2011年08月06日
南北アメリカの歴史的相違点
・何でブラジルは豊富な資源や広大な農地があるのにアメリカみたいになれなかったんだ(歴史的大敗)
少なくとも民族性や気候のせいにするのはちょっと。まあそういうものも必ずしも無きにあらずという気もしつつ,と思ったので取り上げる。マジレスすると南米が経済発展しなかったのは長く続いた地主制(カウディーリョ)のせい,というところでおおよそまとめられると思う。独立はしたけれど,政治的独立は必ずしも経済的独立とは言えない,という話。また,ブラジルがBRICsにカウントされているように今後のことはわからないので,「今南米に『アメリカ合衆国』が存在しない理由」に絞って話をする。
植民地は「一次産品,農産物を本国に送り,かつ本国の工業製品を買わせる」という意味合いが強いので,普通本国のほうで縛って商工業は発展させない。よって,自然と地主が現地民をこきつかって農産物を量産する,プランテーション経営が成立しやすくなる。無論,時代や地域によって細かな形態の違いは無数にある。蘭領東インドの強制栽培制度のように,国家が租税という形で商品作物を強制栽培させるパターンもあれば,英領インドのように,白人が直接地主として赴くというよりも現地の元領主を地主として仲立ちさせるパターン。さらに,日本統治下の朝鮮半島やアルゼンチンのように,生産させられるのが商品作物ではなくて食料品(米,食肉)という場合もあった。
ラテンアメリカの場合,ヨーロッパ人が初めて植民地化した土地で勝手がよくわかってなかったということが悲劇的だったと言えるかもしれない。国王の許可を得た征服者(コンキスタドール)たちが,キリスト教布教を条件に原住民を労働力として活用する権利を得て,実質的な自立を図っていった。さらに,疫病や酷使によってインディオの数が大きく減ってしまったため,黒人奴隷が輸入されるようになった。さらにそれらが混血したため,地主である本国出身者(ペニンスラール),中間層の現地生まれ白人(クリオーリョ=クレオール),下層としてインディオや黒人,白人と黒人の混血(メスティソ)などの階層が生まれていった。そして独立運動を起こしたのがクリオーリョの層であり,結果的に彼らはペニンスラールを追い出して自らが地主に成り代わった。こうして,独立後も人種による階層が,地主制のまま固定されてしまった(もちろん,インディオ出身のメキシコ大統領フアレスのような例外も存在する)。
プランテーション的地主制の良くないところは,国内の貧富の差が非常に拡大すること。地主だけが一方的に富み,先進国並の生活を営む。が,この地主層は工業化に対して消極的だし,大衆を単純労働力としか考えてないので,あまり教育制度も普及しなければ社会福祉も充実しない。おまけに,プランテーションは儲かる商品作物しか生産しないので,大概モノカルチャー経済的になる。南米だとサトウキビ,コーヒー,タバコ,綿花が有名。ところがこういうものは世界中どこでも生産しており,流行もあるので,非常に価格変動に弱い。そうすると,国際市場で特産品の人気が高いときは良いが,不調になると取り返しのつかないことになる。教育も福祉も充実していないところに激しい景気の波がくれば,当然社会や政治が不安定になる。20世紀中頃にはそれを逆手にとって,理想主義的政策(ポピュリズム)を掲げて大統領に当選したアルゼンチンのペロンやブラジルのヴァルガスのような独裁者も誕生したが,アジアの開発独裁のようにはいかなかった。今のベネズエラのチャベスがこれに近い。(ついでにわかる人に言えば,『ブラックラグーン』のロベルタの主人ガルシア・ラブレスは,設定上ベネズエラを牛耳る地主層「南米十三家族」の一つであるラブレス家の次期当主であり,その父親ディエゴ・ラブレスはチャベスを応援する第五共和国運動に参加したことを理由に,1997年にアメリカの特殊部隊に爆殺された。これに対する復讐劇が,単行本6巻後半〜9巻の内容である。7巻冒頭でベニーが事情を説明しているので,持ってる人は。)
さらに言えば,ラテンアメリカの場合,独立運動の際イギリスの外交的支援を受け,そのままイギリスの工業製品の市場となってしまったため,工業化が抑圧されたという経緯もある。もっとも,実際には独立以前から,宗主国スペイン・ポルトガルを通じてイギリスの工業製品は流入していた。イギリス経済の衰退後は,そのままアメリカがその地位にスライドした。20世紀の100年間を通じてアメリカがラテンアメリカの政治にやたらと介入したのは,キューバ危機のような安全保障上の理由だけではないのだ。この点もラテンアメリカに限った話ではなく,その他の多くの元植民地も,独立後も旧宗主国の工業製品の市場と化し,結果的に工業化が抑圧されている。
たとえばアルゼンチンは,食肉のモノカルチャー経済化により,イギリス・アメリカを市場に19世紀後半から戦間期にかけては世界有数の経済大国であった。しかし,世界恐慌による需要の減少,冷凍技術の進歩による産地の多様化,さらに食肉産業は二次大戦後アメリカとオーストラリアが本腰を入れ始めたため,経済が傾いた。慌てて始めた工業化も失敗し,しかしペロンによる福祉国家化だけは成功したため一層財政が破綻して,政変も相次いでフォークランド紛争もあり,とうとう21世紀初頭にデフォルトに至った。一方,完全にアメリカ経済に従属することで金融業に専心したパナマや,うまいことバナナ・コーヒーモノカルチャーから脱却して社会的安定を得たコスタリカのような例外もなくはない。元スレに挙げられたブラジルも,BRICsと呼ばれるところまでは工業化が進んだ。今後の南米から先進国が誕生することもあるかもしれないが,現状を生んだ歴史的経緯としてはこのようなところであろう。
アメリカ(合衆国)の北部は植民地時代から商工業が発展していた。これは合衆国が例外的なもので,アメリカ北部は国家政策での植民ではなく,イギリス国内に政治的・宗教的事情でいられなくなった人が自主的に行き着く先という意味合いが強かったため,本国の統制も少なかった。さらに,原住民のインディアンがそもそもあまり多くなかったし,追い出しながら開拓したため,白人人口が多く,農業も家族経営的な小規模なものからスタートしたため,現地民を利用した地主制が広まりづらかった。19世紀になるとカナダや,流刑植民地からのオーストラリアやニュージーランドのような後追い事例も出てくるが,少なくとも17〜18世紀の植民地としては13植民地が異例といえる。仏領北アメリカ(ルイジアナ)も,フランス人は毛皮取引を目的として移住しニューオリンズのような都市部に定住したため,インディアンと衝突しなかったし地主制も広がらなかった。ルイジアナの大部分の本格的開拓は,アメリカがフランスから購入してからだ。
そのままだと本国の工業製品が売れないということで必死に抑圧しようとしたのが,印紙法やらタウンゼンド諸法やらの重商主義政策であるが,これがそのまま独立戦争の引き金を引いた。それでも独立直後にはイギリスも努力してアメリカを経済的従属におこうとしたが,ナポレオン戦争を契機に再度戦争となり(米英戦争,第二次独立戦争とも言われる),とうとうアメリカに完全に自立されてしまった。ゆえに,アメリカは割と早期に産業革命がスタートし,イギリスの工業製品流入が進まなかった。西部は「早い者勝ちで開拓した奴が所有者」だった関係で自営農民が多かった。南部はラテンアメリカ並の地主制だったが,南北戦争に負けて(少なくとも表面上は)解体。大規模農業という形態は変わらなくても小作人制か資本主義的経営に変わっていった。多分,南北戦争が無かったか,南部が勝利してたら,アメリカ連合国も発展途上国の仲間入りしてただろう。
少なくとも民族性や気候のせいにするのはちょっと。まあそういうものも必ずしも無きにあらずという気もしつつ,と思ったので取り上げる。マジレスすると南米が経済発展しなかったのは長く続いた地主制(カウディーリョ)のせい,というところでおおよそまとめられると思う。独立はしたけれど,政治的独立は必ずしも経済的独立とは言えない,という話。また,ブラジルがBRICsにカウントされているように今後のことはわからないので,「今南米に『アメリカ合衆国』が存在しない理由」に絞って話をする。
植民地は「一次産品,農産物を本国に送り,かつ本国の工業製品を買わせる」という意味合いが強いので,普通本国のほうで縛って商工業は発展させない。よって,自然と地主が現地民をこきつかって農産物を量産する,プランテーション経営が成立しやすくなる。無論,時代や地域によって細かな形態の違いは無数にある。蘭領東インドの強制栽培制度のように,国家が租税という形で商品作物を強制栽培させるパターンもあれば,英領インドのように,白人が直接地主として赴くというよりも現地の元領主を地主として仲立ちさせるパターン。さらに,日本統治下の朝鮮半島やアルゼンチンのように,生産させられるのが商品作物ではなくて食料品(米,食肉)という場合もあった。
ラテンアメリカの場合,ヨーロッパ人が初めて植民地化した土地で勝手がよくわかってなかったということが悲劇的だったと言えるかもしれない。国王の許可を得た征服者(コンキスタドール)たちが,キリスト教布教を条件に原住民を労働力として活用する権利を得て,実質的な自立を図っていった。さらに,疫病や酷使によってインディオの数が大きく減ってしまったため,黒人奴隷が輸入されるようになった。さらにそれらが混血したため,地主である本国出身者(ペニンスラール),中間層の現地生まれ白人(クリオーリョ=クレオール),下層としてインディオや黒人,白人と黒人の混血(メスティソ)などの階層が生まれていった。そして独立運動を起こしたのがクリオーリョの層であり,結果的に彼らはペニンスラールを追い出して自らが地主に成り代わった。こうして,独立後も人種による階層が,地主制のまま固定されてしまった(もちろん,インディオ出身のメキシコ大統領フアレスのような例外も存在する)。
プランテーション的地主制の良くないところは,国内の貧富の差が非常に拡大すること。地主だけが一方的に富み,先進国並の生活を営む。が,この地主層は工業化に対して消極的だし,大衆を単純労働力としか考えてないので,あまり教育制度も普及しなければ社会福祉も充実しない。おまけに,プランテーションは儲かる商品作物しか生産しないので,大概モノカルチャー経済的になる。南米だとサトウキビ,コーヒー,タバコ,綿花が有名。ところがこういうものは世界中どこでも生産しており,流行もあるので,非常に価格変動に弱い。そうすると,国際市場で特産品の人気が高いときは良いが,不調になると取り返しのつかないことになる。教育も福祉も充実していないところに激しい景気の波がくれば,当然社会や政治が不安定になる。20世紀中頃にはそれを逆手にとって,理想主義的政策(ポピュリズム)を掲げて大統領に当選したアルゼンチンのペロンやブラジルのヴァルガスのような独裁者も誕生したが,アジアの開発独裁のようにはいかなかった。今のベネズエラのチャベスがこれに近い。(ついでにわかる人に言えば,『ブラックラグーン』のロベルタの主人ガルシア・ラブレスは,設定上ベネズエラを牛耳る地主層「南米十三家族」の一つであるラブレス家の次期当主であり,その父親ディエゴ・ラブレスはチャベスを応援する第五共和国運動に参加したことを理由に,1997年にアメリカの特殊部隊に爆殺された。これに対する復讐劇が,単行本6巻後半〜9巻の内容である。7巻冒頭でベニーが事情を説明しているので,持ってる人は。)
さらに言えば,ラテンアメリカの場合,独立運動の際イギリスの外交的支援を受け,そのままイギリスの工業製品の市場となってしまったため,工業化が抑圧されたという経緯もある。もっとも,実際には独立以前から,宗主国スペイン・ポルトガルを通じてイギリスの工業製品は流入していた。イギリス経済の衰退後は,そのままアメリカがその地位にスライドした。20世紀の100年間を通じてアメリカがラテンアメリカの政治にやたらと介入したのは,キューバ危機のような安全保障上の理由だけではないのだ。この点もラテンアメリカに限った話ではなく,その他の多くの元植民地も,独立後も旧宗主国の工業製品の市場と化し,結果的に工業化が抑圧されている。
たとえばアルゼンチンは,食肉のモノカルチャー経済化により,イギリス・アメリカを市場に19世紀後半から戦間期にかけては世界有数の経済大国であった。しかし,世界恐慌による需要の減少,冷凍技術の進歩による産地の多様化,さらに食肉産業は二次大戦後アメリカとオーストラリアが本腰を入れ始めたため,経済が傾いた。慌てて始めた工業化も失敗し,しかしペロンによる福祉国家化だけは成功したため一層財政が破綻して,政変も相次いでフォークランド紛争もあり,とうとう21世紀初頭にデフォルトに至った。一方,完全にアメリカ経済に従属することで金融業に専心したパナマや,うまいことバナナ・コーヒーモノカルチャーから脱却して社会的安定を得たコスタリカのような例外もなくはない。元スレに挙げられたブラジルも,BRICsと呼ばれるところまでは工業化が進んだ。今後の南米から先進国が誕生することもあるかもしれないが,現状を生んだ歴史的経緯としてはこのようなところであろう。
アメリカ(合衆国)の北部は植民地時代から商工業が発展していた。これは合衆国が例外的なもので,アメリカ北部は国家政策での植民ではなく,イギリス国内に政治的・宗教的事情でいられなくなった人が自主的に行き着く先という意味合いが強かったため,本国の統制も少なかった。さらに,原住民のインディアンがそもそもあまり多くなかったし,追い出しながら開拓したため,白人人口が多く,農業も家族経営的な小規模なものからスタートしたため,現地民を利用した地主制が広まりづらかった。19世紀になるとカナダや,流刑植民地からのオーストラリアやニュージーランドのような後追い事例も出てくるが,少なくとも17〜18世紀の植民地としては13植民地が異例といえる。仏領北アメリカ(ルイジアナ)も,フランス人は毛皮取引を目的として移住しニューオリンズのような都市部に定住したため,インディアンと衝突しなかったし地主制も広がらなかった。ルイジアナの大部分の本格的開拓は,アメリカがフランスから購入してからだ。
そのままだと本国の工業製品が売れないということで必死に抑圧しようとしたのが,印紙法やらタウンゼンド諸法やらの重商主義政策であるが,これがそのまま独立戦争の引き金を引いた。それでも独立直後にはイギリスも努力してアメリカを経済的従属におこうとしたが,ナポレオン戦争を契機に再度戦争となり(米英戦争,第二次独立戦争とも言われる),とうとうアメリカに完全に自立されてしまった。ゆえに,アメリカは割と早期に産業革命がスタートし,イギリスの工業製品流入が進まなかった。西部は「早い者勝ちで開拓した奴が所有者」だった関係で自営農民が多かった。南部はラテンアメリカ並の地主制だったが,南北戦争に負けて(少なくとも表面上は)解体。大規模農業という形態は変わらなくても小作人制か資本主義的経営に変わっていった。多分,南北戦争が無かったか,南部が勝利してたら,アメリカ連合国も発展途上国の仲間入りしてただろう。
Posted by dg_law at 17:29│Comments(0)│