2012年02月22日

第205回『恋文の技術』森見登美彦著,ポプラ文庫

本作はタイトルで推測のつく通り,書簡体形式をとった小説である。主人公守田一郎は相変わらずうだつのあがらない京大の大学院生という設定で,自らは院入学と同時に能登の研究所に行くことになったのをきっかけに,研究室の面々を主とした様々な人間と文通することにした,というところから物語が始まる。しかし,そもそもの目的は卒業と同時に就職しつながりを失ってしまった片思いの女性と文通することであったのだが,なかなか一通目が送れずにずるずると物語が進行していくあたりが,実にいつも通りの森見登美彦の主人公である。

本作が書簡体小説である最大の意義は,日付が入っていることだ。実際にはもういくつか書簡体であることを生かしたギミックがあるのだが,やはり最大のメリットは日付であろう。本書の章立ては手紙を送った相手ごとで区切られており,その上で日付順になっている。そのため,章が変わるごとに日付が大きく戻ることが多い。そして,第一章・二章を読んでいる頃にはわからなかった研究室内の人間関係や,作中の時間経過で起きている諸事件の日付や内容が,複数人との手紙のやり取りを読んでいくうちに次第に明らかになっていく,という具合である。この物語展開自体がおもしろい。

また,主人公や登場人物たちには様々な事件が起きるのだが,それらの事件は明示的に描写されるわけではない。「◯◯があった」と簡潔に手紙の中で語られるだけである。また,本作は主人公が他の登場人物たちへ送った手紙しか収録されていないため,事実は一方的な視点から語られる一方である。にもかかわらず,本作の諸事件が立体的に映し出されるのは,同じ事件を違う相手への手紙でそれぞれ繰り返し説明されるためであり,主人公が手紙を送る相手により説明を少しずつ変えているためである。遠慮のない相手や当事者であれば隠し事なく説明するし,見栄を張りたい相手や隠しておきたい相手にはぼかしたり誇張したりして書いている。そうしていくうちに逆に,主人公と登場人物の関係や事件の概要が改めて見えてくるのである。やはりこの構成は上手であり,フィクションの書簡体小説だからこそできる芸当であろう。

まあ,内容そのものは本当にいつもの森見登美彦なので,そんなことを考えずに適当に読んでも別に問題ない。


恋文の技術 (ポプラ文庫)恋文の技術 (ポプラ文庫)
著者:森見 登美彦
販売元:ポプラ社
(2011-04-06)
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