に入っていたというギャップにイスラーム側が全く気付いていなかった点が大きい(この辺りから,同時代の西欧の騎士と鎌倉武士は様々な点で類似があるように思う)。また,イスラーム側の諸侯は西欧のように団結しておらず,各個撃破されてしまった。結果,この先の十字軍はじわじわと守勢に回っていかざるをえなくなるのだが,それは2巻に続く。

十字軍物語〈1〉
十字軍物語〈1〉
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