2013年01月29日

雪降初場所

今場所は相撲内容だけで言えば,物足りないものであった。序盤はマシだったが中盤から終盤にかけては淡白な相撲が目立った。これは引き技が多かったということと必ずしも同じ意味ではないし,長丁場が多ければいいというものでもない。熱戦が多いに越したことはないが,全部が全部そうでも力士の体力が持たないだろう。要するにバランスの問題なわけで,雰囲気的なところはある。技巧を凝らすなり粘るなり,はたまた最低限演技力を磨くなりはしてほしいものだ。

と毒を少し吐いたところで一つ釘を差しておきたいのは,目に見えて人情相撲が増えたことだ。あえて八百長とは言わないし,実際金銭は飛び交っていないように見えるが,千秋楽前半の7−7の全勝っぷりに代表されるように(7−7で負けたのは妙義龍と碧山だけで二人とも後半),気の抜けた相撲が多いことは明白に場の雰囲気を盛り下げている。立ち合い強く当たってあとは流れでもなんでもいいので,盛り上がるようにはやってくれないか。明確に「これが人情相撲」とは指摘できなくても(さすがにそこまで自信を持って言える人はいないだろう),疑われた相撲はtwitterの#sumoだけでもちらほら見られたし,2chの実況などはもっと手厳しい。そもそも疑われた時点で負けということを認識してほしい。

一方で優勝争いはそれなりの盛り上がりを見せた。結果的に圧倒的な強さで全勝したものの,先場所までの戦績からどうにも不安のぬぐえない日馬富士を先頭に,ミラクルが起きるかと粘る白鵬,なんだかんだで13日目までは残っていた稀勢の里と,先頭が白鵬ではなく日馬富士だったからこその展開だったかもしれない。周囲の不安などどこ吹く風で全勝優勝した日馬富士には素直に称賛の声を送りたい。ここが稀勢の里が優勝できないのとは違うのだ,というのを見させてもらった。とりわけ千秋楽の白鵬戦は良い物を見た。価値ある全勝優勝であると思う。


また,様々な話題があった初場所であった。個人的に印象深いのはポスターで,「両国に熱い雪が降る」と塩を雪に見立てたポスターであったのだが,なんと本当に東京に雪が降ってしまい,それもかなり久々の積雪となる降り方であった。NHKの放送でも散々「本当に降りましたね」とネタにされていたが,実際白く染まる国技館はとても美しく,それ自体出来の良かったポスターがよく映えた。一つケチがついたとすれば旭日松が負け越したことくらいだが,それはもう仕方あるまい。大鵬さんが亡くなられた。どちらかというと関係が深いのは白鵬のほうだが,その今場所,大鵬さんが亡くなられた時点ですでに1敗,しかもそのまま優勝できなかったというのは,それはそれで感慨深い。若貴から見始めたそれなりに若い身としては,千代の富士でさえも縁遠いのではあるが,偉業は無論知っている。今はただ冥福を祈りたい。

そして,高見盛の引退である。例のロボコップパフォーマンスによる話題先行ではあったが,強かった。身体が固いなりにどこまで取れるか,という点では今ハンデを背負って戦っている舛ノ山に,案外近いところがあったかもしれない。必死の形相であった。勝っても負けても花が咲いた力士であった。取り口は右差し,としか言い様がない。右の腕が返れば決まったも同然だったが,差すまでがなかなか,というのが高見盛の相撲であった。結局この点が災いして上位定着には至らなかった。Wikipediaには朝青龍に壊されたという記述があるが,それを加味しても限界ではあっただろう。寂しくはなるが十両というクッションがあったおかげで,それほど一気に土俵を去ったという感覚はない。お疲れ様でした。

そうそう,武州山も今場所をもって引退と聞いた。随分と遅咲きであったし,幕内下位でうろうろしていたイメージしかないが(最高位は一応前頭3枚目である),巨体を生かした圧力のある相撲は見応えがあった。その分,上体だけでとる癖があり足が流れることが多かったように思う。幕下に落ちてもしばらく取り続け,今場所4−3で勝ち越してから,引退を決意した。去り際は人それぞれだが,こうしたものもかっこいい。あわせて,お疲れ様でした。


以下,個別評。横綱。優勝できなかった白鵬は,好調時の相撲もあれば低調時の相撲もあり,なんとも言えない。低調であれば途端に立ち合いがもろくなり,好調時のような粘り腰がなく一気に突き崩されることが多くなった。なお,琴欧洲には二場所連続の連敗。彼相手では組むとただでは済まなくなり,衰えが本当に隠せないのだなぁと。思えば朝青龍の引退前も,日によって別人だったか。一方場所ごとに調子が違うのが日馬富士で,今場所は強かった。前半はわからなかったが,後半は完璧な内容であった。特に千秋楽,突き刺さる立ち合いからのもろ差し,この型に太刀打ちできる力士はそういまい。それこそ全盛期の白鵬か朝青龍を連れてくるしか無い。

大関陣。ふがいないと言われつつ,琴欧洲と稀勢の里は10勝で及第点であろう。琴欧洲は白鵬を破っているし,稀勢の里は優勝争いに最後まで残っていた。取り口自体は特に変化がないのでコメントするところがない。鶴竜も千秋楽の怪しい相撲を考えなければ勝ち越し自体は楽だったし,あと一歩という雰囲気はする。技巧的な相撲が何番か見られたのは好感触だ。さて,どうにもまずいのが琴奨菊で,把瑠都の次に陥落しそうである。がぶり寄りに加えた武器(右上手からの技)を手に入れたから昇進できたのに,がぶり寄りの威力が激減しているようではどうしようもない。おかげで右上手からの小手投げや極め出しもまるで機能不全で,そこが毎日の苦戦に現れている。頭の良い人なので自分でもわかっているとは思うが,なんとか打開してほしい。

関脇小結。把瑠都は……思ったよりケガが治ってなかったということか。彼が上がれなかったことも残念だが,今後長く把瑠都が三役を占有するであろうから,他の人の大関取りが大きく停滞され,幕内上位陣の空気が淀みそうなのがちょっと心配である。琴光喜になるのだけは避けてほしい。それならまだ若の里の道のほうがマシである。豪栄道も残念な結果に終わり,大関取りは事実上振り出しに戻った。本人の自覚の通り,何より立ち合いで当たり負けし,せっかく器用なのに差し手争いで負けて持っていかれるパターンが多い。立ち合いさえなんとかすれば天性の相撲勘でなんとかなってしまうのだが(その意味での素質は朝青龍級だと思う)。栃煌山は特に書くことがないが,印象は悪くない。松鳳山は大敗を喫したものの,内容を落とさなかったのは偉い。逆に言って実力不足ではあるのだけれど。軽いんだよなぁ。捕まると負けるし。

前頭上位陣。安美錦はエレベーターせず,この位置で9−6は立派。技能賞をあげても良かったと思う。新鮮味がなくても,こういうのは何度あげたっていい。妙義龍は負け越し残念だが,どうも体調が良くなかったのではないかと思う。もしくは単純に低調だったか。取り口は全く異なるものの立ち合いさえ越せばとれたのは豪栄道と同じで,技巧的には磨かれていたと思う。そういえば豪栄道と同い年か。魁聖は取りこぼしがないが上位に勝てない。まだまだじっとエレベーターで雌伏。勢は豪栄道と似たタイプか。豪栄道に比べると立ち合いは潔いのだけれど,どうも身体が軽い。

前頭中位。まずは高安だろう。12−3で内容も良く,敢闘賞は妥当である。どうももろ差しのイメージがあったが記録を見るとそうでもなく,今場所は左差しで勝つことが多かった。少なくともgoo大相撲に載っている「突き押し」では,もはやなかろう。今後も多彩な取り口を見せてほしいところである。上位挑戦は来場所で三度目,そろそろ結果が欲しい。舛ノ山は勝てずこらえきれず引き技を使い始めたのがダメだったのか,結局負け止まらなかった。どうも引き技を使ったことで本人自身が後悔していたように見え,それが後半の取り口に影響を与えたのではないかと思う。そこら辺のアスリートの心境やいかに。

碧山は7−8ではあるが今場所突き押しがよく,右四つ以外に道が見えたように思う。この経験が生かせれば来場所行けそうな気がする。千代大龍は先場所封印していた引き技を解禁したことで取り口に幅が広がり,かつ突き押しの威力も落ちなかったので,この番付で10勝できた。すばらしい。まだ上位で通用するとは思えないが,がんばってほしい。同時に10勝して驚いたのが時天空である。一番だけ蹴返し空振りがあったが,今場所は足がよく動いていた。最後に隠岐の海。まあ北の富士が怒る通りだわなぁ……恵まれた身体からの……腋の甘さ,であろう。

前頭下位は,栃乃若以外書くことがない。栃乃若も前半は手放しに褒められる内容・星であったが,後半はまるで別人であった。もうちょっと落ち着いて寄せる,詰めを誤らないことを再度確認して稽古してほしい。



来場所の番付予想の焦点は幕尻に尽きる。若の里と琴勇輝を残すか,旭秀鵬と大岩戸の入幕を優先させるか。そこ以外は概ねこうなるのではないかと思う。それはそれとして,日馬富士にケチをつけるつもりは毛頭ないが,とはいえ白鵬が東にいないのはすわりが悪いのであった。悪くなくなるくらい日馬富士が東にいればよい,という考え方もできるということで,勘弁してほしい。

2013年初場所

この記事へのコメント
今場所は白鵬が敗れて座布団が飛ぶのを2階席から見ていました。あの1敗で千秋楽まで済んでいればもっと面白かったのですが……日馬富士は低く立ち会ってあわや突き膝かの一番で(幸運にもと見えました)勝って以来、崩れる様子もなく。
妙義龍は、疲れたのか心労なのか、4-4で上位対戦を済ませたのに後半で冴えなかったのが残念。
舛ノ山は怪我をしていた先場所よりも勝ち星が少なく、迫力に欠きました。阿覧は組んで勝って欲しいので変化は少ないままでいて欲しい。
高安は、地力を付けたのでしょうか、格別に強いようにも見えないけれど勝ちまくった印象が。栃煌山は安定してきた……のかな? 勢ももう少し上に定着して欲しいところ。
常幸龍と千代の国には幕内でもっともっと上がってもらいたい一方で、隆の山がこのところ負け越し続きなのが惜しくてまた幕内で沸かせる相撲が見てみたいです。
Posted by EN at 2013年01月29日 11:28
妙義龍は前半の上位戦,確かに4−4でしたが相撲振り自体は前半から固かったように思います。逆にそれでも五分で折り返したあたりは,逆に言って地力がついている証拠とも言えるんですが。確かに,緊張して固くなっていたのかもしれません。

阿覧は……なんかもうあれが素なので,あれでいいのかなという感じもしますw。変化もはたきも彼の味ですね。ただ,はたきはともかく変化はうまくないですが。

高安は確かにそういう印象ありますね。格別に強くなった印象は無いです。
栃煌山は安定してきたんですが,あそこで安定されても豪栄道とのつぶしあいになりそうで怖いですね。あと一歩が欲しいところ。

隆の山は心配ですね。まさか負け越して終わるとは思ってませんでした。旭日松も十両にいっちゃいますし,来場所の土俵(特に幕内下位)は若干地味ですね。
Posted by DG-Law at 2013年01月30日 09:33
コメントするのはお久しブリーフ、ボクサーパンツ派の( д)゜゜です。
皆さんは何派ですか?え、まわし派?そうですか。

忙しく仕切り早飛ばし録画の観戦でしたが、今場所もなかなか収穫のあった場所ではないかと。
まずはまだまだ白鵬に対抗できるか怪しかった日馬がしっかり優勝できたことですかね。せっかく東西に揃っても白鵬に独走させては盛り上がりに欠けるんで。来場所はその役回りが白鵬の方に行ったのでしっかり頑張ってもらいたいところ。

大関陣は前半星落としまくりんぐだった割には後半は持ち直しましたね。特に琴欧洲なんか後半になってみるみる相撲内容が良くなっていったような。気持ち次第ですぐ横綱になれそうなんだけどなぁ、この人。
逆に長持ちするんだろうな、と思ってた菊が案外ヤバいですね。でも千秋楽熱戦の末に勝ち越しおめでとお(棒読み

DGさんの危惧している通り関脇はしばらく詰まりそうな予感。いつぞやの雅山と琴m(以下略)みたいになりそうな予感は私もしています。
Posted by ( д)゜゜ at 2013年01月30日 20:34
続き。
相も変わらず私が気になった力士評。

【旭天鵬】
2枚目で4勝。来場所優勝するつもりなのかな?(笑)

【勢】
前半は相撲が軽くまだまだ家賃が高いかと思われたが、後半は場所のなかで力を付けてきたような印象。特に右が入ると強く栃煌山を引っ繰り返した相撲やバルトに善戦した相撲は驚いた。千代大龍と並んで上位総当たり(と思われる)の来場所楽しみ。

【高安】
真価は来場所。キセノンも初12勝からは上位に定着した。これがきっかけとなるか。

【若の里】
ヤバい・・・ヤバすぎる。いや、ここ数場所後半になるとガタガタしてたのは知ってたんだけどね。来場所負け越すようなら・・・という感じがします。

【宝富士】
前半ついに覚醒したかと思いきや、後半の軽さは何なの。

【雅山】
初白星の9日目は生感染でした。あの拍手の暖かさは忘れられない。

【高見盛、武州山】
お疲れさまでした。
高見盛は初めて見た時、変な動きしてんなぁコイツとか思ってたんですが、まさかその仕草で人気になるとはあの時、思いもしませんでしたわ。
武州山はピークは短かったですが、誰かド忘れちゃったけど大関も倒したし、チャンスの場所で敢闘賞取らせてあげたかったなぁ・・・阿覧ェ・・・。

>来場所の土俵(特に幕内下位)は若干地味ですね。
何を言いますか。私の大道さんが12勝3敗で敢闘賞を受賞します。

それはそうと大鵬さんが場所中に、そして昨日大人気行司の木村正直さんが亡くなりました。特に正直さんのうるさい裁きが見られなくなるのは非常に寂しいなぁ。。。ご冥福をお祈りいたします(−人−)
Posted by ( д)゜゜ at 2013年01月30日 21:04
お久しぶりです。

>琴奨菊&琴欧洲
琴奨菊は正直上がった時には,すでにけっこう不安でした。長持ちしそうにないなーと。悪い方向に予感が的中しそうです。
逆に琴欧洲は「もうダメだろ」と思ってから1年以上経ってますが,持ってますねぇ……どころかところどころ強いという。ケガやその場所に何人の苦手力士と当たるか,などによって身体・精神ともブレが大きいんだとは思いますが。

>関脇
ですよねぇ……

>勢
家賃払えましたね。ちょっと驚いています。

>高安
上位定着,豪栄道・栃煌山に続けるかは来場所次第ですよね。
勢はもう一周遅れてるかな。来場所上位初挑戦ですし。

>若の里・雅山
若の里は,雅山に比べると危機感は薄いですね。確かに相撲をとれてないんですが,致命的なほど弱ってないので,もう一度幕内に戻ってくるかは別として,十両ではまだまだ取れると思います。
一方,雅山は一時の不調ではない感じがします。十両に行ってもとれるかどうか怪しく,一気に引退するかもしれません。そうなると藤島部屋は一気に寂しくなりますね。部屋付親方がどんどん増えていく……

>大道
では期待して見ておきますw

>武州山
「誰かド忘れちゃったけど大関」こと琴m(以下略)とは同い年として注目されていたので割と鮮明に覚えています。初挑戦にして勝利でした。もっとも,その後武州山の番付が下がるわ琴田宮さんが廃業になるわで,初挑戦が唯一の挑戦になってしまいましたが。

>木村正直
「正直うるさくしてくれよ正直」というつぶやきがtwitterで回ってきましたが,全くの同感でした。
あのやかましい裁きをもう少し聞かせてほしかったところですね。立行司として裁いてるところも見たかったです。
Posted by DG-Law at 2013年01月31日 12:25