2011年07月28日

第195回『新・現代歴史学の名著』樺山紘一編著,中公新書

本書は近年重要視される,20世紀後半から21世紀初頭にかけて書かれた歴史学の名著を紹介することで,現代の歴史学の推移や特徴をも紹介しようとするものである。本書の説明はそれぞれの専門家が書いたものだが非常に簡潔でわかりやすく,前書を読んでいない,史学史には明るくない読者であっても十分に読めるものであると思う。史学史の流れを追いたいという方であれば,自信をもってお勧めできる一冊である。ということは先に述べておきたい。

その上で以下に述べたいのは,本書が22年前に出た『現代歴史学の名著』の続編であるということだ(ゆえに書名に『新』がついている)。リストは全て入れ替わっており,この入れ替わり自体が歴史学の流れを非常によく示している。ぐぐって見たところ,この一覧を掲載するのが本書のレビューの様式美であるようだが,冗長になるので私はリンクを張って済ませることにする。


双方のリストを見て感じられる歴史学の変化として第一に,やはり20世紀の歴史学の主体はアナール学派だったのだなということが感じられた。『現代』のほうではマルク・ブロック,フェルナン・ブローデル,心性史という点で選出されているエリクソン等がリストに入っており,『新・現代』のほうではそれを継ぐ形でラデュリ,ル・ゴフ,ピエール・ノラが選出されている。また直接的にアナール学派ではなくとも社会史・経済史・心性史に近い分野からの紹介が多い。特にピエール・ノラはアナール学派の一区切りとして意義深い。

もう2点違いから感じられたことを挙げるとすると,まず19世紀的な大きな物語に対し,20世紀後半は小さな物語を語らざるをえない状況になっているということ。これに対し積極的な価値を認める意味合いで掲載されたのがギンズブルグだと思うのだが,一方それでも大きな物語を語る意識は残っているという点で,アナール学派内側からの視点としてル・ゴフが,外側からではニーダムが挙げられていると思われる。もう1点は,一国史的な視点が明確に後退し,代わりに構造主義的な視点が主流になっていること。これについてはやはりウォーラーステインとオブライエンの違いが一つの軸になっているのではないかと思う。

気になる点を挙げるとすれば,前書に比べてメンバーのやや格落ち感が否めないかもしれない。前書があまりにもそうそうたるメンバーではあるにせよ,クールズ,ダワー,メドヴェージェフあたりが今後時間の洗礼に耐え切れるのかなと思うと少々疑問である。やや考古学的な範疇ではあるにせよ,2000年代の人文書で世界で最も読まれたとされる『銃・病原菌・鉄』が入っていないのにも首を傾げる(本書でもっとも新しい速水融の著作が2002年,『銃・病原菌・鉄』の刊行はアメリカで1997年,日本では2000年)。無論歴史学の書ではないという異論はあるだろうが,であれば梅澤忠夫あたりにも疑問を持たねばならず,切りがないので大枠で収録しても良かったのではないか。


新・現代歴史学の名著―普遍から多様へ (中公新書)新・現代歴史学の名著―普遍から多様へ (中公新書)
著者:樺山 紘一
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