2011年06月27日

植物学的な美術作品

pic_redoute2文化村のルドゥーテ展に行ってきた。ルドゥーテはフランスで活躍したボタニカルアートの画家である。ボタニカルアートとは直訳すれば植物学的美術ということになるが,まさに植物を仔細に描くジャンルである。理科のスケッチに近いが陰影や彩色をつけるところは普通の絵画作品だし,一方,背景をつけるわけでもなく花瓶に生けてある花を描くわけでもなく,本当に対象となる植物しか描かないところは静物画と大きく異なる。見ればわかるが,理科のスケッチと静物画の間にあるようなジャンルである。

ボタニカルアートは元々中世ヨーロッパで科学者が片手間に描いていたであろうものが(未解読だがボイニッチ写本もおそらくこの類であろう),近世の科学発展により専門家である画家に委ねられて分化して成立したものだ。これには大航海時代により,ヨーロッパにアジアや新大陸の新種が大量に持ち込まれ,それらが知識人の注目を浴びたということが大きく影響を与えている。ゆえにボタニカルアートは近世の植民地帝国であるイギリスやフランス,オランダで流行し,特にイギリスで隆盛を極めた。イギリスの王立植物園(キューガーデン)はボタニカルアートの聖地で,ルドゥーテも訪れている。

その中でルドゥーテがフランスで名声を高めたのは,フランス革命という混乱を乗り越えて,王党派,ナポレオン政権,その後の復古王政どの政権でも活動を続けられたこと。特に帝政下においてジョセフィーヌの保護を受け,「バラの画家」として大きな名声を得たことがその理由として挙げられる。ルドゥーテは売れっ子になってもボタニカルアートの特殊性,すなわち科学的観察としての成果を主として保ちつつ,かつ絵画作品として成り立つだけの芸術性を持つことのバランスに終生心がけていた,らしい。フランス革命期の動乱は巻き込まれた科学者や芸術家が多く,政治思想によるパージが激しく,有名所ではラヴォワジェが処刑されている。今回の展示ではルドゥーテの政治思想については全く取り上げられなかった。あの混乱した状況で全くの無色透明を貫き通すのは非常に困難だったと思うのだが,どうだったのだろう。

肝心の作品はどれも質が高く,非常に満足した。1時間もあれば見終わるだろうと17時半頃に入館したら,結局閉館までいついてしまった。今回メインに据えられたのはルドゥーテ最後の大作である『美花選』だが,やはり特に優れていたのは彼のあだ名でもあるバラである。特に彼はピンク色のバラを好んでいたらしく,ロサ・ケンティフォリアが多かった。『マリみて』ファンとしてはロサ・ギガンティアもキネンシスもフェティダもカニーナも無かったところは納得がいかないが(無論冗談である),でも同じ感想を持った人が日本にあと一人か二人くらいはいるような気がする。バラ以外では東洋や新大陸から持ち込まれたばかりの植物群の作品が興味深い。東洋からでは椿,紫陽花,牡丹等。

なお,本来であればこれらの版画以外にも水彩画も展示する予定だったのだが,震災の影響で全部版画の展示に代わってしまったらしい。水彩画が持って来られなくなったのは,貴重品だから先方に断られたということだろうか。であれば大変に残念である。版画のほうは所有者が散ってはいるが全て国内であるため,急遽こちらでそろえたということだろう。中止にならなかっただけマシということか。

この後,文化村は長らく改装期間に入り,次のオープンは12/23になる。フェルメール展から再スタートする。

この記事へのコメント
>ロサ・ギガンティアもキネンシスもフェティダもカニーナも無かったところは納得がいかないが(無論冗談である),でも同じ感想を持った人が日本にあと一人か二人くらいはいるような

真っ先に探しました。ショボーン

多分100人くらいはいるんじゃないかと。
Posted by Aruzya at 2011年06月28日 00:56
いきなり見つかった−!驚くと同時に,さすがnix読者であると思った。

100人くらいはいますかね。
問題は『マリみて』も完結してしまい,だんだん過去の名作になりつつあるところですね……今のオタクがどの程度読んでいるか。
まあルドゥーテ展に来るような美術ファンを兼ねているオタは,それなりに『マリみて』ファン層と重なってそうな気はしますね。
Posted by DG-Law at 2011年06月28日 09:19