2012年07月01日
魔法使いの夜 レビュー
『DDD』やらなんやらを追っておらず,竹箒の同人誌も買っていないので,実にhollow以来という久しぶりに読んだ奈須きのこの文章。それも彼が学生時代に書いたものをクリーンナップしたものという触れ込みの文章であったが,やはりこの人は魅せるのがうまいなと思った。どちらかと言えば,こんなに読ませる文章だったかなと見なおしてしまった。
さらに言えば,今回は非18禁=一般向けの作品であり,作中の恋愛できちんと実ったものは一つもない。単純に片思いと,恋と自覚されていない恋しかない作品であるのだが,Hシーンを入れなければならないという制約が無かったせいか,恋愛描写がきちんと書かれている。特に,青子と有珠の草十郎に対する感情が変化していく様子やその対比などが明確で,なかなかニヤニヤさせられることがしばしば。こいつら魔術師のくせして青春送ってるじゃないかと思うのだが,それもこれも主人公が草十郎だから成立した話であり,これが鳶丸だったら無理であった。ここにおいて有珠の配置は際立っており,草十郎と青子が一対一であればこれだけの恋愛描写は難しかったであろう。文章の妙もあるが,配役の妙もある。ジュブナイル小説としては十分な成功を収めた。
こう言ってはなんだが,なんだ奈須きのこ恋愛書けるんじゃん,と。これは純粋な作品評ではないものの,私的に大きなインパクトであった。思い返せば『Fate/stay night』は有耶無耶のうちにフラグ立ってるし,『月姫』は少なくとも遠野家側は大体幼少期フラグで処理されており,『月姫』の残りと『歌月』もちゃんとした恋愛描写として濃かったかと言われると疑問である。
ただし,賛否両論分かれるところではあろうが,私はそろそろ類型から脱したキャラ造型も見たい。いや,奈須きのこが書けないと言っているわけではないし,そもそも私は奈須きのこの作品を全て追っているという熱心なファンというわけでもない。しかし,ここに挙げた主要作品『Fate/stay night』『月姫』『魔法使いの夜』に,『空の境界』まで加えても良いが,主要登場人物の造型は,まあ似通っていると言ってもさして反論は受けまい。静希草十郎―黒桐幹也―遠野志貴―衛宮士郎はそれぞれ差異がありつつも,基本的な性格(と口調)はおおよそ近い。正義感が強く,偏見を持たない,振り回される系主人公である。青子の系譜については明確すぎて言うまでもない。きのこさん,強気お嬢様が好きなんだろうなぁと。もっともこの点は,あと2作続くであろう(よね?),『魔法使いの夜』には期待できない。なので,『月姫2』の主人公お二人とアルトルージュ様(予定)に期待しておこう。
それ以外の点について。と言いつつまずは文章から指摘していくのだが,序盤は割りと冗長であった。伏線を張る時間帯というのはわかるのだが,中盤のいわゆる「遊園地」のシーンが始まるまではテンポが悪い。そこからはさすがにおもしろかったが,草十郎がいかに世間離れしているかの描写や魔術の説明,有珠の最初の戦闘などカットもしくは短縮できる部分は多かったように思う。ゲーム展開のちょうど中盤に「遊園地」を置きたかったのはわかるのだが,それで逆にバランスを欠いたのではないか。それに伴って,演出は確かにすばらしかったのだが,文章表示を最速にすると消えてしまうため,事実上文章表示速度は固定されてしまっていた。普段は完全にノーウェイトで読んでいるので,慣れるまではフラストレーションが溜まったのも,序盤退屈に感じた原因かもしれない。
その演出については,前述の不満を横においておくならば絶賛するしか無い。エンディングスタッフロールに酒井伸和の名前があったが,某人(@oratorio765)の言っていた通り「minoriやlittle witchのFFDが目指しているもの」に一歩近づいたんじゃないだろうか。文章(地の文)を消さずに,いかに画面を動かすか。完全なアニメになっては意味が無いのである。この点今回の演出は良かったと言っておこう。この演出で『月姫』がリメイクされたら鼻血吹くと思う。絵は文句なし。音楽も基本的に良かったのだが,クラシックの多用は良し悪しかもしれない。『月の光』や『ジムノペティ』あたりはエロゲだけでも使い古されているおり,よほどうまいこと使わないと印象に残らない。
ボリュームについてはちらちらと不満を聞くが,今時フルプライスで15〜20時間なら普通である。もっとも,ノーウェイト読法が封じられているので,縮めれば12時間くらいかもしれないが,それくらいのエロゲであっても「短い!」という不満が大きい作品はあまり見られない。ちょっと不当じゃないかと思う。一方,完結していないという点については私も擁護できないしする気もない。このへんは『オルタ』あたりと全く同じ現象で,続編ありきの構成なら,それはそれで発売前の広報で言っておいてくれれば妙な不満を持たずに済んだのだが。おそらく,単品でも成立するということを強調して置かなければセールスに影響するという判断から発売後の発表という形を取ったのだと思うが,実際にはそれほど影響しなかったのではないかと思う。TYPE-MOONの懐事情を知らないので無責任な発言にはなるが。
それに関連して,話の展開自体はおもしろかったものの,一作完結ではない弊害も大きかった。これもoratorioが言っていたことだが,「◯◯が出てきた時点で型月信者は話の落ちが完全に読める」。ついでに言えば,『まほよ』は『月姫』冒頭につながる話というのが自明なので,その意味では◯◯が出てこなくても話の落ちに想像はつく。ゆえに,あとの期待はむしろ設定の開陳に移っていく事になる。これがさっぱり明かされないもんだから肩透かしである。第五魔法関連は手がかりを出してくれたがまだ良かったが,草十郎関連については放り投げた伏線が多すぎるし,それ以外にもあれやこれやと,むしろ疑問点は増えてしまった。この肩透かし感だけで評価を相当下げた人も多かったのではないか。(ただし,私自身はちょっと時間が経ってから,それも周囲から情報を仕入れた上でプレイし始めたため,草十郎の過去などが明らかにならない点は知った上で読んでいたのでそれほど大きな不満点にはならなかった。その意味では,やはり広報の戦略ミスで,完結しないことがわかっていれば「肩透かし感」は少なかったのではないだろうか。おそらく私自身,発売日直後にやっていたらイラッと来ていただろう。)
もろもろを美点欠点をひっくるめて,80点以上はあげられる良作である。以下ネタバレは短く。
さらに言えば,今回は非18禁=一般向けの作品であり,作中の恋愛できちんと実ったものは一つもない。単純に片思いと,恋と自覚されていない恋しかない作品であるのだが,Hシーンを入れなければならないという制約が無かったせいか,恋愛描写がきちんと書かれている。特に,青子と有珠の草十郎に対する感情が変化していく様子やその対比などが明確で,なかなかニヤニヤさせられることがしばしば。こいつら魔術師のくせして青春送ってるじゃないかと思うのだが,それもこれも主人公が草十郎だから成立した話であり,これが鳶丸だったら無理であった。ここにおいて有珠の配置は際立っており,草十郎と青子が一対一であればこれだけの恋愛描写は難しかったであろう。文章の妙もあるが,配役の妙もある。ジュブナイル小説としては十分な成功を収めた。
こう言ってはなんだが,なんだ奈須きのこ恋愛書けるんじゃん,と。これは純粋な作品評ではないものの,私的に大きなインパクトであった。思い返せば『Fate/stay night』は有耶無耶のうちにフラグ立ってるし,『月姫』は少なくとも遠野家側は大体幼少期フラグで処理されており,『月姫』の残りと『歌月』もちゃんとした恋愛描写として濃かったかと言われると疑問である。
ただし,賛否両論分かれるところではあろうが,私はそろそろ類型から脱したキャラ造型も見たい。いや,奈須きのこが書けないと言っているわけではないし,そもそも私は奈須きのこの作品を全て追っているという熱心なファンというわけでもない。しかし,ここに挙げた主要作品『Fate/stay night』『月姫』『魔法使いの夜』に,『空の境界』まで加えても良いが,主要登場人物の造型は,まあ似通っていると言ってもさして反論は受けまい。静希草十郎―黒桐幹也―遠野志貴―衛宮士郎はそれぞれ差異がありつつも,基本的な性格(と口調)はおおよそ近い。正義感が強く,偏見を持たない,振り回される系主人公である。青子の系譜については明確すぎて言うまでもない。きのこさん,強気お嬢様が好きなんだろうなぁと。もっともこの点は,あと2作続くであろう(よね?),『魔法使いの夜』には期待できない。なので,『月姫2』の主人公お二人とアルトルージュ様(予定)に期待しておこう。
それ以外の点について。と言いつつまずは文章から指摘していくのだが,序盤は割りと冗長であった。伏線を張る時間帯というのはわかるのだが,中盤のいわゆる「遊園地」のシーンが始まるまではテンポが悪い。そこからはさすがにおもしろかったが,草十郎がいかに世間離れしているかの描写や魔術の説明,有珠の最初の戦闘などカットもしくは短縮できる部分は多かったように思う。ゲーム展開のちょうど中盤に「遊園地」を置きたかったのはわかるのだが,それで逆にバランスを欠いたのではないか。それに伴って,演出は確かにすばらしかったのだが,文章表示を最速にすると消えてしまうため,事実上文章表示速度は固定されてしまっていた。普段は完全にノーウェイトで読んでいるので,慣れるまではフラストレーションが溜まったのも,序盤退屈に感じた原因かもしれない。
その演出については,前述の不満を横においておくならば絶賛するしか無い。エンディングスタッフロールに酒井伸和の名前があったが,某人(@oratorio765)の言っていた通り「minoriやlittle witchのFFDが目指しているもの」に一歩近づいたんじゃないだろうか。文章(地の文)を消さずに,いかに画面を動かすか。完全なアニメになっては意味が無いのである。この点今回の演出は良かったと言っておこう。この演出で『月姫』がリメイクされたら鼻血吹くと思う。絵は文句なし。音楽も基本的に良かったのだが,クラシックの多用は良し悪しかもしれない。『月の光』や『ジムノペティ』あたりはエロゲだけでも使い古されているおり,よほどうまいこと使わないと印象に残らない。
ボリュームについてはちらちらと不満を聞くが,今時フルプライスで15〜20時間なら普通である。もっとも,ノーウェイト読法が封じられているので,縮めれば12時間くらいかもしれないが,それくらいのエロゲであっても「短い!」という不満が大きい作品はあまり見られない。ちょっと不当じゃないかと思う。一方,完結していないという点については私も擁護できないしする気もない。このへんは『オルタ』あたりと全く同じ現象で,続編ありきの構成なら,それはそれで発売前の広報で言っておいてくれれば妙な不満を持たずに済んだのだが。おそらく,単品でも成立するということを強調して置かなければセールスに影響するという判断から発売後の発表という形を取ったのだと思うが,実際にはそれほど影響しなかったのではないかと思う。TYPE-MOONの懐事情を知らないので無責任な発言にはなるが。
それに関連して,話の展開自体はおもしろかったものの,一作完結ではない弊害も大きかった。これもoratorioが言っていたことだが,「◯◯が出てきた時点で型月信者は話の落ちが完全に読める」。ついでに言えば,『まほよ』は『月姫』冒頭につながる話というのが自明なので,その意味では◯◯が出てこなくても話の落ちに想像はつく。ゆえに,あとの期待はむしろ設定の開陳に移っていく事になる。これがさっぱり明かされないもんだから肩透かしである。第五魔法関連は手がかりを出してくれたがまだ良かったが,草十郎関連については放り投げた伏線が多すぎるし,それ以外にもあれやこれやと,むしろ疑問点は増えてしまった。この肩透かし感だけで評価を相当下げた人も多かったのではないか。(ただし,私自身はちょっと時間が経ってから,それも周囲から情報を仕入れた上でプレイし始めたため,草十郎の過去などが明らかにならない点は知った上で読んでいたのでそれほど大きな不満点にはならなかった。その意味では,やはり広報の戦略ミスで,完結しないことがわかっていれば「肩透かし感」は少なかったのではないだろうか。おそらく私自身,発売日直後にやっていたらイラッと来ていただろう。)
もろもろを美点欠点をひっくるめて,80点以上はあげられる良作である。以下ネタバレは短く。
第五魔法の内容とか推察しようかと思ったが,どうにも材料が足りなかった。まあ使えば使うほどエントロピーが増大し,宇宙の寿命が縮むという,QBさんが怒りそうな内容であることはわかったw。時間をエネルギー化(正確に言えば,その時空間を維持するだけのエネルギーを取り出し,時間の果てに投げ捨てる行為)ができるのであれば,確かに並行世界による時間旅行の第二魔法とは別種の時間旅行ではあるなぁ。
有珠は幼くて恋愛という感情を知らないが,青子は知っているという違いが,本作で一番おもしろかったのかもしれない。日に日に草十郎への対応に困惑していく有珠ちゃんかわいすぎてヤバイ。一方,青子のほうはさすがに自分の感情が恋だとわかっているだけど,自覚すると厄介だからしないというのがあって。というよりも,青子は自分のことでいっぱいいっぱいでそこまで気を回す余裕もなく。草十郎は朴念仁で恋愛感情が今ひとつわかっていない点は有珠に近いながら,性欲そのものを欠いているというわけではない。これは見事なバランス感覚だと思う。なかなかに甘酸っぱい。
有珠は幼くて恋愛という感情を知らないが,青子は知っているという違いが,本作で一番おもしろかったのかもしれない。日に日に草十郎への対応に困惑していく有珠ちゃんかわいすぎてヤバイ。一方,青子のほうはさすがに自分の感情が恋だとわかっているだけど,自覚すると厄介だからしないというのがあって。というよりも,青子は自分のことでいっぱいいっぱいでそこまで気を回す余裕もなく。草十郎は朴念仁で恋愛感情が今ひとつわかっていない点は有珠に近いながら,性欲そのものを欠いているというわけではない。これは見事なバランス感覚だと思う。なかなかに甘酸っぱい。
Posted by dg_law at 02:21│Comments(0)│