2011年05月18日

第192回『マニ教』青木健著,講談社選書メチエ

著者は古代アーリア人の研究者であり,『ゾロアスター教』と同じ著者である。

私自身,マニ教はキリスト教とゾロアスター教と仏教の合体だと思っていのだが,本書によると,それは誤ったイメージである。開祖のマーニー・ハイイェーはパルティア貴族の出身で,しかも父親が洗礼系の(キリスト教から見れば異端に当たる)教団に属していたことから,ゾロアスター教知識は簡単に手に入るものであったものの,本人の信仰の大元は圧倒的にユダヤ教・キリスト教であり,若いうちに読みあさったのはマルキオンに代表されるグノーシス主義の書物である。仏教に触れたことがないわけではないものの,若い頃2〜3年ほどだけインドを旅行しただけで,本格的な勉強はしていない。事実,教義を詳しく見ていくと最も影響が大きいのはグノーシス主義,次にキリスト教で,ゾロアスター教は用語を借りているだけ,仏教の影響に至っては全体から見れば数%に満たない程度である。以上から鑑みるに,あえて言えばマニ教はグノーシス主義の一派で最も繁栄した宗教とするのが,簡潔な理解として一番正しかろう。もちろん,厳密に言えば本家本流であるキリスト教系グノーシス主義とは異なる部分もあるのだが。

ではなぜ,冒頭のような誤解的イメージが広まり,あまつさえ今でも世界史の教科書にさえ「キリスト教とゾロアスター教,仏教の融合宗教」と書かれてしまったのか。その理由として,マニ教の最大の特徴であるその人工性の高さが挙げられる。教義上は中核がグノーシス主義でかつ善悪二元論を根底においているが,一方その神話や用語・術語となるとキリスト教・ゾロアスター教に近い。しかも神話は非常に複雑で,しかし要所だけ残して細部や用語を換骨奪胎しても意味が通じてしまう構造になっている。この教義・神話の人工性は「他宗教の乗っ取り」に際し非常に強い効力を発揮した。しかし,浸透された先はたまったもんじゃないので当然弾圧に乗り出す。このようにしてマニ教が浸透して乗っ取ろうと画策し,対決した先がキリスト教,ゾロアスター教,そして大乗仏教の三宗教であった。

しかしマニ教はこのような事情から恐ろしく弾圧されたため,文献史料が灰燼に帰し,ほとんど残らなかった。一方で乏しいなりに発見される史料はユーラシア大陸の端から端まで分布しており,かつそれぞれの史料が「現地宗教に半融合してしまったマニ教」の史料であるため,本当に同一の宗教かと疑われるほど用語がバラバラであった。ゆえに研究が進んでない段階では三宗教の融合した新興宗教,としか表現できなかったのではないかと思われ,その段階でマニ教の名前が世界史の教科書に載るようになってしまったのではないか,と推測できる。マニ教の文献の発掘は20世紀初頭になってやっと本格化し,見方によっては現在進行形である。つい昨年に"半"仏教化した摩尼教の「宇宙図」が日本で発見されたことは,はてブで80users以上も集めた程度には世間的注目を浴びた。


しばしばマニ教はなぜ第四の世界宗教にならなかったのか?そのポテンシャルはあったのではないか?という語られ方をするが,私が本書を読み終えた感想としては,「そりゃ他宗教の乗っ取りでしか広まらん宗教じゃ,確かに浸透は早いかもしれないけど,世界宗教化するだけの地力が無いのは当然だわな」である。貴方もこの知られざる宗教について勉強してみないか?知的好奇心と歴史的ロマンは確実に刺激されるだろうが,信仰しようとはとても思えないことだろう。


マニ教 (講談社選書メチエ)
マニ教 (講談社選書メチエ)
クチコミを見る


この記事へのトラックバックURL