2011年05月15日

穢翼のユースティア レビュー

今,クロニクルのカール・セーガンの言葉を読むと,なるほどな,とか。さて,あまりネタバレしない範囲で語れることとしては2つ。

1つ目は本作におけるオーガストの方向転換について。がらっと作風を変えたように見えて,作品内で語られている人間観(哲学と言い換えてもよい)はまったく変わってない。ただ,これまでの八月であれば,独特の人間観+ワールド展開+明るい世界でずっとやってきていて,このパターンは『明け瑠璃』の時点で完成してしまった。『フォアテリ』は次のステップに向かうため,ワールド展開薄めにしたら,作品全体も薄くなってしまった。だったらいっそのこと,というマンネリ打破の意図で,ダークな世界を提示した上で,今まで培ってきた要素から拾えるものだけ拾ってみた,というのが本作だと思う。ゆえに,本作をもってシナリオゲーメーカーへ転身しただとかいうのは間違いである。

また一方で,本作で突然ダークな世界を用意したと思われているのであればそれは誤りで,ワールド展開のために,そして人間観描写のために,暗い世界の裏事情を設定することは『はにはに』以降の作品において共通した特徴であり,本作はこれを最初から前面に押し出したに過ぎない。だから,作品の世界やストーリー展開はびっくりするほど陰惨だったが,なんだかんだ言って陵辱シーンもないし,決定的な羽目は外してない。そこら辺はまあオーガストらしい配慮かとも思うし,限界でもある。設定だけ虚淵か瀬戸口に投げてシナリオ書かせたら,『鬼哭街』か『SWAN SONG』か,それ以上にとんでもないものが帰ってきそうな。


もう一つが作品の構成について。本作はティアルートを本筋とし,他のヒロインは本筋でいわゆる「トラウマの解消」的な部分は済ませてしまい,章の最後の選択肢で本筋に戻るか,恋人同士になって個別ルートに進んでいくかが決定される。この方式ではすでにトラウマの解消が済んでいるため,個別ルートはかなり短い。しかも本作の個別ルートについては,本筋のテーマである「世界の謎に挑む」が放棄される上に,本作においては基本的にヒロインが主人公に依存し,トラウマの解消をも半ば放棄する形で個別ルートに分岐するため,批判も根強い。しかし,私はこの個別ルートがけっこう好きである。依存はそこまで悪いことだろうか?その解答自体がエリスのシナリオに埋めこまれているのがまたおもしろい。私には,キャラルートと本筋で,ヒロインのトラウマ解決方法が異なり,どちらも非とはしていないように思う。これは最終章のシナリオ展開を見てさらに確信した。

加えて本作はこの構造を非常にうまく生かしている。本作の各ヒロインが抱えるトラウマは関連性がまったくないように見えて,主人公を接点にすることで関連付けられている(そして本作のテキストはそのことについて明示的である)。主人公にもトラウマはいろいろあるのだが,序盤はそれが伏せられた状態で進み,ヒロインのトラウマを解消する過程で次第に解きほぐされていき,その根本は最終章になってようやく明らかになる。主人公とヒロインの悩みがほぼ同段階にあるがゆえに,キャラルートに入った場合は受け皿が主人公になる。これは,今までになかなか無かった珍しい構成をしていると思う。

本作の構造と極めて近いのが『Stein's Gate』だが,それはキャラルートが半ばバッドエンドに近いという点でも共通しているからだと思う。というよりも,両作品の個別ルートをバッドエンドと呼ぶか否かは,『沙耶の唄』の正規ルートをバッドエンドと呼ぶか否かという問題に近く,セカイ系的な問題でもある。なお,前言をひるがえすようだが,『ユースティア』の個別ルートにおいて,本筋である「世界の謎」は放棄されている……と断言するのは実は困難であり,本作がこれをどう解決しているかについてはネタバレゾーンで再度取り上げたい。私はこの巧妙な解決のために最終章はあのようなシナリオにしたのではないか,とさえ考えている。もう一つ同じような構造をしているとして比較されるのが『G線上の魔王』だが,こちらは私が現在プレイ中につき,クリアしたらそちらのレビューで語りたい。


ここまでの語りでもわかる通り,私は本作を極めて高く評価している。CGも音楽もシステムも最高だった。背景に至っては美麗すぎてべっかんこうの立ち絵が浮いているような状況であるが,この美しさだからこそ,この陰惨な世界がリアルに描写できていたのではないかと思う。また,今回のテキストは非常にセンスあった。睡眠導入剤と呼ばれていた『はにはに』以前から見ても隔世の感があるが,『明け瑠璃』から見てさえも進化している。

点数としては90点をつけておく。個人的にはオーガスト最高傑作で,ユースティア>明け瑠璃>FAという評価になる。しかし,世間的な評価である明け瑠璃>ユースティア>FAというのにも理解を示す。というのも本作はおそらく比較的好き嫌いの分かれる展開が多く,特に最終章は意見が分かれるところだと思われる。生理的に『明け瑠璃』よりも上の評価は出来ない,また『明け瑠璃』と比較して完成度も低いと感じた人も多かったのではないか。事実,『明け瑠璃』のほうがオーガストらしさに溢れており,意欲作らしい荒削りも感じられる本作に比べると,綺麗な仕上がりをしているのはあちらではないかと,私自身思う。しかし,それでも私は本作への愛着を隠せないので,あえて『明け瑠璃』よりも高い評価とした。多少なりとも私の評価を見てプレイするかどうかを考えている人は,この点を留意してもらいたい。


以下はネタバレ。各章ごとの感想と最終章について。

エンディング曲が「親愛なる世界へ」って皮肉効きすぎ。もう滅んじまえよこんな世界。

フィオネ:誇りと正義
導入編として非常にわかりやすい章。また,まだカイムのトラウマについて,兄弟の存在を匂わせるだけでそれほど深く踏み込んではいない。自分が国家のためにやってきたことが全く正義ではなかったという話の筋は非常によくありがちだが,そこから2つパターンを持ってきたのはおもしろい。フィオネの兄をカイム自らが殺すのがプロポーズというのは後から考えれば皮肉な話である。カイムの立場から見ればこれでフィオネの共犯者となり,彼女の人生に責任を取らざるを得なくなったという見方もできる。個別ルートにおいては,フィオネは重要なのは個人における正義であるというふうに考えを変えて下野するが,確かに依存先を兄からカイムへ変えただけのようにも見える。が,本筋では「兄の恨みを晴らすのがこれからの生き方じゃないか」と諭されて防疫局に戻るのだから,程度に差はない。

事実,本筋ではこの後,防疫局はノーヴァス・アイテルの数少ない武力として(近衛兵と不蝕金鎖に続く武力?)いいように活用されるだけだ。彼女が自発的に動いたのは最後の最後,ルキウスとリシアの意見が割れ,システィナが黒化して軍に突っ込んできたとき,リシアを守るためシスティナに対峙したのが実は最初じゃないだろうか。自らが正義を見失い,随分長い間新たな基軸を探し求めていたフィオネに与えられたのは,実は今まで信奉していた王家がリシアに引き継がれたことで正義を取り戻した,という歴史の流れであった。それに対し,ルキウスに対し盲目的に従順で,結果とうとう国家に反逆したシスティナというのは,どちらが善悪というわけではないが,一つ綺麗な対比であると思われる。


エリス:人間の尊厳と自由意志
自由の檻といってもよい。不条理文学といえば実存主義だが,明確にこれを扱っているのがこの章であった。エリスの描写ですごいところはエリス自身が分裂しているところで,単純に狂っていくヤンデレは多いが,狂っていくことに自覚的で,かつ狂気に抗うヒロインというのはあまり見ない事例だ。なぜこうなったか?まさに彼女は本質的に自立できない人間であった。だから自立するよう仕向けられれば,実存と本質がぶつかりあう。そして人格は分離した。「私が少しも悪くないのに,当たり前だと思っていた世界を地獄だと言われて。毎日,自分が壊れた人間だと思い知らされて。私の人生,なんだったの?」

本章における最大のポイントは,一般人から見れば同じに見える「人形であること」と「自発的に(カイムに)依存すること」はエリスにとっては全くの別物であり,後者にあって初めて人間の尊厳を取り戻したということだ。そのことをカイム自身が気づいていなかった,ゆえに彼はエリスに自分から離れて自立するよう言い続けた。結果としてエリスの人格は分裂し,より解決は遠のいていった。彼がエリスの特殊性に本当に気づいたのは,エリスが不蝕金鎖を裏切ってからだった。

過去を忘れられれば,人間は変われるという。エリスの場合も,彼女が人形だった過去を知っている者はほとんどいないのだから,忘れることは可能なはずだ。しかし,それほど簡単に過去を捨てられるものか?過去を乗り越えられる人は,確かに強いかもしれない。しかし,世の中は強い人間ばかりではない。超人になることだけが人生なのか?自由の檻の中で戦うのだけが人間だろうか?それに対する一つの結論として,共依存を肯定したのが,あの個別ルートだと思う。それで人間の尊厳を取り戻せるのならばそれでいいじゃないか。自由意志において依存するのであれば,問題ないのではないか。カイムもまた,自らの弱さを自覚し,強くあるためにエリスに自らの理想を押し付けるのをやめた。こうして二人は幸せになった。私はあの深く淀んだ二人の関係が大好きである。

本筋では,カイムが再度エリスを突き放す。エリスに「自由に生きろ」と突き放すカイムだったが,それはエリスの両親を殺したという自責の念に駆られた発言というのみならず,本当は自身が別件で犯した事件,すなわち兄を見殺ししてしまったことに対する罪滅ぼしでもあった。そのことが自覚できたのはフィオネの一件があったからこそであり,またエリスを突き放したことで彼もまた積極的に過去,そして兄の言う「生まれてきた意味」に向きあうことができるようになり,イレーヌの章へ続いていく。一方のエリスだが,この後の歴史の大転換によりけが人が多発するため,医者として生きることで,図らずもこの問題を先送りにした。だがそれでも,最終章で道に迷うカイムにとっては,十分に衝撃的な姿であった。


イレーヌ(コレット):信仰と信念
「報われるから信じるのではなく,信じるから報われるのです」,という彼女の言葉が本章を表していると思う。彼女が聖女の真実を知ってもまだ信仰を捨てなかったのは,天使の声が聞けたからであったのは間違いない。しかし,その前提としては聖教会に拾われたことで地獄のような生活をせずに済んだという幼少の経験であり,彼女はそれをも天使の加護だと信じている。本筋を最後までやり通せば天使の声が聞こえたのは積み重ねた信仰の結果ではなく,ティアが天使の力を発動した結果であり,初代イレーヌとの血のつながりが理由であったのだから,彼女は報われない。しかし,その信念の強さは「生まれてきた意味」を考え出したカイムには十分影響を与えることになるし,最終章では思わぬ形で再度彼に立ちはだかることになった。

ひとつの信念の強さと,世界の秘密は聖教会と関係ないという知識を得たカイムは,こうして舞台を王宮に変える。また,コレットはカイムがすでに牢獄の中にいてはいけないほど知識を得てしまい,見方も広がっていることを喝破していた。ゆえに活動のステージを変えるべきだと指摘し,彼はこれにも影響されてルキウスに接触することにした。今考えればこれも伏線だったわけだ。本筋として特徴的なシーンはやはりヴィノレタの崩落だろう。あれほどカイムの心情とプレイヤーの心情をシンクロさせ,崩落とは何なのかをプレイヤーに刻み付けるシーンはなく,絶妙なタイミングである。


リシア:国父になるということ
非常に評判の良い本章。それは非常に綺麗なストーリーに仕上がっているからであろう。「知って,かつ自立的に行動すること」をリシアに学ばせる話で,最も最終章の鏡であることが明示的なシナリオでもある。オーガストの歴史を紐解くとプリンセスはあと二人ほど出てくるわけだが(数え忘れがない限り),レティシアは天真爛漫でお姫様らしからぬところが売り,フィーナは逆にどれだけ下界で暮らしても王族らしさの全く抜けない高貴さが売りときて,リシアはレティシアからフィーナになっていく物語とも言うことができる。時代がリシアに「お姫様らしからぬ」を売りにすることを許してくれなかったと考えれば,これは悲劇である。ちなみに,おそらく榊原拓の頭には啓蒙専制君主を想定されているのだろうが,現実の中近世の王家が国民に対し国父であることを自覚した例は,それこそフリードリヒ2世など極めてレアケースである。

ガウとカイムが直接対峙するかどうかは個別ルートに入ったか否かで分かれるが,これについて「リシアを選んだカイムは,ガウと対峙することですでに最終章での結論「不条理に意味なんて無い」にたどり着いているからガウと戦えた。本筋に行ったカイムはまだその段階に至っていない」という指摘があった。慧眼である。と同時に,リシアの個別ルートで「過去は甘美なクスリだ。過去を振り払うのには勇気がいるし,つらいことだ」とカイムに言わせているのにも同じ意味を感じる。ルキウスとの確執も解消したし,真実には辿りつかなかったものの,このルートのカイム君が一番強く成長した。



ティア:知るということと選択の重み
最終章は2つの言葉で表現できる。「知らぬが仏」と「ブーメラン」。これまで主人公がしてきた正論的説教が,全部鏡のように帰ってきて,それをルキウスに喝破されてしまうところが,本章の味噌だ。フィオネに対しては盲目的に国家に忠誠を誓うことを疑えと諭した。それでも彼女は自らの正義を模索し続けたが,カイムは知りすぎた結果,選択できなくなった。エリスには自由意志の大切さを説いた。が,今度は自分が自由の檻に囚われた。コレットには聖教会に縛られない生き方を示したが,逆に自らの根底の浅さを露呈させてしまった。リシアには全てを疑え,と教えてきたが,疑いようのない真実は彼を叩きのめした。

正論は正論であるがゆえに強いが,強いがゆえに自らに返ってくることに覚悟がないものには扱いきれない代物だ。現実の世界においても,そうして足をすくわれる政治家は多い。カイムは選択肢の余地のない人生を送ってきた。だから,選択肢の余地が生まれたとき,軸足が存在しなかった。「俺は、お前が変わることも敵対することも、悲しくはないただ悲しいのは、お前が自分の足をなくしちまったことだよ」と言っていたのはジークだが,正確には最初から軸足なんてなかったのだ。それに気付けないあたりがジークの牢獄の頭としての限界であり,視野の狭さである。

知れば知るほど動けなくなる。主人公が一番知っていたがゆえに,主人公が一番動けなくなってしまった。知らぬが仏と正論のブーメランは重なることで強みを増し,カイムの足を止めた。「無知は罪ではないが,知っていて動かないのは罪だ」とはルキウスの弁だが,知れば知るほど動けないという心境に至るほど知ってしまったのは,本作でカイム一人ではなかったか。結果としてカイムはルキウスの動きを阻止できず,ティアは犠牲となった。大概の物語では間に合ってしまうので,「逡巡で出遅れた,ゆえに間に合わない」エンドは新しい。このように,某RPGばりに「生まれてきた意味」を強調する割に,最後にたどり着いたのが「不条理な世界に生まれてきた意味なんてねーよ」なあたりは,非常にオーガストらしい人間観を提示していると思うし,その冷徹なヒューマニズムを私は高く買いたい。カイムが生活の不条理を乗り越えた先にあったのは,選択の不条理であった。この「どうにもならない感」を楽しめるかどうかが,すごく作品の評価を分けたと思う。特に最終章で,カイム君に感情移入できるかどうかは,この点が大きい。


最後に,個別ルートに入った場合のティアの扱いについて。これは「知らぬが仏」理論で,カイムが嫁といちゃついているうちにルキウスが勝手にティアを天使にして都市を浮かせている,というのが類推としてはもっとも妥当であると思う。本来であればこれは非常に大きな問題になるわけだが,ここで「知らぬが仏」が本当に力を持ってくるのである。カイムよ,どうか幸せに。ティアのことは忘れるのが,貴方にとっての幸せだろう。

この記事へのコメント
はじめまして。
自分のオナニーメモが取り上げられていることにビックリしている者です。

読んでいて、ジークをフォローしたくなったのでコメントさせていただきます。フォローと言えるのかは分かりませんが。
僕は、ジークが真の意味で「不蝕金鎖の頭」となるのはティアの章だと思っています。
エリスの章の時点ではまだ、不蝕金鎖という組織の頭でしかありません。
牢獄の全てを背負う覚悟を、ジークは先延ばしにしていたように思えます。
だからこそ、ティアの章で腹を括ったジークは、カイムに足がないことに気付いたのではないでしょうか。
それはまるで、「俺は覚悟を決めた。お前はどうだ?」と言うかのようで。
だからこそ、全てが終わった後にカイムのことを考えたのでしょう。
かつては自分と同じ場所にいて、きっと再び同じ場所に来ると信じて。

説得力のない妄想ですが、そうだったらいいなと思っている次第です。

最後に、僕の記事を使っていただいたことに感謝を。
他人に読まれてこそ価値があるのだと、今更ながらに実感しました。
本当にありがとうございます。
Posted by kokuh at 2011年05月16日 06:23
おっしゃる通りですね。

ジークはジークで余裕のない生活でしたから。
カイム同様,軸足がなく「客観的な味方」でしか物事を判断できていなかったと思います。
本来であれば,立場が人を作ったはずだったんですが,それはベルナドとの抗争で遅れてしまった。

結果的に彼が「牢獄の主」たるべきという自覚を得たのは,ティアの章に入ってからでしょう。
で,自分に軸足が出来たから,いまだに軸足を持たないカイムのことが急に不安定な存在に見えてきた,と。
メルトじゃないですが,こうして見ると大の大人がかわいいもんですね。
でも現実の人間も案外とこんなもんであって,本当によく人間描写のされているゲームだと思います。

そのジークが,反乱終結後に片腕として思い浮かんだのがカイムというのも,またおもしろいところですね。
なんだかんだ言っても,ジークにとっての弟分はカイム以外いない。
Posted by DG-Law at 2011年05月16日 11:16
はじめまして。
深い洞察で、ここまで文字に出来るのは凄いですね。

個人的には、最後の終わり方にもう少しハッピーが欲しかったところ。
クリア後に新しい選択肢登場〜とかでも何かあると良かったのにと。
あえてあれで終わるあたり、葛藤もあったのではと推測。

CGはレベル高いんですが、ポイントでのヒロインの表情が乏しいものがありませんでしたか?
テキストでは泣いている場面なのに、若干笑顔だったり。
どの場面っていうのはすぐには出ないんですけど、何場面か気になりました。
戦いの場面や、最後のティアに近づくシーンなどもうちょっとCGがあるともっと盛り上がったのになとも思いました。
Posted by na at 2011年05月16日 11:43
エンディングについては葛藤があったようにも見えますね。
私は上述のように本作のテーマから言ってあれしかないと思ってるんですが,しいて言うなら「間に合ってしまった→ティア救出→二人抱き合ってノーヴァス・アイテル墜落→世界滅亡」くらいの分岐があっても良かったかもしれません。
いずれにせよバッドエンドですが。

CGは確かに,立ち絵も一枚絵ももう少し数があると尚良かったとは思います。
やはりべっかんこうに原画補助が必要。
Posted by DG-Law at 2011年05月17日 11:42
>カイムは選択肢の余地のない人生を送ってきた。だから,選択肢の余地が生まれたとき,軸足が存在しなかった。
>正確には最初から軸足なんてなかったのだ。

すばらしい洞察ですね。これに気付いていた方は、批評空間ではいなかったと思います。

わたしも、レビューさせて戴きました。もし、お暇がありましたら読まれてみてください。

ErogameScape -エロゲー批評空間-
穢翼のユースティア
ユーザー名は、HRsukiです。
(URLを張ろうとしたら、不適切とされてしまいました)
Posted by HRsuki at 2011年05月22日 07:33
エリスの話は意見割れますねー。
まあ深くは上で語ってるのであまり追記しませんが,エリスは正規ルートに行った場合,全然治ってないような気がしますね。医者をして治ったふりをしていると言いますか。
エリスルートに進むにしても彼女自身が「誰でも良かった」言ってますからね……まあ一種のファンタジーですが,ああいう話の筋は大好きです,結末によらず。

ティアのラストについては同じこと考えましたが,これもまあカイム君が一人で引きずって生きて行く人生も一つの悲劇としてはおもしろいのかなと。
ハッピーエンド主義者には殺されそうな物言いですがw
最後に書いてますが,カイム君の幸せだけを考えるなら,彼はさっさとティアとの思い出は「名前を付けて保存」して,次の恋愛に進むべきです。フィオネなりエリスなりイレーヌなりラヴィリアなりリシアなり。リシアが鉄板な気はしつつ。


ちなみに,URLはスパム弾いてますけど他は大丈夫だったはずなんだけどなぁ……livedoorの基準がわかりません。
Posted by DG-Law at 2011年05月23日 00:14
感想、拝見させていただきました。
深い考察に、ただただ圧倒される想いです。

うまく言葉にはできませんが、レビューを読ませていただいて、エリスの見方が良い方向に変わりました。


また、『不条理な世界に生まれてきた意味なんてねーよ!』という部分は、本当に同意見です。
カイムが生きる意味を新しく見つける後日談が欲しかった、というご意見を幾つか目にしたのですが、個人的には「そういう話ではないんじゃ?」と思っていました。
にも関わらず自分ではうまい表現ができなくて、悔しかったです(笑)。


逆説的ですが、自分で感想を書く前にDG-Lawさんの感想を読まないで良かったのかもしれません。もし先に読んでしまったら、大きく影響されてしまい、自分のレビューが書けなくなっていたと思うので。


これからも、楽しみにレビューを拝見させていただきたいと思います。
ありがとうございました!
Posted by fee at 2012年02月18日 11:05
twitterで返事しちゃってるのでここに書くのはなんとなく変ですが……ユースティアがさらに楽しめたのなら幸いです。

エロゲレビューでこれだけの長文を書くのはなかなか難しいのですが,これからもがんばります。
Posted by DG-Law at 2012年02月18日 14:39
「穢翼のユースティア」は非常に批評性のある作品ですよね。私の中のエロゲランキングでSランクに輝いています。
理由もなく投げ込まれた世界で生きなければならないという「不条理」をテーマにした作品ですが、どのキャラクターの物語もそこから逸れることなく一貫しているのが素晴らしいです。
このゲームの個別ルートって基本ティアルート以外はどれもカイムへの依存であって、真ルート方向での超人になる道を否定する物語になるんですよね。
真ルートであるティアルートは実質「カイムの物語」だと思います。ティアの物語はOP前の序章時点で既に終わってるからです。カイム達が自分の命を何とも思っていなくてもカイムのために行動すると決断した時点で。

カイムをヘタレ呼ばわりしているネット上での評価はさっぱり共感が持てないです。メルトの悲劇を忘れたのか!って思います。

ユースティアを好きなユーザーでも真エンディングを素直に誉められないコメントがネット上でちらほら見られるのやはりこの残酷なアペンディクスが原因なのかなと思います。

(続く)
Posted by 祈 at 2015年02月13日 00:34
(承前)

もし「楽園幻想」がなくて、あの真エンディングのまま終わったら「ああ、ティアと身体も触れ合えず話もできなくたって、カイムはティアが見守るこの世界の中で生きていくんだ〜」ってめでたし、めでたしと気持ちの整理がついたのだと思います。

しかし、そこに「楽園幻想」。

どのオマケもヒロインとのラブラブ、イチャイチャな後日談に、心温まるサブキャラクターたちの物語。きっとここで、「あそこにいるのは……もしかして!?」的な希望を持たせるエンドがと思いきや……。
なんだかんだいってもやっぱりティアと一緒に生きていたかった、ってカイムの本音が聞こえてしまって。もしこのオマケがなかったら、ああティアはあの世界でちゃんと生きて、カイムを見守っているんだ、と気持ちよく終われたのに。

そして「楽園幻想」は個別ルートに「実はティアの犠牲の上にある幸せ」という影を落とします。ティアルートにて、天使がティアに「ティアの自己犠牲でカイムを救ったって、どうせカイムはティアの事は忘れて他の女とイチャついてる」と唆す場面がありますが、ティア以外のオマケって本当にその通りになってしまうんですよね。本当にカイムには新しい恋を見つけてほしいものです。
Posted by 祈 at 2015年02月13日 00:35
ようやくコメント返しができるだけの物理的・精神的余裕ができました。
読んでもらえるかわからないくらい間が空きましたが……

私は「楽園幻想」にそんなにこだわりがないんですよね。
カイムくんはいつかは自分の足で立ち上がると思います。あれはティアを喪失した直後のことなのだろうと。
その喪失感は,それこそ幻影を見るくらい深いでしょうから。

そういう意味では他のヒロインたちとのエンディング後,のほうが真相を知ってると辛いものが。
この後ノーヴァス・アイテルは突如崩壊して,この幸せな生活も崩れるんやなと。
崩れないとしたら,ティアが犠牲になっているわけで,この残酷さは一つオーガストの味だなぁと噛みしめる次第です。
Posted by DG-Law at 2015年03月10日 01:57
知らぬが仏、まさにそのとおり……。
ED後の麦畑のティアはどことなく希望をほのめかすようでありながら、なんか不可解だったので麦畑でググッてみたら、案の定打ちのめされました。

麦畑で、刈られた麦をティアが持っている。
オーガスト、容赦なし。ここまでやるのか。
笑顔が悲しすぎる……

世界と一つになって生き続けるみたいなこと言ってたような気がしましたが、台地の荒野を緑に変えたあたりで仕事を果たしたティアは死んでるような気がします。
最後のティアの言葉は遺言だったんですね。



Posted by ハヤシライス at 2017年09月27日 19:30
あれは遺言ですね。
>世界と一つになって生き続ける
ということ自体が,割りとよくある遺言の一類型ではあるかなと思います。

>麦畑で、刈られた麦をティアが持っている。
>オーガスト、容赦なし。ここまでやるのか。
あそこらへんの容赦なさっぷりは今考えてもすごかったですねw
極限までユーザーの精神を追い詰めていくスタイル,嫌いじゃないです。
Posted by DG-Law at 2017年09月30日 14:14