2012年02月15日
第204回『猫と共に去りぬ』ジャンニ・ロダーリ著,関口英子訳,光文社古典新訳文庫
これも某エロゲーに影響されて読んだ本。なのだが,『シラノ』とは大きく毛色が異なる。
著者のジャンニ・ロダーリはイタリアの児童文学作家で,本書も児童文学の体裁をとった短篇集である。思わず「体裁をとった」と書いてしまったのだが,本作に収録された各短編はあまりにもシュールだったり不条理だったりで,純な児童文学として見るには吹っ飛んでいる。大人を笑わせようとしているとしか思えない。そもそもぶっ飛びすぎてて児童に理解できるのだろうか,という疑問もあるが,子供というものは大人が思っているよりも賢いので案外理解できるのかもしれない。落ちも単純な勧善懲悪や教訓が示されるようなことは決してなく,含意には富むものの含意がありすぎて表現しづらかったり,かなりひねくれた教訓が示されていたり,教訓を通りすぎて皮肉か風刺の領域であったりとこちらも一筋縄ではいかない。
いやしかし,徹底して自由と反暴力を訴えている点では一貫している。また,性善説をとっている点でも一貫しており,子供に悪い子はいないとする一方で大人は良い人も悪い人も出てくる,という点も特徴的であろう。これだけ堂々と悪い大人が,リアリティをもって描かれているからこそ,本作は(そのシュールさや不条理さを除いてもまだなお)児童文学らしくないのかもしれない。しかし,悪い大人が過度に俗悪に描かれている点については,大人にだっていろいろあるんだよと心のどこかで思ってしまう。児童文学なんだから,強調されているに過ぎないのではと言われればそれまでではあるが,やはりしっくり来ない。
読了後,twitterで思わず「僕にこれを語る語彙がない。」とつぶやいてしまったが,正直に言って児童文学も,こうしたシュール系短編小説も,いずれも読みなれておらず,評価しようがない。感想は端的に言って「困惑」である。おもしろくないことはなかったが,かと言って積極的に評価する気にもなれず,困惑している。もうちょっと自分が皮肉を愛する人ならなぁ,ということで,私の周囲には多そうな皮肉好きたちにお勧めしておく。
猫とともに去りぬ (光文社古典新訳文庫)
著者:ジャンニ ロダーリ
販売元:光文社
(2006-09-07)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る
以下は,割りとどうでもいい割に長くなってしまった付記。作中に登場する音楽・美術ネタについて。
著者のジャンニ・ロダーリはイタリアの児童文学作家で,本書も児童文学の体裁をとった短篇集である。思わず「体裁をとった」と書いてしまったのだが,本作に収録された各短編はあまりにもシュールだったり不条理だったりで,純な児童文学として見るには吹っ飛んでいる。大人を笑わせようとしているとしか思えない。そもそもぶっ飛びすぎてて児童に理解できるのだろうか,という疑問もあるが,子供というものは大人が思っているよりも賢いので案外理解できるのかもしれない。落ちも単純な勧善懲悪や教訓が示されるようなことは決してなく,含意には富むものの含意がありすぎて表現しづらかったり,かなりひねくれた教訓が示されていたり,教訓を通りすぎて皮肉か風刺の領域であったりとこちらも一筋縄ではいかない。
いやしかし,徹底して自由と反暴力を訴えている点では一貫している。また,性善説をとっている点でも一貫しており,子供に悪い子はいないとする一方で大人は良い人も悪い人も出てくる,という点も特徴的であろう。これだけ堂々と悪い大人が,リアリティをもって描かれているからこそ,本作は(そのシュールさや不条理さを除いてもまだなお)児童文学らしくないのかもしれない。しかし,悪い大人が過度に俗悪に描かれている点については,大人にだっていろいろあるんだよと心のどこかで思ってしまう。児童文学なんだから,強調されているに過ぎないのではと言われればそれまでではあるが,やはりしっくり来ない。
読了後,twitterで思わず「僕にこれを語る語彙がない。」とつぶやいてしまったが,正直に言って児童文学も,こうしたシュール系短編小説も,いずれも読みなれておらず,評価しようがない。感想は端的に言って「困惑」である。おもしろくないことはなかったが,かと言って積極的に評価する気にもなれず,困惑している。もうちょっと自分が皮肉を愛する人ならなぁ,ということで,私の周囲には多そうな皮肉好きたちにお勧めしておく。
猫とともに去りぬ (光文社古典新訳文庫)著者:ジャンニ ロダーリ
販売元:光文社
(2006-09-07)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る
以下は,割りとどうでもいい割に長くなってしまった付記。作中に登場する音楽・美術ネタについて。
2.社長と会計係
会計係にもかかわらずヴァイオリンの名手という小男ジョヴァンニが弾いていたマックス・ブルッフのヴァイオリン協奏曲はおそらくこれ。
これもジョバンニが,悲しげなマンブレッティ社長のために弾いたワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』よりイゾルデの愛の死。どう考えてもよけいに悲しくなる。
そのマンブレッティ社長の車に飾られているピエトロ・アンニゴーニの絵はこんな感じ。とても20世紀の画家とは思えない作風だが,フレスコ画家でもあるらしいと聞いて筋金入りだったんだなと思うことにした。
最後に,喜びの余りジョバンニが弾いてしまったというパガニーニの『常動曲』。超絶技巧として知られ,別名『無窮動』。なぜかニコニコのほうがいいのが落ちてたのでこっち。これが弾けるジョバンニさんは今すぐ会計係をやめてヴァイオリニストになるべき……と思ったら話自体がそういう落ちだったという(厳密には違うけど)。
3.チヴィタヴェッキアの郵便配達人
古代エジプトのピラミッド作りの話が出てくるが,「専制君主であるファラオが奴隷を酷使して建設した」は真っ赤な大嘘なので信じないほうが良い。これは,当時まだ考古学が進んでおらず,またマルクス主義で古代社会はおしなべて奴隷社会と考えられていたため,「どうせこれも奴隷を使って建てられたんだろう」と推測されていたがゆえである。実際には発掘された様々な資料により,自由農民が農閑期に建設作業に従事しており,ある程度社会保障的なものも用意されていたことが明らかになっている。無論,本書が書かれたのは1970年代前半であり,ロダーリ自身に罪はない。しかし,誤解を流布させないよう編注で指摘しておくべき内容だろう。
4.ヴェネツィアを救え
ジョバンニ・バティスタ・ティエポロはロココ様式の有名な画家。私は大好きである。イタリアの,この話の舞台となっているヴェネツィア出身なので話題に挙がっているのだろう。こんな絵を描く人。
6.ピアノ・ビルと消えたかかし
なぜか註になってないのだが,バルトークはハンガリーの作曲家で,ハンガリーの民族音楽を研究したことで名高い。作中に出てくるのは『ミクロコスモス』より第3巻95番「キツネの歌」だが,ちょっと動画が見つからなかった。さらにピアノ・ビルが奏でるはベートーヴェンの『ディアベッリの主題による33の変奏曲』で,こちらは簡単に見つかる。さすがベートーヴェン。
さらに彼はシューマンの『森の情景』へと続く。『森の情景』は第9曲まであるが,ひとまず第1曲を貼っておく。
さらに続いて,大バッハの『ゴルトベルク変奏曲』。第30変奏まであるが,作中に出てくるのは第15変奏(ただしト短調,動画はト長調で弾かれている)
ピエロ・ピッチョーニは現代イタリアの音楽家のようだが,作中に登場する『ノヴゴロドの星』は検索に引っかからなかった。多分イタリア語なら見つかると思うのだが,読めないので断念した。そして,再び大バッハの『フーガの技法』。作中で「この曲を最後まで独奏できたピアニストは,世界広しといえどひとりもいない」とされているが,それもそのはずで,そもそも『フーガの技法』は,最後の1曲が未完成であるため,全15曲そろっていないからである。
最後に一応,ピアノ・ビルが引くのを拒否したシューベルトの『アヴェ・マリア』と『鱒』を。
13.カルちゃん,カルロ,カルちゃん
この頭の良すぎる赤ちゃんが聞いていたのがシューベルトの『アルペジョーネ・ソナタ』。
この赤ちゃんによって消されたかわいそうな絵画の作家ジュリオ・トゥルカートは日本ではマイナーすぎたためか画像が出てこず。一応ここから見られるが,典型的な抽象画であった。
会計係にもかかわらずヴァイオリンの名手という小男ジョヴァンニが弾いていたマックス・ブルッフのヴァイオリン協奏曲はおそらくこれ。
これもジョバンニが,悲しげなマンブレッティ社長のために弾いたワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』よりイゾルデの愛の死。どう考えてもよけいに悲しくなる。
そのマンブレッティ社長の車に飾られているピエトロ・アンニゴーニの絵はこんな感じ。とても20世紀の画家とは思えない作風だが,フレスコ画家でもあるらしいと聞いて筋金入りだったんだなと思うことにした。
最後に,喜びの余りジョバンニが弾いてしまったというパガニーニの『常動曲』。超絶技巧として知られ,別名『無窮動』。なぜかニコニコのほうがいいのが落ちてたのでこっち。これが弾けるジョバンニさんは今すぐ会計係をやめてヴァイオリニストになるべき……と思ったら話自体がそういう落ちだったという(厳密には違うけど)。
3.チヴィタヴェッキアの郵便配達人
古代エジプトのピラミッド作りの話が出てくるが,「専制君主であるファラオが奴隷を酷使して建設した」は真っ赤な大嘘なので信じないほうが良い。これは,当時まだ考古学が進んでおらず,またマルクス主義で古代社会はおしなべて奴隷社会と考えられていたため,「どうせこれも奴隷を使って建てられたんだろう」と推測されていたがゆえである。実際には発掘された様々な資料により,自由農民が農閑期に建設作業に従事しており,ある程度社会保障的なものも用意されていたことが明らかになっている。無論,本書が書かれたのは1970年代前半であり,ロダーリ自身に罪はない。しかし,誤解を流布させないよう編注で指摘しておくべき内容だろう。
4.ヴェネツィアを救え
ジョバンニ・バティスタ・ティエポロはロココ様式の有名な画家。私は大好きである。イタリアの,この話の舞台となっているヴェネツィア出身なので話題に挙がっているのだろう。こんな絵を描く人。
6.ピアノ・ビルと消えたかかし
なぜか註になってないのだが,バルトークはハンガリーの作曲家で,ハンガリーの民族音楽を研究したことで名高い。作中に出てくるのは『ミクロコスモス』より第3巻95番「キツネの歌」だが,ちょっと動画が見つからなかった。さらにピアノ・ビルが奏でるはベートーヴェンの『ディアベッリの主題による33の変奏曲』で,こちらは簡単に見つかる。さすがベートーヴェン。
さらに彼はシューマンの『森の情景』へと続く。『森の情景』は第9曲まであるが,ひとまず第1曲を貼っておく。
さらに続いて,大バッハの『ゴルトベルク変奏曲』。第30変奏まであるが,作中に出てくるのは第15変奏(ただしト短調,動画はト長調で弾かれている)
ピエロ・ピッチョーニは現代イタリアの音楽家のようだが,作中に登場する『ノヴゴロドの星』は検索に引っかからなかった。多分イタリア語なら見つかると思うのだが,読めないので断念した。そして,再び大バッハの『フーガの技法』。作中で「この曲を最後まで独奏できたピアニストは,世界広しといえどひとりもいない」とされているが,それもそのはずで,そもそも『フーガの技法』は,最後の1曲が未完成であるため,全15曲そろっていないからである。
最後に一応,ピアノ・ビルが引くのを拒否したシューベルトの『アヴェ・マリア』と『鱒』を。
13.カルちゃん,カルロ,カルちゃん
この頭の良すぎる赤ちゃんが聞いていたのがシューベルトの『アルペジョーネ・ソナタ』。
この赤ちゃんによって消されたかわいそうな絵画の作家ジュリオ・トゥルカートは日本ではマイナーすぎたためか画像が出てこず。一応ここから見られるが,典型的な抽象画であった。
Posted by dg_law at 12:00│Comments(0)