2011年05月02日

第190回『絵で見る十字軍物語』塩野七生著,新潮社

本書は十字軍シリーズの序章にあたり,十字軍の全史をギュスターヴ・ドレの挿絵を用いて追っていくものである。ギュスターヴ・ドレの挿絵は元々19世紀前半の歴史作家フランソワ・ミショーの著書『十字軍の歴史』につけられていたものだが,塩野七生がこのミショーの著書を選んだ理由が非常に彼女らしいので,少し長いが引用したい。

「学問的ではないという理由で今では研究者たちから一顧もされないらしいが,二百年前のキリスト教徒の筆になった十字軍史と考えるならば,驚くほどバランスのとれた叙述で一貫している。啓蒙主義にフランス革命という,思想的にも社会上でも激動の時代に生きた人であるためか,宗教や民族に対する既成概念に捕われる度合いが少ない。(中略)これよりは二百年の後の現代に多い,イスラム教徒を刺激しないことばかりを配慮して書かれた十字軍の歴史書に比べれば,ミショーの執筆態度のほうがよほど正直である。

この態度の潔さは塩野七生の美点の一つであるように思うし,特にキリストとイスラームの宗教対立では『ローマ亡き後の地中海世界』から一貫している態度である。やや主語を大きくすることが許されるのであれば,十字軍とは直接の利害関係のない東洋の人間だからこそ許される物言いではないかと思う。学問はある程度,そのときの社会情勢の影響は受けるもので,それは過去のどの時代に比べても思想的に自由になった現代においても,有象無象の圧力はある。しかしそれでも,私は現代のムスリム無害論に寄りがちな風潮ははっきり言って好きではない。であれば,「自分なりの中立」を(あくまで自分なりであるにせよ)鮮明に打ち出し,執筆されることが許されるのは,やはり歴史作家ではないだろうか。

確かに十字軍は歴史的蛮行であった。しかし,かくのごとき蛮行を止める力がなく,あまつさえ同様の報復を行ったのはムスリムではなかったか。そもそも,十字軍直接の引き金になったのはセルジューク朝の侵攻であるということは,忘れ去られがちではないか(無論救援要請をねじまげて聖地奪回にしてしまった戦犯はローマ教皇ではあるにせよ)。この態度が維持される限り,私は塩野七生のファンを名乗ることにする。


本の内容自体はタイトルの通り,ものすごく簡略な十字軍の全史である。読もうと思えば1時間程度で読めてしまうと思う。多少本編を読んでいること,もしくは将来読む予定があることを前提としている作りではあるものの,これ単体で読んでも十字軍の流れがよくわかる,優れた入門書になっている。全巻買うかどうか決めるのは,とりあえずこの1冊だけ読んでみてから考えても遅くはないだろう。


絵で見る十字軍物語
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